第79回日本ダービーを考える&金環日食続報ヽ(^o^)丿

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 今週の月曜日、金環日食が観察されましたが、いい歳、りょうちゃんはオレンジ色の太陽のほうが好きです。


 さて足の痛みのほうはまだ完全には取れませんが、だいぶ普通には歩けるようになりました。またズボンも立って履くことができています。4月29日に大峰山で怪我をしてからおよそ1ヵ月間、山登りも大井町湯屋での有酸素運動も自重して、試飲会ばかり行っていたような気がします。自重したというよりは、足が吊るように痛くて、とても行く気になれなかったというのが正直なところです。ようやく今週末に1週間遅れの天城越えに行ってきます。先週の土曜日、中国整体の李先生から標高差800 mの山ならば登ってよいとのお許しが出ました。標高差800 mという基準がわかりにくいところです。4週間もエクセサイズをしないと、体重の増加はめざましいものがありますね。

 さて5月27日(日)は天城山に行くのですが、府中の森で大イベントがあります。競馬の祭典、日本ダービーです。毎年、予想をしているので、今回も予想を書くことにします。私は出目と昨年までの傾向、それと1週前のオークスとの関連性から予想をします。出目に関してはいろいろな切り口があり、確度が高いものではありませんが、今年の桜花賞が枠連(5-7)、翌週の皐月賞が枠連(7-5)でした。そして先週のオークスが枠連(7-5)で決着しています。27日の日本ダービーは枠連(5-7)で決まってもおかしくないと考えています。

 昨年までの傾向とオークスとの関連性から考えると、まず一昨年までのオークスは桜花賞馬にオークスをも戴冠させて、桜花賞・オークスの2冠馬を作り続けましたが、昨年のオークスでは桜花賞馬は4着に敗退しました。一方、日本ダービーは一昨年までは皐月賞馬を起用せず、昨年はオルフェーヴルが皐月賞に続き、日本ダービーも制して、2冠馬になりました。私はオルフェーヴルがメイショウサムソンとそっくりな馬であることから2冠馬になることを予想できましたが、その後、菊花賞、有馬記念も勝ち、3歳馬で4冠馬になり、メイショウサムソンよりもはるかに上位の実績を残しました。しかし古馬になってからは、天皇賞を惨敗するなど、むしろナリタブライアンに近い戦績を刻んでいます。

 今年のオークスは再び桜花賞馬をオークス馬にしました。したがって、今年の日本ダービーでは皐月賞馬が2冠馬になることはないと考えています。では優勝する馬はどの馬か。一昨年の2着馬ローズキングダムに似た馬が1頭います。朝日杯FSを勝ったアルフレードです。この馬が今年の私の日本ダービー馬です。2着には皐月賞にステップレースを使わないで出走したコールドシップにします。

 しかしながらもう一頭、捨てがたい馬がいます、皐月賞を1番人気に押されながら5着に敗退したグランデッツァです。この馬の戦績は2009年のダービー馬ロジユニヴァースにそっくりです。

 結論:単勝 18番アルフレードと17番グランデッツァ、相手はコールドシップを買います。
     18番→6番、17番→6番、18番→17番、17番→18番

 今週の月曜日、世紀に天体ショー、金環日食が日本の広範囲で観察されました。日本の広範囲で観察されたのは平安時代以来、932年ぶりの出来事だそうです。前回、その写真は速報として掲載しました。実はその2日前に同じ大田区の城南島海浜公園に行き、朝日を見て、ND100000のフィルターを付けての撮影の練習をしてきました。

 1月、2月は水平線上から太陽が昇りますが、この時期5月は日の出の位置がかなり北側にずれて、堤防の向こう側から太陽が顔を出しました。

 日の出を船が横切ります。

 建物の向こうにうっすらと富士山が見えました。

 海面に写っている太陽がダイヤモンド状に光っています。

 仏に座が一面に咲いていました。

 レンズにND100000フィルターをつけて太陽を撮りました。光を10万分の1に減光します。太陽の表面の黒い点は太陽の黒点です。最近、太陽の黒点の異常現象から約10年後に地球が氷河期に向かうという報道がありました。

 そして夜は勇才さんで名刺をもらった藤井一郎さんのお店「薩摩」へ行きました。

 地鶏と魚の刺身。

 島ラッキョウ。

 水茄子

 あじフライ。

 地鶏ロースト

 七田は日本酒と焼酎の両方を飲みました。朝早かったため、薩摩の店で寝てしまいました。


 


(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう


 
 会津磐梯山をのぞむ猪苗代湖畔に、世界的医学者(細菌学)として知られる野口英世博士の生家が保存されています。野口英世は、ご存知の通り、昭和3年(1928年)5月21日、黄熱病の研究のため訪れたアフリカのガーナで、その黄熱病に感染して客死しました。52歳でした。現在の日本の国力を背景にしていたら、当然ノーベル賞の栄誉に輝いたことでしょう。

 ガーナでは、戦後になっても野口への名声は消えることなく、昭和49年(1974年)には、首都アクラにガーナ大学医学部付属の「野口記念医学研究所」が設立されました。日本政府の海外協力事業団の援助によるものです。
 ガーナは発展途上国だけに、今でも生活文化のレベルは低く、それだけに、野口英世の行った時代は、さぞ大変だったろうと想像されます。
 
 戦前の野口英世は「修身」の教科書ののっていた立志伝中の偉人で、母を大切にした孝子として、理想の人間像として描かれていました。もちろんそのことは間違いありませんが、実像の野口英世は“天才と狂人は紙一重”といわれるように、借金魔、遊蕩児、結婚詐欺、出世欲の権化の一面を持っていたようです。人に迷惑をかけるのを気にしない人物でした。詳しくは、渡辺淳一著の『遠き落日』(角川書店)と題する、吉川英治文学賞を受賞された作品をお読みいただけたらわかると思います。

 北大医学部を卒業した経験を生かし、8年の歳月をかけて、医学界の大先輩の虚像と実像に鋭いメスをあてて書いた英世の伝記です。「修身」の野口英世よりは、素顔の野口英世のほうが人間的で好感が持てます。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)



 翌日の日曜日、阪急の佐藤さんに誘っていただき、葛西にある「松乃井」というお店での日本酒試飲会に連れて行ってもらいました。浦安湯屋のかずさんも一緒でした。


 まずは乾杯酒で乾杯。

 かずさんは飲んだ酒の感想を熱心に記録していました。いい歳、りょうちゃんは記録などせずに、次から次へと飲みました。

 お店には福島県のお酒の天明の蔵元さんが来ていました。天明は第0号から第5号までありました。

 やまと雫。秋田県のお酒で秋田県以外は門外不出と聞いていましたが、最近は東京でも売られているそうです。余った酒をお土産にもらいました。

 アユの塩焼き。

 扶桑鶴。

 記念撮影。かずさんと佐藤さん。



 いい歳、りょうちゃんと佐藤さん。


 りょうちゃんの隣に写っているのは、日本大学の物理学科で生物物理学を教えている先生だそうです、お名前は忘れてしまいました。



 


(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(中島みゆき/荒野より)

荒野より(作詞:中島みゆき、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

夜が
望みは何かと訊かれたら君がこの星に居てくれることだ
力は何かと訊かれたら君を想えば立ち直れることだ

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

朝陽の昇らぬ日は来ても君の声を疑う日はないだろう
誓いは嵐にちぎれても君の声を忘れる日はないだろう

僕は歌っているだろう君と歌っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は生きているだろう君と生きているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない
荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない


 
 そして、速報で報告したように、5月21日(月)待ちに待った金環日食を大田区の城南島海浜公園に見に行ってきました。

 前日の試飲会の影響が心配でしたが、朝4時起床して空を見上げると、なんと曇り空ではありませんか。晴れていれば土曜日のように朝日も見てから金環日食を見ることを考えていましたが、絶望的な空模様です。

 それでも何とか城南島海浜公園へ行き、金環日食が始まるのを待ちました。東京での金環日食は午前6時5分から太陽が欠け始めますが、東側の空には分厚い雲が横たわっており、しかも雨がちらついていたので、折角の金環日食を見ることはできないとあきらめ始めていました。


 土曜日は誰一人いなかった城南島海浜公園には金環日食を見るために多くのギャラリーが集まっていましたが、みなさんあきらめの表情をしていました。


 折角、城南島まで来たので船でも撮りました。


 5月22日に開業する東京スカイツリーがかすんで見えます。

 みんながあきらめかけた時、午前7時32分、雲の薄みからリングの一部が見えました。

 そして午前7時35分、リングがつながった金環日食を見ることができました。城南島海浜公園に来ていたギャラリーから大歓声と拍手が湧き起りました。雲がフィルター替わりになり、肉眼でも見ることができました。この写真はデジカメで撮りました。

 この日のためにND100000のフィルターを購入していましたが、この写真はフィルターをはずして、撮りました。

 午前7時37分。

 午前7時46分。

 午前7時51分。

 午前7時57分。

 午前8時17分。

 午前8時29分。


 
27日は天城山に行ってきます。







# by ryott-ryott | 2012-05-24 15:03 | 金環日食 | Trackback | Comments(0)

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