いい歳、りょうちゃん、縦断・種子島(^o^)丿

旅行・地域
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 宮之浦岳登頂を無事に終え、普通ならば縄文杉を見に行くところですが、種子島へトッピーで行きました。5月1日は朝から大雨が降っていました。そう言えば、昨日ホテルの風呂でお会いしたお父さんは親子3人で午前4時に出発して縄文杉を見に行くと言っていましたが、どうしたものかと気にかかるほど、風もあり、台風が来たのではないかと思うような悪天候です。
 今日は種子島へ渡って、タクシー貸切で種子島を縦断して写真を撮ろうと考えていたので、自動車の中にいる限り雨には濡れないと思い、予定通り種子島へ行きました。午前6時30分にホテルを出発、午前7時ちょうど安房港発のトッピーに乗り、おおよそ50分で種子島に到着しました。屋久島の安房港と種子島のトッピーの往復料金は6400円です。
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 安房港を出発するとあれほど降っていた雨が止んで、時折青空が顔をのぞかせ、幸先のよい縦断・種子島を予感させていました。種子島に降り立つと、観光客は私ひとりのようです。タクシー乗り場にはタクシーが1台だけ停まっていましたが運転手さんの姿はなく、バス停も時刻表がなく、いつバスが来て出発するのか全くわからない状態です。すると売店の中からタクシーの運転手さんらしい方が出てきて、タクシーに乗ったので、タクシー乗り場へ行き、タクシーに乗せてもらいました。運転手さんに17:30の屋久島へ帰るトッピーに乗るまで、種子島の中を観光したいと言うと、終日貸切の観光タクシーは25000円だと言うのですぐに手を打ちました。038.gif
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 種子島は、屋久島とは違い、土壌が堆積してできた島であるため急峻な山はなく、最高で282 mの低山であり、全体的に平坦な島です。円形の屋久島に対して、南北57 km、東西12 kmの南北に長い形状をしています。南北での気候の違いはほとんどないと言いますが、南種子は屋久島に近い分、北種子に比べると雨量が若干多いようです。057.gif
 また種子島には市があり、北から西之表市、中種子町、南種子町の3つの市町から成っています。基幹産業は意外にも建築業だということですが、近年は仕事も減少しているため、最盛期では4万人を越えていた人口も3万人にまで減ったそうです。特に若い人は高校を卒業すると、就職のためにほとんど島を出て行ってしまうとのことでした。
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 まずは戦艦大和が沈んだ海域を一望できる丘へ行きました。
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 屋久島は隆起した島であり海が海岸から急に深くなっているのに対して、種子島の砂浜は遠浅であるために海水浴に適しており、夏には多くの海水浴客が訪れます。先ほどまで雨が降っていたため、海の水は少し濁っていましたが砂浜の砂が美しく、小さな貝殻がたくさんありました。写真は浦田海岸の浜です。
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 博物館の種子島開発総合センター・種子島博物館では種子島の成り立ち、歴史と鉄砲伝来、鉄砲製造について聞きました。古来より戦(いくさ)のスタイルは鎧兜を纏い、槍や刀で相見え、ときには騎馬にまたがりなぎがた薙ぎ刀を振りかざすといったものでしたが、ポルトガル人が漂着したことをきっかけに一変します。それが鉄砲です。1543年10月5日、2人のポルトガル人を乗せた中国船が種子島に漂着します。日本にやってきた最初のヨーロッパ人でした。彼らは、後に種子島銃と呼ばれるようになった、口径16 mm、銃身718 mmの火縄銃2丁を、時の種子島島主の種子島時堯(ときたか、1528~1578年)が2000両という大金で買い求めました。貨幣価値は変動しますが大体1両は現在の10万円と言われています。
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 時堯は火縄銃を買い求めただけではなく、家臣に火縄銃の使用法と製造法を学ばせました。その一人が伝説の鋳物師・八坂金兵衛(やさかきんべい)でした。当時、火縄銃は銃口から火薬と弾を詰める装填方法であったため、銃の内部に火薬が溜まっていき、暴発することがありました。その暴発を防ぐため、溜まった火薬を取り出せるように銃の後ろの部分にねじが切られていました。しかし、伝説の鋳物師といえども金兵衛はねじを見たことがありませんでした。オスねじについては形状を見ながら何とかつくりことができましたが、メスねじを切るという技術がわかりませんでした。メスねじを切るという技術をポルトガル人に教えてもらうため、金兵衛は自分の美しい娘・若狭(わかさ)を人身御供として船長のポルトガル人に嫁がせます。その後、日本とポルトガルの間で貿易が開始され、毎年のようにポルトガル人が九州の諸港に来航するようになり、ついに念願のねじの切り方の技術も日本に伝わり、日本全国に鉄砲が広まっていきました。
 この鉄砲にいち早く目をつけた織田信長が、鉄砲鍛冶を勢力下におさめ、鉄砲隊を組織したことにより、戦いに次つぎと勝利し、全国統一に大きく前進して行ったのは有名です。

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 種子島に伝わった鉄砲の製造法は独自の進化を遂げ、短筒や大砲まで製造できるようになります。また種子島では砂鉄が多く採取でき、良質の鉄を容易に手に入れることができたことも鉄砲の製造に大きく貢献しました。現在では、その鋳物技術は種ばさみや種子島焼きの陶器づくりに受け継がれています。
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 博物館はポルトガル船をイメージして建てられたそうです。
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 鉄砲のレプリカ。
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 種子島に労働力として東南アジアから連れて来られたウシウマ。現在は絶滅してしまいました。
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 種子島家の武家屋敷・月窓亭。

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 生き人形・山の井様。大奥の女中だった女性がモデルとなっており、徳川家から島津家に譲られました。春の花見や磯遊びの際には、家人と一緒に外へ連れ出され、とても大切にされていました。月窓亭のご主人に写真撮影してもよいかと尋ねると、今は魂を抜いているので撮影は構わないとのことでした。私がどのように魂を抜いたのですかと聞くと、しかるべき人(霊能者)に頼んで魂を抜いたとのことです。
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 月窓亭では「年中行事を彩る道具展」が行われていました。
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 戦後直後あたりはアルミニウムのお弁当箱が使われ始めましたが、アルミニウムの純度が低かったため、梅干しなどを入れると梅干しの酸でアルミニウムのお弁当箱が黒く腐食してしまい、最後には穴があいてしまったそうです。年配者の方なら覚えがあると思います。現在では梅干しでアルミに穴があくといったことはありません。
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 出水や知覧の武家屋敷でも同じでしたが、その家の当主の部屋の壁は色が付いており、当主以外のものは上がることができませんでした。
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種子島ではツアブキの新芽をおひたしにして食べます。

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(コブクロ/あの太陽が、この世界を照らし続けるように。)

(映画「岳」予告編)

あの太陽が、この世界を照らし続けるように。
(作詞、作曲:小渕健太郎)
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どんな悲しみにも ひとつの意味を注ぐように
世界中の夜に 朝を連れてくる太陽
ぼくは彷徨ってた 生きる意味を探して
君に出逢うまでの僕じゃ あの壁は越せない

この手は君を守るため この瞳は君を探すため
こころは君を愛すため この命は君と生きるため
ぼくに生きる意味をくれた その微笑み

人ごみに紛れて 逃げ出すのは容易くとも
一人きりの夜に 孤独から逃げ出せない
ガラス玉のような心を抱え生きてる
落とすたびに砕け散った 涙を忘れない

転がりながら辿り着いた 今がいつも君だけの頂上
心のままに生きてゆけば 時には人はぶつかり合うけれど
その魂に刻まれた模様はきっと 美しきヒビとなる

どんな命も輝いてる
あの太陽が、この世界を照らし続けるように

この手は君を守るため この瞳は君を探すため
こころは君を愛すため この命は君と生きるため

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5月1日は労働者の祭典、メーデーです。メーデーの起こりは、1886年5月1日、アメリカのシカゴで、53万人の労働者が団結し、ゼネストを実施して8時間労働を勝ち取ったことが発端です。そして、この勝利はヨーロッパの労働者にも刺激を与え、それから3年後の1889年、パリで開かれた国際社会党大会で、この日を記念し、世界的な労働者の連帯をはかるため、毎年5月1日、世界各地でメーデーを開くことが決められました。
 
日本でメーデーがはじめて行われたのは、大正9年(1920年)です。5月1日が土曜日だったので5月2日の日曜に実施されました。上野公園に5000人の労働者が集まったと記録されています。戦前のメーデーは昭和11年(1936年)の第13回メーデーを最後に、戦争のため中断。戦後は昭和21年(1946年)に11年ぶりに復活して今日に及んでいます。
 
ところで、メーデーを扱った文学作品はいくつかありますが、代表的なものは、昭和27年(1952年)5月1日、皇居前広場で”血のメーデー”といわれた、第23回のメーデーを描写した阿部知二の『日月の窓』ではないでしょうか。デモ隊6000人、警官5000人が大乱闘の末、2人が射殺された事件です。
 阿部知二は、明治36年(1903年)岡山県に生まれ、姫路中、八高、東大英文科を卒業した小説家、評論家、英文学者として知られた人です。彼は戦後、従来の自由主義的立場から、次第に革新陣営に近づき、進歩的知識人として、種々の社会活動に参加して活躍しました。
 昭和48年(1973年)4月、70歳で亡くなりました。『阿部知二作品集』全5巻(河出書房)、『阿部知二全集』全13巻(河出書房新社)があります。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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(小柳ルミ子/星の砂)

星の砂(作詞:関口宏、作曲:出門英、歌:小柳ルミ子) 060.gif


二度と出来ない恋を捨てあなた遠く
離ればなれになってゆくの 今つらいわ

嫁ぐ日岬にひとりたたずみ君住む島に
別れを告げる
凪いで凪いでまぶしいサンゴの島が
にじんで落ちて 星の砂

過ぎし日 二人は海辺に遊び
変わらぬ愛を 夕陽に祈る
いつかいつか 二人は運命にさかれ
私は遠く 石垣へ

髪にかざした ブーゲンビリア
そえぬ運命に赤く咲く
海よ海に流れがあるならば
届けてほしい 星の砂

ルルル・・・・・ルルル・・・・・
ルルルル・・・・・

風よ吹け 波よ打て
それであなたにつぐなえるならば
海よ海に流れがあるならば
届けてほしい この想い
届けてほしい この想い

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 千座の岩屋(ちくらのいわや)。
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 ガジュマル。
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 ガジュマルの実。
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 ガジュマルの幼少期は黄緑色の若葉の可愛い木です。しかし成長するにつれて周りの木に絡みつき枯らしてしまう閉め殺しの木として知られています。
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 この黄色い花を食べた牛は死んでしまいます。毒草です。042.gif
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 この薄桃色の花は屋久島の道端にもたくさん咲いていました。シュウメイ菊というそうです。056.gif
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 種子島宇宙開発センター。ロケット打ち上げ時にはたくさんの人が種子島を訪れます。
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 宝満神社と宝満池。秋に赤米が奉納されます。
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 種子島最南端の門倉岬。ここにポルトガル人が漂着しました。
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 七色観望台から見た風景。
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 最後に八坂金兵衛の銅像を見て、トッピーで屋久島に戻りました。

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 さて、ハードボイルド、いい歳、りょうちゃん、次の活躍は

「いい歳、りょうちゃん、愛子岳の正体を見た」お楽しみに。
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by ryott-ryott | 2011-05-08 08:14 | 遠く、屋久島へ | Comments(0)