御巣鷹の尾根、昇魂之碑を超えて、西上州の高天原山・大蛇倉山を行く

登山
旅行・地域

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 ブログが実態に追いついてきました。大洗に転勤になり2ヵ月が過ぎようとしています。またこのブログをはじめて、6年になりました。大洗では、雨が降っていなければ出勤前に、神磯の鳥居まで散歩し、大洗磯前神社の御本殿にお参りして帰ってきます。写真は最近撮りました神磯の鳥居から見た太平洋のご来光です。来月は夏至なので、日の出時間もだいぶ早くなりました。5月末で午前4時20分くらいです。
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 来月からは日本百名山100座を目指して、山行の季節に入っていきます。いい歳。りょうちゃんの予定は以下のとおりです。

6月 6日(土)~ 7日(日) 越後米山・刈羽黒姫山
6月13日(土)~14日(日) 蔵王(日本百名山91座目)
6月20日(土)      囲碁の会
6月27日(土)      げんだま会
7月18日(土)~20日(月) 火打山・妙高山(日本百名山92・93座目)
7月24日(金)~26日(日) 大朝日岳(日本百名山94座目)
8月 8日(土)~14日(金) 大雪山・十勝岳・羊蹄山(日本百名山95・96・97座目)
9月19日(土)~23日(水) 黒部五郎岳(日本百名山98座目)
10月10日(土)~12日(月) 荒島岳・白山(日本百名山99・100座目)
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 いつもこの欄では小学館「一日一話人物歳時記」から引用していますが、今日はこれまで何回か掲載した「村田英雄伝説」を載せます。この村田英雄伝説は2012年10月に九州の日本百名山に行ったときに浦安湯屋のともちゃんから聞いた話を文字に起こしたものです。年末に勇才さんに行ったときに、隣に座っていた年配の女性と歌謡曲の話になり、私が話した「村田英雄伝説」に大変な興味と感動を示して下さいました。再度、村田英雄伝説を掲載します。

 その昔、終生のライバルと言われた二人の浪曲師がいました。村田英雄と三波春夫です。三波春夫は1923年7月19日に現在の新潟県長岡市に生まれ、1939年16歳のときに浪曲師としてデビューします。その後、戦況悪化により三波春夫自身も1944年に陸軍に入隊し、満洲へ渡ります。三波春夫は満州で敗戦を迎え、ハバロフスクの捕虜収容所に送られて、4年間のシベリア抑留生活を送ることになりました。1949年に帰国し、浪曲師として再び活躍をはじめます。

 一方、村田英雄は1929年1月17日、現在の福岡県うきは市に生まれ、その後、唐津市へ移り、5歳のときに浪曲師酒井雲に弟子入りします。その後、村田英雄は13歳で真打に昇進し、14歳で酒井雲坊一座の座長も務め、九州の地方公演で活躍を続けます。
二人の浪曲師、三波春夫と村田英雄は浪曲の全国大会でたびたび激突することになります。しかし、いつも1位に輝くのは村田英雄であり、三波春夫は常に2番。三波はどうしても村田に勝つことはできませんでした。

 浪曲の世界では村田に勝つことが出来ないと悟った三波は、1957年に芸名を「三波春夫」と改めて、新規一転し歌謡界へとデビューします。するとどうでしょう、出す歌はすべて大ヒット。飛ぶ鳥を落とす勢いです。「お客様は神様です!」という有名なフレーズでも知られる通り、三波の天性の明るさが多くのファンを魅きつけました。

 三波の歌謡界での活躍を見ながら、村田は日本一の浪曲師を夢見て東京へ上京します。そして村田にも転機がやってきます。今や歌謡界のトップにまで上り詰めた三波春夫に歌で勝負できるのは村田しかいないと考えていた人物がいました。その人こそ、あの古賀政男です。古賀政男からの誘いに対して、最初、村田はためらいました。村田はすでに結婚もしており、果たして歌謡界でやっていけるのか迷ったそうです。浪曲の世界では常に自分がトップに君臨し、三波春夫にその座を譲ることがなかった、その三波が今や歌謡界で大活躍していることを目の当たりにし、ついに古賀政男からの歌謡界への誘いを受けることにしました。

 1958年、古賀政男とのコンビで最初に出したのが「無法松の一生」です。しかし、考えていたとおりにはうまくいかないもので、「無法松の一生」はまったくヒットしませんでした。三波春夫とは対照的に、村田英雄はヒット曲には恵まれませんでした。三波春夫が毎年のようにNHK紅白歌合戦でトリを務めているのに、村田英雄は紅白出場すら出来なかったのです。「やはり自分には歌謡界には向いていない、浪曲の世界に戻ろう。」と決心し、歌謡曲の師匠である古賀政男に歌謡界をやめたいと申し出ます。それを聞いた古賀政男は烈火のごとく激昂し、村田英雄を殴り蹴り、破門同然で古賀政男から縁を切られてしまいました。

 村田英雄と古賀政男のやりとりの一部始終を横目で見ていた作曲家がいました。失意の村田に手を差し伸べたのは、美空ひばりの「みだれ髪」でよく知られている船村徹でした。浪曲で鍛え上げた村田の重厚な声は古賀政男の曲調には合わないと、船村は考えていました。その村田に船村から贈った曲があの「王将」(作詞:西条八十)でした。王将は瞬く間に大ヒットします。最終的には300万枚を超え、戦後はじめてのミリオンセラーになったと言われています。しかも、この王将は1961年(昭和36年)と1962年(昭和37年)の2年連続NHK紅白歌合戦で歌われました。この船村徹の「王将」をきっかけに村田英雄は三波春夫と肩を並べる存在になりました。

 歌謡界で成功を収めた村田の公演会に、それを見守るひとりの男性の姿がありました。歌謡界に村田を引き入れた古賀政男です。古賀政男は自分が村田を歌謡界へ誘った責任を感じていたのでしょう。成功した村田の姿を見て、古賀政男は安心して帰って行ったと言います。

(浦安湯屋ともちゃんの「村田英雄伝説」より)


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 5月23日(土)~24日(日)は西上州のカイト山、高天原山、大蛇倉山に山旅クラブで行きました。いつものようにいい歳、りょうちゃんが写っている写真はすべてトミーさんのブログからもらいました。
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 初日は高崎から上信電鉄に乗り換えて終点の下仁田駅まで行きます。途中に世界遺産になった富岡製糸場があり、ほとんどの乗客は上州富岡駅で降りていきました。
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 下仁田駅にはトミーさんのリムジンが迎えに来ており、久しぶりに会った山ちゃんと一緒にカイト山登山口へと向かいました。上野村の道の駅。
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 登山口前には石仏があります。
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 登山口は林道の工事をしていました。
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 途中、両神山を見ることができました。
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 登山口から10分ほど行ったところに、江戸時代の石仏がありました。天保11年と刻んであります。1840年です。打田栄一の薮岩魂には江戸時代に十石街道があった証拠だと書いてあります。
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 明日登る大蛇倉山。
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 二子山が見えました。
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 登山口から約30分ほどでカイト山山頂に着きました。標高1343 m。両脇が切れ落ちている岩峰で、危険な山はやはり楽しくありません。
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 危険な山ですが、360度の展望があり、周辺の山を一望できました。写真は榛名山。
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 浅間山も見えました。
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 カイト山山頂から見た両神山。
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 この人たちは怖くないようです。天国に近づきたいのでしょうか。
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 山頂は狭いので、少し降りたところでお昼休みの大休止となりました。
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 カイト山を下山後は、時間があるということで、関東一大きいと言われる鍾乳洞、不二洞へ山ちゃんと行きました。入場券売り場から入口まで、結構な坂道を登らなければならず、カイト山よりも疲れました。
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 鍾乳洞のイメージとして、地底湖があり、もっと煌びやかな風景を想像していましたが、茶色く乾いた鍾乳洞であり、まったく感動しませんでした。
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 天空回廊。
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 天空回廊から見た風景。
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 今日の宿泊先は民宿旅館の不二野家さんでした。
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 不二野家さんの夕飯にはなんと熊肉が出ました。不二野家の昭ちゃんが猟犬を連れて討ち取ったものだそうです。
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 右が熊肉、左がイノシシの肉で、焼き肉で食べました。
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 イノブタのコロッケ。
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(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)
わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(ダーク・ダックス/銀色の道)
銀色の道(作詞:塚田茂、作曲:宮川泰、歌:ダーク・ダックス、ザ・ピーナッツ)


遠い 遠い はるかな道は
冬の嵐が 吹いてるが
谷間の春は 花が咲いてる
ひとり ひとり 今日もひとり
銀色のはるかな道

ひとりひとり はるかな道は
つらいだろうが がんばろう
苦しい坂も 止まればさがる
続く 続く 明日も続く
銀色の はるかな道

続く 続く はるかな道を
暗い夜空を 迷わずに
ふたりの星よ 照らしておくれ
近い 近い 夜明けは近い
銀色の はるかな道
はるかな道 はるかな道

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 2日目は西上州で最も高い高天原山と二番目に高い大蛇倉山に登りました。この高天原山と大蛇倉山は群馬県と長野県の県境尾根に位置します。そして、アプローチは御巣鷹の尾根の昇魂之碑を経由して上へと登っていきます。
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 御巣鷹の尾根とは、今から30年前の1985年8月12日に日航機123便が墜落した場所になります。御巣鷹の尾根と呼ばれていますが、御巣鷹山自体は別の場所にあり、当時、この近傍で名前がついているのは御巣鷹山しかなかったため、日航機墜落の場所は御巣鷹の尾根と呼ばれるようになったようです。
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 まずは登山口から昇魂之碑へと向かいます。登山口が標高1300 mで昇魂之碑が標高1500 mなので、約200 mも上がらなければなりません。
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 昇魂之碑には生花が供えられていました。ご遺族がお参りにこられているようです。下山時のも何人もの方がお参りに来ていました。
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 昇魂之碑から上は地図上は破線ルートですが、最近は普通に登られているようであり、はっきりとした登山道が形成されていました。しかしながら、かなりの急登で登りも降りも大変でした。
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 急登を登りきると、群馬県と長野県の県境尾根にたどり着きます。まずは西上州の最高峰・高天原山へと向かいました。岩場が一箇所ありました。
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 ひと登りして、高天原山に到着。標高1979 m。別名蟻ヶ峰とも言い、表札は蟻ヶ峰となっていました。山頂からは南アルプスと八ヶ岳を見ることができました。
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 元来た道を戻って、大蛇倉山へと向かいます。
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 先ほどの岩場。
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 シャクナゲが咲いていました。
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 大蛇倉山への最後の登り。
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 大蛇倉山に到着。標高1962 m。
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 展望台から八ヶ岳を見ることができました。うっすらと南アルプスも見えました。
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 ダムの手前に見える小さなピークが御巣鷹山になります。
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 この人たちは怖くないのでしょうか。もうすぐ天に召されるのだから、死に急がなくてもいいのではないでしょうか。
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 大蛇倉山から分岐を経て昇魂之碑へと下山していきました。
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 下山後はしおじの湯に入浴して東京に戻ってきました。
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本田美奈子/恋のバカンス
作詞:岩谷時子、作曲:宮川泰、歌:ザ・ピーナッツ

ためいきの出るような
あなたのくちづけに
甘い恋を夢みる
乙女ごころよ
金色にかがやく
熱い砂のうえに
裸で恋をしよう
人魚のように

陽にやけた ほほよせて
ささやいた約束は
二人だけの秘めごと
ためいきが出ちゃう
ああ恋のよろこびに
バラ色の月日よ
はじめてあなたを見た
恋のバカンス

陽にやけた ほほよせて
ささやいた約束は
二人だけの秘めごと
ためいきが出ちゃう
ああ恋のよろこびに
バラ色の月日よ
はじめてあなたを見た
恋のバカンス


 
来週、越後米山・刈羽黒姫山に行ってきます060.gif

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by ryott-ryott | 2015-05-31 14:38 | 御巣鷹山 | Comments(0)