越後路の最高峰、頚城山塊、妙高山・火打山を行く

登山
旅行・地域

b0190242_12375747.jpg

 ブログが実態にまったく追いついていません。7月に入ってからは晴天の日が増え、転勤先の大洗でも朝のご来光を見ることができる機会が増えました。転勤先では雨が降らなければ、アパートから大洗海岸にある神磯の鳥居まで散歩をし、ご来光を眺めています。眺めるというよりは、正確には写真を撮りに行っています。
b0190242_12383752.jpg

b0190242_12391168.jpg

b0190242_12404633.jpg

 先日の8月初旬に鉾田の海岸で体長4 mもあるホオジロザメが目撃され、大洗海岸も遊泳禁止になってしましましたが、夏休みまっさかりとあって、朝早くから観光客が海岸にご来光を見に来たり、釣りに来たりしています。
b0190242_12411623.jpg

b0190242_12415686.jpg

b0190242_12422884.jpg

b0190242_12425849.jpg

 山行のほうは大朝日岳のあと、お盆休みに残っていた北海道の3座、大雪山・十勝岳・羊蹄山に行ってきました。いつになるかわかりませんが、また後日報告します。9月以降の山の予定は以下のとおりです。

9月19日(土)~23日(水) 黒部五郎岳(日本百名山98座目)
10月 3日(土)~ 4日(日) 八幡平・岩手山
10月10日(土)~13日(火) 荒島岳・白山(日本百名山99・100座目)
10月31日(土)~11月1日(日) 本白根山・御飯岳



(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

b0190242_1244142.jpg

 
 いつもこの欄では小学館「一日一話人物歳時記」から引用していますが、今日はこれまで何回か掲載した「村田英雄伝説」を載せます。この村田英雄伝説は2012年10月に九州の日本百名山に行ったときに浦安湯屋のともちゃんから聞いた話を文字に起こしたものです。年末に勇才さんに行ったときに、隣に座っていた年配の女性と歌謡曲の話になり、私が話した「村田英雄伝説」に大変な興味と感動を示して下さいました。再度、村田英雄伝説を掲載します。

 その昔、終生のライバルと言われた二人の浪曲師がいました。村田英雄と三波春夫です。三波春夫は1923年7月19日に現在の新潟県長岡市に生まれ、1939年16歳のときに浪曲師としてデビューします。その後、戦況悪化により三波春夫自身も1944年に陸軍に入隊し、満洲へ渡ります。三波春夫は満州で敗戦を迎え、ハバロフスクの捕虜収容所に送られて、4年間のシベリア抑留生活を送ることになりました。1949年に帰国し、浪曲師として再び活躍をはじめます。

 一方、村田英雄は1929年1月17日、現在の福岡県うきは市に生まれ、その後、唐津市へ移り、5歳のときに浪曲師酒井雲に弟子入りします。その後、村田英雄は13歳で真打に昇進し、14歳で酒井雲坊一座の座長も務め、九州の地方公演で活躍を続けます。
二人の浪曲師、三波春夫と村田英雄は浪曲の全国大会でたびたび激突することになります。しかし、いつも1位に輝くのは村田英雄であり、三波春夫は常に2番。三波はどうしても村田に勝つことはできませんでした。

 浪曲の世界では村田に勝つことが出来ないと悟った三波は、1957年に芸名を「三波春夫」と改めて、新規一転し歌謡界へとデビューします。するとどうでしょう、出す歌はすべて大ヒット。飛ぶ鳥を落とす勢いです。「お客様は神様です!」という有名なフレーズでも知られる通り、三波の天性の明るさが多くのファンを魅きつけました。

 三波の歌謡界での活躍を見ながら、村田は日本一の浪曲師を夢見て東京へ上京します。そして村田にも転機がやってきます。今や歌謡界のトップにまで上り詰めた三波春夫に歌で勝負できるのは村田しかいないと考えていた人物がいました。その人こそ、あの古賀政男です。古賀政男からの誘いに対して、最初、村田はためらいました。村田はすでに結婚もしており、果たして歌謡界でやっていけるのか迷ったそうです。浪曲の世界では常に自分がトップに君臨し、三波春夫にその座を譲ることがなかった、その三波が今や歌謡界で大活躍していることを目の当たりにし、ついに古賀政男からの歌謡界への誘いを受けることにしました。

 1958年、古賀政男とのコンビで最初に出したのが「無法松の一生」です。しかし、考えていたとおりにはうまくいかないもので、「無法松の一生」はまったくヒットしませんでした。三波春夫とは対照的に、村田英雄はヒット曲には恵まれませんでした。三波春夫が毎年のようにNHK紅白歌合戦でトリを務めているのに、村田英雄は紅白出場すら出来なかったのです。「やはり自分には歌謡界には向いていない、浪曲の世界に戻ろう。」と決心し、歌謡曲の師匠である古賀政男に歌謡界をやめたいと申し出ます。それを聞いた古賀政男は烈火のごとく激昂し、村田英雄を殴り蹴り、破門同然で古賀政男から縁を切られてしまいました。

 村田英雄と古賀政男のやりとりの一部始終を横目で見ていた作曲家がいました。失意の村田に手を差し伸べたのは、美空ひばりの「みだれ髪」でよく知られている船村徹でした。浪曲で鍛え上げた村田の重厚な声は古賀政男の曲調には合わないと、船村は考えていました。その村田に船村から贈った曲があの「王将」(作詞:西条八十)でした。王将は瞬く間に大ヒットします。最終的には300万枚を超え、戦後はじめてのミリオンセラーになったと言われています。しかも、この王将は1961年(昭和36年)と1962年(昭和37年)の2年連続NHK紅白歌合戦で歌われました。この船村徹の「王将」をきっかけに村田英雄は三波春夫と肩を並べる存在になりました。

 歌謡界で成功を収めた村田の公演会に、それを見守るひとりの男性の姿がありました。歌謡界に村田を引き入れた古賀政男です。古賀政男は自分が村田を歌謡界へ誘った責任を感じていたのでしょう。成功した村田の姿を見て、古賀政男は安心して帰って行ったと言います。

(浦安湯屋ともちゃんの「村田英雄伝説」より)

b0190242_1245915.jpg


 さて本論の山行ですが、7月18日(土)~20日(月・祝)は妙高山・火打山に行ってきました。昨年はTG社に同山行を申し込んでいましたが、参加者が少ないということで、催行されませんでした。ちょうど同じ日に御嶽山が噴火したことを覚えています。
b0190242_12462324.jpg

 北陸新幹線(旧長野新幹線)に乗って長野駅まで行き、北信濃本線に乗り換えて妙高高原駅まで移動しました。初日は笹ヶ峰駐車場の登山口から歩き始めて、十二曲り、富士見平を経て黒沢池ヒュッテまでの行程になります。いつものように、いい歳りょうちゃんが写っている写真はすべてトミーさんのブログからもらいました。
b0190242_12464654.jpg

b0190242_12473175.jpg

 黒沢橋。まずは黒沢で一休み。
b0190242_12474565.jpg

b0190242_124873.jpg

 十二曲りから富士見平にかけては、急登が続きます。急登がなくなると、ドロドロにぬかるんだ悪路が続きます。黒沢池ヒュッテまでの行程は急登か悪路のいずれかしかありませんでした。
b0190242_12483861.jpg

b0190242_12491155.jpg

b0190242_1249292.jpg

b0190242_12495931.jpg

b0190242_12503197.jpg

 急登と悪路を乗り越えて、ようやく黒沢池ヒュッテに到着したと思ったら、その前に登山者をあざ笑うかのような恐ろしい雪渓が横たわっていました。
b0190242_12505514.jpg

 特徴的な形の黒沢池ヒュッテ。
b0190242_12511417.jpg

 黒沢池ヒュッテの夕飯。今回は2連泊しましたが、夕飯も朝食も2日間とも同じメニューでした。
b0190242_12513369.jpg

 2日目。7月19日(日)は妙高山に登りました。天気予報では初日よりは2日目のほうが回復傾向だったはずでしたが、朝から強い雨が降っていました。しばらくヒュッテに停滞し、雨が弱まるのを待ってから出発しました。
b0190242_12515560.jpg

 黒沢池ヒュッテから妙高山へは外輪山である大倉乗越を越えて行かなければなりません。
b0190242_12521875.jpg

 大倉乗越を越えてしばらく行くと雪渓のトラバースがありました。その先は崖ぐずれがあったようで、小屋のおじさんが目印のピンク色のリボンを付けていました。
b0190242_12524370.jpg

b0190242_12525635.jpg

 雪渓のトラバースのあとは、雪渓の急登を登ります。写真は下山時に撮影しました。
b0190242_12531513.jpg

 あとはひたすら急登を登ります。山頂に近づくに連れて、急登はだんだんと緩やかになるものだと思っていましたが、妙高山の急登は最後まで緩むことはありませんでした。
b0190242_12535936.jpg

 外輪山の登り返し、雪渓のトラバースと急登を乗り越えて、ようやく山頂に着きました。いい歳りょうちゃんは日本百名山92座目になりました。
b0190242_1254176.jpg

b0190242_12543840.jpg

 明日登る火打山が見えます。
b0190242_1255258.jpg

 妙高山は大きな標識がある北峰の場所が最高点ではありません。南峰のほうが北峰に比べて約9 m高い標高2454 mで最高点になります。
b0190242_12552765.jpg

b0190242_12554298.jpg

b0190242_12555618.jpg

b0190242_12561451.jpg

 山頂から黒沢池ヒュッテには当然ながら同じ行程をたどって戻りましたが、山頂から雪渓の急登に至るまでの下り道は、水が浮いた泥田のような悪路の下りで、油断をすれば転倒して何mも滑り落ちてしまいます。トミーさんの特徴的な頭はどんどんと遠ざかっていきましたが、何とか黒沢池ヒュッテにたどり着くことができました。
 私の後ろには、私よりもはるかに歩くのが遅い単独登山の男性がおり、雪渓のトラバースで転倒し、木の枝につかまり、滑落をまぬがれていました。妙高山は危険がいっぱいの恐ろしい山でした。
b0190242_1303751.jpg

b0190242_1305240.jpg



(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)
わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(ダーク・ダックス/銀色の道)
銀色の道(作詞:塚田茂、作曲:宮川泰、歌:ダーク・ダックス、ザ・ピーナッツ)


遠い 遠い はるかな道は
冬の嵐が 吹いてるが
谷間の春は 花が咲いてる
ひとり ひとり 今日もひとり
銀色のはるかな道

ひとりひとり はるかな道は
つらいだろうが がんばろう
苦しい坂も 止まればさがる
続く 続く 明日も続く
銀色の はるかな道

続く 続く はるかな道を
暗い夜空を 迷わずに
ふたりの星よ 照らしておくれ
近い 近い 夜明けは近い
銀色の はるかな道
はるかな道 はるかな道

b0190242_1325368.jpg


 3日目。7月20日(月・祝)は火打山に登りました。3日目にしてようやく太陽が顔を見せ、青空の下歩くことができました。黒沢池ヒュッテを出発して、茶臼山、高谷池、天狗の庭、雷鳥平を経て、火打山へと向かいます。
b0190242_1332940.jpg

 茶臼山への山腹から昨日登った妙高山が見えます。
b0190242_13414.jpg

 昨年登った高妻山も見えます。
b0190242_1351446.jpg

 茶臼山のピークに近づくと火打山が見え始めます。
b0190242_1353257.jpg

 茶臼山を通過したところから、北アルプスの白馬連山が見えました。
b0190242_1355494.jpg

 高谷池と高谷池ヒュッテ。
b0190242_13794.jpg

 高谷池を過ぎると雪渓が広がっていました。こちらの雪渓は平らで、安心して歩くことができました。
b0190242_1373051.jpg

 天狗の遊び場、天狗の庭に到着。
b0190242_1375772.jpg

b0190242_138167.jpg

 ホツツジが咲いていました。
b0190242_1384430.jpg

 火打山の山腹から見た高谷池と妙高山。
b0190242_1394667.jpg

 雷鳥平はまだ雪渓に覆われていました。
b0190242_1310424.jpg

 いよいよ火打山の山頂へと向かいます。
b0190242_13102666.jpg

 ミヤマキンポウゲとコバイケイソウがたくさん咲いていました。
b0190242_13104041.jpg

 ウサギギク。
b0190242_1310598.jpg

 火打山の山頂に到着しました。いい歳りょうちゃんは日本百名山93座目になりました。
b0190242_13113836.jpg

 火打山山頂から見た妙高山。
b0190242_13122110.jpg

 風の通り道でしょうか、ダケカンバが斜めに立っています。
b0190242_1312471.jpg

 山頂から見た天狗の庭。
b0190242_1313112.jpg

 衣笠草。
b0190242_13133265.jpg

 高谷池には水芭蕉も咲いていました。
b0190242_13141499.jpg

 高谷池ヒュッテ、木乃さんとアイスクリームを買いに行きましたが売っていませんでした。
b0190242_13143025.jpg

 高谷池の湿原にはハクサンコザクラがたくさん咲いていました。
b0190242_13151981.jpg

b0190242_13153634.jpg

 高谷池をあとにして、富士見平、十二曲り、黒沢橋そして登山口へと戻ってきました。写真は富士見平に咲いていたアカモノです。
b0190242_13155437.jpg

 帰りも黒沢橋で一休み。悪路でドロドロになった登山靴を洗いました。
b0190242_13161189.jpg

b0190242_13162451.jpg

 日帰り温泉で入浴し、妙高高原駅から長野駅まで戻って、新幹線の切符を買おうと思ったら、3連休最終のため、ほとんどが満席で、19時長野発のグリーン車がようやく取れました。新幹線乗車まで2時間もあったので、長野駅の駅ビルにあるお蕎麦屋さんで一杯飲みました。写真は抹茶アイスクリームではありません。ずんだをのせたお蕎麦です。
b0190242_13164574.jpg



本田美奈子/恋のバカンス
作詞:岩谷時子、作曲:宮川泰、歌:ザ・ピーナッツ

ためいきの出るような
あなたのくちづけに
甘い恋を夢みる
乙女ごころよ
金色にかがやく
熱い砂のうえに
裸で恋をしよう
人魚のように

陽にやけた ほほよせて
ささやいた約束は
二人だけの秘めごと
ためいきが出ちゃう
ああ恋のよろこびに
バラ色の月日よ
はじめてあなたを見た
恋のバカンス

陽にやけた ほほよせて
ささやいた約束は
二人だけの秘めごと
ためいきが出ちゃう
ああ恋のよろこびに
バラ色の月日よ
はじめてあなたを見た
恋のバカンス


 
次回は大朝日岳の報告をします060.gif

b0190242_13175069.jpg

b0190242_1318333.jpg

b0190242_13183471.jpg

b0190242_13185189.jpg

b0190242_13193654.jpg

b0190242_13203164.jpg

b0190242_1321571.jpg

b0190242_13214480.jpg

b0190242_1322562.jpg

b0190242_13233761.jpg

b0190242_1324451.jpg

b0190242_13244382.jpg

b0190242_1325439.jpg

by ryott-ryott | 2015-08-16 13:28 | 妙高山・火打山