平成26年度歩の会総会&網張温泉郷の百名山を行く

登山
旅行・地域
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 9月28日(月)、横浜国際ホテルで歩の会総会がありました。総会に参加するのは初めてです。歩の会の会員数は39名で、この日は25名が参加しました。TG社からは白砂さんがいらっしゃいました。まずは別会場で記念撮影が行われました。
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 総会では皆勤賞の表彰式、会計報告、来年度の山行予定が報告されました。皆勤賞では浅場会長の他に、浦安特配グループにも所属している兵藤さんが表彰されました。写真は兵藤さんが撮った妙義山さくらの里です。
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 歩の会との出会いは2012年1月で、今はなきAT社の淡路島・小豆島ツアーに参加した時でした。持参したお饅頭を歩の会の方たちに差し上げたのが縁で、歩の会の山行に誘っていただき歩の会のお仲間にしていただきました。写真は淡路島・小豆島ツアーの時の記念撮影です。あれから3年半が経ちました。
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 いい歳りょうちゃんが初めて歩の会に参加したときの記念撮影、羽賀場山・お天気山。
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 総会での表彰式が終わったあとは、大宴会。
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 左の男性は画家の片平画伯で、歩の会山行記録長の裏表紙に印刷されている絵をいつも描いている方です。
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 いい歳りょうちゃんは次回は11月13日(金)の入笠山に参加することを約束して、帰ってきました。



(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 いつもこの欄では小学館「一日一話人物歳時記」から引用していますが、今日はこれまで何回か掲載した「村田英雄伝説」を載せます。この村田英雄伝説は2012年10月に九州の日本百名山に行ったときに浦安湯屋のともちゃんから聞いた話を文字に起こしたものです。年末に勇才さんに行ったときに、隣に座っていた年配の女性と歌謡曲の話になり、私が話した「村田英雄伝説」に大変な興味と感動を示して下さいました。再度、村田英雄伝説を掲載します。

 その昔、終生のライバルと言われた二人の浪曲師がいました。村田英雄と三波春夫です。三波春夫は1923年7月19日に現在の新潟県長岡市に生まれ、1939年16歳のときに浪曲師としてデビューします。その後、戦況悪化により三波春夫自身も1944年に陸軍に入隊し、満洲へ渡ります。三波春夫は満州で敗戦を迎え、ハバロフスクの捕虜収容所に送られて、4年間のシベリア抑留生活を送ることになりました。1949年に帰国し、浪曲師として再び活躍をはじめます。

 一方、村田英雄は1929年1月17日、現在の福岡県うきは市に生まれ、その後、唐津市へ移り、5歳のときに浪曲師酒井雲に弟子入りします。その後、村田英雄は13歳で真打に昇進し、14歳で酒井雲坊一座の座長も務め、九州の地方公演で活躍を続けます。
二人の浪曲師、三波春夫と村田英雄は浪曲の全国大会でたびたび激突することになります。しかし、いつも1位に輝くのは村田英雄であり、三波春夫は常に2番。三波はどうしても村田に勝つことはできませんでした。

 浪曲の世界では村田に勝つことが出来ないと悟った三波は、1957年に芸名を「三波春夫」と改めて、新規一転し歌謡界へとデビューします。するとどうでしょう、出す歌はすべて大ヒット。飛ぶ鳥を落とす勢いです。「お客様は神様です!」という有名なフレーズでも知られる通り、三波の天性の明るさが多くのファンを魅きつけました。

 三波の歌謡界での活躍を見ながら、村田は日本一の浪曲師を夢見て東京へ上京します。そして村田にも転機がやってきます。今や歌謡界のトップにまで上り詰めた三波春夫に歌で勝負できるのは村田しかいないと考えていた人物がいました。その人こそ、あの古賀政男です。古賀政男からの誘いに対して、最初、村田はためらいました。村田はすでに結婚もしており、果たして歌謡界でやっていけるのか迷ったそうです。浪曲の世界では常に自分がトップに君臨し、三波春夫にその座を譲ることがなかった、その三波が今や歌謡界で大活躍していることを目の当たりにし、ついに古賀政男からの歌謡界への誘いを受けることにしました。

 1958年、古賀政男とのコンビで最初に出したのが「無法松の一生」です。しかし、考えていたとおりにはうまくいかないもので、「無法松の一生」はまったくヒットしませんでした。三波春夫とは対照的に、村田英雄はヒット曲には恵まれませんでした。三波春夫が毎年のようにNHK紅白歌合戦でトリを務めているのに、村田英雄は紅白出場すら出来なかったのです。「やはり自分には歌謡界には向いていない、浪曲の世界に戻ろう。」と決心し、歌謡曲の師匠である古賀政男に歌謡界をやめたいと申し出ます。それを聞いた古賀政男は烈火のごとく激昂し、村田英雄を殴り蹴り、破門同然で古賀政男から縁を切られてしまいました。

 村田英雄と古賀政男のやりとりの一部始終を横目で見ていた作曲家がいました。失意の村田に手を差し伸べたのは、美空ひばりの「みだれ髪」でよく知られている船村徹でした。浪曲で鍛え上げた村田の重厚な声は古賀政男の曲調には合わないと、船村は考えていました。その村田に船村から贈った曲があの「王将」(作詞:西条八十)でした。王将は瞬く間に大ヒットします。最終的には300万枚を超え、戦後はじめてのミリオンセラーになったと言われています。しかも、この王将は1961年(昭和36年)と1962年(昭和37年)の2年連続NHK紅白歌合戦で歌われました。この船村徹の「王将」をきっかけに村田英雄は三波春夫と肩を並べる存在になりました。

 歌謡界で成功を収めた村田の公演会に、それを見守るひとりの男性の姿がありました。歌謡界に村田を引き入れた古賀政男です。古賀政男は自分が村田を歌謡界へ誘った責任を感じていたのでしょう。成功した村田の姿を見て、古賀政男は安心して帰って行ったと言います。

(浦安湯屋ともちゃんの「村田英雄伝説」より)

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 10月3日(土)~4日(日)は八幡平と岩手山に行きました。2012年に一度行っていますが、山旅クラブで今回山行をやるということと、2012年の時の岩手山は霧が深くて景色をはっきり見ることができず、もう一度見たいと思っていたこと、それから休暇村の網張温泉に宿泊するということで、もう一度行くことにしました。いい歳りょうちゃんが写っている写真は全てトミーさんのブログからもらいました。
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 今回は東北新幹線で盛岡まで行き、いわて銀河鉄道で大更駅まで行きました。そして、いつも自家用車で山行に参加されるA柳さんは今回めずらしく自家用車を使わずに、電車で現地までやってきました。盛岡駅からいわて銀河鉄道に乗って、年配のメーテルを思わせるようなA柳さんと一緒に大更駅までやってきました。
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 大更駅では山旅クラブのトミーさんがピッカピカの新車のリムジンでお出迎え、富澤財団は年配者相手に相当荒稼ぎしているようです。
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 この週の金曜日に爆弾低気圧が北海道を通過して、北日本を中心に大荒れの天気でしたが、土曜日も東北地方には爆弾低気圧が置いていった寒気の影響で強い雨が降っていました。八幡平の駐車場は雨と深い霧で何も見えません。
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 この天気なので当初予定していたコースはやめて山頂へのピストンだけにすることになりました。山頂は駐車場の登山口から20分も歩かなかったと思います。2012年の時とちがっていたのは、山頂のやぐらが完成していたことです。しかしやぐらに上がっても何も見えないのでやぐらに上りませんでした。
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 メガネ沼、何も見えません。
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 鏡沼、何も見えません。
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 こんなひどい天気なので、さっさと八幡平の散歩を済ませて網張温泉に向かいました。途中、道の駅で休憩、こんな大きなカボチャが1つ500円で売っていました。飼料用だそうです。
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 巨大カボチャを持ち上げようとするトミーさん、カボチャを泥棒するお地蔵さまではありません。
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 道の駅で売っていた肉まん、年配メーテルA柳さんの顔と同じくらいの大きさでした。A柳さんとシェアして食べました。
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 網張温泉に到着する頃には雨も上がって、青空が見え始めました。岩手山南麓にある温泉を総称して網張温泉と呼ぶそうです。休暇村網張温泉はなかなか予約が取れないと聞きました。その予約をいとも簡単に取れる富澤財団の実力に驚きました。
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 早速入浴し、お楽しみの夕飯。日本酒も沢山あるようです。
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 日本酒3種飲み比べセットがありました。1種類1合の量が3杯で950円、1合のどぶろくが650円であることと比べれば、とてもお得です。しかし店員は飲み比べセットは「少ししか入っていないので・・・」と言って売りたくないようでした。休暇村網張温泉に行った際は、日本酒3種飲み比べセットを是非飲んでください。
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 お酒をたくさん召し上がって早々と熟睡するトミーさん、倒れているお地蔵さまではありません。
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 翌朝、網張温泉前から見たご来光。
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 網張温泉の地元農家の田屋果樹園の方が採れたての果物を売りに来ていました。
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 中でも生のシュガープルーンがとても美味しかったです。東京で売っているプルーンはほとんどが加工品で美味しくない印象ですが、この生のプルーンはとても甘く、桃やぶどうにも引けを取らない美味しさでした。3パックで1000円という安さ、いい歳りょうちゃんは6パック2000円分買って、会社へのお土産としました。
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(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)
わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(ダーク・ダックス/銀色の道)
銀色の道(作詞:塚田茂、作曲:宮川泰、歌:ダーク・ダックス、ザ・ピーナッツ)


遠い 遠い はるかな道は
冬の嵐が 吹いてるが
谷間の春は 花が咲いてる
ひとり ひとり 今日もひとり
銀色のはるかな道

ひとりひとり はるかな道は
つらいだろうが がんばろう
苦しい坂も 止まればさがる
続く 続く 明日も続く
銀色の はるかな道

続く 続く はるかな道を
暗い夜空を 迷わずに
ふたりの星よ 照らしておくれ
近い 近い 夜明けは近い
銀色の はるかな道
はるかな道 はるかな道

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 2日目、10月4日(日)は網張温泉にお別れして、岩手山の馬返し登山口に向かいました。2012年の時と同じように旧道を登り、新道を下山しました。
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 山頂には雲がかかっていました。山頂に到着する頃にはなんとか取れてもらいたいものです。
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 山腹から見た姫神山。来年、富澤財団では姫神山と早池峰山の山行を企画しているようです。姫神山を岩手山と早池峰山で取り合ったという神話があります。
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 溶岩の急登を登っていきます。
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 7合目鉾立から見た岩手山山頂。森林限界から風が強くなりました。
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 8合目避難小屋前では風華が飛んできており、避難小屋の寒暖計は2 ℃を切っていました。雨は降っていませんでしたが、雨具上下、手袋を着用して、完全防備で山頂へと向かいました。
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 火口お鉢の上は、ものすごい強風で油断をすれば、火口の中に落ちてしまうのではないかというほどの暴風が吹いていました。雪も混じっており、気がつくと雨具に雪が付着していました。
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 山頂に到着、さっさと記念撮影を済ませて、すぐに下山しました。
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 この強風が時々、霧を吹き飛ばしてくれて、火口全体の風景を見せてくれました。
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 火口お鉢から降りると風は弱まりました。
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 下山は新道のほうを降りました。紅葉が綺麗でした。
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帰りはお山の湯に入浴して、東北新幹線で東京に帰ってきました。
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本田美奈子/恋のバカンス
作詞:岩谷時子、作曲:宮川泰、歌:ザ・ピーナッツ

ためいきの出るような
あなたのくちづけに
甘い恋を夢みる
乙女ごころよ
金色にかがやく
熱い砂のうえに
裸で恋をしよう
人魚のように

陽にやけた ほほよせて
ささやいた約束は
二人だけの秘めごと
ためいきが出ちゃう
ああ恋のよろこびに
バラ色の月日よ
はじめてあなたを見た
恋のバカンス

陽にやけた ほほよせて
ささやいた約束は
二人だけの秘めごと
ためいきが出ちゃう
ああ恋のよろこびに
バラ色の月日よ
はじめてあなたを見た
恋のバカンス


 
次回は日本百名山完登の報告をします060.gif

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by ryott-ryott | 2015-10-18 22:44 | 八幡平・岩手山・網張温泉