歩の会・南アルプスの前衛、初冬の入笠山を行く

登山
旅行・地域
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 11月13日(金)は歩の会で、入笠山へ出かけてきました。入笠山は長野県南アルプスである赤石山脈の最北端の山です。山頂標高は1955 mあります。いい歳りょうちんが写っている写真は、倉持さんのブログにも掲載されています。
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 歩の会に参加するのは4月の妙義山さくらの里以来7ヵ月ぶりでした。歩の会では、毎回バスの中で会長から連絡事項があります。来年から歩の会の集合場所は新宿西口ではなく、町田駅になり、しかも毎月第3木曜日に山行に出かけるとのことが決定されたということを聞いていましたが、現在大洗と東京を往復する単身赴任の身では木曜日の歩の会には参加できないことを浅場会長に申し上げたところ、何回かは月曜日に開催してくれるということを会員の皆さんにはかっていただき、月曜日の山行も取り入れてくれることを決定してくれました。会長、歩の会の皆さん、日程のご配慮をいただき、ありがとうございます。月曜日山行にはなるべく、参加できるようにいたします。
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 またラジオで聞いた話の紹介の中で、毎回花言葉の紹介をしてくださいます。今回はヒマラヤスギの花言葉は「あなたのために生きる」でした。日本百名山を完登したいい歳りょうちゃんは、「歩の会のために生きる」ことができるように、今後も山行をご一緒したいと思います。
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 午前7時に新宿西口からバスに乗り、沢入登山口の駐車場に到着したのは午前10時前でした。倉持さんのストレッチ姿を見るのも久しぶりでした。
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 入笠山と言えば、ゴンドラで湿原の入口まで登って、そこから歩き始めるのかと思っていましたが、ゴンドラはいっさい使わずに沢入登山口から山頂へのピストンでした。
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 なだらかな登り道をゆっくりと歩いて行きました。
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 歩くこと1時間で入笠湿原に到着。この湿原の斜面の上のほうにゴンドラ駅があります。
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 入笠湿原の上で小休止。山頂までは30分くらいです。
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 12月に倉持さんはこの天文台の宿にスノーシューで来るそうです。
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 いつもこの欄では小学館「一日一話人物歳時記」から引用していますが、今日はこれまで何回か掲載した「村田英雄伝説」を載せます。この村田英雄伝説は2012年10月に九州の日本百名山に行ったときに浦安湯屋のともちゃんから聞いた話を文字に起こしたものです。年末に勇才さんに行ったときに、隣に座っていた年配の女性と歌謡曲の話になり、私が話した「村田英雄伝説」に大変な興味と感動を示して下さいました。再度、村田英雄伝説を掲載します。

 その昔、終生のライバルと言われた二人の浪曲師がいました。村田英雄と三波春夫です。三波春夫は1923年7月19日に現在の新潟県長岡市に生まれ、1939年16歳のときに浪曲師としてデビューします。その後、戦況悪化により三波春夫自身も1944年に陸軍に入隊し、満洲へ渡ります。三波春夫は満州で敗戦を迎え、ハバロフスクの捕虜収容所に送られて、4年間のシベリア抑留生活を送ることになりました。1949年に帰国し、浪曲師として再び活躍をはじめます。

 一方、村田英雄は1929年1月17日、現在の福岡県うきは市に生まれ、その後、唐津市へ移り、5歳のときに浪曲師酒井雲に弟子入りします。その後、村田英雄は13歳で真打に昇進し、14歳で酒井雲坊一座の座長も務め、九州の地方公演で活躍を続けます。
二人の浪曲師、三波春夫と村田英雄は浪曲の全国大会でたびたび激突することになります。しかし、いつも1位に輝くのは村田英雄であり、三波春夫は常に2番。三波はどうしても村田に勝つことはできませんでした。

 浪曲の世界では村田に勝つことが出来ないと悟った三波は、1957年に芸名を「三波春夫」と改めて、新規一転し歌謡界へとデビューします。するとどうでしょう、出す歌はすべて大ヒット。飛ぶ鳥を落とす勢いです。「お客様は神様です!」という有名なフレーズでも知られる通り、三波の天性の明るさが多くのファンを魅きつけました。

 三波の歌謡界での活躍を見ながら、村田は日本一の浪曲師を夢見て東京へ上京します。そして村田にも転機がやってきます。今や歌謡界のトップにまで上り詰めた三波春夫に歌で勝負できるのは村田しかいないと考えていた人物がいました。その人こそ、あの古賀政男です。古賀政男からの誘いに対して、最初、村田はためらいました。村田はすでに結婚もしており、果たして歌謡界でやっていけるのか迷ったそうです。浪曲の世界では常に自分がトップに君臨し、三波春夫にその座を譲ることがなかった、その三波が今や歌謡界で大活躍していることを目の当たりにし、ついに古賀政男からの歌謡界への誘いを受けることにしました。

 1958年、古賀政男とのコンビで最初に出したのが「無法松の一生」です。しかし、考えていたとおりにはうまくいかないもので、「無法松の一生」はまったくヒットしませんでした。三波春夫とは対照的に、村田英雄はヒット曲には恵まれませんでした。三波春夫が毎年のようにNHK紅白歌合戦でトリを務めているのに、村田英雄は紅白出場すら出来なかったのです。「やはり自分には歌謡界には向いていない、浪曲の世界に戻ろう。」と決心し、歌謡曲の師匠である古賀政男に歌謡界をやめたいと申し出ます。それを聞いた古賀政男は烈火のごとく激昂し、村田英雄を殴り蹴り、破門同然で古賀政男から縁を切られてしまいました。

 村田英雄と古賀政男のやりとりの一部始終を横目で見ていた作曲家がいました。失意の村田に手を差し伸べたのは、美空ひばりの「みだれ髪」でよく知られている船村徹でした。浪曲で鍛え上げた村田の重厚な声は古賀政男の曲調には合わないと、船村は考えていました。その村田に船村から贈った曲があの「王将」(作詞:西条八十)でした。王将は瞬く間に大ヒットします。最終的には300万枚を超え、戦後はじめてのミリオンセラーになったと言われています。しかも、この王将は1961年(昭和36年)と1962年(昭和37年)の2年連続NHK紅白歌合戦で歌われました。この船村徹の「王将」をきっかけに村田英雄は三波春夫と肩を並べる存在になりました。

 歌謡界で成功を収めた村田の公演会に、それを見守るひとりの男性の姿がありました。歌謡界に村田を引き入れた古賀政男です。古賀政男は自分が村田を歌謡界へ誘った責任を感じていたのでしょう。成功した村田の姿を見て、古賀政男は安心して帰って行ったと言います。

(浦安湯屋ともちゃんの「村田英雄伝説」より)

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 山頂までもうすぐです。
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 12時山頂に到着しました。今日は薄曇りで、山頂からの展望がほとんど期待できないと思っていましたが、目の前には八ヶ岳と蓼科山、金峰山が見えました。
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 入笠山は南アルプスの前衛だけあって、南側には富士山、南アルプスの仙丈ケ岳、甲斐駒ケ岳、北岳、鳳凰三山が見えました。また西側には槍穂高連峰、立山、五竜、鹿島槍、白馬三山の北アルプス、北アルプスの南側には御嶽山と中央アルプス、さらに平らな恵那山まで、360度の展望を見ることができました。
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 山頂で30分の大休止をとり、倉持さんのミルクティーを飲むのも久しぶりでした。
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(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)
わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(ダーク・ダックス/銀色の道)
銀色の道(作詞:塚田茂、作曲:宮川泰、歌:ダーク・ダックス、ザ・ピーナッツ)


遠い 遠い はるかな道は
冬の嵐が 吹いてるが
谷間の春は 花が咲いてる
ひとり ひとり 今日もひとり
銀色のはるかな道

ひとりひとり はるかな道は
つらいだろうが がんばろう
苦しい坂も 止まればさがる
続く 続く 明日も続く
銀色の はるかな道

続く 続く はるかな道を
暗い夜空を 迷わずに
ふたりの星よ 照らしておくれ
近い 近い 夜明けは近い
銀色の はるかな道
はるかな道 はるかな道

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 360度の展望に別れを告げて、下山を開始。
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 弾痕笹がありました。弾丸で打ち抜いたような跡がついた笹を弾痕笹といい、虫が食べたあとです。戦時中、この弾痕笹を懐に入れて戦地へ行くと、敵の銃弾にあたらないと信じられており、兵隊さんはお守りとして身につけて出征して行ったそうです。
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 入笠山にも鎖場がありました。
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 岩場コースを下山しています。
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 この季節は植物も生えていないためか、鹿よけのネットは外されていました。
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 沢入登山口を目指して下山。
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 下山後は「ゆーとろん水神の湯」に入浴しました。
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 帰りのバスの中では、いつものように日本酒で乾杯。ガイドの峯岸さんも後ろの席に来て、一杯飲んでくださいました。驚いたことに、いい歳りょうちゃんが普段お世話になっている富澤財団総帥のトミーさんは、峯岸さんと同じ年にガイド試験をパスした同期なんだそうです。峯岸さんは多分トミーさんよりは10歳くらいは年上だと思いますが、髪の毛は豊かでした。峯岸さんもトミーさんが「あんなにハゲてしまうと思っていなかった。」とは言っていませんでした。041.gif
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本田美奈子/恋のバカンス
作詞:岩谷時子、作曲:宮川泰、歌:ザ・ピーナッツ

ためいきの出るような
あなたのくちづけに
甘い恋を夢みる
乙女ごころよ
金色にかがやく
熱い砂のうえに
裸で恋をしよう
人魚のように

陽にやけた ほほよせて
ささやいた約束は
二人だけの秘めごと
ためいきが出ちゃう
ああ恋のよろこびに
バラ色の月日よ
はじめてあなたを見た
恋のバカンス

陽にやけた ほほよせて
ささやいた約束は
二人だけの秘めごと
ためいきが出ちゃう
ああ恋のよろこびに
バラ色の月日よ
はじめてあなたを見た
恋のバカンス


 
次回は浅間隠山・榛名山の報告をします060.gif

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by ryott-ryott | 2015-11-21 14:06 | 歩の会・入笠山 | Comments(2)

Commented at 2015-12-31 23:56 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by ryott-ryott at 2016-01-02 11:06
鍵コメさま コメントありがとうございます。おかげさまで5年と44日かかって日本百名山を登ることができました。またなかなかブログを更新できず、申し訳ありません。
 いろいろの方から次の目標を聞かれますが、次の目標は設定せずに、好きな山に行くことにしました。また山に限らず、いろいろな場所に遊びに行きたいと思っております。
 今後ともどうぞよろしくお願いします。また遊びに来てください(^◇^)