カテゴリ:大台ケ原・大峰山( 2 )

天女舞う、いにしえの霊山 大峰山を行くヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 4月29日(日)日本百名山の旅、2日目です。今日は近畿の最高峰、大峰山に登ります。標高1915 mです。正確に言うと、大峰山という山はなく、大峰山脈の最高峰・八経ヶ岳になります。別名、八剣山または仏経ヶ岳と呼ばれており、信仰の山です。
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 山梨県と長野県に日本百名山の金峰山(きんぷさん)がありますが、大峰山はかつては金が産出され金岳(きんのみたけ)と呼ばれており、それが金峰山となり、甲州の金峰山、肥後の金峰山、その他諸国の金峰山は、すべてこの本山から蔵王権現を分祠して名づけられたと深田久弥の『日本百名山』に書かれています。そしてこの大峰山は平安時代には富士山に次ぐ高嶺とされていました。
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 今日は午前5時に宿を出発し、登山口へ窮屈なバスで向かいました。午前6時40分に登山口に到着。いつものようにストレッチを済ませて、午前6時47分登山開始。
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 沢を渡って、急登から始まります。宿を出る時は気温が低く、中間着を着ていましたが、すぐに半袖シャツに。この急登を40分以上で尾根道の大峰奥駈道出合まで登って行きました。あとで気が付いたのですが、20名の参加者のうち、お一人の方がこの急登を登っている途中でリタイヤされました。
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 大峰奥駈道出合で記念撮影。いつもりょうちゃんの世話をしてくれるよしこさんとすみお姉ちゃん。038.gif
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 この人は川崎の世捨て人の小沢さん、私は一緒のツアーに行くのは2回目ですが、新宿の待ち合わせ場所でよく顔を合わせます。再来週5月19日(土)の上野・浦安特配の天城山周遊に参加されるそうです。かなり口が悪いので、気性の激しい浦安湯屋の女性陣とトラブルにならないことを祈っています。037.gif
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 説明をするガイドの鈴木さん。大峰山脈では写真のように岩がこんもりと出ているところに修験者のお札が祀られており、このような場所を靡(なびき)と言います。熊野から吉野までの大峰山脈縦走路には75カ所の靡があります。75カ所の靡を完全縦走する人はほとんどなく、なかには今でも女人禁制の場所があるといいます。
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 弥山の下まではほぼ平坦道に近い下り道が続きます。この下り道で不覚にもいい歳、りょうちゃんは木の根っこに足を引っ掛けてしまい、すっ転んでしまいました。左の手のひらからは出血し、左足もひねってしまいました。倉持さんに応急処置をしてもらい、最後尾から先団を追いかけます。転倒はすみお姉ちゃんのおはこなのに、足取りが一気に重くなってしまいました。周りは小梅惠草(こばいけいそう)の新芽がたくさん出ていました。056.gif
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 ようやく行者像前で先団に追いつくことができました。行者像の横で何かを食べているすみちゃん。
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 正面に見えるのは弥山です。
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 ここからまずは弥山(標高1895 m)への勾配を登って行きます。午前9時19分。
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 中腹から見える4つの峰は大普賢です。
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 ところどころまだ雪が残っています。
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 勾配を登り始めて約1時間で弥山に到着しました。ここはまだゴールではありません。ゴールは弥山に北側に控えている八経ヶ岳です。
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 昭和天皇裕仁は、明治34年(1901年)4月29日に誕生されました。
 昭和64年(1989年)で88歳、歴代天皇では最長の在位記録を持ちます。神武天皇の建国から数えますと124代目の天皇になりますが、激動の昭和史を生きてきた主人公として、その感慨はひとしおものでしょう。

 「天皇誕生日」に行われる皇居での一般参賀も、年々増加の傾向にありました。
 陛下に対する国民の親近感、またご高齢にもかかわらず、国事に精励されているお姿を見て、そのご労苦に対する感謝の気持ちが参賀客の増加につながっていたかもしれません。
 
終戦直後、陛下は日本占領の連合国総司令官マッカーサー元帥のところを訪ねられたことがありました。元帥は『回想録』でこう書いています。
「・・・・・『私は、国民が戦争遂行にあたって政治、軍事両面で行ったすべての決定と行動に対する全責任を負う者として、私自身をあなたと代表する諸国の裁決にゆだねるためにおたずねしました。』
 私は大きい感動にゆさぶられた。死をともなうほどの責任。それも私の知り尽くしている諸事情に照らしても、明らかに天皇に帰すべきでない責任を引受けようとする、この勇気に満ちた態度は、私の骨のズイまでもゆり動かした。
 私はその瞬間、私の前にいる天皇が、個人の資格においても日本の最上の紳士であることを感じた。」

 マッカーサー元帥は、この会談の印象がよほど強烈だったのでしょう。ただちにトルーマン大統領と米国政府に対し、天皇を戦争犯罪人から除外することを提言し、事実その通りになりました。天皇の人柄を表すひとつのエピソードです。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 八経ヶ岳は弥山から片道約30分の行程です。八経ヶ岳の山容は弥山に隠れて、弥山を登りきるまで見ることはできませんでしたが、弥山からその姿をはっきりと目にすることができます。
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 八経ヶ岳の山頂付近は雪が結構残っています。
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 もう少しで山頂に到達。
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 ついに山頂に到達です。八経ヶ岳標高1915 m。いい歳、りょうちゃん日本百名山32座目です。
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 いつものように記念撮影。038.gif
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 頂上からの風景。左側の高い峰が昨日行った大台ケ原になるそうです。
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 八経ヶ岳から見た弥山、そのとなりには大普賢。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(中島みゆき/荒野より)

荒野より(作詞:中島みゆき、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

夜が
望みは何かと訊かれたら君がこの星に居てくれることだ
力は何かと訊かれたら君を想えば立ち直れることだ

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

朝陽の昇らぬ日は来ても君の声を疑う日はないだろう
誓いは嵐にちぎれても君の声を忘れる日はないだろう

僕は歌っているだろう君と歌っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は生きているだろう君と生きているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない
荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

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 八経ヶ岳でしばらく風景を楽しんだ後、また弥山に戻って来ました。弥山神社にお参りして、下山を開始。
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 下山を開始すると、もう八経ヶ岳の姿はこれで見おさめになります。
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 登って来た道をひたすらに降りていきます。重力に逆らって体を持ち上げる登りよりも、重力にしたがっての下山のほうがりょうちゃんにとっては楽でした。しかし、下りも長く、すっ転んだダメージが残っているためか、疲れました。042.gif
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 大台ケ原も大峰山も至るところにシャクナゲが生えており、花が咲くころはさぞ美しいことでしょう。
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 葉の裏をみるとオレンジ色であり、屋久島のシャクナゲと同じ種類ではないでしょうか。シャクナゲは11種類しかないそうです。056.gif
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 ミツバツツジ。今回のツアーでは花をほとんど見ることはできませんでした。時期が合えばオオヤマレンゲを見ることができたそうです。大峰山は霊山であることから、天女が舞う山でもあり、オオヤマレンゲは別名、天女花とも呼ばれています。
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 最後の急登を下って、大峰山登山は終了になりました。登山開始午前6時47分、下山14時44分、ほぼ8時間の登山でした。038.gif
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 最初、時間が押しているため入浴はできないとの話でしたが、30分だけ大急ぎで温泉に入ることができました。その後、再び窮屈なバスに乗り、関西空港へ向かいました。途中、鈴木ガイドから奈良県の特産は何かとの問いに対する回答がありました。食べ物ではなく、薬であり、薬の業者がたくさん点在しています。
 何とか19時前に関西空港に着くことができました。よしこさんとすみちゃんとタコ焼き、明石焼きで乾杯し、東京まで戻って来ました。068.gif
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 雨で中止のと連絡があった乾徳山は天気がづれて行くことになったのでしょうか?


 
来週は雪山の立山に行ってきます。060.gif

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by ryott-ryott | 2012-05-03 00:05 | 大台ケ原・大峰山

八咫烏にさそわれて、春の大台ケ原を行くヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 5月に入り、今一つ天候が冴えません。5月4日(金)に予定されていた乾徳山も雨の予報のために中止になってしまいました。 しかしながら、GWの初日、2日目は天候に恵まれての連休スタートとなり、気持ちのよい山歩きをすることができました。058.gif
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 昨年のGWは屋久島へ行き、宮之浦岳、愛子岳に登りました。今年はアミューズのツアーで奈良県の大台ヶ原と大峰山へ行ってきました。日本百名山、31、32座目です。038.gif
 4月28日(土)午前6時45分に羽田空港に集合、関西空港へ向かい、そこからバスで大台ケ原へと向かいます。
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 参加人数は20名、ガイドさんは倉持さんと鈴木さん、総勢22名のツアーです。上野・浦安特配チームからはよしこさんとすみちゃんがキャンセル待ちで参加しました。
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 写真はバスの中の模様です。このバスは22名乗せるにはあまりにも窮屈でした。私はアンケートでクレーム・文句を書いたことがありませんが、今回ばかりはクレームを書きました。場所柄仕方ないかもしれませんが、今回は用意されたバスの席数から考えて、15人未満の催行にすべきであるというのが参加者の意見でした。バスをすし詰めにしてまでもツアーの催行を強行するのは、アミューズトラベルが旅の快適さを提供するよりも利益を最優先にしていることがわかりました。
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 また昨年参加した雌阿寒岳・斜里岳・羅臼岳のツアーや九州3座のツアーで提供されているサービスと比べると、明らかに旅行代金が高いと言わざるを得ません。私の査定では40000円前後がいいところだと思います。さらに冷房を止めなければ、エンストを起こしてしまうバスが手配されていることにも驚きました。これは点検を怠っている証拠であり、明らかに法律違反です。参加者は山に連れて行ってもらうだけではなく、ツアーに付随したサービスも楽しみにしていることを忘れないでもらいたいものです。
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 目的地は関西空港からバスに揺られて4時間もかかる奈良県の山奥です。途中、道の駅で休憩。陽春の陽射しに照らされて、花よりもあでやかな、いつもの特配チームの3人、お世辞です。037.gif
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 空を見上げると雲ひとつありません。058.gif
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 よしこさんとすみちゃんと3人で記念撮影。
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 吊るし柿を売っていました。
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 9時20分に関西空港でバスに乗り、大台ケ原の登山口に着いたのは13時30分を過ぎていました。4時間以上の行程。駐車場で準備体操をして、すぐに出発。いつもの倉持さんのストレッチを写真に撮ったら、ツアー参加の年配者が「やだぁー」と叫んでいました。「やだぁー」という年齢じゃないだろう!
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 今日は登山口から大台ケ原の最高峰・日出ヶ岳(標高1695 m)に登り、そこから牛石ヶ原、大蛇嵓(だいじゃぐら)を経て、大台ケ原を一周します。
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 大台ケ原の歩き始めはほとんど平坦です。
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 シカの食害がひどく、写真のように木に網を巻きつけて食べられないようにしています。
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 途中の展望台で記念撮影。
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 海も見えます。
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 日出ヶ岳の下までほぼ平坦道がつづき、下から階段を登って展望台を目指します。
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 歩き始めて約1時間で頂上の展望台につきました。いつものように倉持さんと記念撮影。いい歳、りょうちゃん、日本百名山31座目です。
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 頂上からの風景。この日は倉持さんのツアーにしては珍しいくらいの青天でしたが、条件が良ければ展望台から富士山を見ることができるそうです。この日は見えませんでした。ガイドの鈴木さんもここから富士山を見たことがないそうです。
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 この後姿のおじいさん、5月19日(土)の特配・天城山に参加予定です。038.gif
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 会津若松市に、会津藩家老西郷頼母の屋敷を復元した「会津武家屋敷」があります。

 この屋敷の当主西郷頼母の一生は、苦悩に満ちた悲運の生涯でした。鶴ヶ城落城寸前には、頼母の母、妻、娘など一家21人の婦女人がことごとくこの屋敷で自刃して果てました。 しかし西郷頼母は、時世を見て終始非戦論、和平論を唱えて行動し、自らも生き残ってしまったために、会津ではあまり同情されておりません。

 彼の悲劇は、いや会津藩の悲劇は、藩主松平容保が京都守護職を引き受けたときから起こりました。国元の筆頭家老西郷頼母は、急ぎ江戸に上り、守護職就任の辞退をすすめますが聞きとどけられません。1年後再び京都に出向いて辞退を迫りますが、かえって不敬であるとされ家老職を免ぜられます。

 やがて、鳥羽、伏見の戦で敗れた会津藩は、朝敵にされ、薩長連合の西軍に攻められる立場に変わります。この非常事態の発生で頼母も許されて家老に復活、白河口の守護総督につきます。情勢の不利はまぬがれず、彼は西軍と和平交渉を開始しますが阻止され、またまた蟄居を命じられました。

 西軍は白河口を突破し、会津鶴ヶ城も包囲され、敗色は濃厚になってきました。頼母は城内に入り、無血開城を説きますが、殺気だった藩士たちに、逆に殺されそうになります。

 藩主容保は、将軍要請の名目で彼を場外に脱出させました。仙台で落城を聞いた彼は、そのまま函館の戦に参加しますが敗北し、館林に幽閉されます。

 明治維新政府ができて許され、容保がついた東照宮宮司の下で禰宜などをつとめましたがが、故郷を忘れがたく、晩年はひっそりと会津若松に帰り、明治36年(1903年)4月28日、74歳で没しました。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 日出ヶ岳展望台から風景を楽しんだ後、階段を下って、大蛇嵓を目指します。
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 今登って来た日出ヶ岳展望台が見えます。
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 大台ケ原の木はシカによる食害を受けていますが、シカは自分の口が届くところまでしか食べることができません。したがって、シカの背の高さより下は木の皮がはがされて白くなっており、シカの背の高さのところで線が引かれたように木が色分けされているように見えます。この線をブラウジングラインと言います。038.gif
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 牛石ヶ原の神武天皇像。棒の先端には八咫烏です。今日歩いている大台ケ原のコースはよく整備されており、迷うことはないと思いますが、同じような地形が続いているために、かつては迷いやすく、『魔の山』と呼ばれたそうです。神武天皇が熊野から大和へ向かう途中、この大台ケ原で迷ってしまった時に八咫烏に案内されたという伝説があります。038.gif
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 有名な大蛇嵓で記念撮影。この大蛇嵓には恐ろしい伝説があります。大台ケ原は熊野灘に面しており、そこに住む村人は漁をして生計を立てていました。漁に使う網が傷んできたので、村長は村で一番の豪傑ろくべぇに網の材料になる木の皮を取りに行くように頼みました。
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 ろくべぇはどぶろくを携えて、木の皮を取りに山奥へと大蛇嵓の近くまで入って行きました。仕事ははかどり、ろくべぇは木の皮を大量にとることができました。仕事を終えて、どぶろくを飲んでいると、こんな山奥にもかかわらず、ひとりの女が現れました。女はろくべぇにどぶろくを飲ませてくれと、すっと近づいてきました。
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 女が鋭い目でろくべぇを見ると、ろくべぇは金縛りにあい、身動きできなくなってしまいます。女はろくべぃのどぶろくを飲み干すと、まるで蛇のような物凄い形相でろくべぃに向かって来ました。すると、もう一人の白装束の女が現れて、ろくべぃに襲いかかる蛇のような形相の女と戦いが始まりました。白装束の女が持っていた槍を蛇の形相の女の胸に突きたてると、その女は巨大な大蛇へと姿を変えました。大蛇は大きな口を開けて、白装束の女とろくベぇを飲みこもうとします。
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 その時、白い髭の老人が現れて、持っていた剣で大蛇の首を切り落とし、大蛇は悲鳴あげながら大蛇嵓の谷底へと落ちていきました。
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 金縛りの解けたろくべぃの目の前には大蛇の首を切り落とした老人が焚火の前に座っていました。そして大蛇と戦った白装束の女がろくべぃに自分は大台ケ原の山の神であり、ろくべぃの危機を救おうとしたが、大蛇の力が強いため、弥山の神に助けてもらったと告げました。この老人は弥山の神だったのです。
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 ろくべぃは助けてくれた二人の神様に深々と頭を下げてお礼を言い、頭を上げるとそこにはもう誰もいませんでした。このこと以来、ろくべぃは一人では山に入ることはなく、必ず連れを伴い仕事をするようになりました。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(中島みゆき/荒野より)

荒野より(作詞:中島みゆき、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

夜が
望みは何かと訊かれたら君がこの星に居てくれることだ
力は何かと訊かれたら君を想えば立ち直れることだ

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

朝陽の昇らぬ日は来ても君の声を疑う日はないだろう
誓いは嵐にちぎれても君の声を忘れる日はないだろう

僕は歌っているだろう君と歌っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は生きているだろう君と生きているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない
荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

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 蛇嵓で記念撮影をした後、沢まで下り、そこから再び登り返して、大台ケ原周遊は終了になりました。
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 きょうの宿。もともとは避難小屋だったそうです。
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 夕飯の前に、大台ケ原から夕陽を見ることができました。私が駐車場で夕陽を撮ろうとしていると、地元の人がきれいに見えるところを教えてくれました。058.gif038.gif
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 本日の避難小屋での食事。よしこさん、すみちゃんと乾杯しました。
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奈良の旅はまだまだ続きます。次回は大峰山の報告をします。060.gif

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by ryott-ryott | 2012-05-02 12:11 | 大台ケ原・大峰山