カテゴリ:大井町湯屋( 6 )

いい歳、りょうちゃん、皐月の秋田へ出発準備ヽ(^o^)丿

旅行・地域
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来週の29日(木)から秋田県へ一眼レフの旅に出掛けます。今日はまたもや大井町湯屋の1時限目はスキップしてしまいました。ポリスマンさんたちはすでにもう参加しないことを決めたとのこと。私はすすんで参加しようとも思いませんが、参加をやめてしまうと、運動量が減ってしまうので、とりあえずは参加することにしました。しかし、今日は旅支度をしなければならないのでお休みにしました。037.gif
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今日は朝、病院へ行って、旅の間に服用する薬をもらって、午後は中国整体と大暴れアクアをやりました。整体院では先生から、先日晴れた日に行ってきたという御殿場、河口湖の写真を見せていただきました。先生曰く、御殿場で見た富士山は丸くて大きくて、全部見るには「目が足りない」とおっしゃっていました。4月20日も河口湖に行き、桜が満開だったそうです。今度、USBに入れて写真を下さるとのこと、この歳時記ブログに載せてほしいとおっしゃっていました。その時まで、乞うご期待。
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(五木ひろし/契り/映画「大日本帝国」)

契り(作詞:阿久悠、作曲:五木ひろし、歌:五木ひろし)060.gif

あなたは誰と 契りますか
永遠の心を 結びますか

波のうねりが岸にとどく
過去の歌をのせて
激しい想いが 砕ける涙のように
緑は今も みずみずしいか
乙女はあでやかか
人の心は鴎のように
真白だろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

朝の光が海を染める
生きる夢に満ちて
まぶしい願いが きらめくいのちのように
流れは今も 清らかだろうか
子どもはほがらかか
人はいつでも桜のように
ほほえむだろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに


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沖の暗いのに白帆が見える
あれは紀の国みかん船・・・・・・

この歌で知られる紀伊国屋文左衛門が、荒天続きの海をおそれず、紀州から江戸まで、正月用のみかん船を漕ぎ出し、莫大な利益を挙げた男であることはご存知の通りです。
 彼は、そのみかん船で得た利益を資本にして、江戸で材木屋を開業しました。“火事と喧嘩は江戸の華”といわれた時代です。火災のあとの材木の需要は推して知るべしです。たちまちのうちに巨万の富を築き、“紀文”の名は江戸市中に広まりました。
 商売人としての天性の資質を持っていたのでしょう。読みといい、度胸といい、すぐれた商才の持ち主でした。上役にとりいる術も心得ていました。
 将軍綱吉のお気に入りの老中柳沢吉保にも可愛がられ、いつの間にか幕府の御用商人になりました。
 元禄10年(1697年)、上野寛永寺の造営工事の権利を手にし、当時これで50万両は儲けたろうと噂されました。
 新井白石などは『折たく柴の記』のなかで、悪徳御用商人として、彼を避難しています。
「紀文大尽」といわれ、不夜城を誇る吉原を買い切ったり、あるいは節分の豆まきには、豆のかわりに小判をまいて、」みんなに拾わせたりという伝説のたぐいは、たくさんあります。
 だが、このような政商をたどる宿命はいつの世にも同じです。老中柳沢吉保の失脚とともに、彼の事業は裏目、裏目に回転し、一代で築いた財産は、一代で築いた財産は、一代で失う結果になってしまいました。
 零落の一途をたどった彼は、享保19年(1734年)4月24日、深川八幡の小さな家で、ひっそりと66歳の生涯を閉じたといいます。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)


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「カメラマン」5月号(モーターマガジン社)に5月中旬にPENTAXから4000万画素の一眼レフ645Dが発売され、CanonのEOS-1Ds MarkⅢとの画像比較が載っていました。PENTAXの645Dの方が、あのCanonのEOS-1Ds MarkⅢよりも、はるかに解像度が上であることがわかります。4000万画素(PENTAX 645D)と2110万画素(Canon EOS-1Ds MarkⅢ)はかなり違うということが強調されていました。645Dの本体価格は85万円。EOS-1Ds MarkⅢが79万5000円、ライカのほぼ同解像度のカメラが300万円(レンズが含まれます)に比較しても、安い価格になっています。もちろん、すぐに買えるような値段ではありませんが。李先生曰く、PENTAXが4000万画素仕様のカメラを発売することで、CanonもNikonも4000万画素レベルの商品を用意してくるはずであり、そうなると現在売られているプロ機はかなり値崩れするのではないかと見ていらっしゃいました。004.gif
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大暴れアクアのあとは3回目の歯の治療に歯医者さんへ行きました。2週間ほど前に突然歯が痛くなり、歯医者さんで見てもらったところ、虫歯でかなり炎症しているとのこと。すぐに麻酔をして、歯の神経を抜く治療をしてもらっています。麻酔をすると、歯のまわりの感覚がなくなり、家に帰ってからも口がうまく動かず、お茶を飲むと、お茶が口からこぼれてしまいます。
3回目の治療で何とか秋田県への旅へ行くことが出来そうです。041.gif
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明日は日曜日なのに会社へ出勤。夕方、湯屋に行けるか難しそうです。最近、休みの日の出勤が増えています。
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by ryott-ryott | 2010-04-25 00:01 | 大井町湯屋 | Comments(0)

大井町湯屋で500日ぶり篠ちゃんエアロヽ(^o^)丿

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奥能登の旅を終えて、今日は久しぶりに土曜日の大井町湯屋へ行きました。いつものように奥山エアロ、中国整体、大暴れアクアと行くところ行くところですが、今日は特別なレッスンが組まれていました。したがって、途中の中国整体をキャンセルして、参加しました。037.gif
 毎週日曜日にヨガの指導をしてくださっている、らてこんさんこと篠ちゃんが約500日ぶりにエアロビクスのレッスンを代行で担当されました。大井町湯屋では、昨年の夏に怪我でエアロビクスを離れて以来になります。私のみならず大井町湯屋の会員さんは篠ちゃんのエアロに出ることはもうないのかなと思いながらの冴えない湯屋ライフを送っていただけに、この日の篠ちゃんのレッスンが楽しみで嬉しさをかくせませんでした。024.gif
 吉田さんご夫婦もレッスン開始前の何時間も前から大井町湯屋に来て待っていましたし、清水さんも「篠ちゃんの顔を見に来たのよ」と言って、普段一緒のレッスンに出ることのない、かつての篠ちゃんのレッスンに出ていた方との再会の場でもありました。もちろん私も気持ちだけは3日前からAスタジオの前で並んで待っていました。024.gif


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 この日の篠ちゃんのレッスンは、かつてと何も変わっていない「篠ちゃんのエアロビクス」そのものでした。リズムもテンポも組み立ても、日曜日・木曜日に受けていた、あのなつかしいエアロビクスそのものでした。まとめの音楽はセーラームーン、篠ちゃんがいい曲だと言うと、いい曲に聞こえるから不思議です。060.gifそしてエイトカウントのスクワット、腹筋と続き、久しぶりに汗を流す爽快さを思い出すことが出来ました。アクアビクスでもそうでしたが、エイトカウントスクワットで声を出しながら、スクワットを行うことにより、1回1回きちんと出来ることを今更ながら改めて認識できました。070.gif日曜日の朝、腹筋と太ももが筋肉痛ですが、とても楽しい時間を過ごすことが出来ました。篠ちゃん、またエアロのレッスンをやりに来てくださいね、3日前からスタジオ前で待っています。016.gif

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(セーラームーン/主題歌「ムーンライト伝説」)

親鸞は、京都で「お東さん」「お西さん」と呼ばれる、浄土真宗の総本山、東西両本願寺教団の開祖です。苦悩と波乱に富んだ革新的宗教家の事績と、主著「強行信証」、その語録「歎異抄」に魅かされるのか、親鸞に関する本は現在もあとをたちません。
 親鸞は、覚如の書いた「親鸞上人伝絵」によりますと、父は藤原一門、皇太后宮職をつとめた日野有範で、本来ならば、宮廷に使える殿上人(てんじょうびと)の生涯を送る人であったと言われます。
 8歳のとき父の勧めで出家し、比叡山延暦寺で修行に励みましたが飽き足らず、山を下りて、「専修念仏」を唱える、法然の門に入りました。
 当時、僧侶の妻帯は許されていませんでしたが、性に悩む若き親鸞は公然と結婚し、「破壊僧」と指さされながらも、長子善鸞をもうけました。
 やがて「専修念仏」への弾圧がはじまり、師の法然とともに流罪となり、親鸞は越後に流されます。ここで親鸞は、越後介三善為則の娘恵信と結ばれ、のちに男女6人の子どもをつくりました。恵信尼は、かなり教養のあった女性で、親鸞宛の数々の手紙が残されていますが、立派なので感心します。
 建暦元年(1211年)流罪を許され、親鸞は京都へ帰らず、親子ともども、新しい布教の地として常陸を選びました。約20年、彼は数多くの門徒、弟子を捨て、再び京都に戻りました。不服な門徒たちの要請に応え、長男善鸞を派遣しますが、この善鸞が父に背いてしまいます。
京都はまだ弾圧の余波が残り、親鸞の悩みは尽きません。しかし親鸞にも終焉の時がやってきました。弘長2年(1262年)11月28日、愛の炎をくぐり抜け、煩悩と苦渋に満ちた80年の生涯を閉じました。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)



(吉幾三/酒よ)

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そして今日は、昼間の余韻さめやらぬまま、もうひとつお楽しみがありました。ボジョレ―ヌーボーの解禁日から約10日、じゃんけんぽんでボジョレーヌーボー試飲会がありました。069.gif中丸さんご夫婦、湯浅さん、エルビーさん、梅原さん親子、よし子さん、市川さんと私、すべて大井町湯屋のメンバーで試飲会に参加しました。湯浅さんは来年にボディービルの大会に出場予定ですが、今年いっぱいは減量する必要がないから忘年会、飲み会、禊の会は大歓迎とおっしゃっていました。そしてエルビーさんは「日本酒は苦手」なんだどうですが、ワインは大好きということで同席されました。私が見る限り、「日本酒が苦手」というのは口先だけで、じつは焼酎もワインも日本酒も何でも飲めるというのが同席された方、皆さんの一致した見解です。041.gif

アンチョビじゃがいもサラダ011.gif
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イカとタコのカルパッチョ011.gif
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トマトのおでん011.gif
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ハムカツサンド011.gif
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 お隣のテーブルに目を移すと、第一三共製薬の捨女(すてじょ)の皆さんが来ていました。工学博士のエリリンさんはお会いするたびに胴まわりが成長されているような気がしますが、最後はとてもご機嫌で、他の方から道に捨ててくると言われていました。またお馴染みの石井ちゃんも本名だけは可愛いのですが、姿を見るなり、よし子さんは森ちゃんと間違えていました。最近、石井ちゃんは湯浅さんの歯科医院に通院されているそうであり、湯浅さんならあの太い腕で麻酔をかけずに歯を抜けるのではないかと思います。041.gif

第一三共製薬の捨女のみなさん037.gif
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 そして、今日は中丸さんのご主人のお誕生日でもあり、はるさん・トントンさんから中丸さんへお酒のプレゼントがありました。ワインも全て飲み干して、プレゼントのお酒も皆さんに振舞われて、にごり酒も戴いて、定刻の終了時間を過ぎても宴は続き、賑やかな夜が更けていきました。024.gif

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by ryott-ryott | 2009-11-29 14:01 | 大井町湯屋 | Comments(0)

第1回忘年会 in 荏原町ヽ(^o^)丿

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先週の土曜日は会社の集会があり、いつものように大井町湯屋に行くことはできませんでしたが、今週は何事もなく大井町湯屋へ行き、エアロ、中国整体、大暴れアクアをやりました。エアロはいつものイントラさんではなく、代行でした。

そして今日は大井町湯屋のお仲間たちと荏原町のさ久さんへ行きました。先日試飲会の仲間入りを果たした湯浅さんが、大井町湯屋を退会されていたことに驚きました。湯浅さんは半年後のボディービルの大会へ出場する登録のため、ゴールドジムへ泣く泣く移籍、大井町湯屋を退会することにしたそうです。皆さんはゴールドジムと両方入ればいいのに、と口をそろえて、おっしゃっていましたが、奥さまがそれを許さなかったようです。普段、にこやかでとても優しそうな奥さまはご主人には怖くて厳しいと、晴れ男さんがおっしゃっていました。041.gif

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日本三大仇討を並べた文句に「一に富士(曽我兄弟)、二に鷹の羽のぶっちがい(忠臣蔵)、三に名を成す伊賀上野(伊賀上野)」というのがあります。
3番目がおなじみの「荒木又右衛門三十六人斬り」で有名な、伊賀越え上野の仇討です。

実際に36人も斬ったのでしょうか。
事の起こりは寛永7年(1630年)7月21日、備前岡山藩藩士河合又五郎が、同家中の渡辺源太夫を殺したことが発端です。
息子(一説に兄)の渡辺数馬は、すぐに仇討を考えますが、又五郎が江戸へ逃げ、旗本安藤治右衛門宅にかくまわれているので手出しできません。
藩主を通じ、旗本に身柄引き渡しを要求しますが、交渉がはかどらず、そのうち藩主が死に、国替えなどでうやむやになってしまいます。
 しかし、悪いことはできないもので、姉婿の荒木又右衛門が、大和郡山藩の剣術師範をしていた関係で、又五郎が伯父甚左衛門宅におり、明朝、再び江戸に発つという耳よりの情報が入ってきました。
かくして、寛永11年(1634年)11月7日、数馬と助太刀役の荒木又右衛門は、伊賀上野の鍵屋の辻で又五郎を討つべく待ち伏せをしました。又五郎主従20余人、きりかかるのは数馬と又右衛門と郎党二人。激闘数刻、ようやく又五郎をたおし、本懐を遂げることができました。
 このとき渡辺数馬27歳、荒木又右衛門30歳でした。二人はそのまま伊勢津に藩主藤堂家に預けられましたが、寛永15年(1638年)、許されて、数馬の旧主池田家に召し抱えられて一見落着となりました。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)


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またこの日は皆さん、厄日であったようです。大崎さんはお仕事で来ることができませんでした。晴れ男さんも買い物中に車を当て逃げされてしまったそうです。しかし、宴中に当て逃げした犯人から連絡があり、無事修理していただけるようです。当て逃げでの物損事故では警察は何もしてくれないようです。
今話題のマイケル・ジャクソンの映画を晴れ男さん、エルビーさんは観に行かれたそうであり、絶賛されていました。また、小林亜星に似た方が最近大井町湯屋に入会された話など、宴での話題は多岐にわたりました。060.gif


かき011.gif
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マグロのあご焼011.gif
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さんまのお刺身011.gif
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はんぺんチーズ011.gif
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黒豚のせいろ蒸し011.gif011.gif
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さつま芋はこんなに大きい
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当て逃げされた晴れ男さん
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阿部ちゃんと奥様に頭が上がらないお二方037.gif
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理枝ちゃんと御主人に厳しい奥様(←晴れ男さんが言いました)037.gif
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最後はみんなで記念撮影024.gif
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by ryott-ryott | 2009-11-08 14:58 | 大井町湯屋 | Comments(2)

誰でも楽しめるのがフィットネス~日本酒試飲会~ヽ(^o^)丿

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先週、紹介しきれなかった銚子の風景写真を載せます。

満月が光ってしまって、なかなかうまく撮影できなかったことを前回書きましたが、写真の本に「満月の明るさは太陽と同じであり、暗い夜景と一緒におさめるには輝度があまりにも違いすぎて、カメラの露出の範囲に収まりきらない」とありました。月と風景を一緒に写すことが出来るのは、満月の1~2日前あるいはその1~2日後の月の出か月の入りだけだそうです。004.gif
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割合、よく写っているこの満月は明け方の満月です。
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雲の間から太陽の光の柱が差し込んでいます。専門用語でSunpillar(太陽柱)と言うそうです。058.gif
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「地球の丸く見える」展望台から見た銚子の風景。
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風力発電の風車。1基4億円。
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国木田独歩の碑。
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竹久夢二の碑。
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犬吠埼の岩。東映映画のオープニングに使われている岩に打ち寄せる波しぶきのシーンは犬吠埼で昭和28年に撮影されたそうです。犬吠埼灯台の裏は断崖絶壁。柵があるのですが、その柵をのり越えて、写真を撮りました。正直言って、大変怖かったのですが、その断崖絶壁のまさに崖っぷちにカメラを据えて、海を撮影している方がいました。私にはとても真似はできません。転落してしまったら、おそらく助からないでしょう。また犬吠埼は自殺の名所だそうです。タクシーの運転手さんに教えていただきました。032.gif
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(東映映画「人生劇場飛車角」オープニング)

「佐渡おけさ」で知られる佐渡島は、今は新潟港からジェットホイルで1時間で行ける観光の島になりましたが、その昔は、日本海に浮かぶ絶海の孤島、「流人の島」でした。

この島が重罪人を配流する遠流(おんる)の地に定められたのは神亀元年(724年)で、以来、明治を迎えるまで1144年間、たくさんの人が流されてきました。
 日蓮、日野資朝、世阿弥などが、その代表的人物です。江戸時代だけでも、その記録によると257人の流人の名が見えます。流人のなかの皇族はただ一人順徳上皇だけでした。

上皇は、後鳥羽天皇の第三皇子で正治2年(1200年)、土御門天皇の皇太弟となり、承元4年に即位し、承久3年(1221年)5月、長男の仲恭天皇に譲位して上皇になりました。
 父の後鳥羽上皇時代、一緒に政権を幕府から奪い返そうとしましたが失敗しました。世に言う、承久の乱です。結果は首謀者の後鳥羽上皇は隠岐の島に、順徳上皇は佐渡島に配流となりました。時に上皇まだ24歳の若さでした。

 上皇は歌人として著名であり、在島中「八雲御抄」6巻を訂正増補したり、「順徳院御集」「順徳院百首」「四十香歌合」など歌集を出し、京都への還幸を期待していましたが、鎌倉幕府はそれを許しませんでした。

 そのうち、父上皇も、長男の仲恭天皇も亡くなり、世をはかなんだ上皇は、都への帰還はすっかりあきらめ、「存命無益」と称して絶食、仁治3年(1242年)9月12日、自らの命を絶ちました。在島22年、46歳の生涯でした。

島のあちこちに、在りし日の遺跡が点在し、観光客の涙を誘っています。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)



(月面から見た地球/NHK)

今日の日曜日は会社へ出勤でした。今週の日曜日は大井町湯屋へ行こうと思っていたのですが、これで4週間連続、日曜日に行けませんでした。来週の日曜日も湯屋は休館日なので、5週連続で日曜日行かないことになります。

その前日の土曜日はいつものように裕太郎エアロ、トレーニング、大暴れアクアをやりました。裕太郎さんのエアロは10月から他の方へ変更になり、大井町湯屋でのレッスンは1つもなくなってしまいます。一番運動量を必要とするレッスンであっただけにとても残念です。しかしながら、三木田さんの時もそうでしたが、ご本人はサバサバしていました。

湯屋の途中、中国整体に行きました。先生はこの秋、京都へ紅葉を観に行くことを計画しているようです。


そして、この日の夕方はじゃんけんぽんで今年3回目の日本酒の試飲会がありました。湯屋仲間の湯浅さんと一緒に店に行き、中丸さんご夫妻、プールの佐藤さんも試飲会に参加しました。また佐藤さんのお友達の梅原さんとそのご子息夫妻もご一緒しました。

 午後6時から試飲会開始、男山、開運、赤とんぼ、初亀、羽根屋、雁木、天吹、秋櫻の8種類の日本酒が用意されていました。お店には全員で20名ほどのお客さんが来店していました。大変な賑わいでした。赤とんぼと雁木は人気ですぐになくなってしまったように思います。


佐藤さんは相変わらずお元気で、10月にはモナコへ行かれるそうです。私は店に来る前に湯屋で大暴れアクアをやってきましたが、佐藤さんとは何年も前から日曜日の2時からのアクアに一緒に参加しており、思う存分、水を巻き上げさせてもらっていました。最初はあの“らてこん”さんのアクアから参加し始めて、日曜日2時のアクアにかなり長い間参加していたと思います。そして、時間の経過とともに私の足が上がらなくなり、今では週1回、おとなしくアクアに参加しています。佐藤さんとは、その時の思い出話に花が咲きました。何か年寄りになってしまった感じですが、こういうときは年寄りに合わせないといけません。041.gif

そして、湯屋会員の梅原さんとは初めてお会いしました。ご子息夫妻はときどき土曜日のお昼のエアロビクスに参加されているそうです。その時間は片山さんというインストラクターさんが担当されており、初心者の方は片山さんのレッスンからエアロビクスを始めて、ステップアップして行きます。私もそうでした。片山さんは多分、私とそんなに年齢が変わらないと思いますが、今でも現役で、大学へダンスを教えに行ったりしています。片山さんが、「フィットネスは若いものからお年寄りまで全世代が楽しむことのできるスポーツですよ。だから、初級から上級までいろいろなレベルが用意されており、自分にあったレッスンを、誰もが楽しめるようにできているのよ。」とおっしゃっていたことを今でも覚えています。

 同じフィットネスクラブに通っていながら、今回初めて、梅原さんとご子息夫妻に会うことができて、そして同じフィットネスを楽しんでいることを知り、あの時の片山さんの言葉を思い出した試飲会でした。


日本酒8種類。069.gif
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お料理の数々。でもハムカツは出なかったな。011.gif
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プールの佐藤さん。遺影に使えます。037.gif
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中丸さん夫妻。ご主人は写真撮影のプロ。やはり満月と夜景を一緒に撮影することは無理だとおっしゃっていました。普通は、別々に撮って、合成するのだそうです。004.gif
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佐藤さんと湯浅さん。祖母と孫くらいの年齢差。お二人とも10月18日の川崎での日本酒試飲会に参加されることを表明。晴れ男さん、エルビーさんも「日本酒は苦手だ」なんて言わず、ご一緒しましょう。041.gif
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梅原さんと佐藤さん。068.gif
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梅原さんご子息夫妻と三共第一製薬勤務の石川さん。石川さんは薬の闇のルートに通じた方です。これ以上は書けません。041.gif
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銚子の満願寺
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屏風ヶ浦
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by ryott-ryott | 2009-09-14 02:09 | 大井町湯屋 | Comments(0)

平成生まれと昭和生まれ ヽ(^o^)丿

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大井町湯屋で仲良くしていただいている湯浅さんから「秋色最中」を戴きました。

井戸端の桜あぶなし酒の酔 秋色
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松尾芭蕉の弟子の榎本其角の弟子、お秋ちゃんが13歳のときに上野の山で詠んだ句です。056.gif

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先日、ペットボトル入れを湯浅さんの奥様に差し上げたところ、「秋色最中」をお礼にと戴きました。ありがとうございます。2日で食べてしまいました。そして、戴いた最中の箱の中に入っていた但し書きを見て、「秋色最中」の「秋色」とは、松尾芭蕉の孫弟子である「お秋ちゃん」のことだとわかりました。040.gif

このペットボトル入れを私も大井町湯屋で使っており、みなさんから買ってほしいと頼まれるのですが、残念ながら既に製造中止であることをペットボトル入れの会社へ電話をして確かめました。また可愛いグッズが手に入ったら差し上げますね。
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今週の土曜日もいつものように大井町湯屋へ行き、裕太郎エアロ、トレーニング、大暴れアクアビクスをやりました。途中、坐骨神経痛の治療のため、中国整体院へ行きました。この整体院は山田電機の左隣のビルにあり、同じフロアに民主党の事務所があります。明日、衆議院議員選挙の投票日を控えていることもあり、大井町駅前も選挙合戦で騒然としていました。テレビ番組で言われているように、本当に政権が交代するか、みなさんが注目しており、こんなに注目度の高い選挙は初めてだと思います。

中国人である整体院の先生は、今の自公政権が滅茶苦茶のことをしてきて、黙って見ている日本人はとても我慢強いとおっしゃっていました。30日は私も投票には行くつもりです。
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(由紀さおり/手紙)

「もしも、クレオパトラの鼻が、もう少し低かったら、世界の歴史は書きかえられていただろう」。哲学者パスカルの有名な言葉です。

彼女は、歴史に残る絶世の美女といわれますが、古代貨幣に刻まれた横顔を見る限り、決して絶世の美女とは思われません。おそらく顔よりも、その気品ある才智、セクシャルな社交術が、男たちを虜にして離さなかったものと推察できます。

彼女はエジプトのプトレマイオス14世と結婚、その死後、彼の弟と再婚しますが、弟たちの臣下に排斥されシリアに逃れます。

ローマのカエサル(シーザー)がエジプトを攻め、弟を敗死させると、彼の愛人となり、一子カエサリオンを生みました。
 カエサルが暗殺されると、その征服者アントニウスに近づき、結婚して再びエジプト女王に返り咲きました。

 やがて、そのアントニウスも政敵オクタビアヌスに殺されますが、さすがにオクタビアヌスは彼女の色香には迷いませんでした。
 彼女を神殿の一角に監禁し、ローマに連れ帰り、凱旋パレードのさらし者にしようと考えました。しかし、彼女はそれを察し、昼寝と見せかけて番兵を遠ざけて、毒蛇に乳房をかませて自殺しました。紀元前30年8月29日のことでした。
 厳重な監視下にあった彼女が、どうして毒蛇を手に入れたか謎ですが、その日、一人の農夫が女王に献上した果物かごのそこに入れてあったのだという説と、あらかじめ室内の水がめの中にかくしていたという説と二つあります。
 古代エジプトの信仰では、ヘビは太陽神の聖なる使者、王位の守護神であったようです。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)



(由紀さおり/クレオパトラの涙)

今週の月曜日、じゃんけんぽんへ行くと、トントンさんの息子さんでイタリアンシェフをしている真吏郎(まりお)さんが彼女を連れてお店に来ていました。真吏郎さん21歳、その彼女、玲於奈ちゃん(この字でいいのかな?)22歳。平成生まれと昭和最後の年の生まれの若い二人。玲於奈ちゃんは私を見て、37歳くらいに見えると言ってくれました、真吏郎さんにはもったいないくらいのいい子です。041.gif

二人はラブラブでほとんど毎日会っているそうです。春さんから「七夕のように年に1回くらいにしろ」と言われていました。でも最初はそういうものですよ。七夕のように年に1回は少ないかもしれませんが、お隣の国、韓国は毎月14日が何かしらの男女のメモリアルデーに指定されています。日本では2月14日バレンタイン、3月14日ホワイトデー、12月14日赤穂浪士の討ち入りが有名ですが、韓国は毎月あるそうです。私の場合は毎月14日が祝日でお休みにしてくれると嬉しく思いますが、この若いお二人、12月14日が赤穂浪士の討ち入りの日であったことをご存知ありませんでした。

私が子どものころにはまだ江戸時代の生まれの人が生きていました。そして、今は江戸時代に生まれた人はいなくなり、明治生まれの方も少なくなってきています。そして、いずれ私たち昭和生まれの人間もいなくなる日が来ます。しかし、時代は変わっても、人の生き方はそんなに変わらないというのが私の感想です。004.gif

今度、真吏郎さんが働くお店“La Cantine du Midi”へ行きますね。069.gif024.gif

3人とも昭和世代037.gif
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真吏郎さんはトントンさんにそっくりです041.gif
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by ryott-ryott | 2009-08-30 01:40 | 大井町湯屋 | Comments(4)

トレーニングで空腹退治(^v^)

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私はほぼ毎日大井町湯屋に行って、何らかの運動をするように心がけています。会社帰りは、結構お腹が空いて、どこか店に入って食べてしまおうかなと、いつも思うのですが、不思議にも大井町湯屋で有酸素運動やトレーニング、プールでのウォーキングなど、どれか一つやっても、あんなに感じていた空腹感が解消してしまうのです。このことを、私がいつもお世話になっているパーソナルトレーナーの高岸さんに質問したところ、トレーニングなどの運動はすべての欲望を抑制する働きがあるんだそうです。「空腹感」も食欲という欲望のひとつなので、当然、運動によって解消されるというわけです。ダイエットには強い意志が必要だといわれますが、このことを利用すれば簡単に減量できるとおっしゃっていました。しかし、私は出来ていませんね。041.gif

今週は皆既日食が日本で46年ぶりに観測されました。東京でも部分日食が観察されました。
私は見ることができませんでしたが、あいにく東京は曇り空で、その雲が曇りガラスの役目を果たし、太陽が欠けている像がはっきりと観察できたそうです。058.gif


(絢香/三日月)

そして7月25日は新月から4日目、月齢で「中潮」です。あまりにも美しい月だったので、写真を撮りました。


(皆既日食/朝日新聞)

寿永2年(1183年)7月25日、「平家にあらざれば人にあらず」と栄耀栄華をほしいままにしていた平家一門も、木曽義仲の軍勢上洛を目前に、ついにこの日、「都落ち」をしました。
もはや都を守護できないと判断した平家の総大将宗盛は、安徳天皇と三種の神器を奉じ、遠く九州で再起をはかるべく、都に火を放ち、ぞくぞくと西国へ下って行きました。

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理(ことわり)をあらわす。奢れる者も久しからず、唯春の夢のごとし、たけき者も遂に滅びぬ、偏(ひとえ)に風の前の塵に同じ・・・・」

「平家物語」の巻頭にかかげられた一文にある「盛者必衰」の前兆は、やはり清盛の変死に見ることができます。治承5年(1181年)正月、清盛は突然高熱を発して苦しみ出しました。まるで火を焚いているように身体が熱く、看護の者さえ熱くて近寄れません。比叡山から冷たい水を汲んで来て、その水につからせたら、水が沸き上がったとさえ言われました。
さすがに清盛も死を覚悟し、「思い残すことはただ一つ、頼朝の首をみなかったことだ。われ死すとも供養は入らぬ。墓前に必ず頼朝の首を供えよ。」と遺言し、もだえ苦しみながら息を引き取りました。享年64歳。

この「都落ち」からわずか2年後に、平家一門が壇ノ浦で滅亡しました。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)



(皆既日食・太平洋上/NHK)


(皆既日食・硫黄島/NHK)

今週の土曜日はいつものように大井町湯屋へ出かけましたが、裕太郎さんが急代行でした。どうしたんでしょうか。代行エアロに参加し、中国整体へ行き、トレーニングを少しだけやって、大暴れアクアをやりました。暑かったせいか、アクアビクスはたくさんの方が参加していました。

そしてこの日は、目黒区柿の木坂にお住まいの中島さんのお宅に招待されました。柿の木坂は著名人も多く住んでいる高級住宅地です。中島さんはお宅を新築したということで、皆さん、食べ物とお酒を持参し、新築祝いに招待していただきました。

私は獺祭の発泡酒、八海山純米吟醸原酒、夜明け前(長野県のお酒)を持参しました。素敵なお宅で、冷房の効きが遅いほど、とにかく広くて、お母さんとお二人暮らしなんだそうです。

また窓からの眺めも素晴らしく、冒頭の月の写真は中島さんのお宅から撮りました。途中から中丸さんも参加し、新築祝いは三日月が見えなくなるまで続きました。024.gif

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中丸さんが持参したミズナス。011.gif
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獺祭。069.gif
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「夜明け前」を一気飲みする佳子さん。041.gif
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酔っ払っている人たち。私も記憶が無くなりました。
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中島邸から見た風景。072.gif
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by ryott-ryott | 2009-07-26 13:51 | 大井町湯屋 | Comments(2)