カテゴリ:日和田山・天覧山( 1 )

景風と夏雲の日和田山・天覧山を行くヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 6月30日、6月の最終土曜日は「ゲンダマ会」の日です。ゲンダマ会とは上智大学の分析化学研究室の同窓会の名称であり、分析化学研究室ができた当時、けん玉が流行しており、先生の佐藤弦先生のお名前とけん玉を掛けて「ゲンダマ会」と命名されました。その佐藤弦先生も今年82歳を迎えたそうです。私を含めた、その当時の学生だった卒業生はどんどんと歳をとっていくことが目に見えてわかるのに対して、弦さんはますますお元気で、私が学生時代の時からその風貌はまったく変わっていません。038.gif
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 来年の2013年で上智大学は100周年、理工学部は50周年を迎えるそうです。今年の1月に広島へ行ったときに、ピースボランティアの方から原爆ドームを設計したヤンレツルは上智大学の校舎も設計しているということを教えていただきました。そのことを佐藤弦さんはじめ、何人かの先生方にも尋ねましたが、みなさん、ご存知ありませんでした。しかしながら、100年前に建築された可能性があるのは、この1号館しか考えられません。
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 みんな、歳をとりました。頭髪は黒、白、肌色と3色になってしまいました。江戸時代ならば、みんな死んでいる年齢です。041.gif037.gif
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 弦さんと杉浦会長と記念撮影。
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 清水先生はいつも肌が浅黒く日焼けしており、遊んでいるとしか思えません。037.gif
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 池内先生は普段、山歩きをされるそうです。若い時は、今できないことはまた来年やればいいと考えていたそうですが、最近は今やらなければいけないと考えるようになったそうです。私もそうです。038.gif
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 お年寄りと写真を撮るよりも、やはり若い人と一緒に撮るのが一番うれしいですね。037.gif
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 あいさつをされる佐藤弦先生。
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 あいさつをされる池内先生。
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 ゲンダマ会が終わって、イグナチオ教会の上に月が出ていました。072.gif
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 大井町に戻ってきて、もう少し飲みたくなって、勇才さんに立ち寄りました。068.gif
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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7月4日は、アメリカの独立記念日です。

15世紀の末、コロンブスがアメリカ大陸を発見した時、彼はインド大陸と思い込んで、そこに住む民族を「インディオ」(インド人)と呼びました。当時、インディアンは、この大陸に約500万人、500部族が生活していたと推定されています。
 
17世紀に入ると、ヨーロッパからの入植者が増え、先住民であるインディアンを駆逐して、大西洋岸北米大陸に、イギリス、フランス、スペインが支配する13の植民地が出来ました。1754年、植民地の領土争いが起こり、アメリカに入るイギリス人がフランスを破りました。この戦争で、イギリス軍の少佐に任命され、故郷のバージニア軍を率いて手柄をたてたのがジョージ・ワシントンです。

この戦争で勝ったイギリスは、財政が悪化し、次々にアメリカ植民地に重税を課しました。13の植民地の人々が猛反対したのは当然です。1775年6月、13州の人々はフィラディルフィアで大陸会議を開き、7月4日には、ついにイギリスからの独立を宣言しました。そして大陸軍の総司令官に、再びワシントンを任命したのです。以来8年間、苦しい独立戦争が続きましたが、フランス、スペインの義勇軍の応援もあって、ようやく1783年、イギリスに勝利し、独立を承認させることができました。

 1787年、憲法が制定され、「アメリカ合衆国」が誕生しました。翌年の大統領選挙には、満場一致で初代大統領にワシントンが選ばれました。
アメリカ国旗に13本のストライプがあるのは、このときの13州を表しています。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 さて7月4日(水)、平日ですが休みを取って、埼玉県飯能市の高麗まで行ってきました。今年の大目標であった剱岳の登攀をアミューズトラベルから断られてしまったことは前回報告しました。今年の目標である剱岳に行きたいという気持ちは変わらず、歩みの会でお世話になっている西村さんに個人ガイドを紹介していただきました。歩みの会では皆さん日本百名山をすべて完登されていますが、アミューズで年齢制限のある山登りは個人ガイドに依頼して登られたということを聞いていました。

 紹介していただいた山旅クラブの富澤さんに剱岳の個人ガイドをお願いしたい旨を連絡したところ、どのぐらいの技術であるのか見たいので、山旅クラブの岩場講習会に一度参加してほしいと話がありました。急遽、日和田山と天覧山での3点確保の講習会を受けるために、西武池袋線・秩父線の高麗駅に向かいました。
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 日曜日の天気予報では7月4日は傘マークがついていましたが、梅雨明けしたのではないかと思うくらいの青空が広がる好天でした。6月以降、小川山以外は雨具を使っていません。058.gif
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 午前8時31分に高麗駅で待ち合わせ。私以外にはお二人が講習会を受けに来ており、ガイドの富澤さんを入れて4人です。そのうちのお一人の方が、私を見て、先週の四阿山に行っていなかったかと尋ねてきました。その方も四阿山のツアーに参加されていたそうです。いつものように私が饅頭を配ったので、私のことを覚えていてくれました。038.gif
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 高麗川。高麗川の水はきれいです。
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 日和田山には高さ20 mの男岩、高さ10 mの女岩がありますが、そのような大きな岩ではなく、数 mの岩で3点確保の講習を受けました。ハーネス、安全環、ヘルメットをつけて、ホールドを探しながら岩場を登り、クライムダウンとテンションで登った岩を降りて行きます。クライムダウンとは3点確保でホールドを探しながら自分の力だけで降りて行きます。テンションとはザイルにぶら下がって降りて行きます。安全環は互い違いに装着します。
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 準備をする富澤さん。
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 3点確保をしながら岩登り。最初の登りは難しく感じました。足の置き場、手の置き場であるホールドを探しながら岩登りをしますが、そのホールドが小さく、足のつま先部分を岩面に垂直にホールドに掛けなければならないところを、足を横にしてしまいがちになったり、大きなホールドを求めて、体が伸びきってしまい、なかなかうまくできませんでした。お二人の先輩の岩登りの姿勢をお手本にして真似ながら挑戦しました。
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 テンションで岩を降りています。ザイルに頼り切って、足を肩幅に開き、足の裏を岩面につけながら降りて行きます。
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 3点確保の練習を約2時間ほど行い、日和田山を降りて、高麗峠を越えて、天覧山に向かいます。この水場の水は飲まないほうがいいそうです。
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日和田山の下でお昼休憩をとりました。
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 次に巾着田を通り、天覧山に向かいます。巾着田は秋になると彼岸花で真っ赤になるそうです。056.gif
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 振り返ると日和田山が見えます。
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 アジサイの花がたくさん咲いていました。056.gif
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 馬がいました。
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 高麗川では多くの人が水遊びをしていました。道の途中にあった温度計を見ると31 ℃を指していました。私もザックをかなぐり捨てて、高麗川に入って行きたくなりました。
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 奥武蔵自然歩道から高麗峠を経て、天覧山の山頂に向かい、山頂の下の岩場で再び3点確保の練習を行います。
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 高麗峠で記念撮影。
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 高麗峠で休憩をし、20分くらいで山頂につきました。標高197 mの低山です。
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 天覧山の名称の由来が書いてありました。愛宕山から羅漢山、そして明治天皇が視察に訪れたことから天覧山と改称されました。
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 天覧山からの風景。晴れてはいても、やはり梅雨時で雲が多く、周辺の高い山は見えませんでした。
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 遊歩道を外れて、山頂の下の岩場に降りて行きました。ここで再び3点確保で岩登りの練習をします。
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 ハーネスをつけて、安全環にザイルを通します。
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 お二人の先輩は足の置き場がないのではないかというような小さなホールドに足を掛けて、岩場を登って行きました。
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 テンションで降りるときは、岩の面に足の裏をぴったりと付けて、体が岩の面に垂直になるように立ちます。足は肩幅くらいの開き、右手をザイルに添えて、左肩越しに下を見ながら、足を下の岩面に移動させて降りて行きます。
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 いい歳、りょうちゃんも挑戦。大きなホールドばかり選んでしまいます。
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 手足を掛けるホールドを探しています。
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 テンションで降りる練習。日和田山での練習に比べて、少しだけコツがわかりました。
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 3点確保は普段の山登りでもやりますが、ハーネスをつけての練習ははじめてやりました。しかも一見、足がかかるかどうかわからないような足場に足を掛けて、岩をよじ登ったため、翌日以降しばらく腕と足が筋肉痛でした。
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岩場トレーニングのあと、山旅クラブの富澤さんから剱岳の個人ガイドを引き受けてもよいとの回答をいただきました。そして「体重を1~2 kgは減らすようにしてください。」とも言われました。体重を1~2 kg減らすだけでも随分と負担がちがうとのことです。8月30日(木)から3泊4日で剱岳に行ってきます。024.gif
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(中島みゆき/荒野より)

荒野より(作詞:中島みゆき、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

夜が
望みは何かと訊かれたら君がこの星に居てくれることだ
力は何かと訊かれたら君を想えば立ち直れることだ

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

朝陽の昇らぬ日は来ても君の声を疑う日はないだろう
誓いは嵐にちぎれても君の声を忘れる日はないだろう

僕は歌っているだろう君と歌っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は生きているだろう君と生きているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない
荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない


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 7月7日と8日は編笠岳~赤岳に参加させてもらえなかったので、7日は囲碁大会に、8日はディズニーランドホテルでの日本酒試飲会に行ってきました。
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 ディズニーランドホテルでの日本酒試飲会は1年に1回開催されます。今回は16の酒蔵さんと浦安の地ビールのハーヴェストムーンが来ていました。
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 明鏡止水「日本の夏」。
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 ハーヴェストムーンの地ビール。
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 料理の写真をあまり撮っていませんでしたが、会場の周りに、たくさんの料理が並べられていました。
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 雁木さんのスパークリング日本酒。
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 浦安湯屋のかずさんも来ていました。今日の日本酒試飲会は阪急の佐藤さんに誘っていただきました。
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 浦安の松乃井さんでの試飲会にお酒を出していた「天明」の蔵元さんも日本酒を出していました。
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 黒龍の蔵元さんから、「このような日本酒試飲会にはよく参加するのか?」と聞かれて、年に2回ほど川崎のBEでの試飲会に行くことを話すと、「西山さんに宜しく伝えてください。」と言われました。
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 試飲会終了後、新浦安のオシャレな店で2次会をして、帰ってきました。新浦安にもお店があるんですね。038.gif
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新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地


 
7月の3連休、白馬岳に行ってきます。060.gif060.gif

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by ryott-ryott | 2012-07-12 12:40 | 日和田山・天覧山