カテゴリ:大雪渓の彼方、白馬岳( 2 )

瑞雲の彼方、花の白馬岳を行くヽ(^o^)丿後篇

旅行・地域
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 白馬岳の続きの前に、7月28日(土)は浦安湯屋のお仲間と大井町の勇才を貸し切って、おしきせの会をやりました。「おしきせ」とは甲州弁で晩酌という意味です。今回のおしきせの会に来ていただいた皆さん、浦安花火大会を棒に振ってまで、わざわざ大井町まで足を運んでいただき、本当にありがとうございました。以前からベジータ宮崎さんと勇才を貸し切りにしたいということを話しており、勇才貸し切りは私たちの念願でもありました。038.gif
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 以前にも紹介した通り、勇才さんは大井町にある和食と日本酒が中心のお店で、店のご主人は漁師でもあり、猟師でもあります。
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 浦安湯屋のメンバーとは17時45分に大井町駅前で待ち合わせ。浦安湯屋からは森ちゃん、すみちゃん、ハニー羽入さん、はせやん、まりちゃん、あきちゃん、ベジータ宮崎さん、アミューズトラベルのガイドの平野さん、そして大井町湯屋のよしこさんとりょうちゃんの10名です。勇才さんのお店はカウンター10席であるため、これでちょうど貸し切りになります。
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 勇才さんのお店では、料理もお酒もすべてお店にお任せです。料金は2時間で1人5000円、2時間を超えると1時間1000円ずつの追加になります。店にいる間はほとんど食べ放題、飲み放題です。
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 今日は貸し切りでもあり、料理も豪快でした。山盛りのカニ。
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 生牡蠣。
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 いなだ刺身。
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 ベジータ宮崎さんとはせやん。はせやんとは石裂山以来の再会であり、会うたびにりょうちゃんが大きくなっているとおっしゃっていました。037.gif
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 ハニー羽入さんとベジータ宮崎さん。髪型がそっくりなお二人。037.gif
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 平野さんとすみちゃん。今日はあまり抱きついていませんでしたね。蔵王ではクマとニアミスしたそうです。クマに抱きつかれないでよかったですね。037.gif
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 そして、私は「勇才は静かに飲む大人の店なので、騒がないように。」とあらかじめ皆さんにお願いしていましたが、勇才さんに女性陣から「騒いではいけないの?」と聞くと、勇才さんは「そんなことないよ。」とにこやかに言い、いつもの賑やかな声があがりました。勇才さんは女性には甘いようです。037.gif
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 誰かがダウンしています。041.gif
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 明鏡止水 日本の夏。
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 七田。
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 東力士。
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 しらす丼。
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 最後にスイカをたっぷり食べました。
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 18時開店と同時に店に行き、夜の11時近くまで店にいました。お酒もすすみ、皆さんと何の話をしたのかほとんど覚えていませんが、浦安湯屋のメンバーから「アミューズトラベルをいじめないで!」とのお叱りを受けたのは覚えています。私自身はアミューズをいじめたつもりはありませんし、むしろアミューズからバツを付けられたのは私のほうなので、私を山に連れて行ってくれるというところがあれば、そちらのツアーに参加することは当然の成り行きと考えます。
あきちゃんからは9月22日の安達太良山に一緒に行きましょうとお誘いいただきました。日本百名山の数が進めば、すでに行ったことのある山が特配で取り上げられるということもたびたびあり、特配をスキップして他の山に行くことも当然のことと思います。しかし、アミューズの特配には、参加をリジェクトされなければ、今後も日本酒と饅頭を持って参加するつもりなので、どうぞ宜しく。 040.gif

 


(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 7月14日は、フランスの革命記念日です。フランス全土ではこの日、夜を徹して飲み、踊り、騒いで、お互いに祝い明します。日本ではこれを「パリ祭」と呼んでいます。
 昭和7年(1932年)に封切られたフランスのルネ・クレール監督のつくった映画『巴里祭』(邦題名)が大ヒットして以来「パリ祭」が定着しました。

 ところで、フランス革命はどうして起きたのでしょうか。原因はいくつかあります。直接には宮廷の財政の破綻が引き金でした。
マリー・アントワネットと結婚して話題をまいたルイ16世は、ルイ14世以来のたび重なる戦争の失敗と、宮廷の浪費で、財政状態は極度に悪化していました。ルイ16世は、当時、第一身分聖職者、第二身分貴族、第三身分市民の三階層で構成されている「三部会」を招集し、従来免除されていた貴族にも課税することを通告しました。貴族は猛反対をしましたが、市民たちは「国民議会」を組織し、封建制の打破をうち出しました。

 ルイ16世はあわてて軍隊を出動し、「国民議会」を武力で威嚇しました。興奮したパリ市民は、7月14日の朝、蜂起してまず政治犯が収容されているバスティーユ監獄をを襲い、体制側の強い弾圧を排除して、政治犯全員の釈放に成功しました。

 パリ市民は引き続き国民軍を編成し、権力と勇敢に戦ってきました。その勝利の報はフランス全土の農民たちを勇気づけ、各地でいっせいに立ち上がりました。貴族たちも、従来の封建的特権の廃止を申し出てきました。

 革命は1日で終わったわけではありません。実はこれをきっかけに、5年かかって終結を見たのです。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 さて白馬岳の続きです。7月3連休の最終日は、朝5時に白馬山荘を出発して、白馬岳の山頂を踏み、小蓮華岳、白馬大池、白馬乗鞍岳を経て、ロープウェイとゴンドラに乗って、下界まで戻ります。

 食堂での朝食は朝5時からですが、とても混雑しているので、朝食と昼食が前の晩にお弁当として配布されました。昨晩の滑落事故の報告のあと、9時消灯で10時くらいには寝てしまったので、朝3時には目が覚めてしまいました。お弁当の1つを持って、談話室に降りて行くと、アミューズトラベルの仙台と大阪の人たちがすでにお弁当を食べていました。アミューズトラベルの大阪は朝4時00分出発で、山頂からご来光を拝む予定であると聞きました。私もご来光を見に着いて行きたかったです。次いでアミューズ仙台が4時30出発、私たち東京組は5時出発です。
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 5時になるとだいぶ明るくなっていました。正面に見える3つの山は毛勝三山です。
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 8月に行く剱岳。白馬岳は北アルプスの北端にあるため、天気が良ければ北アルプスの山が一望できます。
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 午前5時30分に白馬岳の山頂に到着。標高2932 m。いつもの記念撮影。
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 空を見上げると青いパレットに白い雲。
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 富山の街も見えました。その向こうには日本海が広がっています。
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 これから稜線を歩いて、縦走して行きます。まずは小蓮華岳を目指します。
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 稜線の向こうに見えるのが小蓮華岳です。
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 うっすらと佐渡島が見えました。
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 途中にコマクサの群落がありました。
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 コマクサはケシ科の花でジセントリンというアルカロイドを含んでいる毒草です。
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 昨日登ってきた白馬尻の小屋が見えます。
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 浅間山と四阿山も見えます。
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 小蓮華岳は山頂が崩落しており、今でも崩落する危険があるため、頂上付近は立ち入り禁止です。
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 小蓮華岳の手前で昨日あがってきた雪渓を眺めたあと、白馬大池を目指して稜線を進んでいきます。
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 白馬大池が見えてきました。その向こうに見える山は燧ケ岳だそうです。
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 雪渓を横切って、白馬大池の小屋に着きました。
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 白馬大池の前にはハクサンコザクラがたくさん咲いていました。ハクサンコザクラを見ながら、白馬大池の前で早めの昼食を摂りました。
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 リンドウ
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 ハクサンイチゲ
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(中島みゆき/荒野より)

荒野より(作詞:中島みゆき、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

夜が
望みは何かと訊かれたら君がこの星に居てくれることだ
力は何かと訊かれたら君を想えば立ち直れることだ

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

朝陽の昇らぬ日は来ても君の声を疑う日はないだろう
誓いは嵐にちぎれても君の声を忘れる日はないだろう

僕は歌っているだろう君と歌っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は生きているだろう君と生きているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない
荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない


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 昼食を済ませた後、大池のふちを通って、乗鞍岳を目指します。
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 ここからしばらくは大きな岩の登山道を進むことになります。しかし大したことはありません。小沢さんは「こんな道を大変だと言ったら、泉田さんに怒られるよ。」と言っていました。038.gif
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 乗鞍岳のピークに到着。標高2436 mであるのにもかかわらず、まったく涼しくありませんでした。
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 しばらく行くと再び雪渓が現れました。しかも昨日の雪渓よりも斜度があり、この雪渓を下っていかなければなりません。雪渓前で軽アイゼンを装着し、そろりそろりと雪渓を下って行きました。
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 結構な斜度の雪渓です。昨日の滑落事故のことが頭にあったためか、皆さん慎重でした。前を進む女性は「こわい、こわい」と叫んでいました。
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 今年は残雪がかなり多く、雪が残っていないだろうと思われる場所にも、雪がたくさん残っていました。
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 天狗が原。
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 水芭蕉が咲いていました。
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 ロープウェイとゴンドラを乗り次いで、下界に戻ってきました。コンドラの外を見るとパラグライダーの滑空が見えました。
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 下界はうだるような暑さです。温泉に入り、汗を流して、ビールで乾杯しました。
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 ガイドの石原さんは昨日起きた滑落事故の処理のために大町警察署に立ち寄らなければならず、一緒に新宿に戻ってくることはできませんでした。私は前回の記事でアミューズのやっているリスクアセスメントは片手落ちであると書きました。ツアーに着いていけない、怪我をしてしまうかもしれない、そのような不安を抱えている申込者を参加させないということはリスクアセスメントの観点から正しい対処であると思います。今回の滑落事故ではそのリスクアセスメントが不十分であったことも原因の一つであったと思います。
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 そしてもう一つ事故につながり兼ねない原因になると思うことがあります。それは他人への思いやりが足りないということです。私は今回の白馬岳を含めて、6月以降アミューズで4座の日本百名山ツアーに参加しましたが、どのツアーでも明らかに疲弊して前との間隔が開いてしまっている人がいるにもかかわらず、その人を前に入れてあげるどころか知らんふりという状況が目に着きました。編笠岳~赤岳に参加した湯屋仲間が前列に入れてもらったときに、ツアー参加者のババァに「若い人は後ろに行け!」と言われたそうです。私がそんなことを言われたら、そのババァを遭難させてしまったでしょうが、ババァに反撃できない心やさしい人はそのまま我慢してしまい、益々疲弊してツアー全体も遅れてしまうという悪循環になるでしょう。
また普通写真を撮影する時は、後ろの人に先に行ってもらって、自分は下がって写真を撮るのが常識だと思っていますが、後ろの人を先に行かせずにその場に待たせて写真を撮っている不心得者が非常に多いといことにも驚きました。60歳前後の若い人のお手本にならなければならないような年寄りが平気な顔をして、他の人の足を止めさせて写真を撮っています。こんな年寄りはただ長く生きているだけで、若い人に尊敬などされないでしょう。後ろの人を先に行かせないのであれば、少なくとも1秒以内で写真を撮って、後ろの人を待たせないようにすべきです。
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 アミューズトラベルが安全に留意したツアーを常に心がけているならば、このような不心得者の年寄りを厳しく指導してもらいたいと思います。歩みの会にはそのような馬鹿な年寄りは一人もいません。
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 今週末、8月4日(土)から2泊3日で北海道の幌尻岳に行ってきます。060.gif
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新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地


 
次回は越後駒ケ岳の報告をします。060.gif

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by ryott-ryott | 2012-08-01 01:57 | 大雪渓の彼方、白馬岳

大雪渓の彼方、花の白馬岳を行く・前編ヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 7月21日(土)~22日(日)は山旅クラブで越後駒ケ岳に行ってきました。またその翌日の23日(月)、久しぶりに歩みの会に参加し、花の百名山「八間山」に行ってきました。その模様は後日報告します。
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 浦安湯屋の森ちゃんたちが7月11日(水)にローレライでのおしきせの会を計画してくれました。しかし、その日、私が仕事の都合でローレライに行くことができなくなったところ、おしきせの会場をわざわざ大井町の陣にしてまで、私が夜遅くても参加できるように配慮していただきました。ありがとうございます。陣よりもローレライのほうが遥かに楽しそうなのに、もったいないことをしましたね。040.gif
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 みんな食べるのに夢中です。037.gif
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 後ろのこの方はかなり酔っていらっしゃいました。037.gif
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 こちらも酔っているようです。お勘定の時に、店の人に聞いたら店の日本酒がなくなってしまったそうです。7人で28合飲んだと聞きました。ひとり平均4合、大したことはありませんね。038.gif
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 森ちゃん、次回こそはローレライに行きましょう。024.gif
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 さて7月14日(土)~16日(月祝)の3連休、アミューズトラベルの初心者のための山登り教室「大雪渓から行く白馬岳」に行ってきました。そのツアーの2日目、15日(日)12時50分ごろに、ツアー参加者の一人が小雪渓のトラバース路で滑落しました。

 このツアーには21名が参加しており、かなりの大所帯でした。しかも白馬岳は3連休ともあって、かなり混雑していました。大雪渓を登り切って、小雪渓の手前の岩場でお昼休憩を済ませてから、登り最後の難所である小雪渓のトラバース路で滑落事故は起こりました。小雪渓はすれ違いがやっとできるほどの人ひとり通れるくらいの幅であり、右手は雪渓の斜面につながっています。そのトラバース路を21人が1列になって進んで行きましたが、私たち以外の登山者も多く、21人の列の途中にも他の登山客が入っていたため、実際はツアーの21人はかなり長い隊列になっていたことは間違いありません。

 私は前から5番手くらいを歩いており、小雪渓のトラバース路が終わったところで、後ろから来た他の登山客から、このトラバース路で誰かが斜面を滑落して行ったということを聞きました。最初は自分たちのツアーの参加者が滑落したとは思いませんでしたが、そのあとから歩いてきた私たちのツアーに参加していた男性が、昨日の前泊で相部屋になった男性が滑落したということを私たちに告げました。目撃者のその男性は、自分の前を歩いていたはずの男性が突然目の前から消えて、「助けて!」という悲鳴ともに雪渓の霧の中に吸い込まれていくように滑落して行ったと、話していました。また滑落を目撃したもう一人の女性は、男性が仰向けに頭のほうからもの凄い速度で滑落して行ったと話していました。

 その話を聞き、先頭のガイドさんは慌てて確認しに下のほうに降りて行きました。残された20名の参加者は、避難小屋の前まで誘導され、そこで1時間ほど行く末を見守るしかありませんでした。残った20人の誰もが「生きていてほしい。」と思いながらも、おそらくは命はないだろうという暗い気持ちで待ちました。10回滑落したら、その半分は死亡してしまう場所だそうです。待っている間、避難小屋のおじさんも、滑落した場合は岩に激突して止まるか、切れているところで下に落ちてしまうため、生きてはいないだろうと私たちに言い聞かせるように話し、何人もの山岳救助隊が斜面を走って降りて行く姿を見て、「救助隊は死んでいる人間のために命を掛けて助けに行くんだ!だから山では転んではいけないんだ!」と戒めるように言っていました。
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 どのくらいの時間が経ったのか、下に確認に行ったガイドさんの一人が戻ってきて、滑落した男性は無事であったことを私たちに告げてくれました。私たちの誰もが「助かってよかった」という気持ちで、安堵の声があがりました。

 その晩、白馬山荘の一室にツアー参加者全員が集められて、ガイドさんから滑落事故の状況について説明がありました。滑落した男性は足が吊って、転んでしまい、お昼休憩を取った岩場あたりまで滑落して行ったそうです。普通に考えれば死亡事故になった可能性が大きい状況で、奇跡的に助かり、骨折も内蔵のダメージもなく、頭部を少し切っただけで済みました。滑落した男性はヘリコプターで病院に搬送されて、翌日には退院し、帰路に着いたということを帰りのバスの中で聞きました。

 ガイドさんは自分の目が行き届いてなかったことを何度も参加者にお詫びをしていました。私はガイドさんに責任はほとんどないと考えます。小雪渓のトラバース路を歩く際も参加者全員に歩き方をきちんと支持していました。大雪渓と岩場のこう配を登った後に、最後の難所である小雪渓をきちんと歩くことができなくなってしまうような、体力に不安のある方をこのツアーに参加させたアミューズトラベルの会社に責任があると考えます。  

 約2週間前、私は編笠岳~赤岳のツアーへの参加を、体力と技術が不十分であり、私ひとりだけが着いていくことができずに、置いていかれるとの推測から、ツアーへの参加を断られました。いまだに断られたことに対して釈然としていません。自分の日ごろの鍛錬が足りないところは大いに反省すべきだと考えていますが、今回の白馬岳についても参加者に対して同じようなジャッジが行われていたのでしょうか?おそらくは行われていなかったでしょう。一方では厳しく参加者のジャッジするのに対して、もう一方では何もなされていないというのが実情であり、アミューズトラベルがやっていることは片手落ちと言わざるを得ません。今回の滑落事故は、アミューズトラベルのいい加減な姿勢から起こったものであることは間違いありません。アミューズトラベルの経営者は大いに反省すべきです。

 そして私はツアーで撮った写真をいつも「なんでもトライアスロン」の掲示板に速報として掲載することにしています。白馬岳の写真を掲示板に掲載し、今回の滑落事故について、滑落した男性が奇跡的に助かったこと、ガイドさんの一人が滑落事故の処理で大町警察署に行かなければならないためにツアー参加者と一緒に帰ることができなかったことを書いて投稿しました。ところがその滑落事故の記事も含めて、投稿したほとんどの記事が削除されてしまいました。どうして削除しなければならないのでしょうか。これは検閲であり、日本国憲法が禁じていることを平気でやっています。

 事故というのは起こらないことに越したことはありません。しかし起こってしまった以上は情報を共有し、なぜ起きてしまったのか、今後起きないようにするためにはどうすればいいのかについてまじめに考えて教訓にすることが次のリスクを低減させる常道であり、注意を喚起するためにも事故を知ってもらうことは登山をする多くの人にとっても有効なはずです。アミューズトラベルはその責務も負っているはずです。滑落事故が起こったということを隠したいという削除したほうの個人的な気持ちは理解できなくもありませんが、事故が起こったことをいつも隠していては、アミューズトラベルは都合の悪いことは常に隠しているという目で見られるのではないでしょうか。



(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 明智光秀の三女、名前は玉、絶世の美女でした。玉は織田信長のすすめもあり細川藤孝(幽斎)の長男忠興に嫁ぎました。その当時は政略結婚がほとんどでしたが、この二人は相思相愛の仲でした。あるとき、庭の植木を剪定に来た植木屋が玉に挨拶しているのが余りにも近過ぎると言って、忠興が植木屋を叩き斬ってしまったほどです。玉は容姿端麗、英明な女性として聞こえていました。

 それが、突如、父光秀による本能寺の変が起こり、事後光秀から親戚である藤孝、忠興父子に加勢の依頼がありましたが、勝敗の帰趨を見通してか、父子はそれを拒絶し秀吉方につきました。忠興は玉が逆臣光秀の娘だけに心を配り、離婚の形を取って丹後半島味土野山中に隠棲させました。

 夫の忠興は秀吉にも愛されましたが、その養子の秀次からも可愛がられていました。忠興はそれに甘えて、黄金100枚を借りています。妻が光秀の娘であるため、忠興は秀吉から謀反の疑いをかけられてしまいますが、ふた心(裏切りの心)ないことを誓いました。秀吉はその証として、借りていた黄金100枚をすぐに返すように要求します。この黄金100枚は現在の価値にすると2億~3億円、忠興に返せる充てがありませんでした。しかし、この黄金100枚を貸してくれた人物がいました。黄金100枚で人ひとり買えたら安いものだと言って、徳川家康が貸してくれたのです。

 やがて秀吉が天下を統一した機会に、家康からのはからいで、玉は許されて忠興のところに戻りました。

 大阪城下玉造に住んだその頃、心の安らぎを求め、高山右近の唱えるキリシタンの教えに感動し、洗礼を受けてガラシャ(伽羅奢)の名を受けました。

 慶長3年(1598年)秀吉が死に、同5年には関ヶ原の合戦が始まります。実は忠興が秀次から黄金100枚を借金していることを調べ上げたのは石田三成です。忠興と三成は犬猿の仲でした。石田三成はその前夜、石田三成は城下の武将夫人を人質として入城することを強要します。しかし、忠興は徳川方に従い東軍につきました。

 ガラシャは人質になることを敢然と拒否し、細川家の屋敷のそこここに爆薬を仕掛けて、自分が死んだあとに屋敷に火を放つように命じて、家臣に胸を突かせて自決しました。慶長5年(1600年)7月17日、37歳でした。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 話を元に戻します。7月の3連休はアミューズトラベルのツアーで白馬岳に行ってきました。7月14日(土)は朝から青空で梅雨明けを思わせるような青空が広がっていました。058.gif
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 新宿を朝8時に出発しました。参加者は21名で満席だそうです。初心者のための山登り教室ではいつも担当は中野さんですが、今日は花に詳しい千田さん、石原さん、押田さんの3名体制でした。038.gif
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 3連休ともあり、道路は行楽客で大渋滞していました。私たちが大町の山岳博物館に到着した時は14時を超えていました。この山岳博物館は昨年、燕岳に行った時も立ち寄りました。038.gif
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 山岳博物館の前から見た安曇野の風景。目の前の山は蓮華岳だそうです。
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 博物館ではスイスの山岳特集をやっていました。昨年は世界のライチョウ展でした。
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 ライチョウの剥製。
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 西条八十の詩。
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 草連玉(くされだま)。山岳博物館前に植えられています。
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 白いコマクサもありました。はじめてみました。昨年の草津でも、今回の白馬岳でも白いコマクサを見ることはできませんでした。
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 山岳博物館の喫茶店「こまくさ」で冷たい甘酒を飲みました。大金持ちの小沢さんがご馳走してくれました。038.gif
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 再びバスに乗り、猿倉登山口近くの宿に向かいました。宿には仙台のアミューズトラベルも来ており、アミューズトラベルで貸し切りの状態でした。
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 夕飯後、宿で日本酒を千田さんと飲みながら、山のお話を伺いました。038.gif


(中島みゆき/荒野より)

荒野より(作詞:中島みゆき、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

夜が
望みは何かと訊かれたら君がこの星に居てくれることだ
力は何かと訊かれたら君を想えば立ち直れることだ

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

朝陽の昇らぬ日は来ても君の声を疑う日はないだろう
誓いは嵐にちぎれても君の声を忘れる日はないだろう

僕は歌っているだろう君と歌っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は生きているだろう君と生きているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない
荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない


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 ツアー2日目、7月15日(日)、いよいよ白馬岳を目指します。朝食を済ませて朝6時30分に宿を出ました。バスで猿倉登山口まで移動しました。昨日の青空はどこに行ってしまったのか、朝から大雨でした。6月10日の入笠山以降、雨具を使わずに済んでいましたが、残念ながら今日は雨具を使わなければなりませんでした。057.gif
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 小沢さんも準備万端。胸ポケットペットボトルを入れて、「おっぱいの写真を撮れ!」と私に命じていました。037.gif
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 午前7時30分、しばらくは林道歩きです。
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 タニウツギがたくさん咲いていました。
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 歩き始めて約60分で白馬尻に着きました。ここからいよいよ大雪渓を登っていきます。
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 白馬尻の小屋。
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 衣笠草が咲いていました。大きくて立派な花です。056.gif
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 登山客が鈴なりでつながっているのが見えます。
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 軽アイゼンを装着し、いよいよ登っていきます。
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 雨が降っており、上のほうを見上げても何も見えませんし、振り返っても何も見えず、霧の中に雪渓を登る登山者の隊列がつながっています。
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 約2時間30分登って大雪渓が終わり、しばらく勾配のある岩場になります。午前11時20分、ここでお昼休憩をとりました。
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 おにぎり弁当、おいしくはありません。あとから言われて気がつきましたが、滑落した方は私の隣でお弁当を食べていた男性でした。その方は食欲があまりなく、おにぎりを全部は食べられないと周囲に話していました。
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 昼食を済ませ、再び出発。岩場の登りはミヤマキンポウゲがたくさん咲いていました。
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 そして問題の小雪渓のトラバース路に入ります。冒頭で報告した通りです。
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 問題の滑落事故の間は約1時間ほど避難小屋前で待機し、滑落した男性の無事が確認できて、再び白馬山荘を目指して歩き始めます。滑落した方の無事を喜ぶかのように、山の霧が晴れてきました。
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 ここから足元にはたくさんの花々が咲き乱れていることがわかりました。056.gif
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 ハクサンイチゲ。
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 ウルップソウ。
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 クロユリ。
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 ミヤマオダマキ。
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 イワウメ。
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 イワベンケイ。
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 タカネシオガマ、などなど。きりがありません。
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 村営白馬岳頂上小屋前で休憩。目的地の白馬山荘まではもう少しです。
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 白馬山荘が霧で見え隠れしています。
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 白馬岳についに到着しました。15時20分。038.gif
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 小沢さんと記念撮影。石原さんは再び事故の状況を確認しに降りて行きました。
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 小沢さんが飲めないことは知っていましたが、参加した男性陣のほとんども飲めないそうです。飲めない彼らはコーヒーを飲んで、トットと部屋に戻ってしまいました。ガイドの千田さん、石原さんはまだ戻らず、仕方なく一人で飲みました。レストランを出ると、3人のガイドさんがちょうど戻ってきているところでした。千田さんはここでもお詫びをし、あとで部屋に全員集まってもらって滑落事故の報告をするとおっしゃっていました。
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 レストランで飲んだので夕飯は食べなくてもよかったのですが、17時に夕飯を食べに食堂に行きましたが、長蛇の行列で、20分も待つことになりました。
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 夕飯を済ませて山荘の外に出て、写真を撮りました。
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 白馬三山の杓子岳と白馬鑓ヶ岳。
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 明朝登る予定の白馬岳山頂。片側が切れ落ちている独特の山容です。
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 今回はここまでとします。次の日は白馬岳山頂から小蓮華岳、白馬大池、乗鞍岳(百名山ではありません)を縦走します。

 
白馬岳登山はまだまだ続きます。060.gif

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by ryott-ryott | 2012-07-25 23:05 | 大雪渓の彼方、白馬岳