カテゴリ:花を飾りに、雨飾山( 1 )

花の彩りを飾りにして、花の渚の雨飾山を行くヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 さて8月25日(土)はアミューズで夜行・雨飾山に行ってきました。夜行と言うからには、夜中に移動して早朝から登山開始になります。
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 前日24日(金)22時に新宿駅西口を出発しました。スケジュールでは翌日午前3時に登山口に到着し、1時間ほど仮眠を取って、午前4時に起床。仕度を済ませて、午前5時に出発になります。バスはかなり遅れて午前4時に登山口に着きました。仮眠もせず、仕度をして、薄暗い中で準備体操を済ませて、予定通りに午前5時に出発しました。朝焼けの中、東の空に明けの明星が見えました。072.gif
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 今日のガイドは優しい林さん、先週のサブガイドと大違いです。恫喝して怒ることはありません。そしてサブガイドは初心者の山歩き教室でおなじみの中野さんでした。参加者は13名、総勢15名でした。まだ太陽が顔を見せてないうちに雨飾高原の登山口から湿原を歩き、山道へと入って行きます。
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 ブナ平。
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 ブナ平という名前の通り、ブナの林がとても美しいです。
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 しばらくは緩やかな登りを進み、そして沢へと降りて行きます。向こうの山から太陽が顔を出してきました。
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 荒菅沢に着いたのは登山開始から2時間弱の午前6時50分でした。
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 上を見上げると豪快な岩峰・布団菱がそびえていました。
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 この荒菅沢からが雨飾山の核心部、急登が始まります。
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 私が驚いたのは、花の多さでした。標高2000 mもない雨飾山、しかも真夏であるため花などほとんどないと思っていましたが、いたるところに花が咲いていました。先週の笠ヶ岳では怖い人がいたので花の写真をほとんど撮れませんでしたが、今日はたくさん写真を撮りました。056.gif
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 トリカブト。
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 サラシナショウマ。
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 フウロ。
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 ヒメシャジン。
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 ウツボグサ。ウツボグサがたくさん咲いていました。
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 そしてこの急登で事件が発生しました。参加者の女性がハチに刺されてしまいました。ハチと言っても凶暴なスズメバチではなく、地面の中に巣をつくっている小さな地蜂の仲間と思われます。ここは前の人との間隔をあけて、虫よけスプレーをたっぷりと全身に振りかけて、一気に駆け抜けて通過しました。いい歳、りょうちゃんはハチに刺されることはありませんでした。差されて方の腕には赤い500円玉大の腫れが何か所もありました。実は今日の雨飾山はピストンであるため、帰りも同じ道を通らなければなりませんでした。そしてその帰り道も登りのときと同じ人が刺されてしまいました。そのほかの人には蜂が寄り付きもしなかったのに、同じ人が行きも帰りも刺されるということはおそらく化粧品を身に着けていたのではないかと思います。女性がよく肌に塗る化粧品の中には蜂の攻撃性を刺激する成分が含まれているため、夏山で蜂に刺されるということはよくあるそうです。四国・香川県の屋島に行った時も、お化粧をして山には行った女性が蜂の餌食になったという話を聞きました。山に行くときは化粧などせず、スッピンで行きましょう。037.gif
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 シナリオ・ライター、劇作家として数々の名作を残した八田尚之は昭和39年(1964年)8月25日午前2時、自分が創立した劇団手織座の10周年記念作品『罪』(改題『八丈赦免状』)を脱稿した直後、狭心症のため急逝しました。58歳でした。

 彼がこよなく愛した生れ故郷、北海道小樽市の海岸には、彼を記念する演劇碑が建てられています。ブロンズの肖像とともに、手織座発足のときの言葉、“胸底にしまい忘れた、皆の、素朴な魂をゆさぶる芝居をつくりたい”が刻まれています。

 彼は明治38年(1905年)小樽に生れ、明治大学中退後映画界に入り、マキノ映画、日活、東宝、新東宝を転々としながらシナリオを書き続けていました。八田尚之脚色、豊田四郎監督のコンビで製作した『若い人』(原作・石坂洋次郎)、『泣虫小僧』(原作・林芙美子)、『冬の宿』(原作・阿部知二)、『鶯』(原作・伊藤永之介)などは、映画史上を飾る秀作として、今でも話題にのぼります。

 その彼も、次第に映画やラジオによる間接的観客との交流よりは、直接舞台からナマの観客との交流に意義と喜びを感じ、昭和17年(1942年)、徳川無夢、薄田研二、藤原釜足、丸山定夫などを同人に、劇団苦楽座を結成しました。
 しかし、戦争が激しくなり、数回の公演を行っただけで終戦となってしまいました。

 戦後、彼は再び苦楽座の創立の志を生かすべく、昭和29年(1954年)11月、自らの手で劇団手織座を発足させました。
 現在、劇団手織座は八田尚之の夫人宝生あやこに引き継がれ、彼女が夫の意志を継いで、“素朴な魂をゆさぶる”、ユニークな演劇活動を続けています。彼女もその功績で紫綬褒章を授与されました。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)


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蜂の大軍をかいくぐりながら、急登を登ること約90分で笹平に着きました。ここから目指す雨飾山の山頂が見えてきます。
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 ここは新潟県、日本海が見えます。
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 その笹平にもお花の渚が広がっていました。
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 ウメバチソウ。
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 ハハコグサ。
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 マツムシソウ、雨飾山はもう秋に近付いているということでしょうか。
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 トリカブト。
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 この花はニガナの仲間だと言う人がいましたが、茎に細かいとげがあり、コウゾリナ(顔剃菜)の仲間ではないかと思います。
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 ヒメコゴメグサ、この小さい可愛い花もたくさん咲いていました。
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 笹平から頂上直下の急登を少し登ると、そこは雨飾山の頂上でした。登山を開始してちょうど4時間が経過、午前9時ちょうどでした。
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 ガイドの林さんと一緒に記念撮影。少し早いですが頂上でお昼ご飯をいただきました。持っていったお饅頭を配りました。林さんから今後の予定を聞かれ、来週はいよいよ剱岳、その翌週は飯豊本山へ行く予定であることを話しました。林さんも「山とランとエトセトラ」というブログをやっているということを教えてもらいました。山頂では30分の休憩時間を撮りましたが、あっという間に時間が過ぎました。
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 頂上からは北アルプスが見えました。
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 双二峰が鹿島槍ヶ岳です。
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 笹平に登山道が見えます。
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 南峰から見た北峰。
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 北峰には石仏があり、かつて糸魚川地方の羅漢上人というお坊さんが石を刻んで頂上まで運んだそうです。阿弥陀三尊、大日如来、薬師如来、不動明王の4体あり、雨乞いと豊作を願ったと言われています。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(中島みゆき/荒野より)

荒野より(作詞:中島みゆき、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

夜が
望みは何かと訊かれたら君がこの星に居てくれることだ
力は何かと訊かれたら君を想えば立ち直れることだ

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

朝陽の昇らぬ日は来ても君の声を疑う日はないだろう
誓いは嵐にちぎれても君の声を忘れる日はないだろう

僕は歌っているだろう君と歌っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は生きているだろう君と生きているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない
荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない


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下山も花の登山道を進みます。アザミの花。
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 ふたたびマツムシソウ。
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 ホタルブクロ。
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 雨飾山に別れを告げます。
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 そして再び急こう配を下って行きました。
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 この花はなんという花でしょうか、この花もたくさん咲いていました。
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 有名なツバメオモト。
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 珍しい柄のキツリフネ。
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 これはオドリコソウでしょうか。
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 骨酒で有名な岩魚が泳いでいました。
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 最後の湿原を歩き、雨飾山登山は終了になりました。13時ちょうどに登山口に戻ってきました。登山開始から8時間が経過していました。
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 入浴を済ませて、夕日に見送らて新宿へ戻ってきました。
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新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地


 
今週はいよいよ剱岳に行ってきます。060.gif060.gif060.gif

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by ryott-ryott | 2012-08-27 22:35 | 花を飾りに、雨飾山 | Comments(2)