カテゴリ:飯豊連峰( 1 )

夏の青風吹く緑の稜線・飯豊連峰を行くヽ(^o^)丿

旅行・地域
b0190242_20503056.jpg


 剱岳登頂以来、ブログをなかなか更新できていませんので、近況と今後の予定を書いておきます。先週の9月15日(土)~17日(祝月)の3連休は山旅クラブのトミーさんと氷河公園から槍ヶ岳への縦走へ行ってきました。その模様はまた次回報告します。いい歳、りょうちゃんの今後の予定は以下の通りです。

9月21日(金)~23日(日) 塩見岳(アミューズトラベル)
9月28日(金)~30日(日) 甲斐駒ケ岳・仙丈岳(山旅クラブ)
10月 6日(土)~ 8日(月) 八幡平・岩手山・早池峰山(アミューズ特配)
10月13日(土)~14日(日) 皇海山を申し込みましたが申込少数で催行中止。
10月15日(月)      歩みの会・甲子山(休暇が取得できれば)
10月17日(水)      歩みの会・総会(休暇が取得できれば)
10月19日(金)~21日(日) 鳳凰三山(アミューズトラベル)
10月27日(土)~28日(日) 伊吹山・恵那山(アミューズトラベル)
11月 3日(土)      同窓会
11月10日(土)      赤城山・黒檜山(アミューズトラベル)
11月17日(土)      同窓会

 トントンさん、はるさん、岩崎先生、剱岳登攀が終わったら、レンガマックスを一緒に食べに行く約束は決して忘れていません。というよりは私に構わず行って来てください。一段落したら必ず私のほうから声をかけますので、一緒に行くのはしばらくお待ち願います。040.gif

 倉持さんから皇海山の林道が開通したとの連絡をいただいたので、10月13日の皇海山を申し込みましたが、申込少数で催行中止になってしまいました。同じ日に巻機山がありますが、こちらも同じ理由で今のところ催行されない可能性が大きいようです。また硫黄岳・横岳・赤岳がありますが、赤岳に関しては今年屈辱的に参加を断られた編笠岳~赤岳を来年、再度申し込もうと考えていますので、巻機山が催行されなければ久しぶりにどこへも行かない土日になります。歩みの会についてはいずれも平日であるため休暇が取れることが参加の条件です。
b0190242_2052097.jpg

 さて剱岳登攀の翌週、9月8日(土)~11日(火)までの4日間、平日は休暇を取って、アミューズで飯豊本山へ行ってきました。通常は2泊3日で行くコースを1日延長した3泊4日の「ゆったり」ツアーで、体力のない年寄り向けのツアーでした。しかし年寄り向けのツアーとはいえ、明らかに置いていかれても仕方がないという方が私の見る限り3人はいました。そのうちの1人は、私が今年の7月に屈辱的に参加を断られた「編笠岳~赤岳」に参加していたというのです。白馬岳で滑落事故が起こったのはアミューズトラベルの参加基準がいい加減であるためだという考えは今も変わりません。
 何度でも書きますが、アミューズトラベルから告げられた、私が「編笠岳~赤岳」参加を断られた理由は、体力と技術がともに劣っているために私一人だけがこのツアーで置き去りにされるというものでした。ガイドの白砂さんに途中で引き返すことになっても構わないから、挑戦させてほしいということをお願いしましたが、決して聞き入れられることはありませんでした。
 しかしながら、今回の飯豊本山のツアーで明らかに自分よりも体力が劣っている人が「編笠岳~赤岳」の参加を許されていたことを知り、さらに憤りを感じました。アミューズトラベルの参加基準は「いい加減」だけではなく、「インチキ」、「イカサマ」と言わざるを得ません。アミューズトラベルへの批判を書くと浦安湯屋のメンバーから激しく叱責を受けますが、アミューズトラベルが「インチキ」、「イカサマ」、「いい加減」なことを続けている以上は、筆誅を加えることを止めるつもりはありません。

 そしてもうひとつ、驚いたのは、頭のおかしい年寄りが参加していたことです。先ほど、このツアーで置き去りにされても仕方のない人が3人いたと書きました。体力のない人や、下りや登りのいずれかが苦手であるという人は苦手だというところで前を歩いてもらって、みんなでサポートしながら山歩きをすることは、全員の登攀を成功させるためには重要であると考えます。その3人のうちの1人は、下りが苦手であるということで、下山は常にガイドさんのすぐ後ろを歩いていました。このこと自体は問題ないのですが、最後の懺悔坂の鎖場をひとりずつ降りて行ったときに、その先頭を下山していたババァが後から降りてくる人に対して「こっちに来るな!」と怒鳴っているではありませんか。そのババァは自分が今待っている場所に「腰掛ける場所がない」ので、その場所まで降りてくるなと主張していました。しかし、その場所には立ち待ちするスタンスはたくさんありましたし、腰掛けることができる場所もありました。そのババァは置き去りにされるような速度で隊列全体を律速して全員に迷惑をかけているにもかかわらず、後続を歩いてくる人に「来るな!」とわめいているは、愚かで非礼としか言いようがありません。アミューズトラベルは、こういう愚かな年寄りの参加こそ許してはいけないと思います。

 私から見て明らかに体力が劣っている人が「編笠岳~赤岳」ツアーへの参加を許されたり、置き去りにされても仕方のない頭のおかしい年寄りが参加を断られないのは、その連中がアミューズトラベルへの売り上げへの貢献度が大きいためと私は推察します。私のように週末しかツアーに参加できない者よりも、暇を持て余して年がら年中遊んでいる年寄りを顧客として大切にするのは企業の経営戦略として正しいことは理解できます。体力・技術が劣るから参加を断るというのは建前ではないかと、最近感じています。
b0190242_20525462.jpg

 飯豊本山の本題に入ります。飯豊連峰は新潟県、山形県、福島県の3県にまたがり、南北20 kmに及ぶ巨大な山塊です。今回も4日間とも晴天に恵まれたというよりは、むしろカンカンの日照りの中の登山でした。058.gif
b0190242_20534694.jpg

 米沢平野の向こうに見えるのは蔵王連峰。
b0190242_20531684.jpg

 途中、道の駅に立ち寄りました。写真は小茄子です。
b0190242_20535741.jpg

 山形の名産の「トビ茸」。
b0190242_20542039.jpg

b0190242_2054369.jpg

 初日は白川荘に泊まりました。夕飯に岩魚の焼き魚が出てきました。
b0190242_2055445.jpg

b0190242_20552162.jpg

b0190242_20553281.jpg

 翌朝は午前7時に白川荘を出発しました。今回の山登りのネックとなったのは山小屋に水がないということです。関東の利根川水系が水不足であることは連日報道されていますが、この日照りが飯豊山でも深刻さを増していました。山小屋の周りにいくつか水場があるそうですが、水が流れているのはわずかに1ヵ所のみで、少なくとも今日泊まる切合小屋までの水は持って行かなければなりませんでした。
b0190242_2056536.jpg

b0190242_20562065.jpg

 山登りはいきなり急登から始まります。この登りを懺悔坂といいます。
b0190242_20564437.jpg

 懺悔坂の急登を登ると、単調な登りが続きます。
b0190242_2057099.jpg

 地蔵岳、標高1539 m。
b0190242_20572057.jpg

 会津磐梯山が見えました。
b0190242_20573053.jpg

 アカモノ。
b0190242_20575341.jpg

 センジュガンピ。
b0190242_2058435.jpg

 ヒメシャジン。
b0190242_20581539.jpg

 登山を開始して6時間、地蔵岳を越えてまだ切合小屋(きりあわせごや)までの道のりは続きます。13時30分。
b0190242_20593693.jpg

 マツムシソウが咲いていました。飯豊連峰に秋が近付いていますが、まだまだ暑いです。
b0190242_20594990.jpg

 ウメバチソウ。
b0190242_210756.jpg

 ようやく切合小屋が見えてきました。その手前の沢で空になったペットボトルに水を汲みました。私は白川荘から2.5 Lの水(ペットボトル5本)をすべて飲みきってしまい、この沢で救われました。登山道中はとにかく暑くて、さきほど話した置き去りにされても仕方のない3人のうちの一人は熱中症でリタイアしたのではないかと思いました。
b0190242_2105457.jpg

 切合小屋に着いたのは17時近くでした。汗でびっしょりになった服を着替えて、外で夕飯。夕飯はカレーライスでした。切合小屋は避難小屋なので本来食事は出ませんが、山小屋の持ち主が炊事をしてくれました。朝食は卵かけご飯でした。038.gif
b0190242_2113041.jpg

b0190242_2114430.jpg

b0190242_2115692.jpg



(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

b0190242_2122719.jpg

 
安永4年(1775年)9月8日、俳人として有名な加賀の千代が亡くなりました。72歳です。加賀藩の史料によると、千代は元禄16年(1703年)、加賀国松任(まつとう)(現・石川県松任市)の表具師福増屋六兵衛の娘として生まれ、小さい頃から俳句に興味を持って、句作に励んでいたといいます。
 18歳のとき、加賀藩足軽福田満八に嫁ぎ、一子をもうけますが、結婚7年目で夫が病死し、翌年子どもも失って、松任の実家にもどってきました。
 以後、俳諧一筋に生き、宝暦4年、52歳のとき出家して俳号を素園と改めました。

  朝顔につるべとられて貰い水 千代女

 加賀の千代というと、まっ先に思いだされるおなじみの句です。
 私たち日本人にとっては、朝顔という花が、つかの間の生命(いのち)であることを知っているだけに、その可憐な花をいとおしむ、千代の心に共感を覚えるせいでしょうか。
 江戸の川柳子は早速これを材料にしています。

  来年はつるべをよけてたねを植え

 千代の句で、同じように有名なのがあります。

  しぶかろか知らねど柿の初契ちぎり
  起きて見つ寝て見つ蚊帳の広さかな

 最初のは、千代が結婚初夜に詠んだもの、あとの句は夫と死別したときに詠んだものとされます。
 しかし、この二つの句は、いずれも千代の句ではないと主張する説が最近でてきました。やはり江戸の川柳子たちの作なんでしょうか。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)


b0190242_21326.jpg

b0190242_2131931.jpg

 ツアー3日目、いよいよ切合小屋を午前6時40分に出発し、飯豊本山の頂上へ向かいます。小屋の前から真っ赤なご来光を見ることができました。058.gif
b0190242_2144018.jpg

 飯豊本山から大日岳にかけての稜線。飯豊連峰の最高峰は飯豊本山ではなく、大日岳のほうです。
b0190242_2151246.jpg

 この緑の登山道を進み、頂上へと向かいます。
b0190242_2152690.jpg

 姥権現。かつて飯豊本山は女人禁制の山でした。飯豊へ出かけて帰ってこない子どもを探しに来た母親が、山の神さまの怒りにふれて、石にされたという伝説が残っています。
b0190242_2154097.jpg

 御秘所という岩場を越えて、本山へ向かいます。かつてはこの御秘所を越えて、はじめて一人前の男とみなされたそうです。
b0190242_2165332.jpg

 登りはまだまだ続きます。
b0190242_218124.jpg

 途中、ガンコウランを口いっぱいに頬張って、口の中が紫色になってしまいました。
b0190242_2181479.jpg

b0190242_2182613.jpg

 草履塚を越えて、最後の登りを上がって行くと本山小屋に着きます。ここも避難小屋で無人です。
b0190242_218484.jpg

 あとは頂上まで稜線を歩いて行くだけです。
b0190242_2191040.jpg

 午前10時前、ついに飯豊本山の頂上に到着しました。いい歳、りょうちゃん、日本百名山45座目です。
b0190242_2195054.jpg

 ガイドさん3人と頂上で記念撮影。038.gif
b0190242_2110035.jpg

 本山小屋方面の稜線。
b0190242_21101612.jpg

 頂上からの風景を十分に楽しんだ後、再び稜線を歩いて本山小屋まで戻ってきました。振り返ると頂上に誰かが立っていました。
b0190242_21103854.jpg

 本山小屋の中。
b0190242_21105569.jpg

 再び御秘所を通ります。
b0190242_21112555.jpg

b0190242_211282.jpg

 12時30分に草履塚まで戻ってきました。抜けるような青空で、あまりにもいい天気であり、ビールも何も置いていない避難小屋に早く戻っても何もすることがないので、草履塚からの景色をしばらく楽しむため、千田ガイドが「13時30分まで大休憩を取りましょう。」と言うと、ババァ連中が「休憩が長すぎる!」と文句を連発し、大反発していました。
b0190242_21122870.jpg

 折角、千田さんが景色を楽しむ時間を取ってくれたのに、ババァどもは景色などどうでもいいのです。ババァ連中は、散々、グズグズ歩いておきながら、「早く小屋に戻りたい!」と身分不相応なことを平気で言い放っていました。
b0190242_21132796.jpg

 小屋に戻るグループと、景色を楽しむグループの2班に分かれることになりました。景色を楽しむグループとして、その場に残ったのは、いい歳、りょうちゃんと、もう一人の男性客の斎藤さん、千田ガイドとサブガイドの宮川さんの4名だけで、人生を無駄に生きているだけのババァ連中はグズグズ歩きながら小屋に戻って行きました。
b0190242_21141745.jpg

 草履塚から、今通ってきたばかりの御秘所から本山小屋まで続く斜面、本山小屋から飯豊本山の頂上、大日岳へと続く稜線の風景は、北海道で見た幌尻岳の風景によく似ていました。青い空と緑の稜線、点在する白い雪渓、夏の終わりを告げる青風、この心惹かれる風景を見れば、かつてこの山には人々に恵みをもたらす神が住み、五穀豊穣を祈る山であったことがわかります。
b0190242_2115517.jpg

 十分に景色を楽しんだ後、登山道に咲く花を楽しみながら小屋に戻って行きました。途中にリンドウがたくさん咲いている場所があり、「飯豊の宝石」とよばれるイイデリンドウが咲いていないか探しました。イイデリンドウはミヤマリンドウの変種で花びらの間にガクがなく、独立した5枚の花びらを持つことが特徴です。そこに咲いていたリンドウにはすべてガクがありましたが、千田さんが「縦に立っているガクが開いており、これはイイデリンドウではないか。」とおっしゃるので、斎藤さんと私はイイデリンドウだと信じて大喜びで写真を撮りました。056.gif
b0190242_21152532.jpg

 そのほかにもシロバナニガナ、シオガマ、ホツツジ、カラマツソウなどたくさんの花を見ることができました。
 シロバナニガナ
b0190242_21154076.jpg

 シオガマ
b0190242_21155442.jpg

 ホツツジ
b0190242_21161473.jpg

 カラマツソウ
b0190242_21162755.jpg

 ツバメオモトの実
b0190242_21164816.jpg

 小屋に戻ってから、イイデリンドウの写真を撮ったことを倉持さんに言って、その写真を見せると、「これはガクがあるから違う!」ともう一人のババァと一緒に頭ごなしに否定されました。斎藤さんは、「千田さんがイイデリンドウだと言うのだから、登山道で見たリンドウはイイデリンドウだと思えばいい。」とおっしゃっていました。結局はイイデリンドウではなかったのですが、リンドウの群落がつくる青い渚の風景を見ることができ、大きな収穫でした。
 それにしても、さっさと小屋に帰ってしまったババァ連中は、その美しい光景を見ることができなかったため、私たちが見てきたものをすべて否定しようとする性質(たち)の悪い連中です。
b0190242_211720100.jpg

 今日の夕飯も昨日と同じカレーライスでした。しかし何もない避難小屋まで登ってきて、つくってくれたカレーライスは格別でした。ババァに食べさせるのはモッタイナイです。そしてカレーライスをつくってくれた山小屋のおじさんは飯豊に関することをたくさん話してくれました。先ほど紹介した姥権現の伝説もそうですし、この切合(きりあわせ)小屋の名前の由来も教えてくれました。この飯豊山は水が豊富であるため、その水をめぐって会津(福島)、越後(新潟)、米沢(山形)の3藩(県)が争っており、切り合い(刀で殺し合った)したことから付いた地名だということです。ところどころにあるケルンは争いで命を落とした人たちを供養するためのものだそうです。
b0190242_21173714.jpg

 夕飯後、小屋の裏へ行き、夕景を見ました。テントを張っている3人の学生さんがいて、大日岳の向こうに沈んでいく太陽を眺めていました。私もババァ連中の集団ではなく、この若い3人と並んで夕日が見たかったです。
b0190242_21175274.jpg

 


(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



b0190242_21184156.jpg
 
 4日目、最終日。今日は長い長い登山道を戻り、下山します。朝、ご来光と滝雲を見ることができました。滝雲はとても珍しい現象なんだそうです。038.gif
b0190242_21185225.jpg

b0190242_21192565.jpg

b0190242_21193987.jpg

 朝5時30分に切合小屋を出発し、2日目に登ってきた道を下って行きます。4日目も強い日差しが照りつける暑い朝でした。
b0190242_21195848.jpg

 空は秋の空です。
b0190242_21202573.jpg

 飯豊連峰もこれで見おさめです。
b0190242_21204277.jpg

 懺悔坂の鎖場まで戻ってきました。ここで愚かで非礼なババァが怒鳴っていました。
b0190242_21205841.jpg

 下山も8時間近くもかかって、登山口まで降りてきました。白川荘で入浴し、昼食に焼肉定食をいただきました。初日に立ち寄った道の駅でお土産を買って、新宿まで戻ってきました。
b0190242_21211442.jpg

 21日(金)から2泊3日で塩見岳に行ってきます。ガイドは泉田さんだそうです。ババァどもをコテンパンに怒鳴りつけてほしいものです。私も怒鳴られると思いますが。037.gif


 
次回は槍ケ岳の報告をします。060.gif

b0190242_2122384.jpg

b0190242_21224598.jpg

b0190242_21232883.jpg

b0190242_2124747.jpg

b0190242_21245022.jpg

b0190242_2125104.jpg

b0190242_21252286.jpg

b0190242_21254355.jpg

b0190242_2125589.jpg

by ryott-ryott | 2012-09-20 21:36 | 飯豊連峰