カテゴリ:氷河公園~中岳~大喰岳~槍ヶ岳( 1 )

3000 m縦走、天空の稜線を行く、氷河公園~槍ヶ岳ヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 先週の週末はアミューズで塩見岳に行ってきました。その模様は後日報告します。
 そして9月15日(土)~17日(月・祝)の3連休は山旅クラブで氷河公園から槍ケ岳までの縦走へ出かけてきました。雲ひとつない青空のもと、3000 mを越える中岳、大喰岳(おおばみだけ)を縦走して、最後に槍ヶ岳へと向かいました。結果から話しますと、こんなに天気がいいにもかかわらず、槍ヶ岳の穂先には登ることができませんでした。槍ケ岳山荘始まって以来の大混雑で、槍ケ岳山荘のすぐ手前まで穂先に登る待ち行列ができており、登った人に聞いてみると並び始めてから戻ってくるまで3時間から4時間もかかったとのことです。
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 絶好の晴天にもかかわらず、予定の日に穂先に登ることはあきらめて、翌朝登ることにしました。キッチン槍の前でカレーライスを食べていたときに、隣に座ったおじさん二人組は午前7時30分に並び始めて、12時過ぎにようやく降りてきたとおっしゃっていました。何と4時間半もかかっています。私たちが槍沢ロッジを6時ちょうどに出発して、氷河公園、中岳、大喰岳を経由して13時ちょうどに槍ケ岳山荘の到着するまで、7時間かかりましたので、その時間の3分の2も費やさないとたかだか標高差100 mの穂先に立てないほどの大混雑でした。そのおじさん二人組は本来ならば槍の穂先に立った後、私たちが歩いてきた道を辿って南岳へ行く予定だったそうですが、予定の変更を余儀なくされ、槍沢のほうへ降りて行きました。
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 では翌朝は果たして登れたかというと、登ることはできませんでした。前日、雲ひとつない青空でしたが、翌朝は強風と霧で何一つ見えませんでした。この天候で槍の穂先の登ることは危険であるとトミーさんが判断し、今回穂先に立つことを断念しました。したがって、今回、日本百名山46座目の登頂は果たせませんでした。来年、裏銀座コースの黒部五郎、鷲羽岳、水晶岳を経由して、槍ヶ岳に挑戦することにします。
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 私たちと同じように翌朝に穂先に登ることを考えていた方も多くいたようです。しかしながら天候の悪さにクラブツーリズムの団体さんも穂先に立つことをあきらめて、午前4時30分に下山して行きました。この大混雑の原因は何だったのでしょうか。テレビドラマの「サマーレスキュー」の影響だったようです。私は「サマーレスキュー」は見ていませんでしたが、ヒットドラマがあると舞台となっている場所に押し掛けるのは日本人の悪い癖なのでしょう。実際に槍ヶ岳に来てもお目当ての向井理なんてどこにもいません。トミーさんもそんな浅はかな山女子連中を見て、「なんだ!あのシマシマのタイツは!」とおっしゃっていました(笑)。038.gif037.gif
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 今回の山旅クラブは上高地から入り、槍沢ロッジを経由して、氷河公園、中岳、大喰岳を縦走して槍ヶ岳へと向かいました。初日はあずさ1号に乗って終点の松本まで行き、そこからトミーさんの高級リムジンカーに乗せていただき、沢渡の市営駐車場へと向かいます。市営駐車場でもうおひとりの参加者、青柳さんと合流し、バスに乗りこみ、上高地へと向かいました。3連休のためか、特急あずさ1号も市営駐車場もバスも混雑していました。
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 上高地も大混雑。河童橋の上は人でごった返していました。梓川を渡渉している人がいました。
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 川面のバイカモが美しく映えています。ところどころ、岩魚が泳いでいるのが見えました。岩魚の骨酒を飲みたくなりました。068.gif
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 明神池前から見た前穂高。
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 梓川に沿って、今日の目的地の槍沢ロッジに向かいます。一番奥に見えるのは大天井岳です。
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 前穂高、北穂高の峰々。
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 徳沢のキャンプ場。
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 水のない梓川の河原を猿が闊歩していました。
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 横尾山荘。
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 16時40分。歩き始めてから約4時間30分で槍沢ロッジに着きました。
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 定員160名に対して、260名が押し掛け、槍沢ロッジは大混雑でした。廊下にも布団が敷かれ、私たち4人は廊下で寝ることになりました。
 この槍沢ロッジにはお風呂があります。私も行水をしましたが、翌朝、水場が混んでいたので、お風呂の脱衣所にある水道で顔を洗おうと思い、脱衣所に入って行くとそこにも寝ている人がいました。
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 槍沢ロッジでの夕飯も5回戦、19時過ぎでした。
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 翌朝、朝食を済ませて、午前6時に槍沢ロッジを出発。
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 ババ平のキャンプ場にはたくさんのテントが張られていました。
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 槍沢の大雪渓のわきを通って行きました。
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 トリカブト。
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 これから歩く稜線が見えています。
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 槍ヶ岳をバックに記念撮影(トミーさんのブログからもらいました)。
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 槍沢から見た槍ケ岳。
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 私たちは槍沢を巻いて、氷河公園の天狗池へと向かいました。上から眺めた天狗池です。それほど大きな池ではありません。近所の戸越公園の池のほうが大きいです。038.gif
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 江戸時代前期、朱子学、神道の儒者として名高い山崎闇斎(あんさい)は、天和2年(1682年)9月16日、64歳でこの世を去りました。

 彼は日常、朱の手拭を腰につけ、朱色の羽織、朱色の表紙の書物など、朱色一式に凝った朱子学の信奉者で、名前も朱子の号「晦庵(かいあん)」の晦(くらい)をとって闇斎と名づけた異色の学者です。

 のちに吉川惟足(きっかわただたる)に神道を学び、号を「垂加(しでます)」とつけ、垂加神道を興しました。

 寛文4年、時の幕閣の中枢にいた会津藩主保科正之に賓師の礼をもって招かれたのが縁で、会津藩のみならず、徳川幕府官学の師として活躍しました。

 歴史というのは面白いもので、じつは会津松平家の祖になった保科正之は、二代将軍秀忠の生涯ただ一度の浮気で生れた妾腹の子で、恐妻家のためひそかに、信州高遠の保科家に預けられた御落胤(ごらくいん)です。

 三代将軍家光の代になって異母弟と認知され、家光にも信愛されて会津藩主に抜擢されました。

 この正之が、闇斎と相談してつくったのが、あの落城の悲劇の原因になった『御家訓十五条』です。
 
 大君ノ義一心ニ大切ニ 忠勤ヲ存スベシ、
 列国ノ例ヲ以テ自ラ処スベカラズ、
 若シ二心ヲ懐カバ、
 則チ我ガ子孫ニアラズ
 面々決シテ従ウベカラズ

 「大君」とは将軍のことです。九代藩主松平容保が、京都守護職就任を固辞しづけ、最後に承諾させられたのは、この家訓第一号のためでした。

 もしもこのとき、保科正之が山崎闇斎ではなく、朱子学反対の儒者、会津出身の山鹿素行を迎えていたら、あの悲劇は避けられたかもしれません。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)


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 天狗池に映る逆さ槍。038.gif
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 これからこの氷河公園を上の稜線まで登って行きます。
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 雪渓を横切ります。
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 途中、木イチゴを食べながら、上にあがって行きました。氷河公園を上がり切ると、目の前には屏風岩と前穂高から北穂高の峰々、表銀座コースから常念岳、遠くは富士山から南アルプスまで見ることができました。
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 屏風岩。
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 富士山から南アルプス。
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 常念岳、三角形でとても形のいい山です。
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 槍ヶ岳をバックにポーズをとるトミーさん、三遊亭小遊三師匠ではありません。037.gif
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 さらに3000 mの稜線に出るため、岩場を登って行きます。
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 ついに3000 mの天空の稜線に。午前10時40分。
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 目の前には8月に行った笠ヶ岳が横たわっています。
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 これからこの稜線を歩いて、槍ヶ岳へと向かいます。
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 11時50分、まず中岳に到着。標高3084 m。
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 ここから一気に下ります。鉄の梯子を下って、大喰岳への稜線へ向かいました。
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 下から見上げた岩だらけの中岳。こんな顔したオバサンいますね。037.gif
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 梯子に人がいるのがわかります。
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 大喰岳に到着。12時40分。標高3101 m。
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 もう目の前には最後の目標、槍ヶ岳が見えています。しかも槍ヶ岳にはアリの行列が貼り付いているのが見えました。この大喰岳ですれ違った方は穂先に登るのに約3時間かかったとおっしゃっていました。
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 大喰岳から見た槍ケ岳山荘。山荘の前まで行列が並んでいるのがわかります。
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 穂先には10人ほど人が立っているのがわかります。槍の穂先は狭くて、10人も立つと満員状態だそうです。
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 13時過ぎに槍ケ岳山荘に到着しました。槍沢ロッジを出発して約7時間経過していました。今から並び始めると降りてくるまでに17時を越えてしまうし、鎖場、梯子の場所で長時間待っているのは安全面からも良くないとの判断から翌朝、穂先に登ることにしました。
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 キッチン槍のカレーライス。隣の人が食べているのを見て、りょうちゃんも注文してしまいました。りょうちゃんがカレーライスを食べているのを見て、りょうちゃんの周りで小遊三師匠に似ていると評判になっているトミーさんも何だかんだと言いながらもカレーライスを注文していました。
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 参考までに下山時に横尾山荘で食べたカレーライス。トミーさんがおっしゃる通り、キッチン槍のカレーのほうがおいしかったと思いますが、山登りしているためか横尾山荘のカレーライスも十分、おいしかったです。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(中島みゆき/荒野より)

荒野より(作詞:中島みゆき、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

夜が
望みは何かと訊かれたら君がこの星に居てくれることだ
力は何かと訊かれたら君を想えば立ち直れることだ

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

朝陽の昇らぬ日は来ても君の声を疑う日はないだろう
誓いは嵐にちぎれても君の声を忘れる日はないだろう

僕は歌っているだろう君と歌っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は生きているだろう君と生きているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない
荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない


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 翌朝、午前3時30分に目が覚めて、外に出てみると、空は満天の星空でした。槍ヶ岳の穂先にはヘッドランプの明かりが見えました。これならば穂先に登れると期待して、寝床に戻り、1時間もしない午前4時30分に再び外に出てみると、天気は一変していました。霧と小雨で何一つ見えず、強風が吹き付けていました。しばらく様子を見ることにしましたが、一向に天気が快方へ向かう気配がありません。時間切れで、今回は穂先に登らずに下山することになりました。冒頭にも書いた通り、多くの方が大混雑と天候に翻弄されて、穂先に登らずに下山することを余儀なくされました。
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 槍ヶ岳山荘で朝食を済ませ、キッチン槍でパンを買って、槍沢へと下山を開始しました。下山前に槍ケ岳山荘の玄関前で記念撮影。来年、また来ます。038.gif
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 槍ヶ岳を開山したと言われる播隆上人が53日間こもった播隆窟。
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 続々と下山してきます。
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 シロツメクサ。
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 シシウド。
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 ハクサンフウロ。
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 アザミ。
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 ゴゼンタチバナの実。
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 シラタマの木。実はハッカのにおいがします。
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 徳沢のソフトクリームをトミーさんの奥様、青柳さんと一緒に食べました。
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 前穂をバックに記念撮影。
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 帰りはせせらぎの湯で入浴し、松本駅まで高級リムジンカーで送っていただきました。次回の山旅クラブは9月28日(金)から2泊3日で甲斐駒ケ岳と仙丈ヶ岳へ出かけてきます。台風18号の動きが気になります。
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新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地


 
次回は塩見岳の報告をします。060.gif060.gif

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by ryott-ryott | 2012-09-25 23:26 | 氷河公園~中岳~大喰岳~槍ヶ岳