カテゴリ:八幡平、岩手山、早池峰山( 3 )

神々が棲む遠野の郷に響く早池峰物語

旅行・地域
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 台風21号が週末にかけて、日本列島を襲いそうな動きです。果たして鳳凰三山は催行されるのでしょうか。いい歳、りょうちゃんの今後の予定は以下のとおりです。

10月19日(金)~21日(日) 鳳凰三山(アミューズ)(台風が心配です)。
10月27日(土)~28日(日) 伊吹山・恵那山(アミューズ)
11月 3日(土)      同窓会
11月10日(土)      赤城山・黒檜山(アミューズ)
11月17日(土)      同窓会(りょうちゃんが幹事です)。
11月23日(金)~24日(土) 荒船山・茂来山(山旅クラブ)
12月 8日(土)      日和田山トレーニング(山旅クラブ)
12月15日(土)~16日(日) 韓国岳・開聞岳(アミューズ)
12月24日(月・祝)    谷川岳雪上訓練(山旅クラブ)
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 10月8日(月)、東北3座最終日。今日は遠野物語で有名な早池峰山に登ります。早池峰の山頂にはかつては池があり、水が枯れてしまっても、修験者が祈ればたちまちにして水が湧き出ることから「早池(はやち)の泉」と名付けられたことに早池峰の名は由来していると言われています。
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 私たちはホテル花巻を午前5時に出発しました。今日もバスの中で朝食の弁当を食べました。小田越登山口までは約90分かかります。見上げる空は青空ですが、外は冷たい風が吹いていました。今日の早池峰山は小田越登山口から登ります。
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 久しぶりにこの方のストレッチを写真に撮りました。凄い柔軟性です。普通の人が真似をしたら怪我をします。038.gif
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 今回の東北3座のツアーにはこの方も参加しました。雨の北岳以来の参加です。しかし今日は快晴でした。058.gif
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 登山口からは頂上の岩稜帯が見えます。午前6時50分に歩き始めました。今日もアスリートの浦安湯屋のメンバーは誰ひとりとして前にいかないので、今日もいい歳、りょうちゃんが石原さんの番手を取りに行きました。037.gif
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 30分も歩かないうちに樹林帯は終了し、目の前に早池峰山の岩稜帯が現れます。
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 西のほうに目をやると、昨年登った鳥海山が見えました。
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 空は雲一つない青空です。
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 朝日に照らされた紅葉が鮮やかです。
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 早池峰ウスユキソウの残骸。
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 早池峰山の登山道は岩場が連続し、巨岩と奇岩が目に付きます。
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 巨岩の上で石原さんの得意のポーズが出ました。
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 7合目を過ぎると、さらに急勾配になります。
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 早池峰山最大の難所、鉄の梯子が現れました。梯子がかかっていなかったら、この岩場は登れないでしょう。
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 梯子を次々と登っていきます。
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 梯子を登りきったところが8合目です。誰も滑落することなく、全員梯子を登りきって、笑顔のポーズ。
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 午前9時20分、歩き始めて2時間30分で早池峰の稜線に出ました。目の前に早池峰山超避難小屋が見えます。
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 午前9時36分、山頂に到着しました。標高1917 m。いい歳、りょうちゃん、日本百名山折り返しの50座目達成です。038.gif
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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  いのち短し恋せよ乙女
  朱き唇あせぬ間に
  熱き血潮にの冷えぬ間に
  明日の月日はないものを

 よく歌われる『ゴンドラの唄』です。
 大正4年(1915年)、松井須磨子主演の芸術座公演の劇中歌として作られたものです。戦後は、昭和27年(1952年)、ベルリン国際映画祭で銀賞をとった、黒沢明監督の作品『生きる』で歌われて、再び流行するようになりました。この作詩者が吉井勇でした。

 吉井勇は耽美歯の代表的歌人、芸術院会員、歌会始の選者などをつとめました。彼は、明治19年(1886年)10月8日、東京芝高輪の伯爵家の次男として生まれました。中学時代、与謝野鉄幹の主宰する「明星」に魅かれて歌人の道に入りました。

 あゝ祇園わが思う子の噂など つたへて春の風は吹くらむ

 当時の文人墨客の先輩の影響か、“酒・女・旅”に耽溺し、頽廃享楽的な、人生の哀歓をうたいあげた独自の作風をもつ歌人として知られました。とくに祇園をこよなく愛した彼は、祇園について数々の歌を残しました。なかでも、第一歌集『酒ほがひ』に収められた“祇園冊子”の巻頭歌は吉井勇の代表歌の一つでしょう。

  かにかくに祇園はこひし寝るときも 枕の下を水の流るゝ

 この歌碑は、祇園白川沿いの河畔に建てられています。昭和35年(1960年)11月19日、75歳で逝去しました。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)


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 50座目を祝ってくれているような青空の下、いつもの記念撮影。避難小屋のおじさんがこんなにいい天気の早池峰は年に1~2回しかないとおっしゃっていました。058.gif038.gif
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 すみお姉ちゃんは40座目達成だそうです。
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 山頂でも、得意のポーズを披露する石原さん。038.gif
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 昨日登った岩手山がきれいに見えました。
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 山頂で早めのお昼ご飯を食べ、倉持さんが作ってくれたミルクティーを飲み、30分の大休憩をとって、頂上からの景色を存分に楽しみました。038.gif
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 太陽が輝いている早池峰山の山頂の写真はたいへんに珍しいそうです。
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 そして西の空には下弦の月も見えていました。
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 山頂に別れを告げて、午前10時15分に下山を開始。いい歳、りょうちゃんは下山は得意なので、列の後ろで和さんと一緒に写真を撮りながら、着いて行きました。
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 稜線から降りるところまで来ると、早池峰山の山頂は見おさめになります。
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 写真は、河原の坊からの登山道沿いの紅葉です。下山時に観る紅葉は太陽に照らされて赤く燃えているようです。
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 午前10時40分、梯子を降りていきました。
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 前に見える薬師岳もほんのりと紅く色づいていました。
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 紅葉を楽しみながら、下山しました。
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 マイヅルソウの実。
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 ツルリンドウの実。
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 12時30分。登山口に戻ってきました。もうひとつの登山口から見た早池峰山の中岳が見えます。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(中島みゆき/荒野より)

荒野より(作詞:中島みゆき、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

夜が
望みは何かと訊かれたら君がこの星に居てくれることだ
力は何かと訊かれたら君を想えば立ち直れることだ

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

朝陽の昇らぬ日は来ても君の声を疑う日はないだろう
誓いは嵐にちぎれても君の声を忘れる日はないだろう

僕は歌っているだろう君と歌っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は生きているだろう君と生きているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない
荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない


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 帰り道、道の駅に寄りました。「紫波」と書いて「しわ」と読みます。
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 くだもの、野菜、ジュースがとても安い値段で売られていました。皆さん、いろいろ買われていました。
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 いい歳、りょうちゃんは「ほおずき」のアイスを買って食べました。食用のほおずきを使っているそうです。とても美味しかったです。
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 温泉で入浴を済ませ、ビールと冷麺で乾杯しました。068.gif
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 盛岡駅ではわんこそばに挑戦しようと思いましたが、となりの店の限定10食の鴨重にひかれて、日本酒を飲みながら鴨重を食べました。
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 帰りの新幹線の中でもワンカップで一杯やりながら、東京駅まで戻ってきました。浦安湯屋の皆さん、よいお年をお迎えください。次回お会いできるのは来年でしょうか。それまでお元気で。029.gif
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新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地


 
次回は大源太山の報告をします。060.gif060.gif

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by ryott-ryott | 2012-10-15 23:13 | 八幡平、岩手山、早池峰山 | Comments(6)

詩人たちの歌を風にのせて、南部の富士、岩手山を行く

旅行・地域
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 東北3座(八幡平、岩手山、早池峰山)の旅、2日目は標高2038 mの岩手山に登ります。登山口の馬返しから標高差1400 m以上のピストンになります。
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 午前4時30分に八幡平ライジングサンホテルを出発し、登山口までは約60分かかります。バスの中で朝食のお弁当を食べました。時間通り、午前5時30分に登山口の到着し、準備体操を済ませて、午前5時40分に出発しました。ガイドの石原さんが「体力に自信のない人は前に来てください。」と言いましたが、さすがアスリートで構成されている浦安湯屋メンバーは誰一人として前に行こうとしなかったので、浦安湯屋メンバーに比べてはるかに体力と技術が劣っているいい歳、りょうちゃんが石原さんの2番手で歩くことにしました。038.gif
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 石原さんのすぐ後ろで歩かせてもらったおかげで、石原さんから面白いお話をたくさん聞かせていただきました。石原さんが登山のときに行う呼吸法は「フッ――。」と細く深く一気に吐くというものであり、そうすることによって腹式呼吸となり空気をたくさん取り込めるということです。私が普段、泉田さんから教えてもらっている「フッ、フッ、フッ、フッ、フッ」と比較的短めに息を吐く方法は同じ腹式呼吸法ですが、犬のような動物が行う呼吸法を取り入れたもので、8000 m級の山を登る人が身につけている高度な呼吸法であるとおっしゃっていました。
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 岩手山は新道と旧道があり、登りは展望のよい旧道から登りました。3連休とあって、たくさんの登山者が登っていました。
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 旧道の両脇には紅葉の渚が頂上のほうまで駆け上っています。
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 旧道は溶岩の岩場が続きます。
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 旧道の途中で休憩。
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 上を見上げると青空も見えてきました。
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 しかし、すぐに雲が上がってきます。雲の一進一退が続きます。
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 午前9時15分。歩き始めて約3時間30分、7合目に到着しました。ここから岩手山の本峰、火口を取り巻く山頂のドームが見えます。
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 7合目で記念撮影、かずさんに撮ってもらいました。
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 外輪山の手前に避難小屋が見えます。
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 午前9時30分、岩手山8合目避難小屋に到着。避難小屋といっても管理人がおり、ピンバッチ、Tシャツ、コーヒー、ココア、カップヌードルなどを売っていました。
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 避難小屋から山頂のドーム直下まで移動します。先ほどまでははっきり見えていたドームが霧で隠れてきました。霧と風で、暑がりのいい歳、りょうちゃんも中間着を着て、砂礫の斜面を登って行きました。
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 ドーム中腹から見た外輪山。
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 岩手山は信仰の山であり、頂上部分のお鉢の登山道には石仏が点々と置かれています。
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 霧の中、お鉢の登山道を頂上へと向かう登山者たち。天気が良ければ、山頂部が見えるのでしょうが、今は霧の中で見えません。
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 午前10時30分、霧の向こうの中に山頂を示す標識と人影が見えました。
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 午前10時40分、歩き始めてから5時間が経過し、馬返しから標高差1400 mの岩手山山頂に着きました。
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 恒例の山頂での記念撮影。いい歳、りょうちゃん、日本百名山49座目になりました。038.gif
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 女性陣も記念撮影。霧の山頂に彩り豊かな花が咲きました。きれいな色の服装です。
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 終戦後の混乱がまだ続く昭和24年(1949年)10月7日「日本のマーク・アントニー」と呼ばれた、80歳の老政治家が、東大附属病院の一室でひっそりと亡くなりました。その人の名は斎藤隆夫。

 彼は兵庫県選出の代議士で、政治生活40余年、戦前の軍国主義はなやかしころ、軍部の専横に身体を張って抗議してきた、気骨のある政治家の一人でした。尾崎咢堂と並ぶ、憲政史上に一条の光を投げかけた、記憶されてしかるべき人だと思います。

 「日本のマーク・アントニー」といわれたのは、暗殺されたシーザーの屍の上で弔辞を読んだ、ローマ切っての雄弁家になぞらえたもので、彼の演説のうまさは定評がありました。歴史的に名高い、彼の三大名演説のなかから、その一節を紹介しましょう。

 「寸にして断たざれば尺の憾あり、尺にして断たざれば丈の憾あり、一木と雖(いえど)もその根が深く地中に蟠居(ばんきょ)するに至っては、之を倒すことは容易ではありません。・・・・・」
 これは、昭和11年(1936年)、2・26事件直後の大69特別議会での“粛軍演説”の一節です。

 「戦場の露と消えた数万の将兵は、法律の力に依って死んだのでありましょうか。決してそうではありません。・・・・・・」
 昭和13年(1938年)2月24日、第73議会で「国家総動員法」批判の演説を行ったときの一節です。

 「徒(いたずら)に聖戦の美名にかくれて、国民的犠牲に閑却し、曰く道義外交、曰く世界の平和、かくの如き雲を摑むような文字を並べて・・・・・・」
 昭和15年(1940年)2月2日、第75議会において、「支那事変処理に関する質問演説」の一節です。

 草柳大蔵『斎藤隆夫かく戦えり』(文芸春秋)の一読をすすめます。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)


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 頂上で記念撮影後、霧と風のため、早々に下山しました。
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 一瞬、霧が晴れて山頂部が見えましたが、すぐにまた霧にかくれてしまいました。
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 お鉢の登山道を降りて行きます。
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 比較的傾斜のある斜面を下山して行きます。火山特有の砂走りで、砂礫をザクザクと踏んで下山します。富士山の砂走りにそっくりです。
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 しかし岩手山の砂走りは短くて、普通の登山道に戻りました。
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 避難小屋の前まで戻ってきて、ここでお昼ご飯を食べました。午前11時50分。気温が低く、かなり寒かったので、いい歳、りょうちゃんは避難小屋でカップヌードルを買いました。1カップ300円でした。いい歳、りょうちゃんが寒いというのだから、本当に寒いです。
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 山頂を見上げると、ドームのお鉢の上を人が歩いているのが見えました。
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 登りは旧道を上がってきましたが、下りは新道を降りて行きました。新道は登山口まですべて樹林帯の中でした。新道は旧道に比べると急こう配であり、浮き石が多く転がる歩きにくい道でした。また、いい歳、りょうちゃんの長い脚をもってしても、届かないほどの段差が何か所もありました。
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 新道から見た旧道の様子。
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 新道から見た旧道のわきの紅葉。
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 また登山口の近くには多くのウメバチソウが咲いていました。この季節に花を見ることができるとは思いませんでした。
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 新道と旧道の分岐点の開けた場所で、正面を見ると円錐形のかたちのよい山が見えました。この山は姫神山と言います。その美しさから、岩手山と早池峰山で、この姫神山を取り合ったという伝説があると石原さんが教えてくれました。今回のツアーでは、取り合うような姫君はいませんでした。写真を見れば、わかりますね。
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 14時50分、歩き始めて9時間10分で登山道に戻ってきました。ストレッチを済ませて、今日の宿のホテル花巻に向かいました。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(中島みゆき/荒野より)

荒野より(作詞:中島みゆき、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

夜が
望みは何かと訊かれたら君がこの星に居てくれることだ
力は何かと訊かれたら君を想えば立ち直れることだ

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

朝陽の昇らぬ日は来ても君の声を疑う日はないだろう
誓いは嵐にちぎれても君の声を忘れる日はないだろう

僕は歌っているだろう君と歌っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は生きているだろう君と生きているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない
荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない


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 ホテル花巻もアミューズトラベルのツアーにしてはとても立派なホテルでした。写真は今回の東北3座ツアーのお世話をしてくれる倉持さんです。いつもカメラを向けても写真など撮らせてくれませんが、珍しくというより、はじめて正面の写真を撮らせてくれました。どうかしてしまったんでしょうか。037.gif
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 今日の夕飯です。夕飯時に知っている者同士で自己紹介をしました。いい歳、りょうちゃんは明日の早池峰山で日本百名山50座目達成の予定であることを報告しました。試飲会仲間のかずさんから赤ワインを差し入れていただき、前祝いをしていただきました。038.gif
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 浦安湯屋の姫神山たち。写真がピンボケになってしまいました。そのほうがよかったでしょう。037.gif
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 夕飯を済ませてから、ホテルのロビーで「鹿踊(ししおどし)」と津軽三味線の上演がありました。
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 鹿踊は、空也上人が可愛がっていた鹿が心ない何者かに殺されてしまい、その供養のために行った踊りが鹿踊の始まりと言われています。
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 津軽三味線の演奏の様子。鹿踊と津軽三味線の上演が終わったのは21時15分でした。すっかり夜更かしをしてしまい、部屋に帰ってすぐ布団に入りました。037.gif
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新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地


 
東北3座の旅はまだまだ続きます。060.gif060.gif

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by ryott-ryott | 2012-10-11 00:02 | 八幡平、岩手山、早池峰山 | Comments(0)

いにしえの奥羽伝説を訪ね歩いて、八幡平を行く

旅行・地域
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 10月の3連休、10月6日(土)~8日(月)はアミューズの特配で東北3座(八幡平、岩手山、早池峰山)へ行ってきました。先週の甲斐駒ケ岳までで日本百名山47座目まで重ねてきたので、今回無事に3座とも登頂できれば、百名山の半分の50座目まで到達することができます。
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 初日の10月6日(土)は八幡平(はちまんたい)に登ります。午前7時30分に赤煉瓦の駅舎にリニューアルされたばかりの東京駅が集合場所です。改札を出て、駅舎の写真を何枚か撮りました。
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 待ち合わせ場所の銀の鈴に行くと、栗駒山ツアーに出かける千田さんがいました。
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 また今年、小豆島でご一緒した小室さんに会いました。小室さんは千田さんたちと栗駒山へ行かれるそうです。038.gif
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 東京駅の売店は午前7時00分に開店します。八幡平で食べる行動食を買いました。
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 午前7時56分のはやて103号に乗って盛岡に向かいます。特配に参加するのは剱岳登攀を不合格にされた剱岳トライアルの小川山以来です。今回の参加者は11名、ガイドの石原さんと倉持さんを加えて、総勢13名でした。午前11時4分に盛岡駅に到着しました。盛岡駅前では産地直売のグリーンフェスタをやっていました。
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 盛岡駅前からバスに乗って、八幡平の登山口へと向かいます。八幡平の登山口までは1時間30分かかるので、バスの中での昼食となりました。写真は本日配られた鮭親子弁当です。アミューズトラベルのお弁当としては今までにない大変に豪華なものでした。明日以降のお弁当はもう期待できません。037.gif
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 12時55分、茶臼岳の登山口から茶臼岳を経由して、八幡平の山頂(標高1614 m)へと向かいます。
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 八幡平の地は、源氏の棟梁、八幡太郎源義家が陸奥の豪族・安部一族を追討するために立ち寄った場所であり、その時に八つの旗(「幡」)を立てた湿原(「平」)から「八幡平」という名前が付けられたそうです。山歩きというよりは大半が湿原・沼のほとりを歩いているといったほうが正確だと思います。
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 今日の天気は曇りで風も少しあったため、とても涼しく、八幡平も紅葉に彩られていました。
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 目の前に見えるのは茶臼岳です。標高1578 mです。
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 避難小屋の茶臼小屋。
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 中は結構きれいにしてあります。今日、泊る方がいるようでした。
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 茶臼岳の山頂です。
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 茶臼岳の山頂からの風景。
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 大阪落語界の代表者といえば、故人では二代目桂春団治によどめをさすでしょう。春団治の本名は岩井藤吉、明治11年(1878年)大阪で生まれました。28歳のとき桂文哉に入門、続いて桂文団治になりました。

春団治の芸風は、陽気で天衣無縫、古い落語の型に満足せず、独創的な関西落語を創りました。したがって、チャランポランの春団治とか、無茶団治とか、落語通、先輩落語家からはひんしゅくをかいました。

しかし、人気は鰻のぼりで、吉本興業の一枚看板として、大正末期から昭和のはじめにかけて、“笑いの王様”として、関西喜劇界の大スターとして君臨しました。

実生活の面でもエピソードが多く、特に女性関係は有名でした。後年は、妻子を捨てて医療品問屋の未亡人といい仲になり、とうとう入り婿になって話題を呼びました。ですから高座にあがると、“後家殺し!”と声がかかって、ますます人気に拍車がかかったといいます。

晩年は借金がかさみ、漫才の人気に押され、病気がちな生活を送り、胃ガンのために昭和9年(1934年)10月6日、57歳でこの世を去りました。息を引きとるとき、さすが落語家らしく、「これでワシもイガン免職や」とオチををつけたといいますから立派なものです。

長谷川幸延の名作『桂春団治』は、松竹新喜劇の渋谷天外の春団治役から現在の藤山寛美に受け継がれ、松竹新喜劇の当たり狂言として、ときどき上演されています。こんな魅力のある、型破りな落語家は、このさき生れてこないのではないでしょうか。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)


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 八幡平は茶臼岳よりも標高はわずかに36 m高く、大源太森、八幡沼を経由して行きます。写真は大源太森の頂上、元気なお姉さんが写っています。037.gif038.gif
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 大源太森からの風景。向こうに見えるのは八幡沼です。
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 大源太森から八幡沼へは湿原地帯を歩いていきます。
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 山歩きで喜びを隠せないすみお姉ちゃん、とてもりょうちゃんより年上とは思えません。038.gif
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 八幡沼のほとりの陵雲荘に着きました。ここも避難小屋です。先ほどの茶臼小屋と同じく、中はきれいでした。中をのぞくと、誰か寝ているようでした。
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 展望台に人がたたずんでいます。
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 展望台から見た八幡沼。
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 この池は深さが22 mもあるそうです。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(中島みゆき/荒野より)

荒野より(作詞:中島みゆき、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

夜が
望みは何かと訊かれたら君がこの星に居てくれることだ
力は何かと訊かれたら君を想えば立ち直れることだ

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

朝陽の昇らぬ日は来ても君の声を疑う日はないだろう
誓いは嵐にちぎれても君の声を忘れる日はないだろう

僕は歌っているだろう君と歌っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は生きているだろう君と生きているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない
荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない


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 八幡沼を通過し、八幡平の頂上へと辿り着きました。16時23分、八幡平の頂上に着きました。展望台があるはずですが、工事中で撤去されていました。
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 仕方がなく、頂上の標識手前の地図の前で集合写真、記念撮影を撮りました。お隣りはいつも元気なすみお姉ちゃん。いい歳、りょうちゃん、日本百名山48座目になりました。038.gif
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 ガイドの石原さん、倉持さんと一緒に記念撮影。
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 途中、メガネ池など湖沼のわきを通り、駐車場へと出てきました。写真はメガネ池で、湖面に木が写っています。
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 今日泊まる宿は八幡平ライジングサンというホテルで、アミューズトラベルのツアーで泊る宿としてはやはり大変に立派です。038.gif
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 夕飯をいただき、明日の岩手山登山に備えます。私は長野県から参加されたお姉さんと一緒に一杯やりましたが、驚いたことに私以外の男性陣は誰一人お酒を飲んでいませんでした。どこか具合でも悪かったのでしょうか。037.gif
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新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地


 
東北3座の旅はまだまだ続きます。060.gif060.gif

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by ryott-ryott | 2012-10-09 20:12 | 八幡平、岩手山、早池峰山 | Comments(0)