カテゴリ:大源太山( 1 )

梢の空の彼方に、紅葉に染まる大源太山を行く

旅行・地域
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 10月13日(土)は越後百名山の大源太山へ行ってきました。そこでトミーさんから、9月29日に長衛荘と甲斐駒ケ岳でお会いした太った学校の先生から山旅クラブに連絡があったと聞きました。私は、甲斐駒ケ岳の頂上で一緒に撮った写真を差し上げたいと思っており、トミーさんから先生の連絡先を聞き、電話で連絡を差し上げました。
 先生は「何でこの連絡先を知っているの?」と驚いていらっしゃいました。私から写真のファイルを送りたいのでメールアドレスを教えてほしいとお願いしたところ、先生は携帯もパソコンも持っているそうですが、メールを使ったことがなく、アドレスもわからないので、郵便のメールで送ってほしいとおっしゃっていました。今時、しかも学校の先生で、メールを使ったことがないという江戸時代みたいな人がいることに驚きました。
 先生に次回の山旅クラブはどのツアーに申し込むのか尋ねたところ、まだ決めていないと言い、私は11月23日(金・祝)の荒船山に行くことを考えているので、一緒に申し込みましょうとお誘いしましたが、先生はチベットへヒマラヤトレッキングに出掛けるため、日本に不在であるとおっしゃっていました。先生は体格だけでなく、フトコロも裕福なようです。またお電話を差し上げたときは、明日から巻機山に出掛けるともおっしゃっていました。 先生、いずれ山旅クラブでお会いすることがあると思いますので、その時はどうぞよろしくお願いします。
 写真は甲斐駒ケ岳の頂上で撮ったもので、りょうちゃんの隣に写っている方はトレイルランの山本健一選手、一番右が太った先生です。037.gif038.gif
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 さて今日の大源太山の集合場所は、越後湯沢駅になります。私は前日に上越新幹線の指定席予約をしましたが、普通の指定席は全て売り切れており、仕方なくグリーン車に乗って行きました。グリーン車も当日は全て売り切れていました。山旅クラブは現地集合、現地解散です。
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 今日の山旅クラブの参加者は7名、ガイドのトミーさん、サブリーダーの木之下さんを入れて総勢9名の大所帯でした。木之下さんはキノッピさんと呼ばれています。登山口前で自己紹介(氏名、年齢、目標にしている山)を簡単して、準備体操を済ませて、午前9時過ぎに出発しました。
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 歩き始めて30分も経たないうちに最初の渡渉ポイントに到達しました。石の上を渡れば濡れることはありません。大源太山は渡渉ポイントが2箇所あります。
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 次の渡渉ポイントも30分も歩かないところにあります。2番目の渡渉ポイントは少しだけ難しく、トラロープを辿って渡ります。左側に落ちたらずぶ濡れになりますが、立つことができる深さです。トミーさんとキノッピさんがサポートして、全員無事に渡りました。午前10時00分。
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 渡渉が終わると、しばらく急登が続きます。斜度は20度以上あるのではないでしょうか。皆さん、急登はいつまで続くのかと、口々におっしゃっていました。
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 天気が良ければ、ここのポイントから大源太山の頂上が見えるそうですが、この時は曇っていました。
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 途中、紅葉している木々を眺めながらの登山になります。紅葉は遠目で見るととても綺麗ですが、間近で見ると虫が喰った穴が開いていたり、くすんでいて、それほど綺麗ではありません。女の人にもそういう人がいます。041.gif
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 急登が終わり、頂上に続く弥助尾根に入ると傾斜が緩やかになってきます。
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 大源太山の岩壁の紅葉を見ながら、紅葉に囲まれた尾根道を進んでいきます。
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 尾根道から越後湯沢の町が見えました。
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 頂上に人がいるのが見えます。
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 岩場を登っている途中、青空も見えてきました。
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 尾根の両側が切れているところがありましたが、覗き込むと紅葉の渚が広がっていました。
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 昭和57年(1982年)10月14日、南米ペルーの首都リマ市にある「天野博物館」の設立者、名誉館長、”アンデスの男”の異名をとった、天野芳太郎が、リマの自宅で心不全で亡くなりました。84歳でした。

 この天野博物館は、彼が独力で収集した古代アンデス文明の遺物、特にクスコやチャンカイ谷から発掘されたプレ・インカ時代の土器・織物など2万数点を収蔵し、その一部を陳列しているもので、世界的に知られたミニ博物館です。
 リマを訪れる日本人は、年間数千人といわれますが、皇太子殿下をはじめ、ほとんどの人が、この天野博物館を訪ねます。

 現在は、天野芳太郎の長男夫婦が、その遺志を継いで館長をされています。機会があったらぜひ一度見学されることをおすすめします。

 彼は明治31年(1898年)、秋田県に生まれ、31歳までは横浜で実業に従事し、海外雄飛の夢もだしがたく、南米に渡りました。
 第二次大戦まではパナマを中心に中南米で事業を興して成功しましたが、戦争のため強制送還されていったん帰国しました。
 
 終戦になるとともに、1947年再び南米に渡り、ペルーに落着きました。彼はここで、仕事をするかたわら、インカやプレ・インカの文明にみせられて、その後半の生涯を、その遺物の収集に没頭し、ついに独力で博物館を建てるようになった、国際的な変わり種の人物です。

 その意味では、やはりスケールの大きい明治の気骨を持った日本人だったといえるでしょう。昭和55年(1980年)には吉川英治文化賞、同57年(1982年)には、国際交流基金賞などを受賞しました。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 頂上は目前です。
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 鎖場を登ります。
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 頂上にいる人が近くに見えてきました。
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 午前12時26分、越後百名山・大源太山の頂上に着きました。標高1598 m。大源太山の「源太」は人の名前かと思っていましたが、四角い木材のことを「源太」と言うと、ほとんどのブログに書いてありました。また文楽人形の首の部分を「源太」と言うと広辞苑に記載されています。いずれにしろ大源太山とは大きな四角い山ということでしょうか。トミーさん、今度、解説してください。
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 頂上で9名全員の記念撮影(トミーさんのブログからもらいました)。
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 記念撮影後は頂上でお昼を食べました。
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 頂上からの風景。雲は多かったですが日も差してきました。
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 七つ小屋山方面の尾根。
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 今日は見えませんが、雲がなければ巻機山が見えるそうです。
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 先程まで頂上にいた人たちが尾根道を下山していくのが見えます。
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 私たちも12時50分に下山を開始しました。紅葉の尾根道を下山していきます。
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 急登は急勾配の下りになります。
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 登りの時は頂上が見えませんでしたが、下りの途中で大源太山の頂上を見ることができました。
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 15時30分に登山口も戻ってきて、温泉で入浴を済ませました。温泉で今日のサブリーダーのキノッピさんと初めてお話しました。キノッピさんはサラリーマンをする傍らに、ガイドの仕事をされているとおっしゃっていました。ご本人は早くガイド業一本に専念したいとおっしゃっていましたが、奥様がサラリーマンをやめることを許してくれないそうです。一時期は年間150日、山に出かけたこともあるそうです。この年間150日の休暇を取るということは、サラリーマンだと少し難しい数字だと思います。週休2日で年間52週間として土日が104日、国民の祝日は年間15日、一般のサラリーマンの有給休暇は大体20日前後として139日になります。キノッピさんは足りない日数はすべて欠勤だとおっしゃっており、それでもなかなか会社からも解雇されないとおっしゃっていました。
 現在、大学を卒業してもなかなか正規従業員として就職できない人が多いことを考えると、キノッピさんはたいへんに恵まれた職場環境で働いているようです。トミーさんはお風呂場でキノッピさんに「今の仕事なんか早く辞めちゃえば。」と無責任なことをおっしゃっていました。037.gif
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 入浴後、トミーさんのリムジンカーで越後湯沢まで送っていただきました。次回の山旅クラブは12月8日(土)日和田山トレーニングと、クリスマスイブの雪上講習に参加する予定です。11月は都合を確認して、多分、23日・勤労感謝の日の荒船山に行くことになると思います。

 越後湯沢駅には16時30分前に到着しました。新幹線の発車時刻が16時35分に迫っており、私以外の方は新幹線ホームに駆け込むように帰って行きました。ひとり残された私はせっかく越後湯沢駅に来たので日本酒の試飲をして帰りました。500円でお猪口5杯分の日本酒が飲めます。069.gif
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 お塩と味噌は無料でした。
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 当然ながらお猪口5杯では足りるわけがなく、販売している酒の試飲をし、回転寿司屋で飲み、ワンカップを買って新幹線の中でも飲みました。037.gif
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 今日のお酒は、いい歳、りょうちゃんにとっては嘗(な)める酒でした。037.gif
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村


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 大源太山の翌日、10月14日(日)は大井町の名店「じゃんけんぽん」のトントンさんとはるさんに誘っていただき、神奈川県海老名にある泉橋酒造に酒米の稲刈りに行ってきました。海老名駅は横浜駅で相鉄線に乗り換え終点まで行きます。この日は日曜日だというのに、制服を着た中学生・高校生が平日と同じくらい多く駅を歩いていました。はるさんが言うには、最近はほとんどの子どもたちは土曜日も日曜日もお弁当を持って、朝から夜まで受験のための塾通いをしているそうです。いい歳、りょうちゃんが子どもの時とはエライ変わりようです。私が子どもの頃も受験のための塾は確かにありはしましたが、通っている人はほんのひと握りでした。りょうちゃんは、小学生の時に字の読み書きをお習字の塾に習いに行ったり、昔、学校の先生をやっていた人のところに算数の計算を習いに行ったことはありましたが、土曜日も日曜日も朝から晩まで塾通いしたという経験はありませんでした。むしろ、寺子屋みたいな塾をやっていたお宅でお菓子をもらったり、そのお宅の飼い犬や手乗りインコで遊んでいたのを覚えています。
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 泉橋酒造さんは、米作り、精米、醸造をすべて一貫して行っている酒蔵さんです。038.gif
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 この日は招待された酒屋さん、飲食店の店主さんなど、約200名が稲刈りに集まりました。稲刈りの方法について、泉橋酒造の社長さんから説明がありました。石田純一ではありません。
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 たわわに実った山田錦の稲穂です。文字通り、稲穂がたわむほどに実っています。
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 稲穂は根元を親指を下側にして持ち、根元を鎌で断ち切ります。逆に持つと小指を切ってしまうことがあるそうです。親指を下にすることによって神経が集中するため、親指を切るということはないそうです。
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 トントンさんも一生懸命、稲を刈っています。
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 この列は、りょうちゃんがひとりで猛スピードで刈り取りました。ほかの人たちは働きが悪いです。
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 刈り取った稲穂は根元を藁で縛り、写真のように棒に吊るしていきます。稲穂を乾燥させるためです。
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 午前10時30分から稲刈りを開始して、田んぼ一反分の稲穂を刈り取り、吊るし終わったのがお昼の12時30分過ぎでした。
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 刈り取った稲穂の前で記念撮影。
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 稲刈りが終わると、参加者全員が楽しみにしていた泉橋酒造さんのお酒を試飲しながらの芋煮会が、社長さんの乾杯の挨拶で始まりました。
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 写真は泉橋さんで作っているお米で握ったおにぎりです。これに味噌をつけると、日本酒によく合います。味噌をつけおにぎりを日本酒で胃袋に流し込むように食べました。また、このおにぎり1個を作るためには稲穂50本分のお米が必要になるそうです。稲穂1本でも食べられるお米の実をつけるまでには数ヵ月の時間を要することを考えると、秋の恵みを無駄にすることはできません。
トントンさんのお店「じゃんけんぽん」ではランチの営業もしていますが、最近はごはんを一口だけ食べて、あとは手もつけずに残すお客さんが増えているそうです。稲穂1本育てるために費やした生産者の苦労を考えると、ごはんを残すということはやはり罰当たりな行為です。残すのであれば、食べる分だけをもらうというのがマナーだと思います。
 ごはんを変な残し方にしている人を見ると、ほとんどがブサイクな太った女性であり、綺麗な人ほど残さず全てきれいに召し上がっていると、トントンさんがおっしゃっていました。キレイになるためには、偏食せずにきちんと食べるということが大事だということですね。038.gif
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 鮎の塩焼きも全員にひとり1本振舞われました。頭から尻尾まで全て食べられます。この鮎はヒゲのおじさんが網ですくって、鮎が傷つかないように1匹ずつ手で獲ってきてくれました。りょうちゃんは鮎をおかわりしてしまいました。037.gif
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 しかしながら、私たちの隣の席に、耳たぶに金属の棒を縫い付けた若者たちのグループがおり、鮎の背中を少しかじっただけで、もったいない食べ方をして残していました。こんなに美味しいものを、そんなヒドイ食べ方をして、バカじゃなかと思いましたし、その若者たちを連れてきた店主も鮎の食べ方ひとつ、若者にきちんと教えられないなら、飲食店を経営する資格などないダメ店主だと思います。はるさんも、連中の鮎のヒドイ食べ方を見て、バカじゃないかと怒っていました。
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 このヒゲのおじさんが鮎を獲ってきてくれました。泉橋酒造のお酒、秋の味覚を存分に楽しんだあとは、ヒゲのおじさんが一本刀土俵入りを披露してくれました。
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 午後2時過ぎに芋煮会はお開きになり、東京に帰ってきました。写真は泉橋酒造の近所に植えてあったアケビです。
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新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地


 
次回は鳳凰三山の報告をします。060.gif060.gif

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by ryott-ryott | 2012-10-23 14:29 | 大源太山 | Comments(0)