カテゴリ:荒船山・茂来山( 1 )

冬空に咲いた霧氷の花、荒船山・茂来山を行く

旅行・地域
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 11月17日(土)、この日は大学院の研究室の同窓会が元町・中華街であり、私はみなとみらい線の中にいました。すると、またもアミューズトラベルから1本の電話がかかってきて、12月もすべてのツアーを中止にするとの連絡がありました。12月は韓国岳のツアーを申し込んでいたため、今年の日本百名山は10月末に行った恵那山が最後であり、53座止まりとなりました。前回、11月いっぱい、アミューズトラベルのツアーはすべて自粛になったため、11月に予定していた赤城山・黒檜山に行けなくなったことを報告したばかりです。担当者の方のお話では、1月からは普通にツアーを開始するとのことでした。11月の時も、同じことを言っていたのであてにはできません。
 今年は当初は順調に行けば60座は行けるのではないかと考えていましたが、やはり思い通りにはいかないもので、大峰山で転んでその後1ヵ月間も歩くこともままならなかったり、怪我が治ったあとは自分の意に反してツアーへの参加を冷酷に断られたり、そして例の遭難事故による催行中止で60座には遠く及びませんでした。
 しかしながら、今年は剱岳を始め、幌尻岳、飯豊山など登攀することができました。来年は数の目標だけで言えば、80座を目指しますが、早月尾根からの剱岳、おじいさんと行く約束をした光岳・聖岳、裏銀座から槍ヶ岳、平ヶ岳、仙丈ヶ岳などに行くつもりでいます。

 さて同窓会ですが、今回は第2回目になります。1回目は先生が定年退職した時にお祝いを兼ねてやりました。その時に多くの方から2回目以降も定期的に行ってほしいとの要望があり、昨年に第2回目を行う予定でしたが、あの東日本大震災の影響で中止・延期になりました。今回は2年越しの第2回目の同窓会になりました。
 この同窓会はすでに研究室が存在しないため、現在40歳前半の卒業生が一番若い最後の世代です。学生だった頃の若々しい面影は見る影もありません。皆さん、頭髪の色が黒から白や肌色へと変化していました。「無惨やな 帽子の下の はげ頭」と言ったところでしょうか。037.gif
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 しかし、見た目は中高年ながらも健康に留意された生活を送っている方も多く、山登りをしているとのお話をされる方もいらっしゃり、実年齢に比べるとかなり若づくりに見えました。私もそのうちのひとりであることを話すと、「ウソをつくな!」という懐疑的な目で見られてしまいました。037.gif

 ある先生のお話では、今世紀中におそらく人類は滅亡し、その前には近々に東京大震災が起こって、かなりの人間が死んでしまうそうです。したがって、同窓会は生きていることを確認することの会であり、先生方が生きている以上は同窓会を続けるということでお開きになりました。



(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 パリの歓楽街の踊り子や、娼婦たちなど、世紀末の頽廃を好んで描いた画家ロートレックは、南フランス最古の都市といわれるアルビで、1864年11月24日に生まれました。
 父は中世フランス王家の血筋をひく貴族で、母はその従妹(いとこ)でした。血族結婚のせいか、ロートレックは生来病弱で、よその子供のように、戸外で活発に遊ぶことができなかったようです。

 それだけに家族からは“小さな宝石”と呼ばれて可愛がられ、いつしか室内で絵筆を握るようになりました。そのころのノートや、教科書のスミに描いたデッサンを見ると、早くも画家としての天分を十分に発揮していることに驚きます。
 病弱に加え、少年期に左足や右足大腿骨を骨折し、体が不自由なため、本格的な絵の勉強をするため、18歳のときにパリに出ました。

 彼はモンマルトルにアトリエを持ち、ここでドガやゴッホなど、のちの巨匠たちと知り合いになりますが、同時に金持ちのお坊ちゃんとしてチヤホヤされ、毎晩、酒と女に明け暮れる生活を過ごしました。
 彼が歓楽街の踊り子や、場末の娼婦たちの中に浸っていたのは、日本でいえば永井荷風と同じように、その内側から、彼女たちの生活を通して人生を見ようとしたものと思われます。

 世紀末の頽廃といわれながらも。虚飾のない裸の人々のなかに、彼なりのやすらぎと、生きがいを感じていたのかもしれません。惜しいことに、その不健康な生活がたたり、わずか37歳という若さでなくなってしまいました。
 パリで、ムーラン・ルージュあたりを散歩すると、なんとなくロートレックを思い出します。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 11月以降は隔週で山に行く予定でしたが、アミューズトラベルのツアーで参加者が遭難死したため、少なくともアミューズトラベルのツアーはすべて白紙になってしまいました。今週3連休のうちの2日間、11月23日~24日は恵那山以来3週間ぶりに山旅クラブで山登りに行ってきました。1日目は日本二百名山の荒船山、2日目は信州百名山の茂来山(もらいさん)です。

 東京駅から長野新幹線に乗って、佐久平に向かいました。この日の天気は曇りのち雨の予報でした。東京はうす曇で、途中の高崎では日差しがあり、天気予報はハズレたと思いましたが、トンネルを通り抜けた軽井沢ではかなりの雨が降って落胆し、新幹線に乗ること約90分で佐久平の駅に到着しました。

 駅の改札前には、山旅クラブ主催者のトミー富澤さんが奥様とともにお出迎えいただき、恒例になっている高級リムジンカーで登山口まで送迎していただきました。今日のメンバーはトミーさんの同級生の林さん、トミーさんの奥様、そしてアミューズで知り合った面白くないダジャレばかり言う原田さんの総勢5名での山登りになりました。多分、原田さんは家でダジャレを言っても奥さんに冷たくあしらわれるので、私たちの前でその憂さを晴らしていたようです。人を笑わせることほど難しいことはありません。
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 今日は日本二百名山の荒船山に登ります。荒船山は文字通り、その山容が荒波を突き進む船に見えることから、その名前は由来しています。荒船山の特徴である高さ200 mの断崖は艫岩(ともいわ)と言われています。「艫(とも)」とは「船の後方。船尾。」と広辞苑に簡潔に書いてあります。
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 荒船山登山口。空を見上げると、うっすらと青空が見えつつありました。
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 直前にかなりの雨が降ったらしく、登山を諦めて下山してくるパーティーがありました。泥で滑る急勾配の傾斜を悲鳴を上げながら下山をしていました。037.gif
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 途中から艫岩が見えました。
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 登山を開始してからちょうど2時間で艫岩展望台に到着しました。ここは何年か前に漫画「クレヨンしんちゃん」の作者が転落死した場所です。
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 その展望台で記念撮影。写真はトミーさんのブログからもらいました。
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 艫岩から下を覗き込む富沢夫妻。この危険な行為、いい歳、りょうちゃんはとても真似ができません。037.gif
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 艫岩展望台の四阿でお昼ご飯を食べました。富沢家の広大な庭に成っていた柿を戴きました。
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 荒船山の船体の上、平坦な登山道を歩いていきます。
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 荒船山の頂上は経塚山(きょうづかやま)と言います。行塚山とも書きます。
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 経塚山に続く最後の登り。写真に写っているのは別のパーティーです。
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 経塚山の山頂に到着。標高1423 m。
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 経塚山で記念撮影。周りは雲に覆われて展望は何もありません。
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 朝は天気が回復するかと思いましたが、雲も厚くなり、下山時にはついに雨が降りだしました。
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 15時すぎに登山口に戻ってきました。再び高級リムジンカーに乗って、今日の宿泊施設、「クアハウス佐久」へ向かいました。
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 玄関には珍しいクマのストーブがありました。
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 お風呂に入って、生ビールを飲み、楽しい夕餉です。今日はお酒を飲めるメンバーが揃い、トミーさんもご満悦のようです。私も出張で経験がありますが、お酒を飲めない人と一緒に食べる夕飯ほど楽しくないものはありません。お酒を飲めない方は最初からご飯と味噌汁を食べ、10分もしないうちに夕飯を終えてしまいます。 私たち愛飲家はまずビールを飲み、おつまみを食べて、アルコール濃度の高いお酒へとステップアップしながら、最後にご飯を食べる、あるいはご飯を食べずにお酒を飲み続けるというのが通常のコースです。どんなに急いでも1時間はかかります。お酒を飲まない嫌飲家の皆さんは、夕飯にこんなに時間をかけることを馬鹿げたことだと思っているようです。
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 このあとも私は再び温泉に入って、トミーさんのお部屋でお酒をいただきました。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(中島みゆき/荒野より)

荒野より(作詞:中島みゆき、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

夜が
望みは何かと訊かれたら君がこの星に居てくれることだ
力は何かと訊かれたら君を想えば立ち直れることだ

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

朝陽の昇らぬ日は来ても君の声を疑う日はないだろう
誓いは嵐にちぎれても君の声を忘れる日はないだろう

僕は歌っているだろう君と歌っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は生きているだろう君と生きているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない
荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない


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 さて2日目は、トミーさんの同級生の方と入れ替わりに、この夏からほとんどの山旅クラブの山行でご一緒した青柳さんが参加になります。別れ際に林さんからりんごのお土産を戴きました。本当にありがとうございました。038.gif
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 トミーさんの高級リムジンカーに乗り、茂来山の登山道に続く林道入口に午前8時30分に到着しました。ここでストレッチをして、山頂を目指し、まずは林道を歩いて行きました。
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 林道を歩くこと約30分で登山口に到着しました。
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 この沢の水は飲めるそうです。トミーさんも水を補給していました。夏の暑い時は1日4リットルは飲んでいたのに、今回は気温が低かったせいか、下山するまでに500 mlも水を飲みませんでした。
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 登山口から約40分ほどで、「森の巨人たち100選」の茂来山トチノキの「コブ太郎」が現れます。コブ太郎は樹齢250年のトチノキで、穀物の取れない土地ではその栃の実が大切な食料になったそうです。人々に森の恵みをもたらすコブ太郎は明治になってからも伐採されることはなく、現在まで大切に保存されています。
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 トチノキと戯れるトミーさんと青柳さん。このトチノキはコブ太郎ではありません。
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 ここから急登をひたすらに登っていきます。斜面は日が当たらないため凍結しており、かなり歩きづらかったです。前日までツマラないダジャレを見さかいなく言いまくっていた原田さんはこの斜面がこたえたのか大人しかったです。
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 中腹から見えた湯ノ丸山。
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 稜線が近くなると、樹樹には霧氷がついていました。
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 そして、ついに稜線に到達すると、景色は一変しました。霧氷がついた樹々は真っ白な花が咲いたようでした。
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 上を見上げると、青空に霧氷が映えます。
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 霧氷のトンネルの中、頂上へと向かいます。
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 地面には風で落ちた霧氷が白い絨毯を作っていました。
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 午前11時10分、ついに頂上に到着。
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 冬空に咲いた霧氷の花を見飽きることはありませんでした。
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 真っ白な浅間山がそびえています。
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 昨日、登った荒船山が霧氷越しに見えました。
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 八ヶ岳の硫黄岳。茂来山の名前の由来は、硫黄岳の噴火で飛んできた岩をもらって、できた山であることから、この「茂来山(もらいさん)」という名前がついたそうです。
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 霧氷の向こうには両神山が見えます。
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 30分以上の大休憩を頂上で撮り、写真も沢山撮って下山しました。
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 下山も道が凍結しており、下山が得意なりょうちゃんも少し苦戦しました。それよりも原田さんはほとんど口を開いていませんでした。たぶん、家で奥さんの前でもあんな感じなんでしょう。037.gif
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 下山後は再び「クアハウス佐久」で入浴し、餃子で一杯やりました。
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新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地


 
次回は日和田山へトレーニングに行ってきます060.gif060.gif

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by ryott-ryott | 2012-11-27 23:00 | 荒船山・茂来山 | Comments(0)