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師走の陽だまりハイク、赤城山・鍋割山&第95回あづみ野歌声喫茶

旅行・地域
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 12月15日(土)、山旅クラブで赤城山・鍋割山に行ってきました。この日は週間天気予報では曇り時々雨で、冷たい雨の中の山行になるとの予測で、トミーさんからも16日に変更したほうがよいのではという連絡を頂きましたが、16日はあづみ野歌声喫茶に行く予定であったので、15日に行くことになりました。
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 朝、自宅を出るときは夜中に降った雨で地面が濡れており、空もどんよりした鈍色でしたが、東京駅に着いた頃には遥か遠くの空は雲が切れて青空が見え始めていました。そして新幹線の発車とともに、その青空はみるみる広がり、東の空から太陽の日差しが差し込み始めました。幸先の良いスタートです。新幹線の中はスノーボードを抱えた若者客でほぼ満席でした。058.gif
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 今日は上越新幹線で高崎まで行き、高崎からJR両毛線に乗り、前橋駅でトミーさんと待ち合わせになります。前橋に到着しても青空は続いており、天気予報は良いほうへとハズレてくれました。いつものようにトミーさんの高級リムジンカーで登山口に向きます。しかしながら、今日は来る予定であったトミーさんの奥様は関節痛で山行に来ることができず、いい歳、りょうちゃんの個人ガイド状態になりました。038.gif
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 赤城山は、榛名山、妙義山とともに上毛三山と呼ばれ、「裾野は長し赤城山」と言われるように、その裾野の広さは富士山に次ぐ日本第2位です。赤城山という名称のピークはなく、黒檜山、長七郎山、駒ケ岳、荒山、地蔵岳、鍋割山、鈴ヶ岳などの総称です。
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 「赤城山」という名称は「赤き山」に由来します。その昔、赤城山と男体山の神様がムカデとヘビに化身して戦場ヶ原で戦い、傷ついて帰ったムカデの血で山が赤く染まったという伝説があります。私はこの伝説を小学校6年生のときに日光移動教室で習いました。004.gif
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 鍋割山の登山口に到着。ここから鍋割山の山頂を目指し、尾根伝いに荒山高原を経て、最後は林道を歩いて、再びこの登山口に戻ってきます。
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 振り返ると上毛三山の榛名山が見えました。
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 草原から見た鍋割山山頂部。
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 空を見上げると雲が流れていました。
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 青空と日差しと南風の中、陽だまりハイクとなりました。058.gif
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 山頂部に到達するには、この急登を登らなければなりません。いい歳、りょうちゃんが写っている写真はすべてトミーさんのブログからもらいました。
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 急登を登り終えると、平坦な道になります。生えている樹々はすべてツツジであり、見頃の時はお花の登山道になるそうです。056.gif
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 今、登ってきた急登が獅子ヶ鼻です。ここから見ると切れているような気がします。
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 獅子ヶ鼻からこの階段を登り切ると鍋割山の山頂に到達です。
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 午前11時過ぎに鍋割山の山頂に到着。標高1332 m。
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 頂上は結構風があり、南風といえども寒く感じました。気温が低いためか、私たちを追い抜いて登っていった人たちは既に頂上にはいませんでした。
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 山頂で昼食をさっさと食べて、下山を開始しました。緩やかな下り道で、ところどころ雪が残っていました。
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 下山の尾根道から雪化粧した日本百名山の谷川連峰、苗場山、上州武尊山が見えました。
 谷川連峰。
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 苗場山、山頂部は真っ平らです。
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 上州武尊山。白い縦筋はスキー場だそうです。今年、山頂に行けなかった山です。
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 正面に見える山は右が荒山(標高1572 m)、左が地蔵岳(標高 1674 m)。向こうから登山者が登ってきています。赤城山系、最高峰の黒檜山(標高1828 m)はここからは見えません。2月2日(土)に行く予定です。
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 下山を続けて、荒山高原に到達しました。
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 空を見上げると青空に日差しが眩しく、昨日までの天気予報は完全にハズれました。058.gif
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 この実はマユミの実だそうです。
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 13時20分に林道に降りてきました。
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 林道から見た鍋割山。林道を30分間歩いて登山口まで戻ってきました。林道歩きでは、前回のブログに掲載した勇才さんに教えてもらった日航機の話やマヤ暦最終日の話しをしました。登山口には中型のバスが停車しており、団体のツアー客が鍋割山に登っていったようです。
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 再びリムジンカーに乗り、富士見の湯温泉へ向かいました。今日の山行には参加できなかったトミーさんの奥様も温泉に関節痛の治療でいらっしゃいました。
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 入浴後はビールで乾杯しました。運転をするトミーさんと奥様はもちろんノンアルコール飲料です。
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 この富士見の湯の駐車場にさきほど登山口に停車していたバスが駐車していました。トミーさんが言うには「新ハイキングクラブ」のツアーのバスだそうです。「新ハイキング」という雑誌を発行しており、毎月多くのマニアックな山行を開催しているようです。家に帰って、本棚を見ると、「新ハイキング」の雑誌が1冊積んでありました。
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 アメリカ西海岸を旅行すると、観光客、新婚さんはもとより、多くの方々がロサンゼルス近郊の「ディズニーランド」を訪ねます。

 昭和58年(1983年)、日本にも千葉県浦安に、アメリカに優るとも劣らない立派な「ディズニーランド」が誕生しました。たしかに施設内容は大同小異ですが、あのカルフォルニアのまぶしい太陽と、世界各国の民族見本市のような国際色がかもしだす、独特な雰囲気は、残念ながらみられません。

 この世界的な遊園施設をつくったのが、あのウォルト・ディズニーです。彼はシカゴに生まれ、農夫、列車新聞売子、郵便配達、救急車運転など、次々と職を変え、最後は広告会社の画工になりました。ここで有名な“ミッキーマウス”を生み出すのです。やがて“ミッキーマウス”“白雪姫”などの漫画映画の製作で巨万の富を得て、その資金でディズニーランドの建設に着手しました。

 彼は創設にあたっての抱負をこう述べています。「子どもだけを相手にしていない。人はいつから子どもでなくなるんだ。大人の中に、子どもの要素は十分残っている。娯楽というものは、老いも若きも、だれにでもアピールするものだ。」

 その彼も、壮大な夢のすべてを果たすことなく、1966年12月15日65歳で亡くなりました。

 世界中の人々が驚きと悲しみに包まれたことはいうまでもありません。各国の国王、元首、大統領から哀悼のメッセージが寄せられました。“魔法の筆を持った現代のイソップ”“カラー写真を持ったアンデルセン”“世界中の子どもを喪に服させた男”・・・・・・・
 新聞の見出しも賛辞に満ちていました。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 赤城山・鍋割山の翌日、16日(日)は1年ぶりにあづみ野歌声喫茶に行ってきました。あづみ野歌声喫茶は安曇野市穂高のホワイトトークハウスで2ヵ月に1度開催されています。次回は3月17日(日)だそうです。
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 特急あずさ9号に乗り、終点の松本まで行き、そこから大糸線に乗り、穂高駅で下車します。
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 16日はとても天気がよく、車窓から富士山、白峰三山(北岳・間ノ岳・農鳥岳)、そして甲斐駒ケ岳が見えました。写真は真っ白に雪化粧した富士山で、八王子付近からの光景です。甲府付近からも見えますが逆光でうまく写真が撮れませんでした。
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 白峰三山。甲府付近からの光景です。
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 そして甲府を過ぎたあたりから甲斐駒ケ岳も見えました。摩利支天もはっきりと見えました。
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 進行方向に向かって西側に甲斐駒ケ岳が見え、東側にも大きな山が見えました。地図から判断すると八ヶ岳でしょうか。
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 新宿から松本までは特急あずさで約3時間です。ここから大糸線に乗ります。
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 この電車は上高地へ向かう上高地線です。
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 大糸線のドアは手動で開閉します。
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 大糸線に乗ること24分で目的地の穂高駅に着きました。12時35分。
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 駅前の道祖神。
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 観光案内所のクマさん。
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 ちょうどお昼時であったので、駅前のお店でお昼ご飯を食べました。
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 1日10食限定の“トンテキ”です。038.gif
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 穂高駅前から会場のホワイトトークハウスまでは約15分です。
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 あづみ野歌声喫茶では、童謡から歌謡曲まで幅広いジャンルの歌を参加者全員で歌います。そのあづみ野歌声喫茶は95回を迎え、来年の11月には第100回を迎えます。
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 歌は生の伴奏にのせて、何名かの歌唱誘導の先生が皆さんを文字通り誘導して大合唱します。
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 ときには参加者も前に出て、歌います(歌わされます)。037.gif「夜霧の第二国道」「霧にむせぶ夜」を歌っているところです。
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 この日は「寒い朝」「いつでも夢を」吉永小百合の歌が2曲ほどありました。現在、吉永小百合主演の「北のカナリアたち」が上映されていますが、ホワイトトークハウスの方も見に行かれたようです。ただ穂高付近では映画館がなく街まで出かけなければならなかったそうです。私も出張などで少しのどかな場所へ行くと映画館がないという経験はよくあります。また私が住む場所から一番近い繁華な街・大井町にも現在は映画館がありません。しかし、子どもの頃は現在のイトーヨーカ堂の駐輪場入口の場所に日活、東映、東宝の3つの映画館がありましたし、さくら不動産の近くのマンションが建っている場所にも「大井武蔵野館」という映画館がありました。よくゴジラ、ガメラシリーズや東映まんがまつりなどを見に行ったものです。次の写真は「大井武蔵野館」前の写真であり、「品川WEB写真館」から引用しました。奥に見える高い建物は広町の国鉄アパートです。
 大井町も臨海高速鉄道りんかい線が停車するようになり、高層マンションも建ち、ずいぶん繁華な街になった印象がありますが、映画館がないという点ではまだ繁華な街からは後退しているかもしれません。
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 久しぶりにあづみ野歌声喫茶を楽しんで、東京に帰ってきました。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(あづみ野うたごえ喫茶/あの素晴らしい愛をもう一度)

あの素晴らしい愛をもう一度(作詞:北山修、作曲:加藤和彦、歌:dicot)

夜が
命かけてと誓った日から
素敵な思い出残してきたのに
あの時同じ花を見て
美しいと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

赤トンボの唄をうたった空は
なんにも変わってないけれど
あの時ずっと夕焼けを
追いかけていった二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

広い荒野にぽつんといるよ
涙が知らずにあふれてくるのさ
あの時風が流れても
変わらないと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度





新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地


 
次回は谷川岳に雪上講習へ行ってきます。060.gif060.gif

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by ryott-ryott | 2012-12-21 19:36 | 赤城山・鍋割山 | Comments(0)