カテゴリ:海浜幕張&東京ゲートブリッジ( 1 )

東京夕日レポート、幕張海浜公園&東京ゲートブリッジ

旅行・地域
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 1月19日の囲碁大会が中止になってしまいましたが、ほかの用事が出来て、山に行くことができませんでした。用事を済ませて、さかいやスポーツへ行き、カンジキとATCを買ってきました。もっと高いものかと思いましたが、カンジキは7056円、ATCは1995円でした。いずれもポイント500円引きで買いました。
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 ATCは懸垂下降の時にロープを通して使用する治具です。店には、通常のもの、1本のロープだけを通して使うもの、ロープの摩擦が効くように溝が切ってあるものの3種類がありました。店員さんは私を見て、溝が切ってあるものは摩擦が効くため、体重が重い人でも楽に操作ができると説明してくれました。私はその肥満者用のATCを購入しました。037.gif
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 19日の天気予報は晴れのち曇りでした。空を見ると雲は全くなく、きれいな夕日が見ることができるのではないかと思い、幕張海浜公園へ行きました。幕張海浜公園はJR海浜幕張駅から徒歩で20分ほどです。大晦日にも夕日を見に行ったところです。058.gif
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 幕張海浜公園の浜辺ではパラグライダーでおじさんたちが遊んでいました。
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 夕日を背景におじさんが飛んで行きました。
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 赤い夕日が空と海を赤く染めながら、海の向こうの山並みに沈んでいきました。058.gif
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 最初は見えなかった富士山が、夕焼けに炙り出されて、姿を現しました。058.gif
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 空に月が浮かんでいました。072.gif
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 太陽が沈みきったあともまだ空を飛んでいました。
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 慶応4年(1867年)3月、徳川慶喜が大政奉還をしたにもかかわらず、新政府側は、この際徳川家を根こそぎ滅ぼし、旧幕府の土地をすべて没収すべく、、東征軍を派遣、江戸城の総攻撃を命じていました。

 幕府側にも強い主戦論がありましたが、時の陸軍総裁勝海舟はそれをおさえ、総攻撃の前日、東征大総督参謀西郷隆盛と、高輪にある薩摩藩邸で歴史的会見を行い、総攻撃の中止、江戸城の無血開城を約し、その通り実行しました。現在、東京大森の旧薩摩藩邸跡には、その歴史的会見の記念碑が建てられています。

 “江戸を救った男”勝海舟は、文政6年(1823年)江戸本所で、御家人勝小吉の子として生まれました。勝家は幕臣には違いありませんが、曽祖父の男谷検校が株を買って武士になった新しい家柄で、禄高40俵という貧しい家庭で育ちました。

海軍伝習所の教授方頭取、幕府の軍艦「咸臨丸(かんりんまる)」の艦長として渡米、帰国後、幕府の海軍創設に尽力して軍艦奉行、のちに陸軍総裁になりました。

明治政府になってから、参議兼海軍卿、元老院議員、枢密顧問官などを歴任、明治32年(1899年)1月19日、76歳で亡くなりました。

 多数の著書がありますが、有名なのは晩年彼の座談をまとめた『氷川清話(ひがわせいわ)』です。先見力に富み、江戸っ子らしい語り口でで、、ザックバランに本音を吐いて世相、人物を斬りまくっている内容は、若い人にも一読の価値があると思っています。

福沢諭吉は大の勝嫌いで、「痩我慢の説」で彼をこきおろしています。海舟の夫人も、彼の墓に一緒に入るのを嫌ったと伝えられます。毀誉褒貶(きよほうへん)、逸話の多い人物であったことはたしかです。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 翌日の1月20日(日)の天気予報は快晴でした。前日の19日が晴れのち曇りで、きれいな夕日を見ることができたので、今日も間違いなく見ることができると考え、東京ゲートブリッジへ出かけました。東京ゲートブリッジに出かけた理由は、日経新聞のWEBで、「東京23区から見える富士山、ベスト10は」という記事があり、東京ゲートブリッジの橋脚の下からのダイヤモンド富士の写真が掲載されており、20日はダイヤモンド富士の日ではありませんでしたが、素晴らしい夕日を見れるのではないかと思ったからです。写真はWEBから引用しました。
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 東京ゲートブリッジはりんかい線の新木場駅から徒歩で60分かかります。今日は若洲キャンプ場行きのバスに乗りました。バスに乗ること約10分で目的地に着きました。
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 折角、ゲートブリッジに来たので、橋の上に上がり中防昇降施設まで往復歩きました。
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 ダイヤモンド・ゲートブリッジ。
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 向こうにもダイヤモンドが見えます。
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 橋の上から見た光景。東京スカイツリーが見えます。
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 写真からはわかりませんが、東京ゲートブリッジの上は大変な強風でした。こんな日にゲートブリッジを歩いている人はほとんどいませんでした。あまりの強風で、路肩に寄せられてしまっているお年寄りがいました。037.gif
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 空には月が浮かんでいます。
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 中坊昇降施設までは写真を撮りながらゆっくり歩いて約30分でした。この先は行き止まりになっており、また若洲まで戻らなければなりません。
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 天気はいいのに、振り返っても誰もいません。
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 橋の上は寒いので、早々に若洲まで引き返し、下まで降りました。しかし、下も寒かったです。
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 私は東京ゲートブリッジの真下に赤い太陽が落ちてくるのが見える位置に移動しました。ところが昼間は天気予報どおり快晴であったのに、太陽が傾きかけた午後4時過ぎ、太陽が沈む方向に雲がベッタリと貼り付き始めました。普通、これだけ風が強ければ、雲は流されてしまうはずで、私の他にも夕日を撮りに来た人がたくさんいました。しかし無情にも、雲は流されないまま、その場所に留まり続け、19日に見たような夕日を見ることができませんでした。
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 これが今日精一杯の東京ゲートブリッジの夕日です。寒い思いをして行ったのに、“あゝ、無情“というしかありません。031.gif
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 右側に富士山が炙り出されてきました。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(あづみ野うたごえ喫茶/あの素晴らしい愛をもう一度)

あの素晴らしい愛をもう一度(作詞:北山修、作曲:加藤和彦、歌:dicot)

夜が
命かけてと誓った日から
素敵な思い出残してきたのに
あの時同じ花を見て
美しいと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

赤トンボの唄をうたった空は
なんにも変わってないけれど
あの時ずっと夕焼けを
追いかけていった二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

広い荒野にぽつんといるよ
涙が知らずにあふれてくるのさ
あの時風が流れても
変わらないと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度


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 17時01分のバスに乗り、新木場駅まで帰ってきました。バスは40分に1本くらいしかありません。東京ゲートブリッジと新木場駅間は歩くと1時間かかります。
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 大井町湯屋で風呂に入って行こうかと思いましたが、1月20日は休館日であることを忘れていました。休館日がわからないほど、最近は大井町湯屋へ行っていません。そして、この日は日曜日でしたが、勇才さんが営業しているというので、夕飯を食べに行きました。068.gif
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 日曜日であるにもかかわらず、私を含めてお客さんは9名も来ました。最初は年配者3名、若いカップル1組、そして、いい歳、りょうちゃんの合計6名でしたが、その後、予約を取っていないという若者1名とカップル1組が来ました。
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 私の隣に座ったのは保母さんと若者のカップルで山形県出身だそうです。私が鳥海山に行ったことがあることを話すと、その若者は雪山歩きで雪の上に出てくる黄色い山椒魚を食べるのが習慣であると話してくれました。山椒魚をツルッと飲みこんでしまうそうです。私にはマネできそうもありません。037.gif
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 鴨鍋。
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 鴨南蛮。
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 名前を忘れてしまいました。こんな顔したオバサンいますね。
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 蒸し牡蠣。
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 ひつまぶし。
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 写真のお酒は年配者3名のお客さんが持ってきた「どぶろく」の上澄みで25度あるそうです。勇才さんは密造酒であるに違いないとおっしゃっていました。041.gif
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新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地


 
今週末は奈良の若草山に行ってきます。060.gif060.gif

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by ryott-ryott | 2013-01-23 21:31 | 海浜幕張&東京ゲートブリッジ