カテゴリ:歩みの会・古賀志山( 1 )

春を迎えに、陽だまりハイク、歩みの会・古賀志山を行く

旅行・地域
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 3月9日(土)~10日(日)は山旅クラブで雪山の日光白根山に行く予定でしたが、家の都合で行けなくなってしまいました。ごめんなさい。3月の第2週くらいから、花粉症の症状がひどく、3月17日(日)のあづみ野歌声喫茶へ出かけることも取りやめにしました。040.gif
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 現在、東急大井町線の高架下は耐震強化工事をしており、高架下にあったお店はすべて立ち退きを強いられたようです。最後まで立ち退かなかった「福万食堂」も昨年末をもって営業終了したとの貼り紙がされていました。
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 東急社員による立ち退きの悪いうわさはたくさん聞きました。立ち退き料130万円で立ち退きを迫り、「これでは新しい住居も探せない」と立ち退きできないことを懇願する住民に一切取り合わなかったという話を聞きました。
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 写真は高架下の福万食堂で、昔は歩道の右側にも小さな商店街があり、店が軒を連ねていました。第一京浜から大井町にかけて、道路を繋いでおり、その商店街もなくなって20年近く経ち、ようやく道路が出来つつあります。この道路は私が小学生のことから大地震が起こったときのための避難道路としてつくる話がありました。それから40年以上経った今でもまだ完成していません。
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 写真は昭和3年(1928年)頃の大井町駅付近の大井町線高架(郷土出版社「目で見る品川区の100年」p.75から引用)。高架下は何もありません。
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 昭和28年(1953年)頃の大井町駅西口広場(郷土出版社「目で見る品川区の100年」p.141から引用)。現在イトーヨーカ堂が建っている場所に居住地域が見えます。この居住地域は昭和38年(1963年)に解体されています。
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 また荏原第三中学校は大間窪小学校と合併し、小中一貫の「豊葉の杜学園」という名前で、今年の4月からスタートするそうです。豊葉の「豊」は豊町、「葉」は二葉町から取り、「ほうよう」と読みます。新しい校舎で勉強できる子どもたちは羨ましい限りです。038.gif
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 大間窪小学校正門、昭和28年(1953年)(品川WEB写真館から引用)。
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 上空から撮影した大間窪小学校、昭和29年(1954年)(品川WEB写真館から引用)。
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 荏原第三中学校校舎、昭和22年(1947年)(品川WEB写真館から引用)。
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 荏原第三中学校朝礼の風景、昭和47年(1972年)(品川WEB写真館から引用)。
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 武田勝頼は、父信玄の「3、4年は父の死を秘し、国内の備えを堅めよ」という遺言に背き、老練な家老たちの諫言もきかず、父の死後10ヵ月にして、早くも美濃、駿河に攻め入りました。

 幸いこのときは勝利をおさめましたが、その余勢をかって、天正3年(1575年)5月、こんどは三河長篠城を攻めました。しかし、前回と違い今回は決定的な大敗北を喫しました。
 勝頼はこの戦いで、信玄以来歴戦の有力な武将の大半を戦死させ、無敗を誇った虎の子の武田騎馬隊を壊滅させてしまいました。信長の技術革新の戦略、3000挺呈の鉄砲という新兵器の前に、もろくも崩れ去ってしまったのです。
 一族、家臣どもの多くは、勝頼に見切りをつけて、次々と斜陽の武田家を離れていきました、

 巻き返しをはかろうとしても、もはやかつての武田軍団の姿はなく、結局、天正10年(1582年)3月11日、木曾義昌との戦に敗れ、天目山で自刃してしまいました。享年36歳でした。

 名門甲斐の武田家を、父信玄死後10年にして滅亡させてしまった勝頼は、いつも暗愚の2代目という歴史的評価を与えられておりますが、なかにはこれと反対の説を唱える学者がいます。
 つまり、勝頼は、若き日の信長と同じような気性を持ち、軍事的には非凡な才をもった武将であった。

 信玄の遺言といわれるものは、家臣団の老臣たちの作である。したがって、あのとき信玄が死んでも、そのまま上洛を続ければ、信長も浅井、朝倉との戦いで苦戦をしていたときだけに、勝頼が天下をとることができたであろうという見解です。

 勝頼の才能を家臣たちが見抜けなくて、失したためというのですが、どうでしょうか。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 3月9日(土)の夕方は花粉の嵐の中、再び幕張海浜公園に夕日を見に出かけました。058.gif
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 夕日が沈んでくると、富士山が炙り出されてきますが、この日は春霞で富士山を見ることができませんでした。
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 今回は夕日を見に来ている人たちを入れて撮ってみました。
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 実際には堤防の上でこのように人が夕日を見ていました。
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 夕日を見に行った帰りに、久しぶりに勇才さんに行きました。
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 勇才さんからはまたもや木曜スペシャル的なお話しを聞くことができました。先日、ロシアで隕石が落下し、周辺の建物の窓ガラスなどが破損したというニュースがありました。その時に隕石をUFOが追跡し、隕石が落下寸前にUFOからミサイルが発射されて隕石を破壊したと言うのです。YouTubeの動画にはっきり写っているとおっしゃっていましたが、私は見つけることができませんでした。もし隕石がUFOに破壊されなかったら、地球の被害は甚大となり、それを食い止めるために銀河連合なる宇宙人の集団が隕石を撃墜したとおっしゃっていました。
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 また自民党に政権交代し、現在株価も上がって、景気回復の兆しが見えているような錯覚になっていますが、必ずその反動が来るともおっしゃっていました。かつて消費税増税を絶対にやらないといっていた野田佳彦が、民主党のトップになると消費税を上げることに方向転換したのは、影の首相と呼ばれる財務省前事務次官の勝栄二郎が民主党議員を買収したためだと言います。増税することに成功した勝栄二郎はその後IT会社の社長に天下り、増税成功のご褒美にIT関連事業に500億円の予算が計上されました。前年度の予算は5800万円と比較すると桁外れで、こういうことを平気でやっている自民党は今に大きな失敗をすると勇才さんはおっしゃっていました。
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 のれそれ。穴子の稚魚。ニンニクの芽を擦りおろした酢味噌で食べました。
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 ミンク鯨。
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 毛ガニ。
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 白子焼き。
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 白子のグラタン。
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 あさりのペスカトーレ。
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 三色丼。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(あづみ野うたごえ喫茶/あの素晴らしい愛をもう一度)

あの素晴らしい愛をもう一度(作詞:北山修、作曲:加藤和彦、歌:dicot)

夜が
命かけてと誓った日から
素敵な思い出残してきたのに
あの時同じ花を見て
美しいと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

赤トンボの唄をうたった空は
なんにも変わってないけれど
あの時ずっと夕焼けを
追いかけていった二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

広い荒野にぽつんといるよ
涙が知らずにあふれてくるのさ
あの時風が流れても
変わらないと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

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 3月11日(月)は休暇を取って、歩みの会で古賀志山に行ってきました。今回は24名が参加で、先週蔵王でご一緒しました兵藤さんが歩みの会にテスト入団として参加しました。蔵王と同じく、ガイドは白砂さん、添乗員は倉持さんでした。038.gif
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 新宿を7時15分に出発し、9時30分には古賀志山の駐車場に到着しました。杉が真っ赤な花粉をつけています。誰か焼きはらってください。037.gif
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 出発前にいつもの準備体操をします。倉持さんは、相変わらず体が柔らかいです。038.gif
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 赤川ダムから見た古賀志山です。
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 ここは自転車レースのJapan Cupのコースにもなっているそうです。
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 空は雲一つない青空です。058.gif
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 いよいよ登山口から登山開始です。9時57分。北コースから登り、古賀志山山頂、御岳を経由して、南コースを下山する予定です。
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 26名の大行列で進みます。038.gif
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 歩くこと約30分、斜度が上がって行きます。
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 古賀志山の稜線に出る手前の登り、両側が崖になっている岩場を登ります。10時54分。
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 この岩場を登りきったところで小休止、みんなでお饅頭を食べました。
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 この急登を登れば、古賀志山の山頂に辿り着きます。
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 午前11時37分。古賀志山の頂上に到着しました。標高583 m。
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 記念撮影後、お昼ご飯を食べました。ほかの登山者の方から、「大勢なのに静かですね」と言われました。食べているときは皆さん静かです。037.gif
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 山頂からの田園風景。
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 古賀志山の山頂からは、男体山は木に阻まれてよく見えません。昼食を済ませて、男体山がよく見える御岳のピークに向かいました。
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 御岳のピークに行くためには、ちょっとした岩場を越えていきます。巻道もあり、巻道を行ったグループのほうが早く御岳に到着しました。
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 はしごもありました。
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 御岳に到着。12時26分。御岳から見た日光の峰々。
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 昨年登った雄大な男体山。男体山の左に見える白いピークは赤城山だそうです。地元の人が教えてくれました。
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 古賀志山の山塊の向こうには鶏頂山があり、その右側に茶臼岳が見えました。
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 真ん中の三角のピークは皇海山だそうです。この写真は兵藤さんにもらいました。
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 御岳のピークは歩みの会で大賑わいです。024.gif
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新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地



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 風景を十分に楽しみ、下山を開始しました。12時38分。
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 先ほど登ったはしごを降りて、分岐まで戻ると、あとは単調な下りになります。
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 林道歩きもありました。林道では地面がコンクリートであり、スギ花粉で一気に目がかゆくなりました。
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 地面が土であると割合に花粉症は平気です。
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 赤川ダムの展望台で記念撮影。13時50分。
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 赤川ダムのところまで戻ってきました。赤川ダム越しに見た古賀志山を再び撮影。
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 サンピアで入浴を済ませ、ビールで一杯。昨年、歩みの会でお天気山に来た時に立ち寄った入浴施設です。068.gif
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 バスでお蕎麦屋さんまで移動し、鹿沼名物のニラそばを食べました。
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 バスの車窓から見た男体山、兵藤さんから写真をもらいました。いつものようにバスの中で乾杯をしながら新宿まで戻ってきました。今回歩みの会にテスト入団した兵藤さんは、帰りのバスの中で歩みの会への入会が満場一致で承認されました。038.gif038.gif
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来週、赤岳に行ってきます。060.gif060.gif

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by ryott-ryott | 2013-03-16 22:07 | 歩みの会・古賀志山