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第80回日本ダービー馬を考える、天狗伝説舞う大小山を行く

旅行・地域
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 今週で「いい歳、りょうちゃんの春夏秋冬、土曜日歳時記」を始めて満4年が経ち、5年目に入ります。
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 先週のオークスでは4枠は連対しませんでしたが、木曜日に発表された第80回日本ダービーの枠順を見ると、私が推すロゴタイプとヒラボクディープはそろって4枠に入っています。ロゴタイプからヒラボクディープの8番→7番が本線です。また青葉賞を1番人気ありながら11着に敗れた外国産馬17番レッドレイブンも押さえたいと思います。1番人気を獲得した馬は大敗しても時として1着馬のように振舞うことがあります。2009年の勝ち馬ロジユニヴァースは皐月賞を1番人気に支持されながら、皐月賞で14着に大敗しますが、ダービーでは1着になりました。いつもではありませんが、1番人気と1着は同等に扱う必要があります。17番は人気薄なので押さえてもよいでしょう。
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 第80回日本ダービーの私の最終結論は、単勝8番ロゴタイプ、馬番8番→7番本線、8番→17番押さえです。

 いい歳、りょうちゃんの決まっている今後の予定は以下のとおりです。

 5月26日(日)      上智大学銀祝
 6月 1日(土)~2日(日) 皇海山(トラベルギャラリー)
 6月10日(月)      歩みの会・鹿俣山
 6月15日(土)~16日(日) 猫魔ヶ岳&会津磐梯山(山旅クラブ)
 6月23日(日)      天覧山・岩登り講習会(山旅クラブ)
 6月29日(土)      昼間:都立雪谷高校100周年同窓会
             夕方:ゲンダマ会
 7月13日(土)~15日(月) 岩木山&八甲田山(山旅クラブ)
 7月20日(土)~21日(日) 上州武尊山(山旅クラブ)
 7月27日(土)~31日(水) 荒川三山&赤石岳(山旅クラブ)
 8月 3日(土)~ 7日(水) 早月尾根・剱岳(山旅クラブ)
 8月11日(日)~18日(日) 裏銀座コース、鷲羽岳・水晶岳・槍ヶ岳(山旅クラブ)
 8月24日(土)~26日(月) トムラウシ山(トラベルギャラリー)
 8月31日(土)~9月1日(日) 仙丈ヶ岳(山旅クラブ)
 9月21日(土)~23日(月) 五竜岳(トラベルギャラリー)
 9月25日(水)      歩みの会・三壁山~エビ山



(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 天慶9年(946年)5月18日は、『古今和歌集』の選者の一人、『土佐日記』の著者として有名な王朝の歌人、紀貫之が亡くなった日です。78歳の生涯でした。

 『古今和歌集』は、『万葉集』以後、最初の勅撰和歌集(醍醐天皇の命により編纂された)で、全20巻、平安朝初期の和歌千百余首をのせています。選者は、紀友則、紀貫之、凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)、壬生忠の4人で友則が没し、編集の中心は紀貫之になりました。

 ちなみに、『古今和歌集』に10首以上載っている歌人は10人いますが、紀貫之の歌は、なんと99首も入っています。六歌仙に続く古今和歌集風の大成者といわれることがうなづけます。そのなかで、よく知られている歌をあげましょう。

     人はいさ心も知らずふるさとは 花ぞ昔の香に匂いける

 この『古今和歌集』で圧巻とされるのは、わが国初の仮名書の序文です。紀貫之の作です。

 「やまとうたには、人の心を種として、よろずの言の葉とぞなれりける。・・・・・」という書き出しではじまる彼の歌論は、輸入された中国詩論に対する日本的発想、表現による1つの文学宣言であると評価されています。

 『土佐日記』は、彼が四国・土佐守の任期を終えて、海路京都に戻るまでの道中日記です。そのころ、日記は男性が漢文で書くものとされたものです。

 彼はそれを女性が書いたように擬装して、しかも、仮名で書き上げました。わが国最古の仮名書き日記として注目されるのは当然です。彼はまた書道の名手としても著名な人です。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 先週の5月18日(土)はトラベルギャラリーで大小山に行ってきました。大小山の登山口にある阿夫利神社には大天狗と小天狗が棲んでいたという伝説からこの名前が付いたそうです。写真はバスの車窓から見た大小山です。「大小」の文字盤は1つ7 m四方、「大小」の文字2つで2トンの重量があり、1855年(安政2年)に周辺の住民によって掲げられたとガイドの石原さんが説明してくれました。038.gif
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 いつものように歩き始める前の準備体操。この写真はもう見飽きたでしょうか。もっと若いお嬢さんの同じ姿を見たいものです。037.gif041.gif
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 9時30分過ぎに登山口から歩き始めました。この日は晴天に恵まれ、最高気温は27 ℃だったそうです。とても暑く、いい歳、りょうちゃんは2.5 L以上(ペットボトル5本)の水を飲んでしまいました。042.gif068.gif
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 阿夫利神社の石尊の滝で、かつては4つまであり、信者が滝に打たれたと書いてありますが、これが滝と言えるでしょうか。珍百景と言われているそうです。037.gif
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 徐々に岩場が現れます。そして今日は試飲仲間のかずさんの大奥様、ともちゃんが参加していました。一昨年の九州の百名山、阿蘇・祖母・九重に行った時に、村田英雄伝説を教えてくれた人です。とてもいい話であったので、私が口述筆記し、このブログと自分のFacebookのノートに記載し、多くの方から「いい話だ。」との感想をいただきました。その全文をもう一度掲載します。写真は見晴らし台から見た大小山、山頂に人がいるのが見えました。
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その昔、終生のライバルと言われた二人の浪曲師がいました。村田英雄と三波春夫です。三波春夫は1923年7月19日に現在の新潟県長岡市に生まれ、1939年16歳のときに浪曲師としてデビューします。その後、戦況悪化により三波春夫自身も1944年に陸軍に入隊し、満洲へ渡ります。三波春夫は満州で敗戦を迎え、ハバロフスクの捕虜収容所に送られて、4年間のシベリア抑留生活を送ることになりました。1949年に帰国し、浪曲師として再び活躍をはじめます。

一方、村田英雄は1929年1月17日、現在の福岡県うきは市に生まれ、その後、唐津市へ移り、5歳のときに浪曲師酒井雲に弟子入りします。その後、村田英雄は13歳で真打に昇進し、14歳で酒井雲坊一座の座長も務め、九州の地方公演で活躍を続けます。
二人の浪曲師、三波春夫と村田英雄は浪曲の全国大会でたびたび激突することになります。しかし、いつも1位に輝くのは村田英雄であり、三波春夫は常に2番。三波はどうしても村田に勝つことはできませんでした。

浪曲の世界では村田に勝つことが出来ないと悟った三波は、1957年に芸名を「三波春夫」と改めて、新規一転し歌謡界へとデビューします。するとどうでしょう、出す歌はすべて大ヒット。飛ぶ鳥を落とす勢いです。「お客様は神様です!」という有名なフレーズでも知られる通り、三波の天性の明るさが多くのファンを魅きつけました。

三波の歌謡界での活躍を見ながら、村田は日本一の浪曲師を夢見て東京へ上京します。そして村田にも転機がやってきます。今や歌謡界のトップにまで上り詰めた三波春夫に歌で勝負できるのは村田しかいないと考えていた人物がいました。その人こそ、あの古賀政男です。古賀政男からの誘いに対して、最初、村田はためらいました。村田はすでに結婚もしており、果たして歌謡界でやっていけるのか迷ったそうです。浪曲の世界では常に自分がトップに君臨し、三波春夫にその座を譲ることがなかった、その三波が今や歌謡界で大活躍していることを目の当たりにし、ついに古賀政男からの歌謡界への誘いを受けることにしました。

1958年、古賀政男とのコンビで最初に出したのが「無法松の一生」です。しかし、考えていたとおりにはうまくいかないもので、「無法松の一生」はまったくヒットしませんでした。三波春夫とは対照的に、村田英雄はヒット曲には恵まれませんでした。三波春夫が毎年のようにNHK紅白歌合戦でトリを務めているのに、村田英雄は紅白出場すら出来なかったのです。「やはり自分には歌謡界には向いていない、浪曲の世界に戻ろう。」と決心し、歌謡曲の師匠である古賀政男に歌謡界をやめたいと申し出ます。それを聞いた古賀政男は烈火のごとく激昂し、村田英雄を殴り蹴り、破門同然で古賀政男から縁を切られてしまいました。

村田英雄と古賀政男のやりとりの一部始終を横目で見ていた作曲家がいました。失意の村田に手を差し伸べたのは、美空ひばりの「みだれ髪」でよく知られている船村徹でした。浪曲で鍛え上げた村田の重厚な声は古賀政男の曲調には合わないと、船村は考えていました。その村田に船村から贈った曲があの「王将」(作詞:西条八十)でした。王将は瞬く間に大ヒットします。最終的には300万枚を超え、戦後はじめてのミリオンセラーになったと言われています。しかも、この王将は1961年(昭和36年)と1962年(昭和37年)の2年連続NHK紅白歌合戦で歌われました。この船村徹の「王将」をきっかけに村田英雄は三波春夫と肩を並べる存在になりました。

歌謡界で成功を収めた村田の公演会に、それを見守るひとりの男性の姿がありました。歌謡界に村田を引き入れた古賀政男です。古賀政男は自分が村田を歌謡界へ誘った責任を感じていたのでしょう。成功した村田の姿を見て、古賀政男は安心して帰って行ったと言います。

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 見晴台で小休憩。みんな、水をがぶがぶ飲んでいました。068.gif
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 ここから登り返しがあり、大小山の山頂を目指します。岩場の登山道を登っていきます。
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 午前10時27分、大小山の山頂に到着しました。標高282 m。
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 さらに歩を進めて、妙義山の山頂に到着。地図にはこの妙義山の山頂が大小山の山頂になっていました。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(あづみ野うたごえ喫茶/あの素晴らしい愛をもう一度)

あの素晴らしい愛をもう一度(作詞:北山修、作曲:加藤和彦、歌:dicot)

夜が
命かけてと誓った日から
素敵な思い出残してきたのに
あの時同じ花を見て
美しいと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

赤トンボの唄をうたった空は
なんにも変わってないけれど
あの時ずっと夕焼けを
追いかけていった二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

広い荒野にぽつんといるよ
涙が知らずにあふれてくるのさ
あの時風が流れても
変わらないと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

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 大小山の山頂で集合写真を撮ったあと、大坊山を目指します。途中にこんな岩場もありました。一人づつ慎重に降りていきます。
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 休憩場所から見た大坊山。
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 休憩場所で記念撮影。
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 大坊山へ向かうと途中、岩稜帯を進んでいきます。両側が切れているところもありましたが、親指大のスズメバチがビュンビュン飛んでおり、そちらのほうが恐ろしかったです。042.gif
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 越床峠から急登を上がって行きます。
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 番屋の12時20分過ぎに到着。ここでお昼ご飯になります。
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 この番屋は足利鉱山の持ち物だそうです。
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 下を見下ろすと、足利鉱山の採掘場になっています。
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 先ほど通過した岩稜帯。
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 目の前に大坊山が見えます。
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 13時40分過ぎに大坊山の山頂に到着しました。標高285 m。かつてここには大山祇神社があったそうですが昭和40年(1965年)に落雷で焼失し、社殿は山腹に移されたそうです。
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 大根の花が咲いていました。056.gif
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 大根のようなお姉さんたちと記念撮影。
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 「鹿島園」という入浴施設で入浴し、いつものようにバスの中では大宴会で東京まで戻ってきました。写真は鹿島園のフロントに置いてあった16 kgの巨大大根です。037.gif
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新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地




 
明日は銀祝に行ってきます。060.gif

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by ryott-ryott | 2013-05-25 12:15 | 大小山 | Comments(2)