カテゴリ:皇海山( 1 )

化け猫伝説を訪ねて、新緑の皇海山を行く

旅行・地域
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 6月1日~2日は1泊2日の前泊で日本百名山の皇海山に上野・浦安特配で行ってきました。夕方16時30分に上野駅まで待ち合わせでしたが、早朝とちがって人で溢れかえっていました。写真は上野の東京文化会館前ですが、バレリーナを見ようという人で大混雑でした。やはり山行は朝早く出かけるに限ります。
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 今日は片品村の「つちいで」という宿に泊まりました。明日は午前4時30分に宿を出発の予定です。今日の宿泊は、あの「エロい話」が大好きな原田さんのご主人と、お酒を飲まないでも人の悪口が思う存分言える小沢さんが同じ部屋でした。寝ているときは二人とも死んでいるように見えました。041.gif
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 予定通り、午前4時30分に宿を出発。皇海山の登山口まではバスで1時間30分かかります。午前6時に登山口駐車場に到着。いつものように準備体操をしました。写真はお馴染みの倉持さんのストレッチです。038.gif038.gif
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 駐車場で記念撮影。みんな朝から元気です。038.gif
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 午前6時30分に出発しました。
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 上を見上げると赤ヤシオが咲いていました。056.gif
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 参加者19名、ガイド、添乗員総勢21名の大行列で頂上を目指します。
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 何箇所か沢を横切りました。
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 登山道は比較的なだらかな道が続いていましたが、沢が途切れたあたりから勾配が大きくなってきます。
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 急坂を昇る前にしばし休憩。写真はお酒を飲まないで人の悪口を思う存分言える小沢さんです。人が悪そうな顔をしています。038.gif037.gif
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 明智光秀が、京都の本能寺に信長を急襲し、彼を自害させたのは、天正10年(1582年)6月2日のことでした。しかし、天下を取った光秀は、備中からすぐに兵を返した秀吉と戦って敗れ、逃げる途中、山科小栗栖の里で、土民の竹槍で刺され、あっけなくその生涯を閉じてしまいました。

 光秀政権はわずか11日間で、世に“光秀の三日天下”といわれました。“悲運”というより“不運”の人かもしれません。なぜならば、不運の第一は毛利家への密書です。
光秀は本能寺の変のあと、近隣の群雄に密書を送り、信長の死を報じるとともに、自分への協力を呼びかけました。

 光秀としては、中国攻めで秀吉が対戦している毛利軍の小早川隆景宛に密書を送り、秀吉討伐を依頼しました。それがなんと、暴風雨のせいもあって、飛脚が陣地を間違えて秀吉陣営に飛び込んでしまったのです。
 そこは秀吉、なにくわぬ顔で早々と和議を結び、その足で一気に北上しました。毛利家に第二の飛脚が変報を届けたのは、和議締結の2日後ですから、あとのまつりです。

 第二に、信長の盟友徳川家康を一日の違いで逃がしてしまったことです。堺見物をしていた家康は、変報を聞くと直ちに伊賀山中を越えて三河に脱出しました。光秀の追っ手が襲ったときは一足違いで逃げられたあとでした。

 第三は、土民の竹槍で殺されたことです。これなども大将たるもの不運のきわみです。

 光秀はすごくマジメ人間であったようですが、天下を取るには、それだけの器量と、“運”に恵まれていなければいけないという、歴史の教訓の一つです。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)


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 いよいよ急坂を登ります。泥の急坂で、雨が降っていたら滑って登れなかったのではないでしょうか。今日の天気予報は雨でしたが、幸いにして雨には降られず、時々日が差すほどのお天気でした。
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 泥の急坂を登りきると、鋸山が見えました。
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 白い花はオオカメノキの花です。葉っぱが亀の形をしているため、オオカメノキというそうです。
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 頂上へ向けて、最後の勾配を上がって行きます。
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 悪い人相の小沢さんを囲んで記念撮影。小沢さんは川崎の大金持ちというウワサです。038.gif
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 桜が咲いていました。056.gif
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 コバイケイソウの緑が鮮やかでした。まだ花は咲いていませんでした。
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 今日、お誕生日を迎えるお二人さん。27歳と61歳。
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 頂上直下の青銅の剣です。ここ皇海山は南総里見八犬伝で化け猫退治の伝説の舞台になっています。そのことをみなさんに教えてあげましたが、誰も信じてくれませんでした。化け猫みないな人たちです。037.gif
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 午前9時48分、ついに皇海山の頂上に到着。写真はお誕生日を迎えたお二人さん。孫と爺やではありません。038.gif
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 頂上で全員の記念撮影。いい歳、りょうちゃんは皇海山で日本百名山57座目になりました。038.gif
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 頂上でお昼ご飯を食べました。
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 頂上での記念撮影が続きます。
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 「エロい話づき」の原田さんのご主人と、りょうちゃんより遥かに年上のすみお姉ちゃん。037.gif
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 原田さんご夫妻、7月6日の敬老会はどうぞよろしく。037.gif
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 皇海山の頂上は樹林に囲まれて眺望を望めませんでしたが、桜が咲いていました。056.gif
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(あづみ野うたごえ喫茶/あの素晴らしい愛をもう一度)

あの素晴らしい愛をもう一度(作詞:北山修、作曲:加藤和彦、歌:dicot)

夜が
命かけてと誓った日から
素敵な思い出残してきたのに
あの時同じ花を見て
美しいと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

赤トンボの唄をうたった空は
なんにも変わってないけれど
あの時ずっと夕焼けを
追いかけていった二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

広い荒野にぽつんといるよ
涙が知らずにあふれてくるのさ
あの時風が流れても
変わらないと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度


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 約30分の大休憩を頂上で取ったあと、下山を開始。あっという間に鋸山が見える場所まで戻ってきました。鋸山を登っている人が見えました。
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 そして先ほど上がってきた泥の急斜面を降りていきました。雨が降ってなくて、本当によかったです。
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 ゴロゴロ石の急勾配を下山します。
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 石の上でポーズをとる石原ガイド。6月14日にヨーロッパに旅立つそうです。お元気で。
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 新緑が鮮やかでした。
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 ミツバオウレンが咲いていました。056.gif
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 登山口はもうすぐです。
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 バスに乗り、温泉へ向かいます。バスの車窓から見た皇海山。雲がかかっていました。
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 この洞窟はパワースポットだそうです。倉持さんのブログからもらいました。038.gif
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 入浴を済ませ、お誕生祝いをして、いつものようにバスの中で大宴会をし、東京まで戻ってきました。写真は夕飯に出された舞茸弁当です。とても美味しかったです。りょうちゃんはあと2箱は食べられます。037.gif
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新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地




 
明日は歩みの会に行ってきます。060.gif

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by ryott-ryott | 2013-06-09 17:34 | 皇海山