カテゴリ:トムラウシ山( 1 )

奥大雪の奥座敷、トムラウシを行く

登山

旅行・地域
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 8月24日(土)~26日(月)、トラベルギャラリーで北海道のトムラウシ山に行ってきました。参加者8名、ガイド2名、総勢10名で、いい歳、りょうちゃん以外の7名の参加者はすべて大先輩のお姉さん、いわゆる、おばちゃんでした。そして、ガイドは地元のガイドさんと白砂さんでした。白砂さんに会うのは3月の蔵王以来でした。
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 初日8月24日(土)は移動のみです。飛行機で千歳空港へと向かい、そこから道南の十勝を経由して目的地の東大雪荘までの行程になります。
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 お昼ご飯は千歳空港で炉端焼きの焼き鳥と炙り帆立丼を食べました。もちろん生ビールを飲みながらです。
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 千歳空港には美味しそうな誘惑がたくさんありました。かわった大福が売っていたので、買い求め、バスの中で頬張りました。037.gif
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 また今の時期は北海道はトウモロコシが最盛期であり、どこに行ってもトウモロコシが売られていました。北海道はトウモロコシの生産量がダントツの日本一です。写真は白いトウモロコシ、ピュアホワイトです。
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 千歳空港から東大雪山荘への行程はバスでの移動になります。ほぼ4時間かかりました。九州からの参加者を乗せた飛行機が1時間以上も到着が遅れたため、国民宿舎の東大雪荘には19時過ぎに到着しました。福岡は大雨だったそうです。写真は東大雪山荘のロビーで、とてもきれいな宿でした。白砂さんによると昔はとても汚くて、食事も今ひとつだったそうです。リニューアルしたのは最近のようです。
ロビーには千葉県から来たというおじちゃんの登山客がくつろいでおり、「今日トムラウシ山に登ってきたが、尾根に落雷があり、慌てて撤退してきた。」とおっしゃっていました。
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 到着してすぐに夕飯を食べて、入浴し、明日に備えて就寝しました。翌日は午前3時45分に宿を出発予定です。写真は東大雪荘のレストランと夕飯です。
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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1974年8月26日、ハワイでひっそりと一人の老人が亡くなりました。かつて、大西洋横断飛行の快挙を成し遂げて、一躍世界の英雄として栄光の輪に包まれた、アメリカの飛行家、あのリンドバーグでした。

新聞も、若い読者はその名前も知らなくなっていると思ってか、「翼と、あれが・・・・」「悲劇の英雄飛行家・・・・」リンドバーグ逝くと、小さく報じていました。

リンドバーグが、愛機「スピリット・オブ・セントルイス」号を駆って、ニューヨークとパリの間を33時間半乗り続けて、大西洋横断に成功したのは、1927年5月21日のことでした。当時としては、宇宙飛行士が生還したのと同じように、画期的な出来事でした。

世界の多くの国々は、争って彼の偉業を称えて勲章を贈り、彼の自伝の映画化は、『翼よ、あれがパリの灯だ!』と題されて、世界的に大ヒットしたそうです。

 名声と富を双方の手に収めた彼は、世界の有名人として、社交界の花形として君臨します。日本にも1932年(昭和7年)にやってきて大歓迎を受けています。
しかし、20年も過ぎると彼を見知る人も次第に少なくなってきました。それから10年、紹介されても、解説をしないとうなずかなくなりました。さらに10年が過ぎると、この老人があの時の人かという顔つきで人々は彼に接するようになりました。それから先は、リンバーグは一切のパーティに出席しなくなりました。

 いつの間にか彼は死んだものと考えられていました。人生のはかなさ、無情ということを考えさせられる話です。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 2日目、8月25日(日)、短縮登山口からトムラウシ山までをピストンします。午前3時45分に宿を出発し、バスで短縮登山口まで向かいます。宿から約30分です。この短縮登山口ができるまでは、トムラウシ山は山中で1泊しなければならない山だったそうです。トムラウシ温泉から沢を通って行かなければならず、増水による水難事故が何度も発生したため、短縮登山口からのルートが開拓されたそうです。
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 今日の天気予報は曇りのち雨でしたが、出発時は月が出ていました。このまま天気がもってほしいと願いつつ、ストレッチを済ませて、午前4時43分に歩き始めました。
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 午前5時18分にトムラウシ温泉への分岐につきました。ここで衣服調整をしました。いい歳、りょうちゃんは最初から半袖なので衣服調整の必要はありません。途中で、地元の尾崎ガイドから、エゾマツとトドマツのちがいの説明がありました。どうでもよい話だったので内容を忘れてしまいましたが、ダケカンバの話は役にたちそうでした。尾崎ガイドがダケカンバの皮にライターで火をつけると、たちまち炎をあげて燃え上がりました。ダケカンバの皮には、油分が多く含まれており、多少雨で湿っていても容易に火をつけることができるそうです。山中でビパークしなければならなくなってしまった時に、ダケカンバの皮をしたに敷きつめ、その上に木の枝を積み上げて、火をつければ容易に暖をとることができると教えてくれました。
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 ここから急登を少し登ってカムイ天上へと向かいました。途中、ついに雨が降りだし、雨具を着なければなりませんでした。カムイ天上に午前6時21分に着きました。往きの行程では、雨が降ったり止んだりの繰り返しでした。
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 またいい歳、りょうちゃんが昭文社の地図で行程を確認していると、おばちゃんが地図を持って来ていることに感心していたので、「地図を携帯することは山歩きする基本ですよ!」と偉そうに言ってやりました。尾崎ガイドも、ガイドが途中で命を落としてしまうことも考えられ、その場合はひとりで下山するために地図は必需品だとおっしゃっていました。トミーさんと同じことを言っていました。トミーさんが言うことはウソではないようです。037.gif

 カムイ天上からはしばらくはほぼ平坦なコースを歩くことになります。しかしながら、その登山道は足首が浸かってしまうほどの泥んこ道で、コマドリ沢までの3時間半以上も悪路を歩かなければなりませんでした。
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 途中で見えたこの山並みは日本二百名山のニペソツ山です。この山は深田久弥が百名山にするかどうか迷った山であり、百名山になりそこなった山とのことです。その後、深田久弥がニペソツ山に登頂し、その素晴らしさに触れて、百名山に選ばなかったことを大変悔やんだと言われています。
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 午前8時20分、コマドリ沢分岐に着きました。ここからはようやく泥道から解放されます。皆さん、沢でドロドロになった靴を洗っていました。帰りも、あの泥道を通らなければならないことを忘れてしまっています。
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 コマドリ沢にはたくさんの花が咲いていました。写真はお馴染みのシナノキンバイ。
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 ミヤマキンポウゲ。
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 チシマフウロ。
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 皆さん、花の写真を取りながらの登山です。
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 コマドリ沢を登りきると、岩稜帯を横切らなければなりません。雨も上がり、岩稜帯のあちらこちらからナキウサギの鳴き声が聞こえてきました。ただし姿は見えません。
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 岩稜帯を横切り、しばらく登ると前トム平に到着しました。午前9時32分でした。歩き始めて、約4時間50分が経過。この前トム平では風があり、暑がりのいい歳、りょうちゃんでさえ、寒く感じました。りょうちゃんが寒く感じていたので、おばちゃんたちは凍死寸前だったのではないでしょうか。037.gif
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 次は前トム平からトムラウシ公園へと向かいます。再び岩稜帯を横切ります。トムラウシ公園まで大きな岩が堆積する岩稜帯を通過していきました。その先にトムラウシ公園が見えました。
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 トムラウシ公園に午前10時16分に到着しました。トムラウシ公園にもたくさんの花が咲いていました。写真はタカネトウウチソウ。
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 バイケイソウ。コバイケイソウではありません。
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 ニシキツガザクラ。北海道の固有種です。
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 エゾコザクラ。
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 キバナシャクナゲ。
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 チングルマ。
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 ヨツバシオガマ。
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 ウラシマツツジ。
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 ヒメクワガタソウ。
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 エゾツツジのつぼみ。
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 イワヒゲ。
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 コケモモの実が真っ赤になっていました。おばちゃんたちがコケモモ畑で人目をはばからず、花摘みをしているのが見えてしまい、とてもコケモモの実を頬張ることができませんでした。041.gif
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 トムラウシ公園から山頂まではコースタイムで約90分です。南沼分岐まで登っていきます。
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 一瞬、青空を覗くことができました。
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 山頂までもう少しです。
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 午前11時55分。ついにトムラウシ山の山頂に到着しました。今日は白砂ガイドと記念撮影を撮りました。いい歳、りょうちゃん、日本百名山67座目になりました。038.gif
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 頂上に到着し、しばらくして大粒の雨が降りだしました。展望もないため、すぐに下山を開始しました。下山時は雨が降っていたので、記録以外の写真はほとんど撮りませんでした。
 雨が強くなってきたので、ひたすらに下山を続け、再びトムラウシ公園に到着。写真はマルバミツバチがニシキツガザクラの蜜を吸っているところです。
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 前トム平。14時8分。やはり前トム平は風があり、下山時も寒く感じました。
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 コマドリ沢分岐。15時15分。
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 そして再び泥んこの悪路が登山口まで続きます。おばちゃんたちは、何とか泥道を回避するため、登山道の脇の畝のようなところを通っていましたが、外傾しているため何度も滑って転倒していました。いい歳、りょうちゃんは泥道を小さい歩幅で転倒することなく走破することができました。
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 カムイ天上。17時11分。コマドリ沢分岐からこのカムイ天上までコースタイムで1時間25分であり、1回休憩を取りましたが、かなり時間を要しました。この泥んこの悪路のためだと思います。
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 ついに登山口に戻って来ました。18時10分でした。午前4時43分に歩き始めたので、13時間37分、おおよそ14時間の行動時間でした。周辺はすでに夕闇に包まれており、日帰りピストンの最長記録でした。すぐにバスに乗り、東大雪荘へ戻りました。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(あづみ野うたごえ喫茶/あの素晴らしい愛をもう一度)

あの素晴らしい愛をもう一度(作詞:北山修、作曲:加藤和彦、歌:dicot)

夜が
命かけてと誓った日から
素敵な思い出残してきたのに
あの時同じ花を見て
美しいと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

赤トンボの唄をうたった空は
なんにも変わってないけれど
あの時ずっと夕焼けを
追いかけていった二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

広い荒野にぽつんといるよ
涙が知らずにあふれてくるのさ
あの時風が流れても
変わらないと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

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 最終日、8月26日(月)、今日は東京へ帰ります。朝7時に朝食を済ませて、8時30分に東大雪荘に別れを告げて、出発しました。写真は東大雪荘の朝食です。
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 高速道路入口のドライブインのお土産物屋さんによりました。
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 トウモロコシにはいろいろな種類があるようです。
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 スープカレーのスティック。
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 ほくろ大福。
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 いい歳、りょうちゃんは白いトウモロコシ、茹でたてのピュアホワイトを買って、バスの中で食べました。1本300円でした。
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 また飛行機の時間まで猶予があるということで、ウトナイ湖に寄りました。「ウトナイ」とはアイヌ語で「骨の川」という意味です。千歳川は支笏湖を水源としています。以前は支笏川とも言われていましたが、支笏湖の「しこつ」という音が「死骨」とも聞こえて縁起が悪いことから、毎年飛来してくる縁起のよい「ツル」にちなんで、「千歳」という名称に変更しました。白砂さんが教えてくれました。038.gif
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 ウトナイ湖畔で記念撮影。
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 ウトナイ湖畔にも花が咲いていました。
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 ここ苫小牧はホッキ貝が名産だそうです。ホッキ貝をタコの代わりに入れた北寄玉を食べました。
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 東大雪荘を出発すること4時間以上、千歳空港に到着しました。ここで地元ガイドの尾崎さんともお別れです。また福岡と大阪から来たおばちゃんたちともお別れです。東京組と白砂さんとで千歳空港でスープカレーを食べ、居酒屋で出発時刻まで日本酒を飲み、羽田に戻ってきました。
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新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地


 
明日は仙丈ヶ岳へ行ってきます060.gif

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by ryott-ryott | 2013-08-30 23:17 | トムラウシ山