カテゴリ:2014年初日の出( 1 )

2014年明けましておめでとうございます/元旦の朝

登山
旅行・地域
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 2014年明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。おかげさまで昨年2013年は目標としている日本百名山の山頂踏破は75座を数え、4分の3を終えることができました。今年の目標は特に設定せずに、ひとつひとつこなしていこうと思います。038.gif
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 この年末年始はとくに山歩きに出かけておりません。毎年のことですが年末年始の風景として、朝焼け、夕景、冬の花、クリスマス会などを写真に撮りましたので掲載します。
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 12月23日(月)じゃんけんぽんのトントンさん、はるさんにクリスマス会にお招きいただきました。お店は大森のイタリアンレストランのBACCOです。068.gif
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 写真は三浦大根など三浦半島で採れた野菜の前菜です。
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 魚の名前を聞きましたが忘れてしまいました。三浦半島の近傍で獲れた魚のカルパッチョです。
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 手前の白い部分はハチミツが塗ってあり、甘いピザです。チーズとハチミツはとても合いますね。
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 ラザニアです。
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 三浦半島で採れた野菜のパスタです。
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 三浦半島で獲れた魚と肉の盛り合わせです。
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 髪型を変えたトントンさん、早々と寝てしまいました。037.gif
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 左から美紀おばさん、岡田家のお嬢さん、岡田ママさん。美紀おばさんと岡田ママさんは顔に自信がないためピースで顔を隠しています。いっそのこと、すべて顔を覆ってくれれば写真の邪魔になりません。041.gif
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 したがって、美紀おばさんと岡田ママさんを抜かした写真がこちらです。まだ19歳だそうです。岡田家のお嬢さんは岡田ママさんに似なくて本当によかったですね。041.gif
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 家に凶暴なかみつき犬を飼っている洋子おばさんと美紀おばさん。相変わらずヒドイ面構えですね。ピースでしっかりと顔を隠してください。041.gif
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 はるさんと変態シェフ。変態シェフも「永遠の0」を見たそうですが、ピンと来なかったとおっしゃっていました。私も早々と「永遠の0」を見に行きましたが泣くことができませんでした。原作本は500ページにも及ぶ大作で、2時間ほどの映画の中に登場人物の細かい心理描写や戦争に関する情報を入れることができなかったのではと思っています。
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 最後は全員で記念撮影。左のおじさんは岡田家がよく通っているお店のマスターだそうです。マスターさんが撮った写真はどれも使えませんでした。
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 いつもこの欄では小学館「一日一話人物歳時記」から引用していますが、今日はこれまで何回か掲載した「村田英雄伝説」を載せます。この村田英雄伝説は2012年10月に九州の日本百名山に行ったときに浦安湯屋のともちゃんから聞いた話を文字に起こしたものです。年末に勇才さんに行ったときに、隣に座っていた年配の女性と歌謡曲の話になり、私が話した「村田英雄伝説」に大変な興味と感動を示して下さいました。再度、村田英雄伝説を掲載します。

 その昔、終生のライバルと言われた二人の浪曲師がいました。村田英雄と三波春夫です。三波春夫は1923年7月19日に現在の新潟県長岡市に生まれ、1939年16歳のときに浪曲師としてデビューします。その後、戦況悪化により三波春夫自身も1944年に陸軍に入隊し、満洲へ渡ります。三波春夫は満州で敗戦を迎え、ハバロフスクの捕虜収容所に送られて、4年間のシベリア抑留生活を送ることになりました。1949年に帰国し、浪曲師として再び活躍をはじめます。

 一方、村田英雄は1929年1月17日、現在の福岡県うきは市に生まれ、その後、唐津市へ移り、5歳のときに浪曲師酒井雲に弟子入りします。その後、村田英雄は13歳で真打に昇進し、14歳で酒井雲坊一座の座長も務め、九州の地方公演で活躍を続けます。
二人の浪曲師、三波春夫と村田英雄は浪曲の全国大会でたびたび激突することになります。しかし、いつも1位に輝くのは村田英雄であり、三波春夫は常に2番。三波はどうしても村田に勝つことはできませんでした。

 浪曲の世界では村田に勝つことが出来ないと悟った三波は、1957年に芸名を「三波春夫」と改めて、新規一転し歌謡界へとデビューします。するとどうでしょう、出す歌はすべて大ヒット。飛ぶ鳥を落とす勢いです。「お客様は神様です!」という有名なフレーズでも知られる通り、三波の天性の明るさが多くのファンを魅きつけました。

 三波の歌謡界での活躍を見ながら、村田は日本一の浪曲師を夢見て東京へ上京します。そして村田にも転機がやってきます。今や歌謡界のトップにまで上り詰めた三波春夫に歌で勝負できるのは村田しかいないと考えていた人物がいました。その人こそ、あの古賀政男です。古賀政男からの誘いに対して、最初、村田はためらいました。村田はすでに結婚もしており、果たして歌謡界でやっていけるのか迷ったそうです。浪曲の世界では常に自分がトップに君臨し、三波春夫にその座を譲ることがなかった、その三波が今や歌謡界で大活躍していることを目の当たりにし、ついに古賀政男からの歌謡界への誘いを受けることにしました。

 1958年、古賀政男とのコンビで最初に出したのが「無法松の一生」です。しかし、考えていたとおりにはうまくいかないもので、「無法松の一生」はまったくヒットしませんでした。三波春夫とは対照的に、村田英雄はヒット曲には恵まれませんでした。三波春夫が毎年のようにNHK紅白歌合戦でトリを務めているのに、村田英雄は紅白出場すら出来なかったのです。「やはり自分には歌謡界には向いていない、浪曲の世界に戻ろう。」と決心し、歌謡曲の師匠である古賀政男に歌謡界をやめたいと申し出ます。それを聞いた古賀政男は烈火のごとく激昂し、村田英雄を殴り蹴り、破門同然で古賀政男から縁を切られてしまいました。

 村田英雄と古賀政男のやりとりの一部始終を横目で見ていた作曲家がいました。失意の村田に手を差し伸べたのは、美空ひばりの「みだれ髪」でよく知られている船村徹でした。浪曲で鍛え上げた村田の重厚な声は古賀政男の曲調には合わないと、船村は考えていました。その村田に船村から贈った曲があの「王将」(作詞:西条八十)でした。王将は瞬く間に大ヒットします。最終的には300万枚を超え、戦後はじめてのミリオンセラーになったと言われています。しかも、この王将は1961年(昭和36年)と1962年(昭和37年)の2年連続NHK紅白歌合戦で歌われました。この船村徹の「王将」をきっかけに村田英雄は三波春夫と肩を並べる存在になりました。

 歌謡界で成功を収めた村田の公演会に、それを見守るひとりの男性の姿がありました。歌謡界に村田を引き入れた古賀政男です。古賀政男は自分が村田を歌謡界へ誘った責任を感じていたのでしょう。成功した村田の姿を見て、古賀政男は安心して帰って行ったと言います。

(浦安湯屋ともちゃんの「村田英雄伝説」より)

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 毎年恒例にしていることにその年の終いの夕日を見に行くことにしています。最近は葛西臨海公園ではなく、JR海浜幕張駅から行ける幕張海浜公園に行っています。12月31日(火)は風もなく穏やかな1日でした。遠くのほうにヨットが浮かんでいました。
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 翌日の元日は新月で、この日も潮が満ちてきており、水に入らなければ堤防に上がることはできませんでした。
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 空を紅く染めながら、太陽が徐々に沈んでいきます。
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 海には水鳥がたくさん浮かんでいました。
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 毎年、今年最後の夕日を見に来る人は数えるほどしかいませんが、今年は珍しく50人ほどの人が見に来ていました。
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 大晦日、地平線近くの空は霞んでいて富士山は最初は見えませんでしたが、夕焼けに炙り出されてきました。
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(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)
わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(あづみ野うたごえ喫茶/あの素晴らしい愛をもう一度)

あの素晴らしい愛をもう一度(作詞:北山修、作曲:加藤和彦、歌:dicot)

夜が
命かけてと誓った日から
素敵な思い出残してきたのに
あの時同じ花を見て
美しいと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

赤トンボの唄をうたった空は
なんにも変わってないけれど
あの時ずっと夕焼けを
追いかけていった二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

広い荒野にぽつんといるよ
涙が知らずにあふれてくるのさ
あの時風が流れても
変わらないと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

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 年が明けて2014年。紅白なんかを見て夜ふかしなんてしていられません。毎年恒例の初日の出を城南島海浜公園へと見に行きました。昨年、一昨年は雲が多くて元日に初日の出を見ることができていないため、見ることができれば2011年以来3年ぶりの元日の初日の出になります。朝5時前におきて、タクシーを呼びました。城南島海浜公園に行くにはバスか徒歩しかありません。徒歩で行くと2時間もかかるため、往きはタクシーを利用します。大体3000円弱かかります。通常ならば、大井町駅前からタクシーを拾うのですが、元日はタクシーが並んでいないことがあるため、電話でタクシーを呼びました。それでも元日はタクシーの台数が少ないために断られることが度々あります。
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 太陽が顔を出しました。058.gif
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 空を赤く染めながら、太陽が昇ってきました。それと同時に周囲からは大歓声が上がります。普段、ほとんど人がいない城南島海浜公園も元日だけは初日の出を見に来る人が大勢いて、公園の砂浜を埋め尽くします。071.gif
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 今日は新月のため、潮が満ちて砂浜に潮だまりが出来ています。
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 初日の出を拝んで、2014年を健康に乗り切ることができるように祈り、家に帰ってきました。写真は年末に戸越銀座で買ったのし鳥と西山さんから買ったローストビーフです。のし鳥とは鶏肉をのして(伸ばして)、卵などで固めて焼いたおせち料理です。「のし」とはのし紙の「のし」で、おめでたいときの贈り物に使う包み紙です。昔はのし鮑が使われていましたが、簡素化されてのし鮑をかたどった「のし」紙になり、「のし」紙を見立てたのし鳥という料理ができました。「おめでたい」という意味がある料理です。038.gif
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 さて今まで2011年の初日の出の写真を表紙に使ってきましたが、今日から写真を変えることにしました。しかしながら2014年元旦の写真ではありません。年末年始は天候がよくほぼ毎日朝日を見ることができています。元日の日の出の写真は少し霞みがかっていたため、次回きれいな初日の出を撮ることができるまでは前回紹介した12月30日(月)に撮った日の出の写真を表紙として使うことにします。038.gif


新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地


 

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by ryott-ryott | 2014-01-02 22:14 | 2014年初日の出 | Comments(0)