カテゴリ:奥穂高岳( 1 )

岩峰並び立つ穂高の盟主、奥穂高岳を行く

登山
旅行・地域
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 ブログがなかなか実態に追いつきません。8月1日(金)~3日(日)は奥穂高岳に行ってきました。いつものように、いい歳、りょうちゃんが写っている写真はすべてトミーさんのブログからもらいました。
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 日本には3000 mを超える山が21座あります。奥穂高岳は標高3190 mで3番目に高い山になります。

1富士山  3776 m
2北岳   3193 m
3奥穂高岳 3190 m
4間ノ岳  3189 m
5槍ヶ岳  3180 m
6悪沢岳  3141 m
7赤石岳  3120 m
8涸沢岳  3110 m
9北穂高岳 3106 m
10大喰岳  3101 m
11前穂高岳 3090 m
12中岳   3084 m
13荒川中岳 3083 m
14御嶽山  3067 m
15農鳥岳  3051 m
16塩見岳  3047 m
17仙丈ヶ岳 3033 m
18南岳   3033 m
19乗鞍岳  3026 m
20立山   3015 m
21聖岳   3013 m

 あの剱岳は3000 mに1 m足らない2999 mの標高で22番目になります。日本百名山に限定すれば、奥穂高岳はまだ登っていない最後の3000 m峰になります。
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 初日の8月1日(金)は特急あずさで松本駅まで行き、そこから乗り心地抜群のトミーさんの国産リムジンに乗って、沢渡へ行きます。上高地行きのバスに乗り換えて、上高地へと向かいます。今回はタクシーで沢渡から上高地まで行きました。タクシーの運転手さんはたいへんな安全運転で上高地までの道のりをところどころ徐行運転しながら、頼みもしない丁寧な説明をしてくれました。トミーさんは「そんなこと知ってるよ、早くしろ、このバカじじぃ!」と心の中で言っていました。041.gif
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 今回、一緒に奥穂高に行ったメンバーは花の先生、A柳さんと、青年実業家のI田さんです。河童橋からの焼岳や、梓川沿いの林道から見える穂高の山々に、I田さんはとても感激していました。
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 穂高をスケッチするおじいさん。
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 穂高神社から見た明神岳。
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 徳澤キャンプ場と徳澤ロッジ。
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 上高地から3時間で横尾山荘に着きました。初日はここに泊まります。
 横尾山荘の中はとてもきれいで、お風呂もあります。
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 横尾山荘の夕飯。
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 月が出ていました。
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 いつもこの欄では小学館「一日一話人物歳時記」から引用していますが、今日はこれまで何回か掲載した「村田英雄伝説」を載せます。この村田英雄伝説は2012年10月に九州の日本百名山に行ったときに浦安湯屋のともちゃんから聞いた話を文字に起こしたものです。年末に勇才さんに行ったときに、隣に座っていた年配の女性と歌謡曲の話になり、私が話した「村田英雄伝説」に大変な興味と感動を示して下さいました。再度、村田英雄伝説を掲載します。

 その昔、終生のライバルと言われた二人の浪曲師がいました。村田英雄と三波春夫です。三波春夫は1923年7月19日に現在の新潟県長岡市に生まれ、1939年16歳のときに浪曲師としてデビューします。その後、戦況悪化により三波春夫自身も1944年に陸軍に入隊し、満洲へ渡ります。三波春夫は満州で敗戦を迎え、ハバロフスクの捕虜収容所に送られて、4年間のシベリア抑留生活を送ることになりました。1949年に帰国し、浪曲師として再び活躍をはじめます。

 一方、村田英雄は1929年1月17日、現在の福岡県うきは市に生まれ、その後、唐津市へ移り、5歳のときに浪曲師酒井雲に弟子入りします。その後、村田英雄は13歳で真打に昇進し、14歳で酒井雲坊一座の座長も務め、九州の地方公演で活躍を続けます。
二人の浪曲師、三波春夫と村田英雄は浪曲の全国大会でたびたび激突することになります。しかし、いつも1位に輝くのは村田英雄であり、三波春夫は常に2番。三波はどうしても村田に勝つことはできませんでした。

 浪曲の世界では村田に勝つことが出来ないと悟った三波は、1957年に芸名を「三波春夫」と改めて、新規一転し歌謡界へとデビューします。するとどうでしょう、出す歌はすべて大ヒット。飛ぶ鳥を落とす勢いです。「お客様は神様です!」という有名なフレーズでも知られる通り、三波の天性の明るさが多くのファンを魅きつけました。

 三波の歌謡界での活躍を見ながら、村田は日本一の浪曲師を夢見て東京へ上京します。そして村田にも転機がやってきます。今や歌謡界のトップにまで上り詰めた三波春夫に歌で勝負できるのは村田しかいないと考えていた人物がいました。その人こそ、あの古賀政男です。古賀政男からの誘いに対して、最初、村田はためらいました。村田はすでに結婚もしており、果たして歌謡界でやっていけるのか迷ったそうです。浪曲の世界では常に自分がトップに君臨し、三波春夫にその座を譲ることがなかった、その三波が今や歌謡界で大活躍していることを目の当たりにし、ついに古賀政男からの歌謡界への誘いを受けることにしました。

 1958年、古賀政男とのコンビで最初に出したのが「無法松の一生」です。しかし、考えていたとおりにはうまくいかないもので、「無法松の一生」はまったくヒットしませんでした。三波春夫とは対照的に、村田英雄はヒット曲には恵まれませんでした。三波春夫が毎年のようにNHK紅白歌合戦でトリを務めているのに、村田英雄は紅白出場すら出来なかったのです。「やはり自分には歌謡界には向いていない、浪曲の世界に戻ろう。」と決心し、歌謡曲の師匠である古賀政男に歌謡界をやめたいと申し出ます。それを聞いた古賀政男は烈火のごとく激昂し、村田英雄を殴り蹴り、破門同然で古賀政男から縁を切られてしまいました。

 村田英雄と古賀政男のやりとりの一部始終を横目で見ていた作曲家がいました。失意の村田に手を差し伸べたのは、美空ひばりの「みだれ髪」でよく知られている船村徹でした。浪曲で鍛え上げた村田の重厚な声は古賀政男の曲調には合わないと、船村は考えていました。その村田に船村から贈った曲があの「王将」(作詞:西条八十)でした。王将は瞬く間に大ヒットします。最終的には300万枚を超え、戦後はじめてのミリオンセラーになったと言われています。しかも、この王将は1961年(昭和36年)と1962年(昭和37年)の2年連続NHK紅白歌合戦で歌われました。この船村徹の「王将」をきっかけに村田英雄は三波春夫と肩を並べる存在になりました。

 歌謡界で成功を収めた村田の公演会に、それを見守るひとりの男性の姿がありました。歌謡界に村田を引き入れた古賀政男です。古賀政男は自分が村田を歌謡界へ誘った責任を感じていたのでしょう。成功した村田の姿を見て、古賀政男は安心して帰って行ったと言います。

(浦安湯屋ともちゃんの「村田英雄伝説」より)

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 2日目、8月2日(土)。この横尾大橋を渡り、涸沢を経由して、奥穂高岳の山頂まで標高差1570 mを1日で登ります。この横尾大橋を渡るのは初めてになります。
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 第9位の北穂高岳と第18位の南岳の南壁。
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 本谷橋。
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 これが有名な涸沢カール。
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 昨年登った常念岳が見えます。
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 涸沢から雪渓に沿って取り付きまで進みます。皆さん、雪渓で雪をかぶっています。
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 雪渓を歩いてくる人もいました。
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 取り付きから見た常念岳。
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 この岩場、ザイテングラートを登っていくと、穂高岳山荘にたどり着きます。
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 穂高岳山荘前でハーネスを装着し、いよいよ奥穂高岳の山頂を目指します。
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 見るからに危なそうな岩場です。
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 山頂が見えました。
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 槍ヶ岳が雲間からわずかに見えました。
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 安全な場所で記念撮影。疲れた顔をしています。いい歳、りょうちゃん、日本百名山、81座目になりました。そして、3000 m峰の日本百名山はすべて登ったことになります。
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 前穂から明神が見えます。
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 西穂からジャンダルム。私たちが登頂したときにトミーさんの知り合いのガイドさんがお客さんを連れてジャンダルムのほうから歩いてきました。I田さんもいつの日かジャンダルムに行ってみたいとおっしゃっていました。いい歳、りょうちゃんは温泉宿泊+手軽な山行以上のことは望みません。
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 上高地の街があんなに小さく見えます。
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 穂高岳山荘に戻り、みんなで登頂のお祝いをして、ビールで乾杯しました。
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(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)
わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(ダーク・ダックス/銀色の道)
銀色の道(作詞:塚田茂、作曲:宮川泰、歌:ダーク・ダックス、ザ・ピーナッツ)


遠い 遠い はるかな道は
冬の嵐が 吹いてるが
谷間の春は 花が咲いてる
ひとり ひとり 今日もひとり
銀色のはるかな道

ひとりひとり はるかな道は
つらいだろうが がんばろう
苦しい坂も 止まればさがる
続く 続く 明日も続く
銀色の はるかな道

続く 続く はるかな道を
暗い夜空を 迷わずに
ふたりの星よ 照らしておくれ
近い 近い 夜明けは近い
銀色の はるかな道
はるかな道 はるかな道

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 3日目、8月3日(日)。今日は下山して東京に戻ります。
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 朝日の中の常念岳。
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 今日は昨日以上に登山者が多く、続々と登ってきます。
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 ザイテングラートを下山中、こぶし大ほどの石が落ちてきました。幸いにして登山者の列からは外れて行ったので誰もケガをすることはありませんでした。トミーさんが言うには、落石のほとんどは他の登山者が落としたものだそうです。何年か前にも同じ場所で他の登山者が落とした石でおじいさんとお孫さんが亡くなった事故があったそうです。登山では落石には注意すると同時に、自分も落石させないように安全に留意した登山を心がけたいものです。
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 ハクサンイチゲ
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 涸沢小屋で小休止。ジョッキパフェを頼みました。2000円也。昨年までは1800円だったそうです。
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 なんとラショウモンカズラが咲いていました。羅生門の話はよくご存知だと思いますが、渡辺綱に鬼が切り落とされた腕の形に似ているということで、このような名前がつけられています。
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 ナナカマドの白い花がたくさん咲いていました。
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 帰り道はA柳さんと花をたくさん写真に撮って、上高地まで戻りました。写真はシャジン。
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 センジュガンピ。
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 クガイソウ。
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 ヤマホトトギス。
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 これはなんだっけ。比較的大きな花です。
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 オミナエシ。
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 オトギリソウも咲いていました。オトギリソウの謂われについて、I田さんに話してあげました。オトギリソウは薬草で、秘密として扱われていましたが、弟がその秘密を漏らしたため、兄が弟を斬り殺したという故事があります。I田さんは、往きでは横尾までの道のりに大変感激していましたが、帰りはもう飽きたとおっしゃっていました。私も今回4回目ですでに飽きています。トミーさんは40回は来ているそうです。037.gif
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 いつもの横尾山荘のカレーライス。しかしながらキッチン槍のカレーライスには及びません。キッチン槍のカレーライスも、その他のメニューもすべてレトルトであれだけ美味しいのは驚きます。
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 アザミ。
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 トリカブト。
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 オダマキ。
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 ながいながい道のりを経て、上高地にようやく辿り着きました。タクシーで沢渡に戻り、せせらぎの湯、龍神温泉に入浴して、東京に戻ってきました。
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本田美奈子/恋のバカンス
作詞:岩谷時子、作曲:宮川泰、歌:ザ・ピーナッツ

ためいきの出るような
あなたのくちづけに
甘い恋を夢みる
乙女ごころよ
金色にかがやく
熱い砂のうえに
裸で恋をしよう
人魚のように

陽にやけた ほほよせて
ささやいた約束は
二人だけの秘めごと
ためいきが出ちゃう
ああ恋のよろこびに
バラ色の月日よ
はじめてあなたを見た
恋のバカンス

陽にやけた ほほよせて
ささやいた約束は
二人だけの秘めごと
ためいきが出ちゃう
ああ恋のよろこびに
バラ色の月日よ
はじめてあなたを見た
恋のバカンス



 
次回は高妻山の報告をします060.gif

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by ryott-ryott | 2014-08-31 15:22 | 奥穂高岳