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戸隠連峰最高峰、信仰に彩られた戸隠富士、高妻山を行く

登山
旅行・地域
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 ブログがまったく実態に追いついていません。少し近況をお知らせしておきますと、9月に入り、赤岳、光岳、鹿島槍ヶ岳に登り、日本百名山87座まで到達しました。今季はあと苗場山、会津駒ケ岳、燧ヶ岳を予定しており、90座までです。26日(金)~28日(日)に予定していましたトラベルギャラリーの火打山・妙高山は申込人数が少数のため、催行中止との連絡がありました。

 今季の3座を無事に登攀できたとして、残りは10座になります。蔵王、黒部五郎岳、火打山、妙高山、大雪山、十勝岳、羊蹄山、大朝日岳、荒島岳、白山です。日本百名山100座目は白山にすることを検討しています。来年ならば北陸新幹線も開通していることもあり、これまでに比べて、アクセスがとてもよくなっていると思います。来年のことなので、まだはっきりとは決められませんが。

 奥穂高岳の次は、8月9日(土)~10日(日)に高妻山に行ってきました。この日は台風11号が日本列島を縦断する予報であり、中止になるだろうとほとんどあきらめていましたが、山旅クラブ主催者のトミーさんから催行するとの連絡があり、長野新幹線に乗り、長野駅からいつのもリムジンに乗って戸隠村に行きました。トミーさん自身も催行すべきかどうか、たいへん悩んだとおっしゃっていましたが、台風が北側にそれていくとの判断から、催行に踏み切ったとのことでした。いつものようにいい歳、りょうちゃんが写っている写真はすべてトミーさんのブログからもらいました。

 こんな悪天候なので長野新幹線もガラガラに空いていると思いましたが、指定もグルーンもグランもすべて完売。私が切符を買いに行った日は、グリーン車がわずかに残っている程度でした。
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 写真は長野新幹線のグルーン車のなかです。来年、北陸新幹線になるので、グルーン席も立派にあつらえてあります。
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 実は今回の山行は風と雨で写真はわずかしか撮れていません。長野新幹線の中で食べたおつまみです。
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 8月9日(土)前泊は戸隠村のペンション・ぴあろっきーに泊まりました。
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 8月の夏も真っ盛りだというのに戸隠村は暖炉に薪をくべなければならないほど寒い一日でした。
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 戸隠のペンションなので、そばぐらいしか出ないだろうと思っていましたが、オシャレな洋風の食事が出ました。ぴあろっきーはたいへんいい宿です。
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 いつもこの欄では小学館「一日一話人物歳時記」から引用していますが、今日はこれまで何回か掲載した「村田英雄伝説」を載せます。この村田英雄伝説は2012年10月に九州の日本百名山に行ったときに浦安湯屋のともちゃんから聞いた話を文字に起こしたものです。年末に勇才さんに行ったときに、隣に座っていた年配の女性と歌謡曲の話になり、私が話した「村田英雄伝説」に大変な興味と感動を示して下さいました。再度、村田英雄伝説を掲載します。

 その昔、終生のライバルと言われた二人の浪曲師がいました。村田英雄と三波春夫です。三波春夫は1923年7月19日に現在の新潟県長岡市に生まれ、1939年16歳のときに浪曲師としてデビューします。その後、戦況悪化により三波春夫自身も1944年に陸軍に入隊し、満洲へ渡ります。三波春夫は満州で敗戦を迎え、ハバロフスクの捕虜収容所に送られて、4年間のシベリア抑留生活を送ることになりました。1949年に帰国し、浪曲師として再び活躍をはじめます。

 一方、村田英雄は1929年1月17日、現在の福岡県うきは市に生まれ、その後、唐津市へ移り、5歳のときに浪曲師酒井雲に弟子入りします。その後、村田英雄は13歳で真打に昇進し、14歳で酒井雲坊一座の座長も務め、九州の地方公演で活躍を続けます。
二人の浪曲師、三波春夫と村田英雄は浪曲の全国大会でたびたび激突することになります。しかし、いつも1位に輝くのは村田英雄であり、三波春夫は常に2番。三波はどうしても村田に勝つことはできませんでした。

 浪曲の世界では村田に勝つことが出来ないと悟った三波は、1957年に芸名を「三波春夫」と改めて、新規一転し歌謡界へとデビューします。するとどうでしょう、出す歌はすべて大ヒット。飛ぶ鳥を落とす勢いです。「お客様は神様です!」という有名なフレーズでも知られる通り、三波の天性の明るさが多くのファンを魅きつけました。

 三波の歌謡界での活躍を見ながら、村田は日本一の浪曲師を夢見て東京へ上京します。そして村田にも転機がやってきます。今や歌謡界のトップにまで上り詰めた三波春夫に歌で勝負できるのは村田しかいないと考えていた人物がいました。その人こそ、あの古賀政男です。古賀政男からの誘いに対して、最初、村田はためらいました。村田はすでに結婚もしており、果たして歌謡界でやっていけるのか迷ったそうです。浪曲の世界では常に自分がトップに君臨し、三波春夫にその座を譲ることがなかった、その三波が今や歌謡界で大活躍していることを目の当たりにし、ついに古賀政男からの歌謡界への誘いを受けることにしました。

 1958年、古賀政男とのコンビで最初に出したのが「無法松の一生」です。しかし、考えていたとおりにはうまくいかないもので、「無法松の一生」はまったくヒットしませんでした。三波春夫とは対照的に、村田英雄はヒット曲には恵まれませんでした。三波春夫が毎年のようにNHK紅白歌合戦でトリを務めているのに、村田英雄は紅白出場すら出来なかったのです。「やはり自分には歌謡界には向いていない、浪曲の世界に戻ろう。」と決心し、歌謡曲の師匠である古賀政男に歌謡界をやめたいと申し出ます。それを聞いた古賀政男は烈火のごとく激昂し、村田英雄を殴り蹴り、破門同然で古賀政男から縁を切られてしまいました。

 村田英雄と古賀政男のやりとりの一部始終を横目で見ていた作曲家がいました。失意の村田に手を差し伸べたのは、美空ひばりの「みだれ髪」でよく知られている船村徹でした。浪曲で鍛え上げた村田の重厚な声は古賀政男の曲調には合わないと、船村は考えていました。その村田に船村から贈った曲があの「王将」(作詞:西条八十)でした。王将は瞬く間に大ヒットします。最終的には300万枚を超え、戦後はじめてのミリオンセラーになったと言われています。しかも、この王将は1961年(昭和36年)と1962年(昭和37年)の2年連続NHK紅白歌合戦で歌われました。この船村徹の「王将」をきっかけに村田英雄は三波春夫と肩を並べる存在になりました。

 歌謡界で成功を収めた村田の公演会に、それを見守るひとりの男性の姿がありました。歌謡界に村田を引き入れた古賀政男です。古賀政男は自分が村田を歌謡界へ誘った責任を感じていたのでしょう。成功した村田の姿を見て、古賀政男は安心して帰って行ったと言います。

(浦安湯屋ともちゃんの「村田英雄伝説」より)

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 8月10日(日)は朝から台風による雨が降っていました。行けるところまで行くということで戸隠牧場の中にある登山口から登ることにしました。当初は、滑滝、帯岩、不動滝、一杯清水、一不動を通って登る予定でしたが、この雨のために登りも降りも弥勒尾根からの登攀になりました。
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 高妻山は山岳信仰の拠点となった山であり、一不動からはじまり、二釈迦、三文殊、四普賢、五地蔵、六弥勒、七薬師、八観音、九勢至、十阿弥陀と山頂まで続きます。弥勒尾根は六弥勒からの合流になります。
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 午前6時3分に登山口を出発し、11時39分に山頂に到着しました。山頂直下はかなりの急登で、岩場をよじ登るといった感じです。
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 この天候なので、私たちの他には登山者はいないと思いましたが、3人いました。そのうち2人はトレイルランでした。鎖場も走って下るのでしょうか。山頂も途中も何の展望もありませんでした。日本百名山82座目になりました。
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 十阿弥陀。
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 九勢至。
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 六弥勒。
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 14時45分、登山口に戻ってきました。
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(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)
わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(ダーク・ダックス/銀色の道)
銀色の道(作詞:塚田茂、作曲:宮川泰、歌:ダーク・ダックス、ザ・ピーナッツ)


遠い 遠い はるかな道は
冬の嵐が 吹いてるが
谷間の春は 花が咲いてる
ひとり ひとり 今日もひとり
銀色のはるかな道

ひとりひとり はるかな道は
つらいだろうが がんばろう
苦しい坂も 止まればさがる
続く 続く 明日も続く
銀色の はるかな道

続く 続く はるかな道を
暗い夜空を 迷わずに
ふたりの星よ 照らしておくれ
近い 近い 夜明けは近い
銀色の はるかな道
はるかな道 はるかな道


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 もう靴の中も、雨具の中もびしょ濡れで、神告げ温泉に入浴しました。戸隠村なので、おそばを食べました。
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 そして、岩魚の刺身もありました。たいへんに立派な岩魚でした。トミーさんは聖岳で岩魚を食べさせてもらえなかったのが、よほど悔しかったのか、とても嬉しそうでした。
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 帰りは長野駅から長野新幹線に乗りましたが、グランクラスに乗ってみました。席は1両に18席。普通の指定席料+6000円で乗ることができました。
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本田美奈子/恋のバカンス
作詞:岩谷時子、作曲:宮川泰、歌:ザ・ピーナッツ

ためいきの出るような
あなたのくちづけに
甘い恋を夢みる
乙女ごころよ
金色にかがやく
熱い砂のうえに
裸で恋をしよう
人魚のように

陽にやけた ほほよせて
ささやいた約束は
二人だけの秘めごと
ためいきが出ちゃう
ああ恋のよろこびに
バラ色の月日よ
はじめてあなたを見た
恋のバカンス

陽にやけた ほほよせて
ささやいた約束は
二人だけの秘めごと
ためいきが出ちゃう
ああ恋のよろこびに
バラ色の月日よ
はじめてあなたを見た
恋のバカンス



 
次回は薬師岳の報告をします060.gif

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by ryott-ryott | 2014-09-23 15:42 | 高妻山 | Comments(0)