カテゴリ:燧ヶ岳・会津駒ヶ岳( 1 )

紅葉を纏う会津の百名山、燧ヶ岳と会津駒ヶ岳を行く

登山
旅行・地域
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 なかなかブログが実態に追いつきません。10月11日(土)~13日(月)体育の日の3連休は燧ヶ岳と会津駒ヶ岳に登るため、会津の檜枝岐村までやってきました。東京・浅草から東武鉄道に乗り、3時間17分かかります。いつものように、いい歳、りょうちゃんが写っている写真はすべてトミーさんのブログからもらいました。
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 長丁場の電車旅なのでビールと日本酒とおつまみを買い込み、電車に乗りました。電車は特急ではなかったので、他のお客さんと同じ4人掛けの座席に座ります。私の目の前に座った、まったく知らない若者と缶ビールで乾杯しました。話を聞くと、その若者は今年の8月いっぱい、裏銀座の入口ブナダテ尾根を登ったところにある烏帽子小屋で働いていたとのことです。今年の夏はやはり天候不順で、烏帽子小屋では8月はたった1日しか布団を干せなかったそうです。
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 山小屋で働くためには、専用のサイトがあり、登録をするそうです。烏帽子小屋は登山客用のお風呂はありませんが、従業員用にはお風呂があり、3日に1回は入浴できるそうです。尾根に建っている山小屋なので水は貴重なため、毎日はお風呂には入れないそうです。屋根裏に部屋があって、従業員はそこで寝泊まりしているとのことでした。また1日2時間の自由時間が有り、その若者は烏帽子小屋から野口五郎岳まで往復していたそうです。
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 また9月の秋分の日に鹿島槍ヶ岳に行ったことを話すと、鳴沢岳の新越山荘、爺ヶ岳の種池山荘、鹿島槍の冷池山荘を巡回しているオレンジ色の服を着たメガネをかけたお兄さんとは、知り合いで、メガネのお兄さんは3つの山荘を巡回している班長さんだとおっしゃっていました。
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 その若者は今市で降りていきましたが、そこに住んでいる友人と山登りをするそうです。その友人が経営している山小屋でグルーンカレーを食べることができると言っていました。スマホで検索すると、その若者が登ろうとしている山は栃木百名山の笹目倉山で、グルーンカレーを出してくれる山小屋は山小屋ではなく、山小屋風のカフェの清流園であることがわかりました。いつの日か行ってみたいと思います。
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 会津高原尾瀬口駅には予定よりも1時間ほど遅れて着きました。どうやら下今市で乗り換えなければならなかったようであり、日光まで行ってしまい、下今市まで戻って電車を乗り換えたためです。いつものように、国産高級リムジンカーに乗車し、檜枝岐村の民宿すぎのやさんに向かいました。写真はすぎのやさんの夕飯です。とても量が多く、残さずにすべて食べましたが、満腹になりました。トミーさんは高齢のため食べきれず残していました。038.gif
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 岩魚の塩焼きの上に乗っている枝みたいな天ぷらは山椒魚の天ぷらだそうです。誰かさんの指の天ぷらではありません。山椒魚の天ぷらはとても貴重なものだそうです。私が若い女将さんに山形県では春先に雪の上に出てくる山椒魚を捕まえて、そのまま生で食べる習慣があると話したところ、檜枝岐村でも同様に山椒魚を生で食べる習慣があるとおっしゃっていました。
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 写真に写っているもの以外にお蕎麦と舞茸ご飯が出されました。美味しいものをお腹いっぱい食べました。038.gif
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 いつもこの欄では小学館「一日一話人物歳時記」から引用していますが、今日はこれまで何回か掲載した「村田英雄伝説」を載せます。この村田英雄伝説は2012年10月に九州の日本百名山に行ったときに浦安湯屋のともちゃんから聞いた話を文字に起こしたものです。年末に勇才さんに行ったときに、隣に座っていた年配の女性と歌謡曲の話になり、私が話した「村田英雄伝説」に大変な興味と感動を示して下さいました。再度、村田英雄伝説を掲載します。

 その昔、終生のライバルと言われた二人の浪曲師がいました。村田英雄と三波春夫です。三波春夫は1923年7月19日に現在の新潟県長岡市に生まれ、1939年16歳のときに浪曲師としてデビューします。その後、戦況悪化により三波春夫自身も1944年に陸軍に入隊し、満洲へ渡ります。三波春夫は満州で敗戦を迎え、ハバロフスクの捕虜収容所に送られて、4年間のシベリア抑留生活を送ることになりました。1949年に帰国し、浪曲師として再び活躍をはじめます。

 一方、村田英雄は1929年1月17日、現在の福岡県うきは市に生まれ、その後、唐津市へ移り、5歳のときに浪曲師酒井雲に弟子入りします。その後、村田英雄は13歳で真打に昇進し、14歳で酒井雲坊一座の座長も務め、九州の地方公演で活躍を続けます。
二人の浪曲師、三波春夫と村田英雄は浪曲の全国大会でたびたび激突することになります。しかし、いつも1位に輝くのは村田英雄であり、三波春夫は常に2番。三波はどうしても村田に勝つことはできませんでした。

 浪曲の世界では村田に勝つことが出来ないと悟った三波は、1957年に芸名を「三波春夫」と改めて、新規一転し歌謡界へとデビューします。するとどうでしょう、出す歌はすべて大ヒット。飛ぶ鳥を落とす勢いです。「お客様は神様です!」という有名なフレーズでも知られる通り、三波の天性の明るさが多くのファンを魅きつけました。

 三波の歌謡界での活躍を見ながら、村田は日本一の浪曲師を夢見て東京へ上京します。そして村田にも転機がやってきます。今や歌謡界のトップにまで上り詰めた三波春夫に歌で勝負できるのは村田しかいないと考えていた人物がいました。その人こそ、あの古賀政男です。古賀政男からの誘いに対して、最初、村田はためらいました。村田はすでに結婚もしており、果たして歌謡界でやっていけるのか迷ったそうです。浪曲の世界では常に自分がトップに君臨し、三波春夫にその座を譲ることがなかった、その三波が今や歌謡界で大活躍していることを目の当たりにし、ついに古賀政男からの歌謡界への誘いを受けることにしました。

 1958年、古賀政男とのコンビで最初に出したのが「無法松の一生」です。しかし、考えていたとおりにはうまくいかないもので、「無法松の一生」はまったくヒットしませんでした。三波春夫とは対照的に、村田英雄はヒット曲には恵まれませんでした。三波春夫が毎年のようにNHK紅白歌合戦でトリを務めているのに、村田英雄は紅白出場すら出来なかったのです。「やはり自分には歌謡界には向いていない、浪曲の世界に戻ろう。」と決心し、歌謡曲の師匠である古賀政男に歌謡界をやめたいと申し出ます。それを聞いた古賀政男は烈火のごとく激昂し、村田英雄を殴り蹴り、破門同然で古賀政男から縁を切られてしまいました。

 村田英雄と古賀政男のやりとりの一部始終を横目で見ていた作曲家がいました。失意の村田に手を差し伸べたのは、美空ひばりの「みだれ髪」でよく知られている船村徹でした。浪曲で鍛え上げた村田の重厚な声は古賀政男の曲調には合わないと、船村は考えていました。その村田に船村から贈った曲があの「王将」(作詞:西条八十)でした。王将は瞬く間に大ヒットします。最終的には300万枚を超え、戦後はじめてのミリオンセラーになったと言われています。しかも、この王将は1961年(昭和36年)と1962年(昭和37年)の2年連続NHK紅白歌合戦で歌われました。この船村徹の「王将」をきっかけに村田英雄は三波春夫と肩を並べる存在になりました。

 歌謡界で成功を収めた村田の公演会に、それを見守るひとりの男性の姿がありました。歌謡界に村田を引き入れた古賀政男です。古賀政男は自分が村田を歌謡界へ誘った責任を感じていたのでしょう。成功した村田の姿を見て、古賀政男は安心して帰って行ったと言います。

(浦安湯屋ともちゃんの「村田英雄伝説」より)

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10月12日(日)、2日目。今日は燧ヶ岳に登ります。民宿すぎのやさんで朝食を済ませて、尾瀬御池の駐車場に向かいました。とても良い天気で朝日に照らされた黄金色の紅葉トンネルの中をリムジンカーが音速で飛ばします。尾瀬御池の登山口から登り始めて、広沢田代、熊沢田代、俎嵓(まないたぐら)、柴安嵓(しばやすぐら)までのピストンになります。駐車場で隣のおばさんは山形から登山に来たそうで、昨日は車中泊だったそうです。折角、会津まで来たので次の日は会津駒ヶ岳に登ろうと考えているが、どこか宿泊するところはないかと聞いてきたので、閑古鳥が鳴いている、すぎのやさんを教えてあげました。
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 午前6時30分に登山口を出発しました。
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 広沢田代までは急登が続きます。トミーさんは雪のない燧ヶ岳登山道は始めて登ったとのことです。
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 向こうに見える丘の向こうに熊沢田代があり、そこから本峰を見ることができます。
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 広沢田代の池塘と明日登る会津駒ヶ岳の平坦なピークが見えます。
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 熊沢田代に向かう途中から見た広沢田代と会津駒ヶ岳。
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 午前8時24分。熊沢田代に到着。燧ヶ岳の山頂が見えました。
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 山腹から見た熊沢田代と会津駒ヶ岳。
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 熊沢田代が小さく見えます。
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 燧ヶ岳は双耳峰です。最初のピーク、俎嵓に午前10時5分に到着。眼下に尾瀬沼が見えます。
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 俎嵓は多くの登山者でひしめき合っていました。右前方には尾瀬ヶ原、至仏山、上州武尊山が見えます。
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 もうひとつのピーク柴安嵓。
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 柴安嵓に午前10時25分に到着。いい歳、りょうちゃん、日本百名山、89座目になりました。
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 尾瀬沼の向こうには日光白根山、男体山が見えます。関東以北では日光白根山が一番高い山ですが、東北以北では燧ヶ岳が最も高い山になります。標高2356 m。燧ヶ岳の名前は山腹に残った雪渓が燧バサミの形であったことに由来します。岳人か何かに書いてありました。
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 山頂から見た尾瀬ヶ原、誰も歩いていません。
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 柴安嵓から見た俎嵓。
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 天気が良かったため、30分以上山頂に留まり、写真をたくさん撮りました。日本百名山だけでもざっと20座は見えていました。トミーさんは富士山がうっすらと見えると言っていましたが、りょうちゃんにはわかりませんでした。トミーさんは普段の行いは悪いですが、目だけはいいようです。041.gif
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 山頂からの景色を存分に楽しみ、登ってきた道を下山しました。太陽の向きが変わり、会津駒ヶ岳が紅葉で赤く見えました。
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 下山途中の熊沢田代で缶ビールで乾杯しているグループがいました。今夜はここでビバークするのでしょうか。068.gif
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 熊沢田代を降ると燧ヶ岳を見ることができません。ここで見納めになります。
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 紅葉を楽しみながら、広沢田代から登山口駐車場に戻ってきました。13時50分。
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 帰り道、紅葉トンネルでリムジンカーを降りて、紅葉の写真を撮りました。NHKの日本百名山の特集で、落葉樹はなぜ紅葉するのかということを説明していました。葉っぱの中には、緑の葉緑素以外に黄色のカロチノイドや赤色のアントシアニンも存在し、秋になると緑の葉緑素が消えていくため、黄色や赤の色素が浮かび上がってきて、黄葉、紅葉が進むとのことです。黄色のカロチノイドが多ければ黄葉し、赤のアントシアニンが多ければ紅葉することになります。
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 帰り道に裁ちそばを食べて、燧の湯に立ち寄り入浴し、すぎのやに戻りました。
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 今晩のすぎのやさんの夕飯もたっぷりありました。トミーさんは高齢のため残していました。
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 イワナの刺身。
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 そば粉ともち米を半分ずつ混ぜて作ったスイーツ。名前は忘れました。今夜もお腹いっぱいになりました。
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 10月13日(月)、3日目。今日は会津駒ヶ岳に登ります。駐車場が小さいため、午前5時過ぎ、早めに民宿を出ました。この日は接近する台風の影響で午後から雨が降る予報でした。
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 雨が降り始める前に下山することを目標に、ヘッドランプをつけて、登山を開始しました。
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 午前6時前、ようやく明るくなり、雲間から太陽の光が見えました。
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 どんよりとした曇り空の下、紅葉を見ながらの登山になります。青空であったら、どんなにきれいだったことでしょう。
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 曇っていますが遠くの山並みまで見えました。向こうに那須の朝日岳が見えました。
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 8合目あたりからついに雨が降りだしました。しかし、よく見ると白い粒であられでした。積乱雲が発達している証拠であるとトミーさんが教えてくれました。
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 ベンチから会津駒ヶ岳の山頂部が見えます。
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 駒ノ小屋が見えます。
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 駒ノ小屋で小休止。
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 山頂は目前です。
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 駒の小屋から約20分。午前8時44分。ついに会津駒ヶ岳の山頂に到達しました。いい歳、りょうちゃん、日本百名山90座目になりました。トミーさんによると雪山のほうが笹が押しつぶされていて、展望がいいそうです。
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 中門岳の尾根が見えます。天気が良くて、時間がたっぷりあったら、歩いてみたかったです。
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 昨日登った燧ヶ岳がはっきり見えます。
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 山腹にあるダケカンバの葉が落ちて、木が骨のように見えます。
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 雨がひどくならないうちに下山を開始。
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 会津駒ヶ岳から見る燧ヶ岳はここで見納めになります。
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 会津駒ヶ岳の山頂もここで見納めになります。
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 紅葉を楽しみながら下山していきました。途中、尾瀬御池の駐車場で民宿すぎのやを教えてあげたおばさんに会いました。昨晩民宿にいなかったので、泊まらなかったことはわかりましたが、おばさんが言うには予約以外は夕飯が用意できないことを理由に宿泊を断られたそうです。あれだけの夕飯の量と、山椒魚を調達するのが大変なのでしょう。
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 登り始めはヘッドランプだったのでわかりませんでしたが、こんな泥道の急登があったのですね。
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 午前11時15分。登山口に戻ってきました。
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 駐車場のそばに山ぶどうがなっていることがわかりましたが、手が届きません。トミーさんはたいへんに悔しがっていました。山ぶどうはりょうちゃんの口には合わず、決して美味しいものだとは思えません。常々、トミーさんは自分はいいところの出であるとおっしゃっていますが、本当は山家育ちなのではないでしょうか。037.gif
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 駒の湯に入浴し、会津高原尾瀬口駅でトミーさんと三種合体麺を食べて、東京に戻ってきました。三種合体麺とは、そば、うどん、ラーメンがひとつの丼の中に入っている珍しい食べ物です。今回は、すぎのやの食べきれないほどの夕飯(全部食べましたが)、裁ちそば、三種合体麺と、常に満腹の嬉しい山行でした。038.gif
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本田美奈子/恋のバカンス
作詞:岩谷時子、作曲:宮川泰、歌:ザ・ピーナッツ

ためいきの出るような
あなたのくちづけに
甘い恋を夢みる
乙女ごころよ
金色にかがやく
熱い砂のうえに
裸で恋をしよう
人魚のように

陽にやけた ほほよせて
ささやいた約束は
二人だけの秘めごと
ためいきが出ちゃう
ああ恋のよろこびに
バラ色の月日よ
はじめてあなたを見た
恋のバカンス

陽にやけた ほほよせて
ささやいた約束は
二人だけの秘めごと
ためいきが出ちゃう
ああ恋のよろこびに
バラ色の月日よ
はじめてあなたを見た
恋のバカンス



 
11月13日は歩の会・桧沢岳に行ってきます。060.gif

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by ryott-ryott | 2014-11-11 22:44 | 燧ヶ岳・会津駒ヶ岳