カテゴリ:蔵王山( 1 )

日本百名山91座目、ふたたび蔵王へ

登山
旅行・地域

b0190242_822652.jpg

 ブログが実態にまったく追いついていません。昨年はそろばん塾のババァの飼い猫と思われる白と黒のまだら猫が、ミケ、シロ、クロの3匹の仔猫を連れて、いい歳りょうちゃんの庭によく訪ねてきていましたが、りょうちゃんが大洗に転勤してからは、週末に自宅に帰ってきても3匹の姿を見ることがめっきりと少なくなりました。
b0190242_834436.jpg

 転勤から2ヵ月が経過した5月末の週末に自宅に戻ってきた時、庭のほうが騒がしいので見てみると、あのそのばん塾のまだら猫が4匹の仔猫を連れてきていました。ミケ、クロ、シロの兄弟になります。3匹が全身黒毛で、そのうち1匹は尾が短く、2匹は尾が長いクロネコです。残りの1匹は顔が白と黒の八割れ模様の白黒ネコです。
b0190242_841243.jpg

 特に白黒ネコは4匹の中で最も体が小さく、母ネコのおっぱいを飲むことができず、これから生きていけるのか大変心配でした。転勤さえなければ、飼ってあげたいと思ったほどです。
b0190242_85681.jpg

 しかしながら、りょうちゃんの心配をよそに白黒ネコも他の3匹と同様に育っていき、今では室外機や洗濯機の上に軽々と飛び乗れるようになりました。週末自宅に帰って来ると、りょうちゃんが帰ってきた気配を感じとってか、必ず訪ねてきます。4匹の仔猫たちにキャットフードと魚肉ソーセージを食べさせるのが、週末の習慣になっています。今年のネコたちも魚肉ソーセージには飽きたようで、キャットフードがなくなると仕方なく魚肉ソーセージを食べています。
b0190242_861763.jpg

b0190242_864871.jpg

b0190242_875133.jpg

b0190242_885410.jpg

b0190242_893182.jpg

 山行のほうは大朝日岳のあと、お盆休みに残っていた北海道の3座、大雪山・十勝岳・羊蹄山に行ってきました。いつになるかわかりませんが、また後日報告します。9月以降の山の予定は以下のとおりです。

9月19日(土)~23日(水) 黒部五郎岳(日本百名山98座目)
10月 3日(土)~ 4日(日) 八幡平・岩手山
10月10日(土)~13日(火) 荒島岳・白山(日本百名山99・100座目)
10月31日(土)~11月1日(日) 本白根山・御飯岳



(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

b0190242_8115085.jpg

 
 いつもこの欄では小学館「一日一話人物歳時記」から引用していますが、今日はこれまで何回か掲載した「村田英雄伝説」を載せます。この村田英雄伝説は2012年10月に九州の日本百名山に行ったときに浦安湯屋のともちゃんから聞いた話を文字に起こしたものです。年末に勇才さんに行ったときに、隣に座っていた年配の女性と歌謡曲の話になり、私が話した「村田英雄伝説」に大変な興味と感動を示して下さいました。再度、村田英雄伝説を掲載します。

 その昔、終生のライバルと言われた二人の浪曲師がいました。村田英雄と三波春夫です。三波春夫は1923年7月19日に現在の新潟県長岡市に生まれ、1939年16歳のときに浪曲師としてデビューします。その後、戦況悪化により三波春夫自身も1944年に陸軍に入隊し、満洲へ渡ります。三波春夫は満州で敗戦を迎え、ハバロフスクの捕虜収容所に送られて、4年間のシベリア抑留生活を送ることになりました。1949年に帰国し、浪曲師として再び活躍をはじめます。

 一方、村田英雄は1929年1月17日、現在の福岡県うきは市に生まれ、その後、唐津市へ移り、5歳のときに浪曲師酒井雲に弟子入りします。その後、村田英雄は13歳で真打に昇進し、14歳で酒井雲坊一座の座長も務め、九州の地方公演で活躍を続けます。
二人の浪曲師、三波春夫と村田英雄は浪曲の全国大会でたびたび激突することになります。しかし、いつも1位に輝くのは村田英雄であり、三波春夫は常に2番。三波はどうしても村田に勝つことはできませんでした。

 浪曲の世界では村田に勝つことが出来ないと悟った三波は、1957年に芸名を「三波春夫」と改めて、新規一転し歌謡界へとデビューします。するとどうでしょう、出す歌はすべて大ヒット。飛ぶ鳥を落とす勢いです。「お客様は神様です!」という有名なフレーズでも知られる通り、三波の天性の明るさが多くのファンを魅きつけました。

 三波の歌謡界での活躍を見ながら、村田は日本一の浪曲師を夢見て東京へ上京します。そして村田にも転機がやってきます。今や歌謡界のトップにまで上り詰めた三波春夫に歌で勝負できるのは村田しかいないと考えていた人物がいました。その人こそ、あの古賀政男です。古賀政男からの誘いに対して、最初、村田はためらいました。村田はすでに結婚もしており、果たして歌謡界でやっていけるのか迷ったそうです。浪曲の世界では常に自分がトップに君臨し、三波春夫にその座を譲ることがなかった、その三波が今や歌謡界で大活躍していることを目の当たりにし、ついに古賀政男からの歌謡界への誘いを受けることにしました。

 1958年、古賀政男とのコンビで最初に出したのが「無法松の一生」です。しかし、考えていたとおりにはうまくいかないもので、「無法松の一生」はまったくヒットしませんでした。三波春夫とは対照的に、村田英雄はヒット曲には恵まれませんでした。三波春夫が毎年のようにNHK紅白歌合戦でトリを務めているのに、村田英雄は紅白出場すら出来なかったのです。「やはり自分には歌謡界には向いていない、浪曲の世界に戻ろう。」と決心し、歌謡曲の師匠である古賀政男に歌謡界をやめたいと申し出ます。それを聞いた古賀政男は烈火のごとく激昂し、村田英雄を殴り蹴り、破門同然で古賀政男から縁を切られてしまいました。

 村田英雄と古賀政男のやりとりの一部始終を横目で見ていた作曲家がいました。失意の村田に手を差し伸べたのは、美空ひばりの「みだれ髪」でよく知られている船村徹でした。浪曲で鍛え上げた村田の重厚な声は古賀政男の曲調には合わないと、船村は考えていました。その村田に船村から贈った曲があの「王将」(作詞:西条八十)でした。王将は瞬く間に大ヒットします。最終的には300万枚を超え、戦後はじめてのミリオンセラーになったと言われています。しかも、この王将は1961年(昭和36年)と1962年(昭和37年)の2年連続NHK紅白歌合戦で歌われました。この船村徹の「王将」をきっかけに村田英雄は三波春夫と肩を並べる存在になりました。

 歌謡界で成功を収めた村田の公演会に、それを見守るひとりの男性の姿がありました。歌謡界に村田を引き入れた古賀政男です。古賀政男は自分が村田を歌謡界へ誘った責任を感じていたのでしょう。成功した村田の姿を見て、古賀政男は安心して帰って行ったと言います。

(浦安湯屋ともちゃんの「村田英雄伝説」より)

b0190242_8131559.jpg


 さて本論の山行ですが、6月13日(土)~14日(日)、蔵王連峰の外輪山である瀧山(りゅうざん)と熊野岳の行けるところまでへと行ってきました。残念ながら熊野岳は火口周辺警報が発令されており、警報区域の中にある熊野岳山頂を踏むことはできませんでした。いつものように、いい歳りょうちゃんが写っている写真はすべてトミーさんのブログからもらいました。
b0190242_8162961.jpg

 初日は蔵王の外輪山である瀧山に登りました。瀧山は本峰の熊野岳から見て北西に位置します。標高1362 mです。山形駅に群馬前橋のフォルクスワーゲンが迎えに来ました。この日は山形駅とその周辺で商品券が格安で買えるらしく、商品券を買い求める客の長蛇の列がとぐろを巻いており、お祭り騒ぎでした。6万円分の商品券を5万円で買えるそうです。写真は駅前の花笠音頭の様子です。
b0190242_817183.jpg

 瀧山登山口。瀧山ゲレンデ、スキー場の脇にあります。
b0190242_8174918.jpg

b0190242_8181246.jpg

 登山口にはベニバナイチヤクソウがたくさん咲いていました。
b0190242_8183696.jpg

 登山道はこんな感じ。しばらくは樹林帯が続きます。
b0190242_819491.jpg

 露岩帯や崩壊している場所もありました。
b0190242_8191834.jpg

b0190242_8194361.jpg

 山腹から明日行く地蔵山と熊野岳が見えました。
b0190242_820122.jpg

 ハクサンチドリ。
b0190242_8202477.jpg

 レンゲツツジ。
b0190242_8205140.jpg

 山頂に到着。
b0190242_8211564.jpg

 山頂から見た地蔵岳・熊野岳。
b0190242_8214418.jpg

 山頂から見た山形市内。
b0190242_821595.jpg

 山頂には斎藤茂吉の歌碑があり、北蔵王が見えます。
b0190242_8221880.jpg

 山腹から見た瀧山山頂部。普通の薮山に見えます。
b0190242_8223591.jpg

 瀧山ゲレンデまで戻ってきました。
b0190242_8225941.jpg

 ゲレンデから見た瀧山。
b0190242_8232077.jpg

 ウラジロヨウラク。
b0190242_8233828.jpg

 ミヤマオダマキ。
b0190242_8241177.jpg

 お地蔵様ではありません。037.gif
b0190242_8242425.jpg

 昨年まで山旅クラブで利用した旅館は客の減少で閉店になり、今年は同じ系列のヴァルトベルクに泊まりました。早く火口周辺警報を解除してもらいたいものです。
b0190242_8244417.jpg

b0190242_825135.jpg



(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)
わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(ダーク・ダックス/銀色の道)
銀色の道(作詞:塚田茂、作曲:宮川泰、歌:ダーク・ダックス、ザ・ピーナッツ)


遠い 遠い はるかな道は
冬の嵐が 吹いてるが
谷間の春は 花が咲いてる
ひとり ひとり 今日もひとり
銀色のはるかな道

ひとりひとり はるかな道は
つらいだろうが がんばろう
苦しい坂も 止まればさがる
続く 続く 明日も続く
銀色の はるかな道

続く 続く はるかな道を
暗い夜空を 迷わずに
ふたりの星よ 照らしておくれ
近い 近い 夜明けは近い
銀色の はるかな道
はるかな道 はるかな道

b0190242_8255099.jpg


 2日目。6月14日(日)は蔵王主峰の熊野岳に登ります。
b0190242_8261272.jpg

 ロープウェイには私たちの他に誰もいません。出発直前に1つのパーティーが駆け込んできましたが、ガラガラの状態です。
b0190242_826278.jpg

 地蔵山頂駅。ここで登山届けをトミーさんが提出しましたが、無情な係員から山頂には行けないことを伝えられました。行くことができるのは、山頂目前のワサ小屋跡までです。ワサ小屋跡から熊野岳山頂まではコースタイムでわずか25分です。
b0190242_8265316.jpg

 山頂駅前のお地蔵様。TG社で行った時は、雪が積もって頭しか出ていませんでした。立っているお地蔵さんだと思っていましたが、実際は座っており、意外と高くないと感じました。
b0190242_8271667.jpg

 行けるところまでに向かって出発しました。
b0190242_828563.jpg

 登山道は雪解けしたばかりのようで、ショウジョウバカマが咲いていました。
b0190242_8282851.jpg

 峯さくらも咲いていました。
b0190242_8284891.jpg

 地蔵山山頂。一昨年の3月、TG社で行った時は強風のためここまでだったと思います。
b0190242_8292194.jpg

b0190242_829481.jpg

 地蔵山山頂から見たお地蔵様。先ほどロープウェイに乗ってきたパーティーが手を合わせていました。
b0190242_8302728.jpg

b0190242_8304797.jpg

 正面に熊野岳の山頂を見ながら、鞍部のワサ小屋跡まで歩を進めました。
b0190242_8314299.jpg

b0190242_83251.jpg

b0190242_8323496.jpg

 ワサ小屋の「ワサ」とは人の名前だったんですね。ここにワサさんが切り盛りする山小屋がここにあったそうです。
b0190242_833052.jpg

b0190242_8332383.jpg

b0190242_8334749.jpg

 私たちの後方にもパーティーがいましたが、山頂に行く方は一人もいらっしゃいませんでした。皆さん、本当にお行儀がいいですね。いい歳りょうちゃんの熊野岳山頂は、このワサ小屋跡にすることにしました。日本百名山91座目になりました。
b0190242_8341497.jpg

b0190242_8344426.jpg

 三宝荒神山にも立ち寄りました。ドウダンツツジがたくさん咲いていました。
b0190242_8354895.jpg

b0190242_8361856.jpg

b0190242_8363875.jpg

 私たちが熊野岳を訪れてから、わずか2日後、熊野岳の火口周辺警報が解除されました。いい歳りょうちゃんは、なんと蔵王には縁がないのでしょうか。いずれ登れるときに登りたいと思います。
b0190242_8371342.jpg



本田美奈子/恋のバカンス
作詞:岩谷時子、作曲:宮川泰、歌:ザ・ピーナッツ

ためいきの出るような
あなたのくちづけに
甘い恋を夢みる
乙女ごころよ
金色にかがやく
熱い砂のうえに
裸で恋をしよう
人魚のように

陽にやけた ほほよせて
ささやいた約束は
二人だけの秘めごと
ためいきが出ちゃう
ああ恋のよろこびに
バラ色の月日よ
はじめてあなたを見た
恋のバカンス

陽にやけた ほほよせて
ささやいた約束は
二人だけの秘めごと
ためいきが出ちゃう
ああ恋のよろこびに
バラ色の月日よ
はじめてあなたを見た
恋のバカンス


 
次回は妙高山・火打山の報告をします060.gif

b0190242_8401617.jpg

b0190242_8412366.jpg

b0190242_841474.jpg

b0190242_84253.jpg

b0190242_8425267.jpg

b0190242_8431817.jpg

b0190242_8434978.jpg

b0190242_8441182.jpg

b0190242_8451291.jpg

b0190242_8453097.jpg

b0190242_8455337.jpg
b0190242_844389.jpg

b0190242_8461956.jpg

by ryott-ryott | 2015-08-16 08:52 | 蔵王山 | Comments(0)