カテゴリ:三浦海岸地引網漁( 2 )

格闘・まぼろしの巨大魚を追う(^o^)丿

旅行・地域
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 先週の日本ダービーの余韻さめやらぬ中、天候は雨が続いていましたが、今週末は太陽が顔を覗かせてくれました。雨が多い季節ということもあり、6月はほぼ毎週イベントを入れています。今日6月4日(土)はチームじゃんけんぽんと一緒に三浦海岸での地曳網漁に参加しました。070.gif
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 地曳網漁は第一三共製薬さんが毎年企画しているイベントです。じゃんけんぽんの常連さんの第一三共製薬の石井ちゃんがチームじゃんけんぽんのメンバーを地曳網漁に誘ってくださいました。私はこの地曳網漁には昨年に引き続き2回目の参加です。
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 昨年はまったく魚が網にかからなかったことを覚えています。トントンさんはお店から包丁セットを持参したにもかかわらず、魚をさばくことができずに拍子抜けしていました。 第一三共製薬のえりりん博士に聞くと毎年こんなもんだとおっしゃっていたので、私は待ち合わせの品川駅・駅中でお昼用の惣菜をいくつか買って行きました。037.gif
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 トントンさん、春さん、龍平ちゃん、関ちゃん、愛ちゃん、咬みつき犬の飼い主のミキちゃんとそのお友達と品川駅京浜急行改札の前で朝8時10分に待ち合わせ。京浜急行に乗りこみ、三浦海岸を目指します。そして咬みつき犬もペット用の袋に入れられて連れて来られていました。このまま海に沈めてしまいたいところです。041.gif
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 三浦海岸では4月にこんな恐ろしい事件があったようです。

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(中島みゆき/宙船)

宙船(作詞、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は今どこに ふらふらと浮かんでいるのか
その船は今どこで ボロボロに進んでいるのか
流されてまいと逆らいながら
船は挑み 船は傷み
すべての水夫が恐れをなして逃げ去っても
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は自らを宙船(そらふね)と 忘れているのか
その船は舞い上がるその時を 忘れているのか
地平の果て 水平の果て
そこは船の離陸地点
すべての港が灯りを消して黙り込んでも
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

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天台宗の宗祖最澄は奈良時代の末期、近江の国で生まれて、弘仁13年(822年)6月4日、比叡山の中道院で亡くなりました。

清和天皇から、日本では初めての大師号「伝教大師」のおくり名を賜りました。
日本における天台宗は、延暦23年(804年)に入唐した最澄が、天台大師の教えを伝えたのが最初です。奈良時代すでに華厳宗、律宗、三輪宗、法華宗、成実宗、倶舎宗の諸宗が渡来していましたので、天台宗はそのあとの宗派として独立しました。天台大師の教えを中心に、戒法、禅法、密教、念仏などの諸法が生まれ、天台の教えは、日本仏教の源流的役割を果たし、2000年にも及ぶ日本文化に大きな影響を与えてきました。

総本山である比叡山は、宗祖の教えに基づき、学山として宗教学徒の修練道場として知られ、古今幾多の名僧智識を輩出してきました。古い歴史を持つだけに、天台宗の名刹は多く、総本山延暦寺の他、代表的寺院としては、北から中尊寺(一関)、立石寺(山形)、輪王寺(日光)、寛永時(上野)、善光寺(長野)、三千院・妙法院・曼殊院・青蓮院(京都)、円教寺(姫路)、観世音寺(福岡)などがよく知られています。

最澄の言葉で有名なものは、その著書「山家学生式(さんかがくしょうしき)」の中にある「一隅を照らす者は国宝なり」の一文で。よく色紙などに「照于一隅」とか「一燈照隅」と書かれているのは、このことです。たとえその灯が小さいものであっても、一人ひとりがこつこつと、一隅を照らし続けるような仕事をやっていけば、やがては「万燈遍照」となって、世の中全体が明るくなっていくという意味です。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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(映画「岳」予告編)

あの太陽が、この世界を照らし続けるように。
(作詞、作曲:小渕健太郎)
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どんな悲しみにも ひとつの意味を注ぐように
世界中の夜に 朝を連れてくる太陽
ぼくは彷徨ってた 生きる意味を探して
君に出逢うまでの僕じゃ あの壁は越せない

この手は君を守るため この瞳は君を探すため
こころは君を愛すため この命は君と生きるため
ぼくに生きる意味をくれた その微笑み

人ごみに紛れて 逃げ出すのは容易くとも
一人きりの夜に 孤独から逃げ出せない
ガラス玉のような心を抱え生きてる
落とすたびに砕け散った 涙を忘れない

転がりながら辿り着いた 今がいつも君だけの頂上
心のままに生きてゆけば 時には人はぶつかり合うけれど
その魂に刻まれた模様はきっと 美しきヒビとなる

どんな命も輝いてる
あの太陽が、この世界を照らし続けるように

この手は君を守るため この瞳は君を探すため
こころは君を愛すため この命は君と生きるため

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 昨年の地曳網漁はほとんど魚が網にかかっていませんでした。どうやら網の引きかたに問題があったそうです。漁師さんか第一三共製薬の方かわかりませんでしたが、一定の力で引き続けることが重要であると引きかたの指導がありました。綱引きのように「オーエス、オーエス」と引く力に強弱をつけてしまうと、網が海の中で上下に揺らぐため、網が沈みこんだときは網の上側から、網が浮かんだ時は網の下から魚が逃げてしまうそうです。したがって、網が上下に揺れないように、左右両方でひたすら一定の力で引き続けなければなりません。018.gif
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 網を引いている間に、何匹か網の上から魚が逃げて行くのが見えました。しかし、皆さんで息を合わせて、左右対称に一定の力で網を引き続けました。果たして、今年の収獲はどうだったでしょうか。004.gif
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 巨大魚の姿はなかったものの結構な数の魚が網の中にかかっていました。大きなイカの姿もありました。038.gif
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 親子2代の料理人、トントンさんと龍平ちゃんがイカをさばきます。038.gif
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イカのくちばし。
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 さばかれたイカはお刺身に、ゲソは網焼きに。あっという間に売り切れました。038.gif お酒がすすみます。

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(小柳ルミ子/星の砂)

星の砂(作詞:関口宏、作曲:出門英、歌:小柳ルミ子) 060.gif


二度と出来ない恋を捨てあなた遠く
離ればなれになってゆくの 今つらいわ

嫁ぐ日岬にひとりたたずみ君住む島に
別れを告げる
凪いで凪いでまぶしいサンゴの島が
にじんで落ちて 星の砂

過ぎし日 二人は海辺に遊び
変わらぬ愛を 夕陽に祈る
いつかいつか 二人は運命にさかれ
私は遠く 石垣へ

髪にかざした ブーゲンビリア
そえぬ運命に赤く咲く
海よ海に流れがあるならば
届けてほしい 星の砂

ルルル・・・・・ルルル・・・・・
ルルルル・・・・・

風よ吹け 波よ打て
それであなたにつぐなえるならば
海よ海に流れがあるならば
届けてほしい この想い
届けてほしい この想い

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 第一三共製薬さんが用意したビールと串焼きを戴きながら、持参した惣菜と酒を飲み、すっかりいい気持に。私はすこし砂浜の写真を撮りながら散歩していると、龍平ちゃんのお友達のあいちゃんが向こうから歩いてきて、携帯電話を落としてしまったとのこと。私も下を見て探しながら歩きましたが広い砂浜では見つけることはできませんでした。しかし、元の場所に戻って見ると、あいちゃんは散歩した経路を辿って携帯電話を見つけることができたようです。038.gif
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 携帯が見つかり、すっかり元気になって、スイカにかぶりつく、関ちゃんとあいちゃん。037.gif
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 今年は咬みつき犬にはなるべく近づかないようにしていたため、吠えられることも、咬まれることはありませんでしたが、ミキちゃんのお友達は何度か咬まれそうになったそうです。そのお友達は「食べ物をあげようとしているのに、何で唸って、咬みつこうとしているんだ!」と嘆いていました。やっぱり、この犬はバカな犬です。
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 そして何度か咬みつき犬の娘の犬を連れて、波打ち際まで行きましたが、娘の犬は結構水を怖がって、海の中に入って行こうとはしませんでした。ちょっと、いじめてしまいました。決して、犬が嫌いなわけではありません。咬みつき犬が嫌いなんです。037.gif
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 最後は皆さん、浜辺に倒れるように寝込んでいました。咬みつき犬の飼い主も。変顔をして寝ています。
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 第一三共製薬のお父さんも。知らない方です。
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 私も散歩から戻って、しばしテントの中で寝ましたが、足がテントの外に出ており、真っ赤に日焼けしてしまいました。031.gif
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 最後は記念撮影。061.gif038.gif
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 三浦海岸の駅前で一杯飲んで、帰路に着きました。電車の中では皆さん、死んだように寝ていました。
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by ryott-ryott | 2011-06-05 09:01 | 三浦海岸地引網漁 | Comments(0)

まぼろしの巨大魚を求めて、三浦海岸地引網漁ヽ(^o^)丿

旅行・地域
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今週の木曜日、久しぶりにエアロに参加。そして、寺澤さんにやっと秋田のお土産を渡すことが出来ました。秋田の旅が終わってから、1ヵ月、経っていました。

6月5日土曜日、大井町湯屋は休館日。この日は三共第一製薬の皆さんが企画した三浦海岸での地曳網漁に出掛けました。
 
 朝7時55分に品川駅でトントンさん、春さんと待ち合わせ。しかし、じゃんけんぽんファミリーの姿はなく、どこに行ってしまったのか。たぶん、もう電車に乗っているのだろうと思い、私も電車に乗っていましたが、姿は見えず。トントンさんに電話したところ、中央改札口の連絡口にいるとのこと。三浦海岸は京浜急行で行くのでありました。
 三浦半島の方に行く乗り物はすべて「東海道線」だという固定観念があり、東海道線のホームで待っていたのです。

 あわてて京浜急行のホームへ行きましたが、乗るはずの電車はすでに発車。トントンさんが待っていてくれました。トントンさんと二人で後発車に乗り、「三浦海岸」駅へ行きました。042.gif

「三浦海岸」駅のホームで春さん、トントンさんの妹さん、龍平ちゃんが待っていてくれました。東海道線では三浦海岸へは行けないのですね。皆さんに笑われてしまいました。

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元和元年(1864年)の6月5日、京都は名物の祇園祭の宵宮で賑わっていました。
三条通り河原町の旅館池田屋には、尊王攘夷派の志士たち約20余人が、各自変装をしながらぞくぞくと集まって来ました。仲間の一人が新撰組につかまったので、その対策を練るためでした。
 しかし、その密議の情報はすでに洩れ、新撰組の隊長近藤勇は彼らの一網打尽を狙っていました。

 集まる志士の人数が多いので、京都守護職と所司代に応援隊を要請しましたが、その応援隊は約束の夜8時になってもやって来ません。
 腹を立てた近藤隊長は、新撰組30人を引き連れて、夜10時に、池田屋を襲撃しました。
 池田屋の2階では、密議も終わり、酒宴の最中でした。そこへ突然の襲撃です。
 敵味方入り交っての激闘1時間、結局志士たちのなかで長州藩士吉田稔麿(としまろ)、肥後藩士宮部鼎蔵(ていぞう)ら、指導者7人が殺され、残りもほとんど捕えられました。

 のちに明治の元勲として知られる木戸孝允(たかよし)も、当時は志士の一人桂小五郎として列席していましたが、芸者幾松(のちの妻)の機転で間一髪のところで助かりました。京都木屋町御池の旅館「幾松」は、彼が当時ひそんでいた旅館です。
 小五郎は、この事件の翌年、藩命によって木戸貫治と改姓。のちに孝允と称しました。

 彼は独裁専制を排した「君臣同治」の憲法の制定を建議したり、参議・文部卿として文明開化の思想を普及したり、西郷、大久保と並んで維新の三傑、元勲の一人に数えられます。
 明治10年(1877年)5月26日、西南戦争の最中に、44歳の若さで病死しました。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)
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(2010年 第77回日本ダービー)

先週、第77回日本ダービーの「私のダービー馬」は8番ローズキングダムとしましたが、残念ながら首差の2着。勝ったのは1番エイシンフラッシュでした。「19番目に拘れば、1番か2番が優勝する」なんて書いたら、1番が優勝してしまいました。私は8番の単勝と、8番から2番、3番、4番、5番、6番、7番、11番、13番を買いましたが、1番は買っておりませんでした。「19番目」と「私のダービー馬」を合わせていたら、当たっていたのに。お金は簡単に得られるものではありませんね。
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(五木ひろし/契り)

契り(作詞:阿久悠、作曲:五木ひろし、歌:五木ひろし)060.gif

あなたは誰と 契りますか
永遠の心を 結びますか

波のうねりが岸にとどく
過去の歌をのせて
激しい想いが 砕ける涙のように
緑は今も みずみずしいか
乙女はあでやかか
人の心は鴎のように
真白だろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

朝の光が海を染める
生きる夢に満ちて
まぶしい願いが きらめくいのちのように
流れは今も 清らかだろうか
子どもはほがらかか
人はいつでも桜のように
ほほえむだろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

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これは買ってきた魚です
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 駅から歩くこと10分、海が広がっており、1カ月後の海開きに備えて、あちらこちらで海の家が建設中でした。

 そして、いよいよ地曳網漁が始まりました。果たして、どんな魚が獲れるのか。トントンさんは獲れた魚をさばくために包丁を持参。
 左右に分かれて、参加者全員で網を引きました。この網は結構重たい、私はすぐに引くのをやめて、写真撮影に徹することにしました。061.gif
徐々に網が引き上げられて、網の先端がわかるほどになり、どんな魚が中にいるのか。刺身の船盛りを頭の中に浮かべながら、見守っていました。ところが、引き揚げられた網の中でのたうち回る巨大魚の姿はなく、網の目のところどころに小魚が絡まっているだけでした。

 毎年、この地曳網漁に参加している方に聞くと、これでも昨年に比べたら大漁とのこと。のたうち回る巨大魚なんか、獲れるわけがないと、一笑されてしまいました。トントンさんの折角の包丁も活躍する場はなく、浜辺でバーベキュー。

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三共第一製薬の石井ちゃんのパートナーもほとんど寝ており、巨大魚4になっていました。037.gif
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 朝はかなり雲が多かったのですが、徐々に陽射しが回復。水着を着た子どもたちが、海辺で一足早い海水浴をしていました。6月なのに、浜辺の砂は陽射しで結構熱かったです。7月8月は砂が熱くて素足では歩けないそうです。
アルコールも入って、朝早かったこともあり、皆さん、浜辺で熟睡。私も赤く日焼けをしてしまいました。068.gif

地引網の中には巨大魚はかかりませんでしたが、浜にはアルコールを飲んだ巨大魚がたくさん寝ていました。
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ポカリスエットを作っている大塚製薬の方々と記念撮影
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帰りに駅前で一杯やりました068.gif
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by ryott-ryott | 2010-06-06 10:20 | 三浦海岸地引網漁 | Comments(0)