カテゴリ:忘年山行・浅間隠山・掃部ヶ岳( 1 )

りょうあしの会旗揚げ&忘年山行・浅間隠山と掃部ヶ岳を行く

登山
旅行・地域
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 ブログを書く時間がなく、実態に全く追いついておりません。11月1日にお地蔵さん山行で御飯岳へ出かけたあとは、11月23日(月・祝)に筑波山に出かける予定でしたが、天候が不安定だったため、登山を取りやめて、中華街で親睦会を行いました。024.gif
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 10月24日の高校同窓会のときに、山登りを趣味にしているY田さんに、いい歳りょうちゃんが日本百名山を登り終えたことをお話したところ、是非一緒に山行に行こうということになりました。最初の山行は何処にしようかとの検討の中で、いい歳りょうちゃんが既に3回も行ったことのある筑波山へ行くことに決まりました。しかし11月23日は小雨交じりの不安定な天候で、筑波山山行をすぐに取り止めて、中華街で親睦会を行うことになりました。この時に中華街に来てくれたY田さん、N田さんともに高校時代は全く交流がなく、アルバムを見返しても記憶がなく、卒業後33年経過して、今後一緒に山に行きましょうという話をしていることに、人の縁に不思議を感じました。
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 親睦会では、内容は忘れてしまいましたが高校時代の話はもちろんのこと、今後の山行のこと、都市伝説、3.11の地震のこと、幽霊の話、劣化女子の話など話題は多岐にわたり、時間が経つのを忘れ、気がついたころには外は暗くなり始めていました。
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 帰りは港の見える丘公園から山下公園を通って、桜木町の駅まで戻ってきました。また、この山行の会の名前を付けようということになり、Y田さんは「りょうちゃんの会」にしようと言ってくれましたが、人を連れて行ったことのない自分の名前の会にすることには、さすがに恐れ多いので、「りょうあしの会」という名前を提案しました。この「りょうあしの会」はあるグループ名の命名を某誰かさんに頼まれて、結構時間をかけて考えた末に、つまらない名前との決戦投票で握りつぶされてしまった名前です。今では、そのつまらない名前の山行グループは継続しているのか、知る由もありません。
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 この「りょうあしの会」の「りょう」はりょうちゃんの「りょう」ではありません。文字通り「両足」の「りょう」で、両足をひらがな書きしたものです。登山の「登」の上の部分は「はつがしら」と言い、左足と右足がひらいた形を描いた象形文字です。「発」という字は両足の動作を表した文字で、「発意」「発案」「発見」「発身」「発展」「発蒙」「発明」「発進」など、飛躍をあらわす言葉ばかりです。ほかには「発狂」という言葉をありますが、今後の「りょうあしの会」の発展を祈りたいと思います。038.gif
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 次回の「りょうあしの会」は11月に行くことができなかった筑波山に2月に行く予定です。
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 いつもこの欄では小学館「一日一話人物歳時記」から引用していますが、今日はこれまで何回か掲載した「村田英雄伝説」を載せます。この村田英雄伝説は2012年10月に九州の日本百名山に行ったときに浦安湯屋のともちゃんから聞いた話を文字に起こしたものです。年末に勇才さんに行ったときに、隣に座っていた年配の女性と歌謡曲の話になり、私が話した「村田英雄伝説」に大変な興味と感動を示して下さいました。再度、村田英雄伝説を掲載します。

 その昔、終生のライバルと言われた二人の浪曲師がいました。村田英雄と三波春夫です。三波春夫は1923年7月19日に現在の新潟県長岡市に生まれ、1939年16歳のときに浪曲師としてデビューします。その後、戦況悪化により三波春夫自身も1944年に陸軍に入隊し、満洲へ渡ります。三波春夫は満州で敗戦を迎え、ハバロフスクの捕虜収容所に送られて、4年間のシベリア抑留生活を送ることになりました。1949年に帰国し、浪曲師として再び活躍をはじめます。

 一方、村田英雄は1929年1月17日、現在の福岡県うきは市に生まれ、その後、唐津市へ移り、5歳のときに浪曲師酒井雲に弟子入りします。その後、村田英雄は13歳で真打に昇進し、14歳で酒井雲坊一座の座長も務め、九州の地方公演で活躍を続けます。
二人の浪曲師、三波春夫と村田英雄は浪曲の全国大会でたびたび激突することになります。しかし、いつも1位に輝くのは村田英雄であり、三波春夫は常に2番。三波はどうしても村田に勝つことはできませんでした。

 浪曲の世界では村田に勝つことが出来ないと悟った三波は、1957年に芸名を「三波春夫」と改めて、新規一転し歌謡界へとデビューします。するとどうでしょう、出す歌はすべて大ヒット。飛ぶ鳥を落とす勢いです。「お客様は神様です!」という有名なフレーズでも知られる通り、三波の天性の明るさが多くのファンを魅きつけました。

 三波の歌謡界での活躍を見ながら、村田は日本一の浪曲師を夢見て東京へ上京します。そして村田にも転機がやってきます。今や歌謡界のトップにまで上り詰めた三波春夫に歌で勝負できるのは村田しかいないと考えていた人物がいました。その人こそ、あの古賀政男です。古賀政男からの誘いに対して、最初、村田はためらいました。村田はすでに結婚もしており、果たして歌謡界でやっていけるのか迷ったそうです。浪曲の世界では常に自分がトップに君臨し、三波春夫にその座を譲ることがなかった、その三波が今や歌謡界で大活躍していることを目の当たりにし、ついに古賀政男からの歌謡界への誘いを受けることにしました。

 1958年、古賀政男とのコンビで最初に出したのが「無法松の一生」です。しかし、考えていたとおりにはうまくいかないもので、「無法松の一生」はまったくヒットしませんでした。三波春夫とは対照的に、村田英雄はヒット曲には恵まれませんでした。三波春夫が毎年のようにNHK紅白歌合戦でトリを務めているのに、村田英雄は紅白出場すら出来なかったのです。「やはり自分には歌謡界には向いていない、浪曲の世界に戻ろう。」と決心し、歌謡曲の師匠である古賀政男に歌謡界をやめたいと申し出ます。それを聞いた古賀政男は烈火のごとく激昂し、村田英雄を殴り蹴り、破門同然で古賀政男から縁を切られてしまいました。

 村田英雄と古賀政男のやりとりの一部始終を横目で見ていた作曲家がいました。失意の村田に手を差し伸べたのは、美空ひばりの「みだれ髪」でよく知られている船村徹でした。浪曲で鍛え上げた村田の重厚な声は古賀政男の曲調には合わないと、船村は考えていました。その村田に船村から贈った曲があの「王将」(作詞:西条八十)でした。王将は瞬く間に大ヒットします。最終的には300万枚を超え、戦後はじめてのミリオンセラーになったと言われています。しかも、この王将は1961年(昭和36年)と1962年(昭和37年)の2年連続NHK紅白歌合戦で歌われました。この船村徹の「王将」をきっかけに村田英雄は三波春夫と肩を並べる存在になりました。

 歌謡界で成功を収めた村田の公演会に、それを見守るひとりの男性の姿がありました。歌謡界に村田を引き入れた古賀政男です。古賀政男は自分が村田を歌謡界へ誘った責任を感じていたのでしょう。成功した村田の姿を見て、古賀政男は安心して帰って行ったと言います。

(浦安湯屋ともちゃんの「村田英雄伝説」より)
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 12月は当初は山行に出かける予定はありませんでしたが、12月12日(土)~13日(日)、(倉持さんに忘年山行に誘っていただき、浅間隠山と榛名山系の掃部ヶ岳(かもんがたけ)に出かけました。
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 高崎駅前に集合し、バスで浅間隠山の登山口へと向かいました。雪が心配されましたが、先日の雨で11月に積もった降雪は全て溶けていました。浅間隠山は2回目の登山になります。前回は二度上峠の階段から登山道でないところを上がって行きましたが、今回は整備された登山道を登りました。こんな登りやすい登山道があるのに、あの髪のないガイドさんはどうして登山道でない場所を歩かせるのでしょうか。自分の頭髪と同じで、山も荒れている場所がお好きなようです。041.gif
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 約2時間弱で浅間隠山の山頂に到着しました。標高は1757 m。山頂から見た浅間山は真っ白に雪化粧しており、白い噴煙も上がっていました。
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 山頂での記念撮影。浅間山のようにきれいに雪化粧したお姉さんたちと一緒に写真を撮っていただきました。
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 私が「美女3人で写真を撮ってあげます。」とそばにいたお姉さんたちに声をかけたところ、「何で私を入れないの!!」と後ろにいた戦後のお姉さんから猛抗議がありました。写真を見れば、どなたが猛抗議したかわかりますね。皆さんのご想像にお任せします。041.gif
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 こちらの写真はすこし逆光気味。
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 山頂での大休憩を終えて、浅間隠温泉郷にあるゆうすげの湯を目指して下山を開始しました。北側斜面は結構凍っており、割合柔らかい笹の上を歩いて下りました。写真の白く写っているのは樹氷が地面に落ちたものです。
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 下山では何回か沢をわたりました。
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 林道からバスに乗り、ゆうすげの湯に到着後、榛名湖畔のイルミネーションを見物に行きました。
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 イルミーネーショんの見物からゆうすげの湯に戻って、入浴後大宴会が始まりました。皆さんが持ち寄ったお酒がズラリと並びました。
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 かずさんの歌に合わせて、不思議な踊りを披露する倉持さん。動画を撮っておけばよかった。037.gif
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(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)
わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(ダーク・ダックス/銀色の道)
銀色の道(作詞:塚田茂、作曲:宮川泰、歌:ダーク・ダックス、ザ・ピーナッツ)


遠い 遠い はるかな道は
冬の嵐が 吹いてるが
谷間の春は 花が咲いてる
ひとり ひとり 今日もひとり
銀色のはるかな道

ひとりひとり はるかな道は
つらいだろうが がんばろう
苦しい坂も 止まればさがる
続く 続く 明日も続く
銀色の はるかな道

続く 続く はるかな道を
暗い夜空を 迷わずに
ふたりの星よ 照らしておくれ
近い 近い 夜明けは近い
銀色の はるかな道
はるかな道 はるかな道

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 2日目12月13日(日)は榛名山系の最高峰掃部ヶ岳(かもんがたけ)に登りました。2日目は小雨交じりの山行でした。
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 硯岩から見た榛名湖と榛名富士。
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 この掃部ヶ岳は別名階段山と呼ばれるほど、階段が延々と山頂まで続いていました。
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 階段と悪路はいい歳りょうちゃんの大敵で青息吐息で山頂に到着しました。山頂で再び雪化粧のお姉さんたちと記念撮影していただきました。今日は戦後のお姉さんは不在です。
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 降りも急斜面を降っていきました。しかもこの小雨で滑りやすくなっており、かなりの悪路です。すぐ前を歩いていたあやちゃんがあんなに遠くに離れてしまいました。
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 榛名湖畔に下山し、目の前に榛名湖と榛名富士と「湖畔の宿」の歌碑がありました。「湖畔の宿」は服部良一作曲、高峰三枝子歌唱で、小学校から帰ってくると「3時のあなた」で歌われていたのをよく覚えています。今や「3時のあなた」も高峰三枝子も知らないという世代が今回の山行に来ていることに驚きました。本当は知っているのに、若ぶっているのだと思います。037.gif
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 榛名湖畔から「ゆうすげの湯」の送迎バスに乗せてもらって、伊香保温泉に行って入浴しました。何名かは日帰り温泉には寄らずにそのまま高崎駅まで帰りましたが、伊香保温泉階段の途中にある石段の湯に入りました。石段の湯では前日に盗難事件があったとのことで、男湯の脱衣所に警察の鑑識が指紋を取りに来ていました。
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 入浴後、近くのうどん屋でビールでうどんを食べて、高崎駅から上野東京ラインに乗って東京に戻ってきました。たいへん楽しい忘年山行でした。024.gif
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本田美奈子/恋のバカンス
作詞:岩谷時子、作曲:宮川泰、歌:ザ・ピーナッツ

ためいきの出るような
あなたのくちづけに
甘い恋を夢みる
乙女ごころよ
金色にかがやく
熱い砂のうえに
裸で恋をしよう
人魚のように

陽にやけた ほほよせて
ささやいた約束は
二人だけの秘めごと
ためいきが出ちゃう
ああ恋のよろこびに
バラ色の月日よ
はじめてあなたを見た
恋のバカンス

陽にやけた ほほよせて
ささやいた約束は
二人だけの秘めごと
ためいきが出ちゃう
ああ恋のよろこびに
バラ色の月日よ
はじめてあなたを見た
恋のバカンス


 
次回は伊豆ヶ岳の報告をします060.gif

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by ryott-ryott | 2016-01-02 11:42 | 忘年山行・浅間隠山・掃部ヶ岳 | Comments(0)