カテゴリ:五能線の旅( 3 )

新緑の車窓と新緑の弘前城、青森の旅最終日ヽ(^o^)丿

旅行・地域
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青森の旅を終えて、今週の東京は毎日、蒸し暑い日が続いています。水曜日、木曜日は気温30 ℃を超える猛暑。まだ6月なのに。5月にストーブを焚いていた秋田の田沢湖がなつかしいです。042.gif
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 さて青森の旅の続きです。6月13日、日曜日は弘前へ行きました。070.gif

鯵ヶ沢に別れを告げて、再び五能線に乗り、弘前へ、1時間22分。移動時間を考えると意外と時間がありません。弘前城とねぶた村へ行くことを決めましたが、その前に腹ごしらえ。068.gif029.gif
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料金100円の循環バスで弘前城へ向かう途中、下土手町で下車。かくみ小路(こうじ)にある「常寿し」さんへ行きました。常寿しさんの手前には「万茶ん」(“まんちょん”と言っていたと思います)があり、太宰治が学生の時によく通っていたそうです。店の奥には和服を着た、いかにも太宰治の風貌を装った男性が座っていました。お店の人でしょうか。
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 常寿しさんの名物はネタが12種類入った太巻き。ウニ、イクラ、アナゴ、ホタテ、マグロ、などが入っています。「豊盃(ほうはい)」で一杯やりながら、いただきました。011.gif
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 かくみ小路には昔の映画の広告看板が掲げられていました。

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「斜陽」「人間失格」などの名作で知られる作家の太宰治が、愛人山崎富枝と武蔵野玉川上水で心中し、その死体が発見されたのは昭和23年(1948年)6月19日の朝でした。
太宰治39歳、山崎富枝29歳。二人は赤い腰紐で固く結ばれていました。

太宰のファンたちは、この日を彼の命日として、墓のある東京三鷹下連雀の禅林寺において、毎年「桜桃忌」を開いています。
「桜桃忌」と名付けたのは、彼の晩年の作の「桜桃」という名作があり、死亡した季節が桜桃の熟するころであったという理由です。
太宰の死は、当然、情死もしくは心中だと思われていました。太宰の生家は、常陸宮妃とつながりがある津軽の名家であり、旧華族の津島家の一族でした。そのため、情死や心中などは不名誉の極みであり、愛人山崎富枝に殺されたと主張しています。
 また文壇仲間でも、太宰の遺書に、彼の師事した文壇の先輩井伏鱒二を罵倒する記述があったところから、太宰治は麻薬常習者、精神錯乱者で、死ぬ意志がなかったのを、彼女に謀殺されたのだと、主張する一派がありました。
 気の毒なのは、両方から悪女にされた山崎富枝とその家族でした。
彼女の日記、太宰の遺書、二人の行動、死体検証の結果などからみても、明らかに情死・心中であった反論しています。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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(五木ひろし/契り)

契り(作詞:阿久悠、作曲:五木ひろし、歌:五木ひろし)060.gif

あなたは誰と ちぎりますか
永遠の心を 結びますか

波のうねりが岸にとどく
過去の歌をのせて
激しい想いが 砕ける涙のように
緑は今も みずみずしいか
乙女はあでやかか
人の心は鴎のように
真白だろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

朝の光が海を染める
生きる夢に満ちて
まぶしい願いが きらめくいのちのように
流れは今も 清らかだろうか
子どもはほがらかか
人はいつでも桜のように
ほほえむだろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

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「常寿し」さんで昼食を摂ったあと、弘前城へ出発。気温28 ℃、結構暑いです。すでに桜から新緑へと姿を変え、緑につつまれた弘前城がありました。鮮やかな緑の弘前もいいものですね。024.gif
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 本丸・天守閣は他のお城に比べると、少し小さいですが、岩木山を背後に控えた弘前城は暑さも忘れるほど、こころの水やりになりました。041.gif

弘前城の公園の中には植物園もあり、季節の花が咲いています。私がベンセ湿原へ見に行ったニッコウキスゲや、バラの花が咲いていました。弘前城と植物園にかなり長居してしまったため、残念ながら津軽藩ねぶた村に行く時間がなくなってしまいました。ねぶた村には次回弘前を訪れたときに行くことにしましょう。072.gif
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弘前からバスで青森空港へ行き、飛行機で東京へ帰って来ました。その翌日から東京は梅雨入り。青森の旅は梅雨入り前の新緑の旅でした。

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(やしきたかじん/東京)

東京(作詞:及川眠子、作曲:川上明彦、歌:やしきたかじん)060.gif

あんたとなら
いつ死んでもかまわへん
わすれないで
そんな女いたことを

見上げた空さえも
冷たい色やけど
あたしが本気で惚れたひと
そう生まれた街やから

いとしさも 憎しみも
すべてすべて ぎゅっと抱きしめ
祈るように 今日も灯が
ともる東京

夢だけ見て
生きてるようなあんたやった
いつかあたし
待つことにも慣れてたよ
くすんだ風のなか
肩よせ暮らしたね
誰にも似てへんひとやけど
本物の愛をくれた

悲しくて 悔しくて
泣いて泣いてばかりいたけど
かけがえのないひとに
逢えた東京

痛いほど好きなのに
なんでなんで別れたんやろ
いまもまだ 胸の奥
揺れる東京

悲しくて 悔しくて
泣いて泣いてばかりいたけど
かけがえのないひとに
逢えた東京


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by ryott-ryott | 2010-06-19 21:38 | 五能線の旅

青い日本海 青い空 青森の旅、深浦町を行くヽ(^o^)丿

旅行・地域
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千畳敷海岸
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 今週の火曜日は青森でだいぶ自分を甘やかしてしまったので、大井町湯屋へ行き、高島梓さんのエアロに参加しました。高島さんは毎回、早めに来て、スタジオ前で熱心にエアロの練習をされています。私が待っている間に見ていた「東京 消えた街角」という写真集を高島さんに見せてあげたら、たいへん興味深く写真を見入っていらっしゃいました。昔の大井町駅は平屋で地下をくぐってホームに出たこと、きゅりあんがある場所は平屋の品川公会堂があり、その前の空き地に大道芸人がインド象を連れて来ていたこと、などを話してあげると、信じがたいという顔で驚いていました。また大井町線の大岡山駅の昔の写真を見て、びっくりされていました。何しろ、高島さんは昭和63年生まれの21歳なんだそうであり、私とふた干支まわりも違っていました。しかし同じ昭和生まれであることはかわりありません。037.gif
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さて青森の旅の続きです。071.gif
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 今回の旅の大目標であるニッコウキスゲを見た後、西の方向へ戻り、千畳敷海岸、深浦に行きました。深浦は昔、安東浦とも呼ばれており、地元の酒に「安東水軍」というお酒がたくさん売られておりました。青森といえば「豊盃」や「田酒」が有名だと思うのですが、五能線沿線には見当たりませんでした。
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太宰治が食べていた食事
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 夕方まで五能線が来ないので深浦でしばし散策。歴史民俗資料館・美術館、ふかうら文学館、円覚寺までぶらつきました。070.gif
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 千畳敷海岸には結構な観光客がいましたが、驚いたことに深浦では誰ひとりとして歩いている人はいませんでした。夕陽海岸で漁師らしき人が船の方へ歩いて行きました。明らかに不審者を見る目で私の方を見ていました。土曜日でもあったので、各観光スポットにもう少し人がいてもいいかなぁ、と思いましたが、静かな町でした。

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東海道きっての大親分、山本長五郎こと「清水の次郎長」と言えば、子分の大政、小政、森の石松とともに、講談、浪曲、映画、テレビドラマなどで活躍する、おなじみの人物です。明治維新になって、ヤクザ稼業から足を洗った次郎長について、彼の養子になった天田愚庵は、「東海遊侠伝」でこう書いています。

「次郎長は改心すると、力を農業に注ぎ、富士の裾野で原野数十町歩を開発して殖産に努めた。この開墾事業には、懲役囚数十人を使った。静岡県当局は囚人に鎖をつけて働かせたが、次郎長は願い出て鎖を外し、自由にさせて働かせた。囚人たちはその寛大な度量に感激し、一人として逃亡するものはいなかった。みんな次郎長をほめたたえた。」
 新政府の逓信大臣になった榎本武揚などは、その人使いのコツを、わざわざ習いに次郎長のところにやってきたと言われています。

しかし、足を洗った親分の実像はいささか違っていました。富士の裾野の土地払い下げには、暴力を使って土地の農民を追い出して自分のものにしてしまいました。

明治17年2月、全国一斉に行われた博徒の検挙には、次郎長も引っかかって、懲役7年、罰金7円の実刑で、静岡監獄に投獄されました。たまたま運よく、翌明治18年、監獄のそばの土砂崩れで、次郎長は建物の下敷きになり大怪我をしたため特赦され、実家に帰ることが許されました。

そこで清水港で料理屋兼船宿を開業しました。それから8年、明治26年6月12日、74歳の生涯を閉じました。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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深浦町に着いたのはお昼時だったので、駅の近くで食事をして、海岸沿いの道路を円覚寺の方へ向かって歩きました。歴史民俗資料館・美術館で、水彩画を見て、夕陽公園の前を通過して、太宰治の小説「津軽」に出てくる旅館を改築した「ふかうら文学館」を見ました。太宰治が宿泊していたときに出されたという食事の見本がありました。結構、贅沢なものを食べています。
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 北前船の3分の1の模型がある「風待ち館」にも行きました。最大の船絵馬が飾ってありましたが、この後に行った円覚寺で同じ船絵馬があり、円覚寺の僧侶は「風待ち館」にある船絵馬はレプリカであり、円覚寺にある船絵馬が本物であるとおっしゃっていました。
円覚寺には航行の無事を祈願するために描かれた船絵馬、漁師が自分の髷(まげ)を切り落として、嵐が鎮まることを祈り、無事に帰還できたときに、切り落とした自分の髷を絵馬に貼り付けて奉納したという「まげ額」、先々代の住職が弟子の髪の毛でつくった刺繍がありました。いずれも写真撮影禁止です。061.gif
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 この写真ではわかりにくいのですが、船の舳先に横たわった人がくくりつけられている姿が描かれていました。その当時は舳先にくくりつけられている人を海に沈めて、嵐がおさまるように祈ったようです。
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 何かお土産はないものか。深浦駅の案内所でお姉さんに聞くと、駅を出たすぐ左に「・・・」という店があり、深浦認定品の「ふかうらのいいもの」が売っているとのこと。早速行きましたが、残念ながらチラシに載っているようなものは売っていませんでした。037.gif
しかし、その斜め前の八百屋さんでしょうか、すごいものを見つけました。写真を見てください。早速、トントンさんにクール宅急便で送ってあげました。029.gif
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そして、リゾートしらかみ号「橅」に乗って、鯵ヶ沢へ戻って来ました。夕飯後、津軽三味線の演奏がありました。老いも若きも、若きはいませんでしたが、三味線の音色に合わせての手拍子が鳴り響いていました。
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青森県の旅、最終日は果たしてどこへ行きましょうか。

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To be continued.


(五木ひろし/契り)

契り(作詞:阿久悠、作曲:五木ひろし、歌:五木ひろし)060.gif

あなたは誰と ちぎりますか
永遠の心を 結びますか

波のうねりが岸にとどく
過去の歌をのせて
激しい想いが 砕ける涙のように
緑は今も みずみずしいか
乙女はあでやかか
人の心は鴎のように
真白だろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

朝の光が海を染める
生きる夢に満ちて
まぶしい願いが きらめくいのちのように
流れは今も 清らかだろうか
子どもはほがらかか
人はいつでも桜のように
ほほえむだろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに


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by ryott-ryott | 2010-06-17 19:48 | 五能線の旅

白い太陽、紅い太陽、黄色い花、五能線で行く旅ヽ(^o^)丿

旅行・地域

スーパー白鳥号
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リゾートしらかみ号「くまげら」
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リゾートしらかみ号「橅」
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五能線

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6月11日(金)、カレンダー上は平日ですが、私の勤め先はスポーツ奨励の日として休日でした。また日曜日の出勤もなかったため、3連休となり、青森県の鯵ヶ沢、深浦、そして弘前に行ってきました。
 今回の旅の目標はベンセ湿原に咲くニッコウキスゲを観に行くことでした。6月11日は雨の特異日であり、この日から梅雨入りになるのですが、天気予報はお日様マーク。実際、私が出掛ける旅としてはめずらしくいい天気でした。058.gif037.gif

 6月11日の朝、東京駅から東北新幹線「はやて」で八戸まで行き、そこから青森まで「スーパー白鳥号」に乗りました。スーパー白鳥号は海底を通って、函館まで行く列車です。青森から「リゾートしらかみ号」に乗って、鯵ヶ沢まで行きました。鯵ヶ沢の宿、ホテルグランメール山海荘に着いた時は夕方16:30でした。

 この日は朝からいろんな方からメールが届き、13日の日曜日に大井町湯屋仲間の湯浅さんがボディービルの大会に出るので、応援に行かないかとの打診が般若さんから有りましたが、13日は夕方までまだ青森にいるので丁重にお断りしました。湯浅さん、大会の結果はどうだったのでしょうか。般若さんには、「湯浅さんの替わりに、おいしいものをたくさん食べてくるからと、湯浅さんに伝えておいて」と返信してしまいました。037.gif
 そして、リゾートしらかみ号の中でビールを飲んでいたら、POPさんから2年ぶりの再会のメールが届き、エルビーさんとすぐさまメール連絡を取って、再会の日を確定しました。


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6月11日、日本ではこの日から梅雨入り(入梅)ですが、常夏の国ハワイでは“カメハメハ・デー”のお祭りが催されます。
 ハワイ諸島が発見されたのは、1778年、これを航海日誌に記録して世界に紹介したのが、有名なキャプテン・クックです。
 彼はイギリスの海軍少佐でしたが、オーストラリア大陸、南太平洋の探検家として知られます。
 彼がこの島を発見した当時、ハワイ諸島は4人の大酋長が支配し、勢力争いの最中でした。彼はせっかく上陸はしたものの、その巻きぞえをくらって非業の死を遂げてしまいました。
 それから17年後の1795年、ヌアヌ・パリでオアフ軍を破り、ようやくハワイ全島の統一をはかったのが、初代ハワイ王になったカメハメハです。
 6月11日の“カメハメハ・デー”は、彼の誕生日とも、全島統一記念日ともいわれますが、はっきりはしていません。
 ホノルルのイオラニ宮殿の正門前には、右手の手のひらを上にして高くさしのべ、左手には槍を持ち、美しい金色のヘルメットとケープ(実際にはいずれも羽毛製)をまとった、精悍な顔つきをしたカメハメハ大王の立像が建っています。
 この像は、1878年、第7代カラカウア王の時代に、クックのハワイ諸島発見100年を記念してイタリアに発注したものでしたが、オリジナルの方は運搬途中で船火事で沈没。新しくコピーとしてつくられたものです。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)


白い太陽058.gif
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紅い太陽058.gif
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五能線は弘前と秋田の東能代までを結んでいます。各駅停車では約4時間の行程。全席指定のリゾートしらかみ号は赤い「くまげら」、ブルーの「青池」、グリーンの「橅」の3車種あります。今回の旅ではリゾートしらかみ号に3回乗車しましたが、「くまげら」2回、「橅」1回乗りました。青森から東能代まで2日間のパスで5000円、乗り降り自由、乗り放題、リゾートしらかみ号に乗るときの指定席特急券も無料、ただし1日の本数が少ないので青森-秋田間を行ったり来たりということはできませんが、車窓から眺める景色は素晴らしかったです。

 まずは本拠地の鯵ヶ沢から東の方向、木造で下車、ベンセ湿原へ行きました。この時期、ベンセ湿原には黄色いニッコウキスゲが咲き、湿原は黄色い花で埋め尽くされていました。056.gif
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To be continued.



(五木ひろし/契り)

契り(作詞:阿久悠、作曲:五木ひろし、歌:五木ひろし)060.gif

あなたは誰と 契りますか
永遠の心を 結びますか

波のうねりが岸にとどく
過去の歌をのせて
激しい想いが 砕ける涙のように
緑は今も みずみずしいか
乙女はあでやかか
人の心は鴎のように
真白だろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

朝の光が海を染める
生きる夢に満ちて
まぶしい願いが きらめくいのちのように
流れは今も 清らかだろうか
子どもはほがらかか
人はいつでも桜のように
ほほえむだろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

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by ryott-ryott | 2010-06-14 01:25 | 五能線の旅