カテゴリ:国宝松本城( 1 )

人間国宝、いい歳、りょうちゃん、国宝松本城をゆくヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 敬老の日を含めた9月18日からの3連休に、長野県・富山県の方へ疲れに行ってきました。037.gifひとつは松本城を見ること、そして、もうひとつは黒部ダムを見ることが今回の旅の目標でした。
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 9:00新宿発のあずさ9号に乗り、一路松本へと向かいました。新宿から松本までは約3時間かかる長旅です。連休とあって、列車は満席でした。終点松本まで行かれる方は少なく、諏訪湖がある上諏訪、下諏訪でほとんどのお客さんが降りて行きました。この日の松本市の最高気温は30 ℃、私は荷物を駅のコインロッカーへ押し込んで、カメラを持って松本城へと向かいました。
 松本城は当初小笠原家が治めていましたが、豊臣秀吉が徳川家康を江戸へ封じたのに伴い、小笠原氏も現在の千葉県、下総へ移りました。秀吉は松本城を石川数正・康長父子に与えました。石川親子は城と城下町の整備に尽力し、天守三棟、御殿、太鼓門、黒門などつくり、本丸・二の丸・三の丸まで現代の松本城の基礎を固めました。その後、石川家は豊臣方についていたため、大坂夏の陣で戦死し、その後、松本城は松平家が治めることになりました。実は松本藩は1590年から1869年の御維新まで6つの家、23代の藩主が治めてきています。歴史の部分は、特に晴れ男さんは、読んでくれないそうなので、ここら辺でやめておきます。041.gif

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 松本城を訪れて、国宝に指定されているお城は4つしかないことを知りました。誰もが知っている姫路城、愛知県の犬山城、井伊大老の彦根城、そして松本城だけなんだそうです。松本では「松本城を世界遺産にする」運動がされていました。
 白を基調とした別名「白鷺城」と呼ばれる姫路城に対し、松本城は黒く、別名「烏城」と呼ばれています。027.gif
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 おいおい書き綴りますが、今回は高いところへ昇ることが多い旅でした。その最初が日本最古のものといわれている6階立ての天守閣でした。富士山とは当然ながら比較にはなりませんが、お城の中の階段の段差が高く、柱などが低い位置にあるため身をかがめながら登らなければならないので結構疲れました。昇ることに疲れたのか、お城の中で座り込んでいる年配者の方もいらっしゃいました。そういえば富士山でも高山病で座り込んでいる人がいましたね、高見に登るということには、多かれ少なかれリスクを伴うということでしょう。
 最上階の天守閣に上がると、天気も良く、遠くまで松本城の4方を見ることができました。024.gif


天守閣から見た風景058.gif072.gif058.gif072.gif
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(やしきたかじん/東京)

東京(作詞:及川眠子、作曲:川上明彦、歌:やしきたかじん) 060.gif

あんたとなら
いつ死んでもかまわへん
わすれないで
そんな女いたことを

見上げた空さえも
冷たい色やけど
あたしが本気で惚れたひと
そう生まれた街やから

いとしさも 憎しみも
すべてすべて ぎゅっと抱きしめ
祈るように 今日も灯が
ともる東京

夢だけ見て
生きてるようなあんたやった
いつかあたし
待つことにも慣れてたよ
くすんだ風のなか
肩よせ暮らしたね
誰にも似てへんひとやけど
本物の愛をくれた

悲しくて 悔しくて
泣いて泣いてばかりいたけど
かけがえのないひとに
逢えた東京

痛いほど好きなのに
なんでなんで別れたんやろ
いまもまだ 胸の奥
揺れる東京

悲しくて 悔しくて
泣いて泣いてばかりいたけど
かけがえのないひとに
逢えた東京

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 明治・大正の小説家・徳富蘆花は『自然と人生』『思出の記』『みみずのたわごと』など、独特な自然観、人道主義を基調に、真摯な自己探求を続けた作家でした。
 しかし、残念ながら今日、蘆花の名前は小説『不如帰(ほととぎす)』の作家のほうで知られています。なぜならば、『金色夜叉』『婦系図』と並んで、『不如帰』は今でもしばしば新派の名作として上演されているからです。

 彼は熊本水俣の出身、本名健次郎。長兄猪一郎は明治・大正の代表的言論人徳富蘇峰です。
 蘆花は明治30年(1897年)、国木田独歩が住んでいた逗子の柳屋に転居しました。
 ここで偶然、日清戦争中の大山大将副官福家中佐の未亡人と出会い、彼女から大山大将の長女信子と、子爵三島弥太郎との離婚話を聞かされました。
 その話をモデルに、武男と浪子の悲しい物語『不如帰』が生まれたのです。彼はその一作で人気作家としての地位を確立したといってよいでしょう。
 明治35年(1902年)、彼はロシアに遊び、かねて崇拝していたトルストイを訪ねました。そしてトルストイに田園生活をすすめられ、当時武蔵野の面影を残す東京府下粕谷の地を求め、ここに居を移しました。
 彼は晴耕雨読、“美的百姓の生活”といわれながら、「自然と人生」を楽しみつつ、孤高の晩年を送りました。

 蘆花の私邸は、現在「蘆花公園・恒春園」として保存され、一般に公開されています。
 兄蘇峰とは、15年間絶交状態にありましたが、死期を悟ったのか、亡くなる前日(死亡は昭和2年(1927年)9月18日)に兄を呼んでもらい、和解をしました。
 『不如帰』の文学碑は逗子海岸に建っています。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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(五木ひろし/契り)

契り(作詞:阿久悠、作曲:五木ひろし、歌:五木ひろし)060.gif

あなたは誰と ちぎりますか
永遠の心を 結びますか

波のうねりが岸にとどく
過去の歌をのせて
激しい想いが 砕ける涙のように
緑は今も みずみずしいか
乙女はあでやかか
人の心は鴎のように
真白だろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

朝の光が海を染める
生きる夢に満ちて
まぶしい願いが きらめくいのちのように
流れは今も 清らかだろうか
子どもはほがらかか
人はいつでも桜のように
ほほえむだろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

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 松本城の北側には、松本神社、重要文化財の旧開智学校があります。旧開智学校は1876年(明治9年)に建てられた最も古い小学校なんだそうです。明治時代に建てられた小学校としては洋風な造りになっています。そして、現在は旧開智学校の前に、現在の開智小学校があり、この日は運動会が行われていました。私が通りかかったときは組体操が行われており、ひとつひとつの型が決まるたびに、訪れている人たちからたくさんの拍手が湧きおこっていました。038.gif
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 第一の目標、松本城をあとにして、四柱(よばしら)神社に立ち寄ってから、宿泊先の白馬へ向かうため松本駅へ引き返しました。松本から信濃大町を経て、白馬へ行くにはまだ1時間40分ほど電車に乗らなければならず、松本であまりのんびりとはできませんでした。白馬に行くためには、松本から大糸線という電車にのります。信濃大町から先の白馬へ向かう電車は1時間30分に1本くらいしかないので、松本でおいしそうなものを食べることが出来ませんでした。031.gif
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 信濃大町から先の大糸線の駅は、ほとんどが無人駅であり、一部の大きい駅を除いては1番車両の一番先頭のドアしか押しボタンで開閉しません。私が降りた「信濃上森」駅も無人駅、切符を電車の運転手さんへ渡して降りました。駅も無人ですが、駅前も無人。タクシーなんて、いやしません。通りかかったお爺さんに、「この辺にタクシー乗り場みたいなところはありませんか?」と尋ねると、この先のタクシーの詰め所があると教えてくれました。早速、その詰め所に行くと、タクシーは何台か駐車していましたが、人がいる気配はありませんでした。事務所のドアに、「御用命の際は、ここへ電話してください。」という貼り紙があり、電話をしたら、「白馬駅」から迎いに来てくれ、ようやく何とか宿泊先の「白馬樅の木ホテル」に着くことが出来ました。17:40到着。朝7時30分に家を出て、途中3時間ほど道草はしましたが、10時間以上経っていました。014.gif070.gif070.gif070.gif
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 この「白馬樅の木ホテル」は結構オシャレな佇まいのホテルで、レストランには浴衣で行くのはご遠慮くださいとのお願いがありました。料理はコースで決まっているようであり、周りの方は皆さんワインを飲んでいらっしゃいました。日本酒は3種類しか置いてありませんでしたが、私は全種類を頼んだら、レストランで給仕をしてくれるお姉さんから「このホテルで日本酒を全種類飲んだお客さんはいませんでした。」とお褒めの言葉をいただきました。069.gif041.gif

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 明日の予定は第二の目標、黒部ダム。
旅はまだまだ続きます。
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by ryott-ryott | 2010-09-22 01:22 | 国宝松本城