カテゴリ:黒部の太陽( 1 )

いい歳、りょうちゃん、「黒部の太陽」を見るヽ(^o^)丿

旅行・地域
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今週の飛び石連休は、山形県庄内へ行ってきました。この日記が現実に追いついていませんが、おいおい紹介します。今回は黒部ダムレポートです。004.gif
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「白馬樅の木ホテル」では毎朝5時50分から1時間ほど、ホテルの周辺の散策を、オーナー自ら宿泊客を連れて、行われています。私もその1時間に参加しました。070.gif
 朝の散策はホテルのマスコット犬3頭を引き連れて、朝焼けに映える白馬の山々、諏訪神社と樹齢1000年を超える巨大杉、大雪渓を源流としている松川、白馬大橋、そこに浮かぶ気球などを見て回りました。
 1時間の散策からホテルに帰ると、ホテル前では野菜を売りに来ている軽トラックが止まっており、「朝市」との札がかかっていました。
 オーナーさんがおっしゃるには、この朝の1時間散策での歩数は5000歩くらいであり、毎日ウォーキングを行うこと、そして「あまり美味しいものを食べすぎない」ことが年齢を重ねても元気でいられることだとのこと。散策に参加されていた関西方面のおばさんが「運動した後は、美味しいものを食べまくる」とオーナーさんに逆らうように言っていたのが印象的でした。041.gif
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 この「白馬樅の木ホテル」の早朝散策でわかったことは、白馬でも白馬大橋から東を望めば、日の出が見られるということ。最初、白馬では周辺の山々が高いので、朝日も夕日も見られないとホテルのフロントが言っていましたが、よい場所を見つけることが出来ました。ただし、今日の散策は日の出のあとであったため、その瞬間の写真を撮ることができませんでした。明日、最終日の朝、白馬大橋へ出掛けようと心の中で決めました。032.gif

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 散策後、ホテルで朝食を摂り、いよいよ「黒部ダム」へ出発しました。070.gif070.gif070.gif

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(やしきたかじん/東京)

東京(作詞:及川眠子、作曲:川上明彦、歌:やしきたかじん) 060.gif

あんたとなら
いつ死んでもかまわへん
わすれないで
そんな女いたことを

見上げた空さえも
冷たい色やけど
あたしが本気で惚れたひと
そう生まれた街やから

いとしさも 憎しみも
すべてすべて ぎゅっと抱きしめ
祈るように 今日も灯が
ともる東京

夢だけ見て
生きてるようなあんたやった
いつかあたし
待つことにも慣れてたよ
くすんだ風のなか
肩よせ暮らしたね
誰にも似てへんひとやけど
本物の愛をくれた

悲しくて 悔しくて
泣いて泣いてばかりいたけど
かけがえのないひとに
逢えた東京

痛いほど好きなのに
なんでなんで別れたんやろ
いまもまだ 胸の奥
揺れる東京

悲しくて 悔しくて
泣いて泣いてばかりいたけど
かけがえのないひとに
逢えた東京

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 明治の俳壇に巨大な足跡を残した正岡子規は、明治35年(1902年)9月19日、東京台東区根岸の「子規庵」で、肺結核と腰部脊椎炎で亡くなりました。
 門弟に高浜虚子、伊藤左千夫、長塚節(たかし)など、そうそうたる顔触れがそろっていますので、年輩者かと思っていましたら、享年35歳でした。

 正岡常規
 又ノ名ハ処之助
 又ノ名ハ升
 又ノ名ハ子規
 又ノ名ハ獺祭書屋主人
 又ノ名ハ竹ノ里人
 伊予松山ニ生レ
 東京根岸ニ住ス
 父隼太郎松山藩御馬廻加番タリ卒ス
 母大原氏ニ養スル
 日本新聞社員タリ
 明治三十□年
 □月□日没ス
 享年三十□
 月給四十円

 これは子規自らしたためた墓誌で、東京田端の大竜寺のお墓には、そのまま刻まれています。
 子規が松山から上京したのは明治25年(1892年)、根岸に移ったのは27年(1894年)です。
 『病牀六尺』『墨汁一滴』などの名文を書いたのは、8年に及ぶ闘病生活をしながらでした。
 死の前日、病をおして詠んだのが次の句です。

 糸瓜咲いて痰のつまりし仏かな
 痰一斗糸瓜の水も間にあわず
 をととひのへちまの水も取らざりき

 子規は東大で落第したのが縁で、夏目漱石と親しくなりましたが、卒業後、漱石が子規のふるさと松山中学校の教師として赴任し、そこで名作『坊ちゃん』を書き上げたのですから奇縁です。
 松山市末広町の政宗寺には、子規の住居の一部が移築され、「子規堂」として保存され、その庭内の一部に『坊ちゃん』に出てくるチンチン電車が展示され、観光客の目を楽しませています。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)



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 黒部ダムへは長野県側から行きました。立山アルペンルートの途中で宿泊出来れば、扇沢から立山までの全工程を周ることが出来たと思いますが、この立山アルペンルートの途中の宿泊宿は3ヵ月くらい前からどこも満室でした。
まず白馬から扇沢までタクシーで40分。大糸線では白馬から信濃大町(40分)、信濃大町から扇沢までバスで行く行程(40分)では時間が2倍以上かかってしまいます。混雑を予想して、少し早目に向かったつもりでしたが、扇沢(標高1433 m)からの関電トンネルトローリーバスの切符売り場は3連休中日とあって長蛇の列でした。目標の時間の次の便で黒部ダムに行きました。扇沢から黒部ダム(標高1470 m)までは約16分。059.gif

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黒部ダムへは220段の長い階段を昇り、ダム展望台(標高1508 m)に辿り着きました。高さ186m、1秒間当たり10トンから15トンの水を、水しぶきをあげながらの大放水(正式に観光放水と呼んでいるそうです)。堤防の長さは492 m、幅 8 m、総貯水量 2億立方メートルの日本一のダムです。雪が降り始めて、ダム展望を閉鎖する10月15日まで観光放水は続きます。
天気も良くて、ダムから放水される水しぶきに太陽光が当たって、虹が出ていました。
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 映画「黒部の太陽」でも知られるように、掘削を始めてから2600 m地点で、毎秒660 リットルもの地下水が土砂とともに噴き出してくる「破砕帯」にぶつかり、一時は掘削作業が不可能である状況になりました。「破砕帯」の幅は80 mにも及び、480万トンの湧水をたくさんの穴をあけて抜きだし、7ヵ月の苦闘の末、ようやく突破しました。関電トンネル出入り口には当時の工事の模様が示されていました。7年の歳月、総工費513億円(昭和38年当時)、延べ1000万人の人手をかけて、昭和38年6月に完成しました。

 黒部ダム建設ではたくさんの方が工事中に殉職し、黒部湖を望むところに慰霊碑がありました。


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(五木ひろし/契り)

契り(作詞:阿久悠、作曲:五木ひろし、歌:五木ひろし)060.gif

あなたは誰と ちぎりますか
永遠の心を 結びますか

波のうねりが岸にとどく
過去の歌をのせて
激しい想いが 砕ける涙のように
緑は今も みずみずしいか
乙女はあでやかか
人の心は鴎のように
真白だろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

朝の光が海を染める
生きる夢に満ちて
まぶしい願いが きらめくいのちのように
流れは今も 清らかだろうか
子どもはほがらかか
人はいつでも桜のように
ほほえむだろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

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 第二の目標、黒部ダムにも無事辿り着くことが出来、折角なので、立山の室堂まで行くことにしました。黒部湖(標高1455 m)から黒部ケーブルカーで黒部平(標高1828 m)まで行き(5分)、そこから大観峰(標高2316 m)まで立山ロープウェイに乗ります(7分)。ロープウェイに乗っている時間はわずか7分ですが、たいへんな人出で、ケーブルカーもロープウェイもピストン輸送していましたが、それでもロープウェイに乗車するまで1時間半以上待ちました。大観峰から室堂(標高2450 m)までは立山トローリーバスで10分、ようやく室堂に到着。056.gif
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 ガイドブックなどには扇沢から立山駅まで往復で散策時間も含めて8時間あれば帰ってくることができると書いてありますが、これだけの人出で混雑している状態では、室堂から先へ進むと宿泊している白馬へ戻ってこれなくなるため、今回は室堂までとしました。

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 室堂では天然記念物のライチョウに結構簡単に出会うことができると聞きましたが、私は見ることができませんでした。室堂の天気は曇りでしたが、ガスは発生していなかったため、たぶんあれが剱岳なのかと思いながら、ミクリガ池と地獄谷を散策しました。地獄谷は階段を下りたところにあり、行くのはスイスイと行けましたが、登りの帰りはやはり大変でした。地獄谷は噴煙が立ち込め、有毒ガスが噴き出しています。天候が悪化すると、たちまちに有毒ガスに巻かれて死んでしまうのだそうです。そのうち軽装で来ている異国人が地獄谷で死んだというニュースを聞くかもしれません。037.gif037.gif037.gif

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白馬の旅はまだまだ続きます。To be continued.
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by ryott-ryott | 2010-09-27 01:15 | 黒部の太陽