カテゴリ:月山・湯殿山( 1 )

いい歳、りょうちゃん、月山から湯殿山神社へ参拝登山ヽ(^o^)丿

旅行・地域
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雨から始まった山形県の旅。2日目は月山へ行くことにしました。今回の旅の中で、月山へ行くことを密かに考えていましたが、前日の雨であきらめかけていました。057.gif
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 朝起きると、前日の雨はすっかりあがって、西側の空には秋分の日の満月が浮かんでいました。これが太陽だったら、どんなに美しい夕景になるでしょう。私には太陽より月がお似合いといったところなんでしょうか。夕日の名所と知られる湯の浜でも、太陽が水平線にきれいに沈むのは年間30日程度しかないそうです。確立12分の1、10日に1回もないことになります。058.gif
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 天気が回復傾向であるため、2日目は月山へ行くことにしました。標高1984 m。8合目まではバスを乗り継いで行き、そこから登山開始。もちろん富士山に比較すれば、かなり登りやすく、高齢者でも容易に踏破できるということは聞かされていました。ガイドブックなどには8合目から月山頂上まで所要時間2時間30分から3時間と書いてあります。
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 朝6時過ぎに旅館を出発。7時2分に鶴岡駅前からまずは羽黒山頂上へ行き、そこから月山8合目まで行くことになります。羽黒山頂上でバスを乗り換えるのかと思ったら、月山8合目へ行くバスも同じバスであり、羽黒山頂上で休憩したかたちになっていました。
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 車1つ分の幅の山道をバスに揺られて、月山8合目へ向かいました。バスの運転手さんは対向車にはかなり気を使っており、無線で向こう側から車が来ないかどうかを多分終着点と確認しながら運転していました。終点月山8合目には9時前に到着。結構、気温が低く、富士登山のときに持って行ったレインコート上下を駐車場で来て、9:00にいよいよ登山を開始しました。
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(やしきたかじん/東京)

東京(作詞:及川眠子、作曲:川上明彦、歌:やしきたかじん) 060.gif

あんたとなら
いつ死んでもかまわへん
わすれないで
そんな女いたことを

見上げた空さえも
冷たい色やけど
あたしが本気で惚れたひと
そう生まれた街やから

いとしさも 憎しみも
すべてすべて ぎゅっと抱きしめ
祈るように 今日も灯が
ともる東京

夢だけ見て
生きてるようなあんたやった
いつかあたし
待つことにも慣れてたよ
くすんだ風のなか
肩よせ暮らしたね
誰にも似てへんひとやけど
本物の愛をくれた

悲しくて 悔しくて
泣いて泣いてばかりいたけど
かけがえのないひとに
逢えた東京

痛いほど好きなのに
なんでなんで別れたんやろ
いまもまだ 胸の奥
揺れる東京

悲しくて 悔しくて
泣いて泣いてばかりいたけど
かけがえのないひとに
逢えた東京

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「少にして学べば、則ち壮にして為す有り。壮にして学べば、則ち老いて衰えず、
則ち死して朽ちず。」(佐藤一斎「言志四録」より)
(少年の時に勉強をすれば、壮年になった時に何事かをなすだろう。壮年の時に勉強をすれば、老年になっても気力が充実して、頭がボケるようなことはない。老いてなお勉強を心がける人は、寿命も長く、社会に役立ち、みんなから尊敬を受けて、その名声は消えることはない)

「春風を以て人に接し、秋霜を以て自ら粛(つつし)む」
(人間はとかく自分には甘く、人には厳しくあたる人が多いが、本当によい人間関係を作るためには、春風のようななごやかな心で人に接し、秋霜のような厳しさで自分を律することが大事である)

幕末の儒学者 佐藤一斎の語録「言志四録」にある言葉です。佐藤一斎は、安永元年(1772年)に生まれて、幼時より学に志し、はじめの岩村藩の儒臣として勤めていましたが、天保の改革の時に老中水野忠邦によって、幕府の大学校「昌平黌(しょうへいこう)」の教授として登用され、朱子学、陽明学を教えました。門下生は、諸大名をはじめ3000人。佐久間象山、吉田松陰のような学者、勝海舟、坂本竜馬、伊藤博文、西郷隆盛など、明治維新に活躍した逸材を輩出しています。

佐藤一斎は、その言葉の通り、「老いて衰えず」、安政6年(1859年)9月24日、87歳で亡くなりました。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)


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(五木ひろし/契り)

契り(作詞:阿久悠、作曲:五木ひろし、歌:五木ひろし)060.gif

あなたは誰と ちぎりますか
永遠の心を 結びますか

波のうねりが岸にとどく
過去の歌をのせて
激しい想いが 砕ける涙のように
緑は今も みずみずしいか
乙女はあでやかか
人の心は鴎のように
真白だろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

朝の光が海を染める
生きる夢に満ちて
まぶしい願いが きらめくいのちのように
流れは今も 清らかだろうか
子どもはほがらかか
人はいつでも桜のように
ほほえむだろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

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 月山の登山道は途中まで板が敷いてあり、その後は石の多い道になります。富士山のような砂利道とは違い、大きい石で登山道が敷かれていました。かなり登りやすい登山道だったと思います。ただ頂上に近づくにつれて、なだらかな斜面から、急な登り道の数も増えていました。042.gif042.gif042.gif

 やはり坂道を登っていくため、スタート地点ではかなり寒く感じていましたが、登るうちに汗が滲み、レインコートをリックサックの中にしまって、カメラ片手に登山を続けました。空は快晴ではなく薄曇りでしたが、遠く鳥海山、庄内平野、日本海を望むことができました。

 登山スタートからちょうど3時間、12:00ごろに山頂に到着。月山神社にお参りし、持ってきたおまんじゅうとお茶で約30分ほど休憩しました。

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 12:30下山を開始。月山の登山客のほとんどは登ってきた道を引き返していきます。そして、2番目に多いのは反対側の姥ヶ岳まで行って、そこからリフトで麓まで下りていくルートをたどります。
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 私は登ってきた道も引き返さず、姥ヶ岳からのリフトでの下山も選ばず、湯殿山へ行くことにしました。ガイドブックには湯殿山の方へ下山に要する時間は2時間30分ほどと書いてあったことと、地図を見るとその道のりがとても短く見えたからです。ところが、その安易な気持ちが災いしました。下山して、湯殿山と記されている方向の道を進み、「金姥」というところから、今まで歩いて来た道とは一転して、うっそうとした木々が生い茂る、クマがどこかから出て来そうな道でした。
 この「金姥」から地図の上で「鉄のハシゴ」と書かれている場所に辿り着くまでかなりの時間を要しました。本当にこの道で合っているのだろうか、違う道に入ってしまったのではないか、という不安にさいなまれながら、道を進みました。そして、ようやく「鉄のハシゴ」と書かれている場所に到着。そこから見下ろすと、50~60 度はあるだろうと思われる傾斜の崖に、5 mくらいあると思われる、まさに「鉄のハシゴ」が立て掛けてあり、下山するには「鉄のハシゴ」を下っていくしかありませんでした。一段一段ハシゴに足をかけて、5 mの「鉄のハシゴ」をクリア。しかし、またもや同じ「鉄のハシゴ」が出現。なんと同じ長さはあると思われる「鉄のハシゴ」が5本ありました。短いものも含めれば6本分はあったと思います。この「鉄のハシゴ」を抜けるのに約30分かかりました。やっと「鉄のハシゴ」が終わったと思ったら、今度は急な石段が続きます。しかも前日の雨で川になっていました。しかし、もう引き返す時間はありません。川になった下り道を下って行きました。1回、足をとられて尻もちをついてしまい、パンツがビショビショになってしまったかとも思いましたが、まったく濡れることはなく、トレッキングシューズもズボンも水を通さないことに驚きました。そして第二の関門の川の下り道も何とか突破、ここも30分はかかってしまいました。

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 川の道を抜け、しばらく歩き、最終目的地の湯殿山神社に着きました。ガイドブックにある所要時間の2時間30分を大きく超えていました。月山の登山では、登る人も降りてくる人もたくさんいたのですが、湯殿神社からの登って来る人も降りて行く人も誰もいなかったのがわかりました。
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語られぬ 湯殿にぬらす 袂かな 松尾芭蕉
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 昔の人はこのようにして山を越えて、湯殿山神社へお参りしたんだなと思うと同時に、昔は「鉄のハシゴ」なんてなかった筈だから登るのも降りるのも相当大変だったに違いありません。
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 湯殿山神社では本宮に入る前に素足になって、お祓いを受けなければ、中に入ることが出来ません。お祓い場でお守りと人形(ひとがた)を受け取り、わが身の穢れを人形へ移して、最後に息を吹きかけて、渓流に流します。中にはいると「岩供養」といわれる大きな岩があり、その上からはお湯が湧き出ています。この大きな岩は女性自身をかたどっており、ここをお参りすることにより「生まれ変わり」を約束されるそうです。
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 最後は本宮の中でお参りして、出口のところで足湯を使い、出て来ました。032.gif032.gif032.gif
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 湯殿山神社の大鳥居の横に「行人塚」があり、即身仏として入定する場所だったようです。「行人塚」の真ん中にガラスケースの中に何と「即身仏」が祀られていました。しかし、後日、酒田の海向寺で木製のレプリカであることを教えてもらいました。031.gif
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 月山・湯殿山から夕闇せまる中、湯の浜へ戻って行きました。

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山形の旅はまだまだ続きます。To be continued.


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by ryott-ryott | 2010-10-04 00:26 | 月山・湯殿山