カテゴリ:出羽三山( 1 )

いい歳、りょうちゃん、出羽三山を完全登拝するヽ(^o^)丿

旅行・地域
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「眺海の森さんさん」からの眺めは本当に素晴らしかったです。蛇行する最上川が流れる庄内平野は、四季の移り変わりで、変幻自在に姿を変えていきます。私が見たのは秋色の最上川でした。056.gif058.gif056.gif058.gif
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朝7時に食堂に行くと、宿泊客40名分の朝食を男性従業員ひとりで用意しており、とても忙しそうでした。今日は鶴東高校の吹奏楽部員も宿泊しており、「眺海の森さんさん」は大賑わいでした。吹奏楽の大会でもあるのでしょうか。060.gif
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飛び石連休最終日は最上川を船で下り、出羽三山の羽黒山へお参りし、鶴岡市内の南岳寺で鉄龍海上人の即身仏をお参りして来ました。本日もタクシー運転手の佐藤さんに案内を頼みました。

 五月雨を あつめて早し 最上川 松尾芭蕉

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 最上川の船下り は、戸澤村にある戸澤藩船番所から最上川リバーポートまで川に沿って約12 kmを約60分かけて下っていきます。JR陸羽西線に沿って、最上川の上流の方へ移動し、戸澤藩船番所で船に乗り込みます。私が乗った船は午前10:50発の57名乗りの大きな船で、ほぼ満席でした。船頭さんは全員で20名いるそうであり、私が載った船は「笑顔No.1」の斎藤静夫船頭と船尾に「生真面目No.1」の皆川裕貴船頭の案内でした。この最上川芭蕉ライン船下りは年中無休、冬の雪が降るときは船の中にコタツが設置されます。
私は水しぶきをかぶりながらの船下りを予想していましたが、流れはゆっくりとおだやかな川を下って行きました。

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 船頭さんの山形弁での説明は楽しく、船内はいつも大爆笑。川は緑に濁っていますが、もう少し澄んでいれば、今の季節は最上川を登って来る鮭を見ることが出来るそうです。目を凝らしてみましたが見えませんでした。027.gif
 川沿いには48の滝があり、すべてに名前が付いています。そして大雨が降ると、48ある滝が100以上に増えるのだそうです。057.gif
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 いかにも伝説であると思ったのは「駒形の滝」。滝の下に半円形の穴が幾つも空いており、それが馬の蹄のあとに見えるので、この名前がつけられたそうです。昔、弁慶が頼朝の追っ手から逃れる際に馬でこの滝の下から駆け上がったときに蹄のあとがついたためと言われています。しかし、この滝を馬で駆け上がることも出来ないと思いますし、蹄のあとにしては穴が大きすぎます。象でもこんな大きな足跡はつけられないと思いました。031.gif
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途中、ふるさと村というところに停泊して、5分ほどの休憩をとりましたが、そこでバレーボールをやっている人がいました。そのすぐ裏は山が迫っており、この人たちはどこから来たのか不思議に思いましたが、向こう岸もある程度のところまでは車で行くことが出来、そこから歩いて来たのだろうと佐藤さんはおっしゃっていました。しかし、この裏山にはツキノワグマがたくさん棲息しているそうです。今年の猛暑でクマの餌になるアケビ、山ブドウ、栗、きのこなどが不作で、食べ物を求めてクマが人里まで出てくることが多いとおっしゃっていました。栗はイガだけ付けて、中身がないとのことでした。この山には、ウサギ、テン、タヌキも棲息しており、夜になると現れるそうです。071.gif071.gif071.gif

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 最上川の川下りは河口から40 kmのところであり、下流にあたるのでゆっくりしたものでしたが、いくつか浅瀬や川幅が狭くなったところは流れが早くなっていました。昔は船に米俵を積んで、酒田港まで最上川を下って行ったそうです。雨などで水かさが増し、流れが早くなった浅瀬では、船がバラバラになって、米俵がすべて川底へ消えていったといいます
 この川下りは昭和27年から行っているそうですが、当初はお客さんが年間で100ぐらいしかいなかったそうです。そして、畑仕事の合間に、川を下りたいお客さんがやって来て、船に乗せたといいます。

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 船頭さんの話と唄を聞きながら、最上川リバーポートに到着。そこから出羽三山の最後の山、羽黒山へ向かいました。
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 出羽三山は月山、羽黒山、湯殿山の総称であり、月山から湯殿山へ行ったことは既に報告しました。そして出羽三山の月山は過去を、湯殿山は未来を、羽黒山は現在を表しているといわれています。羽黒山の開山は約1400年前、第32代崇峻天皇の皇子の蜂子皇子が三本足の烏に導かれて、羽黒山に登拝し、羽黒権現を感得、山頂に祠(ほこら)を創建したのが始まりとされています。皇子はさらに月山権現、湯殿山権現を感得し、三山の開祖になりました。

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(やしきたかじん/東京)

東京(作詞:及川眠子、作曲:川上明彦、歌:やしきたかじん) 060.gif

あんたとなら
いつ死んでもかまわへん
わすれないで
そんな女いたことを

見上げた空さえも
冷たい色やけど
あたしが本気で惚れたひと
そう生まれた街やから

いとしさも 憎しみも
すべてすべて ぎゅっと抱きしめ
祈るように 今日も灯が
ともる東京

夢だけ見て
生きてるようなあんたやった
いつかあたし
待つことにも慣れてたよ
くすんだ風のなか
肩よせ暮らしたね
誰にも似てへんひとやけど
本物の愛をくれた

悲しくて 悔しくて
泣いて泣いてばかりいたけど
かけがえのないひとに
逢えた東京

痛いほど好きなのに
なんでなんで別れたんやろ
いまもまだ 胸の奥
揺れる東京

悲しくて 悔しくて
泣いて泣いてばかりいたけど
かけがえのないひとに
逢えた東京

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1974年8月26日、ハワイでひっそりと一人の老人が亡くなりました。
かつて、大西洋単独無着陸飛行の快挙を成し遂げて、一躍世界の英雄となった、アメリカの飛行家のリンドバーグでした。

リンドバーグが愛機「スピリット・オブ・セントルイス」号でニューヨークとパリの間を33時間半かけて、大西洋横断に成功したのは1927年5月21日のことでした。
当時は宇宙飛行士が生還したのと同じくらい画期的な出来事でした。
 彼の自伝も映画化されて、「翼よ、あれがパリの灯だ!」と題されて、世界的に大ヒットしたそうです。
 名声と富を手に入れたリンドバーグは世界の有名人として社交界の花形として君臨します。日本にも1932年(昭和7年)にやってきて大歓迎を受けました。

しかし、20年の年月が流れると、リンドバーグを知る人も次第に少なくなり、さらに10年経つと、紹介されてもうなづきもしなくなったそうです。
そして、さらに10年が経つと、この老人があの時の人かという顔つきで人々は彼に接するようになりました。それから先は、リンバーグは一切のパーティに出席しなくなりました。いつの間にかリンドバーグは死んだものと考えられるようになってしまったそうです。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)


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(五木ひろし/契り)

契り(作詞:阿久悠、作曲:五木ひろし、歌:五木ひろし)060.gif

あなたは誰と ちぎりますか
永遠の心を 結びますか

波のうねりが岸にとどく
過去の歌をのせて
激しい想いが 砕ける涙のように
緑は今も みずみずしいか
乙女はあでやかか
人の心は鴎のように
真白だろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

朝の光が海を染める
生きる夢に満ちて
まぶしい願いが きらめくいのちのように
流れは今も 清らかだろうか
子どもはほがらかか
人はいつでも桜のように
ほほえむだろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

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 山頂までは来るまで行くことができます。山形から帰ってから、湯屋仲間の中村さんから登ることが重要だとお小言を言われました。まぁ、いいじゃないですか。山頂の羽黒山神社にお参りして、段数2446段、全長1.7 kmあるといわれる表参道杉並木を下って行きました。前々日の月山・湯殿山の登下山で大腿部が筋肉痛になっており、下りといえども、かなりしんどく感じました。
参道の両側には樹齢350~500年の杉並木が続き、そのうち400本が特別天然記念物に指定されています。参道の終わり近くには樹齢1000以上と言われる天然記念物の「爺杉(じじすぎ)」がありました。昔は「婆杉(ばばすぎ)」もあったそうですが、台風で折れてしまったそうです。

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 また特別天然記念物である国宝の五重塔が建っています。高さ29.6 m。東北最古の五重塔であり、平安時代920年代に平将門によって創建されたと伝えられています。その後、約600年ほど前、庄内領主・羽黒山別当であった武藤政が大修復を行ったと記録されています。
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 最後に弁慶が粕汁を一気に飲み干したといわれる鍋が祀らている黄金堂、鉄龍海上人の即身仏が祀られている南岳寺、やはり五重塔があう善賽寺に行きました。最終日は一日、天気にも恵まれ、青空のもと山形庄内の旅を続けることが出来ました。
 午後3時過ぎに庄内空港に到着。ここで2日間にわたって、庄内を案内してもらった佐藤さんともお別れ。飛行機に乗って帰って来ました。

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 今回の旅はなりゆきの部分も多かったとおもいます。月山、湯殿山、羽黒山の神社を参拝し、さらに3人の即身仏ご上人をお参りして、自分の過去世に出来なかったことなのか、あるいは同じ道を辿って行ったのか、はっきりはしませんが、一区切り出来たような不思議な旅でもありました。

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山形・庄内、出羽三山の旅 これにて完
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by ryott-ryott | 2010-10-08 17:19 | 出羽三山