カテゴリ:達磨山・金冠山( 1 )

いい歳、りょうちゃん、伊豆峠越えヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 土曜日はいつものように中国整体へ行き、その後に「木洩れ日」さんで昼ごはんを食べようと思いましたが、満席で断念。アドマチック天国で紹介された余波がまだ続いているようです。中国整体の先生は日曜日の夜から勝田へ行き、常陸牛を食べて、その翌日は袋田の滝へ行かれるとおっしゃっていました。018.gif
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 今年の10月は晴れの日は数えるほどしかなく、曇りや雨の多い1ヵ月でした。11月に入ってからは、今のところ、結構晴れ間が広がる日が続いています。058.gif
 近所の大間窪小学校が来年の3月をもって廃校になることが決まり、11月14日(日)にそのお別れ会が行われるとのお知らせがありました。私は大間窪小学校の卒業ではないのですが、通っていた戸越小学校よりは大間窪小学校の方が近く、中学は大間窪の前の三中であったため、なくなってしまうのはとてもさびしく思います。

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 土曜日はいい天気で、大間窪小学校の近くのお医者さんへ行ったので、その途中に校舎の写真を撮りました。14日(日)も小学校の屋上へ入れてくれるとのことなので、カメラ片手に行こうと思います。016.gif
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 そして、私が1ヵ月に1度通っているお医者さんにとても珍しいものが置いてあったので、その写真を撮らせてもらいました。それはスズメバチの巣です。看護士さんに聞くと、患者さんが山登りをした際に見つけて、病院へ持って来てくれたそうです。30 cm以上はあるでしょうか。この中にあの恐ろしいスズメバチがうごめいていたことを想像すると、山登りが躊躇されます。看護士さんも山登りのときに、ハチに頭を刺された経験があるそうで、頭に石が刺さったような痛みだとおっしゃっていました。031.gif

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(やしきたかじん/東京)

東京(作詞:及川眠子、作曲:川上明彦、歌:やしきたかじん) 060.gif

あんたとなら
いつ死んでもかまわへん
わすれないで
そんな女いたことを

見上げた空さえも
冷たい色やけど
あたしが本気で惚れたひと
そう生まれた街やから

いとしさも 憎しみも
すべてすべて ぎゅっと抱きしめ
祈るように 今日も灯が
ともる東京

夢だけ見て
生きてるようなあんたやった
いつかあたし
待つことにも慣れてたよ
くすんだ風のなか
肩よせ暮らしたね
誰にも似てへんひとやけど
本物の愛をくれた

悲しくて 悔しくて
泣いて泣いてばかりいたけど
かけがえのないひとに
逢えた東京

痛いほど好きなのに
なんでなんで別れたんやろ
いまもまだ 胸の奥
揺れる東京

悲しくて 悔しくて
泣いて泣いてばかりいたけど
かけがえのないひとに
逢えた東京

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 慶長18年(1613年)9月、伊達政宗は仙台藩で建造した大型帆船で、家臣支倉常長(はせくらつねなが)を代表に遣欧使節団を送りました。
 この時代、一つの藩がこのような大胆な外交プロジェクトを組むことは、幕府に対しても、かなりの実力がなければできません。
 政宗は、なぜこれを計画したのでしょう。
 直接の理由は、伊達の江戸屋敷の侍女が、マニラからきた宣教師ルイス・ソテロによって病気を治してもらったことが縁で政宗と親しくなり、仙台に行って政宗に諸外国との通商をすすめ、そのためには一度ローマの法皇庁へ使節派遣をしてはどうかと提案したのが、そのきっかけになったといいます。
 支倉使節団の一行は、ソテロを道案内として、まず太平洋を渡ってメキシコのアカプルコに到着しました。続いて大西洋を横断してスペインのセビリアに上陸、陸路ローマに入りました。
 元和元年(1615年)11月3日、法皇庁でパウロ5世に謁見し、そこで政宗からの親書を手渡し、法皇から政宗宛の親書も受け取りました。
 きらびやかな絹の日本服をよそおった7人の小姓、それに4人の武士、続いて衛兵たちによって護られた常長の、金銀縫い取りの華美な着物に、イタリア風の襟飾りと帽子のいで立ちで、にこやかに応待する優雅な風采に、群衆は熱狂して彼らを迎えたといいます。
 元和6年(1620年)8月、常長ら一行は7年ぶりに帰国しましたが、国内はキリスト教の禁圧、鎖国政策の実施中で、せっかくの通商条約締結の話も実現できませんでした。
 常長自身もキリスト教信者の疑いで処刑される寸前でしたが許されました。晩年は不遇でした。しかし、わが国外交史で特筆されていい人物です。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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(五木ひろし/契り)

契り(作詞:阿久悠、作曲:五木ひろし、歌:五木ひろし)060.gif

あなたは誰と ちぎりますか
永遠の心を 結びますか

波のうねりが岸にとどく
過去の歌をのせて
激しい想いが 砕ける涙のように
緑は今も みずみずしいか
乙女はあでやかか
人の心は鴎のように
真白だろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

朝の光が海を染める
生きる夢に満ちて
まぶしい願いが きらめくいのちのように
流れは今も 清らかだろうか
子どもはほがらかか
人はいつでも桜のように
ほほえむだろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

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 11月3日文化の日は伊豆にある達磨山と金冠山へ行きました。金冠山は沼津市のホームページにも載っており、標高816 m。一方の達磨山は982 m。今月の飛び石連休で行くことを計画している鹿児島の開聞岳(922 m)よりも60 m高い山です。
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 伊豆の修善寺までは、三島まで新幹線で行き(品川から37分)、三島から伊豆箱根鉄道で終点の修善寺に37分で辿り着きます。修善寺からは東海バスに30分乗り、達磨山高原レストハウス前で下車。レストハウス前の展望台からは、駿河湾と富士山を見ることは出来ました。しかしながら、富士山には歯磨き粉のような雲がかかっており、その全景を見ることができませんでした。031.gif
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 レストハウスで地図をもらい、まずは達磨山を目指しました。山道は芝生の山道で整備されており、金冠山へ行く分岐点を通過し、戸田峠(へだとうげ)から山頂へ登って行きました。途中、舗装された道と車道を横切り、レストハウスから約90分で達磨山山頂に着きました。登りやすい山道だったとはいえ、やはり登り道は大変でした。そこからは山を下って行って、大曲茶屋まで行き、バスで修善寺へ戻るルートもありましたが、沼津市のホームページには金冠山からの眺望も素晴らしいとあったので、登ってきた山道を引き返し、金冠山へ行きました。先ほどの分岐点からは10分くらいで山頂に到達しました。目の前に広がる駿河湾と歯磨き粉状の雲がまとわりついていましたが、それでも富士山は雄大でした。私が山頂に着いた数分後に、中年の夫婦もやって来て、富士山をバックに写真撮影を頼まれました。時刻は14:00くらいでした。070.gif070.gif070.gif
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 沼津市のホームページによると、金冠山山頂から下山コースが2つ、沢道コースと尾根道コースがあると記されており、コースの先には「市民の森」があるとありました。その先にはバス停があり、そこから沼津駅へ行くことができるようです。金冠山へ登ってきた中年の夫婦は元来た道を降りていきましたが、私は「市民の森」から沼津へと抜ける道を選ぶことにしました。この判断は間違いでした。金冠山から「市民の森」へ行く道は整備されてなく、道なのか山なのか、わかりませんでした。ただただ海のある方角へ下山を続けて行きました。そして途中にあるはずの「市民の森」を結局見つけることが出来ず、さらに山道の判断がますますわからなくなり、どうなることかと思いましたが、脇に舗装された車道が見えたので、その車道へ出てしまいました。070.gif031.gif070.gif031.gif
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 海岸まで出て、駿河湾へ沈む夕陽の写真を撮ることが出来ればと思っていましたが、歩いても歩いても目印となる場所もなく、その舗装された坂道を通る車も人もありませんでした。そして、ようやくホームページの地図にある稲荷杉の前に辿り着きました。地図に寄れば、海岸までの道のりはまだ遠く、日が沈む前には海岸線まで辿り着こうという目標に切り替えました。
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 しばらくするとみかん畑が現れ、畑で働いているおばちゃんがいました。そのおばちゃんに「この地図にあるバス停までどのくらいありますか?」と尋ねたところ、歩いて15分から20分と言うので、棒のようになった足を引きずりながら、海岸のバス停へ向かいましたが、20分歩いてもバス停は現れませんでした。
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 金冠山を降りはじめて2時間半、16:30にようやく海岸へ辿り着きました。日の入りは16:42。真っ赤な夕陽を今日こそは見ようと港に突き出ているところまで行きましたが、駿河湾に突き出ている突端に阻まれて、海に沈みゆく夕陽を見ることができませんでした。こんなことであれば、金冠山からは沼津に抜けずに、達磨山高原レストハウスまで戻って、修善寺から三島へ行って、夕陽スポットを探せばよかったと思います。
沼津市のホームページに載っている下山コースは絶対にお勧めできません。
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by ryott-ryott | 2010-11-07 19:26 | 達磨山・金冠山 | Comments(0)