カテゴリ:雲取山縦走( 2 )

いい歳、りょうちゃんの、私の百名山、雲取山縦走、後編ヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 雲取山縦走2日目へ行く前に、今週日曜日12月26日の第55回有馬記念の予想を少し書きたいと思います。私の有馬記念は5枠10番エイシンフラッシュです。同枠のダノンシャンティも抑えます。037.gif037.gif037.gif
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 大井町湯屋へ通う前は会社の悪い人たちと随分と鉄火場通いをして、ひどい目に遭わされました。大井町湯屋へ通うようになって、賭博はやらなくなりましたが、日本ダービーと有馬記念だけは続けています。
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 今年の日本ダービー馬は5枠10番エイシンフラッシュで、第77回の日本ダービーでした(私はその時はローズキングダムの単勝を買いましたが、残念ながら2着)。不思議なもので、揃い目の回数のレースを勝った馬は、同じく揃い目の回数のレースを勝つことがあります。最近でもありませんが、第66回揃い目の皐月賞馬は、第55回揃い目のスプリングSを勝ったメイショウサムソンでした。このような例は結構あります。
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 したがって、今年揃い目の第55回有馬記念は、同じく揃い目第77回日本ダービー馬が勝っても不思議ありません。しかも第77回日本ダービーは1頭が取り消し、今回の有馬記念も1頭取消、条件が揃っています。有馬記念とは関係ありませんが、天皇陛下が今年77歳をお迎えになったと聞くと、第77回日本ダービー馬エイシンフラッシュが有馬記念を勝ってしまう気がしてなりません。今年の私の有馬記念はエイシンフラッシュの単勝にします。

10番の単勝。
(9番の単勝も抑えた方がいいです、同枠の馬が来るケースもよくあります)。
馬連 9番-10番、10番-12番
(抑え9番-12番、昨年の1着馬が翌年2着に来るケースがあるので、12番は相手に買う必要があります)。
3連複、3連単も9番、10番→9番、10番、12番→9番、10番、7番、12番のフォーメーション。

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(やしきたかじん/東京)

東京(作詞:及川眠子、作曲:川上明彦、歌:やしきたかじん) 060.gif

あんたとなら
いつ死んでもかまわへん
わすれないで
そんな女いたことを

見上げた空さえも
冷たい色やけど
あたしが本気で惚れたひと
そう生まれた街やから

いとしさも 憎しみも
すべてすべて ぎゅっと抱きしめ
祈るように 今日も灯が
ともる東京

夢だけ見て
生きてるようなあんたやった
いつかあたし
待つことにも慣れてたよ
くすんだ風のなか
肩よせ暮らしたね
誰にも似てへんひとやけど
本物の愛をくれた

悲しくて 悔しくて
泣いて泣いてばかりいたけど
かけがえのないひとに
逢えた東京

痛いほど好きなのに
なんでなんで別れたんやろ
いまもまだ 胸の奥
揺れる東京

悲しくて 悔しくて
泣いて泣いてばかりいたけど
かけがえのないひとに
逢えた東京

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 江戸時代の町奉行を務めた人は全部で88人いたそうですが、一番なじみがあるのは大岡越前と遠山の金さんで知られる遠山左衛門尉景元の二人でしょう。
あの名裁判ぶりはすべてウソでテレビ・芝居・講談の創作です。大岡越前が南町奉行20年間の在職中に、自分で裁判に臨んだのはあの「天一坊事件」など3件しかありません。

大岡越前守忠相は1712年36歳の時に伊勢山田の奉行に取り立てられました。このときに徳川御三家のひとつ紀州家が境界争いを起こし、紀州が自らの威光をかさにごり押しするのを、忠相が公平に裁き、紀州藩主徳川吉宗の耳に達していました。
やがて7代将軍家継が亡くなると、吉宗が8代将軍として江戸城に迎えられました。吉宗は国元から忠相を呼び寄せ、江戸南町奉行に抜擢しました。

忠相の名が高まったのは、当時の江戸町長(今で言うと東京都知事)として名行政官であり、民衆に慕われる実績を残したからです。
司法制度の改革、町火消し「いろは四十八組」の創設、小石川養生所の建設、青木昆陽を登用して甘薯(さつまいも)の栽培普及などなど、数々の業績を残しています。
吉宗は忠相の功績を認めて、1736年寺社奉行に昇進させ、1751年には一万石の大名にし、三河西太平の領地を与えました。しかし同じ年に吉宗の死を追うように1751年12月19日、忠相もこの世を去りました。享年75歳。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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(五木ひろし/契り)

契り(作詞:阿久悠、作曲:五木ひろし、歌:五木ひろし)060.gif

あなたは誰と ちぎりますか
永遠の心を 結びますか

波のうねりが岸にとどく
過去の歌をのせて
激しい想いが 砕ける涙のように
緑は今も みずみずしいか
乙女はあでやかか
人の心は鴎のように
真白だろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

朝の光が海を染める
生きる夢に満ちて
まぶしい願いが きらめくいのちのように
流れは今も 清らかだろうか
子どもはほがらかか
人はいつでも桜のように
ほほえむだろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

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 雲取山縦走2日目。昨晩はクリスマスパーティーを食堂で祝った後、部屋に戻って、みなさんが用意したおつまみとお酒で消灯までパーティーのつづきをやりました。21時に消灯。コタツを真ん中に置いて、布団を放射線状に敷き、みんなが足をコタツに突っ込めるようにして寝ました。 
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 私は4時に起き、山荘の外へ出ると、空全面にたくさんの星が散りばめられていました。山荘の方が北斗七星と北極星を教えてくれました。私の腕が未熟で星の写真は撮れませんでした。 
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 朝5時30分、食堂で朝ごはんを済ませて、6時30分に山荘前でいよいよアイゼンの装着。倉持さんに教えてもらいながら、私もなんとかアイゼンを装着。意外と簡単に装着できました。アイゼンをつけると、確かに滑ってしまうということはなさそうです。冬山、恐るるに足らずです、な~んて。037.gif070.gif
 準備体操をして、いよいよ下山開始。私たちが準備体操をしている間に、たった一人で降りて行く方もいらっしゃいました。

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 私はカメラを首からぶら下げて、朝日を撮りながら、みんなを追走。昨日と違って、風があったため気温はかなり低く感じました。歩いているときはさほどでもありませんが、休憩すると暑がりの私でも結構寒く感じました。ザックに入れていたお茶が凍り始めており、氷が混ざっていたほど気温は低かったのだと思います。
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 大ダワから白岩山にかけて、凍結した急な下りが続きました。倉持さんの指示で、カメラをザックにしまって、下山に集中。道の片側は断崖、尻もちをついて手首が簡単に折れてしまうのだから、こんな高いところから滑落したら、おそらく命はないでしょう。しかし倉持さんが常に、私とあきちゃんの前で先導し、後ろにはタッキーと羽入さんに助けてもらい、きわめて過保護な下山で危険な場所を無事に通過できました。あとでよしこさんから聞いたのですが、白岩山に行方不明者の貼り紙が貼ってあったそうです。あの場所から滑落したら、命がないばかりではなく、遺体を見つけてもらうことも出来ないのでしょう。
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 白岩小屋を過ぎて、霧藻ヶ峰へ登っていく前にようやくカメラ解禁。霧藻ヶ峰からは浅間山と北アルプスが見えました。061.gif
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白く見えるのが北アルプス。私は雲かと思いました。037.gif
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浅間山。
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馬酔木。056.gif056.gif056.gif
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一等三角点。

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そして最後の下り道を降り、杉並木を通り、三峰神社を過ぎると、2日間にわたる雲取山縦走もここで終わりになります。
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 駐車場でストレッチをして、バスで温泉施設へ移動。温泉に入った後に飲んだビールはとても美味しかったです。じゃんけん大会があり、すみちゃんとタッキーが商品を獲得、あとで羽入さんが倉持さんはいつもチョキしか出さないと言っていました。037.gif037.gif037.gif
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 帰りのバスの中でもお酒を飲みながら、ようよう上野駅まで戻って来ました。よしこさんは休憩のたびに瓶詰めのお土産を買いこみ、出かける前よりも荷物が増えていました。倉持さんをはじめ、みなさんとは、アレグロピアットと山で逢うことを約束し、握手でお別れ。アレグロピアットとはよしこさんの馴染みのイタリアンのお店で、雲取山の打ち上げをアレグロピアットでやりましょうということになりました。
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 そして、大井町駅ホームで大井町湯屋インストラクターの篠ちゃんに偶然お逢いすることができました。富士登山の週から日曜日に湯屋に行っていないので4ヵ月ぶりの再会。篠ちゃんに「今、よしこさんたちと山に行ってきたところです。」と言うと、篠ちゃんは「ブログをいつも見ています。」とおっしゃってくださいました。

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雲取山縦走挑戦、これにて完
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by ryott-ryott | 2010-12-25 11:11 | 雲取山縦走

いい歳、りょうちゃんの、私の百名山、雲取山縦走、前編ヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 12月21日(火)は満月、しかも皆既月食ですが、天気予報はあいにくの雨模様。少し楽しみにしていただけに残念です。しかし晴れていても仕事があるので見ることができないと思います。満月前夜、今夜の十五夜の月を載せておきます。月はいつ撮っても、この模様です。この面を地球に向けて周っているのでしょう。072.gif
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 雲取山リポートの前に、さびしいことがありました。大井町湯屋のメンバーがよく利用していた荏原町のお店、居食屋「さ久」さんが9月いっぱいでお店を畳んでしまいました。
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 先日、会社の忘年会を「さ久」さんでやろうと思い、予約の電話をしたところ、電話番号が変更になったとのアナウンスがあり、その番号へ電話したところ、なかなか通じません。この時期は忘年会シーズンで忙しいはずですが、電話に出ないなんて、どうしてしまったのか。時間を置いて、3回目の電話をかけたところ、ようやく受話器の向こうで「さ久」さんのお母さんの声がしました。私が「さ久さんですか?」と聞くと、お母さんが「そうです」との返事。しかし、そのあと、お母さんから「実は9月いっぱいでお店を閉めた」とのお知らせを聞きました。最近は客足がバッタリ途絶えてしまい、売上が上がらず、悩みに悩んだ末に、9月いっぱいでお店を閉めることにしたそうです。お父さんの代からのお店だったので、もう少し頑張ってみようかと考える日々が続いたそうです。しかし、お母さん自身も健康面に不安もあり、ついに店を閉めるに至ったと話してくださいました。
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「さ久」さんは湯屋仲間のポリスマンさんに教えてもらった、家庭的な雰囲気とおいしいお料理で、大好きなお店です。大井町湯屋仲間はもちろんのこと、会社の人とも何回も行きましたし、私が出向してしまうというときに送別会を「さ久」さんでやってもらいました。また大井町湯屋の会員なら誰もが大好きなインストラクターのらてこんさんと新年会を「さ久」さんでやったことがありました。024.gif
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 お母さんは「お店はやめてしまったけれど、同じ場所に住んでいるので、通りかかったらいつでも立ち寄っていってください。」とおっしゃってくださいました。若い御主人は料理人をやめて、サラリーマンとして働いているそうです。長い間、本当にありがとうございました。
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(やしきたかじん/東京)

東京(作詞:及川眠子、作曲:川上明彦、歌:やしきたかじん) 060.gif

あんたとなら
いつ死んでもかまわへん
わすれないで
そんな女いたことを

見上げた空さえも
冷たい色やけど
あたしが本気で惚れたひと
そう生まれた街やから

いとしさも 憎しみも
すべてすべて ぎゅっと抱きしめ
祈るように 今日も灯が
ともる東京

夢だけ見て
生きてるようなあんたやった
いつかあたし
待つことにも慣れてたよ
くすんだ風のなか
肩よせ暮らしたね
誰にも似てへんひとやけど
本物の愛をくれた

悲しくて 悔しくて
泣いて泣いてばかりいたけど
かけがえのないひとに
逢えた東京

痛いほど好きなのに
なんでなんで別れたんやろ
いまもまだ 胸の奥
揺れる東京

悲しくて 悔しくて
泣いて泣いてばかりいたけど
かけがえのないひとに
逢えた東京

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 明治維新の三傑といわれるのは、西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允の3人です。
 なかでも西郷の維新に果たした功績は、例の勝海舟との江戸城無血開城の談判など、民衆に広く知れわたり、その名声、人気は抜群で、明治2年(1869年)の論功行賞でも、それを反映するかのように、最高の賞典禄を下賜されています。
 しかし、隆盛は晩年、「幕末の功臣、維新の賊臣」と称されるように、征韓論で敗れ、西南の役で敗れ、ついに明治10年(1877年)9月24日、敗戦の責任をとって自刃しました。
 昔から西郷隆盛の人物評には二説あります。ひとつは、日本的リーダーの魅力とされる、無口、豪放磊落(ごうほうらいらく)、人情味を備えた、軍事的指揮官として名将ぶりを強調する説。
 もうひとつは、彼の風貌人柄にごま化されるが、所詮は軍事的指揮官に過ぎず、平時の行政能力、国際感覚などの先見性はゼロ、彼を買いかぶり過ぎているという説と二つあります。
 朝敵の汚名をきたまま悲劇的な死を遂げても、義経に対する“判官(ほうがん)びいき”と同じく、国民の隆盛に対する人気は一向に衰えをみせません。
 明治政府は明治22年(1889年)、西郷に貼り付けた「賊」の名を除き、剥奪していた正三位を改めて追贈しました。
 折柄の軍国主義熱に便乗し、隆盛を「征韓論の英雄」に復活させ、朝鮮半島侵略のムードづくりに利用するためです。
 明治31年(1898年)12月18日には、上野公園に西郷隆盛の銅像を建て、朝野の名士を招き盛大な除幕式を行いました。
 この日隆盛の夫人が招かれましたが、除幕した銅像の顔を見て「うちの人、こげん顔していません」と漏らし、関係者をあわてさせたという秘話が伝わっています。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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(五木ひろし/契り)

契り(作詞:阿久悠、作曲:五木ひろし、歌:五木ひろし)060.gif

あなたは誰と ちぎりますか
永遠の心を 結びますか

波のうねりが岸にとどく
過去の歌をのせて
激しい想いが 砕ける涙のように
緑は今も みずみずしいか
乙女はあでやかか
人の心は鴎のように
真白だろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

朝の光が海を染める
生きる夢に満ちて
まぶしい願いが きらめくいのちのように
流れは今も 清らかだろうか
子どもはほがらかか
人はいつでも桜のように
ほほえむだろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

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 12月18日土曜日は、いつもの大暴れアクアをお休みし、東京で最も高い山、雲取山へ行きました。雲取山は東京都、埼玉県、山梨県の1都2県にまたがる、東京で最も高い山で日本百名山のひとつです。標高2017 m。コメツガ、シラビソの樹林帯が広がります。秩父の山地はジュラ紀に沈み込み体に伴う付加体として隆起した石灰岩主体の山岳で形成されていると地学の教科書に書いてありました。
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 今回はひとり旅ではなく、富士登山でお世話になったアミューズトラベルのツアーに参加しました。雲取山の先達さんは、年齢を超えて元気な倉持お姉さんと白砂さん、富士登山のときとまったく同じ布陣。参加者もセントラルのメンバーと「なんでもトライアスロン」のお仲間。セントラルは別名、浦安湯屋とは言わないのでしょうか。037.gif
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そして、大井町湯屋からの参加者は毎週土曜日に一緒に大暴れアクアで鬼婆退治をしているよしこさんといい歳、わたくし。運転手さんを入れて総勢17名。今夏、富士登山に参加した大井町湯屋メンバーは、加齢を理由に参加を断念しました。
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 朝7時に上野駅公園改札口に集合。前日は忘年会であったため、自重はしたものの、かなり眠い朝でした。バスを待っている間、上野駅越しに見える東京スカイツリーの写真を撮っていると、道路の方から倉持さんの大きな笑い声が聞こえたので、バスが到着したことがすぐにわかりました。
 バスに乗ると、富士山でご一緒した山ガールのすみちゃん、樋口さんご夫妻、あきちゃん、三浦さん、羽入さんとほぼ4ヵ月ぶりの再会。しかも、大井町湯屋のよしこさん、吉田さんは読んでもくれないのに、すみちゃん、樋口さん、三浦さんは私のこのブログの愛読者であるらしいのです、と勝手に思い込みました。
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 定刻通り、17名を乗せて、7時に上野を出発。奥多摩湖周辺の小袖乗越へ向かいました。ここから登山口へと入って行きます。向かうバスの中では、雪山に備えて、アイゼン装着の練習。私は前もって、倉持さんにお願いして、三浦さんに買っておいてもらいました。ありがとうございます。そして、白砂さんから雲取山コースの説明がありました。雲取山は落葉広葉樹林帯で冬の季節は葉が落ちて見晴らしが利くため、今の季節が最適であり、なだらかで昇りやすいコースのようです。なだらかな分、距離は長く、この日に歩く総距離はおよそ10 km、6~7時間の道のりになります。また冬山登山では防寒が大事であり、薄着を何枚も重ねて着るのがコツだそうです。042.gif042.gif042.gif
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 10時前に小袖乗越の駐車場にバスが到着。ストレッチを行って、いよいよ出発。10時過ぎ。私は薄着を4枚重ねていましたが、登山口に入る前に暑くて2枚脱いでしまいました。半袖でもよかったかなと思っています。042.gif042.gif042.gif
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 雲取山に行くのに、空には雲ひとつない青空が広がっており、得意の青一色の青空写真を撮ってしまいました。富士山とは違って、土の道でとても歩きやすい昇り道でした。途中、何度もダイヤモンド状の太陽の写真を撮りました。
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 小袖乗越から堂所を通り、ブナ坂で巻道をして奥多摩小屋へ向かいました。ブナ坂の巻道あたりから残雪が観察され、片側の斜面は深い谷になっています。歩きやすいコースといえども、落ちたら死んでしまうでしょう。しかし、この巻道を抜けると小雲取山へ続く広い山道が現れて、素晴らしい景色が広がっていました。下山してきた学生さんが「しばらくこの景色が続きますよ。」と教えてくれました。南西の方角には8月に登った霊峰富士も見えていました。そして歩き始めて5時間、15時過ぎにようやく奥多摩小屋に到着しました。北東の空には月が出ていました。072.gif072.gif072.gif
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 しかし目的地の雲取山荘までにはもうしばらくかかります。小雲取山から雲取山山頂(標高2017 m)に着いた16時過ぎには太陽が紅く色づき始めていました。山頂でしばし休憩。皆さん思い思いに記念撮影を済ませて、暗くならないうちに雲取山荘を目指します。雲取山山頂から雲取山荘までは20分ほどとのこと。
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しかし、ここからが一つの難所になりました。山頂から山荘への下り道は北側斜面になるため、残雪が凍結し、今まで昇って来た道とは一転して危険な道でした。私も倉持さんに頼り切って、慎重に歩を進めて行きましたが、滑って2回も尻もちを付いてしまいました。やはり山頂でアイゼンをつけるべきだったでしょうか。山荘に到着したころには、すっかり暗くなっていました。私が山荘前の階段をもたもたと降りていると、あきちゃんが足元をヘッドランプで照らしてくれました。山荘の時計を見ると16時48分を指していました。

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 山荘に着くと、私よりも太った牢名主のような山小屋のおやじが居て、玄関を閉めない登山客を「早く入って、扉を閉めてくれ!」と言って、怒っていました。12月18日はクリスマスパーティーが催されるため、雲取山荘にはクリスマスパーティーを楽しみに登って来た登山客150名が宿泊したようです。その前に、先ほどの牢名主に睨まれながらの夕飯を済ませました。ご飯のおかわり自由。お願いをすれば、ご飯を東京スカイツリーのように盛ってくれます。私は2杯、あきちゃんは3杯おかわりしました。038.gif038.gif038.gif
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 夕飯後、クリスマスパーティーが始まるまで部屋で皆さんが用意してくれたおつまみとお酒で一杯。そして、19時、夕飯を食べた食堂には山小屋の人が飾り付けをしてクリスマスパーティーの開始。あの牢名主も飾り付けを手伝ったのでしょうか。
 各テーブルにはケーキ、オードブル、手羽先、シャンパンが用意され、合図とともにクラッカーを鳴らして、クリスマスのお祝いをしました。
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 そして、部屋に戻って、消灯21時まで再び宴会。21時にはすべての電気が消されてしまいます。コタツを真ん中に置いて、放射状に布団を引いて、コタツに足を突っ込んで寝ました。明日の朝は早いぞ。

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 雲取山縦断はまだまだ続きます。
To be continued.
 
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by ryott-ryott | 2010-12-21 02:00 | 雲取山縦走