カテゴリ:熊野詣( 2 )

那智の瀧に仏様を見た(^o^)丿

旅行・地域
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 熊野詣の続きです。熊野本宮大社を訪れた後は、再びバスに乗車し、志古の瀞峡(どろきょう)の船着場で食事をして、新宮駅近くの熊野速玉大社へ向かいました。
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熊野三山とは、最初に訪れた熊野本宮大社、新宮の熊野速玉大社、そして那智の熊野那智大社を差します。それぞれ神様が祀られており、那智には「夫須美神」、新宮には「速玉神」、本宮には「家都御子神」が祀られて、熊野三山になりました。
 もちろん、その中心は那智山で、神武天皇が東征の折に那智の大瀧を発見し、この瀧を神様として祀ったのが熊野那智大社の起源と言われています。

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 907年に宇多上皇が熊野詣を行ったのが最初で、その後、花山、後白河、鳥羽、後鳥羽の天皇・上皇が数代に亘り百数十回も熊野詣が行われました。1回の熊野詣では百数十人の一行が約1ヵ月かけて参詣し、180 kgのお米を必要としたそうです。天皇・上皇一行たちは民たちに食料を差しださせ、そのたびに民たちは悲鳴を上げていたと言われています。
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 熊野詣は貴族だけではなく、一般の民にも浸透していました。ただ何十日も険しい熊野の山々を巡って行くのは、食料の確保も難しく、困難な道のりでした。熊野詣では多くの人が志半ばで亡くなって行ったと言われています。

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(やしきたかじん/東京)

東京(作詞:及川眠子、作曲:川上明彦、歌:やしきたかじん) 060.gif

あんたとなら
いつ死んでもかまわへん
わすれないで
そんな女いたことを

見上げた空さえも
冷たい色やけど
あたしが本気で惚れたひと
そう生まれた街やから

いとしさも 憎しみも
すべてすべて ぎゅっと抱きしめ
祈るように 今日も灯が
ともる東京

夢だけ見て
生きてるようなあんたやった
いつかあたし
待つことにも慣れてたよ
くすんだ風のなか
肩よせ暮らしたね
誰にも似てへんひとやけど
本物の愛をくれた

悲しくて 悔しくて
泣いて泣いてばかりいたけど
かけがえのないひとに
逢えた東京

痛いほど好きなのに
なんでなんで別れたんやろ
いまもまだ 胸の奥
揺れる東京

悲しくて 悔しくて
泣いて泣いてばかりいたけど
かけがえのないひとに
逢えた東京

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“世界の大冒険家”といわれた植村直己が、最後の冒険になってしまった、厳寒期の極北マッキンリーで世界初の単独登頂に成功したのは、昭和59年(1984年)2月12日です。

 偶然にもこの日は、彼の43歳の誕生日でした。
 2月16日、取材中のセスナ機のパイロットが、5200地点の雪洞の中から、元気に手を振る彼の姿を目撃したのを最後に、以後消息を絶ってしまいました。
 彼が生まれたふるさとは、兵庫県日高町。地元の高校から明大に入学、山岳部に入りました。“冒険”との出会いはここから始まったのです。
 彼は“冒険”とか“探検”とかいわず、“単なる世界放浪の旅ですよ”と謙虚に答えていますが、そのおもな壮挙を紹介してみましょう。

 1966年、欧州の最高峰モンブラン(4248 m)を単独登頂をしたのを皮切りに、アフリカのキリマンジャロ(5895 m)、南米のアコンカグア(6960 m)、アジアのエベレスト(8878 m)、北米のマッキンリー(6191 m)と、世界五大陸の最高峰をことごとく登頂。この間、エベレストを除いてはすべて単独登頂です。
 1968年には、アマゾン川の源流ユリマグアスからイカダで河口まで3ヵ月間、約6000 kmのイカダ下り、73年にはグリーンランドからアラスカまで、北極圏12000 kmの単独犬ゾリ旅行に成功。
 マッキンリー登頂成功後は、最後の夢であった、南極大陸単独横断旅行を実行に移す予定でした。

 日本人として、あとにも先にもこんな“世界的冒険野郎”は二度と出ないでしょう。昭和59年4月19日、政府から国民栄誉賞が贈られました。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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(五木ひろし/契り)

契り(作詞:阿久悠、作曲:五木ひろし、歌:五木ひろし)060.gif

あなたは誰と ちぎりますか
永遠の心を 結びますか

波のうねりが岸にとどく
過去の歌をのせて
激しい想いが 砕ける涙のように
緑は今も みずみずしいか
乙女はあでやかか
人の心は鴎のように
真白だろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

朝の光が海を染める
生きる夢に満ちて
まぶしい願いが きらめくいのちのように
流れは今も 清らかだろうか
子どもはほがらかか
人はいつでも桜のように
ほほえむだろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

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 古代の人たちが行ってきた熊野詣に比べれば、はるかに楽な方法で、熊野三山を周って来ました。那智の瀧の前に大門坂にバスが寄ってくれました。普通は、この大門坂から那智の瀧、熊野那智大社を目指します。
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そして、那智の瀧。落差133 mは日本一。幅13 m、滝壺に深さは10 m。滝壺の深さは崖崩れで埋まり、今の深さになったそうです。
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瀧の岩肌を見ていると、仏さまの顔が浮かんでいるように見えました。
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青岸渡寺。
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青岸渡寺から見た那智の瀧。
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那智大社。
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八咫烏(やたがらす)の向こうは一般公開されていません。毎年、枝垂れ桜が咲く時期だけ公開されるそうです。
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曼陀羅。朝日新聞に載ったそうです。
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この熊野三山めぐりバスツアーでは、最後に参加者全員で記念撮影をしました。1枚1000円。折角なので買いました。見知らぬ人との記念撮影で、いい歳、りょうちゃんはこんな表情。

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To be continued.
最終日は伊勢神宮へ行きました。

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by ryott-ryott | 2011-02-16 00:09 | 熊野詣 | Comments(0)

いい歳、りょうちゃんの熊野詣(^o^)丿

旅行・地域
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2月11日~13日の3連休は和歌山県紀伊勝浦へ行ってきました。今週の大井町湯屋での大暴れアクアはお休みです。037.gif
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今日のバレンタインデーも雪が降っていますが、2月11日も朝から雪。朝8時前の東京では雪は積もっていませんでしたが、新幹線のぞみ号に乗り、名古屋に着いたころにはかなり積雪していました。3連休とあって、きのくに紀勢本線・南紀ビュー3号は指定席も自由席も満席でした。
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新幹線から紀勢本線に乗り換えたせいか、紀勢本線は自転車より遅いのではないかと感じました。何しろ名古屋から終点・紀伊勝浦まで3時間50分ほど、4時間近くの道のりでした。私が品川駅から乗ったのぞみ号は、南紀ビュー3号が終点に着いたころには博多に先に着いていたはずです。

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名古屋から紀伊長島までは雪がしんしんと降りしきり、今回の南紀の旅は雪の熊野詣でになるのかと考えていましたが、紀伊長島から先に進むと雪も降っておらず、普通の曇り空でした。紀伊勝浦では雪が降ることはたまにあっても、ほとんど積もらないそうです。しかし、年間の降水量は多く、熊野の山々に見られるような樹林帯が広がっているとのことでした。018.gif
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ホテルは桟橋からボートで行きます。
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私が泊まった宿は、島全体がホテルになっている「ホテル中ノ島」です。大井町湯屋仲間のエルビーさんや、ヨガの指導をされているらてんこさんも泊まられたことがあるそうです。島全体がホテルの敷地で、5階の屋上から島の突端に遊歩道が敷かれていました。
露天風呂が二つあって、1階は男性、2階は女性になっており、2階の女性の階から下の男性の風呂が覗けるようになっているそうです。私が入っていた時は誰も覗いてはくれませんでした。また別に大浴場もありました。
敷地内の釣りスポットや、目の前の海には紀伊の松島めぐりに向かう遊覧船も通り、男湯の様子が全て見えてしまいます。

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私の部屋から露天風呂男湯が見えました。
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ホテル展望台から見た風景。

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(やしきたかじん/東京)

東京(作詞:及川眠子、作曲:川上明彦、歌:やしきたかじん) 060.gif

あんたとなら
いつ死んでもかまわへん
わすれないで
そんな女いたことを

見上げた空さえも
冷たい色やけど
あたしが本気で惚れたひと
そう生まれた街やから

いとしさも 憎しみも
すべてすべて ぎゅっと抱きしめ
祈るように 今日も灯が
ともる東京

夢だけ見て
生きてるようなあんたやった
いつかあたし
待つことにも慣れてたよ
くすんだ風のなか
肩よせ暮らしたね
誰にも似てへんひとやけど
本物の愛をくれた

悲しくて 悔しくて
泣いて泣いてばかりいたけど
かけがえのないひとに
逢えた東京

痛いほど好きなのに
なんでなんで別れたんやろ
いまもまだ 胸の奥
揺れる東京

悲しくて 悔しくて
泣いて泣いてばかりいたけど
かけがえのないひとに
逢えた東京

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西暦270年2月14日、ローマ司祭であった聖バレンタインが、皇帝クラウディウスによって、反逆罪で投獄され、フラミニノ会堂で撲殺されて殉教した日です。
以来、ローマ・カトリック教会ではこの日を「聖バレンタイン・デー」として殉教者の死を悼む祭日と決めました。

その宗教行事がいつの間にか、女性が男性にチョコレートを贈る「愛の日」に変わってしまいました。これにはいくつかの伝説があるようです。

この皇帝クラウディウスは極端な軍国主義者で、兵隊の結婚を禁じていました。結婚すると妻子など家族への心配がつのり、戦場に出た時に戦闘意識が薄くなるためと考えたからです。バレンタイン司祭はこれに強く反対しました。
非人道的行為であると批判し、積極的に若い兵士の結婚を呼びかけ、娘たちにすすんでプロポーズするようにすすめました。これが皇帝の怒りを買い、投獄され、撲殺される原因になったと言われています。
若い人たちにとって、この愛を育てることに献身した聖バレンタインに感謝して、その心にそって、この日を「愛の日」と定めました。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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(五木ひろし/契り)

契り(作詞:阿久悠、作曲:五木ひろし、歌:五木ひろし)060.gif

あなたは誰と ちぎりますか
永遠の心を 結びますか

波のうねりが岸にとどく
過去の歌をのせて
激しい想いが 砕ける涙のように
緑は今も みずみずしいか
乙女はあでやかか
人の心は鴎のように
真白だろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

朝の光が海を染める
生きる夢に満ちて
まぶしい願いが きらめくいのちのように
流れは今も 清らかだろうか
子どもはほがらかか
人はいつでも桜のように
ほほえむだろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

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 今回の南紀の旅では、熊野三山の那智大社、那智の滝、熊野速玉大社、熊野本宮大社を参拝するのが目的です。当初は那智大社と那智の滝までバスで行って、そこから雲取越えをして熊野本宮まで行くことも考えましたが、那智山から本宮までは約10時間かかり、本宮大社から新宮までバスで戻るのに1時間半かかるというので、そのプランはあきらめました。今回の2泊3日ではとても熊野古道散策までは時間的猶予がなく、熊野交通公社から出ている熊野三山めぐりのバスに安直に乗ってしまいました。しかしバスはほぼ満席状態でした。018.gif
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 バスはまず那智山ではなく、熊野本宮へ向かいました。熊野川の対岸は三重県。川をさかのぼるにつれて、熊野の山岳美が映え、昨日降った雪が山の上には残っていました。
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 熊野本宮大社は明治に水害に遭い流失するまで音無川と熊野川の合流する中州にありました。大斎原(おおゆのはら)には、高さ33 mの日本一の大鳥居があります。
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 バスツアーは効率よく三山を周ってくれましたが、何しろ忙しい。7時間で熊野三山全てをまわり、十分時間があるように思えますが、一か所当たり30分程度、最後に周った熊野那智大社と青岸渡寺合わせて50分、ゆっくりする暇がありません。さっさとお参りし、私の場合は写真を撮り、ご朱印も貰うと30分はあっという間でした。今回は次回の予習だと思って強行軍で周ることにしました。
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To be continued.
熊野詣はまだまだ続きます。

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by ryott-ryott | 2011-02-15 00:57 | 熊野詣 | Comments(0)