カテゴリ:螢友会( 2 )

勉強、勉強、勉強、勉強のみよく奇蹟を生む、お祝いの会&螢友会ヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 9月は3連休が2回あります。1回目の3連休は最終日の19日敬老の日に谷川岳に敬老登山に行きます。その模様はまた後日報告します。
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 17日土曜日はいつものように中国整体へ行き、その後、大井町湯屋に行きました。今では土曜日の午後には大暴れアクアはありません。しかし今日はお祝いの会がありました。大井町湯屋仲間の晴れ男さんが目出たく個人タクシーの試験にパスし、来月10月から念願であった個人タクシー運転手としてデビューすることになりました。晴れ男さんお酒を飲むのは実に1年ぶり。この1年間、勉強を重ね、週末はいつも模擬試験を受けに行くという受験生のような生活をしてきたため、私の悪い誘いには乗らずに、ひたすらに勉強を続けた結果、見事に試験に合格されました。まさに「勉強、勉強、勉強、勉強のみよく奇蹟を生む」という言葉を実践し、奇蹟を生みました。晴れ男さん、本当におめでとうございます。しかし、夫婦喧嘩はほどほどにしてください。
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 お祝いの会はもちろん「由良」でと行きたかったのでが、残念ながら由良は満席で予約が取れなかったため、「陣」大井町店で行いました。もともと、このお店は荏原町に本店があり、今年の震災の直前に大井町店をオープンさせました。2号店の大井町店は荏原町店でホールを担当していた若い人に任せようと考えていたそうですが、若い人がどうしても荏原町店を離れたくないとの希望があり、荏原町店を若い人に、大井町店を本店の店長が担当することになりました。大井町店は日本酒にも力を入れたいとの店長の想いがあり、とくに東北地方のお酒を販売し、東北地方の支援をしたいとおっしゃっていました。
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 大井町湯屋仲間の晴れ男さん。文字通り、本当に晴れ男で、出掛ける時に雨が降ったことがないそうです。058.gif
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 晴れ男さんの奥さん、理恵ちゃん。このご夫婦と一緒にどこか行くと必ず夫婦喧嘩をします。しかし、今日はお祝いということもあり、平穏無事に終わりました。041.gif
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 大井町湯屋の阿部ちゃん、りょうちゃんより実年齢は1つ年上で、晴れ男さんとりょうちゃんはいつも陰で「おばあちゃん」と呼んでいます。吉田夫妻は般若さんと呼んでいます。なんかこのお顔、眠そうですね。今日も言いたい放題です。
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さんまの刺身。
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なめろう。
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「陣」のメンチカツ。
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何故か、別の席によしこさんが来ていました。こちらは大井町湯屋敬老会のようです。037.gif
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 「陣」でのお祝いの会を終えて、向かった先はカラオケスナックのバーディーでした。晴れ男さんとは1年ぶりに飲みましたが、この方と飲むと必ず最後は謡いの会になります。午後11時過ぎにバーディーさんに向かうと、店じまいをしているところでしたが、私たちが店に行くと、しまいかけていたカラオケの道具を再び出して、店を開けてくれました。晴れ男さんのおはこ十八番は五木ひろしの「契り」や森進一の歌で、五木ひろしや森進一のものまねをしてご本人は気持ちよく歌っていますが、ぜんぜん似ていません。普通に歌った方がよいと思います。そして、晴れ男さんは最近AKB48にご執心のようで、奥さんの理恵ちゃんとおばあちゃんに「フライングゲット」を歌ってくれと何回も言っていました。晴れ男さんはこっそりとAKB48総選挙に投票していたようであり、前田敦子がお気に入りだとおっしゃっていました。037.gif
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 そして、次回はみんなで由布院に行くことを約束して、お祝いの会&謡いの会をお開きにしました。もちろん由布岳の登山オプション付きです。038.gif
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(中島みゆき/宙船)

宙船(作詞、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は今どこに ふらふらと浮かんでいるのか
その船は今どこで ボロボロに進んでいるのか
流されまいと逆らいながら
船は挑み 船は傷み
すべての水夫が恐れをなして逃げ去っても
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は自らを宙船(そらふね)と 忘れているのか
その船は舞い上がるその時を 忘れているのか
地平の果て 水平の果て
そこは船の離陸地点
すべての港が灯りを消して黙り込んでも
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

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 明治・大正の小説家・徳富蘆花は、『自然と人生』『思出の記』『みみずのたわごと』など、独特な自然観、人道主義を基調に、真摯な自己探求を続けた作家でした。
 しかし、残念ながら今日は、蘆花の名前は小説『不如帰』の作者のほうで知られています。なぜならば、『金色夜叉』『婦系図』と並んで、『不如帰』は今でもしばしば新派の名作として上演されているからです。
 彼は熊本水俣の出身、本名健次郎。長兄猪一郎は、明治・大正の代表的言論人徳富蘇峰です。
蘆花は明治30年(1897年)、国木田独歩が住んでいた逗子の柳家に転居しました。
 ここで偶然、日清戦争中の大山大将副官福屋中佐の未亡人と出会い、彼女から大山大将の長女信子と、子爵三島弥太郎との離婚話を聞かされました。その話をモデルに、武男と浪子の悲しい物語『不如帰』が生まれたのです。

 彼はその一作で人気作家として地位を確立したといってよいでしょう。明治35年(1902年)、彼はロシアに遊び、かねて崇拝していたトルストイを訪ねました。そしてトルストイに田園生活をすすめられ、当時武蔵野の面影を残す東京府下粕谷の地を求め、ここに居を移しました。

 彼は晴耕雨読、“美的百姓の生活”といわれながら、「自然と人生」を楽しみつつ、孤高の晩年を送りました。蘆花の私邸は、現在「蘆花公園・恒春園」として保存され、一般に公開されています。

 兄蘇峰とは、15年間絶交状態にありましたが、死期を悟ったのか、亡くなる前日(死亡は昭和2年(1927年)9月18日)に兄をよんでもらい、和解をしました。『不如帰』の文学碑は逗子海岸に建っています。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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(AKB48/フライングゲット)

フライングゲット
(作詞 秋元康、作曲:すみだしんや)
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Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na
Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na

ギラギラッ 容赦ない太陽が 強火で照りつけるon the beach
自惚れ温度は急上昇 落ち着かないのは真夏の性(さが)だね
2人 目が合えば なぜか逸らすのに
僕を またすぐ見る 君って もしかしてもしかして

フライングゲット 僕は一足先に 君の気持ち今すぐ手に入れようか
フライングゲット 何か言われる前に 心の内 ビビッと感じるままに
誰といても(誰といても) 微笑み方で(微笑み方で)
君が僕に恋を恋をしてるのは鉄板

フライングゲット 
だから 誰より早く 君のハートのすべて 僕のもの
好きだからラブ・フラゲ!

クラクラッ 動揺した純情で 砂浜 チラ見してたビキニ
告白ウェルカムさ おいで! 素直にならなきゃ楽しくないぜ!

その目 誘ってる 僕に来てくれと
それが妄想としても 声を掛けてみなきゃ始まらない

フライングゲット 君に空振りしても 当たってくだけろ
あるある 男じゃないか?
フライングゲット いつも やるだけやるさ
黙ってみてても 恋は売り切れるよ
勇み足でも(勇み足でも) 一番乗りで(一番乗りで)
僕が君にゾッコンゾッコンなのは無双

フライングゲット
予約 待ってるような まわりの男たちを出し抜いて
得意げにラブ・フラゲ!

フライングゲット 僕は一足先に君の気持ち 今すぐ手に入れようか
フライングゲット 何か言われる前に心の内 ビビッと感じるままに
誰といても(誰といても) 微笑み方で(微笑み方で)
君が僕に恋を恋をしてるのは鉄板
フライングゲット
だから 誰より早く 君のハートのすべて 僕のもの
好きだからラブ・フラゲ!

Na Na Na Na Na Na Na Na Na
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Na Na Na Na Na Na Na Na Na
Na Na Na Na Na Na Na Na Na

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 さて3連休2日目は28年前に卒業した都立雪谷高校の文化祭があり、ある人に会う目的で文化祭を覗いて来ました。そのある人とは高校の同窓会のホームページを管理している柳瀬さんです。
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 ちょうど8年前に雪谷高校の野球部が東東京の代表になって、はじめて甲子園に行きました。そのとき残念ながら1回戦で涙をのみ、余った寄付金で「赤い旋風」という甲子園までの道のりを記した冊子をつくられて、寄付をした卒業生に配布したということがありました。何回か同窓会の螢友会の方と何回か電話でやり取りしたのが縁になり、現在の柳瀬さんとメールをやり取りするに至っています。
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 昨年、同級生が亡くなったことを螢友会の訃報欄で知って、螢友会に問い合わせをして、柳瀬さんから亡くなった同級生の現住所を教えていただいてお線香をあげることができました。それ以来、柳瀬さんとはメールをやり取りし、ときどき私が山などで撮ってきた写真を螢友会のホームページに載せていただいています。実は柳瀬さんとはメールのやり取りだけで、実際に柳瀬さんに会ったことがなかったので、今回は是非会いに行こうと思い、文化祭に出掛けてきました。
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 柳瀬さんは雪谷高校の文化祭ではいつも「福祉の店」を出店しており、クッキーやケーキ、可愛い小物を売っています。私は高校の校門を入って、まっすぐ「福祉の店」へ行き、「柳瀬さんはいらっしゃいますか?」と尋ねると、上にいるというので、どこにいるのかわからずに、4階から周ることにしました。
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 4階には美術室あり、美術部員の作品が展示されていました。038.gif
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 体育館ではダンスをやっていました。038.gif
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 そして、ついに柳瀬さんに会うことが出来ました。螢友会の部屋があり、もしかしたらこの部屋にいるのかと思い、入ってゆくと、先輩の女性からお茶を勧められて飲んでいると、一人の男性が名刺を差し出して、ホームページ関係をやっているので是非見てくださいと話しかけてきました。その名刺の名前を見ると、今日会おうとしている柳瀬さんの名前が書かれていました。私はすぐに自分の名前を名乗って、はじめての対面となりました。
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 30分くらい話したでしょうか。私が同級生の死を知ったホームページの訃報欄は今はありません。残念なことに訃報欄は個人情報だということで削除されてしまいました。この訃報欄削除に柳瀬さんは反対されたそうです。同窓会のホームページを通して、いろいろな世代と知り合いになれることが楽しいと柳瀬さんはおっしゃっていました。
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訃報欄に載るのは卒業した年度(期)と氏名だけです。10文字にも満たない短く書かれたことだけですが、その当時のことを思い出し、その人の半生がどうであったのか考えさせられる時間を作ってくれる大事な情報だと思います。それを無用なものとして個人情報という都合のいい言葉で片付けて削除するというのは、同窓会という大事なネットワークをないがしろにしている行為そのものです。そんな連中はこの同窓会のホームページに口を出す資格はありません。柳瀬さんはそんな連中と日夜苦闘されているようです。柳瀬さんが私のブログを螢友会のリンクで紹介したいと言ってきてくれた時に、正直嬉しく思いましたが、お断りしたのはそういう連中の標的にされることを嫌ったからです。私は敬老の日に尊敬されるお年寄りとは若い人に知恵を与えてくれる人であり、知恵も持たない連中がただ年齢を重ねているだけで威張っているだけでは尊敬される資格はありません。
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 螢友会の部屋には過去の卒業アルバムが並んでおり、もちろん自分の卒業年度のアルバムもありましたが、私の横に座っていた先輩が昭和25年の卒業アルバムを見せてくれました。
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そして、柳瀬さんと記念撮影をして帰って来ました。柳瀬さんはこのブログをときどき拝見してくださっているようであり、私が載せているいろいろなお店の料理を見たらしく、食べ過ぎに注意されるよう声をかけていただきました。
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(福山雅治/家族になろうよ)

星の砂(作詞:福山雅治、作曲:福山雅治、歌:福山雅治) 060.gif


「100年経っても好きでいていいね」
みんなの前で困らせたり
それでも隣で笑っていてくれて
選んでくれてありがとう

どれほど深く信じ合っても
わからないこともあるでしょう
その孤独と寄り添い生きることが
「愛する」ということかもしれないから・・・・・

いつかお父さんみたいに大きな背中で
いつかお母さんみたいに静かな優しさで
どんなことも越えてゆける
家族になろうよ

小さな頃は身体が弱くて
すぐに泣いて甘えてたの
いつも自分のことばかり精一杯で
親孝行なんて出来てないけど

明日のわたしは
それほど変われないとしても
一歩ずつ与えられる人から
与える人へとかわってゆけたなら

いつかおじいちゃんみたいに無口な強さで
いつかおばあちゃんみたいに可愛い笑顔で
あなたとなら生きてゆけるそんなふたりになろうよ

いつかあなたの笑顔によく似た男の子と
いつかわたしとおなじ泣き虫の女の子と
どんなことも越えてゆける
家族になろうよ

あなたとなら生きてゆける
しあわせになろうよ

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さて次回、明日19日ですが今年2回目の谷川岳へ行きます。倉持さんの特配ツアーです。お天気はあまりよくなさそうですね。小沢天気用法は意外と当たっているかもしれません。037.gif031.gif
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そして2回目の3連休は毎年行っている山形県へ行き、鳥海山へ登る予定です。しかしながら、台風15号が今週日本を縦断するため、こちらの方が天気が心配です。031.gif

 

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by ryott-ryott | 2011-09-18 23:13 | 螢友会

平成生まれの若者たちは立派に成長しています(^o^)丿

旅行・地域
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4月1日、エイプリルフール。今週はいろいろなことがありました。
きのうの夜中、私ははじめて救急車というものに患者として乗りました。
昼ごはんを食べた終えた後から、お腹が張る感じがしており、みぞおちあたりにさし込むような痛みを感じ始めていました。ちょうど昨日は年度末で4月以降の人の入れ替わりがあるため、送別会などが予定されていましたが、調子の悪さから出席を辞退し、まっすぐ帰宅しました。私としては大変珍しく、夕飯も食べることができず、風呂に入って早く寝ることにしました。しかし、さし込むような痛みは一向に引く気配はなく、もともと、お腹が出ているのでわかりにくいのですが、お腹を見るとみぞおちあたりからお腹が台形のように膨らんでいることがはっきりとわかりました。

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 さらに痛みが激しくなってきたので、私は我慢できずに119番をかけました。電話で症状を話し、5分ほどで救急車が家の前に到着。午前1時20分でした。救急車に乗ると、血圧、熱をすぐに測り、それから指先で血中酸素濃度を測る測定器を付けられました。富士登山のときに倉持ちさんが測ってくれたものと同じです。
 救急隊員の方が、「どこか希望の病院はありますか?」と尋ねられたので、私は「何とか治してもらえればどこでもかまいませんが、私は○○の社員で、大井町に○○病院があるので、診てもられるのではないでしょうか。」と答えると、救急隊の方は「○○病院は救急病院ではないのでわかりませんが、電話してみます。」と言い、○○病院に電話をかけて、交渉らしい会話をして、「診てもらえることになりましたので、○○病院に向かいます。」と言ってくれました。救急車が走り出し、○○病院には5分もかからずに到着しました。
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 タンカでお医者さんの宿直室のような部屋へ運ばれました。私を病院へ運び届けた救急隊員の方はすぐに撤収されました。お医者さんが聴診器を私の台形のように膨らんだお腹に当てて、「胃腸が動いていません。」と言いました。その後、症状の経緯を聞かれましたが、今、震災の影響で胃カメラが病院にないとおっしゃっていました。お話を聞く限りでは、胃カメラを定期検査に出しており、先日の震災の影響でまだ病院に戻って来ていないというのです。お医者さんは「とにかく症状を抑えるため、胃の粘膜を修復する薬を飲んで、様子を見ましょう。来週の月曜日には胃カメラが戻って来るので、症状が改善されなければ検査をしましょう。」と言い、ガスターと吐き気止めを飲み、診察が終了しました。しかし痛みは一向におさまりません。私は「全然症状がおさまらないのに、もう帰されちゃうの。」と思いつつも、守衛所で10000円を支払いました。夜間は保険の計算ができないので、とりあえず10000円を預かり金として支払い、後日に出向いて行って精算するシステムだそうです。よく考えれば、○○病院を選択してしまった自分がいけませんでした。救急隊員に病院をどこにするか尋ねられた時に任せていれば、違う結果になっていたと思います。普段、○○病院に行っても、散々待たされた挙句に、診察は1~2分で、ボルタレンなどの痛み止め薬を処方する診療しかしないことを知っていたにも関わらず、痛みを何とかしたいという一心で○○病院を選んでしまいました。
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 痛みが治まらないまま、無情にも診察室を出されてしまった私は、タクシーを呼んでもらい自宅まで帰って来ました。午前2時を回っていました。その後、胃の中のものを戻してしまい、少し楽になった感じはしましたが、午前6時ごろまで痛みは続きました。

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 ガスターが効いて来たのか、ようやく痛みもおさまり、朝、すぐにかかりつけのお医者さんへ行きました。お医者さんがおっしゃるには、胃の出口と十二指腸の入り口はせまくなっており、こんにゃくなどをよく噛まずに食べてしまうと、胃の出口で詰まってしまい、胃が膨満することがあるそうです。食事のあとにまた同じような症状が出たら、胃カメラ内視鏡で検査しましょうと言われました。
 大井町湯屋も短縮営業がまだ続くようなので、少し食べられないほうがちょうどいいのかもしれません。
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 さて雲仙・島原・長崎の旅のつづきに行く前に、3月26日土曜日は大井町のイタリアンのお店「ゲッキー」さんに行きました。「ゲッキー」という店名はご主人の名前「茂樹」さんから命名されたとのことです。そして、じゃんけんぽんの前を通ると、土曜日は定休日であるはずなのに電気がついていました。トントンさんに「今、ゲッキーさんにいます。」とメールをすると、トントンさんがゲッキーさんまでやって来て、「今日は7時から宴会が入っている。」と説明に来てくれました。私はじゃんけんぽんでの宴会が終わるまでゲッキーさんにいることを約束しました。069.gif
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 お店はすでに「茂樹」さんの奥さまのお友達3名が来店し、酒盛りが始まっていました。そして、もう一人、男性が遅れて来店。その方はアパレル業界にお勤めとのこと、見た目は男性ですが、話す言葉はいわゆる「ラブ注入」系と言われる女性の言葉でした。ブラウン管を通してはよく見かけますが、実際に「ラブ注入」系の方に逢うのははじめてでした。じゃんけんぽんや大井町湯屋には姿は女性ですが、おじさんみたいな人はたくさんいます。代表各はこの人です。
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この二人は本当に親子なんでしょうか。
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このときに話題に上がったのはモンスターペアレンツの話でした。テレビでも紹介されているのでご存知だと思いますが、自分の子どもが通う学校に理不尽な言いがかりをつけて先生を困らせたり、給食費を払うことができる家庭でありながら、給食費を全く払おうとしない親が現に身の回りにいるということでした。払わない理由として、「給食を頼んでもいないのに学校側が勝手に出しているので払わない。」とか、「学校の給食はおいしくないので払わない。」などと本気で言い、本当に支払わないバカ親がいるのです。そして、「ゲッキー」さんに来たアパレル業界のお姉さんも最近はおかしい人(ババァ)が増えているともおっしゃっていました。「お店で購入したバッグにセロテープを貼って剥がしたら、バッグの模様も剥がれてしまったので、交換か返品してほしい。」と平然とこの手の要求してくる客(ババァ)が少なくないそうです。ババァの言い分は「テープを貼って、剥がしたら柄も剥がれてしまうとの説明は受けなかった。この商品はまがい物である。」と一般社会では決して通用することのない「いいがかり」そのものです。ババァの不注意で買ったものを傷つけておきながら、それを店の説明不足だといいがかりをつけて、新品をかすめ取ろうとしている窃盗そのものです。
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こんな話を聞いているうちに、じゃんけんぽんでの宴会が終わったようであり、トントンさんと春さんも合流しました。トントンさん、春さんとの話題もまたババァの話題でした。  
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現在、水道水に放射性ヨウ素が混入しているため、スーパーなどで水がすぐに売り切れの状態になってしまっています。つい先日リニューアルオープンしたばかりの阪急百貨店で、やはり水が売り切れになってしまい、買いに来た客(ババァ)が「バスに乗って、わざわざ買いに来たのに、売り切れだなんて。バス代を返せ!」と店員さんに言っていたそうです。
大井町湯屋にはゴロツキ年寄りがごろごろいるので、そのような話を聞いても驚くことはありません。以前は、人生の先輩である年配の方々誰にでも畏敬の念を以って接して、私たちが知らない戦争中の話や生きて行く知恵を教えてもらっていた時代がありました。しかし、今は違うようです。

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(平原綾香/ジュピター)
ジュピター(作詞:吉元由美、作曲:G.Holst、歌:平原綾香)


Everyday I listen to my heart
ひとりじゃない
深い胸の奥で つながっている
果てしない時を越えて 輝く星が
出会えた奇跡 教えてくれる

Everyday I listen to my heart
ひとりじゃない
この宇宙の御胸に 抱かれて

私のこの両手で 何ができるの
痛みに触れさせて そっと目を閉じて
夢を失うよりも 悲しいことは
自分を信じてあげられないこと

愛を学ぶため 孤独があるなら
意味のないことなど 起こりはしない

心の静寂に 耳を澄まして

私を呼んだなら どこへでも行くわ
あなたのその涙 私のものに

今は自分を 抱きしめて
命のぬくもり 感じて

私たちは誰も ひとりじゃない
ありのままでずっと 愛されている
望むように生きて 輝く未来を
いつまでも歌うわ あなたのために 

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明智光秀の三女、名前は玉、絶世の美女でした。玉は織田信長のすすめもあり細川藤孝(幽斎)の長男忠興に嫁ぎました。その当時は政略結婚がほとんどでしたが、この二人は相思相愛の仲でした。あるとき、庭の植木を剪定に来た植木屋が玉に挨拶しているのが余りにも近過ぎると言って、忠興が植木屋を叩き斬ってしまったほどです。玉は容姿端麗、英明な女性として聞こえていました。

それが、突如、父光秀による本能寺の変が起こり、事後光秀から親戚である藤孝、忠興父子に加勢の依頼がありましたが、勝敗の帰趨を見通してか、父子はそれを拒絶し秀吉方につきました。忠興は玉が逆臣光秀の娘だけに心を配り、離婚の形を取って丹後半島味土野山中に隠棲させました。

夫の忠興は秀吉にも愛されましたが、その養子の秀次からも可愛がられていました。忠興はそれに甘えて、黄金100枚を借りています。妻が光秀の娘であるため、忠興は秀吉から謀反の疑いをかけられてしまいますが、ふた心(裏切りの心)ないことを誓いました。秀吉はその証として、借りていた黄金100枚をすぐに返すように要求します。この黄金100枚は現在の価値にすると2億~3億円、忠興に返せる充てがありませんでした。しかし、この黄金100枚を貸してくれた人物がいました。黄金100枚で人ひとり買えたら安いものだと言って、徳川家康が貸してくれたのです。
やがて秀吉が天下を統一した機会に、家康からのはからいで、玉は許されて忠興のところに戻りました。

大阪城下玉造に住んだその頃、心の安らぎを求め、高山右近の唱えるキリシタンの教えに感動し、洗礼を受けてガラシャ(伽羅奢)の名を受けました。

慶長3年(1598年)秀吉が死に、同5年には関ヶ原の合戦が始まります。実は忠興が秀次から黄金100枚を借金していることを調べ上げたのは石田三成です。忠興と三成は犬猿の仲でした。石田三成はその前夜、石田三成は城下の武将夫人を人質として入城することを強要します。しかし、忠興は徳川方に従い東軍につきました。

ガラシャは人質になることを敢然と拒否し、細川家の屋敷のそこここに爆薬を仕掛けて、自分が死んだあとに屋敷に火を放つように命じて、家臣に胸を突かせて自決しました。慶長5年(1600年)7月17日、37歳でした。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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(小柳ルミ子/星の砂)

星の砂(作詞:関口宏、作曲:出門英、歌:小柳ルミ子) 060.gif


二度と出来ない恋を捨てあなた遠く
離ればなれになってゆくの 今つらいわ

嫁ぐ日岬にひとりたたずみ君住む島に
別れを告げる
凪いで凪いでまぶしいサンゴの島が
にじんで落ちて 星の砂

過ぎし日 二人は海辺に遊び
変わらぬ愛を 夕陽に祈る
いつかいつか 二人は運命にさかれ
私は遠く 石垣へ

髪にかざした ブーゲンビリア
そえぬ運命に赤く咲く
海よ海に流れがあるならば
届けてほしい 星の砂

ルルル・・・・・ルルル・・・・・
ルルルル・・・・・

風よ吹け 波よ打て
それであなたにつぐなえるならば
海よ海に流れがあるならば
届けてほしい この想い
届けてほしい この想い

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東日本大震災から3週間経ちました。今、日本は元気がなく、何でも自粛、何でも中止。卒業式まで中止し、卒業式にかかるお金を被災地へ義援金として送ることを決めた大学もあるようです。発電所が被災し、電力を十分に供給できない状況になってしまった今、全てにおいて、省エネの生活スタイルへ変えて行くことは必要です。しかし、卒業式まで中止にしていいものでしょうか。その人が卒業後に社会人になるなら、その中止になった卒業式は人生最後の卒業式だったでしょう。大人が中止にすると言えば、子どもたちは「致し方ない。」と言うに決まっています。そう言わざるを得ない状況に追い込んではいけないと思います。そんな中、自分たちの普段の練習の成果を披露してくれた若者たちがいました。024.gif024.gif024.gif024.gif024.gif
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3月27日の日曜日、私は自分が卒業した高校へ28年ぶりに行きました。実は毎年、高校の吹奏楽部の定期演奏会が区民ホールで行われており、今年も例年通り区民ホールでとり行われる予定でした。しかし11日に発生した東日本大震災の影響で区民ホールの使用ができなくなり、中止にすることになったそうですが、演奏をみんなに披露したいという高校生たちの熱意が周りを動かし、急遽、母校の体育館で開催されることになりました。
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 30年ぶりに訪れた母校は、私が通っていたころとは見違えるほどきれいに整備されていました。確か敷地の片隅にはプールがあったはずなのですが、なくなっていました。私が先生らしき人に「プールはなくなったのですか?」と聞くと、「屋上にあります。」との答。玄関前のロータリーはコンパクトになっていましたし、木の下駄箱だったはずですが塗装されたステンレス製の下駄箱でした。廊下も広く、会場の体育館には2階の廊下を通って行きました。その途中にはコンピューター室がありました。今は高校の授業でコンピューターを教えているのですね。私が高校生の頃は、コンピューターといものの存在すらありませんでした。018.gif
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 随分と外観は変わっていましたが、面影も残っていました。グラウンド、桜の木が植えられている中庭、そしてテニスコートのそばにあるアカシアの木が5月になると鈴なりの白い花を咲かせ、それを取って、学校でてんぷらにして食べたこともありました。在学当時、私は吹奏楽部でも水泳部でもなく、生物部に所属し、畑を開墾してトウモロコシを育てたり、校内の植物分布を地理の先生と調べたりしていました。不思議なもので、それまで思い出したこともなかったのに、その場所に立つとその当時の記憶がよみがえります。人の記憶は消えることはないのですね。018.gif
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 区民ホールで演奏する予定であった曲目も削りに削ずって、プログラムを縮小しての演奏会でしたが、普段の練習の成果は十分に伝わって来ましたし、区民ホールではやる予定ではなかったと思われる寸劇を入れた昭和ヒットメロディーとして、今や50歳を超えているピンクレディーやキャンディーズの歌をその当時の振り付けで平成生まれの高校生たちが披露していました。おそらくYouTubeを見て、かなり練習を重ねたのではないでしょうか。もちろん吹奏楽部としての演奏も素晴らしく、あっという間に時間が過ぎて行きました。
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 いま日本は元気がなく、何でも自粛、中止にしてしまいます。人生に何回もない、この春の卒業式まで中止にしている大学もあります。今回、定期演奏会を中止にせず、開催したことに大きな意義があったと思います。不必要な自粛、中止を繰り返せば、本来の活力も失われて行きます。そして、平成生まれの若者たちは立派に成長していることがわかりました。
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by ryott-ryott | 2011-04-01 15:16 | 螢友会