カテゴリ:雌阿寒岳・斜里岳・羅臼岳( 3 )

大暴れ羅臼、北海道シリーズ最終日は羅臼岳登頂ヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 羅臼岳の話に行く前に少し、近況を話します。何しろ、利尻・礼文の後も四国、そして8月20日~22日まで北岳・間の岳に行きましたので、順番に紹介して行くとかなり先になってしまうと思います。029.gif
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 四国の後、1週間お休みして、倉持さんのツアーで北岳・間の岳へ行きました。残念なことに、この3日間はずっと雨でした。北岳の山頂から富士山を見ることはできませんでしたが、本物の木村カエラ・瑛太夫妻、ライチョウの親子をはじめて見ることができました。024.gif
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 そして、みなさんから47歳の誕生日を祝っていただき、山登りは今まで以上に苦しかったけれど、楽しい山旅を過ごすことができました。皆さん、ありがとうございました。詳細はまた後日報告します。速報は「なんでもトライアスロン」に掲載しておきます。038.gif
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 さて北海道シリーズ最終日。今日は羅臼岳登頂です。昨日、あんなに美しい夕日を見ることができ、小沢天気予報ははずれると思っていましたが、起きて外を見ると、地面は雨でぬれていました。しかも結構な雨音も聞こえてきて、小沢天気予報が的中してしまいました。
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 朝といっても午前2時に起床、フロントに用意してある朝と昼のお弁当をもらってきて、同室の先輩方と朝のお弁当を頬張りました。朝ご飯というよりは、ほとんど夜食です。037.gif
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 登山の身仕度をして、午前4時にホテルを出発しました。午前4時25分に登山口前に到着。雨の中、準備体操をして、いよいよ出発です。私は今日も先頭集団に取り付きました。
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 地元ガイドの加藤さんは、この雨は昼までにはあがると言うので、私は雨具を上だけ着て同行しましたが、雨はあがることはなく、ますます雨足が強くなるばかり。この日、私が撮った写真は60枚ほどでした。雌阿寒岳、斜里岳ではそれぞれ350枚以上獲りましたが、雨と風が強く、撮ってもピンボケばかり。晴れていたら、どんなにきれいな風景が広がっていたことでしょう。058.gif
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 ハクサンコザクラ。056.gif
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 アオノツガザクラ。056.gif
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 エゾノツガザクラ。056.gif
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 登りつめると羅臼平が広がっており、その先には雨に煙る羅臼岳の溶岩ドームがそびえています。午前8時54分。風雨はますます強くなるばかりで、頬にあたる雨が痛く感じました。もうズボンも靴の中もずぶ濡れです。羅臼岳でアクアビクスをやったようです。昨日の斜里岳の渡渉では、すこしも濡れることはなかったのに。
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 羅臼岳頂上直下、溶岩ドームの岩稜帯を登り切れば、羅臼岳登頂になります。しかし、風が強く、岩稜帯を登るのも一苦労です。このとき私は先頭集団の3番手にいました。私の前には二人のおばさま。その二人のおばさまとも、ザックカバーが大きく膨らんで、飛ばされそうになっていました。
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 先頭のおばさまが何とか頂上の広場に入りましたが、強風のため立ち上がることができません。這いつくばっていました。立ちあがっていたら、おそらくはそのまま滑落して、そのおばさまの命はなかったでしょう。私はあと体一つ分で頂上でしたが、後ろの方から撤退命令が発令されました。この強風の中、頂上に入ることは危険であるとの判断を下されたのだと思います。先頭のおばさま以外、2番目のおばさま以降全員、頂上に立つことなく岩稜帯を降りることになりました。
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 ついに下山まで雨がやむことはありませんでした。登山開始から9時間50分経過していました。登山口でストレッチを行って、昨晩泊まったホテル知床で入浴し、女満別空港へと帰路に着きました。
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途中の道の駅で買ったシカ肉バーガー。結構、美味しかったです。038.gif
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 女満別空港で、地元ガイドの加藤さんと握手でお別れ。今回、はじめて先頭集団を歩かせてもらって、加藤さんからいろいろなお話を聞くことができました。そして、百名山ばかりではなく二百名山、三百名山も一緒に登ることを勧められました。整備され過ぎている百名山よりも二百名山、三百名山の方がずっと山らしいとのこと。そういう山を一緒に登って、はじめて山のよさを知ることができ、山登りのスキルアップにもつながると教えていただきました。040.gif
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(あづみ野うたごえ喫茶/ふるさと)


(あづみ野うたごえ喫茶/希望)


(中島みゆき/宙船)

宙船(作詞、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は今どこに ふらふらと浮かんでいるのか
その船は今どこで ボロボロに進んでいるのか
流されまいと逆らいながら
船は挑み 船は傷み
すべての水夫が恐れをなして逃げ去っても
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は自らを宙船(そらふね)と 忘れているのか
その船は舞い上がるその時を 忘れているのか
地平の果て 水平の果て
そこは船の離陸地点
すべての港が灯りを消して黙り込んでも
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

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寿永2年(1183年)7月25日、「平家にあらざれば人にあらず」と栄耀栄華をほしいままにしていた平家一門も、木曽義仲の軍勢上洛を目前に、ついにこの日、「都落ち」をしました。もはや都を守護できないと判断した平家の総大将宗盛は、安徳天皇と三種の神器を奉じ、遠く九州で再起をはかるべく、都に火を放ち、ぞくぞくと西国へ下って行きました。

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理(ことわり)をあらわす。奢れる者も久しからず、唯春の夢のごとし、たけき者も遂に滅びぬ、偏(ひとえ)に風の前の塵に同じ・・・・」

「平家物語」の巻頭にかかげられた一文にある「盛者必衰」の前兆は、やはり清盛の変死に見ることができます。治承5年(1181年)正月、清盛は突然高熱を発して苦しみ出しました。まるで火を焚いているように身体が熱く、看護の者さえ熱くて近寄れません。比叡山から冷たい水を汲んで来て、その水につからせたら、水が沸き上がったとさえ言われました。

さすがに清盛も死を覚悟し、「思い残すことはただ一つ、頼朝の首をみなかったことだ。われ死すとも供養は入らぬ。墓前に必ず頼朝の首を供えよ。」と遺言し、もだえ苦しみながら息を引き取りました。享年64歳。

この「都落ち」からわずか2年後に、平家一門が壇ノ浦で滅亡しました。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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(映画「岳」予告編)

あの太陽が、この世界を照らし続けるように。
(作詞、作曲:小渕健太郎)
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どんな悲しみにも ひとつの意味を注ぐように
世界中の夜に 朝を連れてくる太陽
ぼくは彷徨ってた 生きる意味を探して
君に出逢うまでの僕じゃ あの壁は越せない

この手は君を守るため この瞳は君を探すため
こころは君を愛すため この命は君と生きるため
ぼくに生きる意味をくれた その微笑み

人ごみに紛れて 逃げ出すのは容易くとも
一人きりの夜に 孤独から逃げ出せない
ガラス玉のような心を抱え生きてる
落とすたびに砕け散った 涙を忘れない

転がりながら辿り着いた 今がいつも君だけの頂上
心のままに生きてゆけば 時には人はぶつかり合うけれど
その魂に刻まれた模様はきっと 美しきヒビとなる

どんな命も輝いてる
あの太陽が、この世界を照らし続けるように

この手は君を守るため この瞳は君を探すため
こころは君を愛すため この命は君と生きるため


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さて今回の羅臼岳は写真が少ないため、先日見た映画の紹介をします。8月16日、勤め帰りに映画「ヒマラヤ 運命の山」を見に行きました。
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内容は次の通りです。
ラインホルトとギュンター、二人の兄弟はプロの登山家になることを夢見ていました。
1969年ラインホルトはナンガ・パルバート ルパール壁の初登攀(とうはん)を目指す遠征隊から招待を受け、弟ギュンターとともにヒマラヤ山脈に向かうことになります。
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遠征隊の隊長ヘルリヒコッファー博士はラインホルトとラインホルトに競争心を燃やすフェリックスのそれぞれのチームを競わせるようにベースキャンプから登頂させました。しかし、ラインホルトは博士の消極的なプランに苛立ち、悪天候の中、山頂をひとりで目指すことにします。ラインホルトはギュンターにザイルを確保するために途中のポイントで残るように指示しますが、残りのロープがないことを知りながら、兄を追って山頂を目指して、着いて来てしまいました。
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 そして遂にメスナ―兄弟はナンガ・パルパート ルパール壁の初登攀に成功します。しかし、何の装備もなく兄を追ってきたギュンターは、下山途中に高山病にかかってしまいます。予定していた下山ルートをたどることもできずに、極寒の氷の中で一晩過ごすことになります。
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 一方、フェリックスとペーターもまた頂上を目指していました。途中、ラインホルトの助けの声に気が付くのですが、危険を伴うため救助に向かうことができず、そして勝手な行動を取ったメスナー兄弟に腹を立てながら、そのまま足取りを先に進めることにしました。ラインホルトはフェリックスたちが自分たちを助けに来ることがないと判断し、危険なルートで下山することを決めます。
 
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危険なルートを横断し、氷雪の中、ギュンターを見失ってしまいます。ギュンターは兄とはぐれて、雪崩にのまれてしまっていたのです。ラインホルトはギュンターを探し、名を叫びますが、彼の姿はありません。激しい凍傷と戦いながら、山を下り続け、ヒマラヤのふもとディアミール谷に何とか辿り着きます。
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 ベースキャンプでは、博士はメスナ―兄弟の帰還をあきらめ、フェリックスたちの成功を祝うとともに、帰国の準備を始めていました。ラインホルトは遊牧民に助けられ、偶然にも帰路についていた遠征隊と遭遇します。

 帰国後、病院のベッドで見た見出しは「ヘルリヒコッファー遠征隊の初登攀の成功」と「ギュンターの死はラインホルトの責任」とする記事でありました。深く心傷ついたラインホルトは故郷でギュンターの亡骸のない葬式をあげるのでした。

 その後、ラインホルトは数回にわたり、ナンガ・パルバートへ弟を探すために挑みます。初登攀から8年後に2度目の登攀に成功しますが、そこに弟の姿はなく、たったひとりの登攀でした。

 この映画は実話をもとにつくられています。その当時、「メスナー兄弟死亡」「初登攀したのはメスナ―兄弟ではなく、フェリックスとぺーターである」とするニュースが世界を駆け巡り、遠征隊長のヘルヒコッファーとメスナーの闘いが、法廷の場で始まりました。ヘルヒコッファーはチームの規律を無視して単独登攀したのはメスナー自身であり、ギュンターの死はメスナーの責任であるとするのに対して、メスナーはヘルヒコッファーが救助をしなかったことを訴えました。最終的、メスナーは全面敗訴になってしまいます。

 メスナー自身は、この1970年の機に、単独登山にこだわり、17年の歳月をかけて8000 m峯全14座完全登頂という金字塔を打ち立てて行きました。
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(小柳ルミ子/星の砂)

星の砂(作詞:関口宏、作曲:出門英、歌:小柳ルミ子) 060.gif


二度と出来ない恋を捨てあなた遠く
離ればなれになってゆくの 今つらいわ

嫁ぐ日岬にひとりたたずみ君住む島に
別れを告げる
凪いで凪いでまぶしいサンゴの島が
にじんで落ちて 星の砂

過ぎし日 二人は海辺に遊び
変わらぬ愛を 夕陽に祈る
いつかいつか 二人は運命にさかれ
私は遠く 石垣へ

髪にかざした ブーゲンビリア
そえぬ運命に赤く咲く
海よ海に流れがあるならば
届けてほしい 星の砂

ルルル・・・・・ルルル・・・・・
ルルルル・・・・・

風よ吹け 波よ打て
それであなたにつぐなえるならば
海よ海に流れがあるならば
届けてほしい この想い
届けてほしい この想い

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 さて次回はやっと日本百名山の1番目、利尻岳登頂を報告します。5月連休に屋久島の100番目の百名山、宮之浦岳へ登りました。今年の目標は1番目の百名山と100番目の百名山を登ることです。果たして、目標達成になるか。次回、お楽しみに。038.gif
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by ryott-ryott | 2011-08-23 22:38 | 雌阿寒岳・斜里岳・羅臼岳 | Comments(0)

いい歳、りょうちゃん、神の山、オンネプリについに登るヽ(^o^)丿

旅行・地域
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北海道シリーズ2日目は斜里岳です。まりちゃん、お先に行ってきます。029.gif
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斜里岳はアイヌ語ではオンネプリ(年老いた山)という意味があります。25万年間に噴火し、現在は火山活動を停止しています。頂上には溶岩ドームがあり、神の山として崇められてきました。004.gif
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前日、緑青荘のおしきせの会で、地元ガイドの加藤さんが、斜里岳は渡渉あり、沢登りあり、岩場ありのロングコースで、総合的な山登りができる山であり、幌尻岳よりも難しい山であるとの紹介がありました。038.gif
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翌朝5時に緑青荘を出発。斜里岳の登山口、清岳荘(標高670 m)へと向かいます。小沢さんの天気予報ははずれて、早朝からよいお天気でした。やはり倉持さんは晴れ女なのでしょうか。037.gif
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清岳荘前登山口で準備体操を行い、いよいよ出発です。午前5時22分。070.gif
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ウルップソウ。056.gif
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クルマユリ。056.gif
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エドノシシウド。056.gif
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ヨツバヒヨドリ。056.gif
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ほんの20分ほど歩いたら、すぐに川が現れます。昨年は濁流で、登山を断念したそうです。今年は大丈夫。038.gif
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そして、渡渉の連続。普通の山道と違って、水が流れている分、涼しくて、沢に差し掛かると、私は元気になりました。024.gif
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沢の脇を登って行きます。070.gif
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後ろを振り返ると虹が出ていました。038.gif
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村

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(あづみ野うたごえ喫茶/ふるさと)


(あづみ野うたごえ喫茶/希望)


(中島みゆき/宙船)

宙船(作詞、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は今どこに ふらふらと浮かんでいるのか
その船は今どこで ボロボロに進んでいるのか
流されまいと逆らいながら
船は挑み 船は傷み
すべての水夫が恐れをなして逃げ去っても
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は自らを宙船(そらふね)と 忘れているのか
その船は舞い上がるその時を 忘れているのか
地平の果て 水平の果て
そこは船の離陸地点
すべての港が灯りを消して黙り込んでも
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

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 よく、“天才と狂人は紙一重”と言われますが、芥川竜之介には、その二つの血が流れていたと思います。

 竜之介が生まれたとき、父は42歳、母は33歳。二人とも厄年の子どもでした。縁起をかついで捨て子の形式をとり、拾った子ども、厄年に関係ない子ども。名前も、辰年辰月辰日辰の刻に生まれた“昇竜”にあやかって、竜之介と命名したといわれます。

 それほど縁起をかついでも、実母は竜之介出産後8カ月で発狂してしまいました。直接血に関係ありませんが、親友宇野浩二が発狂したり、義兄が鉄道自殺をはかるなど、周囲の環境は暗い影に包まれていました。
 竜之介は神経衰弱にかかったのは大正10年(1921年)、31歳のときでした。それから6年、数々の名作を残しながら、昭和2年(1927年)7月24日、薬を飲んで自殺してしまいました。36歳の若さでした。

 天才の血は遺児にも引きつがれているのでしょう。長男の比呂志は演劇の分野で、次男の也寸志は音楽の分野で得意な才能を発揮しています。
竜之介の作品は、時代を越えた人生の問題提起が内蔵されているせいか、現代でも演劇、映画、テレビドラマ、朗読の教材としてよく使われます。『羅生門』が黒澤明の監督で、初のグランプリを受賞したのは記憶に新しいところです。

友人であった菊池寛が、「文芸春秋」の社長のとき、芥川と直木三十五の才を惜しみ、その名を顕彰し、新人作家の登竜門として、芥川賞、直木賞を設けて、多くの文学の逸材を世に送り出していることは、ご承知の通りです。
彼の名作『河童』にちなみ、7月24日は、河童忌として、故人をしのぶ集いが開かれています。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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(映画「岳」予告編)

あの太陽が、この世界を照らし続けるように。
(作詞、作曲:小渕健太郎)
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どんな悲しみにも ひとつの意味を注ぐように
世界中の夜に 朝を連れてくる太陽
ぼくは彷徨ってた 生きる意味を探して
君に出逢うまでの僕じゃ あの壁は越せない

この手は君を守るため この瞳は君を探すため
こころは君を愛すため この命は君と生きるため
ぼくに生きる意味をくれた その微笑み

人ごみに紛れて 逃げ出すのは容易くとも
一人きりの夜に 孤独から逃げ出せない
ガラス玉のような心を抱え生きてる
落とすたびに砕け散った 涙を忘れない

転がりながら辿り着いた 今がいつも君だけの頂上
心のままに生きてゆけば 時には人はぶつかり合うけれど
その魂に刻まれた模様はきっと 美しきヒビとなる

どんな命も輝いてる
あの太陽が、この世界を照らし続けるように

この手は君を守るため この瞳は君を探すため
こころは君を愛すため この命は君と生きるため

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旧道の沢登りが一通り終わると急な登りに入ります。その前の休憩で、倉持さんが私を先頭へ行かせてくれました。私が沢登りの連続で、息切れしていたのを見て、先頭へ行かせてくれました。倉持ツアーではいつも最後尾で写真を取りながらの追走でしたが、はじめて前に行きました。大井町湯屋のスタジオではいつも前に行っていますが。037.gif
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 そこでわかったことがありました。前で歩いた方が、後ろで追走するよりもはるかに楽だということがわかりました。倉持さんがおっしゃるには、後ろで追走すると、ペースがまちまちであり、立ち止まっては引き離されて、また前に追いつくということを繰り返すので、インターバルの競技と同じことを行っていることになり、バテてしまうそうです。先達さん後ろを行く先頭集団はほぼ一定のペースで歩くことができるため負担が少ないと言います。今回、先頭グループに行って、そのことを身を以って知ることができました。だから、すみ姉ちゃんはいつも白砂さんの後ろを何食わぬ顔をして歩いている理由がわかりました。ヒドイ姉さんです。041.gif
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 あまりにも先頭が楽なので、いつも先頭ばかり歩いていたら、山歩きが上達しないのではないかと倉持さんに疑問をぶつけたら、先達さんの足運びを見ながら進むことができるので、必ずしもそうはならないということでした。先頭で歩くことにより、地元ガイドの加藤さんといろいろなお話ができました。038.gif
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 山登りを上達するコツは実際に山へ行って自ら歩いて練習する以外にないそうです。そして、山登りが上手な人と一緒に行くことが重要で、その人の足運びを見て学ぶことが上達の早道とのことでした。山登りが下手な人と一緒に行っても、何も得るものがないので、一人で行った方がましだそうです。037.gif
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 そしてカラフルな出で立ちの、いわゆる山ガールと呼ばれる女性たちも斜里岳に来ていました。加藤さんが言うには、山ガールとそうでない人の見分け方があるそうです。山ガールはとにかくオシャレで、若くて、きれいで(顔も服も)、その人が山を歩いていると、山に花が咲いたようになる人が山ガールだそうです。残念ながら、今回の倉持さんのツアーでは山ガールはひとりもいませんでした。私が言ったのではありません、加藤さんがおっしゃっていました。倉持さんも山ガールではないそうです。037.gif
 そんな話をしながら、9合目を過ぎ、ついに馬の背に到着。午前9時ジャスト。歩き始めて3時間40分、朝はよいお天気だったのに、上に登るにつれて雲が厚くなり、小雨が降り出していました。下の様子は何も見えませんでした。小沢天気予報が当たり始めました。031.gif
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 馬の背で少しく休憩し、ザックカバーや雨具を着て、最後の頂上直下の急斜面を登ります。馬の背にも雨にぬれながらも、お花が咲いていました。056.gif
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 エゾツツジ。056.gif
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 ダイコンソウ。056.gif
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 ヨツバシオガマ。056.gif
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 チングルマ。燕岳に登った時は、白い花をつけていたのに、ここ斜里岳ではふわふわの毛になっていました。056.gif
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 リンネソウ。056.gif
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 エゾカンゾウ。本州ではニッコウキスゲと呼ばれている花です。056.gif
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 マルバシモツケもありました。056.gif
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 急な斜面を登ること30分、ついに頂上に到着。午前9時30分。登山開始から4時間10分ほどでした。そして、倉持さんと記念撮影。髪が雨にぬれて、クタクタです。037.gif
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 頂上に着くと、降っていた小雨もやみ、時折、薄日が差すこともありましたが、やはり360°何も見ることはできませんでした。
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 少し早いですが頂上でお昼ご飯を食べました。
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 チングルマに見送られて、下山を開始。午前10時20分。先ほどの急な岩場を下ります。下りは体力ではなく、技術なんだそうです。確かに下りで息が切れることはありません。
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 馬の背から再びガレ場の急坂を上二股まで下って行き、登って来た旧道ではなく、新道を熊見峠を経由して下って行きます。午前11時ジャスト。熊見峠には12時ちょうどに着きました。
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登って来た旧道を下るのは危険かもしれません。しかし、熊見峠からは下二股まで標高差約250 mを一気に下っていくことになります。雨が降ったため、かなり下はぬかるんでいました。
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下二股に13時ジャストに到着。あとはふたたび涼しくて楽しい渡渉を繰り返します。いい歳、りょうちゃん、渡渉は楽々こなせます。038.gif
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あっという間に登山口まで戻って来ました。14時前でした。038.gif
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(小柳ルミ子/星の砂)

星の砂(作詞:関口宏、作曲:出門英、歌:小柳ルミ子) 060.gif


二度と出来ない恋を捨てあなた遠く
離ればなれになってゆくの 今つらいわ

嫁ぐ日岬にひとりたたずみ君住む島に
別れを告げる
凪いで凪いでまぶしいサンゴの島が
にじんで落ちて 星の砂

過ぎし日 二人は海辺に遊び
変わらぬ愛を 夕陽に祈る
いつかいつか 二人は運命にさかれ
私は遠く 石垣へ

髪にかざした ブーゲンビリア
そえぬ運命に赤く咲く
海よ海に流れがあるならば
届けてほしい 星の砂

ルルル・・・・・ルルル・・・・・
ルルルル・・・・・

風よ吹け 波よ打て
それであなたにつぐなえるならば
海よ海に流れがあるならば
届けてほしい この想い
届けてほしい この想い

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駐車場でストレッチをして、バスに乗り込みます。先ほどまで曇って、小雨が降っていたのに、駐車場からは斜里岳の頂上が見えました。
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今日の宿はホテル知床。今日の斜里岳登山で百名山100座目を達成した大先輩のお祝いをホテルのレストランでやりました。
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昼間の小雨まじりの天気が嘘のように晴れて、ホテルの前からオホーツク海に沈む夕陽を見ることができました。058.gif
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明日、最終日、羅臼岳。小沢天気予報がはずれてくれることを祈りながら、寝ました。





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by ryott-ryott | 2011-08-15 22:59 | 雌阿寒岳・斜里岳・羅臼岳 | Comments(0)

おしきせの会、そして北海道シリーズは雌阿寒岳からヽ(^o^)丿ヽ(^o^)丿

旅行・地域
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みなさん、ただいま帰りました。久しぶりの日記更新です。燕岳の後、私は7月23日~25日は倉持さんのツアーで雌阿寒岳・斜里岳・羅臼岳へ、そして7月27日~8月1日は利尻島・礼文島へ行ってきました。また急遽、そのあとに倉持さんのツアーで四国の剣山・次郎笈(じろうぎゅう)・東赤石山へも行ってきました。6月4日の週から10週間連続で、週末はどこかへ出かけていたことになります。070.gif
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 順次紹介して行きますが、なかなかブログで報告する時間がなくて、いずれ、山女子ブログのように1年前に行った登山の様子を紹介するようになってしまうかもしれません。このブログは山女子ブログのように人気のブログではありませんが。037.gif
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 北海道シリーズを報告する前に8月13日、大井町の由良で浦安湯屋メンバーと『おしきせの会』をやりました。『おしきせ』とは甲州の言葉で「晩酌」という意味です。004.gif
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 『おしきせの会』には浦安湯屋の先輩お嬢さん方や、山登りではいつもりょうちゃんといい勝負をしてくれるあきちゃん、あきちゃんはりょうちゃんより年下らしいです。そしてスペシャルゲストとして倉持さんの旦那様が来てくれました。倉持さんの旦那様にお会いしたのは、今回で2回目で、北海道の雌阿寒岳・斜里岳・羅臼岳ツアーで羽田に戻ってきたときに、倉本さんを迎えに来ていらっしゃいました。ご本人から顔写真を載せないでほしいとのことなので、お顔をお見せできませんが、はじめてお会いした時は倉持さんの息子さんが迎えにきたのかと思いました。そして、倉持さんのロングスカートの恰好をはじめて見ました。スカート、持っていたんですね。041.gif
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 ともちゃん、あやちゃんには5月の瑞牆山以来の再会でした。あやちゃんには6月の森ちゃんのおしきせの会で会っていましたね。058.gif
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 すみ姉ちゃんには会うなり、「むかつく」のお言葉。私が一足先に百名山を17座登っていることがお気に召さないようです。お互い、マイペースで行きましょう。037.gif
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 おしきせの会には大先輩の原田さんも来ていただき、先日行った荒川三山がとても大変だったとおっしゃっていました。058.gif
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 また10月の3連休に阿蘇・九重・祖母の百名山3座を一緒に登る山崎さんも来ていただき、参加者7名で現在九州3座の催行は決定したそうです。今日、よしこさんはご主人と大喧嘩して、九州行きを決めるそうです。041.gif037.gif
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 隣のテーブルでは大井町湯屋のメンバーが還暦祝いで大変な盛り上がりでした。その中によしこさんもいらっしゃいました。024.gif
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 こちらのグループも負けずに大騒ぎ。賑やかに『おしきせの会』の夜は更けて行きました。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村

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(あづみ野うたごえ喫茶/ふるさと)


(あづみ野うたごえ喫茶/希望)


(中島みゆき/宙船)

宙船(作詞、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は今どこに ふらふらと浮かんでいるのか
その船は今どこで ボロボロに進んでいるのか
流されまいと逆らいながら
船は挑み 船は傷み
すべての水夫が恐れをなして逃げ去っても
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は自らを宙船(そらふね)と 忘れているのか
その船は舞い上がるその時を 忘れているのか
地平の果て 水平の果て
そこは船の離陸地点
すべての港が灯りを消して黙り込んでも
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

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「メンデルの法則」で名高い“遺伝学の父”グレゴール・メンデルは、修道院の大僧正という宗教家であると同時に、植物学者でもありました。

 1822年7月22日、彼はオーストリアの貧しい農家に生まれました。生活は苦しく、学校の成績はよくても大学に進むことはできませんでした。
 彼は父が農夫として、果樹栽培にすぐれ、つぎ木や品種の改良に熱心だったのに影響され、子ども心に将来は植物の研究に従事したいと考えていました。

 彼はやむを得ず修道院に入りましたが、ここでも成績がよく、修道院の費用でウィーン大学に留学を認められ、念願の植物研究にうちこむことができるようになりました。
 当時、植物は「同一品種は、そのままその性質が子に伝わる」と信じられていました。つまり赤い花の種をまけば赤い花、白い花なら白い花が咲くと思っていました。
 ところが実際は必ずしもそうとは限りません。彼はそこに疑問を抱いたのです。
 エンドウの人工授精の実験を7年も続け、そこに遺伝の1つの法則を発見したのです。人間にもあてはまる重要な法則でした。
 1865年、彼は学界に発表しましたが、理解されずに終わってしまいました。彼も修道院の仕事が忙しくなり、その後の研究をやめてしまいました。

 この発表から35年、彼が1884年に62歳で亡くなってから16年後、偶然にも1900年、オランダのフリース、ドイツのコレンス、オーストリアのチェルマクという3人の学者が、メンデルと同じ研究をし、その古い資料の中から、彼の研究論文を発見して、一躍この“メンデルの法則”が世に出るようになりました。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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(映画「岳」予告編)

あの太陽が、この世界を照らし続けるように。
(作詞、作曲:小渕健太郎)
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どんな悲しみにも ひとつの意味を注ぐように
世界中の夜に 朝を連れてくる太陽
ぼくは彷徨ってた 生きる意味を探して
君に出逢うまでの僕じゃ あの壁は越せない

この手は君を守るため この瞳は君を探すため
こころは君を愛すため この命は君と生きるため
ぼくに生きる意味をくれた その微笑み

人ごみに紛れて 逃げ出すのは容易くとも
一人きりの夜に 孤独から逃げ出せない
ガラス玉のような心を抱え生きてる
落とすたびに砕け散った 涙を忘れない

転がりながら辿り着いた 今がいつも君だけの頂上
心のままに生きてゆけば 時には人はぶつかり合うけれど
その魂に刻まれた模様はきっと 美しきヒビとなる

どんな命も輝いてる
あの太陽が、この世界を照らし続けるように

この手は君を守るため この瞳は君を探すため
こころは君を愛すため この命は君と生きるため

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 雌阿寒岳・斜里岳・羅臼岳へ出かける前に、実は足親指の巻爪を切らなければなりませんでした。燕岳から帰ってから左足の親指が炎症を起こしていたため、かかりつけのお医者さんで診てもらうと、巻爪が親指に刺さって炎症を起こしているので、抜爪(ばっそう)をしなければならないとの診断でした。爪を取ってしまえば、楽に山登りができるというので、思い切ってきって抜爪することにしました。しかも、明日から雌阿寒岳・斜里岳・羅臼岳へ出かけるという前日にお医者さんへ行きました。
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 まず麻酔薬4 mlを足の親指周辺に何回か分けて打ちます。切除よりも、この麻酔の方が痛かったです。巻爪をはさみで切り取るのですが、麻酔が効いていたため、痛みもなく、あっという間に終了。傷口に薬を塗って、テープを巻いてもらって、処置完了。傷口が塞がるまで抗生物質を飲み、カーゼを毎日変えて消毒し、決して傷口を濡らさないようにとの指示でした。040.gif
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 これで憂いなく、北海道へ出かけることができます。今日の出発はいつもの上野ではなく、羽田空港に集合して、釧路空港へ出発です。羽田空港で倉持さんと再会、倉持さんに会うのは日光白根山以来でしたが、「なんでもトライアスロン」の記事を読んでいるので、久しぶりに会ったという感じではありませんでした。参加者は16名。いい歳、りょうちゃん46歳は最年少でした。037.gif
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 釧路空港に到着するとすぐにバスに乗り、初日は雌阿寒岳に向かいました。070.gif
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 いつものように準備体操をして、頂上を目指します。070.gif
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 途中には昨年行ったオンネトーや阿寒湖、たくさんの花が咲いていました。オンネトーは噴火でせきとめられてできた沼で、年老いた沼という意味があります。雌阿寒岳は活火山で、雄阿寒岳(1370 m)に比べると、雌阿寒岳なのに男性的な山です。ガイドの松田さんが現代女性と同じだとおっしゃっていました。037.gif
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 イワブクロ。イワブクロは別名タルマイソウともいい、樽前山で見つけられたことからこの名前が付いています。056.gif
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 メアカンキンバイ056.gif
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 赤沼、鉄の色をしています。そしてもう少しで頂上です。
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 阿寒湖の向こうには、阿寒岳と最終日に登る羅臼岳が見えました。
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 そして雌阿寒岳(1499 m)の頂上に。倉持さんと記念撮影。
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 頂上からは青沼と阿寒富士(1476 m)が見えます。
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 下山を開始。
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 ワンちゃんも下山中。
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 ストレッチをして、今晩の宿に向かいました。

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(小柳ルミ子/星の砂)

星の砂(作詞:関口宏、作曲:出門英、歌:小柳ルミ子) 060.gif


二度と出来ない恋を捨てあなた遠く
離ればなれになってゆくの 今つらいわ

嫁ぐ日岬にひとりたたずみ君住む島に
別れを告げる
凪いで凪いでまぶしいサンゴの島が
にじんで落ちて 星の砂

過ぎし日 二人は海辺に遊び
変わらぬ愛を 夕陽に祈る
いつかいつか 二人は運命にさかれ
私は遠く 石垣へ

髪にかざした ブーゲンビリア
そえぬ運命に赤く咲く
海よ海に流れがあるならば
届けてほしい 星の砂

ルルル・・・・・ルルル・・・・・
ルルルル・・・・・

風よ吹け 波よ打て
それであなたにつぐなえるならば
海よ海に流れがあるならば
届けてほしい この想い
届けてほしい この想い

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 緑青荘。目の前には明日登る斜里岳が見えます。
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 緑青荘でのおしきせ。みんなで自己紹介をしました、いい歳、りょうちゃんはやはり最年少であることがわかりました。先輩の皆さんはほとんどが百名山80座はざらで、明日の斜里岳で100座目を迎える大先輩もいらっしゃいました。038.gif
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 その大先輩とお酒が一滴も飲めない小沢さんと一緒の部屋になり、小沢さんから「倉持さんは雨女である」ということを散々聞かされました。小沢さんが倉持さんのツアーに参加するときはほとんど雨なんだそうです。だから小沢さんの明日の斜里岳と明後日の羅臼岳の天気予報は雨でした。この後、残念なことに小沢さんの天気予報は当たってしまうことになります。
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by ryott-ryott | 2011-08-14 18:34 | 雌阿寒岳・斜里岳・羅臼岳 | Comments(0)