カテゴリ:利尻・礼文、最果ての百名山( 6 )

利尻最終日、海と花と太陽とヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 利尻・礼文の旅、6日目、最終日です。今日、飛行機で東京に帰りますが、その前に利尻島の花を見て周ることにしました。056.gif
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 その前に今日は朝日を見ることができそうだったので、朝4時前に起きてペシ岬まで行きました。でも太陽が昇ってくる方向には雲が横たわっており、雲の切れ間から朝日を見れるかどうかというところです。それでもじっと待っていると、他にも朝日を見にペシ岬にやってくる方がいました。その方は雪が消える5月から雪が降り始める10月まで利尻で働らき、雪の閉ざされる季節は東京へ戻るとおっしゃっていました。
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 その方によると、花を見ることができる8月までは朝日も夕日もあまり期待できないとのことです。すべての花が終わる8月下旬から空気が澄みわたり、景色を楽しむことができるそうです。8月の下旬から利尻も礼文も秋の季節であり、ほとんど毎日、朝日と夕日を見ることができるとおっしゃっていました。058.gif
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 それでも何とか雲の切れ間から朝日を見ることができました。058.gif
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 今日はオーナーの渡辺さんはめずらしく登山ガイドはなかったようであり、朝からペンションにいらっしゃいました。朝9時にペンションの受付でチェックアウトを済ませ、タクシーに迎えに来てもらいました。レラモシリの渡辺さん一家ともこれでお別れ。またちがった季節に訪れたいと思います。038.gif
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 礼文島もそうでしたが、利尻はタクシーの台数が少なく、観光の最盛期には捕まえることができないそうです。旅行するときはタクシーを前もって予約することを勧められました。どこを周るかは、タクシーの運転手・近藤さんにお任せです。
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 その近藤さんが最初に向かったにはペシ岬。今日の朝、朝日を見に行ったところです。しかし、ペシ岬には裏側があることをはじめて知りました。
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 ペシ岬の裏はトウゲブキがたくさん咲いていました。056.gif
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 人の顔に見えます。
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 海の中には昆布が。
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 利尻昆布のだしを打っているお店「りせん」さん。
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 港側から見たペシ岬はキングコングのうしろ姿にも見えます。
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 この小さな小屋では漁師さんが獲ったウニの殻むき、洗浄を行っていました。
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 私たちが魚屋さんでウニを見るときは板の上にきれいに並べられていますが、ウニは殻を割って、身と一緒に中に入っている昆布などをピンセットできれいに取り除き、洗浄用の海水で洗わなければなりません。昆布のかすがウニの中に入っているのは、ウニが昆布を食料にしているからです。昔はウニは昆布を食い荒らす害獣として駆除されていました。カモメやウミネコがウニを食べるのを見て、人も食べるようになったそうです。
 洗浄用の海水も漁師さんが勝手につくったものを使用することは禁じられています。漁業組合が電気分解して殺菌した水に海水と同等の塩分を添加してつくった洗浄水を使わなければなりません。
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 ウニにも雌雄があり、雄の方が少し白っぽい色をしています。
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 エゾフウロ(蝦夷風露)。
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 柱状節離。利尻は7000年前までは活発な火山活動をしていました。利尻本峯のほかにもいくつも火口があり、流れ出たマグマが地表で冷やされて固まりときに、柱状に割れて行きました。そのため水はけがよく、海岸線で水が湧き出ている場所がたくさんあります。
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 あの近藤重蔵もこの利尻を訪れています。そしてロシアの侵攻を防ぐために、北の警備として、会津藩士が利尻に派遣されています。この利尻の地で命を落とした会津藩士の墓があります。
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オオセグロカモメ。
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ウミネコ。ウミネコは足が黄色です。ウミネコの寿命は30年もあり、生後3年でパートナーを探し、その後は一生涯、同じパートナーと暮らします。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(あづみ野うたごえ喫茶/ふるさと)


(あづみ野うたごえ喫茶/希望)


(中島みゆき/宙船)

宙船(作詞、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は今どこに ふらふらと浮かんでいるのか
その船は今どこで ボロボロに進んでいるのか
流されまいと逆らいながら
船は挑み 船は傷み
すべての水夫が恐れをなして逃げ去っても
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は自らを宙船(そらふね)と 忘れているのか
その船は舞い上がるその時を 忘れているのか
地平の果て 水平の果て
そこは船の離陸地点
すべての港が灯りを消して黙り込んでも
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

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 秋艸道人の雅号をもつ会津八一は、歌人、学者、書家として有名です。明治14年(1881年)8月1日、新潟市で生まれました。
 1881年8月1日生まれなので八一の名がつけられたといいます。会津の姓は、5代前の先祖が、福島県会津若松市の出身であったからです。
 新潟の旧制中学から早大文学部を卒業し、母校の早大文学部教授として東洋美術史を担当しました。
 終戦の年の昭和20年(1945年)4月、教授を退職、自宅が空襲で焼けたために新潟にもどり、歌と書に専念。宮中歌会召人、新潟市名誉市民など、数々の栄誉を受けながら、昭和31年(1956年)11月21日亡くなりました。享年76歳。生涯独身でした。

 若き日、失恋の心をいやすために奈良を訪れたのが縁で、その後東洋美術史の研究も兼ね、生涯八一にとって奈良は心のふるさとになりました。
 ですから奈良には八一の歌碑がたくさん建っています。

 おほらかに もろてのゆびを
 ひらかせて おほきほとけは
 あまたらしたり       東大寺

 おおでらの まろきはしらの
 つきかげを つちにふみつつ
 ものをこそおもえ      唐招提寺

 あきしのの みてらをいでて
 かえりみる いこまがたけに
 ひはおちんとす       秋篠寺

 他に、新薬師寺、法輪寺、法華寺、海竜王寺、般若寺にもあります。

 八一の歌は、万葉の昔になぞらえて、独特な仮名表記法を用いたのが特色でした。仮名で書いたほうが歌と調和するというのが持論です。
 
 書道についても、良寛の自由闊達な書を手本に一家言をもっていました。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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(映画「岳」予告編)

あの太陽が、この世界を照らし続けるように。
(作詞、作曲:小渕健太郎)
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どんな悲しみにも ひとつの意味を注ぐように
世界中の夜に 朝を連れてくる太陽
ぼくは彷徨ってた 生きる意味を探して
君に出逢うまでの僕じゃ あの壁は越せない

この手は君を守るため この瞳は君を探すため
こころは君を愛すため この命は君と生きるため
ぼくに生きる意味をくれた その微笑み

人ごみに紛れて 逃げ出すのは容易くとも
一人きりの夜に 孤独から逃げ出せない
ガラス玉のような心を抱え生きてる
落とすたびに砕け散った 涙を忘れない

転がりながら辿り着いた 今がいつも君だけの頂上
心のままに生きてゆけば 時には人はぶつかり合うけれど
その魂に刻まれた模様はきっと 美しきヒビとなる

どんな命も輝いてる
あの太陽が、この世界を照らし続けるように

この手は君を守るため この瞳は君を探すため
こころは君を愛すため この命は君と生きるため

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 ナマコ漁。
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 獲った昆布を干しています。
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 獲った昆布を干す場所。現在は小石を敷いていますが、小石が手に入らなかった昔は草を取って敷いていました。
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 獲ったものを加工などを行う「とまや」。童謡「われは海の子」の歌詞に出てくる「苫屋」です。昔は藁ぶき屋根でした。「石狩挽歌」に出てくる「番屋」は出稼ぎの者が寝泊まりするところです。
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 ウニ種苗生産施設。ウニの養殖をしています。
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 ウニのくちばし。
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 ナマコも養殖しています。
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(小柳ルミ子/星の砂)

星の砂(作詞:関口宏、作曲:出門英、歌:小柳ルミ子) 060.gif


二度と出来ない恋を捨てあなた遠く
離ればなれになってゆくの 今つらいわ

嫁ぐ日岬にひとりたたずみ君住む島に
別れを告げる
凪いで凪いでまぶしいサンゴの島が
にじんで落ちて 星の砂

過ぎし日 二人は海辺に遊び
変わらぬ愛を 夕陽に祈る
いつかいつか 二人は運命にさかれ
私は遠く 石垣へ

髪にかざした ブーゲンビリア
そえぬ運命に赤く咲く
海よ海に流れがあるならば
届けてほしい 星の砂

ルルル・・・・・ルルル・・・・・
ルルルル・・・・・

風よ吹け 波よ打て
それであなたにつぐなえるならば
海よ海に流れがあるならば
届けてほしい この想い
届けてほしい この想い

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オタトマリ沼に行ってもらいました。3日目も行ったのですが、曇っていたために、ここから利尻を見ることはできませんでした。最終日も残念ながら見ることができませんでした。
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 そして、お昼ごはんは鴛泊にもどってウニ丼を食べました。
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 お店のお母さんに、お勧めは何かと尋ねると、ノータイムでウニ丼だとおっしゃっていました。お店には他にもイクラなど美味しそうな海産物がありましたが、「他の海産物はよその所でも食べられるけど、ここ利尻に来た以上はウニを食べて行って下さい。」と、豪語していました。ウニ以外のものは、ウニがない時に仕方なく出している感があります。しかし、豪語するだけのことはありました。038.gif038.gif038.gif
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そして、利尻空港へ。5泊6日にわたる利尻・礼文の夏休みはこれにてお終いです。
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飛行機から見た利尻岳。さよなら利尻。038.gif038.gif038.gif
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利尻・礼文、最果ての百名山の旅、
これにて完。

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by ryott-ryott | 2011-09-05 00:05 | 利尻・礼文、最果ての百名山

縦断!礼文島を行くヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 台風12号はどこへ行ってしまったのでしょう。土曜日の東京は薄日が差し、青空が見えるほどの天気でした。これだったら木曾御嶽山、登れたのではないでしょうか。今更、言っても仕方ありませんが。
 土曜日に大井町湯屋へ行くと、久しぶりにサッチー吉田さんに会いました。大井町湯屋のメンバーを富士登山に誘った張本人です。吉田さんは倉持さんに宜しく言っておいてくださいとおっしゃっており、また今度登山も考えたいと言っていました。「登山を考えたい。」は社交辞令でしょう。037.gif
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 さて利尻・礼文の旅、5日目です。きょうは日本最北端のスコトン岬から礼文林道を通って桃岩まで礼文島を縦断します。もちろんタクシーで。そして夕方、利尻島へ戻ります。
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 徐々に雲も切れて、利尻島も見えてきました。058.gif
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 まずは植物園に行きました。7月の終わりではレブンアツモリソウ(礼文敦盛草)は終わっているのですが、この植物園ではレブンアツモリソウの株を冷蔵庫へ入れて、時期が過ぎても花を楽しめるようにしています。8月一杯まで植物園でレブンアツモリソウを見ることができるとおっしゃっていました。056.gif
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シラゲキクバクワガタ(白毛菊葉鍬形)。
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ハマナス(浜茄子)。ハマナスの実はジャムにして食べます。
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ノコギリソウ(鋸草)。
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ナデシコ(撫子)。ナデシコにはエゾカワラナデシコ(蝦夷河原撫子)とタカネナデシコ(高嶺撫子)の2種類あり、エゾカワラナデシコが母種であると言われています。見た目は区別できません。
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海にアザラシが泳いでいました。
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澄海(スカイ)岬。
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トウゲブキ(峠蕗)。ツワブキと同じであると言う人もいますが、ツワブキが11月に花をつけるのに対して、トウゲブキは7月から8月にかけて花が咲きます。
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ワレモコウ(吾亦紅)。名前を見てわかる通り、関東では赤い花として知られていますが、礼文では白い花をつけます。関東では8月の終わりから9月にかけて、赤いワレモコウが咲きます。昭和記念公園に行けば見ごろでしょう。
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クサフジ(草藤)。
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ハマウツボ(浜靫)。この植物がヨモギなどに寄生する寄生植物です。
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ナミキソウ(浪来草)。
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オオバナノミミナグサ。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(あづみ野うたごえ喫茶/ふるさと)


(あづみ野うたごえ喫茶/希望)


(中島みゆき/宙船)

宙船(作詞、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は今どこに ふらふらと浮かんでいるのか
その船は今どこで ボロボロに進んでいるのか
流されまいと逆らいながら
船は挑み 船は傷み
すべての水夫が恐れをなして逃げ去っても
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は自らを宙船(そらふね)と 忘れているのか
その船は舞い上がるその時を 忘れているのか
地平の果て 水平の果て
そこは船の離陸地点
すべての港が灯りを消して黙り込んでも
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

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ある日、サハラ砂漠のまんまんなかに不時着した飛行機が、不思議な子どもに出会いました。その子は小さな星にひとりで住んでいる星の王子様でした。
 星の王子様は飛行機の修繕に夢中になっている飛行士に、いろいろ面白い星の世界を教えてくれます。
 たとえば、王子様の星には繁殖力の強い木があって、たえず手入れをしていないと、星じゅうが木になってしまうとか、火山が三つあって、毎日火口の煤払いをしないと、爆発して星が吹き飛んでしまうとか、まわりの小さい星の生態を話してくれました。
 やがて1週間、ようやく飛行機の修繕が出来ると、王子様も砂漠から姿を消してしまうのです。

 このメルヘンを書いた人は、アントワーヌ・サン・テグジュペリというフランスの作家です。1900年6月29日、リオンに生まれ、1944年7月31日、第二次大戦に参加、フランスの飛行隊長(空軍大尉)として、コルシカ島の沖合を偵察中に、戦死したといわれています。

 彼は20歳ごろから飛行機に異常な興味を持ち、飛行士としても第一級の腕前を持っていました。
 この作品は1935年暮れ、アフリカのリビア砂漠に不時着し、生死の間をさまよったときの経験が背景にあります。1946年、彼の死後に出版されたものですが、またたく間に世界中の人たちに読まれるようになりました。
 
子ども向きの童話となっていますが、実際は大人の読む童話になっています。
 「星の王子様」の口を借りて、少年時代の純粋さが、成長とともに失われていく、みにくい現代社会を物語になっています。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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(映画「岳」予告編)

あの太陽が、この世界を照らし続けるように。
(作詞、作曲:小渕健太郎)
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どんな悲しみにも ひとつの意味を注ぐように
世界中の夜に 朝を連れてくる太陽
ぼくは彷徨ってた 生きる意味を探して
君に出逢うまでの僕じゃ あの壁は越せない

この手は君を守るため この瞳は君を探すため
こころは君を愛すため この命は君と生きるため
ぼくに生きる意味をくれた その微笑み

人ごみに紛れて 逃げ出すのは容易くとも
一人きりの夜に 孤独から逃げ出せない
ガラス玉のような心を抱え生きてる
落とすたびに砕け散った 涙を忘れない

転がりながら辿り着いた 今がいつも君だけの頂上
心のままに生きてゆけば 時には人はぶつかり合うけれど
その魂に刻まれた模様はきっと 美しきヒビとなる

どんな命も輝いてる
あの太陽が、この世界を照らし続けるように

この手は君を守るため この瞳は君を探すため
こころは君を愛すため この命は君と生きるため

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最北端の地、スコトン岬。スコトンの「ス」はアイヌ語で「夏」という意味です。「コトン」はイヨマンテの夜の歌詞にも出てくる「コタン」であり「集落」です。スコトンとは夏の集落という意味になります。060.gif
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向こうにはトド島があります。かつてはトド島に船で行くことができたそうです。
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この家は最北の民宿ですが、現在は営業されていません。
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スコトン岬から礼文空港のそばを通って、礼文林道へ。礼文林道は全長8 km、歩いて行くと5時間かかります。この礼文林道の中にレブンウスユキソウ(礼文薄雪草)の群落があります。
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レブンウスユキソウ(礼文薄雪草)。
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エゾンヨロイグサ(蝦夷鎧草)。

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(小柳ルミ子/星の砂)

星の砂(作詞:関口宏、作曲:出門英、歌:小柳ルミ子) 060.gif


二度と出来ない恋を捨てあなた遠く
離ればなれになってゆくの 今つらいわ

嫁ぐ日岬にひとりたたずみ君住む島に
別れを告げる
凪いで凪いでまぶしいサンゴの島が
にじんで落ちて 星の砂

過ぎし日 二人は海辺に遊び
変わらぬ愛を 夕陽に祈る
いつかいつか 二人は運命にさかれ
私は遠く 石垣へ

髪にかざした ブーゲンビリア
そえぬ運命に赤く咲く
海よ海に流れがあるならば
届けてほしい 星の砂

ルルル・・・・・ルルル・・・・・
ルルルル・・・・・

風よ吹け 波よ打て
それであなたにつぐなえるならば
海よ海に流れがあるならば
届けてほしい この想い
届けてほしい この想い

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礼文林道を抜けて、桃岩に。確かに桃の形をしています。
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ダイモンジソウ(大文字草)。
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ヤマブキショウマ(山吹升麻)。
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エゾニュウ(蝦夷にゅう)。「にゅう」はひらがなで、漢字があてられていません。球形の花序が付いており、花火のようです。セリ科の植物でエゾノヨロイグサ、エゾノシシウド、オオカサモチよりも大きく、高さは2 mにも達します。
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この袋からエゾニュウの花が出てきます。
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桃岩からトンネルを通って、桃岩の裏へ。裏から見た桃岩。昔はこの桃岩を登ったそうです。今は安全面から登ることができません。
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地蔵岩。
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礼文島を北から南まで縦断し、再びハートランドフェリーに乗って、利尻へ戻りました。明日は利尻空港から飛行に乗って東京に戻らなければなりません。
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さよなら礼文。
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フェリーの船上からようやく利尻を見ることができました。
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利尻にもどって、夕方、夕日を見に行きましたが、太陽は雲の中に沈んでしまいました。
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今日のおしきせ。038.gif

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明日は利尻島の中を巡ります。

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by ryott-ryott | 2011-09-04 17:00 | 利尻・礼文、最果ての百名山

いい歳、りょうちゃん、礼文島に配流されたいヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 今週末は倉持さんのツアーで木曾御嶽山へ行く予定でしたが、台風12号の影響で平日へ順延になりました、その後、催行中止になったようです。9月は越後駒ケ岳&平ヶ岳が林道の寸断で催行中止、甲斐駒ケ岳は人数が集まらなくて催行中止、年末の丹沢は日程変更で参加不可能の見込み、そして今回の木曾御嶽山の催行中止と、中止が相次いでいます。ここにきて、百名山100座への道は足踏み状態です。070.gif
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いい歳、りょうちゃんの今後の予定ですが、9月19日に倉持さんの特別手配で、今年2回目の谷川岳、そして秋分の日を含む3連休は毎年恒例の山形へ行き、鳥海山へ登る予定です。昨年は出羽三山(月山、湯殿山、羽黒山)へ行きました。038.gif
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さて利尻・礼文の旅、4日目は礼文島へ渡りました。利尻の鴛泊港からハートランドフェリーで礼文の香深港へ向かいます。所要時間約40分です。この日の天気はオホーツク海からのやませの影響で鈍色の曇り空でした。
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礼文島には1泊し、礼文岳登山と礼文島の花を見て周ることにしています。礼文島に付いて、荷物を宿にしている花れぶんに預けて、すぐに礼文岳に向かいました。礼文岳は標高490 m、500 mにも満たない小さな山です。利尻島と礼文島の関係は、屋久島と種子島の関係とよく似ています。種子島が高い山がないように、礼文島もまた高い山がありません。
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この日は風も強かったためか、礼文岳ですれちがったのは4人だけでした。そして私の後ろからも誰も来なかったので、私を含めて5人しか登っていないようです。070.gif
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礼文岳登山口。
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山道はほとんど平坦で、しばらくは樹林帯を進みます。礼文島の特徴は、利尻とはちがって、高い木がほとんどないことですが、最近は植樹を進めているそうです。
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礼文島にも弾痕笹がありました。038.gif
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3つほどアップダウンがあり、このハマナスが咲いているところが、ピークなのかと一瞬思いましたが、霧の中にまだ登り道がうっすら見えました。
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オホーツクからのやませはかなりの風速だったと思います。礼文岳に頂上の標識を撮影して早々に退散しました。もちろん、頂上からは鈍色一色で何も見ることができませんでした。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(あづみ野うたごえ喫茶/ふるさと)


(あづみ野うたごえ喫茶/希望)


(中島みゆき/宙船)

宙船(作詞、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は今どこに ふらふらと浮かんでいるのか
その船は今どこで ボロボロに進んでいるのか
流されまいと逆らいながら
船は挑み 船は傷み
すべての水夫が恐れをなして逃げ去っても
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は自らを宙船(そらふね)と 忘れているのか
その船は舞い上がるその時を 忘れているのか
地平の果て 水平の果て
そこは船の離陸地点
すべての港が灯りを消して黙り込んでも
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

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正岡子規の後継者として「アララギ」短歌の主宰者であった伊藤左千夫は、千葉県九十九里浜の波の遠鳴りの聞こえる成東町の農家に生まれました。24歳のとき、独立して東京芽場町で牧場と牛乳搾取業を経営し、そのかたわら、友人のすすめで短歌の道に入りました。

牛飼が歌詠むときに世の中の 新しき歌大いにおこる

「左千夫歌集」の扉にある代表的な歌の一つです。
彼は大正2年7月30日、脳溢血により48歳で亡くなりましたが、その短い生涯の中で3000の短歌、300編の歌論、50編の小説、その他随想、紀行文を残しました。

 左千夫門下から島木赤彦、斎藤茂吉、土屋文明、釈迢空(しゃくちょうくう)など大正・昭和歌壇を代表する作家を輩出しています。
 歌人として有名な人でもありますが、一般には「野菊の墓」の作者としてのほうが知られているかもしれません。「野菊の墓」は明治39年1月の「ホトトギス」新年号に掲載されたものですが、それを読んで夏目漱石は絶賛したと伝えられています。

 時は明治、舞台は千葉県松戸市の「矢切りの渡し」のあるかいわい。主人公の政夫が、少年時代、病気がちの母の手伝いに来ていた、親戚筋の17歳の娘、民(たみ)に抱いた初恋を回想する形式で書かれています。
 「矢切りの渡し」が望める小高い小公園の中に、「野菊の墓」の文学碑が建っています。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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(映画「岳」予告編)

あの太陽が、この世界を照らし続けるように。
(作詞、作曲:小渕健太郎)
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どんな悲しみにも ひとつの意味を注ぐように
世界中の夜に 朝を連れてくる太陽
ぼくは彷徨ってた 生きる意味を探して
君に出逢うまでの僕じゃ あの壁は越せない

この手は君を守るため この瞳は君を探すため
こころは君を愛すため この命は君と生きるため
ぼくに生きる意味をくれた その微笑み

人ごみに紛れて 逃げ出すのは容易くとも
一人きりの夜に 孤独から逃げ出せない
ガラス玉のような心を抱え生きてる
落とすたびに砕け散った 涙を忘れない

転がりながら辿り着いた 今がいつも君だけの頂上
心のままに生きてゆけば 時には人はぶつかり合うけれど
その魂に刻まれた模様はきっと 美しきヒビとなる

どんな命も輝いてる
あの太陽が、この世界を照らし続けるように

この手は君を守るため この瞳は君を探すため
こころは君を愛すため この命は君と生きるため

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 礼文岳は花が少ないと聞きましたが、小さくて可愛い花が結構咲いていました。056.gif
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 ウメガサソウ(梅笠草)。
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 この花はたくさんありました。レラモシリに帰ってから渡辺さんに写真を見せて尋ねたところ、「蟻が通る蘭」だとおっしゃっていました。
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 ヨツバシオガマ(四葉塩竃)。
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 エゾキリンソウ(蝦夷麒麟草)。
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 イワベンケイ(岩弁慶)。
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 ナデシコ(撫子)。
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 マイヅルソウの実。
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 キツリフネ(黄釣船)。
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 かつては礼文空港がありました。
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(小柳ルミ子/星の砂)

星の砂(作詞:関口宏、作曲:出門英、歌:小柳ルミ子) 060.gif


二度と出来ない恋を捨てあなた遠く
離ればなれになってゆくの 今つらいわ

嫁ぐ日岬にひとりたたずみ君住む島に
別れを告げる
凪いで凪いでまぶしいサンゴの島が
にじんで落ちて 星の砂

過ぎし日 二人は海辺に遊び
変わらぬ愛を 夕陽に祈る
いつかいつか 二人は運命にさかれ
私は遠く 石垣へ

髪にかざした ブーゲンビリア
そえぬ運命に赤く咲く
海よ海に流れがあるならば
届けてほしい 星の砂

ルルル・・・・・ルルル・・・・・
ルルルル・・・・・

風よ吹け 波よ打て
それであなたにつぐなえるならば
海よ海に流れがあるならば
届けてほしい この想い
届けてほしい この想い


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天気が良ければ、桃岩から猫岩の方向に沈みゆく夕日を見ることができるそうですが、この天気で見ることはできなかったので、早々におしきせに戴くことにしました。これは絵ハガキをスキャンしました。
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花れぶんの玄関にあったフクシャ(栽培種)。
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部屋の入口にとてもきれいな花が生けてあったので、ホテルの人に花の名前を尋ねたところ、「ルリダマアザミ」ということでした。これも栽培種のようです。056.gif038.gif
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あしたは日本最北端のスコトン岬から礼文林道を通って桃岩に行きます。

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by ryott-ryott | 2011-09-03 15:14 | 利尻・礼文、最果ての百名山

いい歳、りょうちゃん、利尻の女神に会いに行くヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 前日に1番目の百名山・利尻岳を登頂し、利尻島滞在3日目はペンション・レラモシリの方に利尻島1日トレッキングに案内していただきました。060.gif
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トドマツ(椴松)とエゾマツ(蝦夷松)。樹皮が白いのがトドマツ、赤いのがエゾマツ。
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トドマツ。
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エゾマツ。
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 樹木更新(倒木更新)。倒れた親木の上に新しい樹木が根を下ろすことを言います。人が木を切り倒して、樹木更新を促すこともあります。
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 まずは利尻岳へ向かう登山口の手前に大ポン山(標高444 m)があります。この「ポン」はアイヌ語で「小さい」という意味があります。したがって、大ポン山は「大きな小さい山」という意味になります。このポン山も利尻と同じ、火山です。約5万年前までは利尻岳は活発な火山活動をしており、利尻岳の火山活動がおさまると、その周辺は小規模な噴火を続けて、ポン山は約1万年前に形成されたと言われています。
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そして、この大ポン山でとてもめずらしい植物を見ることができました。その名はシャクジョウソウ(錫杖草)。イチヤクソウの仲間で葉緑素をもたない腐生植物です。どの山でもよく見かける銀龍草(ギンリョウソウ)を少し小さめにして、黄色くした感じです。
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燕岳に行った時に、アミューズの後藤さんが銀龍草の他に黄色い金龍草(キンリョウソウ)があり大変にめずらしいとおっしゃっていたので、これが金龍草なのかと思いましたが、ガイドの山田さんがおっしゃるには「金龍草」という植物はないとのことでした。図鑑で調べると、確かに「金龍草」ではなく、「錫杖草(シャクジョウソウ)」と書かれていました。
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そして、この大ポン山にしか咲いていない花があります。白いイワギキョウです。イワギキョウの色は普通は青ですが、この大ポン山には白いイワギキョウが咲いています。
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おなじみのゴゼンタチバナ。ゴゼンタチバナは葉が6枚揃わないと花をつけることができません。派が4枚の若い株には花が付きません。ゴゼンタチバナは葉が6枚揃って一人前ということになります。
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カンチコウゾリナ(寒地顔剃菜)。
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ヤマハハコ(山母子)。
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つぎに姫沼に行きました。この姫沼は大正時代に湧水を堰きとめてつくられた人造湖です。2万年以上前に利尻の火山活動で出来た窪地に水がたまり、湖沼ができました。この地域にも3000年前ほど前までは「古姫沼」があったそうですが、その後、森林や湿原へと変わっていきました。この人造湖にかつてはヒメマスを放流したことがあり、「姫沼」という名前になったそうです。
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姫沼にはカモメが翼を洗いに来ます。人造湖の底から真水が湧き出ていることを知っているからです。利尻岳登山口の甘露泉水もそうですが、利尻は火山であるため水が溜まりにくく、山間部で溶けた雪解け水が湖沼や海の底から湧き出ています。この湧水を頼りに秋にサケが帰ってくるそうです。038.gif
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(あづみ野うたごえ喫茶/ふるさと)


(あづみ野うたごえ喫茶/希望)


(中島みゆき/宙船)

宙船(作詞、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は今どこに ふらふらと浮かんでいるのか
その船は今どこで ボロボロに進んでいるのか
流されまいと逆らいながら
船は挑み 船は傷み
すべての水夫が恐れをなして逃げ去っても
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は自らを宙船(そらふね)と 忘れているのか
その船は舞い上がるその時を 忘れているのか
地平の果て 水平の果て
そこは船の離陸地点
すべての港が灯りを消して黙り込んでも
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

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オランダのアムステルダムに、「炎の画家」と言われたファン・ゴッホの美術館があります。昔から「天才と狂人は紙一重」と言いますが、ゴッホもその一人です。

1853年3月30日、ゴッホはオランダの北ブラバンド地方の牧師の子として生まれました。父と同じく牧師を志しましたが、その異常な性格と行動が禍して、牧師の資格を取り上げられ、その後、転々と職を変えましたが、全てうまくいきません。

弟のテオに励まされて、画家として生きることを決意して絵の勉強をはじめ、みるみるうちに才能を発揮していきました。代表作「馬鈴薯を食べる人」はこのころの作品です。女性関係も複雑でした。子どものある寡婦のケイに求婚し、拒絶されると、ランプの炎で自分の手を焼き、気絶する一幕もありました。

1886年、33歳のとき、ゴッホはパリに移りました。モネ、ドガ、ピサロなど印象派の画家の影響を受け、オランダ時代に見られない、明るい大胆な色彩が使われるようになりました。

1888年、パリの生活に疲れたゴッホは、南フランスのアルルに移りました。南の太陽は彼を喜ばせ、ゴッホの絵はここで完成します。彼は病気であった友人のゴーガンをパリから招き、共同生活を始めましたが2カ月で失敗し、ゴーガンを殺そうとしますが果たせず、逆に自分の耳を切落としてゴーガンに送りました。

精神病院で一年を過ごしましたが、1890年5月にパリ近郊のオーベールに移り、7月29日、「苦しみは生きているものだ」という言葉を残して、ピストル自殺しました。37歳でした。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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(映画「岳」予告編)

あの太陽が、この世界を照らし続けるように。
(作詞、作曲:小渕健太郎)
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どんな悲しみにも ひとつの意味を注ぐように
世界中の夜に 朝を連れてくる太陽
ぼくは彷徨ってた 生きる意味を探して
君に出逢うまでの僕じゃ あの壁は越せない

この手は君を守るため この瞳は君を探すため
こころは君を愛すため この命は君と生きるため
ぼくに生きる意味をくれた その微笑み

人ごみに紛れて 逃げ出すのは容易くとも
一人きりの夜に 孤独から逃げ出せない
ガラス玉のような心を抱え生きてる
落とすたびに砕け散った 涙を忘れない

転がりながら辿り着いた 今がいつも君だけの頂上
心のままに生きてゆけば 時には人はぶつかり合うけれど
その魂に刻まれた模様はきっと 美しきヒビとなる

どんな命も輝いてる
あの太陽が、この世界を照らし続けるように

この手は君を守るため この瞳は君を探すため
こころは君を愛すため この命は君と生きるため

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 オオウバユリ(大姥百合)。
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 ツバメオモト(燕万年青)。その名の通り、真っ青な実がなっています。
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 オニシモツケ。
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 クルマユリ。
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 ツルアジサイ。
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 この六角形の建物では姫沼周辺の写真を絵ハガキとして売っています。その写真すべては写真館のマスターが全てひとりで撮ったものだそうです。
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 山に出掛けると、誰もが聞いたことがあるコマドリの声。コマドリはオレンジ色の鳥だったんですね。
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 エゾエンゴサク(蝦夷延胡索)。この花は5月に咲く花です。このエンゴサクは大正漢方胃腸薬に含まれています。人と植物のかかわりは、その植物を食することができるのかどうか、薬になるのか、毒になるのかということから始まりました。江戸時代では本草学(ほんぞうがく)と言っていて、現在の薬学に通じています。
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(小柳ルミ子/星の砂)

星の砂(作詞:関口宏、作曲:出門英、歌:小柳ルミ子) 060.gif


二度と出来ない恋を捨てあなた遠く
離ればなれになってゆくの 今つらいわ

嫁ぐ日岬にひとりたたずみ君住む島に
別れを告げる
凪いで凪いでまぶしいサンゴの島が
にじんで落ちて 星の砂

過ぎし日 二人は海辺に遊び
変わらぬ愛を 夕陽に祈る
いつかいつか 二人は運命にさかれ
私は遠く 石垣へ

髪にかざした ブーゲンビリア
そえぬ運命に赤く咲く
海よ海に流れがあるならば
届けてほしい 星の砂

ルルル・・・・・ルルル・・・・・
ルルルル・・・・・

風よ吹け 波よ打て
それであなたにつぐなえるならば
海よ海に流れがあるならば
届けてほしい この想い
届けてほしい この想い


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つぎに南浜湿原に行きました。
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タチギボウシ(立擬宝珠)。
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ノリウツギ(糊空木)。
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モウセンゴケ(毛氈苔)。
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ホロムイイチゴ(幌向苺)。
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オタトマリ沼。
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ハスの花が咲いていました。天気がよければ、ここから利尻の頂が見えます。その姿はお菓子の「白い恋人」のパッケージになっています。004.gif
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見返り台から見た利尻岳山頂。やませの影響で利尻のほとんどが曇り空でしたが、沓形だけが晴れており、連日ペンションで見た女性が横たわっているように見える利尻の姿をこの目で見ることができました。上を向いた女性の顔に見えます。038.gif
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利尻のもう一つの不思議は、北海道の本土に生息しているヒグマ、シカ、サル、そしてヘビがいないことです。礼文も同じです。明治時代に北海道本土からヒグマが利尻島に40 kmの海を泳いで渡ってきたそうですが、すぐに捕まえられて、射殺されたそうです。
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 利尻をほぼ一周して、ペンション・レラモシリにもどって来ました。
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 今日のおしきせは海鮮のイタリアンでした。068.gif
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明日は礼文島へ渡ります。060.gif

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by ryott-ryott | 2011-08-30 22:44 | 利尻・礼文、最果ての百名山

いい歳、りょうちゃん、最果ての百名山、利尻岳の頂に立つヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 7月28日(木)、いよいよ最果ての百名山、利尻岳への登頂です。朝3時前に起床。4時ちょうどにペンションの玄関に集合して、車で登山口まで移動。空を見上げると、鈍色の曇り空でした。
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 地元ガイドさんに案内してもらうのは私の他には沖縄から来たご夫婦2人の計3名。その他にも自分たちだけで登られる方が数名いらっしゃいました。登山口前で準備体操を行なって、いよいよ登山開始です。準備体操は全国共通なんですね。
 そして登山口前には靴底を水で洗い流す水場があります。靴底に付いた外部からの種子を利尻岳に持ち込まないためにあります。近年、利尻の外から植物の種子が持ち込まれることが多く、利尻固有の植物が外来種に負けてしまうことがあるそうです。登山するときは必ず靴底を洗ってから、山に入ります。
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 利尻岳(標高1721 m)の登山は2合目の標高220 mから始まります。その2合目の手前に甘露泉水が湧き出ており、水を補給して山に入ります。この甘露泉水は百名水にも選ばれており、冬も凍ることがなく、1年を通して5 ℃の水温を保っているそうです。この日の下山時に甘露泉水をペットボトル何本も詰めている地元の主婦の方がいました。甘露泉水は子どもに安心して飲ませることができる水だとおっしゃっていました。
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 午前4時20分に登山開始してから、1時間も経たないうちに4合目の標識。標高390 m。山頂の標高は1721 mだから、標高と何合目という数字が明らかに合っていません。この後も常にそうでした。利尻岳の標識は標高とは整合していないと、ガイドさんがおっしゃっていました。
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 登り始めは曇っていましたが、標高が上がるにつれて徐々に雲が切れてきて、青空が顔を出し始めました。そして、上を見上げると山頂らしき山容が見えました。しかし、見えているのは利尻の頂上ではなく、その手前の長官山(1218 m)であり、山頂はまだまだでした。
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 雲が取れて、陽が差し始めると、とにかく暑い。これが北海道の山なのかと思うくらいの気温だったと思います。そして先ほどまで見えていた長官山に到着、午前8時20分。登山を開始して4時間が経過していました。標識を見ると8合目とあります。しかし標高は1218 m、利尻の頂上まではあと500 mもあるのに、もう8合目とは。
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 長官山を通過するとすぐに利尻の避難小屋があります。補給した甘露泉水とペットボトルの水を合わせて3.5 L持って行きましたが、この時点で私はすでに2 L飲んでしまいました。そのくらい暑い登山でした。
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 避難小屋を過ぎると、雲で煙っていた利尻山頂がはっきりと見え始めました。利尻の女神さまはいい歳、りょうちゃんを歓迎してくれているようです。038.gif
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(あづみ野うたごえ喫茶/ふるさと)


(あづみ野うたごえ喫茶/希望)


(中島みゆき/宙船)

宙船(作詞、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は今どこに ふらふらと浮かんでいるのか
その船は今どこで ボロボロに進んでいるのか
流されまいと逆らいながら
船は挑み 船は傷み
すべての水夫が恐れをなして逃げ去っても
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は自らを宙船(そらふね)と 忘れているのか
その船は舞い上がるその時を 忘れているのか
地平の果て 水平の果て
そこは船の離陸地点
すべての港が灯りを消して黙り込んでも
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

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 千姫は、徳川家康の孫娘、2代将軍秀忠の長女として生まれました。
寛文6年(1666年)2月7日、70歳で江戸城中で亡くなりましたが、薄幸名の女性でした。

千姫は2歳のときに、秀吉の要請で無理やり、8歳の秀頼と婚約をさせられました。
秀吉没し、関ヶ原の戦いが終わって、天下の実権が家康の手に移ったところで、家康は約束通り、慶長8年(1603年)7月28日、孫娘の千姫を秀頼に嫁がせました。
 しかし、家康は大坂冬の陣、夏の陣を起こして、豊臣家を滅亡させてしまいます。
大坂城が落城する寸前、家康の命令で千姫を救出したのが坂崎出羽守でした。坂崎出羽守はその恩賞として千姫を貰い受けたいと希望しますが、千姫は、伊勢桑名城主本多忠政の子忠刻を見染め、この申し入れを断りました。

 元和3年(1617年)千姫は第二の夫本多忠刻と結婚、姫路城主に転封を機に姫路に落ち着きました。結婚生活11年、第二の夫忠刻も31歳で病死してしまいました。世継ぎがなかったため本多家は断絶、千姫は再び江戸城に帰ってきました。このとき千姫29歳でした。

江戸城内東丸竹橋に住み、落飾して天寿院となり、後半世は主として仏道修行に専念しました。
 秀頼との間の養女(天秀尼)の入寺した鎌倉東慶寺や、徳川領満徳治の復興など、二人の夫の菩提を弔いながら、今でいう社会福祉のために力を尽くしたといいます。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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(映画「岳」予告編)

あの太陽が、この世界を照らし続けるように。
(作詞、作曲:小渕健太郎)
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どんな悲しみにも ひとつの意味を注ぐように
世界中の夜に 朝を連れてくる太陽
ぼくは彷徨ってた 生きる意味を探して
君に出逢うまでの僕じゃ あの壁は越せない

この手は君を守るため この瞳は君を探すため
こころは君を愛すため この命は君と生きるため
ぼくに生きる意味をくれた その微笑み

人ごみに紛れて 逃げ出すのは容易くとも
一人きりの夜に 孤独から逃げ出せない
ガラス玉のような心を抱え生きてる
落とすたびに砕け散った 涙を忘れない

転がりながら辿り着いた 今がいつも君だけの頂上
心のままに生きてゆけば 時には人はぶつかり合うけれど
その魂に刻まれた模様はきっと 美しきヒビとなる

どんな命も輝いてる
あの太陽が、この世界を照らし続けるように

この手は君を守るため この瞳は君を探すため
こころは君を愛すため この命は君と生きるため

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たった一輪だけ咲いていたリシリヒナゲシ(利尻雛罌粟)。実はこのリシリヒナゲシは麓にも、礼文島にもたくさんありました。最近、栽培種のヒナゲシの種子を山に撒いてしまった人がいて、利尻岳固有のリシリヒナゲシと栽培種との雑種ができてしまい、固有種が徐々に減ってきています。固有種も栽培種も見た目は区別がつかないので、環境省が中心になってリシリヒナゲシの調査登山を行い、リシリヒナゲシのすべての株から組織を採取して、DNA鑑定を行っています。DNA鑑定の結果が出るまで3ヵ月かかります。DNA鑑定の結果、外から持ち込まれた栽培種、あるいは固有種と栽培種との交雑種と判定された株は、つぎの調査登山のときに引き抜かれてしまうとのことです。
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ギョウジャニンニク(行者大蒜)の花。
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イワギキョウ(岩桔梗)。
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イワベンケイ(岩弁慶)。
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ミヤマアキノキリンソウ(深山秋麒麟草)。
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ハイオトギリ(這弟切)。
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ミソガワソウ(味噌川草)。
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リシリブシ(利尻武士)。このリシリブシはいわゆるトリカブトであり、根だけでなく、葉や花にも毒があり、花のにおいを思いっきり吸うと、酔っぱらってしまうそうです。
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ミヤマアズマギク(深山吾妻菊)。
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カンチコウゾリナ(寒地顔剃菜)。一見、タンポポに間違えそうですが、茎や葉の裏に細かい毛が生えており、服にぺたぺたとくっつき、子どもたちの遊び道具になります。
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イブキトラノオ(伊吹虎尾)。利尻、礼文では秋の花になります。
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 9合目、標高1410 m、山頂まであと300 mあまり。標識にここからが正念場と書いてありした。まさにその通りでした。
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(小柳ルミ子/星の砂)

星の砂(作詞:関口宏、作曲:出門英、歌:小柳ルミ子) 060.gif


二度と出来ない恋を捨てあなた遠く
離ればなれになってゆくの 今つらいわ

嫁ぐ日岬にひとりたたずみ君住む島に
別れを告げる
凪いで凪いでまぶしいサンゴの島が
にじんで落ちて 星の砂

過ぎし日 二人は海辺に遊び
変わらぬ愛を 夕陽に祈る
いつかいつか 二人は運命にさかれ
私は遠く 石垣へ

髪にかざした ブーゲンビリア
そえぬ運命に赤く咲く
海よ海に流れがあるならば
届けてほしい 星の砂

ルルル・・・・・ルルル・・・・・
ルルルル・・・・・

風よ吹け 波よ打て
それであなたにつぐなえるならば
海よ海に流れがあるならば
届けてほしい この想い
届けてほしい この想い

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 9合目から頂上まで滑りやすい火山礫の登り道を登って行きます。この登りが曲者で、登ってもずるずると滑り落ち、なかなか足が上に進みません。しかも片側は崩落の危険性があり、すれちがいは禁じられていました。
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 登った分の半分は下がってしまうため、通常の登りの3倍の体力を消耗するそうです。要領としてはスキーを履いて斜面を登るようにあがっていくと上手くいくそうです。私はスキーをしたことがないため、なかなか要領を得ませんでしたが、ガイドさんに励まされながら頂上を目指しました。
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 そして遂に頂上に到着。午前11時01分、登山を開始して6時間40分経過していました。頂上で記念撮影をしました。038.gif
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 この祠の中に利尻の御神体が祀られています。ところどころ、船のスクリューがあり、航海の安全を祈願したそうです。
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 ろうそく岩。利尻岳は約7000年前まで活動していた火山で、このろうそく岩はかつて火口の一部でした。現在も利尻の山頂近傍は崩落が続いており、現在の山容になっています。崩落がおさまって、山容が落ち着くまでにはあと100 mくらい標高が低くなるとしている学者もいるそうです。
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 山頂から見たボタンキンバイ(牡丹金梅)の花畑。056.gif
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 登りがあれば、下りがある。先ほど登って来た滑りやすい火山礫の登山道を下っていかなければなりません。しかし、下りは登りほど苦労しませんでした。富士山の砂走りを下る要領で、踵から踏みこむように歩を進めることのより、尻もちをつくこともなく、降りることができました。普段、倉持さんに教えてもらってきた成果だと思っています。038.gif
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 エゾゴゼンタチバナ(蝦夷御前橘)。
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 ヨツバヒヨドリ(四葉鵯)。
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 イチヤクソウ(一薬草)。
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 6合目と5合目あたりのヘアピンカーブのところにノゴマの巣があると前日のスライドショーで聞いていたので、ガイドさんも含めて、4人で下山途中、巣を探しましたが見つかりませんでした。
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 登山を開始して13時間、無事に登山口まで戻って来ました。私は持って行った3.5 Lの水を全て飲みほし、再び甘露泉水をたっぷり飲みました。これで今年の目標であった1番目の百名山・利尻岳を登頂。日本百名山16座目でした。038.gif
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 ペンションに戻って、すぐに入浴し、おしきせを飲みました。今夜も夕飯にウニが出されました。渡辺オーナーのスライドショーが今夜もあるというので、見ていましたが、途中で寝てしまいました。気が付いたらスライドショーは終わっており、ペンションのお兄さんが笑っていました。
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 利尻の旅はまだまだ続きます。060.gif
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by ryott-ryott | 2011-08-29 00:09 | 利尻・礼文、最果ての百名山

最果ての百名山、利尻へ出発ヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 2010年8月27日に大井町湯屋仲間の吉田さんに誘われて富士登山へ出かけてから、ちょうど1年が経ちました。それから今日まで日本百名山を合計19座、百名山以外の山も7座ほど登りました。山登りはまだまだ慣れませんし、いつも息も絶え絶えになってしまいますが、山にも写真の題材がたくさん転がっていることにいつも気づかされます。先週の北岳のように天候に恵まれなくても、足元を見れば、雨に濡れながらも花が咲き、ライチョウに出会うこともできました。また芸能人の木村カエラ・瑛太夫妻を見ることもできました。熱力学では「時間を止めることができない」ことこそ生きている証拠であると言います。写真はその時間の瞬間を切り取る唯一の道具だと思います。いい歳、りょうちゃんは実年齢60歳まで、それ以降も日本百名山の写真を生きている瞬間の写真を撮り続けます。040.gif038.gif
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 8合目から見た夜景
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 影富士
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 山頂からの風景、左側に房総半島が見えます。038.gif
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 ようやく利尻の報告ができます。7月27日(水)~8月1日(月)まで利尻島と礼文島へ行ってきました。今年は日本百名山の1番目の利尻岳と100番目の宮之浦岳に行くことを目標にしていました。目標を設定するとき、職業柄か最大値と最小値を選ぶ習慣があるようです。すでに日本百名山の最も高い山・富士山(3776 m)と最も低い山・筑波山(877 m)に登りました。つぎの最大値と最小値として、最南端と最北端を選びました。最南端100番目の宮之浦岳は5月の連休に登ったことはすでに報告しました。今回は最北端、最果ての百名山・利尻岳へ出かけてきました。070.gif
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 利尻島は地理的に屋久島と似ているような気がします。円形に近い屋久島の横に南北に長い種子島があるように、やはりほぼ円形の利尻島の横には礼文島があります。 その利尻島の中央に利尻岳(1721 m)がそびえています。日本百名山の深田久弥が「利尻山は利尻島そのものであった。」と言っている通りの島です。
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利尻へは羽田空港から千歳経由で飛行機で行きました。こういうところも屋久島にそっくりです。
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空港から見た利尻岳は雲がかかっていました。
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14:00に利尻空港に到着し、これからお世話になるペンション・レラモシリのお姉さんが迎えに来てくれました。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(あづみ野うたごえ喫茶/ふるさと)


(あづみ野うたごえ喫茶/希望)


(中島みゆき/宙船)

宙船(作詞、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は今どこに ふらふらと浮かんでいるのか
その船は今どこで ボロボロに進んでいるのか
流されまいと逆らいながら
船は挑み 船は傷み
すべての水夫が恐れをなして逃げ去っても
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は自らを宙船(そらふね)と 忘れているのか
その船は舞い上がるその時を 忘れているのか
地平の果て 水平の果て
そこは船の離陸地点
すべての港が灯りを消して黙り込んでも
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

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 栃木県栃木市の駅近くに、ここで生まれた大正・昭和期の文壇の重鎮、文化勲章受章者でもある山本有三の文学碑が建っています。

   たった一人しかない自分を
   たった一度しかない一生を
   ほんとうに生かさなかったなら
   人間生まれてきたかいがないじゃないか

 名作『路傍の石』の一節です。
 作品の主人公、有三がモデルといわれた吾一少年を励ます受持教師の言葉です。
 
山本有三は、明治20年(1887年)7月27日、この栃木市で生まれました。戦前は、一高・東大在学時代の同級であった芥川竜之介、菊池寛、久米正雄などとともに「新思潮」の活動を続けました。

 代表作『路傍の石』『真実一路』などで、小説家として知られていますが、本来は戯曲作家です。『津村教授』『嬰児殺し』『坂崎出羽守』『西郷と大久保』『米百俵』など、現在でもその作品はよく上演されています。

 戦後は一転して参議院議員となり、不偏不党をかかげて緑風会をつくり、主として青少年問題、国語国学問題に力を尽くしました。働く青少年が勉強するのに、漢字の抵抗が少なくなるよう、教育漢字、当用漢字を制定しました。日本語の乱れをなくすため、国語審議会、国立国語研究所も設置させました。小・中学校の国語教科書づくりにも自ら参画し、“山本国語”(日本書籍)を世に問いました。

 文学はもとより政治家としても立派な業績を残しました。昭和49年(1974年)1月11日、入院先の熱海市国立病院で亡くなりました。86歳でした。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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(映画「岳」予告編)

あの太陽が、この世界を照らし続けるように。
(作詞、作曲:小渕健太郎)
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どんな悲しみにも ひとつの意味を注ぐように
世界中の夜に 朝を連れてくる太陽
ぼくは彷徨ってた 生きる意味を探して
君に出逢うまでの僕じゃ あの壁は越せない

この手は君を守るため この瞳は君を探すため
こころは君を愛すため この命は君と生きるため
ぼくに生きる意味をくれた その微笑み

人ごみに紛れて 逃げ出すのは容易くとも
一人きりの夜に 孤独から逃げ出せない
ガラス玉のような心を抱え生きてる
落とすたびに砕け散った 涙を忘れない

転がりながら辿り着いた 今がいつも君だけの頂上
心のままに生きてゆけば 時には人はぶつかり合うけれど
その魂に刻まれた模様はきっと 美しきヒビとなる

どんな命も輝いてる
あの太陽が、この世界を照らし続けるように

この手は君を守るため この瞳は君を探すため
こころは君を愛すため この命は君と生きるため

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 夕飯までまだ時間があるので、ペシ岬までペンションの自転車を借りて行きました。
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 先ほどまで雲をかぶっていた利尻岳がはっきりと姿をあらわしました。明日、あの頂に立っているはずです。
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 礼文島も見えました。
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(小柳ルミ子/星の砂)

星の砂(作詞:関口宏、作曲:出門英、歌:小柳ルミ子) 060.gif


二度と出来ない恋を捨てあなた遠く
離ればなれになってゆくの 今つらいわ

嫁ぐ日岬にひとりたたずみ君住む島に
別れを告げる
凪いで凪いでまぶしいサンゴの島が
にじんで落ちて 星の砂

過ぎし日 二人は海辺に遊び
変わらぬ愛を 夕陽に祈る
いつかいつか 二人は運命にさかれ
私は遠く 石垣へ

髪にかざした ブーゲンビリア
そえぬ運命に赤く咲く
海よ海に流れがあるならば
届けてほしい 星の砂

ルルル・・・・・ルルル・・・・・
ルルルル・・・・・

風よ吹け 波よ打て
それであなたにつぐなえるならば
海よ海に流れがあるならば
届けてほしい この想い
届けてほしい この想い

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 夕方、17:00から明日、利尻岳を案内してもらうガイドさんと打ち合わせ。私の他に2名登山予定の方がいました。沖縄出身の方です。
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 このレラモシリの夕飯で出されたウニの釜めしは、東京ドームで開催された第2回ご当地丼ぶり選手権でグランプリを受賞したそうです。
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 夕飯後に食堂でオーナーの渡辺さんが利尻のスライドショーで、利尻の現在の様子を説明してくれます。渡辺さんはほとんど毎日ガイドとして利尻岳に登山しています。渡辺さんの写真を撮っておけばよかったのですが、あの戦場カメラマンの渡辺陽一に似ており、高校生の娘さんの友達から「陽一!」と呼び捨てにされているとおっしゃっていました。037.gif
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 このスライドは沓形の方から見た利尻岳の山頂の様子であり、上を向いた女性の顔に見えます。このことから利尻の神様は女性で、美人が登山すると利尻の女神さまはやきもちを焼いて、天気が悪くなるそうですが、あの方のような美人でない人が登山したり、りょうちゃんのようなイケメンが登山すると、よい天気になるそうです。果たして明日の利尻の天候はどうなることでしょうか。058.gif
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<おまけ>
昨日、8月27日(土)、ふたたび大井町の由良でおしきせの会をやりました。前回のときはご都合で参加できなかった森ちゃん、ハニーちゃん、タッキーおじさん、ミウラッチ、あきちゃんが駆けつけてくれました。そしてよしこさんは大井町湯屋仲間と別グループで由良に来店していました。060.gif
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 この日は大井町フェスタが催されており、由良も全席満席で、予約なしで入って来るお客さんをお店の方が断っていました。
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 おしきせの会終了後は、森ちゃんが大井町にしばし残留して、よしこさんと3人でバーディーさんへ行き、謡いの会。060.gif
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 バーディーさんのマスター68歳と奥さん42歳は26歳差婚。私がひとりで行った時は、こんな悩殺的なポーズをしてくれないのに、森ちゃんが来店したからでしょうか。しょっちゅう、されても困るのですが。謡いの会の夜は賑やかに更けて行きました。
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by ryott-ryott | 2011-08-28 09:13 | 利尻・礼文、最果ての百名山