カテゴリ:出羽富士・鳥海山( 4 )

生と死の間で、「生きる」ことを知る、海向寺ふたたびヽ(^o^)丿

旅行・地域
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さて雪の鳥海山登山から一夜明けて、今日は庄内平野の旅最終日です。朝、「眺海の森さんさん」の周りを散策すると、朝焼けの中に雲ひとつない鳥海山が見えました。今日、登山する人は素晴らしい眺望にめぐまれたことでしょう。058.gif
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 今日は東京に帰らなければなりません。その前に庄内平野をぐるりと周ることにしました。チェックアウトを済ませて、「眺海の森さんさん」の御主人に別れのあいさつ。まずは象潟の蚶満寺へ行きました。松尾芭蕉も立ち寄った蚶満寺です。
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 象潟や 雨に西施が ねぶの花
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九重九島はかつては海の中にありました。1804年象潟を襲った大地震により土地が隆起し、現在の地形になりました。
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奈曽の白滝。
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酒田大仏。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(中島みゆき/宙船)

宙船(作詞、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は今どこに ふらふらと浮かんでいるのか
その船は今どこで ボロボロに進んでいるのか
流されまいと逆らいながら
船は挑み 船は傷み
すべての水夫が恐れをなして逃げ去っても
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は自らを宙船(そらふね)と 忘れているのか
その船は舞い上がるその時を 忘れているのか
地平の果て 水平の果て
そこは船の離陸地点
すべての港が灯りを消して黙り込んでも
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

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毛沢東は「魯迅は偉大な文学者、思想家、革命家である」「魯迅の示す方向こそ、新生中華人民共和国の文化の方向である」と、彼を称賛しています。
 
魯迅というのはペンネーム。本名は周樹人。1881年9月25日、中国淅江省紹興で生まれました。紹興酒で知られるところです。当時中国は、1840年のアヘン戦争以来、帝国主義国家による侵略が続いていました。彼は祖国解放を胸に秘めて日本に留学し、仙台の医学専門学校(現在の東北大学医学部)に入学しました。

2年生の時、たまたま日露戦争の記録のスライドを見せられて、中国人がロシアのスパイ容疑で日本軍に虐殺される場面に強いショックを受け、中国の民衆を救うためには、医学より言論活動だと決意して、北京へ戻り、文芸活動に入りました。
中国近代文学の先駆をなす処女作「狂人日記」、世界的名作と言われる「阿Q正伝」などは、この時代に発表されたものです。

1926年、北洋軍閥の文化弾圧と激突した学生運動3・18事件に北京を脱出、アモイ大学、中山大学(広州)で教鞭をとりながら、翌年上海に潜入。次第にマルキシズムに傾き、左翼作家連盟の指導者として頭角をあらわしてきました。

そして1936年、抗日戦争突入の前年、民族統一戦争の半ば、惜しくも上海の寓居で亡くなりました。現代中国では、魯迅について毛沢東や周恩来などの革命指導者の師としての待遇を受け、生地紹興をはじめ、ゆかりの地北京と上海にそれぞれ魯迅博物館が建てられています。最近は、上海虹口公園にある魯迅の墓は、日本人観光客が参拝する名所の一つになっています。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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(水森かおり/庄内平野 風の中)

庄内平野 風の中
(作詞 旦野いづみ、作曲:弦 哲也、編曲:伊戸のりお)
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愛という名の 絆の糸は
切れてしまえば 結べない
肩の寒さに 背を向けて
面影偲ぶ 北の旅
風が泣いてる 鳥海山よ
今もあなたが 恋しくて

空を見上げて 手を合わせても
明日の運命は わからない
出来る事なら もう一度
あなたの腕で 眠りたい
風が呼んでる 出羽の三山
私やっぱり 女です

紅い花咲く 峠の道を
越えて涙を 拭くつもり
今度生まれて 来る時は
あなたをきっと 離さない
風が燃えてる 庄内平野
千のひぐらし 鳴いてます

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そしてふたたび海向寺へ行きました。海向寺には2体の即身仏が祀られています。もちろん写真撮影は禁止なのですが、昨年の日本酒試飲会で鯉川酒造の御主人から次のような話を聞きました。山形県では小学生の遠足として、即身仏が祀られているお寺へ行って、即身仏にお参りをするそうです。山形県人なら、一度は即身仏を見ることがあり、子どものころから「即身仏の写真を撮ると不幸になる」と教えられてきたそうです。そして、即身仏の写真を撮影してもよいと山形県と国から許可を得た写真家がたった一人だけいるとおっしゃっていました。その写真家こそ、あの土門拳でした。
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私は海向寺の門をふたたび叩き、即身仏をお参りしてきました。海向寺は現在の住職は女性の方です。ちょうど一年前、私が海向寺を訪れたことを覚えていてくださいました。

私はお参りの後、ご住職に海向寺で売っている即身仏の写真は土門拳が撮影したのか尋ねました。ご住職のお話では土門拳は海向寺に来たことはないそうです。海向寺の2体の即身仏を撮ったのは、写真家で慶応大学の教授である内藤正敏という人物だそうです。海向寺の先代の住職と内藤氏とは昵懇の間柄であり、内藤氏は先代住職から即身仏の裸の姿以外ならば写真撮影をしてもよいと許可を受けていました。しかしながら、内藤氏は夜にこっそりと即身仏が安置されている部屋に忍び込み、身に纏っている衣を取り去って、裸のままの即身仏の姿を写真に撮り、その写真を本に発表してしまったそうです。内藤氏は住職の逆鱗に触れ、それ以降、海向寺を出入り禁止になりました。
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昨年は月山から湯殿山神社の方へ縦走し、湯殿山神社をお参りした後に海向寺を訪れました。その時に湯殿山の鉄の梯子の写真をご住職に見せていました。今年、私が海向寺を尋ねる直前に月山から湯殿山の方へ縦走することを予定しているという女性の方がお参りに来て、昨年、月山から湯殿山へ行った人(私のこと)がいるというお話をされていたそうです。
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こちらのご住職自身は癌との闘病で医師からあと半年の命と宣告され、毎日を悔いなく生きると決めて6年が経過したとおっしゃっていました。人間は体も健康で当たり前のように生きているときは、「生きている」ことの有難さは実感しません。「生」と「死」の間に立ち、まさに命のともし火が消えてしまうかもしれないという時にはじめて「生」を実感できます。3月11日の東日本大震災で被災した宮城県多賀城市の方が先日海向寺にお参りに来たとき、人々の苦しみを救い願い事をかなえるために厳しい修業を積んで自ら即身仏となった二人の姿を見て、みなさん泣いてしまわれたそうです。「死」と対面し即身仏となっていった上人を見て、津波に襲われて「死」を垣間見た被災者は「生」を実感したからではないでしょうか。
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生きている以上は自分にも例外なく「死」は訪れます。しかしながら、「死」がいつやって来るのかを知ることはできません。そして、その時間の流れを止めることもできないのです。それが生きているという証しだからです。山形の旅は「生きる」といことについて、考えさせられる旅でもありました。
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海向寺中興1代目住職の忠海上人、この方は鶴岡市に生まれ、もとは武家の出身。1755年2月21日に入寂、58歳でした。
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もうひとりは海向寺9代目住職の円明海上人。山形県東田川郡栄村の出身で1822年5月8日に入寂、55歳でした。
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(福山雅治/家族になろうよ)

星の砂(作詞:福山雅治、作曲:福山雅治、歌:福山雅治) 060.gif


「100年経っても好きでいていいね」
みんなの前で困らせたり
それでも隣で笑っていてくれて
選んでくれてありがとう

どれほど深く信じ合っても
わからないこともあるでしょう
その孤独と寄り添い生きることが
「愛する」ということかもしれないから・・・・・

いつかお父さんみたいに大きな背中で
いつかお母さんみたいに静かな優しさで
どんなことも越えてゆける
家族になろうよ

小さな頃は身体が弱くて
すぐに泣いて甘えてたの
いつも自分のことばかり精一杯で
親孝行なんて出来てないけど

明日のわたしは
それほど変われないとしても
一歩ずつ与えられる人から
与える人へとかわってゆけたなら

いつかおじいちゃんみたいに無口な強さで
いつかおばあちゃんみたいに可愛い笑顔で
あなたとなら生きてゆけるそんなふたりになろうよ

いつかあなたの笑顔によく似た男の子と
いつかわたしとおなじ泣き虫の女の子と
どんなことも越えてゆける
家族になろうよ

あなたとなら生きてゆける
しあわせになろうよ


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最後は善寳寺の五重塔と五百羅漢を見て、庄内空港に向かいました。
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今回の旅では何とか鳥海山に登ることはできましたが、最大の目標である庄内平野に沈む夕陽を撮ることは今年もできませんでした。この目標を達成するまでは、庄内平野への旅をやめるわけにはいきません。

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次回は青空の那須三本槍岳を報告します。

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by ryott-ryott | 2011-10-04 21:56 | 出羽富士・鳥海山

初冠雪・鳥海山は危険がいっぱいの山でしたヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 庄内平野の旅、3日目はいよいよ日本百名山のひとつ鳥海山に登ります。天気予報では朝6時まで雨が残るものの、9時から晴れるとのことでした。その予報を信じて、当初の予定を変更して、今日登ることに決めました。そして、「眺海の森さんさん」の御主人のアドバイスに従って、鉾立(ほこだて)の登山口から登り、新山頂上を目指し、外輪山を通って、湯の台登山口に降りてくることにしました。朝2時30分に起床、というより前日のおしきせが早かったので目が覚めてしまいました。朝4時にタクシーが迎えに来ました。まだ夜明け前で薄暗い中、弁当をもらって宿を出発しました。
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「眺海の森さんさん」から鉾立登山口までは車で1時間20分ほど。登山口到着時には空は朝焼けで赤く染まっていました。空を見て、天気予報の言う通り、さわやかな登山を期待できそうです。コースタイムから余裕を持って、湯の台到着16時目標とし、湯の台駐車場にタクシーに迎いに来てもらうことにしました。
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午前5時34分に鉾立登山口を出発。たくさんの登山者が鉾立から登り始めていました。
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鉾立展望台から見た日本海。
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滝も見えます。
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しかし山の方は曇っていました。登山開始1時間も経たないうちに、雨が降り始めました。かなり降ってきたので、雨具を着用。賽の河原の通過は6時45分でしたので、ほぼコースタイム通りですが、いい歳、りょうちゃんを追い越して先に行った方が戻って来ました。どうやら天候が回復しないと予測して、本日の登山をあきらめたようです。
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御浜小屋に7時16分に到着。本当ならば右手に鳥海湖を臨むことができますが白い霧で何も見えませんでした。先ほどまで降っていた雨が霰(あられ)に変わっていました。ここまでりょうちゃんと一緒に登って来た大学生の方は登山を断念して下山して行きました。他の方が下山して行くのを見ると不安になります。私はもう少し行けるところまで行ってみようと思い、歩を進めることにしました。
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御浜小屋を出発して、八丁坂を下って行きます。霧で向こうは何も見えません。霰もまだ降っていました。7時53分に八丁坂を下りきりました。
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8時13分に七五三掛(しめかけ)に着きました。
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空を見上げると、雲の中に青空のホールが空いていました。天気予報の午前9時から回復するとの情報を信じて、登り続けることにしました。
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七五三掛から千蛇谷と外輪山へ行く道への分岐。ここは迷わずに千蛇谷の方へ進みました。梯子を降りて、岩場を下って行きますが、この岩場から先がまたわかりづらく、マーカーに沿って歩いているつもりでしたが、すぐ左手上を多くの登山者が登山道を楽々と歩いているではありませんか。私も岩場を這い上って、楽々登山道に出ました。あの人たちは岩場からどこを通って登山道に出たのでしょうか。午前8時55分。
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あとはマーカーと「山頂→」の標識、それと他の登山者の足取りを頼りにひたすらに登って行きます。時折、雲の切れ間から薄日が差して、向こう側の山肌が見えますが雪が積もっているようです。登り道も途中から雪が多くなり、マーカーがわかりません。ここで、ずいぶん前にいい歳、りょうちゃんを追い越して行ったご夫婦が下りてきたので、「もう頂上へ行ったのですか?」と尋ねると、「頂上の岩場は雪が積もっていて、滑って岩をつかむことができないので、あきらめて帰ることにしました。」とまたまた、りょうちゃんを不安がらせるようなことをおしゃって、下山して行きました。
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そして、ようやく大物忌神社(おおものいみじんじゃ)に到着しました。午前10時12分、登山を開始して4時間38分。ほぼ予定通りです。しかし雪で真っ白であり、視界も悪い状態でした。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(中島みゆき/宙船)

宙船(作詞、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は今どこに ふらふらと浮かんでいるのか
その船は今どこで ボロボロに進んでいるのか
流されまいと逆らいながら
船は挑み 船は傷み
すべての水夫が恐れをなして逃げ去っても
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は自らを宙船(そらふね)と 忘れているのか
その船は舞い上がるその時を 忘れているのか
地平の果て 水平の果て
そこは船の離陸地点
すべての港が灯りを消して黙り込んでも
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

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「少にして学べば、則ち壮にして為す有り。壮にして学べば、則ち老いて衰えず、則ち死して朽ちず。」(佐藤一斎「言志四録」より)
(少年の時に勉強をすれば、壮年になった時に何事かをなすだろう。壮年の時に勉強をすれば、老年になっても気力が充実して、頭がボケるようなことはない。老いてなお勉強を心がける人は、寿命も長く、社会に役立ち、みんなから尊敬を受けて、その名声は消えることはない)

「春風を以て人に接し、秋霜を以て自ら粛(つつし)む」
(人間はとかく自分には甘く、人には厳しくあたる人が多いが、本当によい人間関係を作るためには、春風のようななごやかな心で人に接し、秋霜のような厳しさで自分を律することが大事である)

幕末の儒学者 佐藤一斎の語録「言志四録」にある言葉です。佐藤一斎は、安永元年(1772年)に生まれて、幼時より学に志し、はじめの岩村藩の儒臣として勤めていましたが、天保の改革の時に老中水野忠邦によって、幕府の大学校「昌平黌(しょうへいこう)」の教授として登用され、朱子学、陽明学を教えました。門下生は、諸大名をはじめ3000人。佐久間象山、吉田松陰のような学者、勝海舟、坂本竜馬、伊藤博文、西郷隆盛など、明治維新に活躍した逸材を輩出しています。

佐藤一斎は、その言葉の通り、「老いて衰えず」、安政6年(1859年)9月24日、87歳で亡くなりました。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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(AKB48/フライングゲット)

フライングゲット
(作詞 秋元康、作曲:すみだしんや)
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Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na
Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na

ギラギラッ 容赦ない太陽が 強火で照りつけるon the beach
自惚れ温度は急上昇 落ち着かないのは真夏の性(さが)だね
2人 目が合えば なぜか逸らすのに
僕を またすぐ見る 君って もしかしてもしかして

フライングゲット 僕は一足先に 君の気持ち今すぐ手に入れようか
フライングゲット 何か言われる前に 心の内 ビビッと感じるままに
誰といても(誰といても) 微笑み方で(微笑み方で)
君が僕に恋を恋をしてるのは鉄板

フライングゲット 
だから 誰より早く 君のハートのすべて 僕のもの
好きだからラブ・フラゲ!

クラクラッ 動揺した純情で 砂浜 チラ見してたビキニ
告白ウェルカムさ おいで! 素直にならなきゃ楽しくないぜ!

その目 誘ってる 僕に来てくれと
それが妄想としても 声を掛けてみなきゃ始まらない

フライングゲット 君に空振りしても 当たってくだけろ
あるある 男じゃないか?
フライングゲット いつも やるだけやるさ
黙ってみてても 恋は売り切れるよ
勇み足でも(勇み足でも) 一番乗りで(一番乗りで)
僕が君にゾッコンゾッコンなのは無双

フライングゲット
予約 待ってるような まわりの男たちを出し抜いて
得意げにラブ・フラゲ!

フライングゲット 僕は一足先に君の気持ち 今すぐ手に入れようか
フライングゲット 何か言われる前に心の内 ビビッと感じるままに
誰といても(誰といても) 微笑み方で(微笑み方で)
君が僕に恋を恋をしてるのは鉄板
フライングゲット
だから 誰より早く 君のハートのすべて 僕のもの
好きだからラブ・フラゲ!

Na Na Na Na Na Na Na Na Na
Na Na Na Na Na Na Na Na Na
Na Na Na Na Na Na Na Na Na
Na Na Na Na Na Na Na Na Na

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大物忌神社から新山の頂上へ岩場をよじ登ることになります。新山への頂上へは約20分要します。ちょうど上場に行って来たという若者二人が下りてきたので、状況を聞くと、雪で滑りやすくなっているが、慎重に登れば、大丈夫でしょうとのこと。万全を喫して、持参した軽アイゼンを装着し、頂上までの最後の難所に挑戦することにしました。
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この頂上直下の岩場もわかりにくく、どこに進めばいいのか、さっぱりわかりません。私も他の登山者からどこを進めば、頂上へ辿り着くのか何度も尋ねられました。頂上から降りてきたというおじさんに順路を聞いて、ようやく頂上に到達することができました。
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頂上は5~6人立つと一杯になってしまうほどの狭さです。記念撮影をして、待っている登山者と交代してさっさと下山します。
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一瞬、雲が切れて、虹が見えました。
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これが有名な胎内くぐり。
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自分がどこから登って来たのか、わからないまま、何とか岩場の登り始めたところまで戻って来ました。
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さあ、これから湯の台の登山口までの下山です。大物忌神社から外輪山に向かうのですが、その分岐が見つかりません。まさにホワイトアウト。大物忌神社の小屋にいたおじさんに外輪山の方向へ行く道を教えてもらい、なんとか外輪山に辿り着きました。外輪山に登ったところには「山頂」の標識があり、そこから約10分歩いたところに七高山のピークがありました。この七高山で持ってきたお弁当を食べました。12時45分。
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昼飯のお弁当をたいらげたあと、外輪山の火口に沿って、湯の台へ向かう分岐まで向かいます。行者岳、伏拝岳のピークを通過して分岐まで行きますが、標識はありませんでした。この分岐から小雪渓まで急な下りのあざみ坂が続きます。写真だと急であることがわかりません。
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(福山雅治/家族になろうよ)

星の砂(作詞:福山雅治、作曲:福山雅治、歌:福山雅治) 060.gif


「100年経っても好きでいていいね」
みんなの前で困らせたり
それでも隣で笑っていてくれて
選んでくれてありがとう

どれほど深く信じ合っても
わからないこともあるでしょう
その孤独と寄り添い生きることが
「愛する」ということかもしれないから・・・・・

いつかお父さんみたいに大きな背中で
いつかお母さんみたいに静かな優しさで
どんなことも越えてゆける
家族になろうよ

小さな頃は身体が弱くて
すぐに泣いて甘えてたの
いつも自分のことばかり精一杯で
親孝行なんて出来てないけど

明日のわたしは
それほど変われないとしても
一歩ずつ与えられる人から
与える人へとかわってゆけたなら

いつかおじいちゃんみたいに無口な強さで
いつかおばあちゃんみたいに可愛い笑顔で
あなたとなら生きてゆけるそんなふたりになろうよ

いつかあなたの笑顔によく似た男の子と
いつかわたしとおなじ泣き虫の女の子と
どんなことも越えてゆける
家族になろうよ

あなたとなら生きてゆける
しあわせになろうよ


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急坂のあざみ坂を下りきって、小雪渓・大雪渓を通って、河原宿へ向かいます。晴れていれば、どこまでも続く景色を見ることができたでしょう。しかし、天気は回復するどころか、雨まじりの空模様で、視界はわずかな距離しかききません。岩に記されている黄色いマーカーを頼りに進んでいきます。ところが岩に付けられている黄色いマーカーが忽然と消えてしまいました。見渡してもどこにも見つかりません。今まで辿ってきたマーカーの方向性と、つぎのマーカーを見つけるために道らしい場所を歩いて、そのまま歩を進めました。
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しかしながら、つぎのマーカーは一向に現れません。そのうち、両側の壁が徐々に高くなってゆき、おそらくは3~5 mほどの高さはあったと思います。もう壁をよじ登ることはできない高さになっていました。どうやら沢の中に入って行ってしまったようです。そして、自分の背丈以上の高さの段差もありましたが、引き返えす時間的猶予はありませんでした。持っていた方位磁針の方角から、このまま進めば必ず河原宿に到達できると考え、進むことにしました。ところが沢の幅は徐々に狭まり、両側から木の枝が伸びて、進むことも困難になって来ました。木の枝を避けながら、這いつくばって進みます。このままでは、目標の時間に湯の台に着くことができないと思い、這いあがれそうな場所を何とか見つけて、壁をよじ登ることにしました。幸いなことに、両側の壁も少しずつ低くなってきていることがわかりました。
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木の枝をへし折りながら、自分の背丈くらいの壁をよじ登ると、目の前にマーカーの付いた道が続いていました。15時16分。1時間以上、沢の中を迷い歩いていたことになります。一時はどうなるかと思いましたが、何とか助かったかという思いです。
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今考えると、マーカーを見失った場所で、沢を挟んで、対岸にマーカーがあったのではないかと思いますが、私は対岸のマーカーを見つけることができずに、沢の中に入って行ってしまいました。昨日、那須三本槍岳のガイドをしてくれた松田さんに鳥海山で道に迷ったことを話したところ、次のマーカーが見つからない時は、最後のマーカーの場所に荷物を置いて、その周りを探しに少し歩いてみて、どうしても見つからない時は歩を進めずに引揚げることが遭難につながらないとおっしゃっていました。倉持さんも同じことをおっしゃっていました。
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沢の中に迷い込んでしまったため、少し楽しみにしていた雪渓歩きはできませんでした。
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河原宿に16時01分に到着。雪渓にスキーをやりに来たという人が引揚げて行くところでした。
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河原宿から滝の小屋へ向かう下り道のところで、ようやく雲が切れて陽射しが戻って来ました。
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滝の小屋を16時59分通過。滝の小屋から湯の台駐車場までも長く感じましたが、17時17分に何とか湯の台に到着。16時に湯の台到着する予定から1時間17分のビハインド。おそらく沢の中で迷っていた時間分、到着時間が遅れたと思います。タクシーの運転手さんは日が暮れても私が降りて来なかったら、捜索隊に連絡しようと考えてくれていたそうです。湯の台から赤く染まる海を眺めながら、「眺海の森さんさん」へ帰りました。
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宿に戻ると、倉本さんから鳥海山登山の様子を尋ねるメールが来ていたので、道に迷ってしまった顛末を電話でお話ししました。沢からよじ登って、正規のルートに戻れたのはとても運が良かったと倉持さんはおっしゃっていました。おかしいと思った時は、それ以上進むことはせずに、引き返すことが大切であり、わからないままに進んで遭難死する方が多いことを伺いました。
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今回の鳥海山は日本百名山20座目の登山でしたが、反省すべき点がたくさんあった山登りとなりました。
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 今日のおしきせ。
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by ryott-ryott | 2011-10-03 00:43 | 出羽富士・鳥海山

鳥海山登山安全祈願、湯殿山神社参拝ヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 今日、大井町湯屋に行くと晴れ男さんから個人タクシー免許の許諾が下りたとの報告がありました。晴れ男さん、改めておめでとうございます。今度、無料で山形や九州まで乗せて行って下さいね。038.gif037.gif晴れ男さんの大好きなAKB48のフライングゲットの動画は著作権侵害のものが多く、貼り付けてもすぐに削除されてしまいます。060.gif
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 さて庄内平野2日目は最初、鳥海山に登る予定でいましたが、天気予報では雨の予報であったため、天気が回復する3日目の24日(土)に登ることにしました。したがって、今日は庄内平野を観光することにしました。
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 かねてから、山形に再度行った時には湯殿山神社と酒田の海向寺をふたたび訪れたいと考えていました。今日は湯殿山神社へ行って、鳥海山登山の無事を祈ります。
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 この日、私は雨の音で目を覚ましました。天気予報通り、やはり雨なのか。夜明け前の窓の外は鈍色の空のようです。日の出の時刻に近づくにつれて、しらじらと明るくなっていきました。058.gif
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 やはり先ほどまで雨が降っていたようであり、虹がかかっていました。
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 まずは幻想の森に行きました。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(中島みゆき/宙船)

宙船(作詞、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は今どこに ふらふらと浮かんでいるのか
その船は今どこで ボロボロに進んでいるのか
流されまいと逆らいながら
船は挑み 船は傷み
すべての水夫が恐れをなして逃げ去っても
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は自らを宙船(そらふね)と 忘れているのか
その船は舞い上がるその時を 忘れているのか
地平の果て 水平の果て
そこは船の離陸地点
すべての港が灯りを消して黙り込んでも
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

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静岡県焼津港の漁船「第五福竜丸」は、昭和29年(1954年)3月1日、マーシャル群島ビキニ環礁付近で操業中、「水平線上にかかった雲の向こう側から、太陽が昇るときのような明るい現象」を眺め、そのあと白い灰が船体一面に降りそそいてきたのを、たいして気にもとめず、14日には焼津港に帰って来ました。しかし、筒井船長以下乗組員全員が異常を訴えるので、診断してもらったところ、原爆実験による原爆症であることがわかりました。それも原子爆弾ではなく、その訳1000倍の破壊力を持つ水素爆弾の実験であることが判明しました。人々に与えた衝撃は大きなものでした。

3月末、折から三崎港に帰ってきたマグロ漁船が実験海域にいたということで、すべての廃棄処分にさせられ、人々はさらに不安つのらせ、魚ばなれの現象も引き起こしました。このような騒ぎのなかで、9月23日、第五福竜丸の無線長であった久保山愛吉(40歳)がついに“死の灰”による原爆症で亡くなりました。

これを聞いた焼津市をはじめ、全国各地、広島、長崎に続く第三の被災ということで、婦人会を中心に「原水爆禁止運動」が澎湃(ほうはい)としてわき起こって来ました。

“杉並アピール”と呼ばれる、東京杉並の主婦たちの呼びかけに応じて、「原水爆禁止の署名運動」は、国内3300万人の署名を集めて、運動の輪は大きく発展していきました。
翌年8月6日、広島で第一回の原水爆禁止世界大会が開かれたのも、このときの運動の成果といってよいでしょう。でも、この大会も政党に利用され、3つに分裂していることは残念です。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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(AKB48/フライングゲット)

フライングゲット
(作詞 秋元康、作曲:すみだしんや)
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Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na
Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na

ギラギラッ 容赦ない太陽が 強火で照りつけるon the beach
自惚れ温度は急上昇 落ち着かないのは真夏の性(さが)だね
2人 目が合えば なぜか逸らすのに
僕を またすぐ見る 君って もしかしてもしかして

フライングゲット 僕は一足先に 君の気持ち今すぐ手に入れようか
フライングゲット 何か言われる前に 心の内 ビビッと感じるままに
誰といても(誰といても) 微笑み方で(微笑み方で)
君が僕に恋を恋をしてるのは鉄板

フライングゲット 
だから 誰より早く 君のハートのすべて 僕のもの
好きだからラブ・フラゲ!

クラクラッ 動揺した純情で 砂浜 チラ見してたビキニ
告白ウェルカムさ おいで! 素直にならなきゃ楽しくないぜ!

その目 誘ってる 僕に来てくれと
それが妄想としても 声を掛けてみなきゃ始まらない

フライングゲット 君に空振りしても 当たってくだけろ
あるある 男じゃないか?
フライングゲット いつも やるだけやるさ
黙ってみてても 恋は売り切れるよ
勇み足でも(勇み足でも) 一番乗りで(一番乗りで)
僕が君にゾッコンゾッコンなのは無双

フライングゲット
予約 待ってるような まわりの男たちを出し抜いて
得意げにラブ・フラゲ!

フライングゲット 僕は一足先に君の気持ち 今すぐ手に入れようか
フライングゲット 何か言われる前に心の内 ビビッと感じるままに
誰といても(誰といても) 微笑み方で(微笑み方で)
君が僕に恋を恋をしてるのは鉄板
フライングゲット
だから 誰より早く 君のハートのすべて 僕のもの
好きだからラブ・フラゲ!

Na Na Na Na Na Na Na Na Na
Na Na Na Na Na Na Na Na Na
Na Na Na Na Na Na Na Na Na
Na Na Na Na Na Na Na Na Na

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アスパラガス畑。
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月山ダム。
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月の女神。
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ここで昔、バンジージャンプが行われていたそうです。
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(福山雅治/家族になろうよ)

星の砂(作詞:福山雅治、作曲:福山雅治、歌:福山雅治) 060.gif


「100年経っても好きでいていいね」
みんなの前で困らせたり
それでも隣で笑っていてくれて
選んでくれてありがとう

どれほど深く信じ合っても
わからないこともあるでしょう
その孤独と寄り添い生きることが
「愛する」ということかもしれないから・・・・・

いつかお父さんみたいに大きな背中で
いつかお母さんみたいに静かな優しさで
どんなことも越えてゆける
家族になろうよ

小さな頃は身体が弱くて
すぐに泣いて甘えてたの
いつも自分のことばかり精一杯で
親孝行なんて出来てないけど

明日のわたしは
それほど変われないとしても
一歩ずつ与えられる人から
与える人へとかわってゆけたなら

いつかおじいちゃんみたいに無口な強さで
いつかおばあちゃんみたいに可愛い笑顔で
あなたとなら生きてゆけるそんなふたりになろうよ

いつかあなたの笑顔によく似た男の子と
いつかわたしとおなじ泣き虫の女の子と
どんなことも越えてゆける
家族になろうよ

あなたとなら生きてゆける
しあわせになろうよ

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湯殿山神社に到着。
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ここからは歩いてゆくか専用バスで行かなければなりません。私は歩いてゆくことにしました。先ほどまで青空が広がっていましたが、にわかに掻き曇り、空は今にも泣き出しそうでした。
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残念ながら湯殿山神社本宮の中は写真撮影禁止です。入口のところで裸足になり、お清めのお祓いをして中へ入って行きます。本宮の中に入ると湯殿山神社の御神体である湯がわき出している小さな山があり、ここを登ってお参りし、さらに本宮の奥でお参りをします。お湯が湧き出ているため、この一角だけは冬も雪に閉ざされることもないそうです。常にお湯が流れているため、ヘビが集まって来ていると聞きましたが、私が行った時にはヘビはいませんでした。そのかわり、白装束を着た山伏の恰好をした信者が大勢お参りをしていました。私は明日の鳥海山登山の無事、百名山登山の無事、人生の無事を祈りました。
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お参りを済ませて、足湯で足を温めて引揚げます(これは昨年撮った写真です)。
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帰りは専用バスに乗って、鳥居のところまで戻って来ました。この鳥居の脇に、即身仏の木製レプリカがあります。私は昨年、本物だと思い写真を撮りませんでした。今年、同じくそのレプリカの即身仏を見ると、板に模擬物と書いてありました。
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そして遂に空が泣き出しました。タクシーに乗って、「眺海の森さんさん」へ帰ることに。湯殿山では雨でしたが、海に近づくにつれて雨も上がり青空が雲の切れ間から顔を出しました。
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ひょっとしたら今日は夕陽が見れるかも知れないと期待が膨らみましたが、16時30分ごろ「眺海の森さんさん」にも雨が到達。窓から外を見ていて、向こう側から霞(かすみ)がこちらに向かって来るのがわかりました。これは霞ではなく雨で、雨雲の移動とともに雨がこちらに向かってきていました。仕方がないので、早めにおしきせを食べて、明日の鳥海山登山に備えることにしました。明日の天気は晴れの予報です。
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私が食堂でおしきせをやっているときに、「眺海の森さんさん」の御主人がやって来て、明日の鳥海山登山はどこの登山口から登るのか尋ねるので、コースタイムが最も短いとされている「湯の台」登山口からピストンで登るつもりであることをお話しました。ご主人は「湯の台は登りがきついから、なだらかな鉾立(ほこだて)の登山口からにした方がいいよ。」とおっしゃってくれました。おそらく私の体つきを見て、アドバイスしてくれたのでしょう。素直な私は湯の台から登るのをやめて、鉾立から登ることにしました。この続きはまた次回。

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明日はいよいよ鳥海山へ。
日本百名山20座目を目指します。

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by ryott-ryott | 2011-10-01 02:04 | 出羽富士・鳥海山

日本百名山20座目を目指して、庄内平野へヽ(^o^)丿

旅行・地域
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9月秋分の日の3連休に1日足して、4連休にして山形県庄内に行ってきました。今回の大きな目的は最上川の向こうの日本海に沈む真っ赤な夕日を撮るためです。そして、日本百名山のひとつ、出羽富士・鳥海山に登ることも決めていました。058.gif
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前回報告したように9月21日は台風15号が日本を縦断し、翌22日は台風一過でさわやかな一日になるのではないかと思いましたが、庄内平野は雲が多く、時折雨が降る空模様でした。当初は22日に移動して、23日秋分の日に鳥海山に登る予定にしていましたが、天気予報では23日もはっきりしない空模様であり、天気が回復する24日土曜日に鳥海山へ行くことにしました。
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羽田空港では境港市のキャンペーンをやっていました。前日の台風の影響か欠航便もあり、羽田空港は混雑していました。
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22日、東京は台風一過でとてもいい天気、スカイツリーも見えました。058.gif
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(中島みゆき/宙船)

宙船(作詞、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は今どこに ふらふらと浮かんでいるのか
その船は今どこで ボロボロに進んでいるのか
流されまいと逆らいながら
船は挑み 船は傷み
すべての水夫が恐れをなして逃げ去っても
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は自らを宙船(そらふね)と 忘れているのか
その船は舞い上がるその時を 忘れているのか
地平の果て 水平の果て
そこは船の離陸地点
すべての港が灯りを消して黙り込んでも
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

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 昭和22年(1947年)の刑法改正まで、「大逆罪」が生きていました。天皇、皇后、皇太子などに危害を加え、また加えようとしたものは、すべて死刑に処せられました。

明治44年(1911年)1月、その大逆陰謀の首謀者として絞首刑になったのが明治の社会主義者・幸徳秋水です。彼は本名伝次郎、明治4年(1871年)9月22日、高知県中村市に生まれました。上京して「万朝報」「平民新聞」の記者をしながら、マルクスの『共産党宣言』を訳載したり、日露戦争反対の論陣を張ったりしていましたが、渡米後はアナーキズム(無政府主義)に偏向し、言動が過激になってきました。

 彼の天皇暗殺計画なるものも、今でいう“デッチアゲ”で、現在の裁判なら無実だったでしょう。東京監獄跡地にある記念碑、出身地中村市の墓前では、今でもよく追悼の記念集会や、彼を偲ぶ墓前祭が催されています。

 彼についてこんなエピソードがあります。
 明治43年(1910年)のある日、秋水は自宅で翻訳の仕事をしていました。隣の部屋で近所の子どもたちがコックリさんをして遊んでいました。お盆を回して、その回った回数で結婚が結婚が何年先か、などを占う遊びです。秋水は楽しそうな笑い声に顔を出し、「ひとつ社会主義の時代がいつくるか、やってみてくれ」と頼みました。盆はいきおいよく35回もまわりました。秋水は「あと35年先か、おれが75歳のときだ」とニッコリほほえんだといいます。

 それから35年後は、偶然にも昭和20年(1945年)終戦の年です。社会主義の国にはなりませんでしたが、社会主義運動が弾圧されない時代にはなりました。コックリさんのお告げも当たらずとも遠からずです。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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(AKB48/フライングゲット)

フライングゲット
(作詞 秋元康、作曲:すみだしんや)
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Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na
Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na

ギラギラッ 容赦ない太陽が 強火で照りつけるon the beach
自惚れ温度は急上昇 落ち着かないのは真夏の性(さが)だね
2人 目が合えば なぜか逸らすのに
僕を またすぐ見る 君って もしかしてもしかして

フライングゲット 僕は一足先に 君の気持ち今すぐ手に入れようか
フライングゲット 何か言われる前に 心の内 ビビッと感じるままに
誰といても(誰といても) 微笑み方で(微笑み方で)
君が僕に恋を恋をしてるのは鉄板

フライングゲット 
だから 誰より早く 君のハートのすべて 僕のもの
好きだからラブ・フラゲ!

クラクラッ 動揺した純情で 砂浜 チラ見してたビキニ
告白ウェルカムさ おいで! 素直にならなきゃ楽しくないぜ!

その目 誘ってる 僕に来てくれと
それが妄想としても 声を掛けてみなきゃ始まらない

フライングゲット 君に空振りしても 当たってくだけろ
あるある 男じゃないか?
フライングゲット いつも やるだけやるさ
黙ってみてても 恋は売り切れるよ
勇み足でも(勇み足でも) 一番乗りで(一番乗りで)
僕が君にゾッコンゾッコンなのは無双

フライングゲット
予約 待ってるような まわりの男たちを出し抜いて
得意げにラブ・フラゲ!

フライングゲット 僕は一足先に君の気持ち 今すぐ手に入れようか
フライングゲット 何か言われる前に心の内 ビビッと感じるままに
誰といても(誰といても) 微笑み方で(微笑み方で)
君が僕に恋を恋をしてるのは鉄板
フライングゲット
だから 誰より早く 君のハートのすべて 僕のもの
好きだからラブ・フラゲ!

Na Na Na Na Na Na Na Na Na
Na Na Na Na Na Na Na Na Na
Na Na Na Na Na Na Na Na Na
Na Na Na Na Na Na Na Na Na

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22日は移動日なので、庄内空港に着くとすぐに今日から3泊する「眺海の森さんさん」へ向かいました。この眺海の森さんさんからの眺めは素晴らしく、西側に庄内平野を蛇行する最上川が日本海へ続いており、その日本海へ夕方夕陽が沈みます。しかし今日の庄内地方はあいにくの曇り空で、今にも雨が降りそうな空模様でした。
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今日は残念ながら夕日は見れないだろうと思い、眺海の森さんさんの周りを散歩しました。
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森林学習展示館、ここは無料で入館できます。
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酒田市眺海の森天体観測館 コスモス童夢、入館料は100円です。
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コスモス童夢には天体望遠鏡があり、日中は太陽の黒点、プロミネンス、フレアを、夜間は星空を観測しており、訪れた観光客に見せてくれます。太陽の黒点やプロミネンスは、太陽の磁気の乱れが影響して現れるそうです。現在は太陽と逆方向に天王星、海王星が見頃です。しかし、この曇り空のため、今日は観測をしていませんでした。
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薬師の峰。ここから眺める最上川が一番いいそうです。
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散歩コース、熊が出ると言われていたので気味が悪かったです。「ふるさと」を歌いながら歩きました。
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ひょうたん池。
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曇り空で夕陽は見えませんでしたが太陽柱(サンピラー)が見えました。058.gif
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(福山雅治/家族になろうよ)

星の砂(作詞:福山雅治、作曲:福山雅治、歌:福山雅治) 060.gif


「100年経っても好きでいていいね」
みんなの前で困らせたり
それでも隣で笑っていてくれて
選んでくれてありがとう

どれほど深く信じ合っても
わからないこともあるでしょう
その孤独と寄り添い生きることが
「愛する」ということかもしれないから・・・・・

いつかお父さんみたいに大きな背中で
いつかお母さんみたいに静かな優しさで
どんなことも越えてゆける
家族になろうよ

小さな頃は身体が弱くて
すぐに泣いて甘えてたの
いつも自分のことばかり精一杯で
親孝行なんて出来てないけど

明日のわたしは
それほど変われないとしても
一歩ずつ与えられる人から
与える人へとかわってゆけたなら

いつかおじいちゃんみたいに無口な強さで
いつかおばあちゃんみたいに可愛い笑顔で
あなたとなら生きてゆけるそんなふたりになろうよ

いつかあなたの笑顔によく似た男の子と
いつかわたしとおなじ泣き虫の女の子と
どんなことも越えてゆける
家族になろうよ

あなたとなら生きてゆける
しあわせになろうよ


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今日のおしきせ。
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山形の方言「もっけだの」。「もっけだの」とは「ありがとう」という意味だそうです。038.gif
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明日は湯殿山神社へ行き、
鳥海山登山の無事を祈ります。060.gif

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by ryott-ryott | 2011-09-27 23:09 | 出羽富士・鳥海山