カテゴリ:大菩薩嶺( 1 )

甲源一刀流、音無しの構え、大菩薩峠を行くヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 今年の日本百名山の旅も残すところ、大菩薩嶺と丹沢山の二つになりました。11月6日(日)にアミューズトラベルの初心者のための山歩き教室で大菩薩嶺に行ってきました。日本百名山28座目です。038.gif
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 その前に飛び石連休の間に大井町湯屋仲間の晴れ男さん夫妻とおばあちゃんの般若阿部ちゃんと大井町の「陣」で温泉行きの相談飲み会をやりました。結論として、1月15日(日)~16日(月)に1泊で鬼怒川あさやホテルに行くことになりました。私は月曜日休めるかどうか心配です。
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 晴れ男さんの奥様のりえちゃんとおばあちゃん。037.gif
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 晴れ男さんと記念撮影。このおじさんは、こんな顔していながらも、結構な読書家で今回の飲み会でもストレスが遺伝することを教えてもらいました。わかりやすい例で話をすると、自分が受けたストレスとして、親から虐待を受けていた場合、虐待を受けていた子どもが成長して、自分が親になったときに「自分の子どもにだけは虐待はしない」と思いつつも虐待をしてしまうそうです。以前にこのブログでも紹介しましたテレフォン人生相談で同じような内容の話がありました。
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 ある女性が自分の子どもが医師から発育障害があると診断され、どう対応したらよいかとの相談がテレフォン人生相談にありました。しかし、よく話を聞いてみるとその女性が息子に暴力をふるっており、それが原因で発育障害になったことがわかります。そして、その女性は幼い時に自分の父親が再婚した相手の連れ子に暴力をふるっていたことを話し始めます。その連れ子は知恵遅れで父親が嫌っており、いつも暴力をふるっていました。その暴力をふるう父親も、連れ子とはいえ自分の兄にあたるその子を助けることもできなかった自分も大嫌いだったといいます。
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その女性は自分が成長して、結婚をし、授かった息子に対して、自分の父親が兄に行ってきた暴力を同じようにふるっているというのです。あんなに憎んでいたはずの暴力を、自分の愛する息子に振るってしまっているのです。この狂った自分を止めることはもはやできないと言います。その女性に、テレフォン人生相談のパーソナリティーのマドモアゼル愛さんが、何も話すことのできない自分の息子が、自分の体を以って、「おかあさん、気がついて!」と言っていることに何故気がつかないのかと涙ながらに訴えていました。
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このように幼い時に受けてきたストレスは、成長してからも正常な判断ができなくなってしまうほど精神を傷つけてしまい、それはあたかも遺伝しているかのようです。
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その他には、晴れ男さんからはNHKでピンポン球を使った発電機が紹介されていた話を聞きました。ピンポン玉が水の満たされた管の中を浮力で上がってゆき、上がりきったところで重力により落下して発電機の歯車を回して、発電を行い、再び水で満たされた管の中に入って行き、上昇と落下を繰り返して、発電を行うことができるとの話をしてくださいました。ただし、この話は信用することはできません。これは永久機関であり、永久機関はこの世には存在しないからです。ピンポン玉が水による浮力と重力による落下を繰り返して発電機の歯車を回し続けるなら、どこかにエネルギーの注入源があるはずです。
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私が晴れ男さんに「永久機関は存在しないので、この装置には必ずカラクリがある。」と言いましたが、晴れ男さんはこの装置は本当だと言ってききません。晴れ男さんは本当に頑固な人です。たまにいい話もしてくださいますが、このようなエセ科学の話も大好きなようです。この日は話題に上がりませんでしたが、芸能人の誰それが同性愛者であるという情報にも精通されています。そして、最後には夫婦喧嘩をするというのがお決まりです。晴れ男さん、鬼怒川温泉では夫婦喧嘩はしないでくださいね。037.gif
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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(岩崎宏美/思秋期)

(第89回安曇野歌声喫茶/思秋期)

思秋期(作詞:阿久悠、作曲:三木たかし、歌:岩崎宏美)

足音もなく 行き過ぎた
季節をひとり 見送って
はらはら涙あふれる 私十八
無口だけれど あたたかい
心を持った あのひとの
別れの言葉抱きしめ やがて十九に
心ゆれる秋になって 涙もろい私
青春はこわれもの 愛しても傷つき
青春は忘れもの 過ぎてから気がつく

ふとしたことで はじめての
くちづけをした あのひとは
ごめんといった それきり
声もかけない
卒業式の まえの日に
心を告げに 来たひとは
私に悩む顔見て 肩をすぼめた
誰も彼も 通り過ぎて
二度とここへ 来ない
青春はこわれもの 愛しても傷つき
青春は忘れもの 過ぎてから気がつく

ひとりで紅茶 のみながら
絵葉書なんか 書いている
お元気ですか みなさん
いつか逢いましょう

無-邪-気な 春の語らいや
はなやぐ 夏のいたずらや
笑いころげたあれこれ 思う秋の日

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 ロシアの生んだ世界的な作曲家、ピョートル・チャイコフスキーは、1840年5月7日、ウラル地方のボトキンスクで生まれました。
 
父親は冶金工場の総監督、母親は後妻で音楽を愛し、ピアノを弾き、歌も上手でした。 彼は幼いときから音楽と詩に非凡な才能を示し、“ガラスの子ども”と呼ばれるほど、病的で神経質な子でした。両親は、これ以上音楽を勉強させるのは危険だと判断し、10歳で法律学校に入学させました。

 彼は役人になりましたが、あきたらず、1860年、ルビンシュタインがペテルブルグ(今のレニングラード)で音楽院を開いた機会に役人を辞めて、音楽院に入りました。卒業した彼は、やがてモスクワ音楽院の教授となり、作曲家としての道を歩みはじめました。内気な彼は、自作の曲を指揮するのもあがってしまい、以来20年も指揮台に立ちませんでした。 恋にも破れ、生涯独身で通しました。

 36歳のとき、フォン・メック夫人という後援者が現れ、年金の形で彼の生活の援助を続けました。彼は学校を辞め、作曲に専念できたのです。この彼女は手紙のやりとりだけで、生涯チャイコフスキーとは会わずじまいであったといいます。
 
彼の作品は、ロマンチシズムと哀愁が漂い、人々に親しまれました。『白鳥の湖』『眠れる森の美女』『くるみ割人形』などの3大バレエ曲、『エフゲニー・オネーギン』などの歌劇、『アンダンテ・カンタービレ』などの弦楽四重奏曲、そして交響曲では、最後の作品になった6番『悲愴』がよく知られています。1893年11月6日、53歳で逝去しました。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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大菩薩嶺の話に行く前に、もうひとつ話があります。前日の土曜日に大学院の同窓会に行ってきました。この同窓会では毎年、先生のお宅で芋煮会をやります。
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下ごしらえ、万全。038.gif
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芋煮をはじめる前に、再会を祝して乾杯。068.gif
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芋煮をつくるのは毎年、このお方。頭がすっかり白くなりました。037.gif
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ばあさんは憎たらしいけど、子どもは本当に可愛いですね。40年後、憎たらしいばあさんにならないでくださいね。そのころ、りょうちゃんはこの世の人ではないと思いますが。037.gif
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みんなで記念撮影。
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先生のお宅のお庭に咲いていた「お茶」の花。はじめて見ました。056.gif
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柿とり。
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本当に楽しいひと時でした。みなさん、また来年会いましょう。038.gif
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(山口百恵/秋桜)

(第89回安曇野歌声喫茶/秋桜)

秋桜(作詞:さだまさし、作曲:さだまさし、歌:山口百恵)

うすべにのコスモスが秋の陽に
何気ないひだまりにゆれている
このごろ涙もろくなった母が
庭先でひとつせきをする
縁側でアルバムを開いては
わたしの幼い日の思い出を
何度も同じ話くりかえす
ひとりごとみたいに小さな声で
こんな小春日和の穏やかな日は
あなたのやさしさがしみてくる
明日嫁ぐわたしに苦労はしても
笑い話に時がかえるよ
心配いらないと笑った

あれこれと思い出をたどったら
いつの日も一人ではなかったと
今さらながらわがままな私に
くちびるかんでいます
あしたへの荷造りに手をかりて
しばらくは楽しげにいたけれど
突然涙こぼし元気でと
何度も何度もくりかえす母
有難うの言葉かみしめながら
生きて見ます私なりに
こんな小春日和の穏やかな日は
もう少しあなたの子どもで
いさせてください



(坂本スミ子/夜が明けて)

夜が明けて(作詞:なかにし礼、作曲:筒美京平、歌:坂本スミ子)

夜が明けて 手さぐりをしてみた
ぬけがらのとなりには 誰もいない
目をあけて 部屋のなか見てみた
陽がもれる窓のそば 誰もいない
夢を追いかけて
ひとりふかす たばこのけむり
白い 白い
夜が明けて 夢をみたまくらに
あの人のかみの毛が ひとつのこる
テーブルの 灰皿の中には
あのひとのすいがらが ひとつのこる
あせたくちびるを
かんでひいた ルージュの赤が
つらい つらい

われた手鏡に
語りかける おんなの朝は
ひとり ひとり

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さて11月6日(日)は大菩薩嶺に行ってきました。天気はあいにくの雨模様。大井町湯屋仲間のよしこさんは週間天気予報を見て、早々とキャンセルしたそうです。057.gif
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集合は新宿安田生命ビル前。辻さんがいらっしゃいました。辻さんからまた倉持さんの特配に誘ってほしいとおっしゃっていました。11月23日(水・祝)に茅ヶ岳・金ヶ岳、12月17日(土)~18日(日)に丹沢山、1月7日(土)に沼津アルプスの特配があることを伝えておきました。私は茅ヶ岳・金ヶ岳にしか行けません。
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今回も初心者のための山歩き教室「大菩薩嶺」を案内してくれるのは、中野さん、高橋恵里香さん、ミンミンさんの3人体制です。恵里香さんは北岳の八本歯のコルで声をかけられて以来です。私たちが倉持さんの特配・北岳で木村カエラと瑛太夫妻に会ったことを皆さんご存知だったようで、「木村カエラは顔小さかった?」と複数の方に聞かれました。皆さん、小顔に憧れがあるようです。041.gif037.gif
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そして、本日の初心者のための山歩き教室のテーマは「地図とコンパスの使い方」でした。中野さんがバスの中で地図とコンパスの使い方を説明していましたが、ほとんどの方は、というか、ばあさんたちは車窓から見える紅葉に「きれ~い」と言って、まったく話を聞いていませんでした。中野さんもあきらめて、歩き始める前にレクチャーすることになりました。
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レクチャーすると言っても、配られた資料を読めば簡単に使い方がわかります。私は偶然にも使い方を知っていましたが、中野さんのレクチャーを聞いて、さらに理解が深まりました。私は普段、自分の身のまわりで文字を読んで理解する人がいかに少ないか、特に若い人に対して感じていましたが、若い人だけでないことがわかりました。
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私はいつものように隊列のしんがりを進み、私の後ろには今年からアミューズのガイドになった中国出身のミンミンさんが付いてくれました。ミンミンさんは今年、同行したツアーは1回だけ晴れただけで、あとはすべて雨だったそうです。そして、きょうも雨でした。写真はロッジ・長兵衛、この前で準備体操をして、出発しました。
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福ちゃん荘。
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福ちゃん荘の前のお地蔵様。
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富士見山荘前、晴れていれば、ここから富士山が見えるそうです。
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大菩薩峠。晴れていれば、ここからも富士山と稜線沿いに大菩薩嶺が見えるそうです。
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介山荘。作家・中里介山の「介山」です。中里介山と言えば、未完の大作「大菩薩峠」。甲源一刀流の使い手、机竜之介が大菩薩峠でひとりの老人を叩き斬るところから物語は始まります。主人公の机竜之介は甲源一刀流・音無しの構えで相手を斬って、斬って、斬りまくり、女性とみればただちに犯し、亡者をも相手にする猛士として描かれています。中里介山が大菩薩峠の連載を始めたのは1912年、38歳のときでした。以降、31年間、大菩薩峠の執筆を続け、18巻、未完のままで1943年4月28日、腸チフスで亡くなりました。享年59歳。
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雨の中、大菩薩嶺に向かって進みます。
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賽ノ河原。
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雷岩。
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そしてついに頂上の大菩薩嶺に到着。標高2059 m。今日は怪我を克服した浦安湯屋のじゅんやさんと一緒に記念撮影。
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じゅんやさんご夫妻。この写真を掲示板、ブログに載せてもよいと、快く了承していただきました。じゅんやさんは現在リハビリ中で、山歩きを再開されたそうです。ただ、まだ細かいコントロールを必要とする動きはもう一歩とのことでした。いい歳、りょうちゃんの動きに比べたら、一歩も二歩も上を行っています。次回は11月23日の茅ヶ岳・金ヶ岳に参加されるとおっしゃっていました。また「おまんじゅう」持って行きますね。038.gif
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大菩薩嶺で記念撮影をした後、雷岩の分岐まで戻って、下山を開始。結構石が多くて、しかも雨模様のため、慎重に下ります。あの方がいたら、多分、すっ転んでお尻が泥だらけになっていたと思います。037.gif
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登山を開始して4時間足らずで、ロッジ長兵衛のところまで戻って来ました。今回は雨模様で眺望もきかず、撮った写真も少なかったです。ストレッチをして、バスに乗り、大菩薩の湯へ行きました。
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風呂上がりにお食事処へ行くと、岩櫃山でご一緒したおかあさんが生ビールを飲んでいました。岩櫃山のときも一緒にビールを飲み、そして今回も再会を祝して乾杯しました。068.gif038.gif
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今週末は雪山講習会と羅漢寺山に行ってきます。060.gif060.gif

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by ryott-ryott | 2011-11-08 21:06 | 大菩薩嶺