カテゴリ:淡路島と小豆島の最高峰に登る( 2 )

南北朝の間で揺れた星ヶ城山を行くヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 掲示板「なんでもトライアスロン」Facebookのほうにはほぼタイムリーに写真を投稿していますが、最近はFacebookで遊んでしまっているため、ますますブログが実態に追い着いていません。小豆島の報告の前にまずは近況報告です。
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 そのFacebookですが、お友達になっていただいた方が今オンラインでつながっていることを知ることができます。オンラインでつながっているお友達とはチャットでき、最近はKick POPさんとよくチャットをしています。038.gif
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 そして昨日の2月4日立春の日は城南島海浜公園で日の出を見た後、夕方は大井町湯屋仲間のエルビー山岸さんの新居へお招きいただきました。058.gif
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 山岸さんの奥様には4~5年ぶりにお会いしました。お料理はどれもプロ級の腕前で、山岸家でまたもや食べ過ぎ、飲み過ぎてしまいました。山岸さんがなかなか痩せられないといつも話している理由がわかりました。こんなに美味しいお料理を作ってもらっていたら、痩せている暇はないと思います。
写真は引っ越し祝いに持って行った「鎧せんべい」です。038.gif
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 そして山岸さんの奥様は、私のことをリリコと呼んでいます。これは以前に大井町湯屋の方からトマトの苗をもらったことがあり、そのトマトは「リリコ」という名前の品種で、私が皆さんに「リリコ」を使って、「リリコのトマトカレー」をつくって差し上げたことがあり、それ以来、私のことをリリコと呼んでくれています。037.gif
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 エルビーさんはお酒にやられて寝てしまいましたが、奥様はお酒にも強く、私がおいとまするまで全く変わりませんでしたね。私も最後はお宅で少し寝てしまいました。美味しいお料理とお酒とおもてなし、本当に有難うございました。038.gif
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上品な山芋の煮もの。ゆずのよい香りが食欲をそそります。
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棒棒鶏。生姜とねぎの入った胡麻だれがとてもよく合っていました。
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肉巻おにぎり。ごぼうの牛肉巻も戴きましたが、牛肉が美味しくてすぐ食べてしまい、写真を撮り忘れました。
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牡蠣ごはん。どの料理もおいしいのですが、この牡蠣ごはんは一流店の味でした。
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目が覚めたエルビー山岸さん。
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 さてアミューズトラベル新春登山2日目は小豆島の最高峰、星ヶ城山(標高817 m)へ登りました。写真はホテルの朝ご飯です。総勢25名で賑やかな朝ご飯でした。
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 朝食を済ませて、朝7時にホテルを出発。バスで登山口へ。この日は1日目よりもさらに雲の多い一日となりました。よしこさんと帰りのフェリーで小豆島に沈む夕陽を見れるのではないかと話していましたがまぼろしとなりそうな空模様です。
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 この星ヶ城山の山容は、前日の諭鶴羽山とはちがって、奇岩が目立ちます。カメが登っているように見えます。
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 山の壁面に石像が彫られている寺がありました。
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 松茸岩の前で記念撮影。瀬戸内海も望めますが、対岸は見えませんでした。晴れていれば、関西空港も見えるそうです。
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 9時過ぎに寒霞渓ロープウェイの駅前に到着。ここから三笠山を越えて、本丸の星ヶ城山へ向かいます。ここで残念ながら「歩みの会」の西村さんが頂上へ行くことを断念され、私たちが星が城山へ行って戻ってくるのを待つことになりました。しかし、私たちを待っている間に西村さんがお土産物屋さんのレストランに話をつけてくれて、お昼御飯のお弁当をレストランの中で食べることができました。気温の低い屋外で食べなくで済み、全員、暖かい建物の中で楽しいお昼ご飯になりました。038.gif038.gif038.gif
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 星ヶ城山の頂上に向かう途中、斜面の急なアップダウンがありました。
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 星ヶ城山はその名の通り、かつては城があったそうです。時は室町時代の初めまで遡ります。ご承知の通り、後醍醐天皇が布いた「建武の新政」に不満を持つ勢力、足利尊氏が後醍醐天皇を廃し、持明院統の光明天皇を擁立して、室町幕府が成立しました。そのときに後醍醐天皇は京都を脱出し、吉野山にこもり、自らが正統の天皇であることを主張し、京都には北朝、吉野には南朝が出現し、以後60年間、南北朝時代が続きます。この南朝側についた斎藤家が小豆島に築いたのが星ヶ城です。今はその城はありませんが、写真の祠はその時代につくられたそうです。
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その祠の前で「歩みの会」の皆さんと記念撮影となりました。
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星ヶ城神社。
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 1月15日は、「成人の日」です。「大人になったことを自覚し、自ら生き抜こうとする青年を祝い励ます日」として昭和23年(1948年)に制定されました。

 1月15日で思い出すのは、昭和14年(1939年)のこの日です。“史上最強”といわれた名横綱双葉山が、春場所4日目、70連勝を前に、西前頭二枚目安芸の海に負けてしまった日です。
 まだプロ野球は草創期で、スポーツといえば大相撲が国民最高の人気を博している時代です。当時は場所数も少なく、69連勝するのにも3年有余の歳月がかかっています。100勝は大丈夫と思っていただけに、この一敗は大ニュースで、新聞各社は競って号外を出すほどの熱狂ぶりでした。

 彼は技だけでなく、人間的にも立派でした。それはいつも「木鶏」たるべく努力をしていたからです。
 「木鶏」とは木彫りのニワトリです。昔、中国の闘鶏を飼育する名人が、国王から強い闘鶏の飼育を頼まれたときの話です。

 10日たつと国王は「もういいか」とたずねてきました。「まだいけません。カラ元気の最中です。」また10日たちました。「まだです。相手を見ると興奮します」、次の10日目「まだいけません。なんだこいつがとカサにかかるとこがあります」国王はしびれをきらしてさらに10日待ちました。
 「もういいでしょう。相手が挑戦してきても一向に平気です。ちょっとみると木彫の鶏のようで、その徳は完全です。どんな鶏だって、あの鶏にかかっていく鶏はおりません」こう答えたといいます。

 相手が立ってから受けつ立つ、横綱相撲の秘密もここにあったのです。横綱在位7年半。引退後年寄時津風として活躍。昭和43年(1968年)、56歳で逝去。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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寒霞渓。
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寒霞渓からの眺め。
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この輪に皿を通すと幸せになるそうです。
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寒霞渓でも記念撮影。
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烏帽子岩
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皆さん、無事に下山しましたが、下山道のあちらこちらに猿の落し物があり、「歩みの会」の方も犠牲者が出ました。
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屏風岩
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(坂本スミ子/夜が明けて)

夜が明けて(作詞:なかにし礼、作曲:筒美京平、歌:坂本スミ子)

夜が明けて 手さぐりをしてみた
ぬけがらのとなりには 誰もいない
目をあけて 部屋のなか見てみた
陽がもれる窓のそば 誰もいない
夢を追いかけて
ひとりふかす たばこのけむり
白い 白い
夜が明けて 夢をみたまくらに
あの人のかみの毛が ひとつのこる
テーブルの 灰皿の中には
あのひとのすいがらが ひとつのこる
あせたくちびるを
かんでひいた ルージュの赤が
つらい つらい

われた手鏡に
語りかける おんなの朝は
ひとり ひとり

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星ヶ城山を下山し、二十四の瞳映画村へ。「歩みの会」のお孫さんは高峰秀子を知らないそうです。
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 フェリーに乗って、姫路港へ。
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 やはり、この曇り空でフェリーの上から夕陽を見ることはできませんでした。仕方ないので日の丸を撮りました。
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 伊丹空港でよしこさんと、とんかつを食べて、飛行機に乗りました。私たちが乗った飛行機は最終便で、伊丹空港のほとんどのお土産物屋さんは閉店していました。羽田空港で「歩みの会」の皆さんともお別れです。私は3月13日(火)、「歩みの会」で行くお天気山~羽賀場山(栃木県鹿沼市)に参加するべく休暇申請をしました。またお会いできる日を楽しみにしています。038.gif
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次回は鬼怒川温泉道中記を報告します060.gif

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by ryott-ryott | 2012-02-05 15:20 | 淡路島と小豆島の最高峰に登る

淡路島・諭鶴羽山を「歩みの会」と歩くヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 ブログがなかなか実態に追いつきません。先週は大井町湯屋仲間の晴れ男さん夫妻、おばあちゃんの般若阿部ちゃんと鬼怒川温泉に出かけてきました。最近、阿部ちゃんは面と向かって「おばあちゃん」と言っても怒らなくなりました。その模様はまた後日報告します。024.gif
 羽田空港で缶みそ汁が売られていました。
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 そして、今週と来週は久しぶりに山には行かず、おしきせ週間になりそうです。まず今週末、日曜日はじゃんけんぽんのトントンさん、はるさんと再び亀戸ホルモンへ横隔膜「レンガマックス」を食べに行きます。そして来週はやはり大井町湯屋仲間のエルビー山岸さんの新居に引っ越しお祝いに伺います。よしこさんの知り合いのおじさんや、てらりんさんから「食べすぎだ!」とまた叱られるでしょう。037.gif
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 さてアミューズトラベルのツアーで淡路島と小豆島へ行って来たので報告します。淡路島も小豆島も島で最高峰の山に登って来ました。038.gif
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 羽田空港上空は曇っており、日の出を見ることができませんでしたが、飛行機の窓からは富士山を見ることができました。058.gif
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 1日目は羽田空港から伊丹空港へ行き、そこからバスで淡路島へ渡り、黒岩水仙郷、そして淡路島最高峰の諭鶴羽山(標高608 m)へと向かいます。いつもアミューズトラベルのツアーでは、倉持さんの特配でないと、いい歳、りょうちゃんが断トツの最年少なのですが、今回は25歳のお嬢さんが参加していました。
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そして伊丹空港に着いた時に参加者のおひとりから声をかけられました。お話を伺うと「歩みの会」という山歩きの会で月に1回、倉持さんと白砂さんの案内で山に出かけており、今回の淡路島と小豆島はお孫さんと一緒に参加したとおっしゃっていました。25歳のお嬢さんはその方のお孫さんでした。「歩みの会」からは8名の方が参加し、お孫さん以外のベテラン7名はすでに日本百名山を完登しているとのことでした。038.gif
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 淡路島&小豆島ツアー参加者は女性21名、男性2名、ガイド2名の総勢25名。ガイドさんは関西の神浦ガイド、添乗員はおなじみの辻さんでした。038.gif
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 たこ焼き明太ソースがけ
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 焼き栗マスコット
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 バスの車窓から。電波塔が立っている山が今日登る諭鶴羽山です。
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 まずは淡路島にわたり、黒岩水仙郷で水仙を見学しました。056.gif
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 沼島(ぬしま)
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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「一国を維持するのは、決して二、三の英雄の力にあらず、実に一国を組織する教育あり、知識あり、品行ある人民の力に拠らざるべからず。これらの人民は、一国の良心とも謂うべき人々なり・・・・・・」(「同志社大学設立の趣旨書」より)

 京都に、キリスト教の精神を柱とする同志社大学を創立したのは新島襄です。彼は官学に対する私学として、在野の教育社としては福沢諭吉に並ぶ人だと思います。

 彼は天保14年(1843年)1月14日、群馬安中藩の下級武士の子として生まれました。16歳のとき海軍伝習所に入って蘭学を学びましたが、海外留学を夢みて脱藩。函館港から米国船に乗り込み、国禁を犯して米国に密航しました。アーモスト大学、アンドバ神学校を卒業しましたが、彼が学んだことは、“欧米文化の根底には、常にキリスト教の精神がある”ということでした。

 明治4年(1871年)、岩倉具視一行が、渡米の機会に、政府公認の留学生となり、岩倉の案内役として渡欧し、ヨーロッパの教育制度を視察してきました。明治8年(1875年)、彼は日本にキリスト教主義の学校を創立すべく帰国し、ただちに同志社を結成し、同志社英学校、同志社女学校を開設しました。

 明治21年(1888年)、同志社大学をつくるため、再び渡米し、資金募集にあたりましたが、志半ばにして病にたおれ、明治23年(1890年)1月23日、48歳で亡くなりました。
 しかし、その門下からは、徳富蘇峰、徳富蘆花、安部磯雄、山川均、馬場恒吾など、日本の思想、文化に影響を与えた、数多い人材が輩出しました。やはり新島襄の薫陶が生きていたのでしょう。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 諭鶴羽山の登山口は黒岩水仙郷からバスで5分ぐらいのところです。標高608 mですがほぼ海抜0 mからの登山になります。諭鶴羽山は麓から頂上近くの諭鶴羽神社まで、十八丁から一丁の目印として18体のお地蔵様が道標として立っています。
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 江戸時代は諭鶴羽山にはお寺があり、信仰の山だったそうです。立っているお地蔵さまはその名残で、江戸時代のものがそのまま残っています。
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 諭鶴羽神社、しかしまだ頂上ではありません。
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 諭鶴羽神社でお神酒を戴きました。そしてお参りして、今やいい歳、りょうちゃんにとっては無駄かもしれない「縁結び」のお守りを買いました。しかし、辻さんが「縁結び」とは必ずしも“結婚”のことだけではなく、人と人との出会いすべてが「縁」であるので、山登りで知り合えたこともひとつの「縁結び」だとおっしゃっていました。
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 諭鶴羽山の頂上を目指して、再び出発。
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 この電波塔を過ぎると、諭鶴羽山の頂上。
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 諭鶴羽山の頂上で、「歩みの会」の方々と記念撮影。061.gif
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(坂本スミ子/夜が明けて)

夜が明けて(作詞:なかにし礼、作曲:筒美京平、歌:坂本スミ子)

夜が明けて 手さぐりをしてみた
ぬけがらのとなりには 誰もいない
目をあけて 部屋のなか見てみた
陽がもれる窓のそば 誰もいない
夢を追いかけて
ひとりふかす たばこのけむり
白い 白い
夜が明けて 夢をみたまくらに
あの人のかみの毛が ひとつのこる
テーブルの 灰皿の中には
あのひとのすいがらが ひとつのこる
あせたくちびるを
かんでひいた ルージュの赤が
つらい つらい

われた手鏡に
語りかける おんなの朝は
ひとり ひとり

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諭鶴羽ダムを目指して下山を開始。ここも目印としてお地蔵様が立っていました。最後は二十八丁までになります。
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諭鶴羽ダムに到着。ここからバスに乗って、フェリー乗り場に向かいました。
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サービスエリア前で見た夕陽。058.gif
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バスの車窓から見た夕陽。058.gif
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フェリーに乗って、小豆島の土庄港へ。フェリーの中で記念撮影。
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ビールを飲み干す、よしこさん。
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ガイドの辻さんともう一人の男性客の小室さん。
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ホテルには19時30分に着きました。そのまま大急ぎで夕飯を食べました。「歩みの会」の先輩方から百名山のことを教えていただき、楽しい宴となりました。038.gif
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明日は星ヶ城山に登ります。060.gif

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by ryott-ryott | 2012-01-28 09:30 | 淡路島と小豆島の最高峰に登る