カテゴリ:羽賀場山・お天気山縦走( 1 )

「歩みの会」とともに、春を迎えに羽賀場山・お天気山縦走ヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 3月13日(火曜日)、この日は休暇を取って、「歩みの会」にはじめて参加しました。「歩みの会」の方とはアミューズの淡路島・小豆島ツアーでご一緒し、写真ファイルをやり取りさせていただいたのが縁で、今回「歩みの会」に参加させていただくことになりました。038.gif
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 今日、「歩みの会」の皆さんとともに挑む山は栃木県鹿沼市の羽賀場山・お天気山です。「お天気山」とは何とものんびりした名前で、陽だまりハイクぐらいだろうと舐めきっての参加でしたが、その名前からは想像もできない手強い山でした。
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 「歩みの会」もアミューズの特配で新宿出発になります。朝7時5分に新宿駅西口安田生命ビル前に集合、ガイドは浦安の母、倉持さんと白砂さんでした。038.gif
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 空は抜けるような青空で陽だまりハイクには絶好のお天気です。目的地には2時間ほどで到着しました。地面には蕗のとうが顔を出していました。056.gif
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 長安寺の参道を上がって、お寺の前で準備体操になります。
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 倉持さんの柔軟性はここでも健在。038.gif
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 そしてお寺の裏手からいよいよ羽賀場山・お天気山を目指して登山開始になりました。
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 私たちの出発をピンクねこやなぎがお見送り。056.gif
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 いきなりの急登になります。歩みの会16名、倉持さん、白砂ガイド、いい歳、りょうちゃんの総勢19名。9時46分。
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 まだまだ登ります。
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 鉄塔のところで休憩、餃子ルプスで持っていくはずだったお饅頭を「歩みの会」の皆さんに配り、たいへん喜んでいただきました。鉄塔がなければ日光の山々がきれいに写真におさまるのですが、展望は今一つでした。
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 しばらくすると雪がちらちらと山道の上に現れてきました。
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 雪の急登を登ると雪のない下り。
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 そしてこの岩場の急登。この急登を登りきっても羽賀場山の山頂にはまだ辿り着くことはできません。羽賀場山・お天気山縦走は急登のアップダウンの繰り返しで、雪道あり、岩場ありの手強い山道であることがようやくわかりました。
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 時刻は12:00、登山を開始して2時間14分で最初のピーク、羽賀場山山頂に到着しました。標高774 mです。ここでお昼ご飯を食べることになりました。頂上といっても、樹林帯のため展望はききません。
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 いつもの特配ミルクティー。
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 一等三角点があります。
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 「歩みの会」のマリコさんと一緒に記念撮影。
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 歴史で名高い「川中島の合戦」は、都合5回も行われていました。

①天文22年(1553年)10月
②天文24年(1555年) 4月
③弘治 3年(1557年) 8年
④永禄 4年(1561年) 9月
⑤永禄 7年(1564年) 8月

“竜虎相撃つ”といわれたこの合戦、引き分けの形になっていますが、実際にはどちらに軍配があげられるでしょうか。この合戦の古い記録『河中島五箇度合戦記』によりますと、戦術的には上杉謙信の判定勝ちと書いてあります。

 謙信無念の心境をよんだ次の漢詩はご存知でしょう。

  鞭声粛粛夜過河(べんせいしゅくしゅくよるかわをわたる)
  暁見千兵擁大牙(あかつきにみるせんぺいのたいがをようするを)
  遺恨十年磨一剣(いこんじゅうねんいっけんをみがく)
  流星光底逸長蛇(りゅうせいこうていちょうだをいっす)

 謙信は古風な一面をもつ武将だっただけに、生涯のライバルであった信玄の死を聞いたとき、思わず落涙し、「英雄とはこの人をいうなり。関東の弓矢をとる柱を失いたり」と、瞑目したまま暫く頭を上げなかったといいます。

 宗教心の強い人で、剃髪して不識庵謙信を名のってから、生涯独身で不犯の戒律を守り通しました。今でいう「まじめ人間」だったのでしょう。
 天正6年(1578年)3月13日、上洛を目指して出陣する朝、春日山城で脳卒中で亡くなりました。49歳。

  我一期栄一盃酒(わがいちごのさかえいちごのさけ)
  四十九年一瞬間(しじゅうくねんいっしゅんのかん)
  生不知死亦不知(せいしをしらずしもまたしらず)
  歳月只是如夢中(さいげつただこれむちゅうのごとし)

 謙信の辞世の句として伝えられるものです。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 お昼を羽賀場山で済ませて、次のピーク、お天気山を目指します。
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 折角、登ってきたのに、この雪の急登の下りを降りていきます。
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 降りて来た道を見返すと、どこを通ってきたか全くわかりません。おそらくこの縦走路はひとりでは迷ってしまい、とても歩けないと思いました。
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 降りたらまた登りになります。
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 ここが頂上かと思ったらお天気山頂上はまだ先です。
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 再びアップダウン。
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 お天気山の頂上の標高は777 mですが、お天気山のピークの前にも標高777 mがあります。写真がその場所です。
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 この擬似ピークからお天気山のピークまで気持ちのいい尾根道を歩いて行くのかと思いましたが、なかなか簡単には頂上に辿り着かせてくれません。再びアップダウン。
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 ここがお天気山までの最後の難関。幅30 cmほどの巻道で、片側は切れています。落ちてしまったら、最期です。
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 15時34分、登山を開始して、5時間と48分でお天気山の頂上に辿り着くことができました。
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 羽賀場山では展望は臨めませんでしたが、お天気山の頂上からは6月に行く男体山を見ることができました。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(中島みゆき/荒野より)

荒野より(作詞:中島みゆき、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

夜が
望みは何かと訊かれたら君がこの星に居てくれることだ
力は何かと訊かれたら君を想えば立ち直れることだ

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

朝陽の昇らぬ日は来ても君の声を疑う日はないだろう
誓いは嵐にちぎれても君の声を忘れる日はないだろう

僕は歌っているだろう君と歌っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は生きているだろう君と生きているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない
荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

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 お天気山山頂で写真を撮り、しばし休憩した後、下山を開始。ここからはアップダウンはなく、ひたすら下っていきますが、急こう配の下りになります。ロープが何カ所かあり、間隔をあけて、慎重に降りていきます。
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 木の根が岩を裂いていました。
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17時17分、登山を開始して7時間31分でようやく里まで降りてくることができました。
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今日、縦走して来た羽賀場山・お天気山の全貌です。
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予定時刻をだいぶ過ぎてしまったのではないかと思いましたが、倉持さんに聞くと時間通りだったそうです。浦安特配ではおそらくこの時刻では入浴は取りやめになるところですが、「歩みの会」ではどんなに遅くなっても入浴・夕飯はとると会長がおっしゃっていました。その言葉通り、温泉に向かい、入浴後ににらそばをいただきました。
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帰りのバスでは持っていった日本酒を「歩みの会」の皆さんで喜んで飲んでいただきました。その後、バスの中でいい歳、りょうちゃんの「歩みの会」入会を許諾するかどうかの審議が始まりました。お饅頭を配ったことが功を奏したのか、参加者全員の賛成を戴き、年会費2000円をすぐに会計係の染谷さんに納めて、晴れて「歩みの会」の正会員にしていただきました。「歩みの会」の平均年齢は65歳だそうですが、いい歳、りょうちゃんが入会して、平均年齢は少し若返ったでしょうか。次回の「歩みの会」は4月16日(月曜日)、桃の花咲く大栃山が予定されています。休暇が取れたら是非とも参加したいと思っています。038.gif
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by ryott-ryott | 2012-03-19 23:15 | 羽賀場山・お天気山縦走