<   2010年 07月 ( 5 )   > この月の画像一覧

いい歳、りょうちゃん、いざ鎌倉へ、江の島行脚ヽ(^o^)丿

旅行・地域
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今週の土曜日はいつものように中国整体に行き、先生と写真、カメラ談義。先生はただ今Nikon D700を使いこなす猛勉強中だそうです。そして大井町湯屋へ行き、大暴れアクアをやりました。071.gif
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そしてもう一つ、じゃんけんぽんの面々と久しぶりの飲み会がありました。ハルさん、少し痩せたトントンさん、妹さん、いつも豪快な岡田夫妻と娘さん、女性にいつもちょっかいを出している秀樹さん、体つきがジュゴンに似ているのでみんなから「ジュンゴ」と呼ばれている気の毒な女性、と多士済々。037.gif
この日は時々じゃんけんぽんでお手伝いさんをしているよしえちゃんの送別会でした。よしえちゃんは御子息たちがすべて独立し、東京で一人で暮らすよりはお姉さんと一緒に暮らす方が安心というので、8月から介護もしてもらうという恵まれた条件で都落ちすることに決めたとのこと。出無精のよしえちゃんの性格上、もう大井町には来ないだろうということで、川崎の仲見世の方にある魚屋一丁で、送別会をやることになったそうです。
 私も「今度会うときはお線香をあげに行くときですね」とお別れの挨拶をしました。041.gif

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しかし、残念なことにその告別式の写真が1枚もありません。帰りのJR京浜東北線の中に忘れてきたようであり、気がついた時にはデジカメがなくなっていました。今日の朝、JRの忘れもの問い合わせセンターへ電話したところ、私が失くしたデジカメは届けられていませんでした。折角、たくさんのお料理と皆さんのお写真を撮ったのに、全て、なくなってしまいました。岡田夫妻の娘さんが、お母さんに似ることなく成長している写真や、よしえちゃんが会うたびに老けこんでいく写真、自分のことを木村カエラに似ていると言っている身のほど知らずの写真、全て行方不明になってしまいました。万一見つかるようなことがあれば、その時に掲載したいと思いますが、これは「そんな写真をみんなに見せてはいけない!」という神様からの啓示かもしれません。037.gif

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(やしきたかじん/東京)

東京(作詞:及川眠子、作曲:川上明彦、歌:やしきたかじん) 060.gif

あんたとなら
いつ死んでもかまわへん
わすれないで
そんな女いたことを

見上げた空さえも
冷たい色やけど
あたしが本気で惚れたひと
そう生まれた街やから

いとしさも 憎しみも
すべてすべて ぎゅっと抱きしめ
祈るように 今日も灯が
ともる東京

夢だけ見て
生きてるようなあんたやった
いつかあたし
待つことにも慣れてたよ
くすんだ風のなか
肩よせ暮らしたね
誰にも似てへんひとやけど
本物の愛をくれた

悲しくて 悔しくて
泣いて泣いてばかりいたけど
かけがえのないひとに
逢えた東京

痛いほど好きなのに
なんでなんで別れたんやろ
いまもまだ 胸の奥
揺れる東京

悲しくて 悔しくて
泣いて泣いてばかりいたけど
かけがえのないひとに
逢えた東京

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「昔、暴君ネロと呼ばれたローマ皇帝がいました。彼はコロシアムで、ライオンの檻に奴隷を入れ、その食べられるところを見物することにしました。
 しかし、奴隷がライオンに何やら耳うちすると、急にライオンが大人しくなってしまいました。
 ネロは怪しん奴隷に“お前はライオンに何をささやいたのか”と尋ねました。奴隷は“ご馳走を食べると、あとでテーブル・スピーチをさせられるゾ、と言っただけです”それと同じで私もスピーチが苦手です。今日はオメデトウとだけ申し上げて終わります。」短くて気のきいたテーブル・スピーチの傑作としてよく使われます。

 そのネロが、首都ローマを炎上焼失させたのが、64年7月19日のことでした。“ローマは一日にして成らず”という格言がありますが、“ローマは一日にして焼けず“でした。ネロは高台から大火を眺め、琴を弾きながら詩をつくったと言われます。
 焼いた理由は、ローマ市内のうす汚れた貧民街を一掃して、新都市を建設するためだったとか、その大火の責任をキリスト教徒のせいにして、虐殺をもくろんだとか、果ては、暴君の末路を自覚して、自らの王国の滅亡を目の当たりにして、あとで自殺したのだとか、諸説さまざまです。
 
 クロディウス帝の養子になった当初は、善政を布いた若き名君といわれたのですが、女性の色香に迷ってから、妻や母を殺し、次第に乱暴、淫靡、残忍な性格、非人道的行為を平気で行う暴君に変質して行きました。やがて大火後4年、反乱をおこされ、ローマ市外の一農家に逃れ、そこで自殺しました。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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「いざ鎌倉」の後篇を報告します。鎌倉大仏から長谷寺まで行ったところまで前回報告しました。長谷寺へお参りした後、腹ごしらえ。ウナギを食べました。鎌倉に行ったなら、なぜシラスのかま揚げ丼を食べないのか、と中国整体の先生はおっしゃっていましたが、私はどうも好きではありません、猫の餌みたいで。シラスのかま揚げ丼よりは、ウナギの方が格段においしいと思います。そういう先生も、シラス丼は1回食べればいいとおっしゃっていました、わるい人です。037.gif
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ウナギを食べた後、江の電に乗って、次の駅の極楽寺下車。成就院でご朱印をもらい、もう紫陽花の季節は過ぎてしまいましたが、成就院の階段から湘南の海を撮影しました。紫陽花が咲く季節には、階段の両側に色とりどりの紫陽花で覆われ、その先に湘南の海岸線が見えるという景勝地の一つになっています。056.gif
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 その後、再び江の電に乗って、江の島へ。祝日もあって、ものすごい数の人。海水浴客の方でしょうか、ほとんど裸同然で闊歩している方がたくさんいらっしゃいました。
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ものすごい光032.gif
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おじさんがうさぎさんを連れてきていました。
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江の島神社、この縄の輪をくぐって、穢れを払って、お参りします。

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余りの暑さに江の島の上まで上がることをためらいましたが、折角、来たので意を決し、頂上を目指しました。途中、江の島神社にお参りしました。ところどころに「エスカー」なる文字があり、上まで楽に行けるとの振れこみ。私はロープウェイかと思いましたが、単なるエスカレーターを「エスカー」と称して、商売していました。当然、そんなものには目もくれずに、約1時間で江の島の頂上にたどり着きました。江の島の上にある白い塔は展望台だったんですね。しかもかなりの高さ、海抜119 m。この展望台のよいところは、ガラス張りお展望室だけではなく、その外に出ることができるところです。展望台の下では風はほとんど吹いていませんでしたが、展望台頂上は突風が吹き荒れており、スカートの女性はマリリン・モンロー状態でした。037.gif
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 雲が多くて、残念ながらまるい夕陽を見ることができませんでしたが、うっすらと富士山を見ることが出来ました。そして日も沈み、夕焼けに染まった富士山とオレンジ色の空と海が広がっていました。058.gif058.gif058.gif

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(五木ひろし/契り)

契り(作詞:阿久悠、作曲:五木ひろし、歌:五木ひろし)060.gif

あなたは誰と ちぎりますか
永遠の心を 結びますか

波のうねりが岸にとどく
過去の歌をのせて
激しい想いが 砕ける涙のように
緑は今も みずみずしいか
乙女はあでやかか
人の心は鴎のように
真白だろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

朝の光が海を染める
生きる夢に満ちて
まぶしい願いが きらめくいのちのように
流れは今も 清らかだろうか
子どもはほがらかか
人はいつでも桜のように
ほほえむだろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに


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by ryott-ryott | 2010-07-25 12:18 | いざ鎌倉へ | Comments(0)

いい歳、りょうちゃん、いざ鎌倉へヽ(^o^)丿

旅行・地域

KICKPOPさんとの再会の宴016.gif
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3連休初日はKICKPOPさんとの楽しい再会を果たし、2日目は大井町湯屋で隈ちゃんエアロ。先週の日曜日、3ヵ月ぶりに隈ちゃんエアロに参加したっところ、重くなっているからだのせいか、終了後にはバテバテになってしまい、出るつもりでいたヨガに参加する余力がありませんでした。しかし、一度、やれば感覚がよみがえってきて、今週は隈ちゃんエアロとらてこんさんのヨガをセットで参加できました。ヨガの時間に奇声を発すると言っていた、エルビーさんはいらっしゃいませんでした。037.gif

銭洗弁天
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そして3連休最終日、海の日は「いざ鎌倉へ」行きました。江ノ島で夕景を撮影するためです。朝から青空が広がり、気温はうなぎ登り。こんな暑い日は普通ならば、家で大人しくしているのですが、鎌倉を歩きながら、有酸素運動をして、ついでに写真も撮ってしまおうという欲張りな計画です。
品川から横須賀線に乗って、いざ鎌倉へ。もう紫陽花の季節はとっくに終わっていましたが、紫陽花で有名な長谷寺を経て江ノ島を目指すことにしました。途中、銭洗弁天にも立ち寄り、持っているお金を洗って、長谷寺を目指しました。056.gif

途中、こんな可愛いものも売っていました056.gif
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この時、気温は30 ℃は悠に超えていたと思います。歩を進めるごとに、とめどなく汗が流れおち、持っていたハンカチとタオルがびしょびしょになってしまいました。これを毎日やれば、痩せること、間違いなし。
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銭洗弁天から長谷寺へ行く途中、鎌倉大仏にも立ち寄りました。こんなところに鎌倉大仏があったとは。子どもの頃、遠足で行ったはずだったのに、全く覚えておりませんでした。040.gif

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(やしきたかじん/東京)

東京(作詞:及川眠子、作曲:川上明彦、歌:やしきたかじん) 060.gif

あんたとなら
いつ死んでもかまわへん
わすれないで
そんな女いたことを

見上げた空さえも
冷たい色やけど
あたしが本気で惚れたひと
そう生まれた街やから

いとしさも 憎しみも
すべてすべて ぎゅっと抱きしめ
祈るように 今日も灯が
ともる東京

夢だけ見て
生きてるようなあんたやった
いつかあたし
待つことにも慣れてたよ
くすんだ風のなか
肩よせ暮らしたね
誰にも似てへんひとやけど
本物の愛をくれた

悲しくて 悔しくて
泣いて泣いてばかりいたけど
かけがえのないひとに
逢えた東京

痛いほど好きなのに
なんでなんで別れたんやろ
いまもまだ 胸の奥
揺れる東京

悲しくて 悔しくて
泣いて泣いてばかりいたけど
かけがえのないひとに
逢えた東京


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鎌倉幕府を開いた源頼朝の妻「北条政子」、本来なら「源政子」と呼ばれるはずですが、このころはまだ「妻問い婚(つまどいこん)」の時代で、夫が妻の家を訪れる形式のため、妻はまだ実家の姓を名のる習慣だったといいます。現在は妻が夫の家に嫁入りする「嫁入り婚」は政子の死んだあと、鎌倉後期になってからと言われています。

政子は頼朝の死後、剃髪をして「尼将軍」と呼ばれ、前将軍夫人、新将軍の母として、幕府内の実力者として君臨しました。「北条政子」と聞いただけで、気性の強い女のイメージが浮かびます。父がすすめた結婚を嫌い、婚礼の夜、逃げ出して流人であった頼朝のもとへ駆け落ち同然で走ります。
 鎌倉幕府創立後、将軍夫人として誉高く、義経の愛妾静御前を助けた話も有名です。
夫の死後、頼家、実朝、二人の息子を将軍にたてながらも非業の死を遂げさせる原因をつくったのも政子自身でした。実朝が自分の甥によって殺された後、鎌倉幕府を倒すことを虎視眈々と狙っていた後鳥羽上皇から鎌倉幕府に与(くみ)するものは朝敵とされながらも、武者たちの前で大演説をして、承久の乱で上皇軍を打ち破ります。政子の話を聞いた武将たちは、感極まって、はらはらと落涙したと言います。そして、最後には北条家に将軍家を継がせています。波乱万丈の人生を歩んだ女性の一人でしょう。
 「吾妻鏡」には嘉永元年(1225年)7月11日、北条政子が69歳で死んだことが簡単に記されています。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)


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そして長谷寺へ。長谷寺には可愛らしいお地蔵さまがたくさん安置されていました。観音堂にはとても立派な観音様が安置されていましが、こちらは撮影禁止。
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長谷寺の展望台から見た湘南の海
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ふれあい観音
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可愛らしいお地蔵さん058.gif
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和み地蔵
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(五木ひろし/契り)

契り(作詞:阿久悠、作曲:五木ひろし、歌:五木ひろし)060.gif

あなたは誰と ちぎりますか
永遠の心を 結びますか

波のうねりが岸にとどく
過去の歌をのせて
激しい想いが 砕ける涙のように
緑は今も みずみずしいか
乙女はあでやかか
人の心は鴎のように
真白だろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

朝の光が海を染める
生きる夢に満ちて
まぶしい願いが きらめくいのちのように
流れは今も 清らかだろうか
子どもはほがらかか
人はいつでも桜のように
ほほえむだろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに


To be continued.038.gif
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by ryott-ryott | 2010-07-21 00:16 | いざ鎌倉へ | Comments(2)

KICKPOPさんとの再会、「101回目のブログ記事」ヽ(^o^)丿

旅行・地域
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先週の参議院選挙の投票で行った戸越小学校。二宮尊徳の像がなくなっていました。
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卒業後30数年経って、校舎も校庭も小さく感じました。071.gif
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職員室前の庭がだいぶ変わっていました。056.gif
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保健室の場所は、昔と同じでした。040.gif

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自分でもわかりませんでしたが、前回のブログ記事は100回目であったようです。だから、今回は101回目。「101回目のブログ記事」、行ってみましょう。038.gif

職場が変わってから、2週間。仕事の内容もだいぶ変わって、肉体労働はまったく無くなりました。トイレに行くこと、お茶を買いに行くこと以外は、朝から帰るまでずっと椅子に縛り付けられています。肉体労働が無いので、疲れないかと思うと、これがかなり疲れます。おそらく達磨大師はかなり疲れていたのではないでしょうか。適度に体を動かすことも大事だと思います。070.gif

そしていつもの土曜日、肉体労働をしていないのに中国整体に行くと背中と腰が凝っていると言われました。その先生は、ついに新しいカメラを購入されたそうです。Nikon D700。レンズも新調されて、今日18日の横浜花火大会へ花火を撮りに行くとおっしゃっていました。梅雨も明けて、連日の好天続きなので、さぞかし、きれいな花火が撮れるのではないでしょうか。
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仕事帰り、夕方に撮った隅田川の写真です。向こうに見えるは勝鬨橋。
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ビルの間から太陽が覗いています。058.gif
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勝鬨橋から見た、佃大橋。

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散りぬべき時知りてこそ世の中の 花も花なれ人も人なれ 細川ガラシャ

明智光秀の三女、名前は玉、絶世の美女でした。玉は織田信長のすすめもあり細川藤孝(幽斎)の長男忠興に嫁ぎました。その当時は政略結婚がほとんどでしたが、この二人は相思相愛の仲でした。あるとき、庭の植木を剪定に来た植木屋が玉に挨拶しているのが余りにも近過ぎると言って、忠興が植木屋を叩き斬ってしまったほどです。玉は容姿端麗、英明な女性として聞こえていました。
それが、突如、父光秀による本能寺の変が起こり、事後光秀から親戚である藤孝、忠興父子に加勢の依頼がありましたが、勝敗の帰趨を見通してか、父子はそれを拒絶し秀吉方につきました。忠興は玉が逆臣光秀の娘だけに心を配り、離婚の形を取って丹後半島味土野山中に隠棲させました。
夫の忠興は秀吉にも愛されましたが、その養子の秀次からも可愛がられていました。忠興はそれに甘えて、黄金100枚を借りています。妻が光秀の娘であるため、忠興は秀吉から謀反の疑いをかけられてしまいますが、ふた心(裏切りの心)ないことを誓いました。秀吉はその証として、借りていた黄金100枚をすぐに返すように要求します。この黄金100枚は現在の価値にすると2億~3億円、忠興に返せる充てがありませんでした。しかし、この黄金100枚を貸してくれた人物がいました。黄金100枚で人ひとり買えたら安いものだと言って、徳川家康が貸してくれたのです。
やがて秀吉が天下を統一した機会に、家康からのはからいで、玉は許されて忠興のところに戻りました。

大阪城下玉造に住んだその頃、心の安らぎを求め、高山右近の唱えるキリシタンの教えに感動し、洗礼を受けてガラシャ(伽羅奢)の名を受けました。


慶長3年(1598年)秀吉が死に、同5年には関ヶ原の合戦が始まります。実は忠興が秀次から黄金100枚を借金していることを調べ上げたのは石田三成です。忠興と三成は犬猿の仲でした。石田三成はその前夜、石田三成は城下の武将夫人を人質として入城することを強要します。しかし、忠興は徳川方に従い東軍につきました。
ガラシャは人質になることを敢然と拒否し、細川家の屋敷のそこここに爆薬を仕掛けて、自分が死んだあとに屋敷に火を放つように命じて、家臣に胸を突かせて自決しました。慶長5年(1600年)7月17日、37歳でした。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)



(五木ひろし/契り)

契り(作詞:阿久悠、作曲:五木ひろし、歌:五木ひろし)060.gif

あなたは誰と ちぎりますか
永遠の心を 結びますか

波のうねりが岸にとどく
過去の歌をのせて
激しい想いが 砕ける涙のように
緑は今も みずみずしいか
乙女はあでやかか
人の心は鴎のように
真白だろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

朝の光が海を染める
生きる夢に満ちて
まぶしい願いが きらめくいのちのように
流れは今も 清らかだろうか
子どもはほがらかか
人はいつでも桜のように
ほほえむだろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

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中国整体の後は、大井町湯屋に行きました。よくお会いするおじさんが「また太ったんじゃないのか」といつものお小言。そして「飲んでばかりいるから、太るんだよ」と更なるお叱り。私の方から、「飲んでも太らないようにするには、どうしたらいいのですか?」と尋ねたところ、そのおじさんは「飲んでも、吐いてしまえばいい。吐くまで飲めば、太らない。おれはいつもそうしている。」となかなか理にかなった回答でした。037.gif
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おじさんのアドバイスをいただいて、プールで大暴れアクアをやりました。いつものたちの悪いババァどもはいましたが、3連休初日とあってか、いつもよりは少ない人の入りでした。それにしても、たちの悪いばあさんどもは、アクアビクスを温泉の湯治と間違えているのではないでしょうか、場所がプールではなく、川や海なら身投げの水死体と間違えてしまうでしょう。水死体なら物を言わないのだけれど、たちの悪いことに“水死体”連中は私のアクアに文句をつけて来ます。私も「悔しかったら、やってみろ!」とたちの悪い水死体に応戦。水死体のババァどもは、アクアビクスを湯治場と間違えているばかりではなく、「自分たち年配者は年下の者から尊敬されて当たり前だ。」という、間違った考えを持っています。ただ無駄に年齢を重ねただけで、若い人たちの手本にもなれないような連中が決して尊敬されるはずがないことを、三途の川の向こうでよく考えなおして来いと、教えてやりたい思いで、怒りの大暴れアクアをやりました。
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(やしきたかじん/東京)

東京(作詞:及川眠子、作曲:川上明彦、歌:やしきたかじん)060.gif

あんたとなら
いつ死んでもかまわへん
わすれないで
そんな女いたことを

見上げた空さえも
冷たい色やけど
あたしが本気で惚れたひと
そう生まれた街やから

いとしさも 憎しみも
すべてすべて ぎゅっと抱きしめ
祈るように 今日も灯が
ともる東京

夢だけ見て
生きてるようなあんたやった
いつかあたし
待つことにも慣れてたよ
くすんだ風のなか
肩よせ暮らしたね
誰にも似てへんひとやけど
本物の愛をくれた

悲しくて 悔しくて
泣いて泣いてばかりいたけど
かけがえのないひとに
逢えた東京

痛いほど好きなのに
なんでなんで別れたんやろ
いまもまだ 胸の奥
揺れる東京

悲しくて 悔しくて
泣いて泣いてばかりいたけど
かけがえのないひとに
逢えた東京

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記念すべき「101回目のブログ記事」では水死体への怒りの記事を書きたかったわけではありません。アメリカ・コロラド州のデンバーで大活躍されている、あのKICKPOPさんとの2年ぶりの再会を果たすことが出来ました。POPさんは6月中旬に日本へお里帰り、6週間、日本に滞在される予定です。その忙しい合間を縫って、昨日、大井町湯屋仲間の方に会いに来てくれました。024.gif

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湯屋からは、このブログの愛読者である湯浅さん御夫妻、いつも湯屋で女性にちょっかいを出している晴れ男さん、最年長者の阿部ちゃん、そして、この1ヵ月ほどで6 kgの減量に成功したエルビーさんが参加。それから、POPさんの妹さんも来ていただきました。
POPさんの御主人は7月はじめに一足先にアメリカに御帰国、折角、エルビーさんが英会話を練習していたのに残念でした。037.gif

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料理の撮影をするPOPさん016.gif
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湯浅さんの足を撮影するPOPさん016.gif
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エビフライを撮影するPOPさん016.gif
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突然歌いだすエルビーさん041.gif
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POPさんは2年前にお会いした時と、全く変わらない若々しさ。ブロガーでもあるPOPさんは料理が運ばれてくるとお写真を撮っていらっしゃいました。次回の更新が楽しみです。実は7月4日にPOPさんは妹さんとお二人でエルビーさんのライブに行くはずでしたが、エルビーさんのアバウトな説明のため、会場にたどり着けず、ライブを見に行くことが出来なかったそうです。エルビーさんは、この日、POPさんに会うことが出来て、感慨もひとしおだったようです。049.gif
また妹さんはワインのテースティングをするお仕事をされているためか、POPさんとは違って、お酒がかなりいける口のようです。次回からは大井町湯屋の禊(みそぎ)の会に参加してくださるそうです。
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いま大井町湯屋の有酸素のレッスンは低調ですが、アメリカではどのレッスンも参加する方が“のりのり”で、ヨガのときでも奇声を発する方がいるそうです。エルビーさんが日曜のらてこんさんのヨガでやってくれるそうです。041.gif
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晴れ男さん、湯浅さんとPOPさんとのフィットネス談義がひとしきり続き、楽しい再会となりました。晴れ男さんは湯屋ではトレーニングにより研鑽を日々積んでいますが、最近は若い女性からも指導を求められているようであり、よい評判をもらっていますね。理枝ちゃんには内緒にしておきます。041.gif041.gif
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時間が経つのが、あっという間であり、賑やかに夜が更けちきました。そして、いつものように最後は記念撮影。皆さんのカメラでかわるがわる撮影。次回また、お会いすることを誓いあい、POPさんとお別れしました。あと2週間、梅雨明けの真夏の日本を楽しんでください。

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POPさん、アメリカのお土産ありがとうございます。058.gif
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by ryott-ryott | 2010-07-18 13:58 | KICKPOPさん | Comments(4)

Cafe La Bohemeで暑気払いヽ(^o^)丿

旅行・地域
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2週間ほど前に大学の研究室の同窓会に出席した報告をしました。このときに日経キャリア「受験から就職まで 親と子のかしこい大学選び2011年版」(日経キャリアマガジン特別編集)で、大学3年生と大学院1年生を主に対象にした「本当の就職力が育つ大学ランキング」の調査があり、上智大学が総合1位に選ばれたというお話が理工学部長の早下先生からありました。その本が店頭に売っていたので買いました、980円。
分析結果に「サークル・部活の加入率の質問に対して、加入していると回答した割合が82 %と最も高く、社会で求められる年齢差の異なる人とのコミュニケーション力を身につけている学生が多いようである。」との記述があり、今でもそうですが、上の人の言うことを聞かなかった自分の経験を考えると、今の学生さんは随分お利口さんになっているようです。
また理工学部の新建屋をどこに建てるかについて、いろいろな議論があるようですが、大井町湯屋仲間のえっちゃんから、看護学科を新設する計画があるとの新情報を聞きました。この間の同窓会では、そんな話は出ていませんでした。看護学科は理工学部の中に出来るのでしょうか、楽しみです。

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そして、今日、一週間ぶりに大井町湯屋に行きました。職場が変わって日曜日出勤もなくなり、18:00には帰宅できる毎日ではありましたが、先週から腰痛がひどく、もともと猫背であるものの、背筋を伸ばせないほどの痛みがあり、湯屋でのワークアウトを自重していました。痛み止めを飲んでも、効く時と効かない時があって、今日、いつもの中国整体の施術を受けて、ようやく何とかなったという感じです。026.gif
先週の試飲会以来、今日も含めて1週間まったくお酒を口にしていないのですが、会う人みんなから「太ったんじゃないの」「太ったね」と冷たく言われ続け、今日、床屋のチャコちゃんからも「太ったんじゃないの」と言われて鏡を見ると、顔はパンパンでした。明日から真面目に運動をやろうと思います。
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今日の中国整体はダブルブッキングではありませんでした。いつものように施術中はカメラ・写真談義。先生はNikonのD3Xの購入を検討中であり、毎日、価格.comで価格をチェックしているそうです。Nikon D3Xは別名「風景王」と言われており、このカメラ1台あれば、自分の目で見た風景をそのまま切り取って写真におさめることが出来るとのことです。しかし宮仕えの私にはなかなか手が出せる代物ではありません。
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 明治の文豪の一人、森鴎外は島根県津和野の出身。津和野藩のご典医をしていた関係もあってか、東大医学部を卒業すると軍医になりました。
 本名は森林太郎。作家の森於蒐(おと)、小堀杏奴(あんぬ)さんは、その遺児です。明治17年(1884年)から明治21年(1888年)まで、陸軍から派遣されてドイツに留学していたので、ドイツ人の名前をもじってつけられたといわれています。
 軍医としては最高位の陸軍軍医総監、陸軍省医務局長などをつとめ、退官後も、宮内省所管の帝室博物館長、図書館長、帝国美術院初代院長などを歴任しました。
 その多忙な生活の中で、近代日本文学の中でも古典といわれる、数々の名作を残しました。
 『舞姫』『うたかたの恋』『ヰタ・セクスアリス』『雁』『阿部一族』『山椒大夫』『高瀬舟』『渋江抽斎』など。大正11年(1922年)7月9日、東京本郷の自宅“観潮楼”で亡くなりました。享年61歳でした。
 死の3日前、親友の賀古鶴所を招いて、遺言を口述筆記させましたが、その気魄のこもった文章と、鴎外の人となりがよくわかるというので、鴎外の墓のある東京三鷹の禅林寺境内に「遺言碑」が建てられました。

「死ハ一切ヲ打チ切ル重大事件ナリ。奈何(いか)ナル官憲威力ト雖(いえども)此ニ反抗スル事ヲ得ズト信ズ。余ハ石見人森林太郎トシテ死セント欲ス。宮内省陸軍皆縁故アレドモ生死別ルル瞬間アラユル外形的取扱ヒヲ辞ス。森林太郎トシテ死セントス。・・・・・」

明治人の気骨があふれています。臨終の際も、床に袴をつけて横たわり「ばかばかしい」のうわごとを最後に亡くなったといいます。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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Mistyさん、旦那ちゃんを置いてけぼりにしています。037.gif
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てらりんさん、これから毎日、沼津でおいしい魚を食べれるようです。038.gif
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中村さん、土曜日出勤でたいへんお疲れのようです。070.gif
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みなさん、顔が光っています。
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さきほど、今週はまったくお酒を口にしていないと書きましたが、7月6日火曜日に飲んでいました。この日、湯屋仲間のmistyさんから「暑気払いをしましょう」とのお誘いで、白金にあるCafé La Boheme(何と発音するのでしょうか)へ連れて行ってもらいました。てらりんさん、中村さんにも、久しぶりにお会いすることが出来ました。中村さんはお仕事が変わって、私とは逆に毎日お忙しい日々を送っているそうであり、土曜日出勤もざらにあると嘆いていらっしゃいました。また、てらりんさんは7月から3ヵ月も沼津へ長期出張。たまたま、この日は東京での勤務だったようですが、これからしばらくの間は沼津での生活が続くそうです。ご本人は会社の寮に入らなければならないことが気に入らないようですが、私から見れば、毎日、沼津のおいしい魚を食べることが出来て、羨ましい限りです。最後には静岡のお土産までいただいて、本当にありがとうございました。てらりんさん、東京に帰ってきた折には、また一緒に湯屋で異常者一派を蹴散らしましょう041.gif
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Mistyさん、お洒落なお店に誘っていただき、ありがとうございました。今日、湯屋で旦那ちゃんにお会いしました。次回は旦那ちゃんも御一緒に、お洒落なお店に連れて行ってくださいね。024.gif


(五木ひろし/契り)

契り(作詞:阿久悠、作曲:五木ひろし、歌:五木ひろし)060.gif

あなたは誰と ちぎりますか
永遠の心を 結びますか

波のうねりが岸にとどく
過去の歌をのせて
激しい想いが 砕ける涙のように
緑は今も みずみずしいか
乙女はあでやかか
人の心は鴎のように
真白だろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

朝の光が海を染める
生きる夢に満ちて
まぶしい願いが きらめくいのちのように
流れは今も 清らかだろうか
子どもはほがらかか
人はいつでも桜のように
ほほえむだろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

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(やしきたかじん/東京)

東京(作詞:及川眠子、作曲:川上明彦、歌:やしきたかじん)060.gif

あんたとなら
いつ死んでもかまわへん
わすれないで
そんな女いたことを

見上げた空さえも
冷たい色やけど
あたしが本気で惚れたひと
そう生まれた街やから

いとしさも 憎しみも
すべてすべて ぎゅっと抱きしめ
祈るように 今日も灯が
ともる東京

夢だけ見て
生きてるようなあんたやった
いつかあたし
待つことにも慣れてたよ
くすんだ風のなか
肩よせ暮らしたね
誰にも似てへんひとやけど
本物の愛をくれた

悲しくて 悔しくて
泣いて泣いてばかりいたけど
かけがえのないひとに
逢えた東京

痛いほど好きなのに
なんでなんで別れたんやろ
いまもまだ 胸の奥
揺れる東京

悲しくて 悔しくて
泣いて泣いてばかりいたけど
かけがえのないひとに
逢えた東京

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青い鳥を見つけてください
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正解058.gif
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by ryott-ryott | 2010-07-11 01:08 | おいしい | Comments(0)

日本酒試飲会で鰺ヶ沢回顧ヽ(^o^)丿

旅行・地域
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7月から勤務先が月島に変わりました。前の職場の方から先週と今週、2回も送別会をしていただきました。新しい職場までの通勤時間はDoor to Doorで40分ほど、いままでと30分も短縮されました。月島といえば、「もんじゃ焼き」が有名のようであり、飲食店の大部分が「もんじゃ焼」屋さんであり、それ以外の店を見つける方が大変です。そして遠くの方には建設中の東京スカイツリーが見え、隅田川が流れています。梅雨が明けて、天気がよくなったら、カメラ片手に歩いてみたいと思います。070.gif
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中国隋の時代の記録には、600年に氏名不詳の倭王の使者が来たことが記録されています。
『日本書紀』には、推古15年(607年)7月3日、大礼(冠位12階の第5)小野臣妹子(おののおみいもこ)が、第1回の遣隋使として出発したと書かれています。
 わが国では、この遣隋使以降、遣唐使を含め19回の渡航が行われましたが、船団が無傷で往復したのはわずか1回だけだったといいます。
 それだけに、第1回、第2回とも遣隋使の正使として隋との往復を果たした小野妹子の苦労は大変でした。

 小野氏は『新撰姓氏禄』によりますと、近江国滋賀郡小野村に住んでいたので小野氏を称したと記されています。有名な小野小町、小野篁(たかむら)、小野道風などの祖にあたります。
 このとき隋の煬帝(ようだい)に奉呈した国書が問題になりました。「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙(つつが)なきや云々」と書かれていたからです。
 煬帝は「蛮夷(ばんい)の書、無礼なる者あらば、復(ま)た以聞(いぶん)する勿(なか)れ(今後、報告するな)」と不快感を示しましたが、朝鮮半島高句麗征討を目前にしていましたので日本を無視出来ず、小野妹子の帰国にあたって、裴世清(はいせいせい)を答礼の使者として派遣しました。

 煬帝の国書も「皇帝、倭王を問う」という、臣下扱いの無礼な内容が書いてありました。このため、推古16年(608年)9月、裴世清の帰国に際し、小野妹子は再び遣隋使として中国へ派遣されました。
 このときの国書も「東の天皇、西の皇帝に白(もう)す」という、相手を見下す内容でした。
 間に入った小野妹子は気の毒です。帰国後ノイローゼで死んだのでしょうか、没年不詳です。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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そしていつもの土曜日。やはり今週も朝一番目のエアロはスキップしてしまい、中国整体へ行きましたが、先生がダブルブッキングで他の方の予約を入れていました。仕方がないので、少し早目の昼食を摂りに「木もれび」さんへ行くと、ローリング療法の臼井さんに逢いました。臼井さんのお子さんは2歳を過ぎたとこと、お子さんを保育所に預けて、週3回大井町の整体院でローリング療法をやっているそうです。
 その後、大井町湯屋へ行って、珍しくトレーニングと、大暴れアクアをやりました。今日のアクアは強度が少なく、運動になりませんでした。もう少し勉強してもらいたいものです。



(五木ひろし/契り)

契り(作詞:阿久悠、作曲:五木ひろし、歌:五木ひろし)060.gif

あなたは誰と ちぎりますか
永遠の心を 結びますか

波のうねりが岸にとどく
過去の歌をのせて
激しい想いが 砕ける涙のように
緑は今も みずみずしいか
乙女はあでやかか
人の心は鴎のように
真白だろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

朝の光が海を染める
生きる夢に満ちて
まぶしい願いが きらめくいのちのように
流れは今も 清らかだろうか
子どもはほがらかか
人はいつでも桜のように
ほほえむだろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに


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夕方は「じゃんけんぽん」で日本酒の試飲会がありました。そして、その試飲会に湯屋仲間でボディビルの大会に挑戦していた湯浅さんも来てくれました。湯浅さんは過酷なダイエットとトレーニングで体調を崩してしまい、今期の挑戦は見送ることにしたそうです。久しぶりにお会いしましたが、だいぶ体が小さくなってしまったような気がします、私とは対照的。湯浅さんがおっしゃるには、ここまで減量すると、今や何を食べても太らない体になるそうです。何とも羨ましいかぎりです。066.gif
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私が先日青森の鯵ヶ沢へ行った話に及ぶと「わさお」の写真を撮らなかったのかと聞かれました。確かにイカ焼き屋の横に犬小屋があり、薄汚れた白い犬がいました。私は干してあるイカと鮭を写真に撮りましたが、その犬は撮りませんでした。そして、何人もの観光客のような人が自動車から降りて、こきたない犬を見に来ており、写真を撮っていくのが不思議でしたし、ホテルのお土産物コーナーに犬のTシャツが売っていることも、たいへん不思議でした。この犬は「わさお」という名前で、秋田犬にもかかわらず秋田犬のような精悍さはなく、ぶさいくなところが人気を呼び、全国に紹介されているそうです。中丸さんから何で写真を撮らなかったんだとお叱りを受けました。

今日の試飲会は「わさお」のような方ばかり来ていました。
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今、写真を見ると「わさおの店」と書いてありますね。店の名前ではなく、犬の名前だったのですね。038.gif
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湯浅さん、トレーニングを積んで、すっかり精悍な体つきに。お腹も縦に割れていました。066.gif
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お腹が横に割れている三共第一製薬のみなさん、きれいな人は一人もいませんでした。041.gif
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細野さん御夫妻、すでに寝ています。014.gif037.gif
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中丸さん御夫妻。次回、鯵ヶ沢へ行くことがあったら、「わさお」を撮って来ます。061.gif

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(やしきたかじん/東京)

東京(作詞:及川眠子、作曲:川上明彦、歌:やしきたかじん)060.gif

あんたとなら
いつ死んでもかまわへん
わすれないで
そんな女いたことを

見上げた空さえも
冷たい色やけど
あたしが本気で惚れたひと
そう生まれた街やから

いとしさも 憎しみも
すべてすべて ぎゅっと抱きしめ
祈るように 今日も灯が
ともる東京

夢だけ見て
生きてるようなあんたやった
いつかあたし
待つことにも慣れてたよ
くすんだ風のなか
肩よせ暮らしたね
誰にも似てへんひとやけど
本物の愛をくれた

悲しくて 悔しくて
泣いて泣いてばかりいたけど
かけがえのないひとに
逢えた東京

痛いほど好きなのに
なんでなんで別れたんやろ
いまもまだ 胸の奥
揺れる東京

悲しくて 悔しくて
泣いて泣いてばかりいたけど
かけがえのないひとに
逢えた東京

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by ryott-ryott | 2010-07-04 12:52 | 日本酒試飲会 | Comments(2)