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日本百名山20座目を目指して、庄内平野へヽ(^o^)丿

旅行・地域
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9月秋分の日の3連休に1日足して、4連休にして山形県庄内に行ってきました。今回の大きな目的は最上川の向こうの日本海に沈む真っ赤な夕日を撮るためです。そして、日本百名山のひとつ、出羽富士・鳥海山に登ることも決めていました。058.gif
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前回報告したように9月21日は台風15号が日本を縦断し、翌22日は台風一過でさわやかな一日になるのではないかと思いましたが、庄内平野は雲が多く、時折雨が降る空模様でした。当初は22日に移動して、23日秋分の日に鳥海山に登る予定にしていましたが、天気予報では23日もはっきりしない空模様であり、天気が回復する24日土曜日に鳥海山へ行くことにしました。
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羽田空港では境港市のキャンペーンをやっていました。前日の台風の影響か欠航便もあり、羽田空港は混雑していました。
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22日、東京は台風一過でとてもいい天気、スカイツリーも見えました。058.gif
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(中島みゆき/宙船)

宙船(作詞、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は今どこに ふらふらと浮かんでいるのか
その船は今どこで ボロボロに進んでいるのか
流されまいと逆らいながら
船は挑み 船は傷み
すべての水夫が恐れをなして逃げ去っても
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は自らを宙船(そらふね)と 忘れているのか
その船は舞い上がるその時を 忘れているのか
地平の果て 水平の果て
そこは船の離陸地点
すべての港が灯りを消して黙り込んでも
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

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 昭和22年(1947年)の刑法改正まで、「大逆罪」が生きていました。天皇、皇后、皇太子などに危害を加え、また加えようとしたものは、すべて死刑に処せられました。

明治44年(1911年)1月、その大逆陰謀の首謀者として絞首刑になったのが明治の社会主義者・幸徳秋水です。彼は本名伝次郎、明治4年(1871年)9月22日、高知県中村市に生まれました。上京して「万朝報」「平民新聞」の記者をしながら、マルクスの『共産党宣言』を訳載したり、日露戦争反対の論陣を張ったりしていましたが、渡米後はアナーキズム(無政府主義)に偏向し、言動が過激になってきました。

 彼の天皇暗殺計画なるものも、今でいう“デッチアゲ”で、現在の裁判なら無実だったでしょう。東京監獄跡地にある記念碑、出身地中村市の墓前では、今でもよく追悼の記念集会や、彼を偲ぶ墓前祭が催されています。

 彼についてこんなエピソードがあります。
 明治43年(1910年)のある日、秋水は自宅で翻訳の仕事をしていました。隣の部屋で近所の子どもたちがコックリさんをして遊んでいました。お盆を回して、その回った回数で結婚が結婚が何年先か、などを占う遊びです。秋水は楽しそうな笑い声に顔を出し、「ひとつ社会主義の時代がいつくるか、やってみてくれ」と頼みました。盆はいきおいよく35回もまわりました。秋水は「あと35年先か、おれが75歳のときだ」とニッコリほほえんだといいます。

 それから35年後は、偶然にも昭和20年(1945年)終戦の年です。社会主義の国にはなりませんでしたが、社会主義運動が弾圧されない時代にはなりました。コックリさんのお告げも当たらずとも遠からずです。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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(AKB48/フライングゲット)

フライングゲット
(作詞 秋元康、作曲:すみだしんや)
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Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na
Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na

ギラギラッ 容赦ない太陽が 強火で照りつけるon the beach
自惚れ温度は急上昇 落ち着かないのは真夏の性(さが)だね
2人 目が合えば なぜか逸らすのに
僕を またすぐ見る 君って もしかしてもしかして

フライングゲット 僕は一足先に 君の気持ち今すぐ手に入れようか
フライングゲット 何か言われる前に 心の内 ビビッと感じるままに
誰といても(誰といても) 微笑み方で(微笑み方で)
君が僕に恋を恋をしてるのは鉄板

フライングゲット 
だから 誰より早く 君のハートのすべて 僕のもの
好きだからラブ・フラゲ!

クラクラッ 動揺した純情で 砂浜 チラ見してたビキニ
告白ウェルカムさ おいで! 素直にならなきゃ楽しくないぜ!

その目 誘ってる 僕に来てくれと
それが妄想としても 声を掛けてみなきゃ始まらない

フライングゲット 君に空振りしても 当たってくだけろ
あるある 男じゃないか?
フライングゲット いつも やるだけやるさ
黙ってみてても 恋は売り切れるよ
勇み足でも(勇み足でも) 一番乗りで(一番乗りで)
僕が君にゾッコンゾッコンなのは無双

フライングゲット
予約 待ってるような まわりの男たちを出し抜いて
得意げにラブ・フラゲ!

フライングゲット 僕は一足先に君の気持ち 今すぐ手に入れようか
フライングゲット 何か言われる前に心の内 ビビッと感じるままに
誰といても(誰といても) 微笑み方で(微笑み方で)
君が僕に恋を恋をしてるのは鉄板
フライングゲット
だから 誰より早く 君のハートのすべて 僕のもの
好きだからラブ・フラゲ!

Na Na Na Na Na Na Na Na Na
Na Na Na Na Na Na Na Na Na
Na Na Na Na Na Na Na Na Na
Na Na Na Na Na Na Na Na Na

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22日は移動日なので、庄内空港に着くとすぐに今日から3泊する「眺海の森さんさん」へ向かいました。この眺海の森さんさんからの眺めは素晴らしく、西側に庄内平野を蛇行する最上川が日本海へ続いており、その日本海へ夕方夕陽が沈みます。しかし今日の庄内地方はあいにくの曇り空で、今にも雨が降りそうな空模様でした。
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今日は残念ながら夕日は見れないだろうと思い、眺海の森さんさんの周りを散歩しました。
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森林学習展示館、ここは無料で入館できます。
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酒田市眺海の森天体観測館 コスモス童夢、入館料は100円です。
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コスモス童夢には天体望遠鏡があり、日中は太陽の黒点、プロミネンス、フレアを、夜間は星空を観測しており、訪れた観光客に見せてくれます。太陽の黒点やプロミネンスは、太陽の磁気の乱れが影響して現れるそうです。現在は太陽と逆方向に天王星、海王星が見頃です。しかし、この曇り空のため、今日は観測をしていませんでした。
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薬師の峰。ここから眺める最上川が一番いいそうです。
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散歩コース、熊が出ると言われていたので気味が悪かったです。「ふるさと」を歌いながら歩きました。
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ひょうたん池。
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曇り空で夕陽は見えませんでしたが太陽柱(サンピラー)が見えました。058.gif
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(福山雅治/家族になろうよ)

星の砂(作詞:福山雅治、作曲:福山雅治、歌:福山雅治) 060.gif


「100年経っても好きでいていいね」
みんなの前で困らせたり
それでも隣で笑っていてくれて
選んでくれてありがとう

どれほど深く信じ合っても
わからないこともあるでしょう
その孤独と寄り添い生きることが
「愛する」ということかもしれないから・・・・・

いつかお父さんみたいに大きな背中で
いつかお母さんみたいに静かな優しさで
どんなことも越えてゆける
家族になろうよ

小さな頃は身体が弱くて
すぐに泣いて甘えてたの
いつも自分のことばかり精一杯で
親孝行なんて出来てないけど

明日のわたしは
それほど変われないとしても
一歩ずつ与えられる人から
与える人へとかわってゆけたなら

いつかおじいちゃんみたいに無口な強さで
いつかおばあちゃんみたいに可愛い笑顔で
あなたとなら生きてゆけるそんなふたりになろうよ

いつかあなたの笑顔によく似た男の子と
いつかわたしとおなじ泣き虫の女の子と
どんなことも越えてゆける
家族になろうよ

あなたとなら生きてゆける
しあわせになろうよ


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今日のおしきせ。
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山形の方言「もっけだの」。「もっけだの」とは「ありがとう」という意味だそうです。038.gif
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明日は湯殿山神社へ行き、
鳥海山登山の無事を祈ります。060.gif

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by ryott-ryott | 2011-09-27 23:09 | 出羽富士・鳥海山

いい歳、りょうちゃん、大雨の谷川岳ふたたびヽ(^o^)丿

旅行・地域
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9月21日(水)は台風15号が首都圏を直撃。私が職場から帰ってもよいと言われたのは16:30でした。もっと早く言ってもらいたいものです。057.gif057.gif

 たぶん一番風雨が強い時間帯だったのではないでしょうか。外は雨と風で傘は役に立ちませんでした。都営大江戸線に乗り、大門浜松町へ。しかしながらJR京浜東北線は予想通り運転見合わせでした。ふたたび大門から都営浅草線に乗って、中延駅を目指すことにしましたが、乗ってすぐに三田駅の前で10分以上ストップしてしまい、やっと三田駅に着いた途端に都営浅草線は運転見合わせ、再開の見込みなしとの放送。三田駅からJR田町駅に行きましたが、まだJRは動いていませんでした。18:05。職場を出てから90分以上経過していました。JRも当分動きそうもないので、風雨の中、歩いて大井町を目指すことにしました。歩いて帰るのはあの3月11日以来です。泉岳寺駅、品川駅の前を通過するまでは、やはり歩いて帰えろうとする人々で歩道はいっぱいでした。057.gif070.gif057.gif070.gif057.gif

 品川駅を過ぎると、人の流れはほとんどなくなりました。私は北品川駅、新馬場駅を通過し、第一京浜に沿って青物横丁駅まで辿り着きました。19:10。青物横丁まで来れば、大井町はもうすぐです。大井町駅に着いて、JRはもちろん動いていませんでしたが、東急大井町線も動いていませんでした。ホームの停車している電車は電気が消えており、ドアも閉まっていました。

 大井町湯屋から私の携帯へ電話があり、今日予約していたPTのトレーナーが電車が動かないため来ることができないので、今日の予約は取り消しにしてほしいとの連絡でした。

 自宅に着いたのは19:55でした。職場を出発して3時間25分が経過していました。JR京浜東北線が止まってしまうのはお決まりのことですが、振り替え輸送の都営浅草線、京急、メトロ、それに大井町線までも止まってしまうとは予想できませんでした。都市機能はいかに脆いかがわかります。
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さて9月最初の3連休の最終日19日敬老の日は倉持さんの特配で谷川岳に行ってきました。私は谷川岳には今年6月にも登っており、今回2回目でした。先週から天気予報をチェックしていると、どうも19日は雨のようでしたが、台風16号の進路がそれて、傘マークがとれたのは前日の18日でした。よしこさんも急遽キャンセルを取りやめて、参加することになりました。058.gif038.gif
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午前7時に上野に集合。乗鞍岳ツアーで一緒だった辻さんの姿がありました。今回の参加者はガイドさん4名を合わせて33名の大所帯でした。038.gif
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朝の東京は青空が広がり、小沢天気予報がうそのようです。しかし、谷川岳は夕方から雨模様の予報とのこと、やはり小沢天気予報は当たってしまうのでしょうか。
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ここで小沢天気予報について、ひとこと説明しておきます。小沢天気予報の「小沢」さんとはアミューズをよく利用するお客さんであり、小沢さんの話ではアミューズのツアーで倉持さんが担当するツアーのほとんどは雨になるそうであり、倉持さんはご自身のことを晴れ女だとおっしゃっていますが、実が真っ赤なウソで倉持さんは本当は雨女であるというのが小沢さんの主張です。北海道シリーズで小沢さんと倉持さんが言いあいをしているのがとても面白かったです。谷川岳のロープウェイ乗り場に着くまではとてもいい天気でした。058.gif
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バスの中で今日のコース説明をする白砂さん。
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お昼のお弁当。今回はちゃんと写真を撮りました。北岳のときはお弁当の写真を撮り忘れました。
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谷川岳ロープウェイ。青空が鮮やかです。058.gif
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コンドラの中で。服の色だけは鮮やかできれいです。037.gif
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天神平。出発前にここでお昼ご飯を食べました。
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準備体操。
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倉持さん、相変わらず、凄い柔軟性です。辻さんがタコみたいとおっしゃっていました。041.gif
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いよいよ出発。私は白砂・辻ガイドのAチーム。辻さんの楽しいトークを聞きながらの山登りです。038.gif
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素晴らしい眺望でした。
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Aチームの後ろで私やタッキーおじさんが写真を撮っていると、後続のB級チームから「モデル料100万円!」という声が聞こえてきました。本当に素晴らしいモデルさんなら、払ってあげたいところですが、服の色だけでは払えません。041.gif038.gif
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(中島みゆき/宙船)

宙船(作詞、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は今どこに ふらふらと浮かんでいるのか
その船は今どこで ボロボロに進んでいるのか
流されまいと逆らいながら
船は挑み 船は傷み
すべての水夫が恐れをなして逃げ去っても
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は自らを宙船(そらふね)と 忘れているのか
その船は舞い上がるその時を 忘れているのか
地平の果て 水平の果て
そこは船の離陸地点
すべての港が灯りを消して黙り込んでも
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

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 明治の俳壇に巨大な足跡を残した正岡子規は、明治35年(1902年)9月19日、東京台東区根岸の「子規庵」で、肺結核と腰部脊椎炎で亡くなりました。門弟に高浜虚子、伊藤左千夫、長塚節(たかし)など、そうそうたる顔触れがそろっていますので、年輩者かと思っていましたら、享年35歳でした。

 正岡常規
 又ノ名ハ処之助
 又ノ名ハ升
 又ノ名ハ子規
 又ノ名ハ獺祭書屋主人
 又ノ名ハ竹ノ里人
 伊予松山ニ生レ
 東京根岸ニ住ス
 父隼太郎松山藩御馬廻加番タリ卒ス
 母大原氏ニ養スル
 日本新聞社員タリ
 明治三十□年
 □月□日没ス
 享年三十□
 月給四十円

 これは子規自らしたためた墓誌で、東京田端の大竜寺のお墓には、そのまま刻まれています。子規が松山から上京したのは明治25年(1892年)、根岸に移ったのは27年(1894年)です。『病牀六尺』『墨汁一滴』などの名文を書いたのは、8年に及ぶ闘病生活をしながらでした。死の前日、病をおして詠んだのが次の句です。

 糸瓜咲いて痰のつまりし仏かな
 痰一斗糸瓜の水も間にあわず
 をととひのへちまの水も取らざりき

 子規は東大で落第したのが縁で、夏目漱石と親しくなりましたが、卒業後、漱石が子規のふるさと松山中学校の教師として赴任し、そこで名作『坊ちゃん』を書き上げたのですから奇縁です。
 松山市末広町の政宗寺には、子規の住居の一部が移築され、「子規堂」として保存され、その庭内の一部に『坊ちゃん』に出てくるチンチン電車が展示され、観光客の目を楽しませています。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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(AKB48/フライングゲット)

フライングゲット
(作詞 秋元康、作曲:すみだしんや)
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Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na
Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na

ギラギラッ 容赦ない太陽が 強火で照りつけるon the beach
自惚れ温度は急上昇 落ち着かないのは真夏の性(さが)だね
2人 目が合えば なぜか逸らすのに
僕を またすぐ見る 君って もしかしてもしかして

フライングゲット 僕は一足先に 君の気持ち今すぐ手に入れようか
フライングゲット 何か言われる前に 心の内 ビビッと感じるままに
誰といても(誰といても) 微笑み方で(微笑み方で)
君が僕に恋を恋をしてるのは鉄板

フライングゲット 
だから 誰より早く 君のハートのすべて 僕のもの
好きだからラブ・フラゲ!

クラクラッ 動揺した純情で 砂浜 チラ見してたビキニ
告白ウェルカムさ おいで! 素直にならなきゃ楽しくないぜ!

その目 誘ってる 僕に来てくれと
それが妄想としても 声を掛けてみなきゃ始まらない

フライングゲット 君に空振りしても 当たってくだけろ
あるある 男じゃないか?
フライングゲット いつも やるだけやるさ
黙ってみてても 恋は売り切れるよ
勇み足でも(勇み足でも) 一番乗りで(一番乗りで)
僕が君にゾッコンゾッコンなのは無双

フライングゲット
予約 待ってるような まわりの男たちを出し抜いて
得意げにラブ・フラゲ!

フライングゲット 僕は一足先に君の気持ち 今すぐ手に入れようか
フライングゲット 何か言われる前に心の内 ビビッと感じるままに
誰といても(誰といても) 微笑み方で(微笑み方で)
君が僕に恋を恋をしてるのは鉄板
フライングゲット
だから 誰より早く 君のハートのすべて 僕のもの
好きだからラブ・フラゲ!

Na Na Na Na Na Na Na Na Na
Na Na Na Na Na Na Na Na Na
Na Na Na Na Na Na Na Na Na
Na Na Na Na Na Na Na Na Na

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一人一枚顔写真を避難小屋のところで今回も撮りました。全員分はありません。
「なんでもトライアスロン」に掲載したものと同じです。
どうして下を向いているのでしょうか?こんな顔を見せても誰も信用しませんよ、ともちゃん。037.gif
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大井町の母、よしこさん。
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多数の女性参加者に張り切るミウラッチ。037.gif
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富士山以来の再会になった牧野さん。牧野さんは私に会うなり、「山登りをまだやっているとは思わなかった。」とおっしゃっていました。
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倉持さんの同僚だった小山さん。年齢は倍半分くらい倉持さんの年下です。帰りのバスで酒豪であることがわかりました。
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かとたつさんは恐妻家のはせやんとは対照的に愛妻家のようです。
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ガイド三銃士。平野さん、白砂さん、辻さん。倉持さんはいつも真正面からの顔写真を撮らせてくれません。
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なおちゃんとまりちゃん。まりちゃんは11月に背戸峨廊に行かれるそうです。
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アミューズ若草物語。カメラを向けるとふみちゃんはお腹をへっ込めていました。
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ここ谷川岳にも弾痕笹がありました。
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ダイモンジソウ(大文字草)。6月に比べると花の数は少なかったと思います。
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(福山雅治/家族になろうよ)

星の砂(作詞:福山雅治、作曲:福山雅治、歌:福山雅治) 060.gif


「100年経っても好きでいていいね」
みんなの前で困らせたり
それでも隣で笑っていてくれて
選んでくれてありがとう

どれほど深く信じ合っても
わからないこともあるでしょう
その孤独と寄り添い生きることが
「愛する」ということかもしれないから・・・・・

いつかお父さんみたいに大きな背中で
いつかお母さんみたいに静かな優しさで
どんなことも越えてゆける
家族になろうよ

小さな頃は身体が弱くて
すぐに泣いて甘えてたの
いつも自分のことばかり精一杯で
親孝行なんて出来てないけど

明日のわたしは
それほど変われないとしても
一歩ずつ与えられる人から
与える人へとかわってゆけたなら

いつかおじいちゃんみたいに無口な強さで
いつかおばあちゃんみたいに可愛い笑顔で
あなたとなら生きてゆけるそんなふたりになろうよ

いつかあなたの笑顔によく似た男の子と
いつかわたしとおなじ泣き虫の女の子と
どんなことも越えてゆける
家族になろうよ

あなたとなら生きてゆける
しあわせになろうよ

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そして肩の小屋に着く直前に、ついに雨が降り出しました。雨具を着なければならないほどの雨足で、以後、下山するまで止むことはありませんでした。057.gif
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トマの耳(1963 m)。
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トマの耳から10分ほどでオキの耳(1977 m)。ここで集合写真を撮りました。私は辻さんと白砂さんと記念撮影。
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タッキーおじさんとも記念撮影。
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恐妻家のはせやんはリポビタンDを持って記念撮影。
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記念撮影後はさっさと下山を開始。雨足は強まるばかりです。肩の小屋も霞んで見えません。小屋の脇の人影は辻さんです。
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ここからはほとんど写真を撮っていません。それくらい雨、風が強く、写真を撮ってもレンズに付いた水滴で像が流れてしまいました。また谷川岳は滑りやすい蛇紋岩が多く、私は2回尻もちをつきました。
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天神平のロープウェイ乗り場には17:30に着きました。全身ずぶ濡れになるほどの雨でした。雷鳴も聞こえていました。ロープウェイは通常ならば17:00で終了しているところですが、「星の観賞会」があり、何とかロープウェイで降りてくることができました。ただし、もう湯テルメのお風呂はありませんでした。
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それでもバスの中で着替えをして、あとはいつもの通りのバスの中で大宴会。今回参加したエンドーちゃんが先日100名山100座達成のお祝いをしました。エンドーちゃんは私に本物の「いい歳、りょうちゃん」が来ているとおっしゃっていました。偽物がいたら、面白いと思います。037.gif
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谷川岳は今回2回目で、通算20座目でした。辻さんもまた、あまり百名山にこだわる必要はないことをおっしゃっていました。日本百名山は作家・深田久弥が独断で決めたものであり、百名山よりも面白い山はたくさんあると話してくれました。沼津アルプスは百名山ではなく標高も高くありませんが、とても面白いそうです。倉持さんの特配で行ったらいいのではないかとおっしゃっていました。
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またはせやんは出掛ける時に奥様にきちんと居場所を連絡しなければならないことについて、お悩みのようでした。辻さんが山登りすることで足腰がしっかりして、夜の方も強くなるので、奥様と一緒に山登りすることをはせやんに勧めていました。038.gif
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さて、次回は明日9月22日から4連休をとり、山形県に行ってきます。台風15号の動向が心配でしたが、一応土曜日に鳥海山に登ることを予定しています。ただ、今回の旅の目的は鳥海山ではなく、日本海に沈む夕陽を撮ることです。鳥海山は主ではありません。山形から帰ってきたら、また報告します。

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by ryott-ryott | 2011-09-22 01:54 | 谷川岳

勉強、勉強、勉強、勉強のみよく奇蹟を生む、お祝いの会&螢友会ヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 9月は3連休が2回あります。1回目の3連休は最終日の19日敬老の日に谷川岳に敬老登山に行きます。その模様はまた後日報告します。
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 17日土曜日はいつものように中国整体へ行き、その後、大井町湯屋に行きました。今では土曜日の午後には大暴れアクアはありません。しかし今日はお祝いの会がありました。大井町湯屋仲間の晴れ男さんが目出たく個人タクシーの試験にパスし、来月10月から念願であった個人タクシー運転手としてデビューすることになりました。晴れ男さんお酒を飲むのは実に1年ぶり。この1年間、勉強を重ね、週末はいつも模擬試験を受けに行くという受験生のような生活をしてきたため、私の悪い誘いには乗らずに、ひたすらに勉強を続けた結果、見事に試験に合格されました。まさに「勉強、勉強、勉強、勉強のみよく奇蹟を生む」という言葉を実践し、奇蹟を生みました。晴れ男さん、本当におめでとうございます。しかし、夫婦喧嘩はほどほどにしてください。
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 お祝いの会はもちろん「由良」でと行きたかったのでが、残念ながら由良は満席で予約が取れなかったため、「陣」大井町店で行いました。もともと、このお店は荏原町に本店があり、今年の震災の直前に大井町店をオープンさせました。2号店の大井町店は荏原町店でホールを担当していた若い人に任せようと考えていたそうですが、若い人がどうしても荏原町店を離れたくないとの希望があり、荏原町店を若い人に、大井町店を本店の店長が担当することになりました。大井町店は日本酒にも力を入れたいとの店長の想いがあり、とくに東北地方のお酒を販売し、東北地方の支援をしたいとおっしゃっていました。
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 大井町湯屋仲間の晴れ男さん。文字通り、本当に晴れ男で、出掛ける時に雨が降ったことがないそうです。058.gif
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 晴れ男さんの奥さん、理恵ちゃん。このご夫婦と一緒にどこか行くと必ず夫婦喧嘩をします。しかし、今日はお祝いということもあり、平穏無事に終わりました。041.gif
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 大井町湯屋の阿部ちゃん、りょうちゃんより実年齢は1つ年上で、晴れ男さんとりょうちゃんはいつも陰で「おばあちゃん」と呼んでいます。吉田夫妻は般若さんと呼んでいます。なんかこのお顔、眠そうですね。今日も言いたい放題です。
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さんまの刺身。
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なめろう。
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「陣」のメンチカツ。
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何故か、別の席によしこさんが来ていました。こちらは大井町湯屋敬老会のようです。037.gif
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 「陣」でのお祝いの会を終えて、向かった先はカラオケスナックのバーディーでした。晴れ男さんとは1年ぶりに飲みましたが、この方と飲むと必ず最後は謡いの会になります。午後11時過ぎにバーディーさんに向かうと、店じまいをしているところでしたが、私たちが店に行くと、しまいかけていたカラオケの道具を再び出して、店を開けてくれました。晴れ男さんのおはこ十八番は五木ひろしの「契り」や森進一の歌で、五木ひろしや森進一のものまねをしてご本人は気持ちよく歌っていますが、ぜんぜん似ていません。普通に歌った方がよいと思います。そして、晴れ男さんは最近AKB48にご執心のようで、奥さんの理恵ちゃんとおばあちゃんに「フライングゲット」を歌ってくれと何回も言っていました。晴れ男さんはこっそりとAKB48総選挙に投票していたようであり、前田敦子がお気に入りだとおっしゃっていました。037.gif
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 そして、次回はみんなで由布院に行くことを約束して、お祝いの会&謡いの会をお開きにしました。もちろん由布岳の登山オプション付きです。038.gif
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(中島みゆき/宙船)

宙船(作詞、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は今どこに ふらふらと浮かんでいるのか
その船は今どこで ボロボロに進んでいるのか
流されまいと逆らいながら
船は挑み 船は傷み
すべての水夫が恐れをなして逃げ去っても
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は自らを宙船(そらふね)と 忘れているのか
その船は舞い上がるその時を 忘れているのか
地平の果て 水平の果て
そこは船の離陸地点
すべての港が灯りを消して黙り込んでも
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

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 明治・大正の小説家・徳富蘆花は、『自然と人生』『思出の記』『みみずのたわごと』など、独特な自然観、人道主義を基調に、真摯な自己探求を続けた作家でした。
 しかし、残念ながら今日は、蘆花の名前は小説『不如帰』の作者のほうで知られています。なぜならば、『金色夜叉』『婦系図』と並んで、『不如帰』は今でもしばしば新派の名作として上演されているからです。
 彼は熊本水俣の出身、本名健次郎。長兄猪一郎は、明治・大正の代表的言論人徳富蘇峰です。
蘆花は明治30年(1897年)、国木田独歩が住んでいた逗子の柳家に転居しました。
 ここで偶然、日清戦争中の大山大将副官福屋中佐の未亡人と出会い、彼女から大山大将の長女信子と、子爵三島弥太郎との離婚話を聞かされました。その話をモデルに、武男と浪子の悲しい物語『不如帰』が生まれたのです。

 彼はその一作で人気作家として地位を確立したといってよいでしょう。明治35年(1902年)、彼はロシアに遊び、かねて崇拝していたトルストイを訪ねました。そしてトルストイに田園生活をすすめられ、当時武蔵野の面影を残す東京府下粕谷の地を求め、ここに居を移しました。

 彼は晴耕雨読、“美的百姓の生活”といわれながら、「自然と人生」を楽しみつつ、孤高の晩年を送りました。蘆花の私邸は、現在「蘆花公園・恒春園」として保存され、一般に公開されています。

 兄蘇峰とは、15年間絶交状態にありましたが、死期を悟ったのか、亡くなる前日(死亡は昭和2年(1927年)9月18日)に兄をよんでもらい、和解をしました。『不如帰』の文学碑は逗子海岸に建っています。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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(AKB48/フライングゲット)

フライングゲット
(作詞 秋元康、作曲:すみだしんや)
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Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na
Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na Na

ギラギラッ 容赦ない太陽が 強火で照りつけるon the beach
自惚れ温度は急上昇 落ち着かないのは真夏の性(さが)だね
2人 目が合えば なぜか逸らすのに
僕を またすぐ見る 君って もしかしてもしかして

フライングゲット 僕は一足先に 君の気持ち今すぐ手に入れようか
フライングゲット 何か言われる前に 心の内 ビビッと感じるままに
誰といても(誰といても) 微笑み方で(微笑み方で)
君が僕に恋を恋をしてるのは鉄板

フライングゲット 
だから 誰より早く 君のハートのすべて 僕のもの
好きだからラブ・フラゲ!

クラクラッ 動揺した純情で 砂浜 チラ見してたビキニ
告白ウェルカムさ おいで! 素直にならなきゃ楽しくないぜ!

その目 誘ってる 僕に来てくれと
それが妄想としても 声を掛けてみなきゃ始まらない

フライングゲット 君に空振りしても 当たってくだけろ
あるある 男じゃないか?
フライングゲット いつも やるだけやるさ
黙ってみてても 恋は売り切れるよ
勇み足でも(勇み足でも) 一番乗りで(一番乗りで)
僕が君にゾッコンゾッコンなのは無双

フライングゲット
予約 待ってるような まわりの男たちを出し抜いて
得意げにラブ・フラゲ!

フライングゲット 僕は一足先に君の気持ち 今すぐ手に入れようか
フライングゲット 何か言われる前に心の内 ビビッと感じるままに
誰といても(誰といても) 微笑み方で(微笑み方で)
君が僕に恋を恋をしてるのは鉄板
フライングゲット
だから 誰より早く 君のハートのすべて 僕のもの
好きだからラブ・フラゲ!

Na Na Na Na Na Na Na Na Na
Na Na Na Na Na Na Na Na Na
Na Na Na Na Na Na Na Na Na
Na Na Na Na Na Na Na Na Na

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 さて3連休2日目は28年前に卒業した都立雪谷高校の文化祭があり、ある人に会う目的で文化祭を覗いて来ました。そのある人とは高校の同窓会のホームページを管理している柳瀬さんです。
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 ちょうど8年前に雪谷高校の野球部が東東京の代表になって、はじめて甲子園に行きました。そのとき残念ながら1回戦で涙をのみ、余った寄付金で「赤い旋風」という甲子園までの道のりを記した冊子をつくられて、寄付をした卒業生に配布したということがありました。何回か同窓会の螢友会の方と何回か電話でやり取りしたのが縁になり、現在の柳瀬さんとメールをやり取りするに至っています。
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 昨年、同級生が亡くなったことを螢友会の訃報欄で知って、螢友会に問い合わせをして、柳瀬さんから亡くなった同級生の現住所を教えていただいてお線香をあげることができました。それ以来、柳瀬さんとはメールをやり取りし、ときどき私が山などで撮ってきた写真を螢友会のホームページに載せていただいています。実は柳瀬さんとはメールのやり取りだけで、実際に柳瀬さんに会ったことがなかったので、今回は是非会いに行こうと思い、文化祭に出掛けてきました。
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 柳瀬さんは雪谷高校の文化祭ではいつも「福祉の店」を出店しており、クッキーやケーキ、可愛い小物を売っています。私は高校の校門を入って、まっすぐ「福祉の店」へ行き、「柳瀬さんはいらっしゃいますか?」と尋ねると、上にいるというので、どこにいるのかわからずに、4階から周ることにしました。
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 4階には美術室あり、美術部員の作品が展示されていました。038.gif
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 体育館ではダンスをやっていました。038.gif
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 そして、ついに柳瀬さんに会うことが出来ました。螢友会の部屋があり、もしかしたらこの部屋にいるのかと思い、入ってゆくと、先輩の女性からお茶を勧められて飲んでいると、一人の男性が名刺を差し出して、ホームページ関係をやっているので是非見てくださいと話しかけてきました。その名刺の名前を見ると、今日会おうとしている柳瀬さんの名前が書かれていました。私はすぐに自分の名前を名乗って、はじめての対面となりました。
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 30分くらい話したでしょうか。私が同級生の死を知ったホームページの訃報欄は今はありません。残念なことに訃報欄は個人情報だということで削除されてしまいました。この訃報欄削除に柳瀬さんは反対されたそうです。同窓会のホームページを通して、いろいろな世代と知り合いになれることが楽しいと柳瀬さんはおっしゃっていました。
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訃報欄に載るのは卒業した年度(期)と氏名だけです。10文字にも満たない短く書かれたことだけですが、その当時のことを思い出し、その人の半生がどうであったのか考えさせられる時間を作ってくれる大事な情報だと思います。それを無用なものとして個人情報という都合のいい言葉で片付けて削除するというのは、同窓会という大事なネットワークをないがしろにしている行為そのものです。そんな連中はこの同窓会のホームページに口を出す資格はありません。柳瀬さんはそんな連中と日夜苦闘されているようです。柳瀬さんが私のブログを螢友会のリンクで紹介したいと言ってきてくれた時に、正直嬉しく思いましたが、お断りしたのはそういう連中の標的にされることを嫌ったからです。私は敬老の日に尊敬されるお年寄りとは若い人に知恵を与えてくれる人であり、知恵も持たない連中がただ年齢を重ねているだけで威張っているだけでは尊敬される資格はありません。
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 螢友会の部屋には過去の卒業アルバムが並んでおり、もちろん自分の卒業年度のアルバムもありましたが、私の横に座っていた先輩が昭和25年の卒業アルバムを見せてくれました。
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そして、柳瀬さんと記念撮影をして帰って来ました。柳瀬さんはこのブログをときどき拝見してくださっているようであり、私が載せているいろいろなお店の料理を見たらしく、食べ過ぎに注意されるよう声をかけていただきました。
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(福山雅治/家族になろうよ)

星の砂(作詞:福山雅治、作曲:福山雅治、歌:福山雅治) 060.gif


「100年経っても好きでいていいね」
みんなの前で困らせたり
それでも隣で笑っていてくれて
選んでくれてありがとう

どれほど深く信じ合っても
わからないこともあるでしょう
その孤独と寄り添い生きることが
「愛する」ということかもしれないから・・・・・

いつかお父さんみたいに大きな背中で
いつかお母さんみたいに静かな優しさで
どんなことも越えてゆける
家族になろうよ

小さな頃は身体が弱くて
すぐに泣いて甘えてたの
いつも自分のことばかり精一杯で
親孝行なんて出来てないけど

明日のわたしは
それほど変われないとしても
一歩ずつ与えられる人から
与える人へとかわってゆけたなら

いつかおじいちゃんみたいに無口な強さで
いつかおばあちゃんみたいに可愛い笑顔で
あなたとなら生きてゆけるそんなふたりになろうよ

いつかあなたの笑顔によく似た男の子と
いつかわたしとおなじ泣き虫の女の子と
どんなことも越えてゆける
家族になろうよ

あなたとなら生きてゆける
しあわせになろうよ

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さて次回、明日19日ですが今年2回目の谷川岳へ行きます。倉持さんの特配ツアーです。お天気はあまりよくなさそうですね。小沢天気用法は意外と当たっているかもしれません。037.gif031.gif
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そして2回目の3連休は毎年行っている山形県へ行き、鳥海山へ登る予定です。しかしながら、台風15号が今週日本を縦断するため、こちらの方が天気が心配です。031.gif

 

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by ryott-ryott | 2011-09-18 23:13 | 螢友会

いい歳、りょうちゃん、日本第二の主峰北岳の山頂に立つヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 北岳挑戦最終話に行く前に、昨日の土曜日9月10日、日本酒試飲会へ行ってきました。日本酒試飲会は2月の酒蔵見学も入れて、年間4~5回あります。今回は大井町の名店「じゃんけんぽん」で茨城県の来福酒造さんを招いて行われました。日本全国から20名が集まり、盛況でした。山登り仲間の浦安湯屋の森ちゃん、はせやん、大井町湯屋からは佳子さんとおばあさんの佐藤さん、歯医者さんの湯浅さんが来てくれました。活動の中心がゴールドジムの湯浅さんには久しぶりにお会いすることができました。068.gif
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おしきせの会・日本酒試飲会開会のあいさつをするじゃんけんぽんのご主人、トントンさん。038.gif
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来福酒造さん、よしこさん、西山さん。日本酒試飲会は西山酒造の西山さんが企画しています。西山さんは来年の酒蔵見学はどこにしようかと思案中でした。038.gif037.gif
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酔っぱらう前に記念撮影しておきました。038.gif037.gif
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料理はあっという間になくなりました。038.gif
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北岳から始まった一人一枚顔写真を今回も撮りました。
浦安湯屋の森ちゃん。森ちゃんとは10月23日(日)にあづみの歌声喫茶へ行くついでに、前日の常念岳に登る予定にしており、その打ち合わせをおしきせの会ですることにしていましたが、私も森ちゃんも酒がすすみ、ほとんどその話はしなかったと思います。038.gif
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浦安湯屋のはせやん。はせやんは大井町に3年ほど住んでいたことがあり、お仕事でも15年ほど大井町に行き来していたそうであり、隠れた大井町通です。038.gif
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大井町湯屋のよしこさん。みんなのお母さんのようなよしこさん。来週9月21日で54歳になられます。しかし、十数年前に大井町湯屋ではじめて会った時とほとんど変わっていません。038.gif
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湯浅さん。この頑強な肉体からは想像しがたいのですが、恐妻家。そして歯医者さんでもあります。その太い腕で麻酔をせずに歯を抜くことが可能です。038.gif
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大井町湯屋の佐藤さん。大井町湯屋最高齢。大井町湯屋の大暴れアクアで、いつもりょうちゃんの面倒を見てくれるおばあちゃん。佐藤さん、よしこさん、りょうちゃんは大井町湯屋の親子三代になります。また佐藤さんは旅行が趣味であり、世界中を旅しています。038.gif
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細野さんの奥様、試飲会仲間。目がすでに飛んでしまっていますが、お酒を飲むと危ない方。きのうはちゃんと家に帰れたのでしょうか。飲むとほとんど行方不明になってしまいます。041.gif
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阪急百貨店の佐藤の敬ちゃんと渥美のあっちゃん。りょうちゃんが倉持さんの特配ツアーで持っていくお酒は佐藤の敬ちゃんが選んでくれています。19日の谷川岳は何を選んでくれるのでしょうか、楽しみです。038.gif
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そしておしきせの会は盛況のうちにお開きとなり、そのあと「じゃんけんぽん」の近くの歌声スナック「バーディー」さんで謡いの会となりました。熱唱するよしこさん。
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はせやんはYMCAを熱唱。
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大井町の名店「じゃんけんぽん」で日雇いとして働くよしえちゃんとトントンさんの妹のみきちゃん、姥捨て山のようです。041.gif
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さて北岳挑戦最終話です。3日目最終日。この日も雨は止むことはありませんでした。午前4時に起床、その前に目が覚めていましたが。仕度をして、午前5時に朝食。
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午前5時40分に北岳山荘前で準備体操をして、いよいよ北岳山頂を目指して出発です。北岳山荘から山頂までは約90分です。雨は止むことがありませんでしたが、山頂へ向かう途中も足元には花が咲いていました。056.gif
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タカネヒゴタイ(高嶺平江帯)。キク科の植物。
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ヒメココメグサ(姫小米草)。
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ウサギギク(兎菊)。ひまわりのような花で、葉がウサギの耳のようなのでこの名前が付きました。
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そして、ついに北岳頂上に。ここで山小屋で見かけたオレンジ色の髪をしたねぇちゃんとその彼氏の正体がわかりました。オレンジ色の髪のねぇちゃんは、あの歌い手の木村カエラさんであり、その彼氏は夫で俳優の瑛太さんでした。森ちゃんはカエラ・瑛太夫妻にデジカメラと携帯を渡されて、記念撮影をお願いされていました。北岳の標識に木村カエラさんと瑛太さんの顔が並んだ時に、二人が誰なのかようやくわかりました。よく見ていたNHK大河ドラマ「篤姫」に出てきた小松帯刀(こまつたてわき)と同じ顔ではありませんか。どうして気が付かなかったのでしょうか。ハニーちゃんが木村カエラさんと瑛太さんの間に入って写真に写ろうとしていましたが、瑛太さんは「写真撮影はご勘弁願います。」と丁寧に断っていました。二人ととても感じのいい方でした。夫の瑛太さんはテレビで見ていると細いイメージですが、実際に見た感じはガッチリした体格であり、身長もいい歳、りょうちゃんよりも高かったので180 cmはゆうにあるのではないでしょうか。いい歳、りょうちゃんの身長は177 cmです。038.gif038.gif038.gif
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肩の小屋までは倉持チームの隊列の後ろに付いていたと思いますが、肩の小屋で先に下山して行き、私たちが駐車場に付いた時にはすでに入浴・食事を済まされて帰るところだったので、1時間以上早く下山されていたと思います。しかもたった二人で北岳の登下山をするということは、木村カエラ・瑛太夫妻は初心者ではなく相当な上級者だというのが私の印象です。038.gif
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頂上での記念撮影。
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そして北岳山頂から下山を開始するとき、一瞬だけ薄日が差しました。これも木村カエラ・瑛太効果でしょうか。058.gif038.gif
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 「木曽路はすべて山の中にある。あるところは岨(そば)づたいに行く崖の道であり、あるところは数十間も深さに臨む木曽川の岸であり、あるところは山の尾をめぐる谷の入口である。一筋の街道はこの深い森林地帯を貫いていた。・・・」                 (島崎藤村『夜明け前』)

 一筋といわれたこの木曽街道の西から入る最初の宿場町「馬籠(まごめ)の宿」(長野県西築摩郡山口村)は、明治5年(1872年)3月15日、文豪島崎藤村の生まれたふるさとです。
 彼は近代詩の第一人者として、『若菜集』『一葉船』『夏草』『落梅集』などの抒情詩集を発表しました。また、そのかたわら、自然主義の代表作家として『破壊』『春』『家』『新生』『夜明け前』の名作を残し、昭和18年(1943年)8月22日、72歳で亡くなりました。

 藤村の文学碑は数多く、全部で19基あるうち、12基までは、彼とゆかりの深い中仙道沿いにあります。一番親しまれているのは、「馬籠の宿」、島崎家が本陣をしていた地に建てられた「藤村記念館」にある文学碑です。

 「血につながるふるさと 心につながるふるさと 言葉につながるふるさと」

 この文字が刻まれています。

『夜明け前』の文学碑は木曽福島町教育会館の前に建てられています。

 「小諸なる古城のほとり、雲白く遊子かなしむ」

 有名な『千曲川旅情の歌』の詩碑は4基ありますが、小諸市内、旧城址懐古園と、中軽井沢星野温泉にある弘田竜太郎曲譜付きのものが一般的です。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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肩の小屋から下山を続けること約30分。私たちの隊列の前で、写真撮影をされている方たちがおり、曇っていて景色は臨めないのに何を撮影しているのか思ったら、ライチョウの親子がいました。山登りをはじめて、はじめてライチョウを見ました。写真を撮るために近づいてもライチョウは逃げる様子もなく、もっと写真を撮ってほしいと言わんばかりにポーズを取っているようでした。
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チングルマ(稚児車)の実。
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ウメバチソウ(梅鉢草)。
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マルバダケブキ(丸葉岳蕗)。
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サラシナショウマ(晒菜升麻)。
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キタダケトリカブト(北岳鳥兜)。
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花のないコバイケイソウ(小梅蕙草)。
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ヒョウタンボク(瓢箪木)の実。
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そして北岳山荘を出発して5時間。午前10時48分。大樺沢二股まで降りてきました。ここから沢づたいに広河原へ向かいます。あと2時間はあります。
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(小柳ルミ子/星の砂)

星の砂(作詞:関口宏、作曲:出門英、歌:小柳ルミ子) 060.gif


二度と出来ない恋を捨てあなた遠く
離ればなれになってゆくの 今つらいわ

嫁ぐ日岬にひとりたたずみ君住む島に
別れを告げる
凪いで凪いでまぶしいサンゴの島が
にじんで落ちて 星の砂

過ぎし日 二人は海辺に遊び
変わらぬ愛を 夕陽に祈る
いつかいつか 二人は運命にさかれ
私は遠く 石垣へ

髪にかざした ブーゲンビリア
そえぬ運命に赤く咲く
海よ海に流れがあるならば
届けてほしい 星の砂

ルルル・・・・・ルルル・・・・・
ルルルル・・・・・

風よ吹け 波よ打て
それであなたにつぐなえるならば
海よ海に流れがあるならば
届けてほしい この想い
届けてほしい この想い

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下山を開始してから8時間、3日前登山を開始した広河原に戻って来ました。
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広河原からタクシーに乗って、芦安温泉に。私たちがバスにザックを入れていると、木村カエラ・瑛太夫妻がちょうど車に乗って帰るところでした。ハニーちゃんが車で去ろうとしている夫妻に声をかけていました。
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 芦安温泉で入浴を済ませ、おしきせの会。そこでサプライズが用意されていました。実は北岳に挑戦したこの3日間、中日の8月21日はいい歳、りょうちゃんの47回目の誕生日でした。よしこさんが浦安湯屋メンバーに私の生年月日をお話していたらしく、芦安温泉でのおしきせの会で私の誕生日祝いをしていただきました。誕生日祝いのケーキは1時間もかけて里まで取りに行っていただいたそうであり、本当にありがとうございました。皆さんからハイポスポーツのシャツや、あややとふうちゃんからも贈り物を戴きました。みなさんが用意してくれたサプライズにただただ驚き、あわててロウソクを吹き消してしまったため、肝心の丸いケーキの写真を撮り忘れてしまいました。
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 帰りのバスではいつものように大宴会。2日目の八本歯のコルまでの急登ではどうなることかと思いましたが、全員無事に上野・浦安の到着。今回の北岳・間の岳で日本百名山19座になりました。大井町湯屋仲間で山岳部出身のてらりんさんは、山登りはほとんどが大変で、いいことはほんの少ししかないとおっしゃいます。確かにその通りでしょう。今回の北岳挑戦は3日間とも雨で、北岳山頂から富士山を見ることはおろか、景色を楽しむことはできませんでしたが、足元にはたくさんの花が咲き、木村カエラ・瑛太夫妻を見ることができ、はじめてライチョウを見ることができました。そして誕生祝いまでしていただきました。山登りは大変なことばかりでもないようです。038.gif038.gif038.gif
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 これでようやくブログが追いつきました。いい歳、りょうちゃんの今後の予定は、まず9月19日倉持さんの特配で谷川岳に登ります。谷川岳は6月にも行ったので、今年2回目になります。その後、秋分の日の3連休は山形県の鳥海山へ行く予定です。この週から11月第2週まで毎週末、どこかへ出かける予定です。
 10月1日は那須三本槍岳、つい先日残席情報で◎になっており催行保証になっていました。その翌週10月8~10日は倉持さんの特配で阿蘇・九重・祖母の日本百名山九州3座に行きます。まだ振り込み用紙が送られてきませんがお金を払わなくていいのでしょうか、倉持さん。10月15~16日は浅間山、10月21~23日はあづみの歌声喫茶+常念岳。森ちゃんと一緒に行きます。10月29日は美ヶ原・霧ヶ峰、10月30日は赤城山、11月3~6日は韓国岳、11月13日は羅漢寺山と続きます。ここまでで日本百名山30座。今年の目標は利尻岳で、すでにクリアしたので、年内に日本百名山30座を目指します。038.gif
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by ryott-ryott | 2011-09-11 16:35 | 日本第二の主峰・北岳に挑む

いい歳、りょうちゃん、北岳の核心に挑むヽ(^o^)丿

旅行・地域
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北岳挑戦2日目は、大樺沢から八本歯のコル、そして北岳山荘へ向かいます。北岳山荘で昼食後に間の岳を往復します。9時間ほどの行程になります。
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 昨日の夜から一向に雨は止む気配はなく、むしろ雨足は強くなっているような感じでした。朝4時前に起床し、仕度を済ませて、4時45分から朝食をとりました。昨日、乾燥室に干しておいた雨具、ザックカバーはまだ濡れていましたが、雨具を身につけ、ザックカバーをザックにかぶせて準備万端。準備体操をするときは雨が一時あがり、幸先がいいと思いましたが、思い通りにはなりませんでした。057.gif
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 白根御池小屋の標高は2236 m、そこから大樺沢の二股を左側へ登って行き、標高2800 m以上の八本歯のコルを越えて、北岳山荘へ標高差約600 m登ります。所要時間は休憩も入れて6時間の予定です。二股の標高は2200 mで、ほぼ平坦なのですが、そこからの600 mは結構きついのではないかと考え、森ちゃんを裏切って先頭集団に行き、すみ姉ちゃんの後ろにつきました。037.gif
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二股からはりょうちゃんの好敵手あきちゃんもりょうちゃんの前後に来て、一緒に登ります。ハニーちゃんが「二人で前に行って落石を受け止めてくれ。」と言っていました。031.gif037.gif
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しかし、この大樺沢から八本歯のコルを乗り越えるまでがかなり大変でした。息も絶え絶え、四国の東赤石山のときと同じように私のため息が後ろにまで聞こえていたと言います。反省しなければならないのは、ザックに入れた荷物が重すぎたのだと思います。山小屋に2泊するので着替えを2着、これはいいとしても、利尻や東赤石のときは暑さで水がすぐ少なくなってしまったため、水3 Lとポットに麦茶を入れて行きました。着替えと合わせて、これで4 kg以上。そして買ったばかりの防滴の一眼レフと替えの望遠レンズを入れました。これがかなり重くて2 kgはあったでしょう。結局、防滴の一眼レフはほとんど活躍することもなく、替えの望遠レンズにいたっては触ることはありませんでした。その他、行動食も入れれば7~8 kgあったのではないでしょうか。私のザックを持った森ちゃんがその重さに驚いていましたし、私自身も重たいと感じていました。急登ではこの重さが相当の負担になり、息も絶え絶えになってしまいました。042.gif042.gif042.gif
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「がんばれ、がんばれ、りょうちゃん!」の声援にも返す言葉も出ず、アミューズトラベルの看板ツアーリーダーの高橋恵里香さんに声をかけていただいたにもかかわらず、苦しさのあまり、声を出すこともできませんでした。私の無様な姿を見ていた友ちゃんが、「こりゃ、ダメだ!」と冷たく吐き捨てるように言っていました。かずさんは毎日家庭ではこういう扱いをされているのかなと推測できました。041.gif041.gif041.gif041.gif041.gif041.gif
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(あづみ野うたごえ喫茶/ふるさと)


(あづみ野うたごえ喫茶/希望)


(中島みゆき/宙船)

宙船(作詞、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は今どこに ふらふらと浮かんでいるのか
その船は今どこで ボロボロに進んでいるのか
流されまいと逆らいながら
船は挑み 船は傷み
すべての水夫が恐れをなして逃げ去っても
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は自らを宙船(そらふね)と 忘れているのか
その船は舞い上がるその時を 忘れているのか
地平の果て 水平の果て
そこは船の離陸地点
すべての港が灯りを消して黙り込んでも
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

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どこの国にも、国を危うくするような悪僧、怪僧といわれる人物が出現するものです。 日本の歴史では、弓削(ゆげの)道鏡がその筆頭にあげられるでしょう。彼の氏素姓は不明です。
 
歴史に登場してくるのは、天平宝字5年(761年)、近江国保良宮において、内禅師だった道鏡が、孝謙上皇(女帝)が病床に侍し、宿曜(すくよう)秘法をもって上皇の病気を治したことが最初です。以来彼は、上皇の絶大な信頼を得、側近として、ただならぬ寵愛を受ける身となりました。 江戸古川柳が皮肉る男女関係があったのかもしれません。

 道鏡が次第に政治に介入してくるのを心よく思わない阿部仲麻呂たちが、彼を排斥するクーデターを企てますが、失敗。仲麻呂は捕えられて斬首されました。(唐で客死した仲麻呂とは別人です)。やがて若い淳仁天皇が亡くなり、孝謙上皇が再び天皇の位について(重祚(じゅうそ))称徳天皇となりました。
 
道鏡は、その後わずか3年の間に、大臣禅師、太政官禅師、最後は法王という人臣最高の位を授与されました。 政権を手中に収めた道鏡は、ついに大宰府の神主阿曽麻呂の宇佐八幡の託宣と称して、天皇の位を窺うことを計画しました。幸いに、この神託はでたらめであるという和気清麻呂の忠言によって、さすがの称徳天皇もそれを許しませんでした。

 宝亀元年(770年)、称徳天皇が亡くなり、光仁天皇が即位すると、さしもの道鏡の力も弱まり、復讐を期す藤原氏によって、同年8月21日、下野国の造薬師寺別当として格下げされ、配流の身に処せられました。宝亀3年(772年)4月7日、配流先でひっそり死にました。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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(映画「岳」予告編)

あの太陽が、この世界を照らし続けるように。
(作詞、作曲:小渕健太郎)
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どんな悲しみにも ひとつの意味を注ぐように
世界中の夜に 朝を連れてくる太陽
ぼくは彷徨ってた 生きる意味を探して
君に出逢うまでの僕じゃ あの壁は越せない

この手は君を守るため この瞳は君を探すため
こころは君を愛すため この命は君と生きるため
ぼくに生きる意味をくれた その微笑み

人ごみに紛れて 逃げ出すのは容易くとも
一人きりの夜に 孤独から逃げ出せない
ガラス玉のような心を抱え生きてる
落とすたびに砕け散った 涙を忘れない

転がりながら辿り着いた 今がいつも君だけの頂上
心のままに生きてゆけば 時には人はぶつかり合うけれど
その魂に刻まれた模様はきっと 美しきヒビとなる

どんな命も輝いてる
あの太陽が、この世界を照らし続けるように

この手は君を守るため この瞳は君を探すため
こころは君を愛すため この命は君と生きるため

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6時40分に二股から登り始めて約2時間30分、ようやくハシゴの連続であった八本歯のコルを乗り越えて、北岳の岩肌の山腹を北岳山荘へ向かって進みます。そこは今までの苦しさから解放されて、たくさんの花が咲いていました。056.gif
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キンロバイ(金露梅)。
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ウスユキソウ(薄雪草)。
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イワベンケイ(岩弁慶)とムラサキタカネアオヤギソウ(紫高嶺青柳草)。ムラサキタカネアオヤギソウは毒草です。
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キタダケトリカブト(北岳鳥兜)。
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イブキトラノオ(伊吹虎尾)。
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イワベンケイの雌。
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オンタデ(御蓼)。木曾の御嶽山に生える蓼であるため、この名前が付いています。
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トウヤクリンドウ(唐薬竜胆)。
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チングルマ(稚児車)の実。
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(小柳ルミ子/星の砂)

星の砂(作詞:関口宏、作曲:出門英、歌:小柳ルミ子) 060.gif


二度と出来ない恋を捨てあなた遠く
離ればなれになってゆくの 今つらいわ

嫁ぐ日岬にひとりたたずみ君住む島に
別れを告げる
凪いで凪いでまぶしいサンゴの島が
にじんで落ちて 星の砂

過ぎし日 二人は海辺に遊び
変わらぬ愛を 夕陽に祈る
いつかいつか 二人は運命にさかれ
私は遠く 石垣へ

髪にかざした ブーゲンビリア
そえぬ運命に赤く咲く
海よ海に流れがあるならば
届けてほしい 星の砂

ルルル・・・・・ルルル・・・・・
ルルルル・・・・・

風よ吹け 波よ打て
それであなたにつぐなえるならば
海よ海に流れがあるならば
届けてほしい この想い
届けてほしい この想い

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そしてようやく霧の中に北岳山荘が見えました。午前10時48分、白根御池小屋を出発して5時間が経過していました。北岳山荘で持ってきたお弁当を食べて、12時に間の岳へ向けて出発します。往復で約3時間30分だそうです。ザックの中にはペットボトル1本、行動食1種類、そして折角持ってきたので防滴の一眼レフを首から下げて行きました。もちろん、望遠レンズは山小屋に置いて行きました。やはり荷物が少ないと楽ですね。037.gif
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白砂さんの話では、間の岳まではほとんど平坦だとおっしゃっていましたが、そんなことはなくて、多少のアップダウンがありました。北岳山荘と間の岳(標高3189 m)とは標高差300 mはあります。先ほど登って来た道に比べれば、きつい登りではありませんが、二股から八本歯のコルまでのダメージが残っており、ちょっとした登りで前の人と間隔が空いてしまいました。042.gif
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進む前方にピークらしき影があり、あれが間の岳かと思うことが何回もありました。
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14時7分に間の岳のピークに到着。雨・風はやむことはありませんでした。むしろ強くなっています。間の岳山頂で記念撮影をしたあとはさっさと元来た道を引き返しました。それでも北岳山荘への到着は16時を過ぎていました。
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北岳山荘でのおしきせ。
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北岳山荘の食堂ではわれわれ倉持チーム19名と白根御池小屋でも一緒だったお姉さん二人、それにオレンジ色の髪をしたお嬢ちゃんとその彼氏、と閑散としていました。ミウラッチが「あんな髪したねぇちゃんでも山登るんだ!」と言っていましたが、私もその時はそのねぇちゃんが誰だかわかりませんでした。翌日、北岳山頂でそのねぇちゃんと彼氏が誰だか明白になります。その続きはまた明日報告します。
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次回は日本第二の主峰・北岳の頂に立つ
を報告します。

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by ryott-ryott | 2011-09-10 00:05 | 日本第二の主峰・北岳に挑む

南アルプスの盟主、北岳へ出発ヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 登山を始めること1年。昨年8月末の富士登山から始まって、前回の四国フラワートレッキングまで日本百名山を17座登りました。100座までまだまだ先は長いです。070.gif
 さて今回は倉持さんの特別手配で、日本第二の主峯・北岳(標高3193 m)とそのお隣の間の岳(標高3189 m、第4位)に行きます。あいにく8月20日~22日の3日間は日本列島のまん真ん中に秋雨前線が居座って、全て雨の予報です。北岳の頂から富士山を見るのが大きな目的ですが、かなえられそうもありません。よしこさんも森ちゃんも私もかなり前から8月22日月曜日の休暇申請をしていただけに、何とか1日だけでも晴れてくれないかと祈るばかりです。058.gif
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 8月20日(土)午前7時30分に上野駅前に集合。1年前は大井町湯屋からは5名ほど参加者がいましたが、今やよしこさんと私の二人だけです。今回は男性10名、女性7名、ガイドの白砂さん、倉持さんと総勢19名でした。
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 初日は上野からバスで芦安まで行き、不要な荷物を温泉宿に預けて、そこからタクシーに乗り換えて、広河原の登山口から白根御池小屋へ向かいます。
バスの中で説明する白砂さん。
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広河原インフォメーションセンター
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インフォメーションセンターで雨具を着て、準備体操。
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倉本さん、凄い柔軟性。038.gif038.gif038.gif
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まずは白根御池小屋へ向けていよいよ出発。今日は約3時間の行程になります。
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クサボタン(草牡丹)が出迎えてくれています。056.gif
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橋を渡り登山口へ。
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かなり急な斜面が続きます。いい歳、りょうちゃん、息切れ寸前。042.gif037.gif
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往年の山ガールのみなさん。037.gif
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(あづみ野うたごえ喫茶/ふるさと)


(あづみ野うたごえ喫茶/希望)


(中島みゆき/宙船)

宙船(作詞、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は今どこに ふらふらと浮かんでいるのか
その船は今どこで ボロボロに進んでいるのか
流されまいと逆らいながら
船は挑み 船は傷み
すべての水夫が恐れをなして逃げ去っても
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は自らを宙船(そらふね)と 忘れているのか
その船は舞い上がるその時を 忘れているのか
地平の果て 水平の果て
そこは船の離陸地点
すべての港が灯りを消して黙り込んでも
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

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 見渡せば花も紅葉もなかりけり 浦の苫屋の秋の夕暮れ (新古今和歌集)
 
 来ぬ人をまつほの浦の夕凪きに 焼くや藻塩の身をこがれつつ (百人一首)

 王朝の歌人藤原定家のよく知られた歌です。『新古今和歌集』は、『万葉集』『古今和歌集』と並ぶわが国三大和歌集のひとつで、彼も撰者です。お正月のカルタで有名な『小倉百人一首』も、藤原定家の撰によるものです。百人一首は、『古今集』から『続後撰集』にいたる勅撰和歌集のなかから、百人の歌人各一首を彼が選び出しました。

 定家は“サダイエ”と読むのが本当ですが、いつの間にか“テイカ”の音読みが慣習化してしまいました。
 
彼は、応保2年(1162年)、歌道の名門御子左家(みこひだりけ)の藤原俊成の子として生まれました。彼は後白河の院政時代から、二条、六条、高倉、安徳、後鳥羽、土御門、順徳、仲恭、後堀川、四条と実に10人の天皇に仕えてきました。
 
治承4年(1180年)19歳のときに歌道の門に入ってから56年間、断続しながらも彼は一生懸命に日記をつけてきました。有名な『明月記』といわれるものです。

王朝歌人の代表といわれる彼も、この日記では、経済的窮迫、官位の昇進の遅さ、不公平を絶えず嘆いています。その無常感、絶望感があったればこそ、あの落日残照的な、あやしい美しさをかもしだす歌の世界を築きあげたのかもしれません。

仁治2年(1241年)8月20日、80歳でこの世を去りました。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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(映画「岳」予告編)

あの太陽が、この世界を照らし続けるように。
(作詞、作曲:小渕健太郎)
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どんな悲しみにも ひとつの意味を注ぐように
世界中の夜に 朝を連れてくる太陽
ぼくは彷徨ってた 生きる意味を探して
君に出逢うまでの僕じゃ あの壁は越せない

この手は君を守るため この瞳は君を探すため
こころは君を愛すため この命は君と生きるため
ぼくに生きる意味をくれた その微笑み

人ごみに紛れて 逃げ出すのは容易くとも
一人きりの夜に 孤独から逃げ出せない
ガラス玉のような心を抱え生きてる
落とすたびに砕け散った 涙を忘れない

転がりながら辿り着いた 今がいつも君だけの頂上
心のままに生きてゆけば 時には人はぶつかり合うけれど
その魂に刻まれた模様はきっと 美しきヒビとなる

どんな命も輝いてる
あの太陽が、この世界を照らし続けるように

この手は君を守るため この瞳は君を探すため
こころは君を愛すため この命は君と生きるため

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今回もたくさんの花々が出迎えてくれました。056.gif
ソバナ(蕎麦菜)。若い芽は食用になり、仙人が食べると言われています。雨にぬれてきれいです。
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ゴゼンタチバナ(御前橘)の実。
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ミヤマアキノキリンソウ(深山秋麒麟草)。この花は利尻・礼文にもたくさん咲いていました。
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ハンゴンソウ(反魂草)。背高が高く、昔は仏様に供える花でした。
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キツリフネ(黄吊船)。船を吊り下げた形から名前が付きました。
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そしてレンゲショウマ(蓮華升麻)。四国のフラワートレッキングで見た天然記念物キレンゲショウマ(黄蓮華升麻)とは名前が似ていますが、ちがう仲間です。キレンゲショウマはユキノシタ科であるのに対して、レンゲショウマはキンポウゲ科に属します。たった一輪、ひっそりと咲いていました。
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カニコウモリ(蟹蝙蝠)。
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ヤマハハコ(山母子)。
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サラシナショウマ(晒菜升麻)。若芽や葉を晒して食べたことから、この名前が付いています。サラシナショウマもレンゲショウマと同じくキンポウゲ科です。ぜんぜん似てません。
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キタダケトリカブト(北岳鳥兜)。毒性が強く、根だけでなく株全体に毒があります。礼文島の花ガイドさんに聞いた話では、花の花粉や匂いにまで毒があり、花に顔を近づけて深呼吸すると酩酊してしまうことがあるそうです。
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(小柳ルミ子/星の砂)

星の砂(作詞:関口宏、作曲:出門英、歌:小柳ルミ子) 060.gif


二度と出来ない恋を捨てあなた遠く
離ればなれになってゆくの 今つらいわ

嫁ぐ日岬にひとりたたずみ君住む島に
別れを告げる
凪いで凪いでまぶしいサンゴの島が
にじんで落ちて 星の砂

過ぎし日 二人は海辺に遊び
変わらぬ愛を 夕陽に祈る
いつかいつか 二人は運命にさかれ
私は遠く 石垣へ

髪にかざした ブーゲンビリア
そえぬ運命に赤く咲く
海よ海に流れがあるならば
届けてほしい 星の砂

ルルル・・・・・ルルル・・・・・
ルルルル・・・・・

風よ吹け 波よ打て
それであなたにつぐなえるならば
海よ海に流れがあるならば
届けてほしい この想い
届けてほしい この想い

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出発してから2時間40分ほどで本日泊まる白根御池小屋に着きました。雨の中、小屋の前でストレッチ。この白根御池小屋はとてもきれいで、私が幾つか行った山小屋の中では一番だと思います。白根御池小屋は数年前に雪崩で倒壊してしまい、2006年に現在の山小屋にリニューアルしたそうです。富士山の山小屋は論外です。
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山小屋でおしきせの会。068.gif
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山小屋夕飯。068.gif
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なんと日本酒の一升瓶が置いてありました。榊正宗。南アルプスの水でつくった日本酒です。1杯700円。山小屋にしてはリーズナブルな値段です。038.gif
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天気が悪くて、景色の写真は撮れなかったので、夕飯のあとに食堂に集まってきた倉持チームのメンバーの顔写真を一人一枚ずつ撮りました。このとき寝てしまった人の写真はありません。「なんでもトライアスロン」に載せた写真と同じです。コメントはちがうかもしれません。遺影にでも使ってください。037.gif
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アミューズトラベルのトップガイド、白砂さん。
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ツアー参加者最年少25歳のあやや。
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あきちゃん。いい歳、りょうちゃんといつも熾烈な競り合いを演じてくれる好敵手。
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辻村さん。倉持さん世代だとも思いますが、かなりの健脚です。
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ミウラッチ。女性に大人気のミウラッチ、本人は謙遜して、そうではないとおっしゃっていました。
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ともちゃん。もっとかずさんを大事にしてあげてください。
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お酒が原動力のハニーちゃん。
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タッキーおじさん。いつも倉持さんと一緒に、山ではりょうちゃんの面倒を見てくれます。
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青木さん。花ガイドができるほど、花に精通しています。生き字引ならぬ生き図鑑です。
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甘党のチキ。この面構えで、お酒が一滴も飲めません。
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そして大井町の母、よしこさん。登山仲間として大井町湯屋から私とともに生き残っています。
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いよいよ明日は大樺沢から八本歯のコル、北岳山荘、間の岳と今回の登山の核心部に迫ります。038.gif038.gif038.gif

 
次回は雨の間の岳登頂です。

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by ryott-ryott | 2011-09-09 00:05 | 日本第二の主峰・北岳に挑む

暑さと急登を乗り越えて、東赤石山ダイエットトレッキングヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 さて四国フラワートレッキング最終日です。今日は花の百名山・東赤石山へ登ります。前日のおしきせの会では、東赤石山の登下山はせいぜい6時間ほどだとおっしゃっている先輩が多数おり、かなり東赤石山を甘く見ているようです。私もそんな先輩方に騙されて、花を見ながらのハイキングで四国の旅はシャンシャンと終わると思っていました。037.gif
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 宿を午前4時30分に暗いうちに出発。往復6時間ならば、こんなに早く出発しなくてもよいと思うのですが。東の空は朝焼けに染まっていました。058.gif
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 行く途中、いくつも木の橋があり、松本さんが渡り方のコツを教えてくれました。あまり下側を見ずに、少し斜め前方を見ながら歩を進めることによって、恐怖心を感じずに渡ることができます。もちろん、いい歳、りょうちゃんはらっく楽です。004.gif
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 また斜里岳ほどではありませんが、沢づたいの渡渉もありました。もちろん、いい歳、りょうちゃんはらっく楽です。東明石山、恐るるに足らずです。004.gif
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 登山開始から約3時間。渡渉も終わり、樹林帯をしばらく進むと、急斜面が現れました。先ほどの涼しい渡渉から一転し、容赦なく太陽が照りつけて、暑さの中の登山になりました。2時間は登りづめだったと思います。登りのきつさと、暑さで、息も絶え絶え。舘野さんが私のため息が後ろの方まで聞こえてきたとおっしゃっていました。この四国の剣山で日本百名山17座目でしたが、この東赤石山は17つのどの日本百名山よりもきつかったと思います。倉持さんも東赤石山は百名山よりもきついと後からおっしゃっていました。早く言ってください。041.gif
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 参加者13名のうち、厳しい登山のため3名の方が東赤石山の頂上までは辿り着くことはできませんでした。このうち、お二人は前日のうちに東赤石山には登らないことを申し出ており、もうお一人も頂上まで行かず赤石山荘でみんなが降りてくるのを待っていることを選択しました。
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 私にとってもうひとつ辛いことがありました。親指の先ほどの大きさの蜂やアブです。北海道で買ったハッカ油のスプレーを吹きかけていたのですが、容赦なく襲ってきます。蜂は刺すことはありませんでしたが、耳元をかすめて飛んで行きます。ハエのお化けのようなアブはいつの間にか露出している肌に吸いついて刺そうとしていました。一緒に東京から行った舘野さんは次々とアブを叩き殺し、死んだアブの死骸に蟻がたかるのを見て、楽しんでいました。037.gif
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(あづみ野うたごえ喫茶/ふるさと)


(あづみ野うたごえ喫茶/希望)


(中島みゆき/宙船)

宙船(作詞、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は今どこに ふらふらと浮かんでいるのか
その船は今どこで ボロボロに進んでいるのか
流されまいと逆らいながら
船は挑み 船は傷み
すべての水夫が恐れをなして逃げ去っても
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は自らを宙船(そらふね)と 忘れているのか
その船は舞い上がるその時を 忘れているのか
地平の果て 水平の果て
そこは船の離陸地点
すべての港が灯りを消して黙り込んでも
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

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 室町時代に「田楽」「大和猿楽能」といわれたものを、今日の「能」に大成させたのは、観世流の祖観阿弥(かんあみ)と、その子世阿弥(ぜあみ)の親子です。
 
世阿弥は父の没後、将軍義満の寵愛を受け、観大夫として高尚優美な能を演じるかたわら、いわゆる“世阿弥十六部集”を著しました。“花伝書”で知られる『風姿花伝』をはじめ、『花鏡』『至花道』『花習内抜書(かしゅううつぬきがき)』など、花をモチーフにした能楽論が異色です。

 「秘すれば花なり、秘せずは花なるべからず」
「ただ花は、見る人の心に珍しきが花なり」

『花伝書』にみえる言葉です。有名な「初心忘るべからず」の言葉も、世阿弥の『花鏡』にあります。結婚式や入社式などのスピーチによく使われますが、本来の意味は、“新鮮さ”“純粋さ”“初志貫徹”ということではなく、芸道の精進は常に自分が未熟であるという初心を忘れるなの意味です。

それにしても、世阿弥の晩年は気の毒でした。応永25年(1418年)、義満の第4子で、還俗(げんぞく=一度、出家した者が、再び俗人にかえること。)した義教が6代将軍になりました。義教は極端に世阿弥親子を嫌い、ついに永亨6年(1434年)には、世阿弥72歳の身であるのに、佐渡島流しを申しつけました。
しかも、配流になる2年前には最も信頼と期待を寄せ、奥儀・秘伝を授けた長男の元雅が、なぜか伊勢の地で、謎の死を遂げました。さぞつらい毎日だったと思います。

傷心の世阿弥も佐渡にあること8年、義教の死によって許され、故郷にもどってきましたが、時すでに遅く、翌嘉吉3年(1443年)8月8日、81歳の生涯を終わりました。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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(映画「岳」予告編)

あの太陽が、この世界を照らし続けるように。
(作詞、作曲:小渕健太郎)
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どんな悲しみにも ひとつの意味を注ぐように
世界中の夜に 朝を連れてくる太陽
ぼくは彷徨ってた 生きる意味を探して
君に出逢うまでの僕じゃ あの壁は越せない

この手は君を守るため この瞳は君を探すため
こころは君を愛すため この命は君と生きるため
ぼくに生きる意味をくれた その微笑み

人ごみに紛れて 逃げ出すのは容易くとも
一人きりの夜に 孤独から逃げ出せない
ガラス玉のような心を抱え生きてる
落とすたびに砕け散った 涙を忘れない

転がりながら辿り着いた 今がいつも君だけの頂上
心のままに生きてゆけば 時には人はぶつかり合うけれど
その魂に刻まれた模様はきっと 美しきヒビとなる

どんな命も輝いてる
あの太陽が、この世界を照らし続けるように

この手は君を守るため この瞳は君を探すため
こころは君を愛すため この命は君と生きるため

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そして間断なく続く急登と、暑さと、虫に苦しみながらも、ようやく東赤石山の山頂に辿り着きました。登山開始から約5時間が経過していました。登下山で6時間と言っていたのは誰でしょうか。037.gif
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三角点のある場所はあと5分ほど歩いたところで、松本さんが希望者だけ連れて行ってくれました。
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東赤石山(標高1706 m)の三角点で倉持さんと記念撮影。このとき、いい歳、りょうちゃんはかなり疲弊していました。042.gif
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奥に見える台形の山は四国最高峰・日本百名山の石鎚山です。
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山登りは苦しかったけど、天気もよく、頂上から見た景色は最高でした。038.gif
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頂上で食べたおにぎり弁当。
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(小柳ルミ子/星の砂)

星の砂(作詞:関口宏、作曲:出門英、歌:小柳ルミ子) 060.gif


二度と出来ない恋を捨てあなた遠く
離ればなれになってゆくの 今つらいわ

嫁ぐ日岬にひとりたたずみ君住む島に
別れを告げる
凪いで凪いでまぶしいサンゴの島が
にじんで落ちて 星の砂

過ぎし日 二人は海辺に遊び
変わらぬ愛を 夕陽に祈る
いつかいつか 二人は運命にさかれ
私は遠く 石垣へ

髪にかざした ブーゲンビリア
そえぬ運命に赤く咲く
海よ海に流れがあるならば
届けてほしい 星の砂

ルルル・・・・・ルルル・・・・・
ルルルル・・・・・

風よ吹け 波よ打て
それであなたにつぐなえるならば
海よ海に流れがあるならば
届けてほしい この想い
届けてほしい この想い

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11時に下山開始。登山開始から6時間経過。
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花も多く咲いていました。056.gif
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ベニシモツケソウ(紅下野草)。
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シラヒゲソウ(白鬚草)。
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ショロソウ(棕櫚草)。
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リョウブ(令法)。
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カキラン(柿蘭)。
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ヒメシャジン(姫沙参)。
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ホタルブクロ(蛍袋)。
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ウスユキソウ(薄雪草)。
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剣岳の登山練習をここでやることもあるそうです。
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赤石山荘で待っている先輩と合流し、さらに下山を続けます。山荘の裏にヘビがいました。逃げられてしまい、写真を撮ることができませんでした。
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下山中も気温は常に28 ℃であったそうです。やはり沢に差し掛かると気温も下がって、元気になります。
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登山開始から9時間40分。ようやく登山口に戻って来ました。地元ガイドの松本さん、バスで私たちを待っていた先輩たちとガッチリと握手を交わしました。そして準備体操をして、温泉に向かいました。松本さんとは温泉の手前でお別れ。松本さんは南極観測隊に志願しているようです。
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いつものことながら短い時間で温泉に入り、体重を測ったら、うれしいことに4 kg減少。しかし翌日には元に戻っていました。037.gif
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缶ビールを買って、バスの中で乾杯。瀬戸大橋を渡り、JR岡山駅で九州から参加した10名とはここでお別れです。東京組は岡山空港まで行き、空港の中の食堂でおしきせ。四国の旅を無事に終えることができて、乾杯しました。038.gif
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さて次回は8月20日(土)から22日(月)まで、倉本さんの特別手配で間の岳と北岳へ登ります。ようやくブログもここまで追いついて来ました。038.gif
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四国フラワートレッキングの旅、
これにて完。038.gif038.gif038.gif038.gif038.gif

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by ryott-ryott | 2011-09-08 00:14 | 四国フラワートレッキング

次郎笈からかずら橋へ、空と緑のはるかなる道ヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 利尻のペンション・レラモシリで出されているウニの炊き込みご飯のウニめし丼が新宿伊勢丹の大北海道展に出品されているというので行ってきました。038.gif
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 大ポン山、姫沼、南浜湿原などを案内してくれたガイドの山田さんがウニめし丼を売ると聞いていたのですが、その姿はなく、丸善食堂のおばちゃんに「山田さんは来てますか?」と尋ねると、体調を崩してホテルで休んでいるとのことでした。お大事になさってください。040.gif
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 さて四国のフラワートレッキングの続きです。剣山山頂ヒュッテから天気が良ければご来光が見えるというので、朝4時30分に起きて太陽が昇ってくる方向を見ると、またしても歯磨き粉のような雲が横たわっていました。ただ風があり、運が良ければ雲を洗い流してくれるのではないかと思い、朝食を大急ぎで食べて、再びヒュッテの外へ行きました。日の出は午前5時8分。しかしながら、なかなかはっきりと見ることはできませんでした。058.gif
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みなさん朝食を済ませて、ヒュッテ前で準備体操。
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案山子人形さんともお別れ。
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ヒュッテのご主人に見送られて、次郎笈へ出発です。070.gif
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剣山山頂で記念撮影したあと、次郎笈を向かって、稜線を歩いて行きます。
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オトギリソウが咲いていました。056.gif
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ヒュッテを出発してわずか90分で次郎笈に到着しました。ここから丸石を経てかずら橋に向かいます。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(あづみ野うたごえ喫茶/ふるさと)


(あづみ野うたごえ喫茶/希望)


(中島みゆき/宙船)

宙船(作詞、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は今どこに ふらふらと浮かんでいるのか
その船は今どこで ボロボロに進んでいるのか
流されまいと逆らいながら
船は挑み 船は傷み
すべての水夫が恐れをなして逃げ去っても
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は自らを宙船(そらふね)と 忘れているのか
その船は舞い上がるその時を 忘れているのか
地平の果て 水平の果て
そこは船の離陸地点
すべての港が灯りを消して黙り込んでも
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

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“火事と喧嘩は江戸の華”といわれましたが、たしかに江戸八百八町は、火事が多く、それに伴う火消し同士の喧嘩も絶えなかったようです。

 旗本の定(じょう)火消し、大名家が抱える大名火消しに対して、町火消し「いろは四十八組」が組織され、発足したのが享保5年(1720年)8月7日です。発案は南町奉行大岡越前守です。

 組には頭取の下に組頭、その下に纏(まとい)持、梯子持、鳶(とび)の者、平人、人足と6階級に分かれていました。このなかでは、“かしら”と呼ばれる組頭と、“纏持”の二役が、民衆の人気の的でした。なかでも纏持は、組の名入りの6貫目(22.5 kg)もある纏を持って、消し口の屋根に登って采配をふります。危険ですが、一番かっこいい役どころでした。

それだけに、この纏をどこの組が先にあげたかどうかで、喧嘩がはじまります。芝居に登場する“を組の纏持・新門辰五郎”などはその典型的なものです。花川戸智光院裏から出た火事のとき、真っ先に消し口の屋根に登り、を組の纏を立てたのは新門辰五郎でした。

そこへあとからきた筑後柳河11万石立花将監の抱え火消しがやって来て、纏を立てようとしました。なにしろ纏は火消しの生命です。辰五郎は“”いまごろなんだ!といって立花の纏持をけ飛ばしました。相手は転落して即死です。

辰五郎は少しもおそれず、火の消えたあと、たった一人で立花将監の屋敷に乗り込み、玄関先で大あぐら“どうにでもしてくれ”と啖呵を切ります。

立花将監もどうすることもできず、辰五郎は無事に帰って来ました。これが辰五郎が売り出すきっかけになりました。“め組の喧嘩”も有名です。
 
(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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(映画「岳」予告編)

あの太陽が、この世界を照らし続けるように。
(作詞、作曲:小渕健太郎)
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どんな悲しみにも ひとつの意味を注ぐように
世界中の夜に 朝を連れてくる太陽
ぼくは彷徨ってた 生きる意味を探して
君に出逢うまでの僕じゃ あの壁は越せない

この手は君を守るため この瞳は君を探すため
こころは君を愛すため この命は君と生きるため
ぼくに生きる意味をくれた その微笑み

人ごみに紛れて 逃げ出すのは容易くとも
一人きりの夜に 孤独から逃げ出せない
ガラス玉のような心を抱え生きてる
落とすたびに砕け散った 涙を忘れない

転がりながら辿り着いた 今がいつも君だけの頂上
心のままに生きてゆけば 時には人はぶつかり合うけれど
その魂に刻まれた模様はきっと 美しきヒビとなる

どんな命も輝いてる
あの太陽が、この世界を照らし続けるように

この手は君を守るため この瞳は君を探すため
こころは君を愛すため この命は君と生きるため

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稜線を歩いているとときどき銃声が聞こえます。これは増えすぎたシカを仕留めるためにハンターが銃を構えています。犬がシカを追いかけて行くのが見えました。
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山肌にハートマーク。053.gif
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そして丸石山頂(1683 m)。ここから下って行きます。
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ここ四国にも弾痕笹がありました。
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ヤマホトトギス。056.gif
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沢遊びする人たち。涼しそうです。
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(小柳ルミ子/星の砂)

星の砂(作詞:関口宏、作曲:出門英、歌:小柳ルミ子) 060.gif


二度と出来ない恋を捨てあなた遠く
離ればなれになってゆくの 今つらいわ

嫁ぐ日岬にひとりたたずみ君住む島に
別れを告げる
凪いで凪いでまぶしいサンゴの島が
にじんで落ちて 星の砂

過ぎし日 二人は海辺に遊び
変わらぬ愛を 夕陽に祈る
いつかいつか 二人は運命にさかれ
私は遠く 石垣へ

髪にかざした ブーゲンビリア
そえぬ運命に赤く咲く
海よ海に流れがあるならば
届けてほしい 星の砂

ルルル・・・・・ルルル・・・・・
ルルルル・・・・・

風よ吹け 波よ打て
それであなたにつぐなえるならば
海よ海に流れがあるならば
届けてほしい この想い
届けてほしい この想い

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そしてかずら橋へ。最後はすこし遊んでバスに乗り込みました。
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早明浦(さめうら)ダムを周回して、今日の宿に行きました。宿の写真は撮り忘れました。この宿でのおしきせはフランス料理のコースでした。
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ここで参加者13名の自己紹介。40歳代はいい歳、りょうちゃんただ一人。もうすでに百名山を達成している先輩もいらっしゃいました。私のテーブルのおばさま方は私に何度も「痩せなければだめだ!」と勝手なことを言っていました。しかし、おばさまたちの応援もあって、東赤石山では体重減少が現実のものとなりました。
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by ryott-ryott | 2011-09-07 00:15 | 四国フラワートレッキング

キレンゲショウマ咲く剣山ハイキングヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 今年も7月末に短い夏休みが終わってしまった、いい歳、りょうちゃん。今年の目標であった100番目の宮之浦岳と1番目の利尻岳の登頂を終えて、あとは毎年恒例の秋の山形の旅だと思っていましたが、アミューズトラベルで四国の剣山へキレンゲショウマを見に行くツアーがあり、急遽参加することにしました。しかもツアーリダ―は浦安湯屋の倉持さん。みんなのおかあさんです。
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 このツアー名が「キレンゲショウマ咲く剣山・次郎笈~奥祖谷かずら橋 美馬うだつハイクと花の百名山・東赤石山フラワートレッキング」と長いこと。要するに花を見ながらハイキングをして、ついでに百名山の剣岳に登ってしまおうというツアーだと思い、気軽な気持ちで行くことにしましたが、最終日のフラワートレッキングがこんなにきついとは予想だにしませんでした。
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 ツアー参加者は全員で13名、東京からは私も含めて3人、ほかの10人はほとんどが九州からの参加者でした。もちろん、いい歳、りょうちゃんが北海道シリーズに続いて最年少。8月6日、朝7時に羽田空港に集合。燕岳で一緒だった舘野さんも参加していました。
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 飛行機で岡山空港へ行き、そこからバスでJR岡山駅へ。そこで九州からの10名と合流します。そして瀬戸大橋を渡り、このフラワートレッキングを案内してくれる地元ガイドの松本さんをピックアップ。今日は讃岐うどんやへ行き、美馬うだつハイク、そして剣山のキレンゲショウマというスケジュールです。どうやら松本さんは美馬うだつハイクは行かないつもりだったようです。
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瀬戸大橋。
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ガスのコンビナートを船で運んでいます。
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うどん屋に行くまで、バスで前を通過する地元のうどん屋さんをひとつひとつ松本さんが解説してくれました。
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うどん屋さんの前は長蛇の列。
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待つこと約20分。お目当てのうどんは冷たいものと温かいものの2種類。サイズも大240円と小120円の2種類。トッピングは生卵30円。ねぎは無料です。私はもちろん冷たい大に卵をつけました。このボリュームでたったの270円。お腹が減っていたため、一気に胃袋に流し込みました。目の前に舘野さんが座り、のんびりと食べているので、その間にもう一杯行けると思い、同じものをおかわりしました。2杯目を平らげた後もまだ食べているので、3杯目も行けると思いましたがやめておきました。倉持さんは1杯しか食べなかったようです。037.gif
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(あづみ野うたごえ喫茶/ふるさと)


(あづみ野うたごえ喫茶/希望)


(中島みゆき/宙船)

宙船(作詞、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は今どこに ふらふらと浮かんでいるのか
その船は今どこで ボロボロに進んでいるのか
流されまいと逆らいながら
船は挑み 船は傷み
すべての水夫が恐れをなして逃げ去っても
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は自らを宙船(そらふね)と 忘れているのか
その船は舞い上がるその時を 忘れているのか
地平の果て 水平の果て
そこは船の離陸地点
すべての港が灯りを消して黙り込んでも
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

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 昭和20年(1945年)8月6日午前8時15分。
快晴の広島市中央部上空から、「ピカ」、「ドン」という一瞬の光と音とともに、世界で最初の原子爆弾が投下されました。

この原爆の熱と爆風と放射能で、人口40万人の広島市民のうち、23万人から27万人が即死もしくは5年以内に生命を失いました。
 爆心地に近い、原爆ドームの残骸が見える広島平和公園では、毎年この日、この時刻に、慰霊祭、平和の式典が催されます。

 この広島の原爆で亡くなった演劇人のひとりが新劇俳優の丸山定夫でした。
 どんな人だったかは、彼の友人たちが彼を偲んで鎌倉妙法寺境内に建てられた記念碑の碑文を読むとわかります。

「・・・・独異の性格俳優として、『新劇の団十郎』とまでいわれ、新劇史上に不朽の名を止めた。
 人間としても、よく読み、よく歌い、よく恋し、友を愛し、人の世話をみ、純情で柔軟な心情をもって、知る人すべてから愛された。
 が、昭和二十年八月六日、広島市堀川町九十番地『移動演劇さくら隊』の宿舎で、アメリカ軍投下の原爆に遭い、十日間の苦闘の末、十六日厳島存光寺の庫里で、四十三年の命を閉じた。
 その後、埋められた場所さえ知れずにいたのを、最近この地に朽ちかけた墓標が発見され、友人知人たちの協力で、新しく記念碑が建てられた。
 知友代表としてその由来を記す。                    藤森茂吉」

劇団の重鎮として活躍していた滝沢修、宇野重吉、杉村春子、山本安英と仕事を共にしており、生きていたら、新劇が違っていたかもしれないとの声が聞かれます。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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(映画「岳」予告編)

あの太陽が、この世界を照らし続けるように。
(作詞、作曲:小渕健太郎)
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どんな悲しみにも ひとつの意味を注ぐように
世界中の夜に 朝を連れてくる太陽
ぼくは彷徨ってた 生きる意味を探して
君に出逢うまでの僕じゃ あの壁は越せない

この手は君を守るため この瞳は君を探すため
こころは君を愛すため この命は君と生きるため
ぼくに生きる意味をくれた その微笑み

人ごみに紛れて 逃げ出すのは容易くとも
一人きりの夜に 孤独から逃げ出せない
ガラス玉のような心を抱え生きてる
落とすたびに砕け散った 涙を忘れない

転がりながら辿り着いた 今がいつも君だけの頂上
心のままに生きてゆけば 時には人はぶつかり合うけれど
その魂に刻まれた模様はきっと 美しきヒビとなる

どんな命も輝いてる
あの太陽が、この世界を照らし続けるように

この手は君を守るため この瞳は君を探すため
こころは君を愛すため この命は君と生きるため

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讃岐うどんでお腹を満たした後は美馬うだつハイクへ行きました。「うだつがあがらない」という言葉があります。「出世ができない」とか「身分がぱっとしない」という意味であり、いい歳、りょうちゃんのためにあるような言葉です。うだつ(卯建)とは民家の2階などで建物の外側に張り出した卯の字形の袖壁のことを指し、家が裕福でなければうだつを上げることができなかったことから、この意味に転じています。004.gif
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井戸水を汲む松本さん。
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昔の町医者の診療所。この家に住んでいる方が家の中を公開しています。
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この漫画は家人のお嬢さんが子ども時代に持っていた物です。
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診療所の中の薬局。
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診療室、顕微鏡があります。
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中学生が社会科見学をしていました。
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(小柳ルミ子/星の砂)

星の砂(作詞:関口宏、作曲:出門英、歌:小柳ルミ子) 060.gif


二度と出来ない恋を捨てあなた遠く
離ればなれになってゆくの 今つらいわ

嫁ぐ日岬にひとりたたずみ君住む島に
別れを告げる
凪いで凪いでまぶしいサンゴの島が
にじんで落ちて 星の砂

過ぎし日 二人は海辺に遊び
変わらぬ愛を 夕陽に祈る
いつかいつか 二人は運命にさかれ
私は遠く 石垣へ

髪にかざした ブーゲンビリア
そえぬ運命に赤く咲く
海よ海に流れがあるならば
届けてほしい 星の砂

ルルル・・・・・ルルル・・・・・
ルルルル・・・・・

風よ吹け 波よ打て
それであなたにつぐなえるならば
海よ海に流れがあるならば
届けてほしい この想い
届けてほしい この想い

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そして今日のメインイベント、キレンゲショウマ(黄蓮華升麻)を見るため剣山へ向かいます。先ほどまで晴れていたのに、リフトの駅「見の越」に着いたころにはポツリポツリと雨が降り出しました。
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 それでも何とか天気が持ち直し、リフトの西島駅の前で準備体操。
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 駅前にはニッコウキスゲや南国クガイソウが植えてありました。056.gif
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 剣山山頂ヒュッテへ向かう途中の「刀掛の松」の分岐点からキレンゲショウマの群生地へ向かいます。056.gif
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 途中、木の枝にホトトギスが止まっていました。望遠レンズを持っていくべきでした。
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 カニコウモリの花。そういえば、利尻にもカニコウモリがあり、利尻では「ミミコウモリ」と言っていました。
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 キレンゲショウマは天然記念物。シカなどから保護するため、柵が設けられています。その中に咲くキレンゲショウマの群落はまるで黄色い花の滝が流れているかのようでした。056.gif
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 キレンゲショウマを見た後は剣山山頂ヒュッテへ向かいました。このヒュッテにはお風呂がありました。お風呂がある山小屋の泊まったのは初めてです。
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 剣山本宮で安全祈願。
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 ヒュッテ入口の案山子人形。
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 おしきせの前にヒュッテご主人からお話があり、一番いいキレンゲショウマを見ることができる時期に来てくれたとおっしゃっていました。038.gif
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 食堂には缶ビール、日本酒が売っており、参加者全員でおしきせの乾杯。
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 山頂ヒュッテから見た夕焼け。月も出ていました。明日は山頂ヒュッテから次郎笈(じろうぎゅう)、丸石を経て、かずら橋へ向かいます。060.gif
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by ryott-ryott | 2011-09-06 00:15 | 四国フラワートレッキング

利尻最終日、海と花と太陽とヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 利尻・礼文の旅、6日目、最終日です。今日、飛行機で東京に帰りますが、その前に利尻島の花を見て周ることにしました。056.gif
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 その前に今日は朝日を見ることができそうだったので、朝4時前に起きてペシ岬まで行きました。でも太陽が昇ってくる方向には雲が横たわっており、雲の切れ間から朝日を見れるかどうかというところです。それでもじっと待っていると、他にも朝日を見にペシ岬にやってくる方がいました。その方は雪が消える5月から雪が降り始める10月まで利尻で働らき、雪の閉ざされる季節は東京へ戻るとおっしゃっていました。
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 その方によると、花を見ることができる8月までは朝日も夕日もあまり期待できないとのことです。すべての花が終わる8月下旬から空気が澄みわたり、景色を楽しむことができるそうです。8月の下旬から利尻も礼文も秋の季節であり、ほとんど毎日、朝日と夕日を見ることができるとおっしゃっていました。058.gif
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 それでも何とか雲の切れ間から朝日を見ることができました。058.gif
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 今日はオーナーの渡辺さんはめずらしく登山ガイドはなかったようであり、朝からペンションにいらっしゃいました。朝9時にペンションの受付でチェックアウトを済ませ、タクシーに迎えに来てもらいました。レラモシリの渡辺さん一家ともこれでお別れ。またちがった季節に訪れたいと思います。038.gif
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 礼文島もそうでしたが、利尻はタクシーの台数が少なく、観光の最盛期には捕まえることができないそうです。旅行するときはタクシーを前もって予約することを勧められました。どこを周るかは、タクシーの運転手・近藤さんにお任せです。
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 その近藤さんが最初に向かったにはペシ岬。今日の朝、朝日を見に行ったところです。しかし、ペシ岬には裏側があることをはじめて知りました。
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 ペシ岬の裏はトウゲブキがたくさん咲いていました。056.gif
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 人の顔に見えます。
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 海の中には昆布が。
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 利尻昆布のだしを打っているお店「りせん」さん。
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 港側から見たペシ岬はキングコングのうしろ姿にも見えます。
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 この小さな小屋では漁師さんが獲ったウニの殻むき、洗浄を行っていました。
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 私たちが魚屋さんでウニを見るときは板の上にきれいに並べられていますが、ウニは殻を割って、身と一緒に中に入っている昆布などをピンセットできれいに取り除き、洗浄用の海水で洗わなければなりません。昆布のかすがウニの中に入っているのは、ウニが昆布を食料にしているからです。昔はウニは昆布を食い荒らす害獣として駆除されていました。カモメやウミネコがウニを食べるのを見て、人も食べるようになったそうです。
 洗浄用の海水も漁師さんが勝手につくったものを使用することは禁じられています。漁業組合が電気分解して殺菌した水に海水と同等の塩分を添加してつくった洗浄水を使わなければなりません。
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 ウニにも雌雄があり、雄の方が少し白っぽい色をしています。
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 エゾフウロ(蝦夷風露)。
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 柱状節離。利尻は7000年前までは活発な火山活動をしていました。利尻本峯のほかにもいくつも火口があり、流れ出たマグマが地表で冷やされて固まりときに、柱状に割れて行きました。そのため水はけがよく、海岸線で水が湧き出ている場所がたくさんあります。
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 あの近藤重蔵もこの利尻を訪れています。そしてロシアの侵攻を防ぐために、北の警備として、会津藩士が利尻に派遣されています。この利尻の地で命を落とした会津藩士の墓があります。
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オオセグロカモメ。
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ウミネコ。ウミネコは足が黄色です。ウミネコの寿命は30年もあり、生後3年でパートナーを探し、その後は一生涯、同じパートナーと暮らします。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(あづみ野うたごえ喫茶/ふるさと)


(あづみ野うたごえ喫茶/希望)


(中島みゆき/宙船)

宙船(作詞、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は今どこに ふらふらと浮かんでいるのか
その船は今どこで ボロボロに進んでいるのか
流されまいと逆らいながら
船は挑み 船は傷み
すべての水夫が恐れをなして逃げ去っても
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は自らを宙船(そらふね)と 忘れているのか
その船は舞い上がるその時を 忘れているのか
地平の果て 水平の果て
そこは船の離陸地点
すべての港が灯りを消して黙り込んでも
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

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 秋艸道人の雅号をもつ会津八一は、歌人、学者、書家として有名です。明治14年(1881年)8月1日、新潟市で生まれました。
 1881年8月1日生まれなので八一の名がつけられたといいます。会津の姓は、5代前の先祖が、福島県会津若松市の出身であったからです。
 新潟の旧制中学から早大文学部を卒業し、母校の早大文学部教授として東洋美術史を担当しました。
 終戦の年の昭和20年(1945年)4月、教授を退職、自宅が空襲で焼けたために新潟にもどり、歌と書に専念。宮中歌会召人、新潟市名誉市民など、数々の栄誉を受けながら、昭和31年(1956年)11月21日亡くなりました。享年76歳。生涯独身でした。

 若き日、失恋の心をいやすために奈良を訪れたのが縁で、その後東洋美術史の研究も兼ね、生涯八一にとって奈良は心のふるさとになりました。
 ですから奈良には八一の歌碑がたくさん建っています。

 おほらかに もろてのゆびを
 ひらかせて おほきほとけは
 あまたらしたり       東大寺

 おおでらの まろきはしらの
 つきかげを つちにふみつつ
 ものをこそおもえ      唐招提寺

 あきしのの みてらをいでて
 かえりみる いこまがたけに
 ひはおちんとす       秋篠寺

 他に、新薬師寺、法輪寺、法華寺、海竜王寺、般若寺にもあります。

 八一の歌は、万葉の昔になぞらえて、独特な仮名表記法を用いたのが特色でした。仮名で書いたほうが歌と調和するというのが持論です。
 
 書道についても、良寛の自由闊達な書を手本に一家言をもっていました。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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(映画「岳」予告編)

あの太陽が、この世界を照らし続けるように。
(作詞、作曲:小渕健太郎)
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どんな悲しみにも ひとつの意味を注ぐように
世界中の夜に 朝を連れてくる太陽
ぼくは彷徨ってた 生きる意味を探して
君に出逢うまでの僕じゃ あの壁は越せない

この手は君を守るため この瞳は君を探すため
こころは君を愛すため この命は君と生きるため
ぼくに生きる意味をくれた その微笑み

人ごみに紛れて 逃げ出すのは容易くとも
一人きりの夜に 孤独から逃げ出せない
ガラス玉のような心を抱え生きてる
落とすたびに砕け散った 涙を忘れない

転がりながら辿り着いた 今がいつも君だけの頂上
心のままに生きてゆけば 時には人はぶつかり合うけれど
その魂に刻まれた模様はきっと 美しきヒビとなる

どんな命も輝いてる
あの太陽が、この世界を照らし続けるように

この手は君を守るため この瞳は君を探すため
こころは君を愛すため この命は君と生きるため

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 ナマコ漁。
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 獲った昆布を干しています。
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 獲った昆布を干す場所。現在は小石を敷いていますが、小石が手に入らなかった昔は草を取って敷いていました。
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 獲ったものを加工などを行う「とまや」。童謡「われは海の子」の歌詞に出てくる「苫屋」です。昔は藁ぶき屋根でした。「石狩挽歌」に出てくる「番屋」は出稼ぎの者が寝泊まりするところです。
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 ウニ種苗生産施設。ウニの養殖をしています。
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 ウニのくちばし。
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 ナマコも養殖しています。
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(小柳ルミ子/星の砂)

星の砂(作詞:関口宏、作曲:出門英、歌:小柳ルミ子) 060.gif


二度と出来ない恋を捨てあなた遠く
離ればなれになってゆくの 今つらいわ

嫁ぐ日岬にひとりたたずみ君住む島に
別れを告げる
凪いで凪いでまぶしいサンゴの島が
にじんで落ちて 星の砂

過ぎし日 二人は海辺に遊び
変わらぬ愛を 夕陽に祈る
いつかいつか 二人は運命にさかれ
私は遠く 石垣へ

髪にかざした ブーゲンビリア
そえぬ運命に赤く咲く
海よ海に流れがあるならば
届けてほしい 星の砂

ルルル・・・・・ルルル・・・・・
ルルルル・・・・・

風よ吹け 波よ打て
それであなたにつぐなえるならば
海よ海に流れがあるならば
届けてほしい この想い
届けてほしい この想い

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オタトマリ沼に行ってもらいました。3日目も行ったのですが、曇っていたために、ここから利尻を見ることはできませんでした。最終日も残念ながら見ることができませんでした。
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 そして、お昼ごはんは鴛泊にもどってウニ丼を食べました。
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 お店のお母さんに、お勧めは何かと尋ねると、ノータイムでウニ丼だとおっしゃっていました。お店には他にもイクラなど美味しそうな海産物がありましたが、「他の海産物はよその所でも食べられるけど、ここ利尻に来た以上はウニを食べて行って下さい。」と、豪語していました。ウニ以外のものは、ウニがない時に仕方なく出している感があります。しかし、豪語するだけのことはありました。038.gif038.gif038.gif
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そして、利尻空港へ。5泊6日にわたる利尻・礼文の夏休みはこれにてお終いです。
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飛行機から見た利尻岳。さよなら利尻。038.gif038.gif038.gif
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利尻・礼文、最果ての百名山の旅、
これにて完。

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by ryott-ryott | 2011-09-05 00:05 | 利尻・礼文、最果ての百名山