<   2012年 02月 ( 5 )   > この月の画像一覧

震災をのり越えて、茨城県来福酒蔵を訪ねてヽ(^o^)丿

旅行・地域
b0190242_143193.jpg


 茨城県・来福酒蔵見学報告の前に、2月18日(土)に「源平乱舞」というダンスのお芝居によしこさんたちにムーブ町屋まで連れて行ってもらいました。このお芝居には大井町湯屋のインストラクターの片山さんが出演していました。お芝居は題名の通り、平清盛が死んでから、壇ノ浦の戦い、そして源義経が東北の地で息絶えるまでを描いています。その中で片山さんは主役の静御前を演じていました。ご承知のように静御前は、義経の子を生んだ後に、その子を頼朝に殺されてしまい、失意のうちに亡くなりました。わずか20歳でした。その20歳で亡くなった静御前を、50歳の片山さんが見事に演じていました。038.gif038.gif038.gif
b0190242_1435412.jpg

b0190242_14410100.jpg

b0190242_1442353.jpg

 お芝居が終了した後、演じていた皆さんがホールに出て来て、握手会。50歳の静御前、片山さんと記念撮影をしました。038.gif
b0190242_1444232.jpg

b0190242_1445991.jpg

 もちろんよしこさんたちが一緒なので、町屋の近くで一杯やりました。つくねの専門店です。メインディッシュのつくね焼き。038.gif
b0190242_1452648.jpg

b0190242_1454284.jpg

b0190242_146226.jpg

山芋のフライドポテト。
b0190242_1462591.jpg

サツマイモ揚げ。
b0190242_1463945.jpg

〆サバを炙っています。
b0190242_1465368.jpg

b0190242_147431.jpg

辛味噌和えキャベツ。
b0190242_1472580.jpg

鶏のハム。
b0190242_1473732.jpg

冷ややっこ。
b0190242_1474845.jpg

ごぼうチップ。
b0190242_1475724.jpg

きゅうり。今回のメンバーはお年寄りが多いので、ヘルシー志向。037.gif
b0190242_148976.jpg

焼きおにぎりを焼いてもらいました。このお店は銀座にもあるそうです。
b0190242_148229.jpg

b0190242_1483120.jpg

b0190242_1485751.jpg



(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

b0190242_1491959.jpg

b0190242_1493199.jpg

 
 「“三州吉良港”一口にそういわれているが吉良上野の本拠は三州横須賀村である。後年、伊勢の荒神山で、勇ましい喧嘩があって、それが今は、はなやかな伝説になった。・・・・・」

 尾崎士郎の『人生劇場』の書き出しです。『人生劇場』は、この青春編を発表して以来、紅好評にこたえ、愛欲編、残俠編、風雲篇、遠征編、夢幻編、望郷篇、蕩子編と実に26年にわたって書き続けられ、作者の代表作になりました。尾崎士郎は、昭和39年2月19日東京で66歳の生涯を終えましたが、この『人生劇場』じゃ、その後も歌に、映画に、テレビドラマに、今なお人気を呼んでます。

 この小説の主人公青成瓢吉は、三州吉良の生まれ、父瓢太郎は辰巳屋の旦那衆でしたが吉良仁吉などと因縁のある、仁侠気のある快男児でした。
 息子の瓢吉も、そういう男になってほしいと考えていました。その期待にこたえ瓢吉は暴れん坊として成長し、中学は退校処分、苦労して入った早稲田大学でも、学生仲間の英雄として君臨しますが、学園生活のいざこざに幻滅を感じ、「飄々乎たり、青成瓢吉、人生に舞い落ちる一片の木の葉に似たり」とつぶやきながら学園を去っていきました。
 かくて瓢吉は、社会と人生との荒波に翻弄され、文字通り波乱万丈、流転の運命に身を任せます。

 作者である尾崎士郎は、この三州吉良に生まれ、実家は代々辰巳屋と号し、マユの仲買いを業としていました。つまり、この小説の主人公青成瓢吉は、尾崎士郎の分身でした。
 彼は、酒、浪曲、相撲をこよなく愛し、女性遍歴を重ねながら、生涯、日本的庶民感情をわきたたせる男の心意気、悲壮なロマンを描き続けました。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

b0190242_1494659.jpg


 「源平乱舞」のお芝居観劇の翌日は、西山さんが毎年企画している日本酒酒蔵見学に行ってきました。この酒蔵見学は毎年2月下旬に、川崎矢向にある酒店西山屋さんが企画して、酒蔵を見学して、その酒蔵の日本酒を試飲するツアーです。今回は2月19日(日)に茨城県にある来福酒蔵さんへ行きました。
b0190242_14103699.jpg

b0190242_14105072.jpg

 朝8時に川崎駅ミューザ前に集合。
b0190242_141152.jpg
 
 このバスで茨城県まで行ってきます。
b0190242_14111527.jpg

 バスの車窓からの風景。
b0190242_14112873.jpg

b0190242_14114181.jpg

b0190242_14115175.jpg

b0190242_1412370.jpg

 茨城県といえば、常陸牛。守谷SAで常陸牛のふりかけが売っていました。あの震災で常陸牛の牧場はどうなったのか気になります。
b0190242_14122286.jpg

b0190242_14124070.jpg

b0190242_14125992.jpg

 ポルシェがたくさん並んでいました。
b0190242_14131390.jpg

b0190242_14132472.jpg

 酒蔵が近づくにつれて、お城が見えてきました。
b0190242_14133573.jpg

 来福酒造に到着。
b0190242_1413531.jpg

b0190242_1414539.jpg

 真面目に杜氏さんの説明を聞く皆さん。しかし、内心は早くお酒を飲みたくて仕方がありません。037.gif
b0190242_14143897.jpg

 昨年の震災でこの煙突はぽっきりと折れてしまったそうです。茨城県は震度6強あったと言われています。震災直後は酒造りもすべて中断してしまい、酒蔵の皆さんのご努力でようやく再開できました。
b0190242_14154297.jpg

b0190242_1416150.jpg

b0190242_14162775.jpg

 焼酎の蒸留機。来福酒造では焼酎も作っています。
b0190242_14165033.jpg

 日本酒の分析室の中を見せてもらいました。日本酒の味を判断する重要な指標として、糖度と酸度があります。酒の密度を測ることにより糖度を決定します。密度が大きいほど、糖度が高く、甘口の酒になります。そして酸度は私たちが中学・高校で習った酸アルカリ滴定で測定しています。分析室にはビュウレット、指示薬、標準の水酸化ナトリウム水溶液が置いてありました。また来福酒蔵では酒に含まれるアミノ酸成分を液体クロマトグラムで測定しており、分析結果を大学の農業系研究室と共同に学会発表されているそうです。会社を解雇されたら、来福酒蔵で雇ってもらえないでしょうか、分析も試飲も即戦力になります。037.gif038.gif
b0190242_14171323.jpg

b0190242_14172979.jpg

b0190242_14174745.jpg

b0190242_1444585.jpg

 お酒造りはまず酒米を磨きあげます。以前、来福酒蔵さんでは酒米を10%にまで磨き上げて日本酒をつくっていましたが、現在8%に挑戦しているそうです。
b0190242_14181186.jpg

b0190242_14182583.jpg

 その酒米を洗米します。
b0190242_14184367.jpg

b0190242_14185733.jpg

 洗米した酒米は水を切り、蒸します。この蒸し器で1000 kg(1トン)の酒米を蒸しあげることができます。蒸し器の底に見えている袋の中には、プラスチックで作った擬似酒米を入れています。この擬似酒米を蒸し器の底に入れることによって、酒米が蒸し器の底に固着せずに均一に蒸しあげることができます。
b0190242_14191263.jpg

b0190242_1419254.jpg

 蒸し上がった酒米で麹づくりをします。麹室で30℃以上で乾燥しながら培養します。
b0190242_14194071.jpg

b0190242_14195343.jpg

 一方で培養した酵母で酒母をつくります。来福酒蔵さんの特徴は、この酵母菌のほとんどは花から採取したものです。3月1日に桜から採取した酵母で日本酒「さくら」を販売するとおっしゃっていました。
b0190242_1420715.jpg

 蒸した酒米、水、麹に酒母を加えて日本酒を造ります。この道具の名前は忘れてしまいましたが、この容器の中に氷水やお湯を入れて、タンクに沈めて、タンク内を最適温度に調整します。
b0190242_14202473.jpg

b0190242_14203839.jpg

b0190242_1420552.jpg

 発酵を開始してから約2ヵ月で日本酒は出来上がります。搾りたての日本酒を試飲させていただきました。うまい!
b0190242_14211027.jpg

 日本酒を搾る圧搾機。
b0190242_14212329.jpg

b0190242_14214056.jpg

 一通りの見学を終えた私たちは、いよいよお待ちかねの試飲です。来福酒蔵の会議室で試飲をさせていただきました。
b0190242_14215758.jpg

b0190242_14222345.jpg

b0190242_14223718.jpg

 酒米も酵母も何を使ったのかすべて秘密という「X(エックス)」という酒もありました。
b0190242_14225432.jpg

 梅酒も作っています。
b0190242_1423722.jpg

 3月1日発売される「さくら」の搾る前と搾った後の酒を試飲させていただきました。私はこの「さくら」が一番美味しいと思います。3月1日が待ち遠しいです。038.gif
b0190242_1423316.jpg



(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(坂本スミ子/夜が明けて)

夜が明けて(作詞:なかにし礼、作曲:筒美京平、歌:坂本スミ子)

夜が明けて 手さぐりをしてみた
ぬけがらのとなりには 誰もいない
目をあけて 部屋のなか見てみた
陽がもれる窓のそば 誰もいない
夢を追いかけて
ひとりふかす たばこのけむり
白い 白い
夜が明けて 夢をみたまくらに
あの人のかみの毛が ひとつのこる
テーブルの 灰皿の中には
あのひとのすいがらが ひとつのこる
あせたくちびるを
かんでひいた ルージュの赤が
つらい つらい

われた手鏡に
語りかける おんなの朝は
ひとり ひとり

b0190242_14242133.jpg

b0190242_14243739.jpg

 
 日本酒を試飲して、いい気分になったところで、記念撮影。038.gif
b0190242_14255379.jpg

b0190242_1424565.jpg

b0190242_14251762.jpg

b0190242_14253634.jpg

 来福酒蔵での試飲が終わり、近所の食堂へ移動して、お昼ご飯を食べながら、再び試飲。ここでも「さくら」が出されました。来福酒蔵さんは「さくら」にかなり力を入れていることがわかります。038.gif
b0190242_14261694.jpg

b0190242_14263396.jpg

b0190242_1427387.jpg

 途中、中丸さんが必ず寄ってほしいという鶏肉屋さんでお土産を買い、帰りのバスの中ではいつものように来福酒蔵の日本酒を試飲しながら川崎まで帰って来ました。
b0190242_14272335.jpg

 車窓からは昨年登った筑波山が見えました。
b0190242_14274049.jpg

b0190242_1428275.jpg


 
次回は浦安おしきせの会を報告します。060.gif



(映画「ロボジ―」予告編)

b0190242_14293135.jpg

b0190242_1429474.jpg

b0190242_14301069.jpg

久しぶりに映画を見ました。昨年から「源氏物語」を見たいと思っていましたが、もたんもたしているうちに終わってしまいました。映画「ロボジ―」を見に行ってきました。
b0190242_14302520.jpg

b0190242_14304947.jpg

b0190242_1431377.jpg

 10年以上前にメグ・ライアンとヒュー・ジャックマン主演の映画「ニューヨークの恋人」で、タイムスリップして現在にやって来てしまったヒュー・ジャックマンが、メグ・ライアンのバッグを奪った泥棒を追いつめて、バッグを取り戻すシーンで、メグ・ライアンがヒュー・ジャックマンを好きになる瞬間の顔がはっきりとわかります。
b0190242_14311963.jpg

b0190242_14313849.jpg

b0190242_14315954.jpg

b0190242_14322573.jpg

 今回の映画「ロボジ―」でも、ロボット展を見に来ていた吉高由利子を転倒してくる柱からロボジ―が助けて、吉高由利子がロボジ―に恋してしまうという似たようなシーンがありましたが、この映画では女が男を好きになる瞬間の顔を見ることは出来なかったと思います。

b0190242_143312.jpg

b0190242_14342569.jpg

b0190242_143455100.jpg

b0190242_14353831.jpg

b0190242_1436311.jpg

b0190242_14362455.jpg

b0190242_14365275.jpg

by ryott-ryott | 2012-02-27 14:44 | 日本酒酒蔵見学

石射太郎山&高宕山、房総陽だまりハイクヽ(^o^)丿

旅行・地域
b0190242_17351752.jpg


 さて2月11日(祝)は浦安特配で房総半島にある石射太郎山・高宕山の陽だまりハイクへ行ってきました。この日はめずらしく上野が最初の出発でした。朝6時20分集合、日の出前でまだ薄暗い朝でした。
b0190242_17361543.jpg

b0190242_17364579.jpg

b0190242_1737862.jpg

 西の空には月が、東の空には朝日が見えました。これから浦安に立ち寄って、賑やかな浦安湯屋メンバーをピックアップして目的地に向かいます。038.gif
b0190242_17372877.jpg

b0190242_17374744.jpg

 羽田の前からアクアラインを通って、海ほたるでいったん休憩。富士山が見えました。
b0190242_17382113.jpg

b0190242_17383814.jpg

b0190242_1739017.jpg

 浦安から2時間足らずの午前9時前に目的地に着きました。
b0190242_17393386.jpg

b0190242_17395815.jpg

 いつものように準備体操。
b0190242_17401518.jpg

倉持さんの柔軟性に敵う人はいません。亀戸ホルモン落選のすみお姉ちゃん、フィットフォーライフの宮崎さん、いい歳、りょうちゃんがまねしたら怪我をしてしまうことでしょう。037.gif038.gif
b0190242_17402979.jpg

b0190242_17405123.jpg

林道を歩いて行くと、落石崖崩れがありました。
b0190242_17412272.jpg

b0190242_17413733.jpg

いよいよ登山口へ。登山口前にはマイカーで多くの家族連れが陽だまりハイクにやって来ていました。
b0190242_1742739.jpg

b0190242_17422213.jpg

b0190242_17424490.jpg

 登山開始。
b0190242_1743735.jpg

 いきなり斜度のある登りです。
b0190242_17433276.jpg

 しかし30分も経たないうちに石射太郎山に着きました。石射太郎山の名前の由来は看板に書いてありました。巨人の名前は台田久保(「だいだくぼ」と読むのでしょうか)と書いてあります。日本全国に巨人伝説があり、一夜にして富士山を作り上げ、榛名山に腰をかけて、利根川で米を洗ったという大巨人「だいだらぼっち」は有名です。この「だいだらぼっち」という名前は大きな人という意味の「大太郎」と法師が一緒になった「大太郎法師」が「だいだらぼっち」になったと言われています。たぶん「台田久保」も「大太郎坊」などから派生してきたと思われます。今日は浦安湯屋の大巨人のあきちゃんがいなかったので、いい歳、りょうちゃんがはからずも「だいだらぼっち」になってしまいました。
b0190242_17443740.jpg

b0190242_17445933.jpg

b0190242_1745927.jpg

 今回の特配ではじめてご一緒して、このブログを読んでくれている方から「いい歳、りょうちゃんは働いていない!」と思われていたようです。私も本当のことを言うと働きたくないのですが、働かなければ、日本百名山を目指すことはできませんし、お金を払わなければ倉持さんも相手にしてくれないでしょう。いい歳、りょうちゃんは働いていますので、誤解のないようにお願いします。037.gif
b0190242_17453619.jpg

 石射太郎山から高宕山を目指します。登山道はたぶん幅50 cmくらいしかなかったでしょう。しかも両側が切れています。一歩間違えば奈落の底へ。
b0190242_1746667.jpg

 鋸山が見えました。
b0190242_17463715.jpg

 あれが目指す高宕山か。
b0190242_1747711.jpg

b0190242_17472646.jpg

b0190242_17474646.jpg

b0190242_1748166.jpg

 高宕観音に到着。ここでお昼ご飯になりました。
b0190242_17491645.jpg

b0190242_17494738.jpg

b0190242_17501559.jpg

b0190242_17505190.jpg
 
b0190242_17585121.jpg

 


(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

b0190242_17514916.jpg

b0190242_1752813.jpg

b0190242_17523335.jpg

b0190242_17561295.jpg

b0190242_17574417.jpg

 
2月11日は、戦前の「紀元節」、戦後は昭和42年(1967年)から「建国記念の日」になりました。『日本書紀』によれば、初代天皇である神武天皇が即位をしたのが、この日とされているからです。現代の古代史研究からすれば、『日本書紀』の記述は全部信用することはできない、一種の神話・伝承であると位置づけています。

 諸外国にも、神話に基づく建国記念日や、それと同じく、独立記念日、革命記念日など、国の誕生を祝う祭日があります。「ギリシャ神話」のように、「日本の神話」として考えれば、そうムキになって論争しなくてもいいように思います。

 またこの日は、明治22年(1889年)、帝国憲法が発布された記念日で、その祝賀の意を表すために、はじめて「万歳!」が唱えられた記念日でもあります。この「万歳」の発明者(?)は、旧制一高の和田垣謙三博士でした。

「とに角、憲法発布式という空前の式日を祝するには、従来の黙って敬礼するだけではもの足りない。なんとか声を出し、唱和できるものがないかと、学校内で意見が出されました。最初の“奉賀”はどうだといわれ、みんなでやってみましたが、“阿呆”に間違えられるというので、“万歳”が採用されました。これも“マンザイ”か“バンザイ”で議論しましたが、“バンザイ”と濁ることに決まりました。そして“万歳!”“万歳!”“万々歳!”と三唱することを私が提案、賛成してもらいました。」(明治41年(1908年)2月11日付「報知新聞」)

傑作なのは、その当日、宮城前で天皇をお迎えし、一同で「万歳」「万歳」と叫びましたら、行進中の騎兵隊の馬が驚いて棒立ちになり、「万々歳」を言わずに終わったといいます。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

b0190242_1754577.jpg

b0190242_17543354.jpg

b0190242_1755124.jpg

b0190242_17551932.jpg

b0190242_1755501.jpg


 高宕観音で昼食を済ませて、いよいよ高宕山の頂上にアタックします。急な岩場が続きます。
b0190242_17593890.jpg

b0190242_1801171.jpg

b0190242_181219.jpg

 プラスチックの梯子を慎重に登ると、高宕山頂上です。
b0190242_181295.jpg

b0190242_1815093.jpg

 日本百名山以外でも倉持さんと記念撮影。標高330 m。
b0190242_182159.jpg

 頂上からの眺望。
b0190242_1823411.jpg

b0190242_1825921.jpg

 足元は切れています。写真でみると全くわかりません。
b0190242_1832159.jpg

 下山を開始。
b0190242_1834410.jpg

b0190242_184460.jpg

b0190242_1842433.jpg

 下山を始めて約2時間で降りてきました。
b0190242_1845659.jpg

b0190242_1852353.jpg



(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(坂本スミ子/夜が明けて)

夜が明けて(作詞:なかにし礼、作曲:筒美京平、歌:坂本スミ子)

夜が明けて 手さぐりをしてみた
ぬけがらのとなりには 誰もいない
目をあけて 部屋のなか見てみた
陽がもれる窓のそば 誰もいない
夢を追いかけて
ひとりふかす たばこのけむり
白い 白い
夜が明けて 夢をみたまくらに
あの人のかみの毛が ひとつのこる
テーブルの 灰皿の中には
あのひとのすいがらが ひとつのこる
あせたくちびるを
かんでひいた ルージュの赤が
つらい つらい

われた手鏡に
語りかける おんなの朝は
ひとり ひとり

b0190242_186731.jpg

 
 道の駅で休憩。
b0190242_1863077.jpg

 黄色い水仙。056.gif
b0190242_1864920.jpg

 青い卵。お土産に買いました。
b0190242_1872821.jpg

 かずさの湯で入浴を済ませ、海鮮焼き屋さんへ。
b0190242_1874794.jpg

b0190242_1881368.jpg

 目の前の君津港から夕陽を見ることができました。058.gif
b0190242_1884080.jpg

b0190242_189869.jpg


 
次回は来福酒蔵見学を報告します060.gif

b0190242_1892742.jpg

b0190242_1895485.jpg

b0190242_18101250.jpg

b0190242_18104177.jpg

b0190242_181178.jpg

b0190242_18115385.jpg

b0190242_18122674.jpg

b0190242_18131939.jpg

b0190242_18134856.jpg

b0190242_18141452.jpg

b0190242_18143213.jpg

b0190242_18151460.jpg

b0190242_18153292.jpg

by ryott-ryott | 2012-02-22 18:20 | 石射太郎山&高宕山

日蓮上人参拝祈念、第2回亀戸ホルモンおしきせの会ヽ(^o^)丿

旅行・地域
b0190242_15273427.jpg


 バレンタインのチョコを、大井町湯屋仲間のおばあちゃんと、すみおばちゃんではなく、すみお姉ちゃんから戴きました。またブログへのコメントチョコも戴きました。皆さん、有難うございます。038.gif
b0190242_15285578.jpg

 さて石射太郎山&高宕山の報告の前に、1月29日(日)に再び亀戸ホルモンに連れて行ってもらいましたので、そのときの写真を掲載します。
b0190242_15294321.jpg

b0190242_15301092.jpg

 この日は日本列島が寒波におおわれて、さすがの暑がりのいい歳、りょうちゃんも寒風吹きすさぶ大井町駅ホームでの待ち合わせに耐えきれずに、トントンさんとはるさんを待つことができずにJR京浜東北線に乗ってしまいました。そのくらい、この日は寒い一日でした。
b0190242_15304034.jpg

 亀戸駅に先に着いたので、亀戸のアトレで和菓子を物色していたところ、驚いたことに亀戸のアトレでは商品を写真撮影することは禁止されていました。物わかりの悪い寺や美術館以外で、しかも普通の店で写真撮影を禁止しているのは始めて見ました。
b0190242_15313997.jpg

 間もなくトントンさん、はるさん、岩崎先生とその彼女も到着しました。いつも時間にルーズな咬みつき犬の飼い主のみきちゃんもようやく亀戸駅にやってきました。私たちが「亀戸ホルモン」の前まで来ると、予約をとっていない客が門前払いされていました。やはり「亀戸ホルモン」は予約をとらないと入れません。
b0190242_15343567.jpg

 先日の石射太郎山のときに浦安湯屋メンバーから亀戸ホルモンに行きたいとのお話がありましたが、店の広さからして、1グループせいぜい6名が限界だと思います。先達としていい歳、りょうちゃんは行くとして、肉好きの倉持さん、森ちゃん、よしこさん、あやちゃん、あやや、これで6名。すみお姉ちゃんと鬼嫁のともちゃんは落選か、その次ね。037.gif038.gif038.gif038.gif
 この「亀戸ホルモン」は日曜日は14:00から営業しています。予約がとれるかどうかです。
b0190242_15323372.jpg

 赤肉盛り合わせ。
b0190242_15324531.jpg

 闇ホルモンという商品名で出されています。
b0190242_1533199.jpg

 レバーのたたき。O-157が生のレバーから検出されたことから、「亀戸ホルモン」でもレバ刺しは出されなくなってしまいました。でもレバーの叩きも十分に美味しいです。
b0190242_15331345.jpg

 咬みつき犬の飼い主のみきちゃんとはるさん。咬みつき犬、はやく処分したほうがいいですね。038.gif
b0190242_1533236.jpg

b0190242_15333848.jpg

 整体師の岩崎先生と先生の現在の彼女、まだご結婚はされていないそうです。そして焼き肉を食べながら、先生は最初から最後までわいせつな話ばかりしていました。トントンさんも閉口気味でした。037.gif
b0190242_15335139.jpg

b0190242_1534821.jpg

 お待ちかねの横隔膜「レンガマックス」。6名で2本注文しました。いい歳、りょうちゃんはひとりで1本食べられます。おそらく、肉好きの倉持さんならばひとりで2本食べてしまうと思います。037.gif038.gif
b0190242_15353423.jpg

b0190242_15355370.jpg

 写真ではわかりませんが、「レンガマックス」はとても柔らかく、ホルモンという分類では片付けられないほどのグレードの高い焼き肉です。
b0190242_15361756.jpg

b0190242_1536396.jpg

 ささみ。鳥のささみではありません。
b0190242_1537416.jpg

b0190242_15372226.jpg

 ウルテ。のどぼとけ。
b0190242_15373951.jpg

 マルチョウ。小腸。
b0190242_1538291.jpg

b0190242_15382512.jpg

 フェガラミ。
b0190242_15383876.jpg

 おっぱい。
b0190242_15385517.jpg

 コムタンスープ(赤)。
b0190242_15391495.jpg

 亀戸ホルモンで焼き肉を十分に食べて、帰路に着きました。岩崎先生は、これから家で彼女をいただくと電車の中で大きなお声でおっしゃっていました。おふたりの仲も長くはないでしょう。037.gif
b0190242_15393696.jpg

 


(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

b0190242_15401535.jpg

 
 クリスマスとともに「バレンタイン・デー」という外国の宗教行事が、マスコミのコマーシャリズムにのって、日本でも定着してしまいました。

 この日、西暦270年2月14日は、ローマの司祭であった聖バレンタインが、皇帝クラウディウスによって、反逆罪で投獄され、フラミニノ会堂で撲殺され、殉教した日です。以来、ローマ・カトリック教会ではこの日を「聖バレンタイン・デー」として、殉教者の死を悼む祭日と決めました。

その宗教行事が、なぜ、いつの間にか、女性が男性にチョコレートを贈る“愛の日”に変わってしまったのでしょうか。伝説には2説あります。

一つは、皇帝クラウディウスは、極端な軍国主義者で、兵隊の結婚を禁止しました。結婚すると妻子など家族への心配がつのり、戦場に出た時に戦闘意識が薄くなるためと考えたためです。バレンタイン司祭はこれに強く反対しました。非人道的行為であると非難し、積極的に若い兵士の結婚を呼びかけ、娘たちにすすんでプロポーズするようにすすめました。これが皇帝の怒りを買い、投獄され、撲殺される原因になったといわれています。
若い人たちにとって、この愛を育てることに献身した聖バレンタインに感謝し、その心にそって、この日を「愛の日」と定めました。

もう一つの説は、この日あたりから、毎年小鳥が交尾をする季節に入ることから、男女の愛を交換する日、恋文を交換する日、デートの日として、だんだん習慣づけられたといいます。いずれにせよ、マスコミの商業主義にのせられている感じです。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

b0190242_15405438.jpg


 亀戸ホルモンに行った1月29日、大井町の阪急百貨店で日本酒祭りが行われており、最終日でした。
b0190242_15411594.jpg

 8つの酒蔵さんが入っており、すべて試飲できました。私は土佐の浜千鳥が一番おいしいと思いました。石射太郎山特配に持って行ったお酒です。
b0190242_15413282.jpg

 広島の賀茂鶴も出店していました。こちらも美味しい酒です。038.gif
b0190242_15415090.jpg

 これから亀戸ホルモンに出かけるというのに、すべての酒蔵で試飲をしてしまいました。037.gif
b0190242_1542158.jpg

 酒蔵の蔵元さんが日本酒の講演をしていましたが、聞かずに試飲していました。037.gif
b0190242_15423449.jpg

b0190242_15424967.jpg

 石射太郎山特配と山岸さんの引っ越し祝いに持っていくお酒を購入して、亀戸に向かいました。
b0190242_1543840.jpg

b0190242_15434615.jpg

b0190242_1544942.jpg



(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(坂本スミ子/夜が明けて)

夜が明けて(作詞:なかにし礼、作曲:筒美京平、歌:坂本スミ子)

夜が明けて 手さぐりをしてみた
ぬけがらのとなりには 誰もいない
目をあけて 部屋のなか見てみた
陽がもれる窓のそば 誰もいない
夢を追いかけて
ひとりふかす たばこのけむり
白い 白い
夜が明けて 夢をみたまくらに
あの人のかみの毛が ひとつのこる
テーブルの 灰皿の中には
あのひとのすいがらが ひとつのこる
あせたくちびるを
かんでひいた ルージュの赤が
つらい つらい

われた手鏡に
語りかける おんなの朝は
ひとり ひとり

b0190242_1545090.jpg

 
 1月29日、昼間は天気がよかったので、日本酒祭り、亀戸ホルモンに行く前に池上本門寺に写真を撮りに行ってきました。名前の通り、東急池上線の池上駅が最寄り駅です。
b0190242_15454397.jpg

 池上本門寺通り商店街。
b0190242_15455928.jpg

b0190242_15464980.jpg

 お土産に纏いが売られていました。
b0190242_15471360.jpg

 くずもち屋さんがたくさんあります。
b0190242_15473138.jpg

b0190242_154758100.jpg

 池上本門寺の正門。2月3日は節分の豆まきが行われました。
b0190242_15483227.jpg

 池上本門寺の石段は加藤清正によって造営されました。
b0190242_15485996.jpg

b0190242_15491881.jpg

b0190242_15494955.jpg

 日蓮上人像。ご承知の通り、ここ池上本門寺で日蓮上人は61歳の生涯を閉じました。
b0190242_15502168.jpg

b0190242_15504495.jpg

b0190242_1551557.jpg

 本堂に向かって左側に組まれている足場は2月3日の豆まきのためのものです。
b0190242_15513114.jpg

b0190242_15515346.jpg

 この本堂の中には豪華絢爛な金色の龍の天井飾りがあるのですが、本堂の中は写真撮影禁止です。
b0190242_15521028.jpg

b0190242_1553391.jpg

 この御廟所の中に日蓮上人の墓塔があります。
b0190242_15532458.jpg

b0190242_15534021.jpg

 池上本門寺歴代貫主の墓。
b0190242_1554190.jpg

b0190242_1554145.jpg

 五重塔。この周辺に著名人の御墓が多くありました。
b0190242_15544072.jpg

b0190242_15551962.jpg

b0190242_15554722.jpg

 石段下で昼寝するネコちゃん。058.gif
b0190242_155693.jpg

b0190242_15562958.jpg

 池上本門寺の中には「池」があるそうですが、見つけることができませんでした。次回、ゆっくり見つけに行きたいと思います。
b0190242_1557165.jpg

b0190242_15572176.jpg

 いい歳、りょうちゃんの今後の予定です。都度、ブログで報告します。060.gif
 2月19日(日)茨城県来福酒蔵の酒蔵見学
 2月25日(土)浦安湯屋おしきせの会
 2月26日(日)雪山初級・御正体山(日本二百名山)
 3月10日(土)浦安特配・宇都宮アルプス
 3月13日(火)休暇を取って「歩みの会」・お天気山と羽賀場山
 3月31日(土)~4月1日(日)雪山経験・武尊山(日本百名山)
b0190242_15575793.jpg


 
次回こそ石射太郎山・高宕山の報告をします060.gif

b0190242_15583694.jpg

b0190242_155937.jpg

b0190242_15591623.jpg

b0190242_1601354.jpg

b0190242_160366.jpg

b0190242_1612348.jpg

b0190242_1614897.jpg

b0190242_1623418.jpg

b0190242_1625569.jpg

b0190242_1631827.jpg

b0190242_1635735.jpg

by ryott-ryott | 2012-02-18 16:11 | おしきせ

36年ぶりの日光移動教室、鬼怒川温泉道中記ヽ(^o^)丿

旅行・地域
b0190242_1516556.jpg


 昨日の土曜日、2月11日健康記念日はアミューズトラベルの特配で千葉県房総のある石射太郎山、高宕山に行ってきました。その模様はまた後日報告します。058.gif
b0190242_15175620.jpg

 今日は1月21日~22日に大井町湯屋仲間の晴れ男さん夫妻、おばあちゃんの般若の阿部ちゃんと鬼怒川温泉に遊びに行きましたので、その模様を報告します。

 温泉へ行くことは昨年末から晴れ男さんたちと検討をしていましたが、当初は由布院に行き、由布岳に登り、温泉に入って来る予定になっていました。ところが由布岳に登るといういい歳、りょうちゃんの提案が嫌われて、鬼怒川に行くことに決まってしまいました。要するに、皆さん、山歩きのアクティビティーがお好きではないようです。037.gif

 大井町駅前で待ち合わせをして、晴れ男さんのリムジンカーで鬼怒川温泉あさやへ向かいますが、おばあちゃんが約束の時間になっても来ていません。私以外の面々は時間にはおおらかで遅れてくるのはいつものことですが、この日、1月21日はJR京浜東北線で沿線火災があり、あとで知ったのですが7時間ほど不通になっていたそうです。
b0190242_15191284.jpg

 仕方なく、おばあちゃんが住んでいる大森まで迎えに行き、そこから鬼怒川へ向けて改めて出発となりました。この日の天候は曇りでしたが、鬼怒川が近づくにつれて、雪模様になって行きました。写真は羽入SA。
b0190242_15195989.jpg

 羽入サービスエリアでいがまんじゅうが売っていました。まんじゅうに赤飯が巻いてあります。埼玉県人はまんじゅうに赤飯を巻いて食べる習慣があり、見た目は驚きますが、味は悪くはりません。
b0190242_15201981.jpg

b0190242_15203834.jpg

 日光は雪模様、そして3時間足らずで鬼怒川あさやホテルに着いてしまいました。チェックインは15時なので、それまで近くの龍王峡へ行きました。
b0190242_152193.jpg

 ここ龍王峡は太古海底にあり、2200万年前の火山活動で隆起した火山岩台地が鬼怒川によって浸食を受けて、このような巨岩と清流の景観になったそうです。
b0190242_1522788.jpg

b0190242_15223848.jpg

b0190242_15225682.jpg

b0190242_15232471.jpg

 龍王峡の橋の上で記念撮影。この鬼怒川の名前の由来は、鬼が怒っているような荒々しい流れであることから来ています。しかし、この龍王峡を流れる「鬼怒川」は流れているのかどうかわからないくらいの静かな水面でした。そして、普段は鬼のような顔のおばあちゃんも、京浜東北線に乗れずに遅刻して疲れてしまったのか、穏やかな表情でした。037.gif
b0190242_15241449.jpg

b0190242_15243232.jpg

b0190242_1525837.jpg

b0190242_15253569.jpg

b0190242_1526117.jpg

b0190242_15262279.jpg

b0190242_15264752.jpg

 龍王峡は1周すると2時間要するそうです。晴れ男さんが「1周してみようか?」というと、おばあちゃんと奥様から強硬に反対されました。雪も降っていたため、橋の上で記念撮影後、早々と宿に戻って温泉に入ることにしました。ホテルへ戻る途中、川治ダムに立ち寄りましたが、雪で真っ白で何も見えませんでした。
b0190242_15274343.jpg

b0190242_1528315.jpg

b0190242_1528265.jpg

 あさやホテルに着いて、取りあえず入浴し、夕飯ということになりました。晴れ男さんの奥様は、無類の温泉好きらしく、普段、大井町の「王様の湯」でも3時間入浴するそうです。この日も夕飯直前まで3時間入浴し、夕飯後もお風呂に入りに行きました。いい歳、りょうちゃんは長湯すると倒れてしまうので、さっと入って、部屋で晴れ男さんとビールを飲みました。おばあちゃんもお風呂は短めです。037.gif
b0190242_15291114.jpg

b0190242_15293693.jpg

b0190242_1530197.jpg

 夕飯はあさや名物のバイキングでした。晴れ男さんは最初からチキンピラフやビーフシチューなどを食べて、お腹がすぐにいっぱいになってしまったようです。晴れ男さんの奥様と、いい歳、りょうちゃんはカニばかり食べていました。驚いたのはおばあちゃんの食欲です。一緒に飲みに行った時はいつもほとんど食べないのに、この日はおばあちゃんにしては結構召し上がっており、こんなに食べているおばあちゃんを始めて見ました。038.gif
b0190242_1530304.jpg

b0190242_15305332.jpg

b0190242_1531982.jpg

b0190242_15313853.jpg

b0190242_1531599.jpg

 


(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

b0190242_15322956.jpg

b0190242_1533416.jpg

b0190242_1533337.jpg

 
 『播州平野』『伸子』『道標』など、プロレタリア女流作家として、近代文学史上に残る数々の名作を書いた宮本百合子は、昭和26年(1951年)1月21日に亡くなりました。

 旧制中条百合子。父は高名な建築家、当時の上流階級に属していました。4歳のとき父の留学に伴われ、4年間をロンドンで過ごしました。
 祖父の中条政恒は、旧米沢藩士で、明治政府の国営開拓事業「安積開拓」の指導者として郡山に移り住み、その大事業を完成させた郡山市の恩人です。百合子は少女時代、学校が休みになると祖父母のいる郡山に遊びにきて、開拓事業に参加した悲惨な農民の生活を知りました。

 18歳のとき、これを素材に、「中央公論」に発表したのが『貧しき人々の群』でした。彼女はこの処女作で文学の道へ入りました。昭和2年(1927年)から昭和5年(1930年)までソ連に遊学、帰国後はプロレタリア作家同盟に加わり、当時思想弾圧を受けていた日本共産党にも入党しました。

 昭和7年(1932年)、宮本顕治(日本共産党前委員長)と結婚しましたが、その直後に検挙、つづいて顕治も検挙されました。彼女はその後何回かの検挙、釈放をくりかえし、執筆禁止処分を受けながらも、それにくじけず抵抗運動を進めてきました。

 終戦で解放されるまで12年間、厳寒の北海道網走刑務所にいた夫宮本顕治との愛の往復書簡は、今読んでも心をうたれます。

 百合子の文学碑は、郡山市開成山公園に建てられ、『貧しき人々の群れ』の一節が刻まれています。
「どうぞ憎まないでおくれ。私はきっと何かを捕える。どんなに小さいものでも、お互いに喜ぶことの出来るものを見つける。・・・・・」

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

b0190242_15334812.jpg

b0190242_15341025.jpg

b0190242_15342541.jpg


 一夜明けて、またもやあさや名物のバイキングの朝食を食べて、一風呂浴びて、出発です。最初、日光江戸村へ行こうかということにしていましたが、日光江戸村の入場料はひとり4800円であることがわかったので、江戸村はやめて、華厳の滝と日光東照宮の修学旅行コースを通って東京へ帰ることにしました。
b0190242_15353580.jpg

 雪が降って、いろは坂は凍結しているため、慎重な運転でいろは坂を登って行きました。坂の途中にチェーンが落ちていました。はずれてしまった車はどうなったことでしょうか。
 いろは坂を登ると、すぐ目の前に日本百名山の男体山がそびえています。この男体山もいずれ来なければなりません。038.gif
b0190242_15362475.jpg

b0190242_15364479.jpg

 まず華厳の滝の見学です。エレベータで100 m下がってゆき、華厳の滝展望台に出ます。華厳の滝に来たのは小学校6年生の時の日光移動教室以来です。実に36年ぶりです。エレベータも展望台へ続く通路もこんなにきれいだったか、全く記憶にありません。あのときは華厳の滝の大きさにただただ驚いていたことだけを覚えています。そして、華厳の滝に目をやると左側に滝壺が目立たないほど大きな土砂がありました。昨年の東日本大震災の時に土砂が崩れて、滝が少し埋まってしまったという話を聞いたことがあります。おそらくその土砂でしょうか。
b0190242_1537137.jpg

b0190242_15383338.jpg

b0190242_15385265.jpg

b0190242_15392927.jpg

b0190242_15402227.jpg

b0190242_15405262.jpg

 そして華厳の滝でも記念撮影。小学生の時は3人で写真を写すと、真中の人が早く亡くなるというウワサがありましたね。今回、晴れ男さんとりょうちゃんが真中に写っています。037.gif
b0190242_15412615.jpg

b0190242_15425330.jpg

b0190242_15432317.jpg

 華厳の滝の見学後、男体山を背景にまたもや記念撮影。
b0190242_15435745.jpg

b0190242_15441375.jpg

 そして、歩いてすぐの中禅寺湖を見に行きました。歩道は30 cm以上積雪していました。
b0190242_15445998.jpg

b0190242_15452686.jpg

 カエルの雪だるま。
b0190242_15462929.jpg

 おばあちゃん、無理して雪の上を歩いています。037.gif038.gif
b0190242_15464339.jpg

 華厳の滝エレベータの前の喫茶店で、親子連れが「カレイパン」を買っており、とてもおいしそうに見えたので、私たちも騙されて買ってしまいました。見た目は美味しそうなのですが、空腹で耐えられない時は美味しいと思うかもしれません。あさやホテルでたくさん食べていたおばあちゃんもカレイパンを残していました。
b0190242_15492814.jpg

b0190242_15473836.jpg

b0190242_15482768.jpg

b0190242_15484583.jpg



(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(坂本スミ子/夜が明けて)

夜が明けて(作詞:なかにし礼、作曲:筒美京平、歌:坂本スミ子)

夜が明けて 手さぐりをしてみた
ぬけがらのとなりには 誰もいない
目をあけて 部屋のなか見てみた
陽がもれる窓のそば 誰もいない
夢を追いかけて
ひとりふかす たばこのけむり
白い 白い
夜が明けて 夢をみたまくらに
あの人のかみの毛が ひとつのこる
テーブルの 灰皿の中には
あのひとのすいがらが ひとつのこる
あせたくちびるを
かんでひいた ルージュの赤が
つらい つらい

われた手鏡に
語りかける おんなの朝は
ひとり ひとり

b0190242_15501355.jpg

 
 「カレイパン」でお腹がいっぱいになってしまった私たちは再びいろは坂を慎重に下り、日光東照宮へ向かいました。いい歳、りょうちゃんは日光東照宮も36年ぶりでした。写真では雨が降っているように見えますが、雨ではなく、高い杉の木に積もった雪が溶けて、その雪解け水が降って来ていました。
b0190242_15511819.jpg

 東照宮に手を合わす修験者の方たち。
b0190242_15514438.jpg

 五重塔。
b0190242_155246.jpg

 有名な「見ざる、言わざる、聞かざる」。猿の彫刻はこの「見ざる、言わざる、聞かざる」だけではなく、シリーズになっており、人生をあらわしているそうです。
b0190242_15523782.jpg

b0190242_1553596.jpg

b0190242_15532291.jpg

b0190242_15534891.jpg

 奥にあるのは陽明門。
b0190242_15541097.jpg

b0190242_155744100.jpg

 左甚五郎の「眠り猫」を見た後、200段の階段を登って、徳川家康の墓に辿り着きます。この家康の墓はつい最近公開されたものであり、それ以前は見ることができなかったそうです。私も36年前、家康の墓を見た記憶はありませんでした。
b0190242_15543627.jpg

b0190242_155506.jpg

b0190242_15553433.jpg

b0190242_15554731.jpg

b0190242_1556445.jpg

b0190242_15565334.jpg

b0190242_15563651.jpg

 そして、36年前の日光東照宮で覚えているのは「泣き龍」が泣かなかったことです。「泣き龍」は写真撮影禁止。そして手を叩くことも禁止されていました。小学生の時に「泣き龍」の下で手を叩いても天井の龍がうんともすんとも言わず、みんなでがっかりしたことを覚えています。36年ぶりに「泣き龍」を見に来て、あの時、泣き龍が泣かなかった理由がわかりました。昔は天井の龍の下で勝手に手を叩いて通っていましたが、今は順番に「泣き龍」の間に通されて、坊さんが一通りの法話を聞かせた後に、その坊さんが大きな拍子木を「泣き龍」の下で思いっきり叩くと、拍子木の音が響くのがわかりました。この音の響きこそが龍の泣き声だったのです。小学生の小さい手で手を叩いたくらいの音では、音は響かずに、龍は泣かないのです。36年経ってようやくこのつまらないカラクリがわかりました。坊さんは龍の泣き声を聞かせた後、「泣き龍」と同じ泣き声の音がするという鈴を1つ1000円で売っていました。私たち一行は、その鈴は買わずに、日光東照宮を後にしました。
b0190242_1557214.jpg

 東武日光駅の前で蒸かしている湯葉まんじゅうを買って、食べながら晴れ男さんのリムジンで東京へ帰って来ました。次は西伊豆にでも行こうかと相談しています。038.gif
b0190242_1558410.jpg

b0190242_15581637.jpg


 
次回は石射太郎・高宕山特配を報告します。060.gif

b0190242_15584837.jpg

b0190242_155984.jpg

b0190242_15594428.jpg

b0190242_1601395.jpg

b0190242_1603374.jpg

b0190242_1611959.jpg

b0190242_162076.jpg

b0190242_162255.jpg

b0190242_1625375.jpg

b0190242_1631696.jpg

b0190242_1634037.jpg

b0190242_164067.jpg

b0190242_1642293.jpg

b0190242_165594.jpg

b0190242_1653276.jpg

b0190242_166058.jpg

by ryott-ryott | 2012-02-12 16:13 | 鬼怒川温泉道中記

南北朝の間で揺れた星ヶ城山を行くヽ(^o^)丿

旅行・地域
b0190242_14192022.jpg


 掲示板「なんでもトライアスロン」Facebookのほうにはほぼタイムリーに写真を投稿していますが、最近はFacebookで遊んでしまっているため、ますますブログが実態に追い着いていません。小豆島の報告の前にまずは近況報告です。
b0190242_14205924.jpg

 そのFacebookですが、お友達になっていただいた方が今オンラインでつながっていることを知ることができます。オンラインでつながっているお友達とはチャットでき、最近はKick POPさんとよくチャットをしています。038.gif
b0190242_1423850.jpg

 そして昨日の2月4日立春の日は城南島海浜公園で日の出を見た後、夕方は大井町湯屋仲間のエルビー山岸さんの新居へお招きいただきました。058.gif
b0190242_1424826.jpg

b0190242_14251871.jpg

b0190242_14255272.jpg

 山岸さんの奥様には4~5年ぶりにお会いしました。お料理はどれもプロ級の腕前で、山岸家でまたもや食べ過ぎ、飲み過ぎてしまいました。山岸さんがなかなか痩せられないといつも話している理由がわかりました。こんなに美味しいお料理を作ってもらっていたら、痩せている暇はないと思います。
写真は引っ越し祝いに持って行った「鎧せんべい」です。038.gif
b0190242_14283581.jpg

b0190242_1428588.jpg

b0190242_14291072.jpg

b0190242_14293135.jpg

 そして山岸さんの奥様は、私のことをリリコと呼んでいます。これは以前に大井町湯屋の方からトマトの苗をもらったことがあり、そのトマトは「リリコ」という名前の品種で、私が皆さんに「リリコ」を使って、「リリコのトマトカレー」をつくって差し上げたことがあり、それ以来、私のことをリリコと呼んでくれています。037.gif
b0190242_14301726.jpg

b0190242_14303236.jpg

b0190242_14304525.jpg

 エルビーさんはお酒にやられて寝てしまいましたが、奥様はお酒にも強く、私がおいとまするまで全く変わりませんでしたね。私も最後はお宅で少し寝てしまいました。美味しいお料理とお酒とおもてなし、本当に有難うございました。038.gif
b0190242_14271348.jpg

上品な山芋の煮もの。ゆずのよい香りが食欲をそそります。
b0190242_14265899.jpg

棒棒鶏。生姜とねぎの入った胡麻だれがとてもよく合っていました。
b0190242_14272896.jpg

肉巻おにぎり。ごぼうの牛肉巻も戴きましたが、牛肉が美味しくてすぐ食べてしまい、写真を撮り忘れました。
b0190242_14274415.jpg

牡蠣ごはん。どの料理もおいしいのですが、この牡蠣ごはんは一流店の味でした。
b0190242_1428066.jpg

目が覚めたエルビー山岸さん。
b0190242_14281437.jpg

 さてアミューズトラベル新春登山2日目は小豆島の最高峰、星ヶ城山(標高817 m)へ登りました。写真はホテルの朝ご飯です。総勢25名で賑やかな朝ご飯でした。
b0190242_14314698.jpg

b0190242_14321948.jpg

b0190242_14323757.jpg

 朝食を済ませて、朝7時にホテルを出発。バスで登山口へ。この日は1日目よりもさらに雲の多い一日となりました。よしこさんと帰りのフェリーで小豆島に沈む夕陽を見れるのではないかと話していましたがまぼろしとなりそうな空模様です。
b0190242_14331754.jpg

b0190242_14334416.jpg

 この星ヶ城山の山容は、前日の諭鶴羽山とはちがって、奇岩が目立ちます。カメが登っているように見えます。
b0190242_14343792.jpg

b0190242_14354140.jpg

 山の壁面に石像が彫られている寺がありました。
b0190242_1436681.jpg

b0190242_14362668.jpg

b0190242_14365324.jpg

b0190242_1438981.jpg

b0190242_14373781.jpg

 松茸岩の前で記念撮影。瀬戸内海も望めますが、対岸は見えませんでした。晴れていれば、関西空港も見えるそうです。
b0190242_14385377.jpg

b0190242_14392361.jpg

b0190242_14394530.jpg

 9時過ぎに寒霞渓ロープウェイの駅前に到着。ここから三笠山を越えて、本丸の星ヶ城山へ向かいます。ここで残念ながら「歩みの会」の西村さんが頂上へ行くことを断念され、私たちが星が城山へ行って戻ってくるのを待つことになりました。しかし、私たちを待っている間に西村さんがお土産物屋さんのレストランに話をつけてくれて、お昼御飯のお弁当をレストランの中で食べることができました。気温の低い屋外で食べなくで済み、全員、暖かい建物の中で楽しいお昼ご飯になりました。038.gif038.gif038.gif
b0190242_14402084.jpg

b0190242_14404879.jpg

b0190242_14411175.jpg

b0190242_1441552.jpg

b0190242_14431391.jpg

b0190242_14434750.jpg

b0190242_14441677.jpg

 星ヶ城山の頂上に向かう途中、斜面の急なアップダウンがありました。
b0190242_1444456.jpg

b0190242_14451218.jpg

b0190242_14454475.jpg

 星ヶ城山はその名の通り、かつては城があったそうです。時は室町時代の初めまで遡ります。ご承知の通り、後醍醐天皇が布いた「建武の新政」に不満を持つ勢力、足利尊氏が後醍醐天皇を廃し、持明院統の光明天皇を擁立して、室町幕府が成立しました。そのときに後醍醐天皇は京都を脱出し、吉野山にこもり、自らが正統の天皇であることを主張し、京都には北朝、吉野には南朝が出現し、以後60年間、南北朝時代が続きます。この南朝側についた斎藤家が小豆島に築いたのが星ヶ城です。今はその城はありませんが、写真の祠はその時代につくられたそうです。
b0190242_14462079.jpg

b0190242_14464021.jpg

b0190242_14472233.jpg

その祠の前で「歩みの会」の皆さんと記念撮影となりました。
b0190242_1448360.jpg

b0190242_14482555.jpg

b0190242_14484086.jpg

b0190242_14485761.jpg

星ヶ城神社。
b0190242_14493486.jpg



(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

b0190242_1450149.jpg

b0190242_14501476.jpg

 
 1月15日は、「成人の日」です。「大人になったことを自覚し、自ら生き抜こうとする青年を祝い励ます日」として昭和23年(1948年)に制定されました。

 1月15日で思い出すのは、昭和14年(1939年)のこの日です。“史上最強”といわれた名横綱双葉山が、春場所4日目、70連勝を前に、西前頭二枚目安芸の海に負けてしまった日です。
 まだプロ野球は草創期で、スポーツといえば大相撲が国民最高の人気を博している時代です。当時は場所数も少なく、69連勝するのにも3年有余の歳月がかかっています。100勝は大丈夫と思っていただけに、この一敗は大ニュースで、新聞各社は競って号外を出すほどの熱狂ぶりでした。

 彼は技だけでなく、人間的にも立派でした。それはいつも「木鶏」たるべく努力をしていたからです。
 「木鶏」とは木彫りのニワトリです。昔、中国の闘鶏を飼育する名人が、国王から強い闘鶏の飼育を頼まれたときの話です。

 10日たつと国王は「もういいか」とたずねてきました。「まだいけません。カラ元気の最中です。」また10日たちました。「まだです。相手を見ると興奮します」、次の10日目「まだいけません。なんだこいつがとカサにかかるとこがあります」国王はしびれをきらしてさらに10日待ちました。
 「もういいでしょう。相手が挑戦してきても一向に平気です。ちょっとみると木彫の鶏のようで、その徳は完全です。どんな鶏だって、あの鶏にかかっていく鶏はおりません」こう答えたといいます。

 相手が立ってから受けつ立つ、横綱相撲の秘密もここにあったのです。横綱在位7年半。引退後年寄時津風として活躍。昭和43年(1968年)、56歳で逝去。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

b0190242_14502994.jpg

b0190242_14504121.jpg


寒霞渓。
b0190242_14514110.jpg

b0190242_14523768.jpg

寒霞渓からの眺め。
b0190242_14531499.jpg

b0190242_14534358.jpg

この輪に皿を通すと幸せになるそうです。
b0190242_14541551.jpg

b0190242_14544347.jpg

b0190242_145533100.jpg

寒霞渓でも記念撮影。
b0190242_1456814.jpg

烏帽子岩
b0190242_14562963.jpg

皆さん、無事に下山しましたが、下山道のあちらこちらに猿の落し物があり、「歩みの会」の方も犠牲者が出ました。
b0190242_14565694.jpg

b0190242_1457128.jpg

b0190242_14573711.jpg

b0190242_14582727.jpg

屏風岩
b0190242_145909.jpg

b0190242_14593195.jpg



(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(坂本スミ子/夜が明けて)

夜が明けて(作詞:なかにし礼、作曲:筒美京平、歌:坂本スミ子)

夜が明けて 手さぐりをしてみた
ぬけがらのとなりには 誰もいない
目をあけて 部屋のなか見てみた
陽がもれる窓のそば 誰もいない
夢を追いかけて
ひとりふかす たばこのけむり
白い 白い
夜が明けて 夢をみたまくらに
あの人のかみの毛が ひとつのこる
テーブルの 灰皿の中には
あのひとのすいがらが ひとつのこる
あせたくちびるを
かんでひいた ルージュの赤が
つらい つらい

われた手鏡に
語りかける おんなの朝は
ひとり ひとり

b0190242_1502139.jpg

 
星ヶ城山を下山し、二十四の瞳映画村へ。「歩みの会」のお孫さんは高峰秀子を知らないそうです。
b0190242_1505763.jpg

b0190242_1512736.jpg

b0190242_1521560.jpg

b0190242_1523376.jpg

b0190242_153474.jpg

b0190242_154319.jpg

b0190242_1542557.jpg

b0190242_1545516.jpg

 フェリーに乗って、姫路港へ。
b0190242_1553688.jpg

b0190242_1563070.jpg

b0190242_1571282.jpg

 やはり、この曇り空でフェリーの上から夕陽を見ることはできませんでした。仕方ないので日の丸を撮りました。
b0190242_1573711.jpg

 伊丹空港でよしこさんと、とんかつを食べて、飛行機に乗りました。私たちが乗った飛行機は最終便で、伊丹空港のほとんどのお土産物屋さんは閉店していました。羽田空港で「歩みの会」の皆さんともお別れです。私は3月13日(火)、「歩みの会」で行くお天気山~羽賀場山(栃木県鹿沼市)に参加するべく休暇申請をしました。またお会いできる日を楽しみにしています。038.gif
b0190242_158917.jpg


 
次回は鬼怒川温泉道中記を報告します060.gif

b0190242_1591986.jpg

b0190242_1594864.jpg

b0190242_15103930.jpg

b0190242_15111927.jpg

b0190242_15115752.jpg

b0190242_15122035.jpg

b0190242_15125898.jpg

b0190242_15133920.jpg

b0190242_15145255.jpg

by ryott-ryott | 2012-02-05 15:20 | 淡路島と小豆島の最高峰に登る