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歩みの会 桃の花咲く大栃山を行くヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 ブログのほうがなかなか実態に追いついておりません。近況をお話しておくと、大栃山の翌週は久しぶりにアミューズの初心者クラスに参加し、妙義山中間道へ行ってきました。そして今週GWの連休初日と2日目は大台ケ原と大峰山へ行ってきました。それぞれの写真はすでになんでもトライアスロンの掲示板Facebookには掲載しました。Facebookは「いい歳 りょうちゃん」で登録しており、公開にしていますので、誰でも見ることができます。

今後の予定は以下の通りです。
5月 4日か5日 「めざせ剣岳」乾徳山(お天気次第)
5月12日~13日 雪山・立山(雄山、大汝山)
5月19日    天城山周遊
5月27日は同窓会が予定されており山は休み
6月 2日~3日 「めざせ剣岳」小川山
6月17日    日帰りトレーニング 男体山
6月23日    浦安歩みの会・磐梯山
6月30日    げんだま会(大学研究室の同窓会)
7月14日~16日 白馬岳
7月23日    歩みの会・八間山(月曜日なので休暇が取れれば参加予定)

 お饅頭をスタッフバッグに入れて準備万端。038.gif
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 さて4月16日(月曜日)は歩みの会で山梨県の大栃山に行ってきました。平日なのでもちろん休暇をとりました。今回の歩みの会は、正会員としてはじめての参加になります。会長の浅場さんから歩みの会のバッチ、山小屋で使うLEDランプ、山行き記録帳、会則、今後の予定を授与されました。024.gif
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 待ち合わせは新宿安田生命ビル前、午前7時30分出発。今日のガイドさんは白砂さんでなく、千田さんでした。白砂さんはウズベキスタンへ行っていたそうです。サブは辻さんでした。
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 談合坂SAの桜。056.gif
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 新宿を出発し、約2時間ほどで登山口のバス停前に到着。
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 いつものように準備体操。辻さんが「倉持さんはタコのように体が柔らかい。」と言っていました。037.gif
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 大栃山の中にはほとんど花が咲いていません。登山口入り口にいくつか草花が咲いており、千田さんから説明がありました。
 仏の座の花。
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 踊り子草。
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 この花は何でしょうか、忘れてしまいました。
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 白梅。
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 キブシ。漢字で書くと「木五倍子」。文字数が合いません。
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 猫柳。
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 沢を渡って、いよいよ登山開始。本当ならば今日は大栃山を縦走する予定でしたが、大栃山の頂上から小栃山、花鳥山にかけて、先日4月3日の爆弾低気圧の影響で木が倒れたままになっており、縦走は時間がかかりすぎるとの判断からピストンになりました。
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 大栃山は単調な登りが続きます。
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 一か所だけ道が崩れて、幅が狭くなっている場所がありました。でも大したことはありません。
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 鳶巣峠(とびすとうげ)でお昼休憩をとりました。
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 お昼ご飯をみんなで賑やかに食べました。後ろでバナナを食べているのが浅場会長。マリコさんが会長に向かって、「コソ泥みたい。」だと酷いことを言っていました。041.gif
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 青木さんと新房ちゃん。038.gif
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 藤子ちゃん。038.gif
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 サブガイドの辻さん。038.gif
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 ミルクティーをつくる倉持さん。038.gif
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 お地蔵さんかと思ったら、よく見ると天狗さんでした。
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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“Boys, be ambitious!”(青年よ大志を抱け!)この言葉は、明治10年(1877年)4月16日の朝、明治政府の要請で、北海道札幌農学校(現・北大農学部)の教頭として来日したウィリアム・クラーク博士が、アメリカに帰国する際、見送りにきた学生たちに向かって、最後の別れの挨拶をしたときの結びの一句です。

 よく“青雲の志”といわれますが、青年時代の志は高く大きくもつべきものです。

 江戸時代、この“大志”を抱き、初志を貫徹した3人の青年僧がいました。
 京都と大阪を流れる淀川の船にのり合わせた3人の青年僧が、たまたま話に興じ、それぞれ自分の志を述べ、その実現を誓って別れました。

 一人の志は、焼けた大仏殿を再建することでした。一人は曹洞宗の法脈の乱れを正し、宗統の復活をはかることでした。もう一人は、一切経の翻訳を完成することでした。
 それから幾星霜・・・・・・・

 第一の青年僧はのちの公慶上人といわれた人で、幕府から大勧進の許可をもらい、全国を行脚して喜捨を求め、みごとにあの大仏殿を再建しました。

 第二の青年僧は道元禅師です。同じく幕府から一師印証の定書を受け、今日の曹洞宗大本山永平寺を中心とする宗統の復活をはかりました。

 第三の専念僧はのちの鉄眼和尚です。日本ではじめてのの一切経の翻刻をするため浄財を集めましたが、度重なる飢饉を見逃すことができず、二度にわたりその浄財を救済金として拠出し、三度目の募金でようやくこの大事業を完成させました。

 三者三様に、青年時代の大志を果たすことができたのです。いつの時代でも“青年よ大志を抱け!”は真理です。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 賑やかなお昼を済ませて、最後の勾配を登りきると大栃山の頂上に辿り着きます。
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 今日の朝は青空が覗いていたのですが、登るころにはすっかり曇り空になってしまい、展望もあきらめていましたが、ほんの一瞬、かすかに富士山の稜線を見ることができました。しかしすぐに雲の中に隠れてしまいました。
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 百名山以外でも頂上で倉持さんと記念撮影。038.gif
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 歩みの会の皆さんと記念撮影。038.gif
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 野中ちゃんと青木さん。038.gif
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 頂上から見た麓の様子。曇りなので霞んでいます。
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 本来の予定では、この道を下って行く予定でしたが、ご覧の通り、木で塞がれています。
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 頂上で一通り記念撮影をして、下山を開始。もと来た道を降りていきました。038.gif
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 先ほど崩れて道幅が崩れているところも当然通過。写真で見ると平坦に見えて、高度感がわかりません。
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 沢で靴を洗って、バスに向かいます。
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 途中、甲斐犬の子犬が追いかけてきました。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(中島みゆき/荒野より)

荒野より(作詞:中島みゆき、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

夜が
望みは何かと訊かれたら君がこの星に居てくれることだ
力は何かと訊かれたら君を想えば立ち直れることだ

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

朝陽の昇らぬ日は来ても君の声を疑う日はないだろう
誓いは嵐にちぎれても君の声を忘れる日はないだろう

僕は歌っているだろう君と歌っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は生きているだろう君と生きているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない
荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

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 下山後、しばしの間、里に咲いている桃の花の花見をしました。
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 正面に見える頂上が平らの山が今登って来た大栃山です。
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 桃の花摘みをしていました。この花摘みを行わないと大きな実が成らないそうです。038.gif
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 菜の花も咲いていました。
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 白い花はスモモの花です。
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 この白と桃色の混ざった花も桃の花で「源平桃」といわれています。「西に平家の赤い旗、東に源氏に白い旗」といわれるように、源平の戦の色分けから現在の紅白戦につながっています。
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 入浴後、ビールで一杯。
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 山梨のB1グランプリ優勝の甲州とりもつ煮を食べて帰って来ました。帰りのバスの中で歩みの会への入会の挨拶をさせていただきました。歩みの会の皆さん、今後ともどうぞ宜しくお願いします。次回は7月23日の八間山に休暇が取れれば、参加する予定です。024.gif
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次回、妙義山中間道の報告をします。060.gif





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by ryott-ryott | 2012-04-30 15:22 | 桃の花咲く大栃山 | Comments(0)

連投登山、石裂山~天下の秀峰 金時山ヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 今週の土曜日、4月14日も雨が降りました。3月以降土曜日は雨ばかり降っていますが、先週の4月7日の土曜日はめずらしく晴れました。4月7日はアミューズの特配で石裂山(おざくさん)へ行ってきました。038.gif
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 上野組は朝7時に駅前に集合。私は少し早く、上野についてしまったので、上野公園の桜を少し見物してきました。056.gif
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 花見の場所取りでブルーシートの上で何にもの人がまだ寝ており、朝6時半にビールのケースを抱えて運んでいる女子が多くいました。
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 上野大仏。まだ柵が閉められていました。朝10時からのようです。
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 桜の中でお年寄りがラジオ体操をしていました。その中によしこさんがいました。038.gif
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 午前7時、いよいよバスに乗って出発。最初の休憩場所、羽入SAで「なしりん」と一緒に記念撮影。037.gif
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 続々とゆるキャラが出てきました。038.gif
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 これが3月に歩みの会で出かけてきた「羽賀場山・お天気山」です。今日行く石裂山はお天気山の近くです。
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 この加蘇山神社の前で降りて、歩き始めます。
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 準備体操、おなじみのこの方のストレッチ。今日のタイツは少し派手ですね。038.gif
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 林道を歩いて行きます。
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 石裂山には恐ろしげな動物がいるようです。042.gif
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 神社の境内を上がって行き、登山道へ入って行きます。
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 巨大な杉の木。
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 今日の土曜日は、天気はいいのですが、風が冷たいです。
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 樹齢1000年、千本桂の木。桂の木が生える土地は痩せているとの説明が白砂ガイドからありました。
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 人と比べると、結構大きいことがわかります。
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 よしこさんとベジー太宮崎さん、千本桂の前で記念撮影。
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 ここからが正念場と言う前に、お昼ご飯になりました。午前11時33分。
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 まずは鎖場から。
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 次は長い梯子です。梯子の手すりがとても冷たかったです。
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 急登が続きます。しかも片側は切れています。落ちたら命はないでしょう。
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 この尾根も両側が切れています。しかも木の根が露出しており、雨が降ってなくてよかったです。
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 折角登ったのに、東剣の峰を降りていきます。
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 長い梯子を慎重に降りていきます。手すりが冷たいです。
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 降りたらまた急登を登ります。
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 目の前が石裂山の頂上です。
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 折角登ったのに、また梯子を下ります。手すりが冷たいです。
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 そしてまた急登を登ります。
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 ようやく石裂山の頂上に到着しました。13時38分。いつものように倉持さんと記念撮影。
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 石裂山頂上に咲いた鮮やかな花々。お世辞です。037.gif041.gif
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 頂上で記念撮影をした後、次のピーク、月山に向かいました。
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 月山から見た男体山。
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 この風景はお天気山から見た風景と同じです。
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 下山を開始。下山も急こう配を降りていきます。
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 ようやく加蘇神社の前に戻って来ました。15時35分。
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 温泉はお天気山で行った時と同じ「鹿沼温泉 華ゆらり」でした。
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 入浴後、にらそばを食べて、いつものようにバスの中の大宴会で帰って来ました。038.gif
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 太平洋戦争の末期、日本領土で最大の激戦地になり、一木一草まで焼き尽くされた沖縄の南部戦線は、今では戦跡として観光名所になっています。

 沖縄には、この島で散華した人々を祀る各種慰霊塔が約300近くありますが、一番有名なのは「ひめゆりの塔」でしょう。
 米軍が上陸し、陸軍病院の臨時看護婦として働いていた師範学校女子部と第一高女の生徒200人は、最後の戦闘で、摩文仁の丘にあった第3外科壕(洞窟)で全員玉砕しました。
「ひめゆりの塔」と名づけ、その建立に奔走したのは、戦時中、小学校の校長をされ、戦後、米軍の地区隊長から真和志村の村長を任命された金城和信です。

 この壕で二人の愛娘を失った彼は、師範学校女子部の校友会誌「しらゆり」と、第一高女の校友会誌「おとひめ」からその名をとって「ひめゆり」と名づけました。

 金城和信は、終戦とともに一番先に遺骨収集をはじめ、まず「魂魄の塔」を建てて納骨し、続いて「ひめゆりの塔」「健児の塔」を建て、各県が建てる慰霊塔のお世話をするなど、戦後33年間、その後半生を遺族援護と、沖縄の祖国復帰運動に捧げました。

 当時、米軍支配下の遺骨収集は、まだ敵対行為とみられ、命がけの仕事でした。

 昭和26年4月7日、この「ひめゆりの塔」ができたとき、一緒に慰霊祭を行いたくて米軍に許可を願いでましたが許されず、表面は塔の清掃をすることで許可をもらい、第一回の慰霊祭を催したといいます。

 昭和53年(1978年)11月、81歳で亡くなりましたが、その胸像と顕彰碑は、遺骨収集のゆかりの地、糸満市米須の魂魄の塔の隣に建てられています。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 石裂山に行った翌日、4月8日(日曜日)、アミューズの20周年謝恩企画で日本三百名山の金時山へ行ってきました。連投なので、石裂山の疲れが出ないかと心配でしたが、折角申し込んだので行くことにしました。
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 今日もいい天気。今日は新宿安田生命ビル前に集合。謝恩企画でアミューズの会員は料金が3900円ということもあり、総勢70名以上が申し込み、バス4台で金時山に向かいました。私はじゅんやさん夫妻と同じ2号車。ガイドさんは清水さんと向笠さんでした。倉持さんは3号車です。
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 7時30分に新宿を出発し、9時30分には足柄峠の登山口に到着しました。70名全員で登るのではなく、いつものようにバスごとで山登りをします。どうやら2号車が一番早く登山口に着いたようです、後続車は私たちが準備体操を終えて歩きはじめても到着していませんでした。
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 歩き始める前に、清水ガイドから解けにくい靴ひもの結び方のレクチャーがありました。038.gif
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 足柄峠からの登山は最初はほとんど平坦な道から始まります。昨日の石裂山に比べれば、大楽勝。037.gif
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 富士山が見えました。
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 平坦登山道から目指す金時山が見えます。
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 この鳥居から勾配を登り始めます。
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 頂上まで、このような階段が12あり、干支でナンバリングされてます。
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 金時山中腹から見た富士山。038.gif
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 これが最後の「イノシシ」の階段です。
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 頂上に到着。「天下の秀峰 金時山」から雲が少し多いですが、富士山を見ることができました。038.gif
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(中島みゆき/荒野より)

荒野より(作詞:中島みゆき、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

夜が
望みは何かと訊かれたら君がこの星に居てくれることだ
力は何かと訊かれたら君を想えば立ち直れることだ

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

朝陽の昇らぬ日は来ても君の声を疑う日はないだろう
誓いは嵐にちぎれても君の声を忘れる日はないだろう

僕は歌っているだろう君と歌っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は生きているだろう君と生きているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない
荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

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 頂上でお昼ご飯を食べました。頂上には金時娘がいる茶屋がありましたが、金時娘さんはいらっしゃいませんでした。
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 じゅんやさんたちと頂上で記念撮影。
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 奥様から顔を小さく撮るようにとの注文がありました。037.gif
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 11時前に頂上について、11時30分までお昼休憩をとりました。私たち下山を開始するころに、後続車、1号車の林さん、辻さんのグループが頂上に到着しました。
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 下山を開始。写真は乙女峠方面。
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 大涌谷から煙が上がっていました。
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 下山途中、割れている大きな石がありました。
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 公時(きんとき)神社から見た金時山。12時50分に登山終了。バスが来ていませんでした。
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 いつもに比べると随分早い入浴になりました。
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 入浴後、ビールで一杯。もちろん、帰りのバスの中でじゅんやさんたちと力水を酌み交わしながら新宿まで帰って来ました。038.gif
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明日は歩みの会「大栃山」へ行ってきます。060.gif





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by ryott-ryott | 2012-04-15 12:43 | 石裂山・金時山 | Comments(2)

ヤマトタケル伝説、雪山の武尊山は手強い山でしたヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 3月31日土曜日、今週の土曜日も雨でした。しかも春の嵐を思わせるような大雨です。この日、アミューズのツアーで雪山の武尊山(ほたかやま)へ行ってきました。
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 あまりにもひどい雨だったので、電車が遅れるのではないかと思い、早めに集合場所へ向かいました。集合は16:55、いつもの新宿安田生命ビル前です。私は30分以上も早めに着いてしまいました。集合場所にはまだ誰も来ていません。057.gif
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 この日、登山口から約1時間のところのペンションに前泊して、翌日の日曜日に武尊山を目指します。
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 武尊山と書いて、「ほたかやま」と読みます。その名前の通り、日本武尊命(ヤマトタケルノミコト)の東征伝説に由来すると言われています。ヤマトタケルは実在の人物ですが、ヤマトタケルにまつわる話はほとんどが伝説です。
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 ヤマトタケルは第12代景行(けいこう)天皇の第2皇子として生まれました。気性が荒く、力も見強かったため、天皇はヤマトタケルを恐れていました。そしてその当時、危険であると恐れられていた九州熊襲の征伐をヤマトタケルに命じます。
 熊襲の首領は川上梟帥(カワカミノタケル)で、まともに戦ったのでは勝てないと考えたヤマトタケルは美しい少女の姿に変装し、熊襲の宴会に紛れこみました。その少女の美しい姿をたいそう気に行った川上梟帥は少女に変装したヤマトタケルを引き寄せ、酒を楽しむうちに泥酔してしまいました。この機をうかがっていたヤマトタケルは持っていた刀で川上梟帥を刺し殺しました。絶命する前に川上梟帥はヤマトタケルの勇敢さに感銘して、「今後は日本武尊と名乗りたまえ」と言ったといいます。
ヤマトタケルは見事に熊襲を討ち果たして大和に凱旋してきました。
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 古代王権としての天皇に当時は刃向う者が多く、なかなか政権は安定しなかったようです。そのなかでも天皇と東国の蝦夷との闘いは有名で、景行天皇の時も蝦夷に苦しめられていました。ヤマトタケルが九州を平定して、数年が過ぎたころ、東国で蝦夷による不穏な動きがあり、景行天皇はヤマトタケルに蝦夷を討つように命じます。この時に授けられたのが草薙の剣です。草薙の剣とは、スサノオノミコトが八岐大蛇を退治した時に大蛇の尻尾から出てきたという天叢雲(あめのむらくも)の剣と呼ばれていましたが、ヤマトタケルが賊に焼き殺されそうになったときに周囲の草を薙ぎ払い、逆に賊を焼き滅ぼしたことで「草薙の剣」と呼ばれるようになりました。その後、ヤマトタケルは見事討ち果たし蝦夷を平定することに成功します。この途中に立ち寄ったのが武尊山と言われています。

 しかし、武尊山は簡単に立ち寄れるような山ではありませんでした。



(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 4月1日は「エイプリル・フール」です。17世紀ごろからの西欧の風習ですが、日本では「4月馬鹿」と訳され、この日だけは、罪のないいたずらや、嘘を言っても天下ご免の日です。いわれは諸説説があってはっきりしません。

 4月に入ると春もたけなわ。“春眠暁を覚えず”という猛浩然の詩(『春暁』)や、“春宵一刻価千金”の蘇軾(そしょく)(蘇東坡(そとうば))の詩が思い出されます。

 また、この詩で思い出すのは、歌舞伎『楼門五三桐(さんもんごさんのきり)』の名場面。天下の怪盗石川五右衛門の吐く名セリフです。
 千日かつらの大きな髪、太い眉、赤い隈取り、黄金造りの太刀に豪華な衣装。煙管(きせる)を片手に、京都南禅寺の山門でのひとりごと。

   絶景かな、絶景かな。春の眺めは価千金とは、小せい、小せい。
この五右衛門の目から見りゃ、価万両、万々両。最早日も西に傾き、
まことに春の夕暮れの桜は、取りわけひとしお、ひとしお。
ハテ、うららかな、眺めじゃなあ・・・・・・

 この石川五右衛門。フィクションの人物かと思われますが、NHK「歴史への招待」によりますと、実在の人物であるといいます。文禄3年(1594年)8月23日、京都三条河原で、“釜煎り”(釜ゆで)の刑に処せられています。

 石川や浜の真砂は尽くるとも 世に盗人の種は尽きまじ

 彼の辞世といわれますが、後年の作でしょう。当時のエープリル・フールの作かもしれません。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 前置きが長くなりましたが、武尊山にはヤマトタケル伝説がある山です。頂上にはヤマトタケルの銅像が立っているそうです。
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 前日の土曜日は春の嵐であったのに、翌日の日曜日は青空が広がる絶好の登山日和です。ペンションの前で撮った朝陽の中での影法師。058.gif
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 7時30分に宿を出発し、川場スキー場へ向かいます。スキー場のリフトを2本乗り継いで、武尊山の登山口へ向かいます。しかしながら、リフトが動き出す8:30になってもリフトが動きません。リフト乗り場の前には、リフトが動き出すのを今かと待っている人たちで溢れかえっていました。
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 ようやく9時過ぎにリフトが動き出しました。1本目のリフトに乗りこみます。写真はリフトの上から撮りました。
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 しかし、2本目のリフトが動いておらず、離れた場所のリフトに歩いて移動。2本目のリフトに乗り、降りた場所から本来の目的地にまたもや歩いて行きました。
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 写真の真中のピークが目指す武尊山です。
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 リフトが動いていないため、ここにはまだスキー客、スノボ客は来ていません。ここでアイゼンを装着しました。
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 いきなり急登から始まります。滑落しないように斜面にロープを張り、そのロープにスリングと安全環を通して、登っていきます。時刻は10時30分を回っていました。予定時刻を2時間近く遅れて出発です。
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 前の晩に宿で安全環をかける練習をしていましたが、グローブをつけて、斜面の上での作業は難しいです。
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 約30分で急登を登り切りました。しかし、道中まだまだ難所が控えています。
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 目指す武尊山はあの剣が峰を越えていかなければなりません。
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 他のグループが私たちを抜かして剣が峰を越えていきました。この剣が峰を越えたところに長さ10 mほどの幅1 mの痩せ尾根があり、さらに尾の先にはほぼ垂直の下りが控えていると言います。確かに難所はありましたが、着いて行くのが精一杯で、写真を撮る余裕はありませんでした。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(中島みゆき/荒野より)

荒野より(作詞:中島みゆき、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

夜が
望みは何かと訊かれたら君がこの星に居てくれることだ
力は何かと訊かれたら君を想えば立ち直れることだ

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

朝陽の昇らぬ日は来ても君の声を疑う日はないだろう
誓いは嵐にちぎれても君の声を忘れる日はないだろう

僕は歌っているだろう君と歌っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は生きているだろう君と生きているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない
荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

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 アップダウンはまだ続きました。登り3 mくらいなのですが、雪が深い場所があり、登っても登っても上に行くことで出来ません。いわゆる、斜面のラッセルです。いい歳、りょうちゃんはズブズブと雪に沈んで行ってしまいます。後ろの人たちに先に行ってもらい、雪が固まったところでようやく登ることができました。このラッセルで疲労困ぱい、時刻はすでに12時30分を回っていました。
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 写真の右側のピークが目指す武尊山です。しかしながら、現在の場所から武尊山ピークまで片道1時間以上かかり、帰りももと来た道を戻っていくのに同じくらいの時間を要します。リフトの最終時刻15時45分までにはとても戻ることができないとの判断から、登頂断念の判断が下されました。
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 武尊山のピークが見えるところで集合写真を撮り、お昼の休憩を挟んで再びもと来た道を帰ってきます。
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 私がラッセルで疲労困ぱいし、ふらついていたからでしょうか、川上ガイドにザックを持ってもらい、峰岸ガイドのすぐ後ろに、私をロープでつないだ泉田ガイドが着き、帰り道を戻っていきます。下りでは私が先に歩き、その後ろにロープで私をつないだ泉田ガイドの順番で降りていきます。道中は、ピッケルを持つ位置、アイゼンを効かせるようにしっかり歩くことなど、泉田さんに怒られっぱなしで降りてきました。
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 朝はあんなにきれいに晴れていたのに、帰りは雪でちらついて、視界がほとんど効きません。これをホワイトアウトというそうです。たぶん一人ではとても戻ることはできません。雪でトレースが消えてしまい、迷っているうちに雪庇から落ちてしまうことがあるそうです。
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 何とか、ガイドさん3人に助けていただき、登山口まで戻って来ることができました。
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 帰りの温泉。私はけんちんそばを食べました。
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次週は石裂山に行ってきます。060.gif





by ryott-ryott | 2012-04-04 00:05 | ヤマトタケル伝説・武尊山を行く | Comments(3)

上野大仏から東京ゲートブリッジへ青空ハイクヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 武尊山の報告の前に、2週間前の3月20日春分の日は、天気もよくて、はからずも上野動物園に行ってきました。はからずもと言うのは、当初、春分の日から東京国立博物館で開催されるボストン美術館展を見に行くつもりでした。
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 130年前の3月20日に上野動物園が開園された記念日であり、この日は小学生だけでなく訪れる人はすべて入園無料でした。人は無料という誘い文句に弱いもので、少し立ち寄ってみようと思い、動物園のほうへ足が吸いこまれていきました。070.gif
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 上野といえば、パンダを見なくてはなりませんが、入園無料ということもあり、パンダを見るためには60分以上待たなければなりません。何もパンダだけが動物ではないと思い、パンダ舎はスッパリとあきらめて、同じ白黒の紋様の動物、タンチョウヅルを見ました。
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 この鴨は食べられるのでしょうか?勇才のご主人の話を聞いてから、鴨を見るたびに、この鴨を旨いのかどうか考えてしまうようになりました。037.gif
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 当然ながら爬虫類館にも行きました。60分待ちではありませんが、こちらも大入り満員。日本人は爬虫類が好きなようです。038.gif
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 ゾウガメ。
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 アミメニシキヘビ。戦時中はタンパク源が不足していたため、山でヘビを捕まえて来て、よく食べたそうです。ヘビは見てもよし、食べてもよし、という優れものの動物です。038.gif
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 キツネザル、こいつも白と黒も紋様です。
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 動物園があまりにも混雑しているので、爬虫類館を見た後はさっさと出てしまいました。こちらの神社では、梅が咲いていました。
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 枝垂れの梅。056.gif
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 花園神社は縁結びの神様であることを後から知りました。写真ばかり撮っていて、全くお参りしませんでした。三浦さん、今度、きちんとお参りに行きましょう。037.gif
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 花園神社から上野公園へ行く左手の丘に上野大仏があります。この大仏さまは天保14年(1843年)に建立されましたが、関東大震災により首が落ちてしまい、その後、仏体もとり壊され、現在では顔面のみが祀られています。
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 当時の上野大仏の様子(角川学芸出版「よみがえる明治の東京」より)
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 上野大仏のまわりには雪割草がたくさん咲いていました。056.gif
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 上野東照宮(1651年建立)。
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 上野東照宮参詣風景の様子(角川学芸出版「よみがえる明治の東京」より)
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 上野東照宮は現在、修復工事中です。
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 秀吉には有名な二人の軍師がいました。一人は若くして病死した竹中半兵衛。もう一人は“黒田節”で知られる筑前福岡52万石の城主・黒田官兵衛孝高(如水と号しました)です。
彼は“知・仁・勇”をあわせもち、“出所進退”を心得た、数少ない戦国の名将です。

 当初、播磨国姫路城主職隆(のりたか)に使え、天正5年(1577年)、秀吉が信長の命令で播州を攻略した時の協力し、それ以来、秀吉の配下の武将、軍師として活躍しました。
 荒木村重謀反のとき、説得にいった官兵衛が捕えられ、満一年も土牢に幽閉され、戦後救出された時は足腰の立たない無惨な姿になっていました。さすがの信長も、彼を疑ったことを深く詫びたといいます。秀吉と半兵衛と彼は、三人で相談した作戦でしたが、官兵衛は最後までその信義・節操を貫いて生還したのです。

 本能寺の変の悲報はとどいたとき、落胆する秀吉を励まし、“今こそ天下をとる好機です”と進言して、急遽、高松城の和平交渉を締結し、反転して光秀討伐に向かわせたのも、官兵衛の策でした。それだけに秀吉は、側近に「おれが死んだら天下をとるのはだれだと思う」という質問に、家康や三成の名前が挙がっても、秀吉はまじめな顔をして、“あの官兵衛だよ”と答えたといいます。

 この話を耳にした官兵衛は、秀吉の猜疑心をおそれ、朝鮮の役が終わって帰国するやすぐに剃髪して如水を名乗り、さっさと九州の城に戻りました。
 関ヶ原の戦いでは家康に味方し、家康からも軍師として招かれましたが固辞し、悠々自適の生活を送り、慶長9年(1604年)3月20日、68歳で逝去しました。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 上野に行く前に品川プリンスシネマで「ALWAYS 三丁目の夕日‘64」を見ました。
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 物語は映画を見てください。よくできていると思います。
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 舞台は1964年の東京オリンピックの年。この映画の監督、出演者の薬師丸ひろ子、堤真一は1964年生まれだそうです。実はいい歳、りょうちゃんも1964年生まれですが、私が中学校のとき、薬師丸ひろ子は「野生の証明」で映画デビューして、その後「セーラー服と機関銃」などで人気絶頂だったと思います。
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 記憶は曖昧ですが、その薬師丸ひろ子さんは当時、品川・八潮あたりに居住しており、同じ地域の都立高校へ願書を提出しに来ていました。そのときの様子はよく覚えており、とても小柄な普通の中学生だったと思います。しかし、薬師丸ひろ子の顔をしていました。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(中島みゆき/荒野より)

荒野より(作詞:中島みゆき、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

夜が
望みは何かと訊かれたら君がこの星に居てくれることだ
力は何かと訊かれたら君を想えば立ち直れることだ

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

朝陽の昇らぬ日は来ても君の声を疑う日はないだろう
誓いは嵐にちぎれても君の声を忘れる日はないだろう

僕は歌っているだろう君と歌っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は生きているだろう君と生きているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない
荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

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 上野動物園とその周辺にだいぶ時間を割かれてしまったっため、ボストン美術館は次回にすることにし、東京ゲートブリッジまですることにしました。

 東京ゲートブリッジはつい先日2月12日に開通しました。羽田空港方面と若洲をつなぐ橋です。その東京ゲートブリッジに行くためには、新木場駅から歩いていきます。もちろんバスでも行けますが、運動不足解消のため、歩いて行くことにしました。目標とする東京ゲートブリッジは常に見えており、しかも山歩きとはちがい平坦コース、いい歳、りょうちゃんにとっては大楽勝のはずです。037.gif
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 新木場駅前からいよいよ出発。
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 1つめの橋を渡ります。向こう側には葛西臨海公園の観覧車が見えました。
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 とにかく海の方向へ真っ直ぐ歩いていきます。駅から約20分で東京湾越しに東京ゲートブリッジを見ることができます。この場所から北の方向へ左折し、運河と平行に若狭橋まで歩いていきます。ここから若狭橋までも約20分です。
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 しばらく歩いて行くと左手に大きなゴルフの打ちっぱなしのネットがありました。このネットは、葛西臨海公園から夕陽を見る時にとても邪魔です。こんなところにあったとは。
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 若狭橋から東京ゲートブリッジへ上がることができる若狭海浜公園まで約20分。新木場駅から東京ゲートブリッジまでいい歳、りょうちゃんの写真を撮りながらののんびりウォークで約60分でした。
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 東京ゲートブリッジに来たからには当然ながら橋の上に登りたいものです。若狭昇降口から橋の上に行くことができます。ただし、17時までしか橋の上にいることができません。17時になると昇降口が閉鎖されてしまいます。現在16時、橋の上にいることができるのは残り1時間です。
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 東京ゲートブリッジの全長は2.6 km、若洲昇降口から向う側の中防昇降口までは1.6 kmです。ただし、現在は中防昇降口から地表に降りることはできません。したがって、地表に降りるためには若洲昇降口まで戻って来なければなりません。
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 東京スカイツリーが見えます。
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 あの忌まわしいゴルフのネット。
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 東京ディズニーランド方面。
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 林立するビルの中に東京ターが見えます。
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 飛行機が結構近くに見えます。
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 一応、中間点まで行きました。橋の上にあがってから約20分、今日は20分単位が多いです。
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 17時、若洲昇降口は閉鎖されました。
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 東京ゲートブリッジから辿ってきた道を戻り、新木場駅に帰りました。帰り道も60分かかりました。
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 帰り道、夕陽を見ることができました。東京ゲートブリッジの前で見ればよかったのですが、何しろ片道60分かかるので、その途中で見ようと考えていました。その目論見通り、見ることができました。058.gif
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 夕陽を撮っていると、同じように夕陽に向かってカメラを向けている人がいました。外人さんでした。
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次回、武尊山の報告をします。

by ryott-ryott | 2012-04-03 12:03 | 青空ハイク | Comments(4)