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くらくら燃える火をくぐり あなたと越えたい天城越えヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 5月27日(日)は競馬の祭典、日本ダービーが行われました。残念ながら私が予想した2頭、18番アルフレードも17番グランデッツァも馬郡に沈んでしまいました。また出目から予想した枠連(5-7)ではなく、(5-6)で決着、7枠の馬は3着でした。昨年の日本ダービーは第11レースに組まれていたのに、今年は第10レースに組まれ、一昨年以前に戻ってしまったため、皐月賞馬の2冠はないと思いましたが、皐月賞3着の馬が勝つことには気がつきませんでした。そう言えば、JRAのCMのウィニングチケットは、ゼッケン番号10番でした。

 27日の前日、土曜日、じゃんけんぽんのトントンさんに誘われて、武蔵小山商店街のはずれにあるモツ焼き屋さん「豚星」に行ってきました。トントンさんと16:30に大井町線大井町駅の改札で待ち合わせ、あんなに今日はヨガに行くとおっしゃっていた、はるさんもご一緒でした。やはりモツ焼きには勝てないようです。037.gif
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 私たちが大井町線に乗ると数頭の盲導犬が乗ってきました。盲導犬は電車の中で尻尾を踏まれても決して吠えたりしないように訓練されています。おとなしくて、とてもお利口さんです。どこかの家の咬みつき犬とは大ちがいです。038.gif
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 久しぶりに武蔵小山に行きましたが、武蔵小山の駅はとてもきれいになっていました。
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 駅はきれいになったけど、武蔵小山には怪しげな街並みが残っていました。
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 その怪しげな街並みの中にモツ焼き屋さん「豚星」があります。
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 軒先で炭を用意してました。
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 17:00開店。開店と同時にほぼ満席になりました。038.gif
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 レバ刺し。6月から法律でレバ刺しは店頭から消えるそうです。
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 マカロニサラダを作っていました。
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 ポテトサラダ。
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 牛たん。
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 かしら。
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 生姜巻き。
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 適当に頼んだハムサンド、本当のハムサンドでした。
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 あぶらちゃん。
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 ガツとハツ。
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 一通り、モツ焼きを食べ、帰りに商店街へ寄り道しました。もちろん酒屋さんへ。038.gif
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 はるさんたちは高育54号を買いました。私は日本酒を樽に入れて醸造した酒を買いました。この日は19:30には自宅に戻り、翌日の天城山のために早く寝ました。
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 ゴッホとコッホ―――どちらも世界的に名を知られた人です。ゴッホは画家、コッホはノーベル医学賞に輝く細菌学者です。

 コッホは1843年、ドイツの寒村オーベルハルツのクラウシュタールに生まれました。幼いときから虫めがねで小さいものをのぞきこむことが好きだったといいますから、顕微鏡をのぞいて病原体を発見する細菌学者の天性を備えていたのでしょう。

 ゲッチンゲン大学を卒業すると、ベルリンやハンブルグで臨床学を研究し、病院勤務や田舎の開業医をつとめていました。
 やがて独仏戦争が起こり、従軍しましたが軍医にならず、戦後は衛生技師の道を選び、ボン地域の巡回検査医として研究生活に入りました。

 ここで彼は、人間の患者をみながら、原因不明の牛の疫病の究明にのりだし、ついにその原因である脾脱疽菌という病原菌を発見するのに成功しました。

 当時は、まだ細菌が伝染するなどということがわからない時代ですから、その伝染経路の解明と、病原菌の純粋培養は画期的な出来事でした。

 コッホの名は一躍有名になり、1881年にはベルリンの国立衛生院に招かれて、細菌研究に専念するようになりました。37歳のときです。

 彼は次に、ヨーロッパで問題になっていた結核と取り組み、ついに結核菌をを発見、続いてエジプト、インドで流行していたコレラからコレラ菌を発見することに成功しました。ツベルクリンを開発したのも彼の功績です。

 彼はベルリン大学教授、ベルリン伝染病研究所長のまま、1910年5月27日、67歳で亡くなりました。日本の細菌学の権威、北里柴三郎や志賀潔などは彼の門下生です。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 5月27日はアミューズのツアーで日本百名山の天城山に行ってきました。大峰山の怪我以降、1ヵ月ぶりの山歩きです。天城山は私にとって日本百名山33座目になりました。038.gif
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 朝から青空が広がる晴天で、車窓からは富士山がきれいに見えました。
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 しかしながら道路は横転事故があったらしく大渋滞でした。しかも広島からのお客をピックアップするため、三島駅に立ち寄らなければならず、かなりの時間のロスを強いられました。休憩の足柄SAを出発したのが9:30ですから登山口まで2時間30分もかかっています。私たちが登山口を歩き始めたのは12:00をまわっていました。12時過ぎの出発は昨年の乗鞍岳以来の遅さです。
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 今回の参加者数は35名、2班に分かれての登山になりました。また当初は天城山を周遊する予定になっていましたが、歩きはじめが12時を超えてしまったため、分岐から万二郎岳、万三郎岳へ向かい、ピストンで登山口に戻る計画に変更になりました。
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 この日の初心者のための山歩き教室のテーマは「登山中の水分補給と栄養補給」でした。題目通り、登山中の脱水量とエネルギー消費量について紹介がありました。いずれも計算式があり、同じ式です。

  (登山中の脱水量/ml )= (体重/kg) × (行動時間/h) × 5

  (登山のエネルギー消費量/kcal )= (体重/kg) × (行動時間/h) × 5

 27日の天城山の行動時間は5時間を越えていました。いい歳、りょうちゃんの場合は現在不摂生で体重93 kgであるため、上記計算式に当てはめると脱水量は2325 ml、エネルギー消費量は2325 kcalになります。水分補給の場合は脱水量の7割を行動中にこまめに補うことになります。またアミノ酸などで栄養補給することにより、疲労も解消されるとのことです。
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 それにしても、昨日の天城山5時間の山歩きだけで2325 kcalものエネルギーを消費しているとはとても信じがたく思います。かなり運動量のあるエアロビクスを1時間やったとしても300 kcal程度の消費であると聞きました。この2325 kcalは1時間のエアロビクス7本分以上に相当します。天城山を下山しているときに高橋絵里香さんが今日は何でも食べていいとおっしゃっていました。この計算式を信用すれば何でも食べていいのだと思いますが、実際に山登りの後に何でも食べてウェイトゲインになってしまっているのは、この計算式は数値を高く評価しすぎていると思います。
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 天城山の地名については、「高くそびえる天の城」に由来するといいます。そして、今回のコースでは天城山という名前の山ではなく、万二郎岳と万三郎岳という人の名に思える名称がつけられています。実はこの名前は人の名前からとったものではなく、昔、この地域に住んでいた天狗の兄弟の名前だそうです。二男が万二郎、三男が万三郎であり、最も高い山に万三郎の名前が付けられています。それでは長男の山はどこに行ったかというと、伊豆下田にあり、初心者が手始めに登る達磨山が長男の山になります。私も一昨年、達磨山に行きました。
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 天城と言えば、松本清張や石川さゆりの『天城越え』があまりにも有名です。しかし、旧天城トンネル、寒天橋、浄蓮の滝には今回は立ち寄りませんでした。三島駅に立ち寄って、ずいぶんと迂回しながら、12時前に天城高原ゴルフ場の駐車場に到着しました。いつもの準備体操を済ませて、私が班分けされた第2班は12時02分に登山口を通過しました。第2班のガイドは白あんが嫌いな松田さん、サブリーダーが高橋絵里香さんでした。038.gif
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 分岐の四辻でまずは万二郎岳に向かいます。
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 途中ミツバツツジが咲いていましたが、この場所の花は見ごろを過ぎています。
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 天城山のコースはほとんど樹林帯でした。赤くツルツルとした木の肌が美しいヒメシャラが多くあり、手をあてると冷たくて心地いいです。
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 これはマムシ草です。マムシが鎌首を持ち上げているように見えるところから、この名前が付いています。また縞模様もマムシに似ているそうです。
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 登山開始から約100分で万二郎岳(標高1300 m)につきました。頂上も樹林帯であるため展望はよくありません。ここでまず記念撮影。
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 さらなる目標の万三郎岳(標高1406 m)に向かいます。折角登ったのに下らなければなりません。
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 途中、樹木がない場所から万三郎岳を見ることができました。標高1406 mというのは日本百名山としては4番目に低い山です。深田久弥が百名山の選定基準に標高1500 m以上を入れていましたが、1500 m未満の百名山は北海道の雌阿寒岳1499 m、筑波山877 m、伊吹山1377 m、鹿児島の開聞岳 924 m、そしてこの天城山1406 mの5座あります。
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 ミツバツツジが結構いたるところに咲いており、遠くの山肌が桃色に見えるところもありました。
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 馬酔木のトンネル。馬酔木は有毒植物で、これを食べた馬は酔ったようになってしまうとのことです。英語でDrunken Horse Treeと言うそうです。
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 万二郎岳と万三郎岳の中間地点「石楠立」に着きました。14時33分。「はなだて」と読みます。
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(石川さゆり/天城越え)

天城越え(作詞:吉岡治、作曲:弦哲也)


隠しきれない移り香が いつしかあなたに浸みついた
誰かに盗られるくらいなら あなたを殺していいですか

寝乱れて隠れ宿 九十九折り 浄蓮の滝
舞い上がり揺れ堕ちる方の向こうに
あなた   山が燃える

何があってももういいの
くらくら燃える 火をくぐり
あなたと越えたい 天城越え

口を開けば別れると 刺さったまんまの割れ硝子
ふたりで居たって寒いけど 嘘でも抱かれりゃあたたかい

わさび沢 隠れ道 小夜時雨 寒天橋
恨んでも恨んでも躯うらはら
あなた   山が燃える

戻れなくてももういいいの
くらくら燃える 地を這って
あなたと越えたい 天城越え

走り水 迷い恋
風の群れ 天城隧道
恨んでも恨んでも躯うらはら
あなた    山が燃える

戻れなくてももういいいの
くらくら燃える 地を這って
あなたと越えたい 天城越え



(中島みゆき/荒野より)

荒野より(作詞:中島みゆき、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

夜が
望みは何かと訊かれたら君がこの星に居てくれることだ
力は何かと訊かれたら君を想えば立ち直れることだ

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

朝陽の昇らぬ日は来ても君の声を疑う日はないだろう
誓いは嵐にちぎれても君の声を忘れる日はないだろう

僕は歌っているだろう君と歌っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は生きているだろう君と生きているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない
荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

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 天城シャクナゲ。つぼみは赤く、花が咲くと赤い色は薄くなり、桃色になります。
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 白いシャクナゲもありました。
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 山歩きをするとシャクナゲの木はたくさんありますが、花をつけているところははじめて見ました。「きれいな花ではないな」というのが、私のシャクナゲを見た感想です。日が当っているシャクナゲは遠目で見るときれいですが、近寄って見ると虫がたくさんたかっており、決してきれいとは言えません。大井町湯屋にいる女の人みたいです。遠くからみて、きれいな人がいると思い、近寄って見ると、そうでもない場合がよくあります。
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 ついに天城山脈の最高峰、万三郎岳に到達、15時25分。昨年、燕岳をご一緒した樋口さんご夫妻と記念撮影。
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 万三郎岳の頂上も展望はよくありません。写真は遠高山、下山中に中腹から見た風景です。
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 大室山。
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 初島が見えました。
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 万三郎岳から見た万二郎岳です。ところどころにツツジの桃色が見えます。
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 ヒメシャラの木が西日に映えています。
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 登山口に戻ってきたのは18時17分でした。太陽は西に傾き、焼け始めていました。
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 予測できたことですが、この下山時刻では残念ながら温泉入浴はなしになりました。帰りも三島駅によって、広島の客をおろして、高速へあがるという経路でした。登山口から三島駅までじつに1時間30分以上もかかっています。往路での渋滞を差し引いても、三島駅を経由しなければ、もっと早くに歩き始めることができたでしょうし、入浴する時間は十分にあったと思います。前回の大台ケ原・大峰山でもバスの手配に関するクレームをアンケートに書きました。他の参加者からも同様な意見が聞かれたので書きますが、今回の登山口までのバスの経路の取り方にはとても疑問に思っています。入浴代を返せばいいという問題ではありません。たった一人の客のわがままな要求を聞いて三島駅に寄り道するようなことはせずに、集合場所は1ヵ所に定めて、新宿から乗ってもらうべきだったと思います。私が自宅に戻ってきたのは23時20分を過ぎていました。

 次週の予定ですが小川山に行ってきます。8月31日の剣岳に参加するためには、次週の小川山での難所の訓練が必須とのことです。小川山はテント泊で、私はアミューズで寝袋をレンタルしました。大井町湯屋仲間のよしこさんは、屋外での宿泊は虫がたくさん寄ってくるのではないか、手洗い洗面はどうすればいいのか、大変に心配されていました。037.gif


 
次週は小川山に行ってきます。060.gif

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by ryott-ryott | 2012-05-28 18:30 | 天城越え | Comments(0)

第79回日本ダービーを考える&金環日食続報ヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 今週の月曜日、金環日食が観察されましたが、いい歳、りょうちゃんはオレンジ色の太陽のほうが好きです。
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 さて足の痛みのほうはまだ完全には取れませんが、だいぶ普通には歩けるようになりました。またズボンも立って履くことができています。4月29日に大峰山で怪我をしてからおよそ1ヵ月間、山登りも大井町湯屋での有酸素運動も自重して、試飲会ばかり行っていたような気がします。自重したというよりは、足が吊るように痛くて、とても行く気になれなかったというのが正直なところです。ようやく今週末に1週間遅れの天城越えに行ってきます。先週の土曜日、中国整体の李先生から標高差800 mの山ならば登ってよいとのお許しが出ました。標高差800 mという基準がわかりにくいところです。4週間もエクセサイズをしないと、体重の増加はめざましいものがありますね。037.gif
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 さて5月27日(日)は天城山に行くのですが、府中の森で大イベントがあります。競馬の祭典、日本ダービーです。毎年、予想をしているので、今回も予想を書くことにします。私は出目と昨年までの傾向、それと1週前のオークスとの関連性から予想をします。出目に関してはいろいろな切り口があり、確度が高いものではありませんが、今年の桜花賞が枠連(5-7)、翌週の皐月賞が枠連(7-5)でした。そして先週のオークスが枠連(7-5)で決着しています。27日の日本ダービーは枠連(5-7)で決まってもおかしくないと考えています。
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 昨年までの傾向とオークスとの関連性から考えると、まず一昨年までのオークスは桜花賞馬にオークスをも戴冠させて、桜花賞・オークスの2冠馬を作り続けましたが、昨年のオークスでは桜花賞馬は4着に敗退しました。一方、日本ダービーは一昨年までは皐月賞馬を起用せず、昨年はオルフェーヴルが皐月賞に続き、日本ダービーも制して、2冠馬になりました。私はオルフェーヴルがメイショウサムソンとそっくりな馬であることから2冠馬になることを予想できましたが、その後、菊花賞、有馬記念も勝ち、3歳馬で4冠馬になり、メイショウサムソンよりもはるかに上位の実績を残しました。しかし古馬になってからは、天皇賞を惨敗するなど、むしろナリタブライアンに近い戦績を刻んでいます。
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 今年のオークスは再び桜花賞馬をオークス馬にしました。したがって、今年の日本ダービーでは皐月賞馬が2冠馬になることはないと考えています。では優勝する馬はどの馬か。一昨年の2着馬ローズキングダムに似た馬が1頭います。朝日杯FSを勝ったアルフレードです。この馬が今年の私の日本ダービー馬です。2着には皐月賞にステップレースを使わないで出走したコールドシップにします。
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 しかしながらもう一頭、捨てがたい馬がいます、皐月賞を1番人気に押されながら5着に敗退したグランデッツァです。この馬の戦績は2009年のダービー馬ロジユニヴァースにそっくりです。

 結論:単勝 18番アルフレードと17番グランデッツァ、相手はコールドシップを買います。
     18番→6番、17番→6番、18番→17番、17番→18番038.gif
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 今週の月曜日、世紀に天体ショー、金環日食が日本の広範囲で観察されました。日本の広範囲で観察されたのは平安時代以来、932年ぶりの出来事だそうです。前回、その写真は速報として掲載しました。実はその2日前に同じ大田区の城南島海浜公園に行き、朝日を見て、ND100000のフィルターを付けての撮影の練習をしてきました。061.gif
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 1月、2月は水平線上から太陽が昇りますが、この時期5月は日の出の位置がかなり北側にずれて、堤防の向こう側から太陽が顔を出しました。058.gif
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 日の出を船が横切ります。
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 建物の向こうにうっすらと富士山が見えました。
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 海面に写っている太陽がダイヤモンド状に光っています。
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 仏に座が一面に咲いていました。056.gif
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 レンズにND100000フィルターをつけて太陽を撮りました。光を10万分の1に減光します。太陽の表面の黒い点は太陽の黒点です。最近、太陽の黒点の異常現象から約10年後に地球が氷河期に向かうという報道がありました。
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 そして夜は勇才さんで名刺をもらった藤井一郎さんのお店「薩摩」へ行きました。069.gif
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 地鶏と魚の刺身。
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 島ラッキョウ。
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 水茄子
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 あじフライ。
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 地鶏ロースト
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 七田は日本酒と焼酎の両方を飲みました。朝早かったため、薩摩の店で寝てしまいました。
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 会津磐梯山をのぞむ猪苗代湖畔に、世界的医学者(細菌学)として知られる野口英世博士の生家が保存されています。野口英世は、ご存知の通り、昭和3年(1928年)5月21日、黄熱病の研究のため訪れたアフリカのガーナで、その黄熱病に感染して客死しました。52歳でした。現在の日本の国力を背景にしていたら、当然ノーベル賞の栄誉に輝いたことでしょう。

 ガーナでは、戦後になっても野口への名声は消えることなく、昭和49年(1974年)には、首都アクラにガーナ大学医学部付属の「野口記念医学研究所」が設立されました。日本政府の海外協力事業団の援助によるものです。
 ガーナは発展途上国だけに、今でも生活文化のレベルは低く、それだけに、野口英世の行った時代は、さぞ大変だったろうと想像されます。
 
 戦前の野口英世は「修身」の教科書ののっていた立志伝中の偉人で、母を大切にした孝子として、理想の人間像として描かれていました。もちろんそのことは間違いありませんが、実像の野口英世は“天才と狂人は紙一重”といわれるように、借金魔、遊蕩児、結婚詐欺、出世欲の権化の一面を持っていたようです。人に迷惑をかけるのを気にしない人物でした。詳しくは、渡辺淳一著の『遠き落日』(角川書店)と題する、吉川英治文学賞を受賞された作品をお読みいただけたらわかると思います。

 北大医学部を卒業した経験を生かし、8年の歳月をかけて、医学界の大先輩の虚像と実像に鋭いメスをあてて書いた英世の伝記です。「修身」の野口英世よりは、素顔の野口英世のほうが人間的で好感が持てます。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 翌日の日曜日、阪急の佐藤さんに誘っていただき、葛西にある「松乃井」というお店での日本酒試飲会に連れて行ってもらいました。浦安湯屋のかずさんも一緒でした。
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 まずは乾杯酒で乾杯。
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 かずさんは飲んだ酒の感想を熱心に記録していました。いい歳、りょうちゃんは記録などせずに、次から次へと飲みました。
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 お店には福島県のお酒の天明の蔵元さんが来ていました。天明は第0号から第5号までありました。
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 やまと雫。秋田県のお酒で秋田県以外は門外不出と聞いていましたが、最近は東京でも売られているそうです。余った酒をお土産にもらいました。
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 アユの塩焼き。
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 扶桑鶴。
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 記念撮影。かずさんと佐藤さん。
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 いい歳、りょうちゃんと佐藤さん。
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 りょうちゃんの隣に写っているのは、日本大学の物理学科で生物物理学を教えている先生だそうです、お名前は忘れてしまいました。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(中島みゆき/荒野より)

荒野より(作詞:中島みゆき、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

夜が
望みは何かと訊かれたら君がこの星に居てくれることだ
力は何かと訊かれたら君を想えば立ち直れることだ

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

朝陽の昇らぬ日は来ても君の声を疑う日はないだろう
誓いは嵐にちぎれても君の声を忘れる日はないだろう

僕は歌っているだろう君と歌っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は生きているだろう君と生きているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない
荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

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 そして、速報で報告したように、5月21日(月)待ちに待った金環日食を大田区の城南島海浜公園に見に行ってきました。
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 前日の試飲会の影響が心配でしたが、朝4時起床して空を見上げると、なんと曇り空ではありませんか。晴れていれば土曜日のように朝日も見てから金環日食を見ることを考えていましたが、絶望的な空模様です。
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 それでも何とか城南島海浜公園へ行き、金環日食が始まるのを待ちました。東京での金環日食は午前6時5分から太陽が欠け始めますが、東側の空には分厚い雲が横たわっており、しかも雨がちらついていたので、折角の金環日食を見ることはできないとあきらめ始めていました。
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 土曜日は誰一人いなかった城南島海浜公園には金環日食を見るために多くのギャラリーが集まっていましたが、みなさんあきらめの表情をしていました。
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 折角、城南島まで来たので船でも撮りました。
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 5月22日に開業する東京スカイツリーがかすんで見えます。
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 みんながあきらめかけた時、午前7時32分、雲の薄みからリングの一部が見えました。
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 そして午前7時35分、リングがつながった金環日食を見ることができました。城南島海浜公園に来ていたギャラリーから大歓声と拍手が湧き起りました。雲がフィルター替わりになり、肉眼でも見ることができました。この写真はデジカメで撮りました。038.gif038.gif038.gif
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 この日のためにND100000のフィルターを購入していましたが、この写真はフィルターをはずして、撮りました。
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 午前7時37分。
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 午前7時46分。
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 午前7時51分。
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 午前7時57分。
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 午前8時17分。
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 午前8時29分。
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27日は天城山に行ってきます。060.gif060.gif

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by ryott-ryott | 2012-05-24 15:03 | 金環日食 | Comments(0)

世紀の天体ショー 932年ぶりの金環日食・速報ヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 今日、5月21日(月)待ちに待った金環日食を大田区の城南島海浜公園に見に行ってきました。東側の空には分厚い雲がありましたが、午前7時35分、金環日食を見ることができました。もちろん休暇をとりました。中国整体の李先生が早く載せろとうるさいので、今回はいつものスタイルではなく、速報として写真を掲載します。後日、またいつものスタイルで報告します。024.gif
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 城南島海浜公園はいつも初日の出を見に行くところです。058.gif
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 東の空には絶望的な分厚い雲が。
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 スカイツリーがかすんで見えます。
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 ギャラリーもあきらめ気味。
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 仕方がないので船を撮りました。
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 みんながあきらめかけた時、午前7時32分、雲の薄みからリングの一部が見えました。038.gif
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 そして午前7時35分、リングがつながった金環日食を見ることができました。城南島海浜公園に来ていたギャラリーから大歓声と拍手が湧き起りました。雲がフィルター替わりになり、肉眼でも見ることができました。この写真はデジカメで撮りました。038.gif
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 この日のためにND100000のフィルターを購入していましたが、この写真はフィルターをはずして、撮りました。038.gif
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 午前7時37分。
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 午前7時46分。
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 午前7時51分。
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 午前7時57分。
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 午前8時17分。
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 午前8時29分。
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 以上、932年ぶりの金環日食速報でした。038.gif
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by ryott-ryott | 2012-05-21 15:09 | 金環日食 | Comments(2)

初夏のおしきせ、タイフェスティバルヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 先週の土日は天気にも恵まれて、雪山・立山は素晴らしい景色を見ることができたのではないでしょうか。私は残念ながら、足の痛みがまだ取れず、5月20日で3週間になります。ただし今週はようやく立ってズボンを履けるようになったので、徐々にではありますが快方に向かっていると思います。038.gif
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 土曜日は中国整体院へ行き、再度患部の施術を受けてきました。もともと痛いところを思い切り揉みほぐすので、施術中の痛みは耐えがたいものがあります。しかしながら、施術が終わると不思議にも痛みはなくなり、結構スタスタと歩くことができます。先生がおっしゃるにはまだ2週間は様子を見る必要があるそうです。したがって19日(土)の天城山も行くことができません。山登りも大井町湯屋での運動もできていないので、体重がどんどんと増えており、鏡で見て顔がますます丸くなっていくのがわかります。26日(土)に再度、診てもらい、お許しが出たら、27日(日)の初心者山歩き教室の天城山に行くことにします。小沢さんによろしくお伝えください。038.gif
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 26日の整体院での診たて次第ですが、仕切り直しで、6月の予定は以下の通りです。

 5月27日(日) 初心者山歩き教室・天城山
 6月2日~3日 小川山・総合講習
  これに参加しなければ8月末の剱岳に参加させてもらえません。
 6月10日(日) 初心者山歩き教室・入笠山(キャンセル待ち)
 6月17日(日) 日帰りトレーニング・日光男体山
 6月23日(土) 金峰山
 6月24日(日) 川崎で焼酎の試飲会
 6月27日(水) 四阿山(あずまやさん)(平日なので休暇が取れれば参加します)。
 6月30日(土) ゲンダマ会(大学研究室の同窓会)
 すべて催行されれば日本百名山4座登ることになります。

 6月の歩みの会は1泊2日で猫魔岳・雄国沼・博士山ですが、平日に連続して2日間休暇を取れないので今回は残念ながらパスします。7月の日帰りに休暇が取れれば参加します。
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 そして外に出歩きに行けないときは飲みに行くしかありません。こういうことをしているので体重が増えていくのですが、土曜日はまたもや勇才さんに行きました。この日もハンターズ・キッチン、勇才は満席でした。038.gif
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 勇才さんの隣にトルコの国旗がたなびいていました。038.gif
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 黒バイ貝、島根県産。
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 この刺身は先ほどまで生きていました。
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 まんさくの花、超限定。
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 いろんなものが入っているサラダ。
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 西京焼。
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 ホヤの塩辛。
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 月山。
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 今日の〆はアサリご飯でした。
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 「寛政の改革」を断行した松平定信は、奥州白河藩の藩主でした。宝暦8年、田安家の七男として生まれ、将軍予定者の一人になっていましたが、時の幕府の政治情勢で、白河藩主松平定邦の養子になりました。

 天明3年(1783年)10月16日、養父定邦の隠居に伴い、白河藩11万石の藩主を継ぎました。時あたかも天明の大飢饉に遭遇しましたが、英明な藩主定信は、率先自らも倹約の範をたれ、この非常事態を切り抜けることに成功しました。この大飢饉で、餓死者を出さなかったのは、奥州各藩では白河藩だけです。

 その名声は江戸でも評判になり、幕閣にも達し、ついに定信は老中に迎えられました。

 時の幕府の権力者は、賄賂によって政治を左右するといわれた宰相田沼意次です。30歳で血気盛んな定信は、他の正義の士と心を合わせ、田沼を失脚させ、老中首座に就任しました。

 民衆は、彼を「世直し大明神」として歓迎し、彼もまたその期待に応えて、積極的に政治刷新に取り組みました。これが有名な「寛政の改革」です。

 しかし、あまりにも厳しすぎたので、民衆は息がつけなくなり、人心は次第に彼から離れていきました。

 白河の清きに魚もすみかねて もとのにごりの田沼こひしき

 こんな狂歌が辻々にはられる始末です。結局在任6年にして定信は交替を命ぜられました。

 彼は失意のまま国にもどり、読書・著述に専念し、文政12年(1829年)5月13日、72歳で亡くなりました。昔も今も「行政改革」とは難しいものです。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 翌日、日曜日は代々木公園で開催されているタイフェスティバルへ行ってきました。
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 トントンさん、はるさんと原宿駅で待ち合わせ。私は初めて原宿駅で下車しました。私が中高生だったころ、原宿では「竹の子族」と言われた人たちが毎週、歩行者天国で踊っている姿がテレビに映し出されていましたが、現在は「竹の子族」の人たちはほとんどいないそうです。
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 タイフェスには東京のタイ料理のお店が屋台で出店しています。
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 まずはタイのプーケットビールで乾杯。068.gif
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 トントンさん、はるさんのお宅の近くにある大森のタニ・キッチンが出店していました。
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 タニ・キッチンのタイレッドカレー。香辛料を入れなければ、まったく辛くありません。
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 ドリアン。
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 ランブータン。ライチに似ています。
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 ドラゴンフルーツ。
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 このソーセージの中には春雨が詰められています。しかも辛いです。
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 タイのタクシー。
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 タイフェスで買った食べ物を持ち寄って、代々木公園でみんなでランチタイム。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(中島みゆき/荒野より)

荒野より(作詞:中島みゆき、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

夜が
望みは何かと訊かれたら君がこの星に居てくれることだ
力は何かと訊かれたら君を想えば立ち直れることだ

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

朝陽の昇らぬ日は来ても君の声を疑う日はないだろう
誓いは嵐にちぎれても君の声を忘れる日はないだろう

僕は歌っているだろう君と歌っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は生きているだろう君と生きているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない
荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

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 今日の目的はタイフェスではありませんでした。渋谷のシダックスホールで開催されている焼酎の試飲会に行くことでした。069.gif
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 八丈島からも焼酎の酒蔵さんが来ていました。こちらの焼酎はあの近藤富蔵も飲んだそうです。近藤富蔵とは八丈島のことを江戸に紹介した八丈実記の著者です。富蔵は旗本・近藤重蔵の長男として生まれます。
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 時は文政年間(1700年代後半)、父の重蔵は火付盗賊改方でした。腕が立ち、頭が切れたため、またたくまに出世していきます。長崎奉行を務めた後は、書物奉行をも務めます。当時、書物は高価なものでした。書物奉行を務める重蔵は書物の売買により、実入りも良くなります。出世と金が重蔵の人格を変えていきました。

 近藤重蔵は女に狂い、連れ添った妻と息子を家から追い出してしまいます。この息子が近藤富蔵です。また当時は江戸の郊外であった渋谷に別宅を作り、高さ15 mの富士山をこしらえて、近所の者に拝観料をとって、見世物にしていました。そのため、別宅のまわりには屋台なども集まり、静かな町が賑わうようになり、このことが贅沢を禁じていた幕府の耳に入ります。重蔵は即刻、大阪へ弓奉行として左遷されてしまいます。

重蔵が大阪に左遷されている間、渋谷の別宅を預かっていたのが塚越半之助という博徒で性質の悪い男でした。近藤重蔵がすべての役職を取り上げられて、江戸に戻ってきたときに、塚越半之助は別宅を人に貸して甘い汁を吸っていたので、重蔵に返しませんでした。重蔵は別宅を取り戻すために訴訟を起こし、裁判に勝ち、塚越から別宅を取り戻すことができましたが、それから毎日のように塚越から嫌がらせが続きます。かつては腕が立った重蔵もいまや廃人同然で、その嫌がらせを跳ね返す力がありません。

 その重蔵のもとに息子の富蔵が帰ってきます。家を追い出されて以来、父親の重蔵には反目していた富蔵ですが、嫌がらせをしてくる塚越に掛け合って、なんとか重蔵を救おうとします。しかし相手はヤクザまがいの男で、耳を貸そうとしません。富蔵は従僕二人を引き連れて、塚越一家7人を皆殺しにしてしまいました。捕えられた富蔵は死罪にはならず、八丈島に遠島になりました。その間に父の重蔵は59歳でひっそりと亡くなります。

 近藤富蔵がご赦免になったのは明治13年(1880年)でした。いまや東京へと変わった江戸は富蔵にとって住みにくい町になっていました。富蔵はすぐに住みやすい八丈島に戻ってしまいます。そして明治20年(1887年)、83歳で八丈島で亡くなりました。

 近藤富蔵が八丈島への流刑の間に、八丈島の実態を書き記した書簡が八丈実記であり、民俗学者の柳田邦夫が高く評価をしています。
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 熊本県人吉市から来たという酒造さん。NHKの「鶴瓶の家族に乾杯」に出演されたそうです。気がつきませんでした。038.gif
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 そしてこの焼酎が出品されているとは思いませんでした。佐多酒造の「刀」です。アルコール度数40度の「刀」はANAの国際線の中でしか買うことができません。
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 オッのコンボ、起き上がり小法師。台所の神様だそうです。
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 最後は皆さんで記念撮影。
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 西山さんのお嬢さん。
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 平成生まれと昭和枯れすすき。その差は歴然です。037.gif
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 この後は謡の会に行きましたがしばし寝てしましました。第一三共の業者さんも飲みすぎてダウンです。トントンさんたちは焼き肉を食べに行ったようです。038.gif
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by ryott-ryott | 2012-05-18 00:32 | おしきせ | Comments(2)

新緑の渚 水元公園と南蔵院・しばられ地蔵ヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 今年のGWはお天気は最初の2日間と、5月5日のみで、あとは雨に降りこめられた連休となっています。057.gif
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 さて大峰山ですっ転んだ時にひねった左足ですが、痛みが一向に取れないので、5月4日に予定していた乾徳山をキャンセルしました。左足だけで立つことができず、ズボンを立って履くことができません。祝日で病院が休みなので、いつもお世話になっている中国整体院へ行って診てもらいました。左足上肢の靭帯が傷ついているとのことでした。施術をしてもらい痛みは軽減しましたが、少なくとも2週間は山登りしないようにとのことです。幸いにして、軽度の傷のようなので、2週間無理をしなければ、よくなるとのことです。深刻な損傷であれば、歩くことはもちろんできませんが、完治するまでに3ヵ月かかるそうです。
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 したがって、残念ながら来週行く予定にしていた雪山・立山と5月19日(土)の特配・天城山をキャンセルしました。ただ勾配がある場所の登り降りは控えるように言われましたが、平坦な道はいくらでも歩いてよいそうなので、2週間のんびり散歩することにします。口の悪い川崎の世捨て人、小沢さんにどうぞ宜しくお伝えください。037.gif
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 足が痛くても、飲みには行けます。大峰山から帰ってきてからは天気も悪く、散歩に出かける気にはなれず、今週、3回も外に飲みに出かけました。そのうち2回は以前にもご紹介した大井町の勇才さんに行きました。祝日にもかかわらず、その2日間とも満席で末席に滑り込むことができました。038.gif
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 勇才さんは最近、Facebookを始めたそうであり、それを見て、お店に来る方も多いとおっしゃっていました。私も勇才さんのFacebookを見ました。まだ記事はなく表紙だけですが、これだけで来店してくれるのは凄いですね。そして「勇才」とはご主人のお名前であることを知りました。038.gif
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 勇才では料理を注文する必要はなく、すべてご主人任せです。2時間で5000円、それ以降は1時間1000円ずつ追加されていきます。この料金の中に料理も、お酒もすべて含まれています。068.gif
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 ホタルイカの沖漬け。最近のホタルイカの中に脂肪感を防ぐ成分が含まれているとの報道に、勇才さんは疑問を持っているようです。そして、イカやタコの足には雑菌が多く、ボイルして食べるのが普通だとおっしゃっていました。
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 大羽イワシ。頭から尻尾まですべて食べることができます。
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 ローストビーフ。
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 筍。
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 お刺身。
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 〆は筍ご飯のキーマカレー。
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 そして勇才の二日目に元宝ジェンヌで女優・声優をされている華村りこさんがご家族で来店されていました。すぐにFacebookでお友達になっていただきました。よしこさんは勇才で日野美佳に会ったことがあるそうです。038.gif
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 5月3日(木・祝)はじゃんけんぽんのトントンさん、はるさんに四谷3丁目にある日本酒専門店「山ちゃん」に連れて行ってもらいました。「山ちゃん」には昨年のGWも連れて行ってもらい、1年ぶり2回目です。GWは3150円で日本酒の飲み放題をやっています。料理はなく、おつまみはすべて自前で持ち込みになります。
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 大井町の阪急百貨店で刺身などのつまみを買い、「山ちゃん」に持っていきました。写真はいさきのおつくりで950円、安かったので買ってしまいました。037.gif
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 野菜も持っていきました。
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 左からトントンさん、はるさん、宇田川親方。右の方は元関取ではありません。じゃんけんぽんの常連さんの宇田川さんです。いい歳、りょうちゃんと同じで仕事が大嫌いです。037.gif038.gif
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 この日はじゃんけん大会があり勝ち抜いた人はお店から特別に出されたお酒を飲むことができます。最初のじゃんけん大会ではるさんが一人勝ちしました。038.gif
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 お酒の写真を見ると12種類撮っています。おちょこは0.5合の容量だと思いますので、6合ぐらい飲んだ計算になります。041.gif
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 この「山ちゃん」は6月いっぱいで閉店になります。奥様がお仕事に都合でイタリアへ転勤になるため、一緒にイタリアへ行かれるそうです。お酒の陰に写っている方が後を引き継がれるそうです。038.gif
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 外はすっかり暗くなっていました。024.gif
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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5月5日「こどもの日」は、「端午の節句」です。
1月7日「人日」、3月3日「上巳(じょうし)」(雛の節句)、5月5日「端午」(菖蒲の節句)、7月7日(七夕)、9月9日「重陽」(菊の節句)の5節句の一つです。「端」は初め、「午」は五を意味します。

古代中国の春秋戦国時代、楚の国の重臣であり詩人の屈原が、讒言(ざんげん)にあって江南の地に流刑されました。清廉潔白、直情の士である屈原は流刑されても王に対して詩賦に託して数々の進言を行いました。これが古代中国を代表する詩集「楚辞」と言われるものです。しかし、王はせっかくの「楚辞」を読むことなく亡くなりました。屈原も生きる望みを失い、自ら懐中に石をつめ、汨羅(べきら)の淵に身を投じました。紀元前277年5月5日のことでした。

人々はその死を惜しみ、その霊を慰めるために、毎年5月5日に、菖蒲やよもぎも門口にさし、邪気をはらう祭りを催しました。

日本に入ってきてからは、いつの間にか稲作信仰の行事と重なり、奈良・平安時代には、田植えをする早乙女たちが菖蒲湯を使って潔斎し、隔離された菖蒲宿に一夜こもって田の神に豊作を祈願する女の祭りとして存続してきました。

やがて中世の武家社会に移ると、武家たちも菖蒲湯を使うようになり、季節もよいので甲冑(かっちゅう)や旗指物(はたさしもの)を虫干しし、それが武者飾りに発展していきました。子供たちも喜んで戦遊びをするようになってきたので、百姓・町人の家でも子供たちのために鍾馗様(しょうきさま)を飾ったり、武家の家紋の入った旗指物の代わりに、出世魚の鯉のぼり、五色の吹き流しなどをあげて、次第に男の子の祭りに変わっていきました。 これが「端午の節句」の歴史です。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 昨日まで雨に降りこめられていましたが、5月5日は昨日までの雨が嘘のような皐月晴れ。朝、浦安湯屋の倉持さんが私の足を心配して電話をくれました。来週の立山と再来週の天城山をキャンセルしたことを伝えました。
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 平坦道はいくらでも歩いてもよいということなので、葛飾区金町にある南蔵院のしばられ地蔵尊をお参りに行きました。
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 平安時代、歌人の在原業平が隅田川で舟遊びをしていたときに目の前で船が転覆し、多くの人が亡くなりました。業平は亡くなった人々弔い、この南蔵院が創建されました。
 境内の中は隅田川をあらわしており、白い砂が隅田川、石畳が業平橋、右手の石は業平の船石です。
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 鐘の前の石が船石です。
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 そして境内の奥にはご本尊としばられ地蔵尊が祀られています。
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 しばられ地蔵尊の由来は次の通りです。享保年間にある呉服問屋の手代が南蔵院で一服、居眠りしている間に反物を積んだ荷車が盗まれてしまいました。反物を盗まれてしまった手代はすぐに南町奉行所に届けました。当時、名奉行で知られる大岡越前守忠相が直々に取り調べをすることになりました。越前守は「寺の門前に立ちながら、泥棒の所業を黙って見ているとは地蔵も同罪。直ちに縄打って召し捕って参れ」と命じ、地蔵をぐるぐるに縛りあげ、車に乗せて、与力・同心に守られながら江戸市中を引き回し、南町奉行所へ連れてこられました。
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 物見高い野次馬の江戸っ子連中も一緒に奉行所の中に流れ込んできました。越前守は奉行所の門を閉め、「天下のお白州に乱流するとは不届き至極、その罰として反物一反の科料を申しつける」と奉行所に流れ込んできた江戸っ子たちに言い渡します。
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 奉行所にはその日のうちに科料の反物の山ができました。越前守は呉服屋の手代に調べさせると、その反物の中から盗まれた反物が出てきました。その反物を持ってきた者を調べると、その当時、江戸市中を荒らした大盗賊団であったことが判明し、一網打尽となりました。越前守は地蔵尊の霊験に感謝し、立派なお堂を建立し、盛大な縄解き供養を行い、それ以来、「しばられ地蔵」と呼ばれるようになりました。盗難除け、足止め、厄除け、縁結びまで願いごとを聞いてくれるお地蔵様として、お願いごとをするときは縄で縛り、願いが叶うと縄解きする風習が生まれました。
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 いい歳、りょうちゃんも「日本百名山無事登攀」のお願いをして縄をかけてきました。038.gif
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(中島みゆき/荒野より)

荒野より(作詞:中島みゆき、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

夜が
望みは何かと訊かれたら君がこの星に居てくれることだ
力は何かと訊かれたら君を想えば立ち直れることだ

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

朝陽の昇らぬ日は来ても君の声を疑う日はないだろう
誓いは嵐にちぎれても君の声を忘れる日はないだろう

僕は歌っているだろう君と歌っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は生きているだろう君と生きているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない
荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

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 南蔵院へお参りした後、近くの水元公園を散歩してきました。東京の中にこのようなオアシスがあるとは知りませんでした。056.gif038.gif
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 次回の山行きは足の様子を見ながら、5月27日(日)初心者山歩き教室、天城山に行く予定です。060.gif

 

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by ryott-ryott | 2012-05-06 10:47 | しばられ地蔵・水元公園 | Comments(6)

天女舞う、いにしえの霊山 大峰山を行くヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 4月29日(日)日本百名山の旅、2日目です。今日は近畿の最高峰、大峰山に登ります。標高1915 mです。正確に言うと、大峰山という山はなく、大峰山脈の最高峰・八経ヶ岳になります。別名、八剣山または仏経ヶ岳と呼ばれており、信仰の山です。
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 山梨県と長野県に日本百名山の金峰山(きんぷさん)がありますが、大峰山はかつては金が産出され金岳(きんのみたけ)と呼ばれており、それが金峰山となり、甲州の金峰山、肥後の金峰山、その他諸国の金峰山は、すべてこの本山から蔵王権現を分祠して名づけられたと深田久弥の『日本百名山』に書かれています。そしてこの大峰山は平安時代には富士山に次ぐ高嶺とされていました。
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 今日は午前5時に宿を出発し、登山口へ窮屈なバスで向かいました。午前6時40分に登山口に到着。いつものようにストレッチを済ませて、午前6時47分登山開始。
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 沢を渡って、急登から始まります。宿を出る時は気温が低く、中間着を着ていましたが、すぐに半袖シャツに。この急登を40分以上で尾根道の大峰奥駈道出合まで登って行きました。あとで気が付いたのですが、20名の参加者のうち、お一人の方がこの急登を登っている途中でリタイヤされました。
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 大峰奥駈道出合で記念撮影。いつもりょうちゃんの世話をしてくれるよしこさんとすみお姉ちゃん。038.gif
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 この人は川崎の世捨て人の小沢さん、私は一緒のツアーに行くのは2回目ですが、新宿の待ち合わせ場所でよく顔を合わせます。再来週5月19日(土)の上野・浦安特配の天城山周遊に参加されるそうです。かなり口が悪いので、気性の激しい浦安湯屋の女性陣とトラブルにならないことを祈っています。037.gif
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 説明をするガイドの鈴木さん。大峰山脈では写真のように岩がこんもりと出ているところに修験者のお札が祀られており、このような場所を靡(なびき)と言います。熊野から吉野までの大峰山脈縦走路には75カ所の靡があります。75カ所の靡を完全縦走する人はほとんどなく、なかには今でも女人禁制の場所があるといいます。
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 弥山の下まではほぼ平坦道に近い下り道が続きます。この下り道で不覚にもいい歳、りょうちゃんは木の根っこに足を引っ掛けてしまい、すっ転んでしまいました。左の手のひらからは出血し、左足もひねってしまいました。倉持さんに応急処置をしてもらい、最後尾から先団を追いかけます。転倒はすみお姉ちゃんのおはこなのに、足取りが一気に重くなってしまいました。周りは小梅惠草(こばいけいそう)の新芽がたくさん出ていました。056.gif
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 ようやく行者像前で先団に追いつくことができました。行者像の横で何かを食べているすみちゃん。
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 正面に見えるのは弥山です。
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 ここからまずは弥山(標高1895 m)への勾配を登って行きます。午前9時19分。
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 中腹から見える4つの峰は大普賢です。
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 ところどころまだ雪が残っています。
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 勾配を登り始めて約1時間で弥山に到着しました。ここはまだゴールではありません。ゴールは弥山に北側に控えている八経ヶ岳です。
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 昭和天皇裕仁は、明治34年(1901年)4月29日に誕生されました。
 昭和64年(1989年)で88歳、歴代天皇では最長の在位記録を持ちます。神武天皇の建国から数えますと124代目の天皇になりますが、激動の昭和史を生きてきた主人公として、その感慨はひとしおものでしょう。

 「天皇誕生日」に行われる皇居での一般参賀も、年々増加の傾向にありました。
 陛下に対する国民の親近感、またご高齢にもかかわらず、国事に精励されているお姿を見て、そのご労苦に対する感謝の気持ちが参賀客の増加につながっていたかもしれません。
 
終戦直後、陛下は日本占領の連合国総司令官マッカーサー元帥のところを訪ねられたことがありました。元帥は『回想録』でこう書いています。
「・・・・・『私は、国民が戦争遂行にあたって政治、軍事両面で行ったすべての決定と行動に対する全責任を負う者として、私自身をあなたと代表する諸国の裁決にゆだねるためにおたずねしました。』
 私は大きい感動にゆさぶられた。死をともなうほどの責任。それも私の知り尽くしている諸事情に照らしても、明らかに天皇に帰すべきでない責任を引受けようとする、この勇気に満ちた態度は、私の骨のズイまでもゆり動かした。
 私はその瞬間、私の前にいる天皇が、個人の資格においても日本の最上の紳士であることを感じた。」

 マッカーサー元帥は、この会談の印象がよほど強烈だったのでしょう。ただちにトルーマン大統領と米国政府に対し、天皇を戦争犯罪人から除外することを提言し、事実その通りになりました。天皇の人柄を表すひとつのエピソードです。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 八経ヶ岳は弥山から片道約30分の行程です。八経ヶ岳の山容は弥山に隠れて、弥山を登りきるまで見ることはできませんでしたが、弥山からその姿をはっきりと目にすることができます。
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 八経ヶ岳の山頂付近は雪が結構残っています。
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 もう少しで山頂に到達。
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 ついに山頂に到達です。八経ヶ岳標高1915 m。いい歳、りょうちゃん日本百名山32座目です。
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 いつものように記念撮影。038.gif
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 頂上からの風景。左側の高い峰が昨日行った大台ケ原になるそうです。
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 八経ヶ岳から見た弥山、そのとなりには大普賢。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(中島みゆき/荒野より)

荒野より(作詞:中島みゆき、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

夜が
望みは何かと訊かれたら君がこの星に居てくれることだ
力は何かと訊かれたら君を想えば立ち直れることだ

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

朝陽の昇らぬ日は来ても君の声を疑う日はないだろう
誓いは嵐にちぎれても君の声を忘れる日はないだろう

僕は歌っているだろう君と歌っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は生きているだろう君と生きているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない
荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

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 八経ヶ岳でしばらく風景を楽しんだ後、また弥山に戻って来ました。弥山神社にお参りして、下山を開始。
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 下山を開始すると、もう八経ヶ岳の姿はこれで見おさめになります。
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 登って来た道をひたすらに降りていきます。重力に逆らって体を持ち上げる登りよりも、重力にしたがっての下山のほうがりょうちゃんにとっては楽でした。しかし、下りも長く、すっ転んだダメージが残っているためか、疲れました。042.gif
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 大台ケ原も大峰山も至るところにシャクナゲが生えており、花が咲くころはさぞ美しいことでしょう。
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 葉の裏をみるとオレンジ色であり、屋久島のシャクナゲと同じ種類ではないでしょうか。シャクナゲは11種類しかないそうです。056.gif
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 ミツバツツジ。今回のツアーでは花をほとんど見ることはできませんでした。時期が合えばオオヤマレンゲを見ることができたそうです。大峰山は霊山であることから、天女が舞う山でもあり、オオヤマレンゲは別名、天女花とも呼ばれています。
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 最後の急登を下って、大峰山登山は終了になりました。登山開始午前6時47分、下山14時44分、ほぼ8時間の登山でした。038.gif
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 最初、時間が押しているため入浴はできないとの話でしたが、30分だけ大急ぎで温泉に入ることができました。その後、再び窮屈なバスに乗り、関西空港へ向かいました。途中、鈴木ガイドから奈良県の特産は何かとの問いに対する回答がありました。食べ物ではなく、薬であり、薬の業者がたくさん点在しています。
 何とか19時前に関西空港に着くことができました。よしこさんとすみちゃんとタコ焼き、明石焼きで乾杯し、東京まで戻って来ました。068.gif
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 雨で中止のと連絡があった乾徳山は天気がづれて行くことになったのでしょうか?


 
来週は雪山の立山に行ってきます。060.gif

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by ryott-ryott | 2012-05-03 00:05 | 大台ケ原・大峰山 | Comments(0)

八咫烏にさそわれて、春の大台ケ原を行くヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 5月に入り、今一つ天候が冴えません。5月4日(金)に予定されていた乾徳山も雨の予報のために中止になってしまいました。 しかしながら、GWの初日、2日目は天候に恵まれての連休スタートとなり、気持ちのよい山歩きをすることができました。058.gif
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 昨年のGWは屋久島へ行き、宮之浦岳、愛子岳に登りました。今年はアミューズのツアーで奈良県の大台ヶ原と大峰山へ行ってきました。日本百名山、31、32座目です。038.gif
 4月28日(土)午前6時45分に羽田空港に集合、関西空港へ向かい、そこからバスで大台ケ原へと向かいます。
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 参加人数は20名、ガイドさんは倉持さんと鈴木さん、総勢22名のツアーです。上野・浦安特配チームからはよしこさんとすみちゃんがキャンセル待ちで参加しました。
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 写真はバスの中の模様です。このバスは22名乗せるにはあまりにも窮屈でした。私はアンケートでクレーム・文句を書いたことがありませんが、今回ばかりはクレームを書きました。場所柄仕方ないかもしれませんが、今回は用意されたバスの席数から考えて、15人未満の催行にすべきであるというのが参加者の意見でした。バスをすし詰めにしてまでもツアーの催行を強行するのは、アミューズトラベルが旅の快適さを提供するよりも利益を最優先にしていることがわかりました。
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 また昨年参加した雌阿寒岳・斜里岳・羅臼岳のツアーや九州3座のツアーで提供されているサービスと比べると、明らかに旅行代金が高いと言わざるを得ません。私の査定では40000円前後がいいところだと思います。さらに冷房を止めなければ、エンストを起こしてしまうバスが手配されていることにも驚きました。これは点検を怠っている証拠であり、明らかに法律違反です。参加者は山に連れて行ってもらうだけではなく、ツアーに付随したサービスも楽しみにしていることを忘れないでもらいたいものです。
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 目的地は関西空港からバスに揺られて4時間もかかる奈良県の山奥です。途中、道の駅で休憩。陽春の陽射しに照らされて、花よりもあでやかな、いつもの特配チームの3人、お世辞です。037.gif
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 空を見上げると雲ひとつありません。058.gif
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 よしこさんとすみちゃんと3人で記念撮影。
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 吊るし柿を売っていました。
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 9時20分に関西空港でバスに乗り、大台ケ原の登山口に着いたのは13時30分を過ぎていました。4時間以上の行程。駐車場で準備体操をして、すぐに出発。いつもの倉持さんのストレッチを写真に撮ったら、ツアー参加の年配者が「やだぁー」と叫んでいました。「やだぁー」という年齢じゃないだろう!
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 今日は登山口から大台ケ原の最高峰・日出ヶ岳(標高1695 m)に登り、そこから牛石ヶ原、大蛇嵓(だいじゃぐら)を経て、大台ケ原を一周します。
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 大台ケ原の歩き始めはほとんど平坦です。
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 シカの食害がひどく、写真のように木に網を巻きつけて食べられないようにしています。
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 途中の展望台で記念撮影。
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 海も見えます。
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 日出ヶ岳の下までほぼ平坦道がつづき、下から階段を登って展望台を目指します。
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 歩き始めて約1時間で頂上の展望台につきました。いつものように倉持さんと記念撮影。いい歳、りょうちゃん、日本百名山31座目です。
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 頂上からの風景。この日は倉持さんのツアーにしては珍しいくらいの青天でしたが、条件が良ければ展望台から富士山を見ることができるそうです。この日は見えませんでした。ガイドの鈴木さんもここから富士山を見たことがないそうです。
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 この後姿のおじいさん、5月19日(土)の特配・天城山に参加予定です。038.gif
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 会津若松市に、会津藩家老西郷頼母の屋敷を復元した「会津武家屋敷」があります。

 この屋敷の当主西郷頼母の一生は、苦悩に満ちた悲運の生涯でした。鶴ヶ城落城寸前には、頼母の母、妻、娘など一家21人の婦女人がことごとくこの屋敷で自刃して果てました。 しかし西郷頼母は、時世を見て終始非戦論、和平論を唱えて行動し、自らも生き残ってしまったために、会津ではあまり同情されておりません。

 彼の悲劇は、いや会津藩の悲劇は、藩主松平容保が京都守護職を引き受けたときから起こりました。国元の筆頭家老西郷頼母は、急ぎ江戸に上り、守護職就任の辞退をすすめますが聞きとどけられません。1年後再び京都に出向いて辞退を迫りますが、かえって不敬であるとされ家老職を免ぜられます。

 やがて、鳥羽、伏見の戦で敗れた会津藩は、朝敵にされ、薩長連合の西軍に攻められる立場に変わります。この非常事態の発生で頼母も許されて家老に復活、白河口の守護総督につきます。情勢の不利はまぬがれず、彼は西軍と和平交渉を開始しますが阻止され、またまた蟄居を命じられました。

 西軍は白河口を突破し、会津鶴ヶ城も包囲され、敗色は濃厚になってきました。頼母は城内に入り、無血開城を説きますが、殺気だった藩士たちに、逆に殺されそうになります。

 藩主容保は、将軍要請の名目で彼を場外に脱出させました。仙台で落城を聞いた彼は、そのまま函館の戦に参加しますが敗北し、館林に幽閉されます。

 明治維新政府ができて許され、容保がついた東照宮宮司の下で禰宜などをつとめましたがが、故郷を忘れがたく、晩年はひっそりと会津若松に帰り、明治36年(1903年)4月28日、74歳で没しました。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 日出ヶ岳展望台から風景を楽しんだ後、階段を下って、大蛇嵓を目指します。
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 今登って来た日出ヶ岳展望台が見えます。
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 大台ケ原の木はシカによる食害を受けていますが、シカは自分の口が届くところまでしか食べることができません。したがって、シカの背の高さより下は木の皮がはがされて白くなっており、シカの背の高さのところで線が引かれたように木が色分けされているように見えます。この線をブラウジングラインと言います。038.gif
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 牛石ヶ原の神武天皇像。棒の先端には八咫烏です。今日歩いている大台ケ原のコースはよく整備されており、迷うことはないと思いますが、同じような地形が続いているために、かつては迷いやすく、『魔の山』と呼ばれたそうです。神武天皇が熊野から大和へ向かう途中、この大台ケ原で迷ってしまった時に八咫烏に案内されたという伝説があります。038.gif
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 有名な大蛇嵓で記念撮影。この大蛇嵓には恐ろしい伝説があります。大台ケ原は熊野灘に面しており、そこに住む村人は漁をして生計を立てていました。漁に使う網が傷んできたので、村長は村で一番の豪傑ろくべぇに網の材料になる木の皮を取りに行くように頼みました。
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 ろくべぇはどぶろくを携えて、木の皮を取りに山奥へと大蛇嵓の近くまで入って行きました。仕事ははかどり、ろくべぇは木の皮を大量にとることができました。仕事を終えて、どぶろくを飲んでいると、こんな山奥にもかかわらず、ひとりの女が現れました。女はろくべぇにどぶろくを飲ませてくれと、すっと近づいてきました。
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 女が鋭い目でろくべぇを見ると、ろくべぇは金縛りにあい、身動きできなくなってしまいます。女はろくべぃのどぶろくを飲み干すと、まるで蛇のような物凄い形相でろくべぃに向かって来ました。すると、もう一人の白装束の女が現れて、ろくべぃに襲いかかる蛇のような形相の女と戦いが始まりました。白装束の女が持っていた槍を蛇の形相の女の胸に突きたてると、その女は巨大な大蛇へと姿を変えました。大蛇は大きな口を開けて、白装束の女とろくベぇを飲みこもうとします。
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 その時、白い髭の老人が現れて、持っていた剣で大蛇の首を切り落とし、大蛇は悲鳴あげながら大蛇嵓の谷底へと落ちていきました。
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 金縛りの解けたろくべぃの目の前には大蛇の首を切り落とした老人が焚火の前に座っていました。そして大蛇と戦った白装束の女がろくべぃに自分は大台ケ原の山の神であり、ろくべぃの危機を救おうとしたが、大蛇の力が強いため、弥山の神に助けてもらったと告げました。この老人は弥山の神だったのです。
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 ろくべぃは助けてくれた二人の神様に深々と頭を下げてお礼を言い、頭を上げるとそこにはもう誰もいませんでした。このこと以来、ろくべぃは一人では山に入ることはなく、必ず連れを伴い仕事をするようになりました。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(中島みゆき/荒野より)

荒野より(作詞:中島みゆき、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

夜が
望みは何かと訊かれたら君がこの星に居てくれることだ
力は何かと訊かれたら君を想えば立ち直れることだ

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

朝陽の昇らぬ日は来ても君の声を疑う日はないだろう
誓いは嵐にちぎれても君の声を忘れる日はないだろう

僕は歌っているだろう君と歌っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は生きているだろう君と生きているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない
荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

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 蛇嵓で記念撮影をした後、沢まで下り、そこから再び登り返して、大台ケ原周遊は終了になりました。
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 きょうの宿。もともとは避難小屋だったそうです。
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 夕飯の前に、大台ケ原から夕陽を見ることができました。私が駐車場で夕陽を撮ろうとしていると、地元の人がきれいに見えるところを教えてくれました。058.gif038.gif
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 本日の避難小屋での食事。よしこさん、すみちゃんと乾杯しました。
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奈良の旅はまだまだ続きます。次回は大峰山の報告をします。060.gif

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by ryott-ryott | 2012-05-02 12:11 | 大台ケ原・大峰山 | Comments(0)

桜の渚 妙義山中間道を行く&第85回おしきせの会ヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 4月22日はアミューズの初心者クラスの妙義山中間道へ行ってきました。その前夜、浦安の湯屋、大井町湯屋の面々でおしきせの会を大井町のイタリアンの名店「アレグロピアット」でやりました。024.gif
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 浦安湯屋からは、あきちゃん、あやちゃん、千吉良さん、ベジー太宮崎さん、中島さん夫妻、森ちゃん、みうらっち、ハニー羽入さん、かとたつさん、大井町湯屋からはよしこさんといい歳、りょうちゃん、そしてアミューズのトップガイドの白砂さんの13名が集まってくれました。038.gif
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 タコのマリネ。
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 ペンネ。
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 エビのピザ。エビは頭から尻尾まで食べられます。038.gif
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 前沢牛のリゾット。
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 トマトと茄子のパスタ。
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 エビと野沢菜のパスタ。
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 アレグロピアットの手作りパン。このパンに料理のソースをつけて食べます。
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 森ちゃんの奥様の「上からマリコさん」はお仕事で来ることができませんでした。それだけで森ちゃんは上機嫌。「上からマリコさん」がいるといないとでは、同じ人とは思えないくらいの変わりようです。普段、森ちゃんが「上からマリコさん」に虐(しいた)げられているか容易に想像できます。しかしながら、りょうちゃんは「上からマリコさん」の般若のような顔も見たかったです。037.gif038.gif
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 一人一枚顔写真。皆さんから掲載の許可を得ております。セントラルの年寄りどもは黙っていてください。まずはその森ちゃん。終始笑顔。今日は牛乳寒天を買わなくてもういいようです。037.gif
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あきちゃん。山に行けば、いい歳、りょうちゃんといつもしんがり争いをするライバル。カレーライスを6杯食べられます。倉持さんは4杯、りょうちゃんは3杯です。038.gif
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 チギ千吉良さん。意外、この面構えでお酒が飲めません。いつも山ではりょうちゃんが持っていくお饅頭を喜んで食べてくれます。038.gif
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 中島さん夫妻。これの恰好はあのハーフのまねでしょうか。038.gif
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ハニー羽入さんとベジー太宮崎さん。共通点のある二人です。038.gif
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 みうらっち三浦さん。早く身を固めたらいかがでしょう。037.gif
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 大井町湯屋のNo.2、よしこさん(No.1は以前紹介したおばあさんの佐藤さんです)。AKB48で言えば、大島優子にあたる地位の人です。038.gif
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かとたつさん。今回、大井町でのおしきせの会に初参加。また来てくださいね。
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 アミューズトラベルのトップガイド、白砂さん。名前とはちがい色が黒いので仲間からは「黒砂(くろすな)さん」と呼ばれているそうです。前日までウズベキスタンへ行っていました。くらすなさんはカメラを向けるといつも変顔をします。ツアーでも倉持さんとお客の前で変顔をやってください。038.gif037.gif
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 今日の主役はこの方でした。今は山にはあまり顔を見せなくなった、あやちゃん。しかしおしきせの会には欠かさず来てくれます。この日サプライズでお誕生日祝いをさせてもらいました。実年齢は存じておりますが、推定年齢23歳としておきます。038.gif067.gif
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 おしきせの会の最後は、店の前で記念撮影。第85回おしきせの会、お開きです。038.gif
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 ケインズは、第1次世界大戦から、第2次世界大戦が終わるまで活躍をした、イギリス生まれの世界的な経済学者です。
 彼は1882年に生まれ、故郷のケンブリッジ大学を卒業後、一時期役所づとめをしましたが、間もなく退官、その後は生涯、母校の経済学教授として過ごしました。

 彼は1936年、世界大不況の経験を基礎に、名著『雇用・利子および貨幣の一般理論』を出して、一躍脚光を浴びました。

 従来の非マルクス経済学に大きな転換を引き起こす新しい理論大系を発表したのです。いわゆる“ケインズ革命”と呼ばれるものです。

 資本主義経済は、個人の自由な活動にまかせておくと、需要と供給の調節がとれなくなり、やがて大量の失業者を生んで社会的混乱をまき起こす。したがって、これからの新しい時代には、金利の操作とか、輸出入の制限とか、総需要の調節に、国家が介入し、国家による管理経済政策を行うべきである。そうすれば、少しばかりインフレになっても、それを吸収し、失業者も出さずに、経済は発展の道をたどる―――こういう理論です。

 たしかに第2次世界大戦後、世界の多くの国々は、ケインズ理論を信奉して、戦後の経済復興を成功させてきました。

 しかし、突然の“石油ショック”で経済の様相は一変してしまいました。各国とも経済は停滞し、失業者は増大、国家財政は赤字に転落です。ケインズ理論がそのままでは適用しなくなりました。

 ケインズは、そのことを知らず、1946年4月21日、63歳で亡くなりました。経済は生きものです。理論通りには行きません。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 さて、おしきせの会がお開きになり、謡いの会へ行きたいという方だけで大井町の歌謡道場「バーディー」さんへ行きました。何時までいたのか、まったく覚えておりません。白砂さんが大井町駅前であわててタクシーに乗ったのを覚えています。翌日は初心者山歩き教室の妙義山中間道に行くことにしていましたが、この状態ではとても行けないと思い、キャンセルすることを決めていました。しかし、当日は朝5時前に目が覚めてしまい、体の調子もいいので予定通り、妙義山中間道へ行くことにしました。4月22日は午後から雨が降るとの予報。じゅんやさん夫妻は天候悪化を察知して早々とキャンセルし、いい歳、りょうちゃんは一番後ろの席にポツンと一人でさびしい山行きとなりました。038.gif
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 車窓から見た妙義山。どんよりと曇っています。何とか雨が降らずにもってもらいたいものです。
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 今日は妙義山に行くといっても、頂上へ行くわけではありません。整備された中間道を妙義神社から中之嶽神社まで歩いていきます。参加者は全員で25名、ガイドさんは中野さん、向笠さん、高橋恵里香さん、総勢28名のツアーです。
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 中間道といっても写真のような山道で、アップダウンもありました。私はいつものようにしんがりから写真を撮りながら歩きます。最後尾を歩いていたのは高橋恵里香さんで、昨年末から私が雪山を始めたこと、上州武尊山で泉田ガイドに終始怒られながら下山したこと、川上ガイドからお饅頭を持ってこないように倉持さん経由で言われたこと、北岳で木村カエラに会ったことなどお話ししながら山歩きしました。恵理香さんから木村カエラの本名は木村カエラ理恵ということを教えてもらいました。038.gif
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 第一見晴らし台に登って、景色を楽しみました。
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 正面に見えるのは白雲山、妙義山系最高峰。今回のツアーでは登りません。
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 中間道中間点に本読みの僧が座っています。
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 本読みの僧の前を通過し、四阿があるところでお昼ご飯を食べました。鶏飯。アミューズで出されるお弁当にしてはおいしいほうでした。038.gif
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(中島みゆき/荒野より)

荒野より(作詞:中島みゆき、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

夜が
望みは何かと訊かれたら君がこの星に居てくれることだ
力は何かと訊かれたら君を想えば立ち直れることだ

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

朝陽の昇らぬ日は来ても君の声を疑う日はないだろう
誓いは嵐にちぎれても君の声を忘れる日はないだろう

僕は歌っているだろう君と歌っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は生きているだろう君と生きているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない
荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

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 雨に降られずに、お昼を済ませて「関東ふれあいの道」を進んでいきます。
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 途中、痩せ尾根にかかっている鉄の階段を登って行きます。
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 鉄の階段の両側は断崖で切れています。この階段がなければ、恐ろしくて登ることはできないでしょう。038.gif
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 鉄の階段が終わると、このような岩がせり出した場所を進みます。
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 今回は頂上へ行かないので、ここで記念撮影。
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 この岩の道を通りぬけると、ついに雨が降って来ました。使いたくなかった雨具とザックカバーを取り出しました。この向こうに有名な大砲岩があります。
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 第4石門に到着。14時43分。歩き始めて4時間40分ほど経過していました。雨足は徐々に強くなっていました。この第4石門の前で集合写真を撮りました。
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 中間道最後の下りを降りていきます。
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 中之嶽神社に到着。
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 この階段を下りれば、中間道終了です。
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 日本一大きい大黒様。
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 この後、さくらの里で桜を見る予定でしたが、桜はまだ三分咲きでした。
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 しかし入浴施設の前の桜は満開でした。入浴後、向笠さんからアミューズのことをいろいろと教えていただきました。038.gif
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 曇る妙義山に桜。目の前には桜の渚が広がっていました。056.gif
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次回は大台ケ原、大峰山の報告をします。060.gif





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by ryott-ryott | 2012-05-01 22:16 | 桜の渚・妙義山中間道 | Comments(0)