<   2012年 08月 ( 7 )   > この月の画像一覧

花の彩りを飾りにして、花の渚の雨飾山を行くヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 さて8月25日(土)はアミューズで夜行・雨飾山に行ってきました。夜行と言うからには、夜中に移動して早朝から登山開始になります。
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 前日24日(金)22時に新宿駅西口を出発しました。スケジュールでは翌日午前3時に登山口に到着し、1時間ほど仮眠を取って、午前4時に起床。仕度を済ませて、午前5時に出発になります。バスはかなり遅れて午前4時に登山口に着きました。仮眠もせず、仕度をして、薄暗い中で準備体操を済ませて、予定通りに午前5時に出発しました。朝焼けの中、東の空に明けの明星が見えました。072.gif
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 今日のガイドは優しい林さん、先週のサブガイドと大違いです。恫喝して怒ることはありません。そしてサブガイドは初心者の山歩き教室でおなじみの中野さんでした。参加者は13名、総勢15名でした。まだ太陽が顔を見せてないうちに雨飾高原の登山口から湿原を歩き、山道へと入って行きます。
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 ブナ平。
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 ブナ平という名前の通り、ブナの林がとても美しいです。
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 しばらくは緩やかな登りを進み、そして沢へと降りて行きます。向こうの山から太陽が顔を出してきました。
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 荒菅沢に着いたのは登山開始から2時間弱の午前6時50分でした。
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 上を見上げると豪快な岩峰・布団菱がそびえていました。
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 この荒菅沢からが雨飾山の核心部、急登が始まります。
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 私が驚いたのは、花の多さでした。標高2000 mもない雨飾山、しかも真夏であるため花などほとんどないと思っていましたが、いたるところに花が咲いていました。先週の笠ヶ岳では怖い人がいたので花の写真をほとんど撮れませんでしたが、今日はたくさん写真を撮りました。056.gif
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 トリカブト。
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 サラシナショウマ。
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 フウロ。
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 ヒメシャジン。
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 ウツボグサ。ウツボグサがたくさん咲いていました。
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 そしてこの急登で事件が発生しました。参加者の女性がハチに刺されてしまいました。ハチと言っても凶暴なスズメバチではなく、地面の中に巣をつくっている小さな地蜂の仲間と思われます。ここは前の人との間隔をあけて、虫よけスプレーをたっぷりと全身に振りかけて、一気に駆け抜けて通過しました。いい歳、りょうちゃんはハチに刺されることはありませんでした。差されて方の腕には赤い500円玉大の腫れが何か所もありました。実は今日の雨飾山はピストンであるため、帰りも同じ道を通らなければなりませんでした。そしてその帰り道も登りのときと同じ人が刺されてしまいました。そのほかの人には蜂が寄り付きもしなかったのに、同じ人が行きも帰りも刺されるということはおそらく化粧品を身に着けていたのではないかと思います。女性がよく肌に塗る化粧品の中には蜂の攻撃性を刺激する成分が含まれているため、夏山で蜂に刺されるということはよくあるそうです。四国・香川県の屋島に行った時も、お化粧をして山には行った女性が蜂の餌食になったという話を聞きました。山に行くときは化粧などせず、スッピンで行きましょう。037.gif
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 シナリオ・ライター、劇作家として数々の名作を残した八田尚之は昭和39年(1964年)8月25日午前2時、自分が創立した劇団手織座の10周年記念作品『罪』(改題『八丈赦免状』)を脱稿した直後、狭心症のため急逝しました。58歳でした。

 彼がこよなく愛した生れ故郷、北海道小樽市の海岸には、彼を記念する演劇碑が建てられています。ブロンズの肖像とともに、手織座発足のときの言葉、“胸底にしまい忘れた、皆の、素朴な魂をゆさぶる芝居をつくりたい”が刻まれています。

 彼は明治38年(1905年)小樽に生れ、明治大学中退後映画界に入り、マキノ映画、日活、東宝、新東宝を転々としながらシナリオを書き続けていました。八田尚之脚色、豊田四郎監督のコンビで製作した『若い人』(原作・石坂洋次郎)、『泣虫小僧』(原作・林芙美子)、『冬の宿』(原作・阿部知二)、『鶯』(原作・伊藤永之介)などは、映画史上を飾る秀作として、今でも話題にのぼります。

 その彼も、次第に映画やラジオによる間接的観客との交流よりは、直接舞台からナマの観客との交流に意義と喜びを感じ、昭和17年(1942年)、徳川無夢、薄田研二、藤原釜足、丸山定夫などを同人に、劇団苦楽座を結成しました。
 しかし、戦争が激しくなり、数回の公演を行っただけで終戦となってしまいました。

 戦後、彼は再び苦楽座の創立の志を生かすべく、昭和29年(1954年)11月、自らの手で劇団手織座を発足させました。
 現在、劇団手織座は八田尚之の夫人宝生あやこに引き継がれ、彼女が夫の意志を継いで、“素朴な魂をゆさぶる”、ユニークな演劇活動を続けています。彼女もその功績で紫綬褒章を授与されました。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)


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蜂の大軍をかいくぐりながら、急登を登ること約90分で笹平に着きました。ここから目指す雨飾山の山頂が見えてきます。
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 ここは新潟県、日本海が見えます。
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 その笹平にもお花の渚が広がっていました。
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 ウメバチソウ。
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 ハハコグサ。
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 マツムシソウ、雨飾山はもう秋に近付いているということでしょうか。
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 トリカブト。
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 この花はニガナの仲間だと言う人がいましたが、茎に細かいとげがあり、コウゾリナ(顔剃菜)の仲間ではないかと思います。
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 ヒメコゴメグサ、この小さい可愛い花もたくさん咲いていました。
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 笹平から頂上直下の急登を少し登ると、そこは雨飾山の頂上でした。登山を開始してちょうど4時間が経過、午前9時ちょうどでした。
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 ガイドの林さんと一緒に記念撮影。少し早いですが頂上でお昼ご飯をいただきました。持っていったお饅頭を配りました。林さんから今後の予定を聞かれ、来週はいよいよ剱岳、その翌週は飯豊本山へ行く予定であることを話しました。林さんも「山とランとエトセトラ」というブログをやっているということを教えてもらいました。山頂では30分の休憩時間を撮りましたが、あっという間に時間が過ぎました。
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 頂上からは北アルプスが見えました。
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 双二峰が鹿島槍ヶ岳です。
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 笹平に登山道が見えます。
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 南峰から見た北峰。
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 北峰には石仏があり、かつて糸魚川地方の羅漢上人というお坊さんが石を刻んで頂上まで運んだそうです。阿弥陀三尊、大日如来、薬師如来、不動明王の4体あり、雨乞いと豊作を願ったと言われています。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(中島みゆき/荒野より)

荒野より(作詞:中島みゆき、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

夜が
望みは何かと訊かれたら君がこの星に居てくれることだ
力は何かと訊かれたら君を想えば立ち直れることだ

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

朝陽の昇らぬ日は来ても君の声を疑う日はないだろう
誓いは嵐にちぎれても君の声を忘れる日はないだろう

僕は歌っているだろう君と歌っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は生きているだろう君と生きているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない
荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない


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下山も花の登山道を進みます。アザミの花。
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 ふたたびマツムシソウ。
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 ホタルブクロ。
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 雨飾山に別れを告げます。
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 そして再び急こう配を下って行きました。
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 この花はなんという花でしょうか、この花もたくさん咲いていました。
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 有名なツバメオモト。
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 珍しい柄のキツリフネ。
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 これはオドリコソウでしょうか。
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 骨酒で有名な岩魚が泳いでいました。
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 最後の湿原を歩き、雨飾山登山は終了になりました。13時ちょうどに登山口に戻ってきました。登山開始から8時間が経過していました。
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 入浴を済ませて、夕日に見送らて新宿へ戻ってきました。
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新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地


 
今週はいよいよ剱岳に行ってきます。060.gif060.gif060.gif

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by ryott-ryott | 2012-08-27 22:35 | 花を飾りに、雨飾山 | Comments(2)

雷鳴とどろく笠ヶ岳を行くヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 8月25日はアミューズで夜行の雨飾山に行ってきました。その模様は次回に報告します。そして26日(日)は久しぶりに日曜日に大井町湯屋へ行きました。日曜日に湯屋に行くのは、富士山登頂の前の週以来ですから、実に2年ぶりでした。この日、大井町は大井フェスタというお祭りをやっており、「じゃんけんぽん」も開店しているとの連絡がはるさんからあり、大井町湯屋の帰りにじゃんけんぽんに寄りました。068.gif
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 どこかの国の踊りをやっていました。
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 じゃんけんぽんの店頭。
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 招き猫がお出迎え。
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 食前酒のみりん。
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 塩こうじ漬けの鳥焼。
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 馬刺し。
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 ザーサイ。
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 今年、初のサンマ。画面に納まりません。
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 温かいソーメン。
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 さて8月17日~19日は北アルプスの笠ヶ岳へ行ってきました。8月17日はいつもより少し早い6時45分に新宿を出発。ガイドは先週の空木岳に引き続き、峰岸さんでした。そしてサブガイドはあの泉田さん、添乗員は池田さんでした。泉田さんは私を見るなり、「痩せた?」と言い、私が返事をするとニタリと不敵な笑みを浮かべていました。037.gif
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 風穴の里で休憩。
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 果物が水で冷やされて、夏らしい風景です。
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 午前11時50分に新穂高温泉に到着。ここから退屈な林道を歩いて、鏡平山荘へ向かいます。
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 穴毛谷。明治時代、ウエストンはここから笠ヶ岳に登ったそうです。
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 風穴。ここから涼しい風が吹き出していました。
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 わさび平小屋で休憩。サブガイドの泉田さんは私を見て、「汗をかきすぎだ。」と言い、泉田さん自身が自分自身を指差して「汗をかいていないでしょ。」と言ってました。私が泉田さんに「どうすればいいのですか?」と尋ねると、何も言わずにニタリと笑っていました。たぶんもっと痩せろと言いたかったのでしょう。037.gif
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 林道を歩くこと約2時間、いよいよ山道に入って行きます。しかし雨が降り出し、雨具を着ての山歩きとなりました。とても蒸し暑く、汗でびっしょりになり、雨具を着ても着なくても全身ずぶ濡れになってしまいました。
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 途中、年配の女性が暑さのためか具合が悪くなり、泉田さんに付き添われて下山して行きました。
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 17時50分、ようやく鏡池に着きました。晴れていれば槍ケ岳が逆さに池に写っているそうです。今日は曇りで、木しか映っていません。
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 鏡平山荘で夕飯を食べ、明日に備えました。この時、山荘で日本酒を買い、ガイドの峰岸さんと一杯飲みながら、先週の続きの話をしていました。先週の話の続きとは、小川山に参加された年配の女性が五竜岳で亡くなったという話です。小川山で私が随分と遅れてしまったために、私が峰岸さんのすぐ後ろを歩き、その私の後ろで歩いていた年配の女性が亡くなりました。私は、その方が後ろで尻もちをついていたので起こしてあげたのを覚えています。その方は五竜岳には個人で行ったわけはなく、ツアーに参加し、その行程中に滑落したそうです。ツアーに参加しているからといって、必ずしも安全だとは限らず、やはり最後は自分の身は自分で守らなければならないということだと思います。
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 翌朝、午前4時30分に朝食を済ませて、午前5時に鏡平小屋を出発しました。今日は笠ヶ岳の頂上を目指します。鏡平山荘前から見た槍ケ岳。
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 弓折岳へ向かう山腹から見た鏡平山荘と鏡池。
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 穂高連峰。
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 奥が乗鞍岳、手前が焼岳。
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 弓折岳のほうへ向かうアルプスエンタープライズの一行とその左には水晶岳。
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 私たちはまずは抜戸岳を目指します。
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 チングルマの実。
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 ハクサンイチゲ。
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 チングルマの花。
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 リンドウ。
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 槍ケ岳がだんだんと雲に覆われてきました。
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 この上が抜戸岳になります。この地方では山が崩れることを「山が抜ける」と言い、抜けた山に戸が立てかけられていることから、「抜戸岳」と名前が付けられました。
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 昭和24年(1949年)8月17日午前3時9分、青森発奥羽線回り上野行きの旅客列車が、東北本線金谷川・松川駅間のカーブで機関車が脱線転覆しました。

 12両編成の普通列車で、乗客は約600人。全員無事でしたが、機関士と機関助手3人は即死です。

 現場検証の結果、レールの継ぎ目板がはずされ、枕木の犬クギが抜かれているのが判明しました。近くの水田からバール、スパナが発見されました。だれかが仕掛けた列車妨害事件です。

 警察は9月になって、国鉄労組、事故現場に近い東芝松川工場労組の有力者20人を、共同謀議を含めた容疑者として逮捕しました。

 昭和25年(1950年)12月の第1審は死刑5人を含めて全員有罪、28年(1953年)12月の仙台高裁の第2審は、死刑4人を含めて17人有罪、3人無罪。34年(1959年)8月の最高裁では原審破棄差し戻しとなり、36年(1961年)8月、仙台の差し戻し審で全員無罪、上告によって38年(1963年)9月、最高裁で全員無罪が確定しました。

 その間14年、「松川事件」はその判決の是非、真犯人をめぐって大きな反響を巻き起こしました。

 作家広津和郎が、この被告たちの文集『真実は壁を通して』を読み、公判を傍聴して彼らの無実を信じ「中央公論」誌上に『真実を訴える』『松川裁判批判』を連載、一部の人たちから“文士裁判”の非難を浴びたのもその反響の1つでしょう。

 “被告たちの目が済んでいる”という作家的直観と、予断と憶測を避けて、法廷記録を緻密かつ実証的に検討して論述する彼の文章は説得力を持ち、被告の全員無罪判決をもたらす大きな力になったことは間違いありません。

 昭和43年(1967年)9月21日、伊豆熱海の国立病院で腎不全で急逝しました。77歳でした。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 この急登を登り、抜戸岳から笠ヶ岳を目指します。
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 朝はとてもいい天気だったのですが、稜線の上下から霧が湧いてきました。
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 折角、見え始めた笠ヶ岳がかすんでいます。
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 そして、ついに雨が降り出しました。しかも雷鳴がとどろく中の稜線歩きでした。
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 雷雲がまじかであるため、しばらく稜線から下がって避難しました。一か所に集まって、うずくまり、ビニルシートをかぶり、雷雲が遠ざかるのを待ちました。
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 雷雲が立ち去り、急いで笠ヶ岳山荘を目指します。笠ヶ岳山荘に着いたのは13時ちょうどでした。前日、具合が悪くなった客に付き添って下山した泉田さんが笠ヶ岳山荘に私たちよりも先に到着していました。この日の朝、客を新穂高の駅まで送り届けてから、笠新道をあがってきたそうです。このおっさんは只者ではありません。
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 私たちが笠ヶ岳山荘に着いた時もまだ雨が降っていたため、天候の様子を見てから山頂へ行くことにしました。15時にようやく雨があがり、晴れ間が見えてきたので、山頂に向かいました。
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 山頂で記念撮影。いい歳、りょうちゃん、日本百名山41座目になりました。
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 山頂からの風景をしばし楽しみました。058.gif
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 槍ケ岳方面に巨大な積乱雲が見えました。そして、槍ヶ岳の山頂付近にヘリコプターが旋回しており、あとで槍ケ岳で落雷のため人が亡くなったということを聞きました。その晩、よしこさんからメールがあり、特配チームは無事に登迢できたということを知らせていただきました。038.gif
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 笠ヶ岳山荘に戻ってから、夕飯前に笠ヶ岳登頂を祝ってビールで乾杯しました。この時、泉田さんとはじめてお話ししました。改めて、泉田さんに「どうすれば汗をかきすぎないのか?」と言うことを聞くと、単刀直入に「痩せればいい。」とおっしゃっていました。そして10 kg痩せて、体重が80 kg前後になったらアミューズの剱岳に参加できると失礼なことを言っていました。アミューズの剱岳に参加するには、道のりは遥かに遠い気がしました。
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 また泉田さんは「人間は簡単に死ぬ。」と言っていました。太っていれば、それだけで心臓に負担がかかり、支障のリスクが高くなるというのです。先月のアミューズの剱岳では、前剱で個人で来ている登山者が心筋梗塞で亡くなった場面に遭遇したそうです。心臓マッサージを施したそうですが、心肺停止になり、そのまま帰らぬ人になったと話していました。太っていると、それだけであらゆる故障の原因になるということを、こんこんと聞かせていただきました。そして、普通のツアーでは1時間当たり標高差250 m~300 mを登るのが限度とのことですが、体重を落とせば、当然ながら山登りも楽になり、1時間当たり標高差700 m登ることも夢ではないそうです。
 また、自分で近場の山に行ってトレーニングしない限り、現在のレベルからなかなか向上できないとも言っていました。アミューズトラベルのツアーに参加している限りでは、おばさんの登山レベルまでであり、それ以上は向上することはないとのことです。少しでも山登りのレベルを向上させたいならば、ひとりでの山登りを取り入れて自分に負荷をかけるトレーニングすることが必要であるとおっしゃっていました。
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 夕飯を食べた後、夕日を見に行きました。058.gif
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(中島みゆき/荒野より)

荒野より(作詞:中島みゆき、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

夜が
望みは何かと訊かれたら君がこの星に居てくれることだ
力は何かと訊かれたら君を想えば立ち直れることだ

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

朝陽の昇らぬ日は来ても君の声を疑う日はないだろう
誓いは嵐にちぎれても君の声を忘れる日はないだろう

僕は歌っているだろう君と歌っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は生きているだろう君と生きているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない
荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない


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 最終日19日、今日は笠ヶ岳を下山します。午前5時に笠ヶ岳山荘を出発しました。最初は霧がかかり、何も見えませんでしたが、午前6時には霧が晴れ、日差しが差してきました。ダイヤモンド槍穂高連峰。
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 振り返ると笠ヶ岳が下山する私たちを見送っていました。
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 焼岳。
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 今日はひたすらに下ります。杓子平から見上げた稜線。
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 杓子平。
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 ここから笠新道に入ります。
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 笠新道は急こう配に加え、大きな石がごろごろしており、下りが得意のりょうちゃんでもとても気を使いました。そして、私の前で歩いているのはあの泉田さんで、すこしでも変な歩き方をすると「ホラッー」という「喝」が飛んできます。いつも少しでも前に行きたがるおばさんたちは決して泉田さんの後ろを歩きたがりませんでした。
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 笠新道の中腹から見た風景。
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 笠新道はまだまだ続きます。最後までまったく気が抜けません。
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 笠新道を下り始めてから約3時間、午前11時30分、ようやく林道に到着。
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 笠新道の入り口で記念撮影。
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 林道を新穂高温泉に向かって約1時間歩いて、戻ってきました。12時30分。
入浴を済ませ、食堂で苞葉焼き弁当を食べて、新宿に戻ってきました。
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 ブログの更新が遅れ気味なので、雨飾山の報告をするときにはたぶん今年の最大の目標である剱岳登頂は済んでいると思います。次週の8月30日~9月2日まで、北アルプスの剱岳~立山縦走に行ってきます。今回の剱岳はアミューズトラベルではなく、個人ガイドを頼みました。私を剱に連れて行ってくれるガイドさんは歩みの会の西村さんに紹介してもらったトミー富澤さんです。歩みの会の皆さん、それでは剱岳に行ってきます。038.gif
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新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地


 
 次回は雨飾山の報告をします。060.gif

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by ryott-ryott | 2012-08-27 00:55 | 笠ヶ岳 | Comments(0)

木曽殿伝説、風雨の岩峰、中央アルプス・空木岳を行くヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 8月11日(土)~13日(月)、アミューズで中央アルプスの空木岳に行ってきました。この空木岳の周辺には木曽殿ゆかりの場所が数多くあります。木曽殿とは倶梨伽羅峠の戦いで平家の大軍を打ち破った木曽義仲のことです。

 明智光秀が三日天下と言われた以前に、木曽義仲は六十日天下と言われていました。

 木曽義仲はもともと源氏の出で、正確には源義仲です。源氏もまた身内同士で勢力争いしており、追手から逃れるために幼い時におばさんに預けられ、木曽山中で育ちます。
山中駆けずり回って育ったためか、身長は六尺豊か(190 cmくらい)の偉丈夫(いじょうふ)になりました。
体格は立派なんですが、知性・知識・教養はまるでない、都人が嫌う典型的な山家育ち(やまがそだち)になってしまいました。人としてのルール・マナーを一切身につけていない、政(まつりごと)をどのようにすればいいかも一切学んでいない、欲しいものは何でも力づくで奪う、自慢だったのは精力抜群という乱暴者でした。

 そんな義仲に好機が巡ってきます。1181年に平清盛が亡くなり、平家の跡目争いで荒れ放題になっている花の都を何とかしてほしいと、後白河法皇から源氏の御曹司たちに平家追討の令旨(りょうじ)(命令のこと)が出されました。
 お墨付きの令旨を受け取った義仲は木曽山中から愛人二人を伴って挙兵し、倶梨伽羅峠の戦いで平家の大軍を打ち破ります。都では義仲の勢いを恐れた平家が安徳天皇とともに西国へ落ち伸びて、都は空っぽ状態、義仲は都を無血占拠しました。

このことが評価されて、後白河法皇から義仲は従五位下左馬頭(さまのかみ)・越後守(えちごのかみ)を与えられ大出世をしますが、悲しいかな、教養のない義仲にはその重みがわかりません。 「もっとわかりやすいものをくれ」と言ったそうです。後白河法皇も困りはて、「どうせコイツは馬鹿だから長くない、これでもやっておくか」と言い、なんと征夷大将軍に任命してしまい、日の出の勢いでトップに立ってしまいました。義仲は旭将軍と呼ばれました。

 しかし山家育ちの義仲は天下を統治する方法を知りません。都を占拠した5万人の兵に「好きにやれ」という命令を出しました。義仲の軍勢は都で掠奪・強奪・強姦を繰り返し、さすがに法皇もこの山猿どもにあきれ果てて、頼朝に義仲追討の命令を出します。元暦元年(1184年)1月20日に源義経に率いられた頼朝軍が、近江瀬田宇治川で義仲軍と対戦し、義仲軍を簡単に撃ち取りました。

 義仲は愛人であった巴御前と敗走します。死を覚悟した義仲は愛人の巴御前に「逃げるように」と言いましたが、巴御前は「巴の最期の闘いを見ていなさい」と馬上から大長刀をふるって、追手の一人の首をはねたという逸話は有名です。
 その義仲も大津の浜辺で馬が足を取られて、そこに飛んできた矢に兜を撃ち抜かれて絶命しました。31歳でした。
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 今回の空木岳は新宿駅西口18時出発です。空模様は鈍色の曇り空で、登山を開始する12日も、山頂まで行く13日も雨の予報です。057.gif
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 参加者は14名、ガイドは峰岸さん、添乗員は辻さんでした。宿のねざめホテルには予定通り22時に到着し、温泉に入ってただちに寝ました。同室にはあの小沢さんと昨年北海道の雌阿寒・斜里・羅臼で一緒だったお父さんでした。今期、小沢さんと一緒のツアーになるのは6回目です。
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 翌朝、コンビニで買ったパンを頬張り、午前5時に宿を出発しました。あたりは深い霧に包まれていましたが、まだ雨は降っていませんでした。何とか雨が降らないでほしいと祈りながら、バスに乗って登山口に向かいました。
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 バスに乗って、ちょうど1時間で登山口に到着しました。ここで準備体操をして、出発です。登山口と言っても、幌尻の時と同じように約2時間の林道歩きから始まります。
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 空を見上げると、雨どころか青空が広がっていました。このまま明日下山するまで雨が降らなければいいのですが。058.gif
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 林道を歩くこと2時間20分、午前8時25分にうさぎ平の登山口に到着しました。ここから登山道に入ります。
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 樹林帯の急登をひたすらに登ります。このような山の中を走り回っていれば、偉丈夫になるのは間違いありません。
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 仙人の泉で水を補給しました。午前11時20分。
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 今日は雨が降る予報でしたが、予報が外れて、雨具を使うことはありませんでした。しかしながら、雲が多く、見晴らし台から空木岳本峰は見えませんでした。
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 巴チドリ。木曽殿の愛人、巴御前から名付けられたのでしょうか。
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 トリカブト。
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 トリアシショウマ。
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 リュウセンカ。
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 カラマツソウ。
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 トウゲブキ。
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 イブキトラノオ。
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 チドリの仲間。
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 シシウド。
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 この袋が破れて、花が咲きます。
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 14時に水場である「義仲の力水」に着きました。ここで空になったペットボトルに水を目いっぱいに入れる予定でしたが、なんと力水が枯れていました。仕方なく、水は木曽殿山荘でお金を出して買うことにしました。500 mlペットボトル1本300円でした。
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 義仲の力水から歩くこと約10分で、今日泊まる木曽殿山荘が見えてきました。
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 木曽駒・東川岳方面。
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 こちらが明日行く空木岳方面。
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 山荘前からふもとのほうはよく晴れているようです。058.gif
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 明日の天気予報を考えると晴れている今のうちに頂上を踏むという案もありましたが、頂上までには難所がいくつかあり、片道2時間ほどかかるので、予定通り明日頂上に行くことになりました。
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 木曽殿山荘で明日の水と、今晩のビールと日本酒を買いました。ビールは350 mlで500円、日本酒も1合500円です。
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 1階の食堂に集まって、宴会が始まりました。068.gif
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 この方は飲めないのに、もう眠いようです。037.gif
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 食事後、ガイドさんから明日の天気と予定について説明がありました。やはり雨は避けられないようです。しかし心配されていた雷はどうやら回避できそうです。
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 童謡・歌謡作詞家の大御所であった詩人西条八十が、早稲田大学仏文科の教授であり、「アルチュール・ランボー」研究の第一人者であったことは、あまり一般の人には知られておりません。

 とにかく童謡の名作『かなりあ』『かたたたき』『まりと殿様』から、叙情詩、歌謡曲、果ては戦後ヒットした『芸者ワルツ』『トンコ節』にいたるまで、実に幅広い分野で活躍しました。

 それだけに誤解された面もありましたが、自著『わが歌と愛の記』(白凰社)、長女・西条嫩(ふたば)子が書いた『父西条八十』(中央公論社)を読みますと、なるほど誤解があったことがわかります。

「父は死の瞬間まで、歌にも自分の人生との対決をやめない人だった。花びらが美しいままはらりとおちたように、死顔は気高く若々しかった。
 昭和45年(1970年)8月12日、人知れぬ夜明に父はいつもと同じ寝姿で長い眠に入って行った。夜中、私がいちど寝室を見まわりにいった時、喉の痰をを拭いて散らばっていたちり紙の屑はきちんと片づけられていた。そして、清潔な下着のままで。」

 その人柄がにじみ出ています。78歳で東京世田谷成城の自宅で亡くなりました。

 お墓は千葉県松戸市の八柱霊園にありますが、その墓碑銘はいかにも西条八十らしいものです。

   われらふたり楽しくここに眠る
   はなればなれに生れ めぐりあい
   短かき時を愛に生きしふたり
   悲しく別れたけれど また こゝに
   こころとなりて とこしえに 寄り添い眠る

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 翌朝、いよいよ空木岳の頂上へ向かいます。当初、5時に出発予定でしたが、強風のため、様子を見て、午前5時40分に木曽殿山荘を出発しました。
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 最初は雨は降っていませんでしたが、周囲は真っ白で何も見えません。
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 強風の中、準備体操を済ませ、山頂に向かって登り始めました。
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 約1時間で第1ピークに到着。午前6時40分。
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 晴れていたら、どんな風景が目に飛び込んでくるのでしょうか。両側が切れていることは推測できます。
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 さらに岩場を進んでいきます。
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 今回の登山で一番の難所だそうです。杭がたくさん打ち込んであるので、問題はありません。
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 午前7時20分、石門に到着。
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 石門の前で記念撮影。風の中に雨が混じり始めました。
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 次なる難所。幅1 mほど飛んで岩に飛び移ります。しかし、雨交じりの強風のために、下からマークの矢印に沿って渡ることになりました。最初にガイドさんがお手本を見せてくれました。038.gif
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 お手本を見て、参加者は次々と岩場を通って行きます。晴れていたら、下が見えて怖かったのでしょうか。
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 難所を過ぎたら、すぐに山頂に到着しました。午前7時45分。山荘を出発して2時間経過していました。
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 強風の中、さっさと集合写真を撮りました。りょうちゃんはこのおじさんとお別れの記念撮影を撮ってもらいました。小沢さんとは今年はツアーで一緒になる予定はありません。今度会うときはお線香をあげに行くときでしょうか。どうぞお元気でお過ごしください。
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 この天気で何も見えないので、頂上で記念撮影後、さっさと下山を開始しました。午前8時ちょうどです。
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 晴れていたら、周囲に北アルプス、南アルプスを望めるパノラマコースだそうです。
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 しばらく行くと空木駒峰ヒュッテがあります。ログハウスのきれいな小屋です。
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 駒岩が見えてきました。午前8時30分。
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 駒石の前で記念撮影。雨足が徐々に強くなっているようです。
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 この駒石で小学生の兄弟に追い抜かれてしまいました。この小学生は昨日、木曽駒ケ岳と宝剣岳を縦走して、私たちと同じ木曽殿山荘までやってきて、今日は木曽殿山荘から空木岳を踏んで下山の予定だそうです。この小学生たちにお饅頭を1つずつあげたら、礼儀正しく、元気な声でお礼を言い、1つの饅頭を中学生の兄と父親、母親と分け合って食べていました。礼儀正しい小学生とは対照的に、今度お線香をあげに行く年寄りどもは、私から饅頭を奪うように食べていました。こんな年寄りどもに饅頭をやらずに、この家族にひとり一つずつ饅頭をあげればよかったと後悔しました。そして「僕たち、こんな意地汚い年寄りになってはいけないよ。」と言いたくなりました。038.gif037.gif
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(中島みゆき/荒野より)

荒野より(作詞:中島みゆき、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

夜が
望みは何かと訊かれたら君がこの星に居てくれることだ
力は何かと訊かれたら君を想えば立ち直れることだ

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

朝陽の昇らぬ日は来ても君の声を疑う日はないだろう
誓いは嵐にちぎれても君の声を忘れる日はないだろう

僕は歌っているだろう君と歌っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は生きているだろう君と生きているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない
荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない


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 下山は続きます。午前9時に空木カールからの合流点に到着しました。今日、雷雨であった場合は空木岳の頂上を踏んだ後、カールに下りて下山する予定でした。
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 そしてまた樹林帯の中に入って行きます。この時、一瞬、日がさしましたが、今日はおおむね雨の一日でした。
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 そして下山最大の難所、大地獄小地獄を通過しました。鎖や梯子があるため、問題ありません。以前は整備されておらず、大変怖い場所だったそうです。この鎖場ではガイドさんが手取り足取り、ホールドの指示をしていました。中には指示通りできない年寄りもいて、ガイドさんの声が大きくなっているのがわかりました。037.gif
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 大地獄小地獄の難所も無事に通過し、あとは退屈な樹林帯をひたすらに降りて行きます。
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 池山小屋手前の水場。ただし、水は濁っており、飲まないほうがいいと思います。12時30分。
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 退屈な下山はまだまだ続きます。バスが待っている林道に辿り着いたのは13時50分でした。木曽殿山荘を出発して、8時間10分が経過していました。雨はいまだ止まず、温泉に入って、新宿まで戻ってきました。
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 新宿まで戻るバスの中で、とても残念なお話をガイドの峰岸さんから聞きました。6月2日~3日に行った小川山でご一緒した年配の女性(お名前は忘れてしまいました)が7月末に五竜岳で滑落して亡くなったということを教えてもらいました。小川山では私の後ろ、あるいは前で歩いていた女性だと思います。
山登りはたった一時の光景を見るために、大変な思いをして山頂を目指します。今日のように天気が悪ければ、その光景を見ることも叶いません。そして、この女性のように命を落としてしまうこともあります。口の悪い人の中には登山はバカな遊びだと言う人もいます。しかし、いい歳、りょうちゃんはバカな遊びにならないように楽しい登山を続けていきたいと思います。


新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地


 
 明日から笠ヶ岳に行ってきます。

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by ryott-ryott | 2012-08-16 21:02 | 中央アルプス・空木岳 | Comments(7)

日高の巨人・幌尻岳を行くヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 8月4日(土)~6日(月)、アミューズで北海道日高山脈の最高峰・幌尻岳に行ってきました。集合は午前10時に羽田空港、いつもよりもゆっくりです。参加者の人数を数えてみると5名しかしません。アミューズ東京と仙台で合わせて10名の参加だそうです。
千歳空港でアミューズ仙台の5名と合流し、バスに乗って、平取町(びらとりちょう)を目指します。
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 平取町の豊糠(とよぬか)山荘は数年前に廃校になった小学校を改装したものです。お風呂も完備されていますが、手狭と言うことで平取温泉に入浴してからとよぬか山荘へ向かいました。
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 とよぬか山荘の中は学校そのものでした。その一室、教室でジンギスカンの夕飯をいただきました。明日は午前3時出発で、幌尻山荘には泊らずに山頂まで目指します。夕飯後、すぐにベッドに入りました。19時過ぎに消灯になりましたが、なかなか眠れませんでした。
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 翌朝というか夜中の2時前に起きて、朝と昼のおにぎり弁当をもらいました。夜中2時におにぎりを食べている方もいましたが、いい歳、りょうちゃんはさすがに食べられず、アミノバイタルを飲んでバスに乗り込みました。
 歩き始める林道の入り口までバスに揺られること1時間を要しました。午前4時ちょうど、林道の入り口に到着。まだ周囲は真っ暗です。ヘッドランプを点けて、準備体操をしました。
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 昨年までは幌尻山荘の山番をしていた猟師さんが軽トラックで渡渉を開始する第1ゲートまで乗せて行ってくれたそうです。しかし残念ながら、その猟師さんは昨年亡くなってしまったそうです。自分たちの足で第1ゲートまで歩かなければなりませんでした。
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 林道歩きは本当に退屈なものです。参加者10名、ただ黙って第1ゲートへ黙々と進みます。林道を歩くこと約2時間、ようやく渡渉を開始する第1ゲートに到着しました。
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 ここで渡渉靴に履き替えます。いい歳、りょうちゃんも渡渉靴を履き、下は雨具のズボンを履きました。岩が出ているので、半ズボンで素足を出したまま歩くことは怪我する危険があります。
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 ガイドの加藤さんは草鞋(わらじ)を履いていました。参加者の一人も草鞋を履いていました。草鞋が一番しっくりくるとおっしゃっていました。
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 午前6時30分に渡渉を開始。川の中をじゃぶじゃぶと横切って行きます。渡渉は心地よく、いくらやっても飽きませんでした。加藤さんによると、今回の額平川は水量が少なく、ガイドのやりがいがないとこぼしていました。037.gif
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 渡渉での休み時間にいつもの饅頭を配りました。いい歳、りょうちゃんがガイドの加藤さんと「渡渉はとても楽しい。」と話していると、アミューズ仙台のババァの参加者に変態呼ばわりされました。水量が少ないとはいえ、足の短い年寄りどもには渡渉はかなり辛いようです。年寄りが饅頭をかじったまま流されるのを見てみたかったです。037.gif
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 午前8時40分、楽しい渡渉も終わってしまい、行く先に幌尻山荘が見えてきました。
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 幌尻山荘に濡れたズボンや渡渉靴など不要な荷物をデポし、登山靴に履き替えて、標高差1100 mの登山開始になります。川上さんの話では往復約7時間の行程になるそうです。午前9時20分に登山を開始しました。幌尻山荘からまずは標高差300 mの急登を登って行きます。いい歳、りょうちゃんは、この標高差300 mの急登がとてもこたえました。渡渉をしているときは疲れなど微塵も感じませんでしたが、登り始めると足が重く、果たして、この急登を登り切れるかと感じるくらいの疲れが襲ってきました。やはり林道歩きと渡渉の約5時間の行程で体は疲弊しているようでした。
 最近経験した急登では根子岳から四阿山までが標高差300 mの急登だったはずですが、もっと楽だったと思います。ただ四阿山の場合は急登の前に渡渉はありませんでしたが。
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 急登を登ること約2時間、周りの山の稜線が目の前に迫ってきました。勾配も緩み、他の人のブログやホームページでよく見る枯れた榛松の稜線が目の前に現れました。
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 延々と続く稜線の両側には黄色いウサギギクの花がどこまでも続いていました。「日本百名山」の幌尻岳のページにもウサギギクが咲き群れていたとの記述があり、深田久弥が見た光景と同じ景色を見ていたと思います。056.gif
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 ウサギギク。
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 リンドウ。
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 チングルマの実。
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 ウメバチソウ。
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 ヒゴタイ。
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 イチヤクソウ。
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 イワブクロ。
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 オトギリソウ。幌尻岳のオトギリソウは巨大です。
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 ハクサンフウロ。
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 ミヤマアズマギク。
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 アキノキリンソウ。
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 新冠コースとの合流点。
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 約1時間30分、花を眺めながらの稜線歩きをし、ついに幌尻岳の山頂に到着しました。13時ちょうどでした。新冠コースからの合流点から風が強まり、さっさと集合写真を撮りました。アミューズから送られてきた集合写真。
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 川上さんと頂上で記念撮影。
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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「悩殺女優」「セックス・シンボル」「モンロー・ウォーク」など、全世界の女性を悩殺したアメリカ・ハリウッドの映画女優マリリン・モンローは、1962年8月5日の朝、ロサンゼルスの自宅で亡くなりました。34歳の若さでした。
 自宅のヘッドの上で全裸で、電話の受話器を握りしめたままだったといわれています。睡眠薬を飲みすぎたための事故死か、それとも自殺か、あるいは他殺か、その死因はさまざまに取り沙汰されていますが、今だにその真相は謎に包まれてわかりません。

トニー・シャッカの書いた「誰がマリリンを殺したか」。またノーマン・メラーの作品「マリリン」など読むと、ジョン・F・ケネディ大統領との醜聞の秘密を暴露されるのを恐れて、ホワイトハウス筋の手によって殺されたような暗示があります。
 
 日本では、彼女が米兵たちのためのピンナップ・ガールの出身であることもあってか、やや頭の弱い、白痴美の肉感的女優というふれこみで売り出されました。ですから、モンローといえば、映画「七年目の浮気」のスティール写真、地下鉄の通風孔から吹き上げる風でスカートがまくれるのをおさえる、お色気たっぷりな彼女を思い出します。

 真紅の口唇をなかばあけて白い歯をのぞかせ、陶酔したお色気をただよわせるなかば閉じた目、豊かな胸、すばらしいプロポーション。「モンロー・ウォーク」と呼ばれた腰を振る歩き方。その姿態、その魅力はモンロー以外にはありません。
 彼女は生涯に3回結婚に失敗していますが、実像としての彼女は、頭もよく、やさしく、人に尽くす、誠実な女優であっと言います。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)


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 頂上で記念撮影後、霧が晴れないかしばらく待ちましたが、改善されないため、すぐに下山を開始しました。一瞬、人造湖の新冠湖が見えました。
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 帰りも花を眺めながらの稜線歩きです。ウサギギクの花とチングルマの実がどこまでも続いていました。1週間前はチングルマの白い花が咲いていたそうです。
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 稜線から急登を下って行きます。私たちが下山中、ヘリコプターが轟音とともに周回しているのが見えました。何日か前に60歳の男性が山には行ったまま、帰ってきていないとのことでした。
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 ほとんど降りてきたころに、雲が切れて青空が見えてきました。
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 17時前に幌尻山荘に到着しました。登山を開始して約7時間30分の行程でした。
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 今日はガイドさんが作った夕飯を食べて、幌尻山荘に泊まりました。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(中島みゆき/荒野より)

荒野より(作詞:中島みゆき、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

夜が
望みは何かと訊かれたら君がこの星に居てくれることだ
力は何かと訊かれたら君を想えば立ち直れることだ

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

朝陽の昇らぬ日は来ても君の声を疑う日はないだろう
誓いは嵐にちぎれても君の声を忘れる日はないだろう

僕は歌っているだろう君と歌っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は生きているだろう君と生きているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない
荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない


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翌朝、雨が降っていました。渡渉の水量が心配されましたが、大したことはありませんでした。朝食を済ませて、午前6時に山荘を出発しました。
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 昨日と同じく渡渉靴を履いて、渡渉の下山をしていきます。
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 やはり渡渉は冷たくて心地がいいです。加藤さんの話では今の時期の渡渉での水温がちょうどいいそうです。6月の雪解け時期や、9月の秋口になると、水が冷たくて、足がしびれてくるそうです。
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 渡渉最後の岩のへつり。
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 午前8時過ぎに第1ゲートに戻ってきました。ここからまた退屈な林道歩きになります。
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 林道の途中のも花が咲いていました。そして、この林道で最近3回もヒグマが見かけられているそうです。日高のヒグマは北海道の中でも一番凶暴だそうです。
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 ヒグマにも遭遇せずに、約2時間の退屈な林道歩きを終えて、入口まで戻ってきました。
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 とよぬか山荘のおじさんがトマトとトマトジュースを差し入れてくれました。038.gif
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 バスに揺られること1時間、とよぬか山荘に戻ってきました。ここで幌尻岳のTシャツを買おうと思いましたが、いい歳、りょうちゃんのからだに合うサイズがなく、またもや渡渉が下手なババァにバカにされてしまいました。037.gif
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 行きと同じく平取温泉で入浴を済ませて、平取牛を食べました。
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 そして帰りのフライトまで時間があるため、サッポロビールの工場見学に行きました。
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 ビール工場では3段注ぎというビールをおいしく飲める注ぎ方を教えてもらいました。
 グラスは斜めに傾けずに、垂直に立てたまま、缶ビール1本の3分の1を一気にグラスに注ぎます。グラスの中はほとんどが泡になります。068.gif
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 この泡が消えていき、液体と泡の割合が同じになったところで、さらに3分の1を静かに注ぎます。この時、液体に接している泡が荒く、上のほうの泡がキメ細かくなります。この泡がビールのふたになり、ビールの酸化を防ぐとともに、二酸化炭素濃度が減少し、口当たりがよくなります。
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 最後に残りの3分の1をグラスのヘリから静かに注ぎます。
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 3段注ぎの完成です。みんなで幌尻岳登攀を祝い、乾杯しました。068.gif
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 工場の窓から北海道らしい風景が広がっていました。
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新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地


 
 次回は空木岳の報告をします。060.gif

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by ryott-ryott | 2012-08-16 02:12 | 日高の巨人・幌尻岳 | Comments(0)

歩みの会、ニッコウキスゲ咲く八間山を行くヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 先週の8月4日(土)~6日(月)は北海道の幌尻岳に行ってきました。その模様は後日報告します。いい歳、りょうちゃんの山歩きの予定は以下の通りです。飯豊山、塩見岳、歩みの会は休暇が取れれば、行く予定です。

 8月11日(土)~13日(月)  空木岳(あの小沢さんと一緒です)。
 8月17日(金)~19日(日)  鏡平から行く笠ヶ岳
 8月24日(金)~25日(土)  夜行・雨飾山
 8月30日(木)~9月2日(日)剱岳~立山縦走(山旅クラブ個人ガイド)
 9月 8日(土)~11日(火)  飯豊本山 (休暇が取れれば)
 9月15日(土)~17日(月・祝)氷河公園から行く槍ケ岳(山旅くらぶ)
 9月21日(金)~23日(日)  塩見岳 (休暇が取れれば)
 9月28日(金)~30日(日)  甲斐駒ケ岳・仙丈ヶ岳(山旅クラブ)
 10月6日(土)~8日(月・祝) 東北3座(岩手山、早池峰山、八幡平)(上野・浦安特配)
 10月13日(土)~14日(日) 巻機山か赤岳のどちらか
 10月15日(月)      歩みの会・甲子山 (休暇が取れれば)
 10月19日(金)~21日(日) 初心者のための山歩き教室・鳳凰三山
 10月27日(土)~28日(日) 伊吹山・恵那山
 11月 3日(土)      同窓会
 11月10日(土)      赤城山・黒檜山
 11月17日(土)      同窓会

 先日の8月9日、大井町湯屋の帰りに「じゃんけんぽん」に立ち寄ったところ、モノマネタレントのツートン青木さんが来店していました。じゃんけんぽんにたまに来店することは聞いていましたが、この日、会うことができました。038.gif
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 今日のお勧め038.gif
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 南極の氷でつくられた日本酒です。069.gif
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 さて越後駒ケ岳登山の翌日7月23日(月)は歩みの会で群馬県吾妻郡にある八間山に行ってきました。越後駒ケ岳からの連登になるため、行くべきか迷いましたが、折角休暇を取ることができ、歩みの会には4月以来しばらく参加できていなかったため、行くことにしました。024.gif
 歩みの会も新宿駅西口に集合します。この日のガイドさんは白砂さんと石原さんでした。途中立ち寄った日本酒の販売所。
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 11時30分に野反湖に到着しました。ここでお弁当を食べました。
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 準備体操をしていよいよ出発です。
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 野反湖畔にはたくさんのニッコウキスゲが咲いていました。しばらくは湖畔のニッコウキスゲなど花の観賞をしました。
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 クルマユリ。
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 ニッコウキスゲ。黄色が鮮やかです。
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 イブキトラノオ。
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 ハクサンフウロ。
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 トウゲブキ。
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 アザミ。
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 カラマツソウ。
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 花を十分に鑑賞した後、登山口へ。
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 しかし数分も登らないうちに、地元の小学生が植えたというコマクサの群落がありました。再度、コマクサの観賞会になりました。
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 コマクサ。
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 ウスユキソウも咲いていました。
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 この花はなんでしたっけ。037.gif
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 コマクサを十分に鑑賞した後、再び登山開始。夏休みともあって、家族連れがたくさん来ていました。
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 イカイワの肩で小休憩。ここでみんなでお饅頭を食べました。
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 “吹けばとぶよな将棋の駒に・・・・・・・・”

 映画、演劇、演歌『王将』のモデルとして広く知られる坂田三吉は、明治3年(1870年)、堺市の貧乏長屋に生まれ、親ゆずりの雪駄職人から専門の棋士になり、その実力と奇行で、すっかり有名になりました。

 三吉は、独学で将棋を勉強しただけに棋譜も読めません。あるとき記録係が棋譜を見せたら「なんや、英語で書いたるやないか」と、不思議そうな顔をしたといいます。

 大正10年(1921年)1月、十二世名人小野五兵が亡くなったあと、次期名人に関根金次郎の名があがりました。関西の実力者であった三吉は、猛然と反対しました。
 それは2年前の大正8年(1919年)、上京して関東棋界の代表者といわれる関根と対戦して勝っているからです。“わいは天下一の将棋さしや、わいが名人や”といってききません。

 しかし、人格、技量から関根金次郎に軍配が上がり、関根が名人に就任しました。
 大正14年(1925年)3月12日のことでした。三吉はただちに「関西名人」を宣言しましたが、将棋連盟から除名処分を受け、新聞にも出されず、収入は減り、生活は窮乏するばかりでした。

 昭和12年2月、見かねた某新聞社がオープン戦と称して木村義雄名人と対戦させましたが、三吉は無惨にも負けてしまいました。三吉68歳、木村35歳の若さでした。

 やがて棋界から引退を表明し、不遇な生涯をおくった坂田三吉は、昭和21年(1946年)7月23日、大阪でひっそりと亡くなりました。享年77歳でした。

 先年、将棋の駒を形どった王将碑が、後援者の手によって豊中市服部公園墓地に建てられました。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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八間山は標高1934 m。頂上まではほぼ直登になります。登山口から頂上までは約90分の短い山登りですが、前日の越後駒ケ岳の疲れが残っているためか、この直登が結構大変に感じました。
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 アミューズから送られてきた頂上での集合写真。
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 集合写真を取った後は、休憩を取り、いつものように記念撮影をしました。
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 歩みの会の皆さんと記念撮影。
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 石原さんと記念撮影。
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 野中ちゃんも石原さんと記念撮影。
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 白砂さん、石原さんと記念撮影。白砂さんはあまり足があがりません。037.gif
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 皆さん、ほがらかに記念撮影。038.gif
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(中島みゆき/荒野より)

荒野より(作詞:中島みゆき、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

夜が
望みは何かと訊かれたら君がこの星に居てくれることだ
力は何かと訊かれたら君を想えば立ち直れることだ

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

朝陽の昇らぬ日は来ても君の声を疑う日はないだろう
誓いは嵐にちぎれても君の声を忘れる日はないだろう

僕は歌っているだろう君と歌っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は生きているだろう君と生きているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない
荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない


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天気は今一つで、頂上からの展望は望めませんでしたが、頂上で山の空気を存分に楽しみ、下山を開始しました。
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 銀龍草。
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 マイヅル草の実、秋になると赤くなります。
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 約90分で下山しました。
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 夏空が広がっていました。
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 長英の湯には歩みの会以外のお客さんは誰もいませんでした。貸し切り状態で入浴し、いつものようにバスの中で日本酒を皆さんと飲みながら新宿まで戻ってきました。
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新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地


 
次回は幌尻岳の報告をします。060.gif

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by ryott-ryott | 2012-08-11 12:41 | 歩みの会・八間山 | Comments(2)

越後の銘峰、越後駒ケ岳を行くヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 今月8月2日(木)は満月でした。そして約4週間後の8月31日(金)も満月になります。1ヵ月のうちに2回の満月がめぐってくるのは2011年の1月以来であり、ブルームーンと言い、願い事が叶うと言われています。
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 今月2回目の満月の日はくしくも剱岳登攀の日です。ツアーでよくお会いする小沢さんの勧めもあり、LA SPORTIVAの登山靴Boulder XとTrango S Evoを買ってきました。剱岳にはTrango S Evoを履いていこうと思います。038.gif
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 さて7月21日(土)と22日(日)は山旅クラブの越後駒ケ岳に行ってきました。越後駒ケ岳は魚沼郡にあることから魚沼駒ケ岳とも呼ばれ、八海山、中ノ岳と合わせて魚沼三山は信仰の山でした。
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 私の現在の山登りの課題は体力の向上を図ることであるため、ロングコースの越後駒ケ岳に行くことにしました。山旅クラブのツアーは現地集合・現地解散が原則で、定員は5名です。参加者が一人もいなければ催行されませんが、2名申し込みがあれば、催行決定です。今回のツアーでは実は私1人の申し込みでありましたが、山旅クラブのガイド富澤さんの奥様が越後駒ケ岳に行ったことがないそうであり、富澤さんの奥様と私の2名の参加でツアー催行決定になりました。ほとんど個人ガイドのようなもので、採算が取れていないのではないでしょうか。038.gif
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 初日の7月21日(土)は上越新幹線の浦佐駅で待ち合わせして、銀山平温泉に前泊しました。現在、銀山平温泉から登山できる山は越後駒ケ岳と荒澤岳の2座のみであり、もう一つの百名山・平ヶ岳は林道が復旧できていないため、登山できないそうです。地元の方のお話では復旧まで1年はかかるとの見込みだそうです。
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 銀山平温泉ではログハウスに宿泊しました。
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 温泉は「白銀の湯」に入りました。日本百名山の平ヶ岳は銀山平温泉の稼ぎ頭であり、平ヶ岳が登山できない現在は銀山平温泉に足を運ぶ人が減ってしまっているとのことでした。
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 目の前に越後の銘峰・荒澤岳が見えます。日本二百名山ですが、新潟県の人はなぜ荒澤岳が日本百名山に選ばれなかったのか釈然としていないそうです。越後駒ケ岳よりも荒澤岳のほうが形よく、日本百名山にふさわしいと考えている方が圧倒的に多いことを聞きました。しかし、富澤さんのお話では荒澤岳は切り立った岩場が多く、梯子と鎖場があり、落ちたら、まず命はなく、富澤さんは剱岳よりもはるかに難しい山であるとおっしゃっていました。毎年、亡くなる登山者が絶えないそうです。
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 夜は食堂で富澤さん夫妻と夕飯を食べました。天ぷら、岩魚、そば、そしてご飯とかなりの量が出され、富澤さんは腹一杯で動けないとおっしゃっていました。私は残さず全部食べました。037.gif
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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寿永2年(1183年)7月25日、「平家にあらざれば人にあらず」と栄耀栄華をほしいままにしていた平家一門も、木曽義仲の軍勢上洛を目前に、ついにこの日、「都落ち」をしました。

もはや都を守護できないと判断した平家の総大将宗盛は、安徳天皇と三種の神器を奉じ、遠く九州で再起をはかるべく、都に火を放ち、ぞくぞくと西国へ下って行きました。

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理(ことわり)をあらわす。奢れる者も久しからず、唯春の夢のごとし、たけき者も遂に滅びぬ、偏(ひとえ)に風の前の塵に同じ・・・・」

「平家物語」の巻頭にかかげられた一文にある「盛者必衰」の前兆は、やはり清盛の変死に見ることができます。治承5年(1181年)正月、清盛は突然高熱を発して苦しみ出しました。まるで火を焚いているように身体が熱く、看護の者さえ熱くて近寄れません。比叡山から冷たい水を汲んで来て、その水につからせたら、水が沸き上がったとさえ言われました。

さすがに清盛も死を覚悟し、「思い残すことはただ一つ、頼朝の首をみなかったことだ。われ死すとも供養は入らぬ。墓前に必ず頼朝の首を供えよ。」と遺言し、もだえ苦しみながら息を引き取りました。享年64歳。

この「都落ち」からわずか2年後に、平家一門が壇ノ浦で滅亡しました。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 翌朝、もちろん天気を望んでいましたが、雨の音で目が覚めました。外を見るとかなりの雨量です。6月から何週間も雨に降られなかったのに、先週の白馬岳に引き続き、雨の中の登山となりました。
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 宿で特大のおにぎり弁当を用意していただき、朝5時に枝折峠の登山口へ向かいました。富澤さんの車の中でおにぎりを食べて、午前5時30分、越後の銘峰を目指して、登山開始です。
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 遠くを見ると雲が薄いので、晴れることを期待して、歩き始めました。
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 明神峠の大明神。
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 しばらく登山道はこんな感じで、退屈な登山が続きます。
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 撮るべき花もほとんどありません。おなじみのイワカガミ。
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 アカモノ。
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 秋を待たずに紅葉したナナカマド。
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 登山開始から4時間、前駒ケ岳が見えました。今まで単調なアップダウンが続きましたが、いよいよここから本格的な登りが始まります。
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 雪渓のわきを人が登っているのが見えました。
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 百草の池。この山は湿地帯が多いのか、季節的にもそうなのかもしれませんが、アブ、ブヨ、ハチが頂上を目指す私たちに絶えず襲いかかってきました。虫が襲ってくるたびに、富澤さんの奥様は悲鳴を上げていました。私を虫よけスプレーを持っていき、たっぷり噴霧しましたが、まったく効きませんでした。
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 ようやく青空が見えました。私が青空の写真を取っているのを富澤さんが見て、「空なんか撮って、どこの空かわからないじゃないか。」とおしゃっていました。
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 キバナニガナ。
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 ヤシオツツジ。偶然にも蜂も一緒に撮れました。
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 衣笠草。白馬岳のものに比べると少しサイズは小さめでした。
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 この花はなんという花でしょうか。
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 この花はフデリンドウです。
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 雪渓のわきの急登を登り切ると、主峰の越後駒ケ岳が視界に入ってきましたが、すぐに霧で隠れてしまいました。しかし、単調な登り始めの時とは明らかにちがう風景が広がっていました。
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 最後の難所、岩場を登ります。
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 りょうちゃんも懸命に着いていきます。
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 午前11時ちょうどに9合目、駒の小屋に着きました。
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 駒の小屋の前には水場があります。いい歳、りょうちゃんは2 Lの水を持って行きましたが、蒸し暑さでこの駒の小屋までにすべて飲みほしてしまいました。空になった2L分のペットボトルに水を満タンに補給しました。その水も下山までに飲んでしまい、4L以上の水を飲んだことになります。
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 この勾配を登り、雪渓を横切れば、越後駒ケ岳の頂上は目の前です。
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 誰かが雪渓を下ってきています。
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 頂上に人影が見えました。
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 午前11時30分、登山を開始してちょうど6時間、ついに越後駒ケ岳の頂上に到着しました。いい歳、りょうちゃん、日本百名山38座目です。038.gif038.gif038.gif
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(中島みゆき/荒野より)

荒野より(作詞:中島みゆき、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

夜が
望みは何かと訊かれたら君がこの星に居てくれることだ
力は何かと訊かれたら君を想えば立ち直れることだ

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

朝陽の昇らぬ日は来ても君の声を疑う日はないだろう
誓いは嵐にちぎれても君の声を忘れる日はないだろう

僕は歌っているだろう君と歌っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は生きているだろう君と生きているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない
荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない


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 写真をご覧の通り、空は厚い雲に覆われて、山頂からの展望は何も望めませんでした。しばらくすると雨が降り出して、先ほどしまった雨具をまた取り出して着ることになりました。
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 雪渓を下りていきます。
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 富澤さんは雪渓の上で遊んでいました。
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 あとは登ってきた道をひたすらに下って行きます。
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 天候が回復しないこともあり、下りはほとんど写真を撮りませんでした。普段は下りのほうが割と得意なのですが、雨で登山道のコンディションが良くないこともあり、随所に気を使わなければならないところがありました。今回の登山で2回も尻もちをついてしまいましたが、富澤さんはきちんと足元を見て、次にどこに足を置くべきかを判断しながら歩かなければいけないとお小言をいただきました。転ぶ時はたいがいよそ見をして、足元を確認していないことがほとんどだそうです。
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 また泥の斜面に前の登山者のトレースがついているのを見て、「こんなところに足を置けば、どうなるかわからなければいけないし、登山のセンスが疑われる。」とおっしゃっていました。常に足元をきちんと確認する癖をつけるように指導していただきました。
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 そして単調なアップダウンを繰り返して、16時ちょうどに枝折峠の登山口に戻ってきました。登山を開始してから10時間30分が経過していました。富澤さんはまた体力を向上させるには10時間以上の登山をときどき取り入れることが重要だとおっしゃっていました。帰路に、再び白銀の湯に立ち寄り、汗を流して、浦佐駅まで送っていただきました。次回、富澤さんに再会するのは8月30日いよいよ剱岳登攀になります。024.gif
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新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地


 
次回は歩みの会八間山の報告をします。060.gif

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by ryott-ryott | 2012-08-08 21:54 | 越後の銘峰、越後駒ケ岳 | Comments(2)

瑞雲の彼方、花の白馬岳を行くヽ(^o^)丿後篇

旅行・地域
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 白馬岳の続きの前に、7月28日(土)は浦安湯屋のお仲間と大井町の勇才を貸し切って、おしきせの会をやりました。「おしきせ」とは甲州弁で晩酌という意味です。今回のおしきせの会に来ていただいた皆さん、浦安花火大会を棒に振ってまで、わざわざ大井町まで足を運んでいただき、本当にありがとうございました。以前からベジータ宮崎さんと勇才を貸し切りにしたいということを話しており、勇才貸し切りは私たちの念願でもありました。038.gif
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 以前にも紹介した通り、勇才さんは大井町にある和食と日本酒が中心のお店で、店のご主人は漁師でもあり、猟師でもあります。
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 浦安湯屋のメンバーとは17時45分に大井町駅前で待ち合わせ。浦安湯屋からは森ちゃん、すみちゃん、ハニー羽入さん、はせやん、まりちゃん、あきちゃん、ベジータ宮崎さん、アミューズトラベルのガイドの平野さん、そして大井町湯屋のよしこさんとりょうちゃんの10名です。勇才さんのお店はカウンター10席であるため、これでちょうど貸し切りになります。
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 勇才さんのお店では、料理もお酒もすべてお店にお任せです。料金は2時間で1人5000円、2時間を超えると1時間1000円ずつの追加になります。店にいる間はほとんど食べ放題、飲み放題です。
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 今日は貸し切りでもあり、料理も豪快でした。山盛りのカニ。
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 生牡蠣。
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 いなだ刺身。
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 ベジータ宮崎さんとはせやん。はせやんとは石裂山以来の再会であり、会うたびにりょうちゃんが大きくなっているとおっしゃっていました。037.gif
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 ハニー羽入さんとベジータ宮崎さん。髪型がそっくりなお二人。037.gif
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 平野さんとすみちゃん。今日はあまり抱きついていませんでしたね。蔵王ではクマとニアミスしたそうです。クマに抱きつかれないでよかったですね。037.gif
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 そして、私は「勇才は静かに飲む大人の店なので、騒がないように。」とあらかじめ皆さんにお願いしていましたが、勇才さんに女性陣から「騒いではいけないの?」と聞くと、勇才さんは「そんなことないよ。」とにこやかに言い、いつもの賑やかな声があがりました。勇才さんは女性には甘いようです。037.gif
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 誰かがダウンしています。041.gif
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 明鏡止水 日本の夏。
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 七田。
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 東力士。
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 しらす丼。
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 最後にスイカをたっぷり食べました。
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 18時開店と同時に店に行き、夜の11時近くまで店にいました。お酒もすすみ、皆さんと何の話をしたのかほとんど覚えていませんが、浦安湯屋のメンバーから「アミューズトラベルをいじめないで!」とのお叱りを受けたのは覚えています。私自身はアミューズをいじめたつもりはありませんし、むしろアミューズからバツを付けられたのは私のほうなので、私を山に連れて行ってくれるというところがあれば、そちらのツアーに参加することは当然の成り行きと考えます。
あきちゃんからは9月22日の安達太良山に一緒に行きましょうとお誘いいただきました。日本百名山の数が進めば、すでに行ったことのある山が特配で取り上げられるということもたびたびあり、特配をスキップして他の山に行くことも当然のことと思います。しかし、アミューズの特配には、参加をリジェクトされなければ、今後も日本酒と饅頭を持って参加するつもりなので、どうぞ宜しく。 040.gif

 


(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 7月14日は、フランスの革命記念日です。フランス全土ではこの日、夜を徹して飲み、踊り、騒いで、お互いに祝い明します。日本ではこれを「パリ祭」と呼んでいます。
 昭和7年(1932年)に封切られたフランスのルネ・クレール監督のつくった映画『巴里祭』(邦題名)が大ヒットして以来「パリ祭」が定着しました。

 ところで、フランス革命はどうして起きたのでしょうか。原因はいくつかあります。直接には宮廷の財政の破綻が引き金でした。
マリー・アントワネットと結婚して話題をまいたルイ16世は、ルイ14世以来のたび重なる戦争の失敗と、宮廷の浪費で、財政状態は極度に悪化していました。ルイ16世は、当時、第一身分聖職者、第二身分貴族、第三身分市民の三階層で構成されている「三部会」を招集し、従来免除されていた貴族にも課税することを通告しました。貴族は猛反対をしましたが、市民たちは「国民議会」を組織し、封建制の打破をうち出しました。

 ルイ16世はあわてて軍隊を出動し、「国民議会」を武力で威嚇しました。興奮したパリ市民は、7月14日の朝、蜂起してまず政治犯が収容されているバスティーユ監獄をを襲い、体制側の強い弾圧を排除して、政治犯全員の釈放に成功しました。

 パリ市民は引き続き国民軍を編成し、権力と勇敢に戦ってきました。その勝利の報はフランス全土の農民たちを勇気づけ、各地でいっせいに立ち上がりました。貴族たちも、従来の封建的特権の廃止を申し出てきました。

 革命は1日で終わったわけではありません。実はこれをきっかけに、5年かかって終結を見たのです。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 さて白馬岳の続きです。7月3連休の最終日は、朝5時に白馬山荘を出発して、白馬岳の山頂を踏み、小蓮華岳、白馬大池、白馬乗鞍岳を経て、ロープウェイとゴンドラに乗って、下界まで戻ります。

 食堂での朝食は朝5時からですが、とても混雑しているので、朝食と昼食が前の晩にお弁当として配布されました。昨晩の滑落事故の報告のあと、9時消灯で10時くらいには寝てしまったので、朝3時には目が覚めてしまいました。お弁当の1つを持って、談話室に降りて行くと、アミューズトラベルの仙台と大阪の人たちがすでにお弁当を食べていました。アミューズトラベルの大阪は朝4時00分出発で、山頂からご来光を拝む予定であると聞きました。私もご来光を見に着いて行きたかったです。次いでアミューズ仙台が4時30出発、私たち東京組は5時出発です。
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 5時になるとだいぶ明るくなっていました。正面に見える3つの山は毛勝三山です。
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 8月に行く剱岳。白馬岳は北アルプスの北端にあるため、天気が良ければ北アルプスの山が一望できます。
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 午前5時30分に白馬岳の山頂に到着。標高2932 m。いつもの記念撮影。
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 空を見上げると青いパレットに白い雲。
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 富山の街も見えました。その向こうには日本海が広がっています。
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 これから稜線を歩いて、縦走して行きます。まずは小蓮華岳を目指します。
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 稜線の向こうに見えるのが小蓮華岳です。
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 うっすらと佐渡島が見えました。
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 途中にコマクサの群落がありました。
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 コマクサはケシ科の花でジセントリンというアルカロイドを含んでいる毒草です。
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 昨日登ってきた白馬尻の小屋が見えます。
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 浅間山と四阿山も見えます。
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 小蓮華岳は山頂が崩落しており、今でも崩落する危険があるため、頂上付近は立ち入り禁止です。
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 小蓮華岳の手前で昨日あがってきた雪渓を眺めたあと、白馬大池を目指して稜線を進んでいきます。
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 白馬大池が見えてきました。その向こうに見える山は燧ケ岳だそうです。
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 雪渓を横切って、白馬大池の小屋に着きました。
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 白馬大池の前にはハクサンコザクラがたくさん咲いていました。ハクサンコザクラを見ながら、白馬大池の前で早めの昼食を摂りました。
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 リンドウ
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 ハクサンイチゲ
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(中島みゆき/荒野より)

荒野より(作詞:中島みゆき、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

夜が
望みは何かと訊かれたら君がこの星に居てくれることだ
力は何かと訊かれたら君を想えば立ち直れることだ

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

朝陽の昇らぬ日は来ても君の声を疑う日はないだろう
誓いは嵐にちぎれても君の声を忘れる日はないだろう

僕は歌っているだろう君と歌っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は生きているだろう君と生きているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない
荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない


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 昼食を済ませた後、大池のふちを通って、乗鞍岳を目指します。
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 ここからしばらくは大きな岩の登山道を進むことになります。しかし大したことはありません。小沢さんは「こんな道を大変だと言ったら、泉田さんに怒られるよ。」と言っていました。038.gif
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 乗鞍岳のピークに到着。標高2436 mであるのにもかかわらず、まったく涼しくありませんでした。
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 しばらく行くと再び雪渓が現れました。しかも昨日の雪渓よりも斜度があり、この雪渓を下っていかなければなりません。雪渓前で軽アイゼンを装着し、そろりそろりと雪渓を下って行きました。
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 結構な斜度の雪渓です。昨日の滑落事故のことが頭にあったためか、皆さん慎重でした。前を進む女性は「こわい、こわい」と叫んでいました。
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 今年は残雪がかなり多く、雪が残っていないだろうと思われる場所にも、雪がたくさん残っていました。
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 天狗が原。
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 水芭蕉が咲いていました。
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 ロープウェイとゴンドラを乗り次いで、下界に戻ってきました。コンドラの外を見るとパラグライダーの滑空が見えました。
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 下界はうだるような暑さです。温泉に入り、汗を流して、ビールで乾杯しました。
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 ガイドの石原さんは昨日起きた滑落事故の処理のために大町警察署に立ち寄らなければならず、一緒に新宿に戻ってくることはできませんでした。私は前回の記事でアミューズのやっているリスクアセスメントは片手落ちであると書きました。ツアーに着いていけない、怪我をしてしまうかもしれない、そのような不安を抱えている申込者を参加させないということはリスクアセスメントの観点から正しい対処であると思います。今回の滑落事故ではそのリスクアセスメントが不十分であったことも原因の一つであったと思います。
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 そしてもう一つ事故につながり兼ねない原因になると思うことがあります。それは他人への思いやりが足りないということです。私は今回の白馬岳を含めて、6月以降アミューズで4座の日本百名山ツアーに参加しましたが、どのツアーでも明らかに疲弊して前との間隔が開いてしまっている人がいるにもかかわらず、その人を前に入れてあげるどころか知らんふりという状況が目に着きました。編笠岳~赤岳に参加した湯屋仲間が前列に入れてもらったときに、ツアー参加者のババァに「若い人は後ろに行け!」と言われたそうです。私がそんなことを言われたら、そのババァを遭難させてしまったでしょうが、ババァに反撃できない心やさしい人はそのまま我慢してしまい、益々疲弊してツアー全体も遅れてしまうという悪循環になるでしょう。
また普通写真を撮影する時は、後ろの人に先に行ってもらって、自分は下がって写真を撮るのが常識だと思っていますが、後ろの人を先に行かせずにその場に待たせて写真を撮っている不心得者が非常に多いといことにも驚きました。60歳前後の若い人のお手本にならなければならないような年寄りが平気な顔をして、他の人の足を止めさせて写真を撮っています。こんな年寄りはただ長く生きているだけで、若い人に尊敬などされないでしょう。後ろの人を先に行かせないのであれば、少なくとも1秒以内で写真を撮って、後ろの人を待たせないようにすべきです。
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 アミューズトラベルが安全に留意したツアーを常に心がけているならば、このような不心得者の年寄りを厳しく指導してもらいたいと思います。歩みの会にはそのような馬鹿な年寄りは一人もいません。
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 今週末、8月4日(土)から2泊3日で北海道の幌尻岳に行ってきます。060.gif
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新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地


 
次回は越後駒ケ岳の報告をします。060.gif

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by ryott-ryott | 2012-08-01 01:57 | 大雪渓の彼方、白馬岳 | Comments(4)